フリーダ・マクファデン『ハウスメイド3 最後の秘密』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 ハウスメイドを引退したミリーは夫エンツォと子どもを連れて郊外へ引っ越すことに。隣人スゼットの提案でハウスメイドのマーサを雇うことになるが、その日から家で不審なことが起こり始める。夜中に耳障りな引っかき音が聞こえるのだ。さらにエンツォは何かを隠しているようで……。隣人と夫、そして子どもたちの秘密を暴いた時、ミリーはこれまでで最も恐ろしい真実と向き合うことになる。戦慄と仰天のシリーズ最終作。(粗筋紹介より引用)
 2024年発表。2026年7月、邦訳刊行。

 『ハウスメイド』完結編。『ハウスメイド2 死を招く秘密』から10数年が経ち、ミリーはソーシャルワーカーとして働きながら庭師であるエンツォと結婚し、11歳の娘エイダと9歳の息子ニコがいる。郊外ロングアイランドの一軒家をローンで購入し、引っ越した。こぢんまりとした袋小路で、三軒しかない。ところが引っ越した日から不審なことが次々と起こる。
 20代の『ハウスメイド』、30代の『ハウスメイド2』ときて、40代のミリーが出てくるとは思わなかった。ハンサムで頼もしい夫、出来の良い娘、やんちゃな息子に囲まれて平和に暮らしていたミリー。それでも不幸体質なんだろうなと思わせるぐらいに巻き込まれながらも、何とか自力で解決しようと動くその姿は本作でも健在。テンポの良い描写とスピーディーな展開は、読んでいて楽しい。
 ただ過去2作と比べると、サプライズの部分はかなり弱い。ちょっとしたミステリファンなら、事件の隠された真相と犯人はある程度予想できるだろうし、伏線の張り方もわかりやすい。ただでさえ登場人物が少ない(それでも過去二作よりは多い)のに、「隠された真相」が陳腐化されたものであったのは肩透かしとしか言いようがない。
 ただシリーズ物ならではの展開が終盤で待っていたのは楽しかったかな。本作の真骨頂は、シリーズ完結にふさわしい結末だと思う。「戦慄」も「仰天」もなかったけれど、読んでよかったと思う。ただ、ベストには入らないだろう。

羽生飛鳥『歌人探偵定家 弐 百人一首推理抄』(東京創元社)

 1187年。平家一門の生き残り・平保盛は、前年鎌倉から帰ってきた静御前の乗った牛車と、都で行き逢う。愛する源義経が兄・頼朝との確執から行方をくらまし、彼との子を失った現状を冷静に語る彼女の姿は、保盛に深い印象を残した。一方、後白河院の命を受け、藤原俊成が編纂している勅撰和歌集の完成がいよいよ迫っており、新進気鋭の歌人・定家も父の手伝いに駆り出されていた。ある日保盛は俊成邸にいる定家を訪れるが、門前で若者の屍を発見してしまう。屍には、なぜか清少納言の和歌が書かれた卒塔婆が刺さっていた。和歌が汚されたと激昂した定家は、下手人を探すべく探索に乗り出すが……。(粗筋紹介より引用)
【目次】
一「よにあふさかの せきはゆるさじ」
 なぜ屍には、清少納言の和歌が書かれた卒塔婆が刺さっていたのか?
二「わがみよにふる ながめせしまに」
 空から降ってきたとしか思えない、小野小町の和歌が留められた屍はどこから来たのか?
三「わがころもでに ゆきはふりつつ」
 定家の父・俊成の邸の庭に、大量の人の手がばらまかれた理由とは?
四「わがたつそまに すみぞめのそで」
 高僧でもある歌人・慈円の秘密の隠れ家を突き止め、荒らしたのは誰か?
五「やまのおくにも しかぞなくなる」
 定家と俊成の周りで起きた怪事件。その裏に隠された秘密とは?
(以上、帯より引用)
 2026年5月、書下ろし刊行。

