M・W・クレイヴン『ブラッディダイスの殺人』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 英国各地で17人もの市民が同じ手口で射殺される。だが被害者たちに関連性は見つからず、犯人の目的は一切不明のままだった。政府は事件解決の切り札として、ポーたち重大犯罪分析課の元メンバーを招集。ポーは仲間との再会に久しぶりの笑顔を見せる。さらに分析官ブラッドショーが17件の犯行現場にある法則を見つける。どうやら犯人は特殊なサイコロで犯行現場を決めているようで……。大人気英国ミステリシリーズ第七作。(上巻粗筋紹介より引用)
   捜査の末、ポーは連続狙撃犯の正体と目的にたどり着くも、その行方は依然としてつかめなかった。そしてポーたちの健闘むなしく犠牲者は増え続け、相棒のブラッドショーまでもが犯人の標的にされてしまう。かつてない窮地に追い込まれたポーは、自身と因縁深いある医師に協力を依頼する。神出鬼没の犯人を捕まえるため、ポーたちが打った一世一代の大仕掛けとは? シリーズ史上最大規模の事件。予測不能の決着を見逃すな。(下巻粗筋紹介より引用)
 2025年、発表。ワシントン・ポーシリーズ第7作。2026年8月、邦訳刊行。

 前作『デスチェアの殺人』で重大犯罪分析課が解散してしまい、色々あったポー、ブラッドショーたちであるが、未曽有の事件を前に復活。このシリーズはどこから読んでも大丈夫ではあるが、本作は前作のある重要登場人物が出てくるため、前作を読んでから、という作者の断わり文が最初に入っている。
 17人連続狙撃殺人事件を受けて、ワシントン・ポー、ティリー・ブラッドショー、ステファニー・フリンが再結集。連続狙撃事件こそ続くも、ポーの人並外れた直感力、ティリーの尋常でない統計力と分析力で、あっという間に犯人像に接近していくところは、もはや推理というより魔法。こんな二人の手綱を引き続ける、時にはさらに暴走してしまうフリンも大したものだし、こんなメンバーを見守りつつ、ポーと結婚しようとする病理学者エステル・ドイルもすごい。
 本作は前作『デスチェアの殺人』の重要人物も登場し、その危険極まりない再会も面白さの一つ。作者も断り書きを入れているが、さすがに前作を読まないで本作を読む人はいないと思う。
 元々キャラクターの強烈な魅力、個性で引っ張ってきた感もあるこのシリーズだが、本作はその色が一番濃い。過去の作品ではサスペンスや本格ミステリ、警察小説などのミステリ要素も濃かったが、本作はあまりにも一直線に犯人に突き進んでしまうので、犯人を追い詰めるサスペンスこそあるものの、主要登場人物の魅力溢れる(あるいは時々下品な)やり取りが主な展開となるキャラクター小説になってしまった。シリーズファンなら十分楽しめるし、一気読みするしかない展開ではあるのだが、物足りなさも感じるところである。ただ、それは多分作者もこの作品の位置付けを考え、あえてしたことだと思うが。
 それに、冒頭でショッキングな出来事が起きるパターンもいい加減慣れてしまい、逆にその裏側が透けてしまうところなのも残念。これもシリーズものの弊害かな。
 作者が明確に示しているわけではないが、本作はシリーズ第一部完という位置付けなのだろう。ポーやティリーだけでなく、作者自身も行き詰まっていたのかも知れない。次作からは新しい展開が待ち構えている。作者がどのような物語を提供してくれるのか、楽しみにしよう。

クリストフェル・カールソン『暗殺の冬』(文春文庫)

 刑事スヴェンが発見した瀕死の女性。それは連続殺人犯の最初の凶行だった。だが同じ夜に起きた首相暗殺事件の混乱が初動捜査を妨げ、犯人は闇に消える。そして再び殺人が……30年にわたる悔恨、贖罪、嘘と秘密。北欧文学の伝統を嗣ぎ、寂寥の風景の中に人の罪と悲しみを描く傑作。これぞ現代ミステリの珠玉。(粗筋紹介より引用)
 2021年、スウェーデンで発表。2026年5月、邦訳刊行。

