松樹凛『ぼくらが夕闇を埋めた場所』(双葉社)

 この町で過ごす最後の日、星野さんはぼくにそう言った。「わたしが東くんを今日ここに呼び出した理由を当たられたら、東くんの勝ち」。夕闇の迫る〈水なし沼〉で、二人だけのゲームが始まる。(帯より引用)
 『小説推理』2025年1月号に掲載され、第79回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作。他、『WEB小説推理』2025年11月号、2026年2月号に掲載された作品に書き下ろしを加え、全4編を収録。2026年9月、刊行。

 中学2年生の春休み前最後の日。父親の仕事の都合で明日引越しをする東(あずま)を、クラスメイトで同じ図書委員の星野が、小さな山の麓にある潰れた釣り堀の跡地、通称〈水なし沼〉に呼び出した。人一人分の大きさをした、ブルーシートで包んでロープ巻かれた何かを前に、星野は東に穴を掘ってほしいの、とシャベルを渡しながら言った。そして星野は最後の思い出作りとして、「わたしが東くんを今日ここに呼び出した理由」を当ててほしいと言った。東は穴を掘りながら、二人だけのゲームに挑む。「ぼくらが夕闇を埋めた場所」。
 高校生の高橋優子は、無人カフェ〈ユアセルフ〉で高校生の山本くんと知り合い、時々話すようになる。数か月後、〈ユアセルフ〉で初めて見た三十代半ばの女性を見て、優子は山本に勝負を持ちかける。女性は飲み物も買わず、一体何をしているのか。優子が勝ったら、文化祭を一緒に回ってもらう、と約束した。「カフェオレ色の恋をした」。
 この町で、25歳のぼくは幽霊だ。誰も気づかないし、仮に気づいても見なかったふりをする。ぼくは秋のある日、公園で小学生たちが「神林がまた幽霊を見た」という話をしているのを耳にする。ぼくは小学五年生の神林幸平を探し出し、声を掛けた。神林が見たという幽霊は、幽霊が見えるぼくが探していた幽霊だった。「幽霊は着替えない」。
 ミステリ作家山下巧海はサイン会で、見知らぬ二十代の女性から私のことをわかりますかと尋ねられたが、心当たりは全くなかった。サインを書くために名前を尋ねると、それは山下がよく知っている女性の名前。しかも本を受け取る代わりにまりものキーホルダーを差し出した。思わず山下は女性の手を払いのける。しかも撮影禁止のイベントなのに、その時の映像がネット上に出回り、山下は炎上した。しかも山下のデビュー作は実話であり、彼はデビュー作通りに殺人を犯したとの噂まで広がった。「わたしたちのエンドロール」。

 作者のことは全く知らなかったが、2021年に「射手座の香る夏(「夜の果て、凪の世界」を改題)」で第12回創元SF短編賞(東京創元社)を受賞。2024年、短編集『射手座の香る夏』(東京創元社)でデビューしている。
 日本推理作家協会賞を受賞した「ぼくらが夕闇を埋めた場所」であるが、選考委員である月村了衛が「文句のつけどころのない秀作」というのがよくわかる。文章もきれいだし、文体は瑞々しいし、登場人物のキャラクター造形もいい。そして推理の展開やストーリーもお見事。他の候補作を読んでいるわけではないが、満場一致で受賞と言われても納得の傑作である。
 『本格王2026』に選出されたという「カフェオレ色の恋をした」もなかなかの出来。謎解きと淡い恋が心地よくブレンドされた佳作である。
 本短編集の中で一番長いのが「幽霊は着替えない」であるが、残念ながらこの作品は他と比べてちょっと落ちる。もうちょっと整理して書けばよかったのにと思う。
 最終話の「わたしたちのエンドロール」も悪くない。これ以上は書きづらいけれど、これもまた佳作と言っていい。
 あまり中身には触れられないが、青春のほろ苦さと謎解き、そして心の闇の割合を作品ごとに変え、上手くブレンドした作品が並んでいる。ミステリファンなら、そしてホラーファンにも、これは読んでみた方がいいよ、と素直に言える短編集である。ベスト10は難しいかもしれないが、ベスト20には入ってくるんじゃないかな。次作もミステリなら、読んでみようと思わせる作家である。

S・A・コスビー『灰の王』(ハーパーBOOKS)

 投資会社のCEOとして輝かしい成功を収めるローマン。父が事故に遭い昏睡状態と報された彼は、ヴァージニアの寂れた町で火葬場を営む実家に舞い戻った。じつはギャングとトラブルを起こした弟への“見せしめ”で父が襲われたと知り、ローマンは明晰な頭脳と知略を武器に事態の収拾に乗り出すが、容赦なく暴力の支配する世界に引きずり落とされ、復讐のため自らの手を血に染めていく――。(粗筋紹介より引用)
 2025年発表。作者の第5長編。2026年6月、刊行。

