夕木春央『楽園』(講談社)

 2年前に交通事故で死亡した両親から不動産を譲り受けた康之は、失踪した賃借人・60歳過ぎの独身婦人・海原の遺留品整理の際に、群馬の山奥の謎の物件の存在を知る。そこは、切り立った岩壁に囲まれた、「楽園」と呼ばれる奇妙な場所だった。恋人の沙織と一緒にそこを訪ね、探索をはじめた康之たちは、すぐに六人の“住人”に拿捕された。脱出のための条件はーー「誰か一人を殺さなければならない」
 殺人犯にならなければ脱出できない。『方舟』『十戒』の著者が仕掛ける“禁忌の驚き”(粗筋紹介より引用、一部追記)
 2026年7月、書下ろし刊行。

 『方舟』が異例のロングヒットになった夕木春央。出版社も期待しているからか、『方舟』『十戒』に続く本作は本屋に山積み状態であった。
 粗筋はこれ以上書かない方がいいかな。「楽園」の正体も読んで知ってもらった方がいいだろうし。
 そんな何人も引っ掛からないだろうとか、海原はどれだけ金持っていたんだよとか、本作でも舞台設定に突っ込みたいところは色々あるけれど、そこは無視しよう。ただ、「楽園」から脱出するためには「誰かを一人殺さなければならない」という設定はなかなかうまかった。
 「楽園」内で連続殺人事件が発生するのだが、誰が犯人かはすぐにわかるだろう。行動・言動があまりにも不自然だし。根本原因はわからないとはいえその理由もほぼ予想が付く。ちょっとしつこかったんじゃなかったか、あの展開は。まあ、フェアプレイに徹しているとはいえるかもしれないが。殺人のトリックはどうでもよかったが、被害者の選択理由はさすがに予想付かなかった。
 それにしても、過去二作と比べて格段に読み易くなったのは、ストーリーが一本道でわかりやすいからか、それとも作者の腕があがったからか。そのせいか、犯人は予想できても面白く読めた。
 『方舟』『十戒』を読んでいないと犯人の行動は唐突過ぎるだろうが、読んでいると展開がほぼ読めてしまうというのは、作者にとっても大変だっただろうなとは思う。『方舟』から『十戒』を経て、『楽園』に着地させた腕は大したものだと思った。これで最後にサプライズがあると最高だったのだが、それはないものねだりだろう。

ホリー・ジャクソン『余命一週間の探偵として』(創元推理文庫)

 ハロウィーンの晩。27歳のジェットは、何者かに殴打されて意識不明となってしまう。緊急手術を行い2日後に目覚めたものの、医師によると、彼女の脳内には確実に動脈瘤が形成されると考え、いずれ破裂して死に至るという。手術はほぼ不可能。余命1週間を宣告されたジェットは死ぬまでに自分を襲った犯人を見つけると誓い、幼なじみのビリーと調査を始める。だが、容疑者は身近な人物ばかりで……。究極のタイムリミットに挑む探偵役が、必死で謎を解き明かしていく。『自由研究には向かない殺人』の著者が放つ、圧巻の犯人当てミステリ!(粗筋紹介より引用)
 2025年発表。2026年7月、邦訳刊行。

 「向かない」シリーズなどYAミステリの書き手であるホリー・ジャクソンの、初の大人向け作品。主人公のマーガレット・"ジェット"・メイソンが、余命1週間の状態で自らを殺そうとした犯人を探し続けるタイムリミット・サスペンス。一人称で話が進むので、時々言葉が浮かばなくなったり、目が霞んだり、右腕が動かなくなったりと、体へのダメージが徐々に深くなっていくところが妙にリアルで、死への階段を確実に上がっている展開が余計にタイムリミットを感じさせる。家族も含めてジェットの周りに悪意が潜んでいるし、16年前に事故死した姉エミリーの影が家族を覆っているのも、困惑さを増している。
 そして捜査を続けるジェットたちに襲いかかる殺意。これでもかとばかりに周囲に翻弄されつつも、幼なじみのビリー・フィニーに支えられ、死に怯えつつも真相に向かっていくジェットの姿に胸を打たれる。ジェットとビリーのやり取りは、未来がないことがわかっているだけに、美しくも悲しい。
 特にトリックがあるわけではないものの、結末まで二転三転しつつ、伏線を回収する解決はなかなかのものである。
 冗長なところはあるけれど、これまでのYA小説に見られた青臭い主張や考え方がないのでかえって読みやすいし、面白かった。とはいえ他の作家でも書けるようなありきたりのサスペンスミステリだったので、次はもう少し捻った作品を読んでみたい。