 作者は1986年、スウェーデンの南西部にあるハッランド県の県庁所在地、ハルムスタッド生まれ。ストックホルム大学で犯罪学の博士号を取得し、スウェーデンを代表する犯罪専門家の一人。2012年、欧州犯罪学会若手犯罪学賞を受賞。2010年、小説家デビュー。2013年、刑事レオ・ユンカー・シリーズの第1作『セーレムの見えない男』で最優秀スウェーデン・ミステリ賞受賞。本書はハッランド組曲の第二作で、2023年に英訳されアメリカで出版されて大きな反響を呼んだ。
 本書の舞台は、スウェーデンの南西の位置するハッランド県。1986年の事件発生から、2019年の事件解決までの、スヴェンとヴィダル親子の刑事が挑む33年間を追った大河ミステリである。スウェーデンらしい、というほどスウェーデンのミステリを読んでいるわけではないのだが、何とも重厚な作品。実際に起きたオロフ・パルメ首相暗殺事件の裏で起きたレイプ殺人を発端とする連続殺人。素朴な田舎町で起きた凄惨な事件を前に、警察官のスヴェン・ヨルゲンソンが事件を追い、そして息子のヴィダルが警察官となって遺志を継ぐ。
 この作品の巧いところは、冒頭から登場する、故郷に帰ってきた小説家の“私”が、かつてスヴェンの同僚で合ったエヴィ・カーレンから聞き取り、小説仕立てにした作中作の形になっているところである。2019年の私から始まり、1986年に戻り、そして2019年の結末につながる。この形式を採用することで、より小説と謎の深みが増している。
 スウェーデンの社会と時の変化を背景に、人間の罪を深く静かに追い求めた傑作。暖炉を背景に、一晩かけてじっくり読みたい作品である。

ベンジャミン・スティーヴンソン『幕が上がれば誰かが誰かに殺される』(ハーパーBOOKS)

 ぼくアーネスト・カニンガムはその日、マジックショーが行われる劇場にいた。助けを求めるメールが元妻から届いたのは今朝のこと。駆けつけると、彼女は恋人をめった刺しにして殺した容疑で逮捕されていた。無実を訴える彼女のため、亡き恋人が経営していた劇場で聞き込みを始めたわけだが、関係者は怪しい者ばかり。やがてショーの開演時間を迎えるが、まさか第2の殺人が起きるとは夢にも思わず……。(粗筋紹介より引用)
 2024年、発表。2026年7月、邦訳刊行。

 『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』『真犯人はこの列車のなかにいる』に続くアーネスト・カニンガム第3弾。ページ数が文庫本で285ページしかないからか、作者は第2.5弾と呼んでいるらしい。
 今回の仕掛けは全24章の各章に手掛かり23個を散りばめ、最後の章で犯人がわかるというもの。12月1日から1章ずつ読み始めると、クリスマス・イブですべての謎が解ける。各章も1桁から20ページ足らずと非常に短い。まあその分、アーネストのくだらない口上を何回も聞かされなくてホッとする。
 マジックショーのギロチンで本当に首が斬り落とされるのだが、本格ミステリファンを喜ばせていると思うか、今時そんな設定書くのかと思うか。個人的にはそれなりに楽しむことができたかな。
 シリーズの幕間と思えばいいのだろうと思うが、あっという間に読み終わった分物足りなかったのも事実。次作を待ちましょうか。

リチャード・デミング『絞首台のある庭 私立探偵マニー・ムーン』(新潮文庫)

 私立探偵ムーンのもとに若き美女の依頼人グレースが訪れてくる。大手ドラッグストア・チェーンの経営者だった父を交通事故で失くし、莫大な遺産が彼女と兄のドンにのこされるはずだった。ただし、21歳まで独身でいることが相続の条件となっていた。ところが、兄が行方知れずとなり、グレースの身にも不可解な事故が何度も起きていたのだ。ボディガードを依頼されたムーンは、富豪一家の屋敷に、グレースの恋人の友人というふりをして乗り込むことになるが、グレースの義母アン、叔父ダグラス、アンの叔母、使用人たちと、疑わしい人物が勢ぞろいしていた――。正統的ハードボイルドに本格謎解きの魅力が備わった、私立探偵マニー・ムーンの推理と活躍が存分に楽しめる長篇第一作が満を持して本邦初紹介。(粗筋紹介より引用)
 1952年発表。2026年7月、邦訳刊行。