 平家一門の生き残りである平保盛と、天才歌人藤原定家がコンビを組んで事件を解決する、バディ物の青春ミステリ第二弾。後に『小倉百人一首』に選んだ歌は、いずれも若いころに遭遇した事件に関与したものであった、という世界観の作品である。
 病弱なくせに、歌のこととなると興奮して絶叫する藤原定家は本作でも健在。屍がいつどのように無くなったのかという見極めの手ほどきを父の平頼盛から受けた平家一門の生き残り平保盛は、源氏が力を握る世の中で目立たぬようにしつつも、定家に誘われ事件に関与していく。
 本作の舞台は鎌倉時代初期の文治三年(1187年)で、源義経が奥州平泉に逃げ込んでいた頃である。
 定家と保盛のやり取りが面白いのは前作と同様。そして滅多に描かれることのない平家滅亡後の京都の風俗や貴族たちの生活が非常にためになるし、読んでいて面白い。トリックは既知の応用ではあるものの、それぞれの短編に不可能犯罪と推理が描かれているところも、時代性を考えれば結構大変であっただろうと思う。連作短編集ならではの構成と結末は、作者ならではである。
 もうここまで来たら、百首全部書いてくれませんか。それはしんどいだろうが、続きが読みたいです。作者と出版社には、是非ともお願いしたい。

P・J・フィッツシモンズ『斜陽館殺人事件』(創元推理文庫)

 伯父、転落死。見えざる手により、投げ落とさる――。ロンドンの紳士倶楽部で余暇を過ごしていたアンティ・ブジュレーは、英国貴族の末裔である友人から電報を受け取り、一族の城館へとやってきた。事件が起きたのは館の一角にそびえる塔の書斎。友人の伯父は奇妙な状況下でその窓から転落したのだという。転落の直前、書斎からは争うような物音が聞こえたにもかかわらず、鍵のかかったドアを打ち破ると、室内には誰もいなかった。さらに被害者の最期の言葉を聞いた三人が、三通りばらばらの証言をし……。斜陽の途をたどる英国貴族の館で名探偵の推理がきらめく密室謎解きミステリ!(粗筋紹介より引用)
 2020年、イギリスで発表。2026年7月、邦訳刊行。

 作者はイギリス生まれ。広告代理店勤務ののちゴーストライターとして、スリラーやロマンスなど幅広いジャンルの作品を書き続ける。2020年、本作でデビュー。「名探偵アンティ・ブジュレー」シリーズは人気を博し、すでに長編11作が発表されている。
 2026年の日本では館ものが再びブームになっているが、それに合わせて邦訳されたのかよ、なんて思いながら手に取ってみた。原題は"The Case of the Canterfell Coudicil"であり、さすがに「館」は出てこなかった。
 舞台は1928年、イングランドのイースト・サセックス州フレイ村。主人公であり、語り手であり、名探偵であるアンティ・ブジュレーは、オックスフォード大学を卒業するも何の仕事もせずに父親の遺産で悠々と暮らし、自宅のアパートメントが火事で焼失したため、ロンドンにある〈ジュニパー紳士倶楽部〉に居候している高等遊民である。友人イヴリン・ハロルド・キャンターフェルから伯父であるセバスチャンが転落死したという電報を受け取り、何度も遊びに行ったことがあるキャンターフェル家の城館へ向かう。
 2020年になって、100年近くのイギリスを舞台に名探偵を主人公にした黄金時代を彷彿させる探偵小説を書いている作家がいることに驚きである。作者は「P・G・ウッドハウスが不可能犯罪ミステリを書いたら?」というスタンスで、書き始めたという。ウッドハウスは1冊しか読んでいないのでよくわからないが、なんとなくそんな雰囲気はあるような気がする。
 ただ、古き良き舞台で昔懐かしい本格探偵小説を読まされても、新味がなかったらただの懐古趣味である。執事や料理人、庭師がいる田舎の館、いかにも英国らしいユーモアと皮肉のやり取り、頭の固い警部、自信過剰な名探偵。懐かしいとしか言いようがない。密室殺人も出てくるし、トリックもあるのだが、日本の深化しすぎたトリックと比べるとなんとのどかなことか。
 なぜシリーズ化されて好評なのかがわからないが、英国でも黄金時代の本格推理小説を彷彿させる本格ミステリを読みたいという読者が多いのかもしれない。
 多分続きが出ても読まないだろう。だが、シリーズ最高傑作の本格探偵小説があるのかもしれない。このシリーズのことはよくわからないが、とりあえずシリーズの代表作から邦訳するのではなく、第1作から出してくれた出版社には偉いと言いたい。