佐藤正午『ジャンプ』(光文社文庫)

 その夜、「僕」は、奇妙な名前のカクテルを飲んだ。ガールフレンドの南雲みはるは、酩酊した「僕」を自分のアパートに残したまま、明日の朝食のリンゴを買いに出かけた。「五分で戻ってくるわ」と笑顔を見せて。しかし、彼女はそのまま姿を消してしまった。「僕」は、わずかな手がかりを元に行方を探し始めた。失踪をテーマに現代女性の「意思」を描き、絶賛を呼んだ傑作!(粗筋紹介より引用)
 『Gainer』(光文社)1999年1月~2000年8月連載。2000年9月、光文社より単行本刊行。2002年10月、光文社文庫化。

 佐藤正午を読むのは初めて。ミステリとしても話題になっていたので、『鳩の撃退法』を読む前に読んでみた。
 一杯のカクテルからガールフレンドの南雲みはるが失踪してしまい、主人公の三谷純之輔はみはるの知人を訪ね続け、行方を追う話。
 一つの偶然が予想外の展開を巻き起こす話ではあるものの、何の感銘も受けなかった。三谷にも、みはるにも、どこにも共感できなかった。人の心がどう動くか、なんて誰にもわからないし、周囲に迷惑を掛けないのならどう動こうと問題はない。だけど、二人に全然共感できなかったし、周囲の人物も共感できなかった。身勝手というわけでもないし、冷酷というわけでもない。だけど、自由過ぎるというわけでもない。なんなんだろう、この人たち。
 うーん、これのどこがミステリなんだろう。というジャンル論は別にしても、釈然としない気持ちのまま読み終えてしまった。誰にも共感できなかったのだから、当たり前か、この感想は。つまらない、というわけではなく、ただただ、肌に合わない。

柚月裕子『暴虎の牙』(KADOKAWA)

 博徒たちの間に戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原。愚連隊「呉虎会(くれとらかい)」を率いる(おき)虎彦(とらひこ)は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とそのカリスマ性で勢力を拡大していた。広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾は、沖と呉原最大の暴力団・五十子(いちこ)会との抗争の匂いを嗅ぎ取り、沖を食い止めようと奔走する。時は移り平成16年、懲役刑を受けて出所した沖がふたたび広島で動き出した。だがすでに暴対法が施行されて久しく、シノギもままならなくなっていた。焦燥感に駆られるように沖が暴走を始めた矢先、かつて大上の薫陶を受けた呉原東署の刑事・日岡秀一が沖に接近する……。(帯より引用)
 学芸通信社の配信により、岩手日報、夕刊フジなどに2018年2月から2019年10月の期間、順次掲載。加筆修正のうえ、2020年3月、単行本刊行。

 「孤狼の血」シリーズ完結編となる第三作。ただ主人公は、愚連隊のリーダーである沖虎彦。ヤクザの上前すら奪い取る破壊的な暴力性とカリスマ性。破滅へ向かって一直線としか思えないようなその生き方に、嫌悪感を抱きながらも引きずり込まれることは確か。一方で、昭和のヤクザが色濃く残っていた時代と、平成の暴対法で雁字搦めになった時代とのギャップに戸惑い、いら立つ姿もまたリアル。刑務所という世間から隔離された場所にいたことにより、時代の変化を受け付けられない沖の姿は幼稚さがそのまま残っており、哀しくなってくる。
 一作目で亡くなった大上をあえて出すには、この形式を取るしかなかったのだろう。大上の意思を日岡がどう受け継いだのか。渡されたバトンがどうなったのかがわかる作品にはなっている。ただ沖のエネルギーがすさまじいので、特に日岡の印象が今一つなのは残念。大上が見せた暴れっぷりを日岡が見せる世界観をもっと読みたかった。
 そういう意味では、ちょっとアンバランスさが残る完結編だった。平成の時代に、日岡のような刑事がどのように生きたのか。そんな作品を読んでみたかったと思う。