 昨年、日本独自編纂の中編集『私立探偵マニー・ムーン』で話題をさらったデミングのマニー・ムーンシリーズ長編第1作。発表順としては、前作が1948~1951年に執筆された中編なので、その後の話となる。前作までと登場人物の設定が若干変わっており、例えばムーンの元婚約者ファウスタ・モレニがカジノ〈エル・パティオ〉のディーラーから経営者に昇格している。
 命を狙われている若い女子大生の依頼人を守るという設定は、いかにもハードボイルドらしい設定。ところが女子大生の家には、いかにも怪しい人物はそろっているし、事故死した父親が遺した遺言状は何かが起きてもおかしくはない内容と、こちらは黄金時代の本格ミステリに有りがちな設定。ハードボイルドと本格ミステリという二つの相反する要素がどう絡み合うか。
 まずは主要登場人物のキャラクター造形がしっかりと固まっており、読んでいて楽しい。モレニが女子大生グレースと張り合って似たような服装をするところなどは笑うしかない。元戦友でカジノの接客係であるモウルディ・グリーンは命令されたことしか実行しないため、肝心なところでのドタバタを生み出す良い存在となっている。ライバル関係にある殺人捜査課警視のウォーレン・デイも、時には鋭い推理を見せつつも、なんだかんだ言いながらムーンに頼っているところが面白い。
 前作では難題ともいえるハードボイルド要素と本格ミステリ要素をうまく融合させたが、本作もその難題を楽々とクリアしているのが凄い。命を狙うギャングと対峙するマニー・ムーンは格好良いし、アクションシーンは映像を見ているかのような迫力。パルプ雑誌のハードボイルドを彷彿させる展開はさすがである。
 しかし驚くのは本格ミステリ要素の方。途中でも切れ味鋭い推理をみせるムーンであるが、最後はなんといっても関係者を全員集め、名探偵のよう推理を始めるのだ。しかもその推理が、ある一つの事実(これがハードボイルドならではなのだが)から犯人を論理的に導き出すというもの。おお、クイーンだ。お見事!
 今年の海外作品は力作が多いからどうなるかわからないが、ベスト10には入ってくるだろう。そして本ミスも含め、1位に選ばれても納得する。そんな文句なしの傑作である。なぜこれが、今まで訳されてこなかったのだ! ということで出版社には、当然次もお願いしたい。

東川篤哉『夜の喜劇 東川篤哉短編集』(東京創元社)

 うっかり恋人を殺してしまった青年が被害者を演じる、夜の会話劇―― 容疑者は四人、あなたは真相を見抜けるか? 正統派犯人当て小説―― 冴えない青年の恋愛が、占い師の予言で思いがけぬ展開をたどる異色短編―― 雪積もる屋敷で計画された殺人、そのために密室をつくらなければ―― 天才奇術師の死を巡って幾度も覆される推理の果てに待つ仕掛け―― 脱力を誘うユーモアに騙されるうちに、意外なトリックと明快なロジックが冴え渡る、著者初のオリジナル短編集。(帯より引用)
 2017~2025年、アンソロジー、『ミステリーズ』、『紙魚の手帖』等に掲載。2026年7月、刊行。