夕木春央『楽園』(講談社)

 2年前に交通事故で死亡した両親から不動産を譲り受けた康之は、失踪した賃借人・60歳過ぎの独身婦人・海原の遺留品整理の際に、群馬の山奥の謎の物件の存在を知る。そこは、切り立った岩壁に囲まれた、「楽園」と呼ばれる奇妙な場所だった。恋人の沙織と一緒にそこを訪ね、探索をはじめた康之たちは、すぐに六人の“住人”に拿捕された。脱出のための条件はーー「誰か一人を殺さなければならない」
 殺人犯にならなければ脱出できない。『方舟』『十戒』の著者が仕掛ける“禁忌の驚き”(粗筋紹介より引用、一部追記)
 2026年7月、書下ろし刊行。

 『方舟』が異例のロングヒットになった夕木春央。出版社も期待しているからか、『方舟』『十戒』に続く本作は本屋に山積み状態であった。
 粗筋はこれ以上書かない方がいいかな。「楽園」の正体も読んで知ってもらった方がいいだろうし。
 そんな何人も引っ掛からないだろうとか、海原はどれだけ金持っていたんだよとか、本作でも舞台設定に突っ込みたいところは色々あるけれど、そこは無視しよう。ただ、「楽園」から脱出するためには「誰かを一人殺さなければならない」という設定はなかなかうまかった。
 「楽園」内で連続殺人事件が発生するのだが、誰が犯人かはすぐにわかるだろう。行動・言動があまりにも不自然だし。根本原因はわからないとはいえその理由もほぼ予想が付く。ちょっとしつこかったんじゃなかったか、あの展開は。まあ、フェアプレイに徹しているとはいえるかもしれないが。殺人のトリックはどうでもよかったが、被害者の選択理由はさすがに予想付かなかった。
 それにしても、過去二作と比べて格段に読み易くなったのは、ストーリーが一本道でわかりやすいからか、それとも作者の腕があがったからか。そのせいか、犯人は予想できても面白く読めた。
 『方舟』『十戒』を読んでいないと犯人の行動は唐突過ぎるだろうが、読んでいると展開がほぼ読めてしまうというのは、作者にとっても大変だっただろうなとは思う。『方舟』から『十戒』を経て、『楽園』に着地させた腕は大したものだと思った。これで最後にサプライズがあると最高だったのだが、それはないものねだりだろう。

ホリー・ジャクソン『余命一週間の探偵として』(創元推理文庫)

 ハロウィーンの晩。27歳のジェットは、何者かに殴打されて意識不明となってしまう。緊急手術を行い2日後に目覚めたものの、医師によると、彼女の脳内には確実に動脈瘤が形成されると考え、いずれ破裂して死に至るという。手術はほぼ不可能。余命1週間を宣告されたジェットは死ぬまでに自分を襲った犯人を見つけると誓い、幼なじみのビリーと調査を始める。だが、容疑者は身近な人物ばかりで……。究極のタイムリミットに挑む探偵役が、必死で謎を解き明かしていく。『自由研究には向かない殺人』の著者が放つ、圧巻の犯人当てミステリ!(粗筋紹介より引用)
 2025年発表。2026年7月、邦訳刊行。

 「向かない」シリーズなどYAミステリの書き手であるホリー・ジャクソンの、初の大人向け作品。主人公のマーガレット・"ジェット"・メイソンが、余命1週間の状態で自らを殺そうとした犯人を探し続けるタイムリミット・サスペンス。一人称で話が進むので、時々言葉が浮かばなくなったり、目が霞んだり、右腕が動かなくなったりと、体へのダメージが徐々に深くなっていくところが妙にリアルで、死への階段を確実に上がっている展開が余計にタイムリミットを感じさせる。家族も含めてジェットの周りに悪意が潜んでいるし、16年前に事故死した姉エミリーの影が家族を覆っているのも、困惑さを増している。
 そして捜査を続けるジェットたちに襲いかかる殺意。これでもかとばかりに周囲に翻弄されつつも、幼なじみのビリー・フィニーに支えられ、死に怯えつつも真相に向かっていくジェットの姿に胸を打たれる。ジェットとビリーのやり取りは、未来がないことがわかっているだけに、美しくも悲しい。
 特にトリックがあるわけではないものの、結末まで二転三転しつつ、伏線を回収する解決はなかなかのものである。
 冗長なところはあるけれど、これまでのYA小説に見られた青臭い主張や考え方がないのでかえって読みやすいし、面白かった。とはいえ他の作家でも書けるようなありきたりのサスペンスミステリだったので、次はもう少し捻った作品を読んでみたい。