ポール・アルテ『虎の首』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 休暇から戻ったツイスト博士を出迎えたのは、事件の捜査で疲れ切ったハースト警部。郊外のレドンナム村で、次いでロンドンの駅で、切断され、スーツケースに詰めこまれた女性の腕と足が見つかったのだ。警部の依頼を待つまでもなく事件に興味を持った博士だったが、すぐにその顔色が変わった。駅から戻って蓋を開いた博士のスーツケースから出てきた物は……いっぽう事件の発端となったレドンナム村では、密室でインド帰りの元軍人が殺される怪事件が起きていた。なんと犯人は、杖から出現した魔神だと言うのだが……怪奇と論理の華麗なる饗宴。(粗筋紹介より引用)
 1991年、発表。2009年1月、邦訳刊行。

 ツイスト博士シリーズ長編五作目。スーツケースから女の首が出てくる冒頭はなかなか怪奇色が強いが、その後の展開は今一つ。バラバラ殺人や密室殺人などの道具立ては派手だが、トリックがわかりいくいし、理解してみるとちょっとつまらない。人間関係の描写も今一つだし、最後のブラックさはこれでいいのか感が強い。
 シリーズの中では、出来が悪い方になるだろう。

ジャック・カーリイ『デス・コレクターズ』(文春文庫)

 死体は蝋燭と花で装飾されていた。事件を追う異常犯罪専従の刑事カーソンは、30年前に死んだ大量殺人犯の絵画が鍵だと知る。病的な絵画の断片を送り付けられた者たちが次々に殺され、失踪していたのだ。殺人鬼ゆかりの品を集めるコレクターの世界に潜入、複雑怪奇な事件の全容に迫ってゆくカーソン。彼を襲う衝撃の真相とは?(粗筋紹介より引用)
 2005年、発表。2006年12月、邦訳刊行。

 『百番目の男』に続く作者の第2長篇。前作に引き続き、アラバマ州モービル市警察本部の精神病理・社会病理捜査班(PSIT)に所属するカーソン・ライダーが、パートナーであるハリー・ノーチラスとともに複雑怪奇な連続殺人事件に挑む。
 前作同様にサイコサスペンスかつ本格ミステリな作品だが、前作よりトンデモ度は控えめ。それでもよくこんなこと考えるよな、と思わせる面白さである。それと同時に、前作ほどの異常さがない分、本格ミステリとしてまだ楽しむことができる。
 それにしてもシリアルキラーのコレクターたちが気持ち悪い。いや、気持ちは凄くわかるのだが、それでもついていけない世界だ。だからやっぱり、読むのはしんどい。前作よりまし、というだけで、やっぱりサイコの部分についていけない。

西澤保彦『神のロジック 次は誰の番ですか?』(コスミック文庫)

 人里離れた全寮制の〈学校〉で、生徒は厳しい制約を受けながら推理ゲームなど風変りな課題に挑んでいた。やがて次々と殺人事件が起きて…。犯人は誰なのか? 生徒たちは何のために世界中から集められたのか? 全貌が明らかになったとき、大きな衝撃が読者を襲う! 驚愕の長編ミステリー。(粗筋紹介より引用)
 2003年5月、講談社の本格ミステリマスターズより『神のロジック 人間のマジック』のタイトルで単行本刊行。2006年9月、文春文庫化。2021年6月、コスミック出版より改題のうえ、刊行。

 2025年、惜しくも亡くなった西澤保彦。64歳は早いよなあ。タックシリーズが完結せずに終わったのは残念。ということで、今頃だけど未読本を手に取ってみる。
 アメリカが舞台だけど、国籍も性別もバラバラな6人の生徒がいる謎の学校。出だしはスローで退屈になるほどだが、途中からの緊迫感はさすが。ただ章立てがぶつ切り感があるのは残念。
 殺人事件の謎そのものよりも最後に出てくる学校の謎の方が大仕掛けであるが、同時期に出ている某作品と似た設定(時期的に偶然だろう)になっているので、驚きがない結果になっているのは、作者にとって不運な結果になっている。まあ先行作品を抜きにしても、わかりやすい書き方をしてくれているが。
 エンタテインメントよりもサプライズやトリックを優先した結果になってしまった作品。本格ミステリにとって、どっちがいいのかね。