 自己中心的で我が強い専務の一人娘広瀬智香に日曜の夜中に呼び出され、家へ向かった恋人の鳥越翔太。ところが新入社員と浮気していることを責められ、しかも他の女とも浮気していることを口走ってしまったため、智香は逆上。自殺するとナイフを持ち出すも、やっぱりあんたが死ねと言い出し、揉み合う内に智香を刺してしまった翔太。しかし智香は死ぬ直前、翔太を花瓶で殴って気絶させてしまう。目を醒ました翔太の前に居たのは、智香の後輩で総務課に勤める居候中の倉橋ミリア。翔太はミリアをなんとか言いくるめようとする。「鳥越さんは立派な被害者」。
 接待ゴルフで酔っ払っての帰り道。大島聡史が目を醒ますと、そこはローカル単線の目的駅。慌てて降りて、一人暮らしの日本家屋まで帰ってきたが、玄関の鍵は開いている。朝忘れたかと思いつつ電気を点けると、金庫が開いている。驚いた瞬間、何者かに殴られて気を失ってしまった。盗まれたのは家に伝わる高価な茶碗。身内の恥になるからと警察に届ける代わり、聡史が事件の解決を依頼したのは、「手代木探偵事務所」の手代木礼次郎。動機があるのは兄、叔父、従姉妹、交際相手の4人。しかしいずれにもアリバイがあった。「アリバイがある容疑者たち」。
 『神保町の母』の異名をとるカリスマ占い師アンタレス聖羅。今週末、憧れの女性との初めてのデートでうまくいくかどうかを占ってもらうと、上手くいくとの言葉と、さらに出鱈目としか思えない予言を幾つかしてもらう。そしてデート当日、とんでも予言のおかげで盛り上がらないデートであったが、とんでもない事件に巻き込まれて。「どうか僕を占ってください」。
 芸能事務所に所属する売れない若手女優紅林紅子は、大御所ミステリ作家の叔父を殺害して遺産を得ようと、大学時代の腐れ縁である脚本家志望の下村健太を連れて、山奥にある西洋屋敷「銀嶺館」にやって来た。大雪で閉じ込められた客が五人もいる中、二人は倉庫で叔父を首吊り自殺に見せかけて殺害し、倉庫を密室に仕立て上げる。「紅林紅子の誤算」。
 天才マジシャン花巻天界が、建築中の『陽奇館(仮)』の密室の『現場(仮)』で首を絞めて殺害された。容疑者は、ここから少し離れたところに建っている花巻邸に招待されていた客四人。昨日、突然の雷雨で立ち往生し、偶然見つけた花巻邸に宿泊させてもらった名探偵四畳半一馬が、助手の間広大に記録を取らせつつ、解決に導く。「陽奇館(仮)の密室」。

 デビューして24年、著者初となるノンシリーズ短編集。密室、アリバイ、倒叙、犯人当てと、ユーモアに溢れながらも本格ミステリに挑んだ5編である。
 個人的に思うのだが、東川篤哉はもう少しユーモアを抑えた方が面白い作品を書けるのではないかと思ってしまう。ユーモアが時に、ひどいおふざけに見えてしまうのは勿体ない。特に「紅林紅子の誤算」はユーモアが過剰過ぎておバカな作品に仕上がっているのだが、これは元々そういう作品だから仕方がないか。もっと別の方向から書けば、倒叙作品としてもよい仕上がりになったんじゃないかと思ってしまうのだが。
 おバカすぎてどうにもならないのは「鳥越さんは立派な被害者」。話聞く前に警察と救急車呼ぶだろ、ってだけの話である。
 「アリバイがある容疑者たち」は犯人当て小説。絶対声掛けるだろ、という話はさておき、それなりにまとまった作品ではある。
 「どうか僕を占ってください」は本作品集の中のベスト。ちょいとおバカな部分はあるけれど、この展開は非常に巧いと思った。トリックは単純でも、使い方とプロットさえよければ面白くなるという典型。
 「陽奇館(仮)の密室」は密室物。某有名長編のトリックのアレンジには見えるが、これはこれであり。これを成立させるだけの舞台設定を作ったのは巧いと言えよう。

 最初にも書いたけれど、この人はもう少しユーモアを抑えて書いた作品があってもいいと思うんだけどなあ。ときどきユーモアがおふざけになるのが残念。そうすればもっと評価はあがるのにと思ってしまう。もっともそうしたら、人気は落ちるかもしれないけれど。タイトルは上手い名前を付けたと思う。ベストに入れるほどではないが、悪くないよと進められる佳作短編集である。

北山猛邦『『石球城』殺人事件』(講談社)

 凍てつく世界を旅する少年・ルーサは壁で囲まれた城塞都市・石球城(せっきゅうじょう)に迷い込む。無数の石球が散らばり、永遠に夜が明けない閉ざされた街(クローズド・サークル)は、九人の王が支配し、十三の灯台とそこに住む巫女によって保たれていた。自身の正体を知るため、ルーサは“世界の果て”を目指す少年・ロメリアと、巫女・カヮクの灯台を訪れるが、待っていたのは密室首切り死体。巫女殺しの疑いをかけられたルーサは犯人を捜索するが、今度はべつの巫女が密室首切り死体として発見されーー。(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』2025〜2026年連載。2026年6月刊行。