佐藤正午『ジャンプ』(光文社文庫)

 その夜、「僕」は、奇妙な名前のカクテルを飲んだ。ガールフレンドの南雲みはるは、酩酊した「僕」を自分のアパートに残したまま、明日の朝食のリンゴを買いに出かけた。「五分で戻ってくるわ」と笑顔を見せて。しかし、彼女はそのまま姿を消してしまった。「僕」は、わずかな手がかりを元に行方を探し始めた。失踪をテーマに現代女性の「意思」を描き、絶賛を呼んだ傑作!(粗筋紹介より引用)
 『Gainer』(光文社)1999年1月~2000年8月連載。2000年9月、光文社より単行本刊行。2002年10月、光文社文庫化。

 佐藤正午を読むのは初めて。ミステリとしても話題になっていたので、『鳩の撃退法』を読む前に読んでみた。
 一杯のカクテルからガールフレンドの南雲みはるが失踪してしまい、主人公の三谷純之輔はみはるの知人を訪ね続け、行方を追う話。
 一つの偶然が予想外の展開を巻き起こす話ではあるものの、何の感銘も受けなかった。三谷にも、みはるにも、どこにも共感できなかった。人の心がどう動くか、なんて誰にもわからないし、周囲に迷惑を掛けないのならどう動こうと問題はない。だけど、二人に全然共感できなかったし、周囲の人物も共感できなかった。身勝手というわけでもないし、冷酷というわけでもない。だけど、自由過ぎるというわけでもない。なんなんだろう、この人たち。
 うーん、これのどこがミステリなんだろう。というジャンル論は別にしても、釈然としない気持ちのまま読み終えてしまった。誰にも共感できなかったのだから、当たり前か、この感想は。つまらない、というわけではなく、ただただ、肌に合わない。

柚月裕子『暴虎の牙』(KADOKAWA)

 博徒たちの間に戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原。愚連隊「呉虎会(くれとらかい)」を率いる(おき)虎彦(とらひこ)は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とそのカリスマ性で勢力を拡大していた。広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾は、沖と呉原最大の暴力団・五十子(いちこ)会との抗争の匂いを嗅ぎ取り、沖を食い止めようと奔走する。時は移り平成16年、懲役刑を受けて出所した沖がふたたび広島で動き出した。だがすでに暴対法が施行されて久しく、シノギもままならなくなっていた。焦燥感に駆られるように沖が暴走を始めた矢先、かつて大上の薫陶を受けた呉原東署の刑事・日岡秀一が沖に接近する……。(帯より引用)
 学芸通信社の配信により、岩手日報、夕刊フジなどに2018年2月から2019年10月の期間、順次掲載。加筆修正のうえ、2020年3月、単行本刊行。

 「孤狼の血」シリーズ完結編となる第三作。ただ主人公は、愚連隊のリーダーである沖虎彦。ヤクザの上前すら奪い取る破壊的な暴力性とカリスマ性。破滅へ向かって一直線としか思えないようなその生き方に、嫌悪感を抱きながらも引きずり込まれることは確か。一方で、昭和のヤクザが色濃く残っていた時代と、平成の暴対法で雁字搦めになった時代とのギャップに戸惑い、いら立つ姿もまたリアル。刑務所という世間から隔離された場所にいたことにより、時代の変化を受け付けられない沖の姿は幼稚さがそのまま残っており、哀しくなってくる。
 一作目で亡くなった大上をあえて出すには、この形式を取るしかなかったのだろう。大上の意思を日岡がどう受け継いだのか。渡されたバトンがどうなったのかがわかる作品にはなっている。ただ沖のエネルギーがすさまじいので、特に日岡の印象が今一つなのは残念。大上が見せた暴れっぷりを日岡が見せる世界観をもっと読みたかった。
 そういう意味では、ちょっとアンバランスさが残る完結編だった。平成の時代に、日岡のような刑事がどのように生きたのか。そんな作品を読んでみたかったと思う。