エリック・ガルシア『さらば、愛しき鉤爪』(ソニー・マガジンズ ヴィレッジブックス)

 おれの名前はヴィンセント・ルビオ。ロサンジェルスが根城のケチな私立探偵だ。つまらない仕事のかたわら、謎の死を遂げた相棒アーニーの死因を探っている。そんなおれを〈評議会〉がけむたがっているのは承知の上だ。ところでおれは、人間じゃない。人間の皮をかぶり、人間にまぎれて暮らしているヴェロキラプトルダッシュダッシュ恐竜だ。ああ、それにしても昔はよかった……。世界中で熱狂の渦を巻き起こした恐竜ハードボイルド、ついに登場!(粗筋紹介より引用)
 1999年、アメリカで発表。2001年11月、邦訳刊行。

 作者はマイアミ出身、26歳。本書でデビュー。
 主人公はロサンジェルスの私立探偵。しかしその正体は人間の扮装をした恐竜、ヴェロキラプトル。恐竜は滅びず、人間にばれないように扮装をして人間社会に溶け込み、生活をしているという、馬鹿馬鹿しい設定である。原題も"Anonymous Rex"である。
 恐竜がどうやって生き延びたとか、サイズ的にどうなんだとか、そもそも扮装しただけでごまかすことができるのか、とかそういうことを考えてはいけない。恐竜は人間にばれずに社会に紛れ、医者や警察にも仲間がいて、恐竜社会を守るための〈評議会〉があるのだ。そして主人公のヴィンセント・ルビオは探偵事務所を開いていて、恐竜の夫の不倫を暴いてほしいという依頼に応えて恐竜同士の行為という証拠写真を撮ろうとするしがない私立探偵で、そしてアルコール中毒ではなくバジル中毒なのだ。
 それでも内容はハードボイルドの定型的なパターンである。ロサンジェルスで最大の探偵事務所「トゥルーテル」から仕事を回してもらい、サンフェルナンドヴァレーにあるナイトクラブの不審な家事の真相を探る。そのうちに相棒だったアーニー・ワトソンの交通事故の真相に近づくようになり、当然のことながら暴力シーン、そしてロマンスもある。すでに手垢の付いた設定とストーリーでも、それが恐竜たちが巻き起こしているとなると笑える。それでも恐竜ならではのヒントや手掛かりの見せ方は巧い。なんだかんだ言っても最後は、作者が用意する落としどころへ吸い込まれていく。
 徹底したパロディなのに、最後はハードボイルドの世界へ収まるのだから大した腕だ。二作目『鉤爪プレイバック』は相棒であるアーニーが健在な頃の話。三作目『鉤爪の収穫』も邦訳されている。

柚月裕子『凶犬の眼』(角川文庫)

 広島県呉原東署刑事の大上章吾が奔走した、暴力団抗争から2年。日本最大の暴力団、神戸の明石組のトップが暗殺され、日本全土を巻き込む壮絶な抗争が勃発した。首謀者は対抗組織である心和会の国光寛郎。彼は最後の任侠と恐れられていた。一方、大上の薫陶を受けた日岡秀一巡査は県北の駐在所で無聊を託っていたが、突如目の前に潜伏していたはずの国光が現れた。国光の狙いとは? 不屈の警察小説『孤狼の血』続編!(粗筋紹介より引用)
 『小説 野性時代』2016年6月号、2017年2月号、8~10月号掲載。2018年3月、KADOKAWAより単行本刊行。2020年3月、文庫化。

 『孤狼の血』の2年後の話。1984年からはじまった山一抗争、1985年1月に起きた山口組四代目組長射殺事件を基にしている。
 前作の面白さは継続しているが、逆に言うと前作ほどの衝撃はない。まあ、これだけ面白い作品を書けるのは凄いと思うが、もう一つ何か欲しかったというのが正直なところ。読者はわがままである。
 このシリーズは三部作であり、この作品は完結冠へ向けての“ため”なのかもしれない。
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