 「城」シリーズ21年ぶりの新作、とのこと。シリーズ自体読んだことないよ、などと思いつつも、よくよく考えみたらデビュー作『『クロック城』殺人事件』もシリーズの作品だった。「城」シリーズはそれぞれ独立しているから、別に過去作品を読んでいなくても構わないのだが。
 本作は、城壁に囲まれた都市・石球城で起きた13の密室事件。城壁を囲う13の灯台で13の密室殺人事件が起きる。
 自身が創造したファンタジー仕様の世界で、「物理の北山」らしいトリックが繰り広げられる。個人的にこういう仕様の本格ミステリは、よほどうまくはまらない限り苦手。トリックから逆算して世界を作るのか、世界観にふさわしいトリックを当てはめていくのかはわからないが、トリックに合わせて好きなように世界を作れるじゃないか、というのがどうしても逃げ道にしか見えないのだ。物語を作るのは大変だろうと思うけれどね。ましてやこれだけ呆れるような物理トリックを駆使されると、どうでもよくなるというのが本音である。
 ベスト候補になるだろうと思って手に取ってみたけれど、デビュー作からやっていることは変わらなかったんだな、という印象しかないな。ファンとマニアだけが喜ぶ作品、としか思えない。それが悪いわけではないけれど。

月村了衛『機龍警察 漆黒社会』(早川書房 ハヤカワ・ミステリワールド)

 姿警部との契約満了が迫る中、国際人新取引事案解明に着手した特捜部は機甲兵装用の特殊義肢を開発した本川製作所の関与を察知する。さらに城州グループとフォン ・コーポレーションが水面下で本川株の争奪戦を展開しているという。一方、香港黒社会大幹部の(クワン) は、何故か新疆ウイグル自治区で大虐殺の実態を追っていた――救済なき現代を照射する大河警察小説、絶望と地獄のシリーズ第一部ここに完結。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリマガジン』2024年11月号~2026年7月号連載。加筆修正のうえ、2026年8月、刊行。

 作者のデビュー作から続く至近未来大河警察小説シリーズ、5年ぶりの新刊であり、第一部完結作品。台風による暴風雨の中、帰投中だった巡視船「あさじ」が不審な動きをする小型貨物船「バーバラス」を見つける。誘導を試みて呼びかけるが、積み荷のコンテナを海中に投棄して逃亡を図った。激しい銃撃戦で「バーバラス」の乗組員はすべて死亡。航海データ等はその間に証拠隠滅のためすべて破壊された。しかし投棄された最後のコンテナを発見しブイを固縛した。天候回復後に回収されたコンテナの中からは、無数の子供の水死体だった。
 人身取引事案に見えたが、「バーバラス」を所有していたのはシンガポールの総合商社であったが、出資者の中に本川製作所の海外法人の名前があった。子供たちは少年兵用の特殊義肢のための「素材」であることが予想され、特捜部が手を付けることとなった。
 ショッキングな事件から始まる本作。本川製作所、フォン・コーポレーション、城州グループといった、これまでシリーズを黒く彩ってきた組織や、様々な登場人物が抱えた問題や葛藤について一応の決着が着く作品となっている。
 敵対視しながらも共通の目的を持った者たちが、なんだかんだ言いながらも信頼関係を築いていることに感動。その逆に、派閥や権力闘争で敵対する者たちの醜悪さに激怒。国や社会や国民がどうなろうとも、自分たちの利益と都合ばかり追いかける姿を見て、これが遠くない未来(もしくはすでに迎えている現相)の真実なのだろうと思ってしまうと、哀しくなってくる。
 それにしても、ここまで描写できるのかというぐらいな凄惨なシーンが待ち構えている。今までの地獄が「天国」にすら見えてくるような、恐ろしい「地獄」が。政治家や官僚たちにもこの「地獄」を味わってほしいなどと考えてしまうのは、自分もまだまだ若いのだろうか。
 本作で敵も味方もある程度整理され、生き残った者たちは新たな覚悟を持って自分の信じる道に向かって進むことになる。シリーズ第一部完結編に相応しい、凄惨過ぎる傑作。世界の表裏関係なしに様々な組織、会社、そして国の利害関係が複雑に絡み合う背景を明らかにし、利用され翻弄される弱者を救済するために、特捜部とそのメンバーはどこへ向かうのか。血みどろの大河の第二部を早く書いてほしい。