ポール・アルテ『虎の首』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 休暇から戻ったツイスト博士を出迎えたのは、事件の捜査で疲れ切ったハースト警部。郊外のレドンナム村で、次いでロンドンの駅で、切断され、スーツケースに詰めこまれた女性の腕と足が見つかったのだ。警部の依頼を待つまでもなく事件に興味を持った博士だったが、すぐにその顔色が変わった。駅から戻って蓋を開いた博士のスーツケースから出てきた物は……いっぽう事件の発端となったレドンナム村では、密室でインド帰りの元軍人が殺される怪事件が起きていた。なんと犯人は、杖から出現した魔神だと言うのだが……怪奇と論理の華麗なる饗宴。(粗筋紹介より引用)
 1991年、発表。2009年1月、邦訳刊行。

 ツイスト博士シリーズ長編五作目。スーツケースから女の首が出てくる冒頭はなかなか怪奇色が強いが、その後の展開は今一つ。バラバラ殺人や密室殺人などの道具立ては派手だが、トリックがわかりいくいし、理解してみるとちょっとつまらない。人間関係の描写も今一つだし、最後のブラックさはこれでいいのか感が強い。
 シリーズの中では、出来が悪い方になるだろう。

ジャック・カーリイ『デス・コレクターズ』(文春文庫)

 死体は蝋燭と花で装飾されていた。事件を追う異常犯罪専従の刑事カーソンは、30年前に死んだ大量殺人犯の絵画が鍵だと知る。病的な絵画の断片を送り付けられた者たちが次々に殺され、失踪していたのだ。殺人鬼ゆかりの品を集めるコレクターの世界に潜入、複雑怪奇な事件の全容に迫ってゆくカーソン。彼を襲う衝撃の真相とは?(粗筋紹介より引用)
 2005年、発表。2006年12月、邦訳刊行。

 『百番目の男』に続く作者の第2長篇。前作に引き続き、アラバマ州モービル市警察本部の精神病理・社会病理捜査班(PSIT)に所属するカーソン・ライダーが、パートナーであるハリー・ノーチラスとともに複雑怪奇な連続殺人事件に挑む。
 前作同様にサイコサスペンスかつ本格ミステリな作品だが、前作よりトンデモ度は控えめ。それでもよくこんなこと考えるよな、と思わせる面白さである。それと同時に、前作ほどの異常さがない分、本格ミステリとしてまだ楽しむことができる。
 それにしてもシリアルキラーのコレクターたちが気持ち悪い。いや、気持ちは凄くわかるのだが、それでもついていけない世界だ。だからやっぱり、読むのはしんどい。前作よりまし、というだけで、やっぱりサイコの部分についていけない。

西澤保彦『神のロジック 次は誰の番ですか?』(コスミック文庫)

 人里離れた全寮制の〈学校〉で、生徒は厳しい制約を受けながら推理ゲームなど風変りな課題に挑んでいた。やがて次々と殺人事件が起きて…。犯人は誰なのか? 生徒たちは何のために世界中から集められたのか? 全貌が明らかになったとき、大きな衝撃が読者を襲う! 驚愕の長編ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 2003年5月、講談社の本格ミステリマスターズより『神のロジック 人間のマジック』のタイトルで単行本刊行。2006年9月、文春文庫化。2021年6月、コスミック出版より改題のうえ、刊行。

 2025年、惜しくも亡くなった西澤保彦。64歳は早いよなあ。タックシリーズが完結せずに終わったのは残念。ということで、今頃だけど未読本を手に取ってみる。
 アメリカが舞台だけど、国籍も性別もバラバラな6人の生徒がいる謎の学校。出だしはスローで退屈になるほどだが、途中からの緊迫感はさすが。ただ章立てがぶつ切り感があるのは残念。
 殺人事件の謎そのものよりも最後に出てくる学校の謎の方が大仕掛けであるが、同時期に出ている某作品と似た設定(時期的に偶然だろう)になっているので、驚きがない結果になっているのは、作者にとって不運な結果になっている。まあ先行作品を抜きにしても、わかりやすい書き方をしてくれているが。
 エンタテインメントよりもサプライズやトリックを優先した結果になってしまった作品。本格ミステリにとって、どっちがいいのかね。