東野圭吾『永遠の記憶』(文藝春秋)

 内海薫が刺された。犯人は70歳ほどの老人。飛び降り自殺を図るも失敗し、取り調べには黙秘を貫く。やがて内海に恨みを抱く若い娘が捜査線上に浮かぶが、老人との関係は不明。それどころか、内海への本当の復讐はこれからだった。彼女が迫った「究極の選択」とは一体――。
 一方、湯川と草薙は、老人の“ある持ち物”を手掛かりに、「忘れてはいけない謎」の扉を開く。
 シリーズ最新、最高峰の謎がいま明かされる。(粗筋紹介より引用)
 2026年8月、書下ろし刊行。

 2026年7月23日、大腸がんのために68歳で亡くなった東野圭吾の最新作。ガリレオシリーズの誕生30周年を飾る記念作、シリーズ第11作目の長編ということで6月に刊行予告が発表されてから待っていた人も多かっただろうが、人気作家の訃報が重なってさらに過熱した感がある。
 「第一部 履歴る たどる」「第二部 終活る ふりかえる」の二部構成。読者からのタイトル募集企画で優秀賞に輝いたタイトル2作で執筆されたとある。
 何が驚いたって、警視庁捜査一課の警部補になっていた内海薫が結婚していて、保育園に通う子供がいることである。草薙は管理官となって終活を考えており(ちなみに独身のまま)、岸谷(こちらも独身)は捜査一課の岸谷班を率いている。この時の経過を見せられると、シリーズの“その後”を作者は強く意識して書いたのだろうと思えて仕方がない。さらに第二部で湯川と草薙がこれまでを振り返るところ、そしてかつての事件に触れるところは、作者が当時指摘を受けた個所に対するアンサーを用意することで、シリーズの「終活」を意識させたものとなっている。
 残念ながら、ミステリの部分としては非常に弱い。現実でも挙がっている問題をベースにし、悲劇的なストーリーをあえて作るあたりは、私が嫌う東野のテクニックである。いくら「人の心も科学」だからとはいえ、やはりガリレオシリーズでは、超常現象らしき謎を科学をベースにして説き明かす推理を用意してほしかった。このシリーズの途中からの変節が、とても残念ではあった。
 勝手な想像で申し訳ないが、自分の病状を考えた作者が、あえてシリーズの終焉を意識して書いた作品であったのだろう。シリーズのファンなら、読むしかない。ただ、物理的な謎と解決がなかったことは残念であった。

野宮有『殺し屋の出世術』(講談社)

 凄腕営業マン鳥井が殺人請負会社〈極東コンサルティング〉に入社してから半年。個性的な殺し屋たちを束ねながら、順調に業績を重ねていた。だが突如、謎の男・鷹見に拉致され、上部組織〈巣ヶ谷一家〉組長のもとへ連行される。告げられたのは、鳥井と鷹見で争う出世レースの開幕。勝者には〈極東コンサルティング〉社長の座が、敗者には死が与えられる。もちろん、鳥井に拒否権はない。丸腰の営業マンは華麗なるトークを武器に、生き残ることができるのか!? 情け容赦ない頭脳戦が始まる――!(粗筋紹介より引用)
 2026年7月、書き下ろし刊行。

 昨年話題になった乱歩賞受賞作『殺し屋の営業術』の続編が早くも登場。今回は、〈極東コンサルティング〉が上納金を納めている指定暴力団浦野組系巣ヶ谷一家の組長に先月就任した巣ヶ谷貴洋の命により、〈極東コンサルティング〉の座を鷹見竜之介と争うこととなった。しかし鷹見は、これまで表に出てこなかったが巣ヶ谷の右腕的存在であった。絶望の出来レースの中、鳥井はいかにして生き残るか。
 〈極東コンサルティング〉の社員である殺し屋の耳津、樫尾、籠原姫華は引き続き登場。一方鷹見にも、若くて小柄ながらも殺しは凄腕の19歳の女性、翼が控えている。
 最初から続編を考えていたとしか思えない設定。特に前作でちょっとだけ頭に浮かびながらもスルーしていたある疑問が、本作で解き明かされるのには感心した。
 鳥井の華麗すぎる営業術は今回も健在。自分勝手な殺し屋たちの意識改革のために毎朝の定例会議を開くというのも笑えるが、表向きの事業である営業コンサルティングで、〈セッション〉と称する勉強会を週二回開いているというのも、裏の仕事を隠すには巧妙。
 鳥井と鷹見の命をかけた頭脳戦は楽しいのだが、前作であった表の住人である主人公が裏の世界で戸惑う姿がなくなり、一本道で結末まで向かっているため、イレギュラーなサスペンスが減ってしまっているのはちょっと残念。その分、鳥井と鷹見の頭脳戦を存分に楽しむことはできるが。
 前作以上に娯楽に徹した、そして次作への引きを残した作品。前作ほどのカタルシスは味わえないが、今後の展開が楽しみという点では、続編としての役割を十分に果たしたといえよう。

ピーター・スワンソン『ケイトが恐れるすべて』(創元推理文庫)

 ロンドンに住むケイトは、又従兄のコービンと住まいを交換し、半年間ボストンで暮らすことにする。だが、到着した翌日に、アパートメントの隣室の女性オードリーの死体が発見される。オードリーの友人と名乗る男や、アパートメントの向かいの棟の住人の話では、彼女とコービンは恋人同士だが、まわりには秘密にしていたという。そしてコービンはケイトに、オードリーとの関係を否定する。嘘をついているのは誰なのか? 見知らぬ他人に囲まれた、ケイトの悪夢の四日間が始まる。ミステリ界を席巻した『そしてミランダを殺す』の著者の衝撃作!(粗筋紹介より引用)
 2017年発表。2019年7月、邦訳刊行。

 スワンソンの邦訳作品の読み残し。最初の方は書き方がが悪いのか、ちょっとだるい。他の作品よりもサスペンス味が強く、作者の持ち味はちょっと弱め。さらに展開は予想される物であり、終盤の追い込みはそれなりに読ませるものの、作者が好むどんでん返しの妙もなく、今一つであった。気力がないので、これだけ。

ベンジャミン・スティーヴンソン『真犯人はこの列車のなかにいる』(ハーパーBOOKS)

 ぼくはアーネスト・カニンガム。まだ駆け出しのミステリー作家だが、きたる推理作家協会主催の50周年イベントになぜか招待された。豪華列車でいく3泊4日の旅には錚々たる作家たちが招かれていて、ぼくは肩身の狭い思いだったが、そのうちの一人が旅の最中、殺害されてしまう。作家陣はもちろん、一般客も誰もが怪しく、何やら秘密を抱えていそうななか、やがて次なる殺人が起こり……。(粗筋紹介より引用)
 2023年、発表。2025年9月、邦訳刊行。

 まさか『ぼくの家族はみんな誰かを殺してる』の続編が出るとは思わなかった。ネタバレ、というほどではないが前作の登場人物が本作でも出てくるので、前作を読みたいと思っている人は、本作は後回しにした方がいい。
 今回の舞台は、オーストラリア大陸を縦断する豪華列車。前作と同様、読者に語りかけるなどのメタな展開を挟みつつ、ユーモアを交えながらの軽妙な語り口が、ページを捲る手を快調に進めてくれる。ラブシーンあり、アクションあり、それでいて謎解きに特化するストーリーは、本格ミステリファンを喜ばせるだろう。
 ただ、犯人の名前が登場する回数を冒頭で提示するなど、ここまでメタな手法を取り入れられてしまうと、どちらかと言えばメタが嫌いな自分には鬱陶しさを感じた。メタに逃げている感しかないのは残念。
 1回ぐらい、ストレートな作品を読んでみたいと思うのだが、すでに3作目、4作目が出ているシリーズがそうガラッと変わるわけでもなし。どうなることやら。 
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