エリック・ガルシア『さらば、愛しき鉤爪』(ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックス)

 おれの名前はヴィンセント・ルビオ。ロサンジェルスが根城のケチな私立探偵だ。つまらない仕事のかたわら、謎の死を遂げた相棒アーニーの死因を探っている。そんなおれを〈評議会〉がけむたがっているのは承知の上だ。ところでおれは、人間じゃない。人間の皮をかぶり、人間にまぎれて暮らしているヴェロキラプトルダッシュダッシュ恐竜だ。ああ、それにしても昔はよかった……。世界中で熱狂の渦を巻き起こした恐竜ハードボイルド、ついに登場!(粗筋紹介より引用)
 1999年、アメリカで発表。2001年11月、邦訳刊行。

 作者はマイアミ出身、26歳。本書でデビュー。
 主人公はロサンジェルスの私立探偵。しかしその正体は人間の扮装をした恐竜、ヴェロキラプトル。恐竜は滅びず、人間にばれないように扮装をして人間社会に溶け込み、生活をしているという、馬鹿馬鹿しい設定である。原題も"Anonymous Rex"である。
 恐竜がどうやって生き延びたとか、サイズ的にどうなんだとか、そもそも扮装しただけでごまかすことができるのか、とかそういうことを考えてはいけない。恐竜は人間にばれずに社会に紛れ、医者や警察にも仲間がいて、恐竜社会を守るための〈評議会〉があるのだ。そして主人公のヴィンセント・ルビオは探偵事務所を開いていて、恐竜の夫の不倫を暴いてほしいという依頼に応えて恐竜同士の行為という証拠写真を撮ろうとするしがない私立探偵で、そしてアルコール中毒ではなくバジル中毒なのだ。
 それでも内容はハードボイルドの定型的なパターンである。ロサンジェルスで最大の探偵事務所「トゥルーテル」から仕事を回してもらい、サンフェルナンドヴァレーにあるナイトクラブの不審な家事の真相を探る。そのうちに相棒だったアーニー・ワトソンの交通事故の真相に近づくようになり、当然のことながら暴力シーン、そしてロマンスもある。すでに手垢の付いた設定とストーリーでも、それが恐竜たちが巻き起こしているとなると笑える。それでも恐竜ならではのヒントや手掛かりの見せ方は巧い。なんだかんだ言っても最後は、作者が用意する落としどころへ吸い込まれていく。
 徹底したパロディなのに、最後はハードボイルドの世界へ収まるのだから大した腕だ。二作目『鉤爪プレイバック』は相棒であるアーニーが健在な頃の話。三作目『鉤爪の収穫』も邦訳されている。

柚月裕子『凶犬の眼』(角川文庫)

 広島県呉原東署刑事の大上章吾が奔走した、暴力団抗争から2年。日本最大の暴力団、神戸の明石組のトップが暗殺され、日本全土を巻き込む壮絶な抗争が勃発した。首謀者は対抗組織である心和会の国光寛郎。彼は最後の任侠と恐れられていた。一方、大上の薫陶を受けた日岡秀一巡査は県北の駐在所で無聊を託っていたが、突如目の前に潜伏していたはずの国光が現れた。国光の狙いとは? 不屈の警察小説『孤狼の血』続編!(粗筋紹介より引用)
 『小説 野性時代』2016年6月号、2017年2月号、8~10月号掲載。2018年3月、KADOKAWAより単行本刊行。2020年3月、文庫化。

 『孤狼の血』の2年後の話。1984年からはじまった山一抗争、1985年1月に起きた山口組四代目組長射殺事件を基にしている。
 前作の面白さは継続しているが、逆に言うと前作ほどの衝撃はない。まあ、これだけ面白い作品を書けるのは凄いと思うが、もう一つ何か欲しかったというのが正直なところ。読者はわがままである。
 このシリーズは三部作であり、この作品は完結冠へ向けての“ため”なのかもしれない。
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