 犯罪小説の第一人者となったコスビーの最新作。今回の主人公ローマン・カラザーズは投資会社のCEOだが、弟が地元ギャングと起こしたトラブルに巻き込まれていく。タイトルはローマンの実家である火葬場に由来するのだが、その描写が何ともすさまじい。
 気のせいかもしれないが、コスビー作品は回を重ねるごとに暗く重い内容になっているように感じる。面白いことは間違いないものの、あまりにも濁った怒りが読者の心を削ってくる。容赦のない暴力と、底なし沼へ沈んでいくような内面描写を読むのは、正直言って少ししんどい。
 とはいえ、おそらく次の作品が出ればまた手に取ってしまうのだろう。痛みと辛さを伴う中毒性がじわじわと体を蝕み、読まずにはいられなくなる。

佐山聡+高田延彦+藤原喜明+グラン浜田ほか『証言 初代タイガーマスク 40年目の真実』(宝島社)

 新日本プロレスの若手選手だった佐山聡が初代タイガーマスクとしてデビュー(1981年)してから今年で40年になる。新日本プロレスブームを巻き起こし国民的ヒーローとなった男は、わずか2年あまりでその仮面を脱ぐことを決意する。M・コステロ戦、ショウジ・コンチャ、新日本クーデター事件、A.猪木監禁事件、梶原一騎と前田日明、そして電撃引退の真相――。格闘技への思いを胸に秘めた“虎の衝撃”は、数々の歪な現実を引き寄せる。佐山氏へのロングインタビューと8人の証言で明らかにする、初代タイガーマスクの真実。(粗筋紹介より引用)
 2021年6月、刊行。

 一般世間をも魅了したタイガーマスク。漫画、そしてテレビアニメのヒーローがリアルでファンを魅了した至福の時から40年。タイガーマスク本人である佐山聡をはじめとして、高田延彦、藤原喜明、新間寿、グラン浜田、藤波辰爾、山崎一夫、藤原敏夫、佐山聖斗(息子)の計9名のインタビューからタイガーマスクの真実を炙り出す。
 「真実」とあるが、まあ本人はともかく、周辺の人物はただのインタビュー記事であり、人によってその内容が異なる(特に佐山がマーク・コステロ戦で判定負け後、「お前、だらしないな」と言った先輩)。本当に「真実」を書くのであれば、それらの整合性も確認したうえで、もっと取材を重ねればいいのにとは思うのだが、そんな面倒なことをしないのが宝島社のスタッフであり、ライターなんだろうと思う。
 インタビューするなら、なぜ小林邦明は入っていないのか、それも不思議。小林が拒否したかな。

睦月準也『月下の盤』(早川書房)

 ゴウダトオルを探してほしい――探偵はウェブ会議画面に現れた正体不明の人物〈アリス〉からの依頼を引き受ける。だが、名前以外は何もわからないゴウダが滞在しているとされる「東亜ホテル」は4日後に百年の歴史に幕を閉じることが決まっていた。ホテルに部屋を取り、聞き込み調査を始めてまもなく、ゴウダを知るという男からの電話に導かれた探偵は死体を発見する。その背景に巨大企業グループ一族の存在が浮かぶ中、ゴウダトオル探しのタイムリミットは刻々と迫っていた――。地道に足を使った調査と大胆な推理の果てに、探偵はいくつもの人生が時を超えて絡み合った、予測不可能かつ壮大な真実と対峙することになる。(粗筋紹介より引用)
 2026年9月、書下ろし刊行。

 作者の睦月準也は2024年、『マリアを運べ』で第14回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞してデビューした。本作はその受賞後第1作となる長編である。帯には逢坂冬馬、小川哲、廣澤吉泰、山中真理、尼子慎太の推薦文が並び、さらにネット上の広告では法月綸太郎、鴻巣友季子、杉江松恋、霜月蒼、千街晶之といった錚々たるメンバーが名を連ねている。
 主人公である「私」は、婚約者をストーカーに殺されたことをきっかけに刑事を辞め、現在は事務所を構えずネット上から依頼を受ける探偵として生きている。Aliceを名乗る人物から依頼を受け、一流老舗ホテルである東亜ホテルに滞在しているというゴウダトオルを探すため、同ホテルに宿泊する。タイムリミットは、ホテルが百年の歴史を閉じる4日後。しかしホテルにはゴウダの影すら見当たらず、代わりにゴウダを知っているので話をしたいと約束していた男の死体と遭遇することになる。被害者は、世界的コングロマリット「タイラグループ」を一代で築き上げた平功生の長女の婿・前沢伸之であった。そしてホテルには、功生、長男で妻の連れ子であるが次期総帥候補とされる誠一郎、次男で売れない劇団主宰の直樹、長女で前沢とは家庭内別居状態にあるアンナとその息子・陽介、次女でモデル崩れのタレントであるリサといった一族が、閉館を機に集まっていた。探偵は刑事の辻岡やフリーライターの湯浅と情報交換しながら、ゴウダの行方と殺人事件の謎に迫っていく。
 心に傷を負った探偵の一人称視点で物語は進む。主人公の一人称視点、名前を明かさない設定がハードボイルドの雰囲気を強めている一方、物語は次第に本格ミステリのアリバイトリック破りへと接続していく。このジャンル横断が非常に自然で、読者を違和感なく誘導する構成力が光る。平一族全員にアリバイがあるという状況設定は古典的だが、探偵がそのトリックに挑む流れがスムーズで、ハードボイルドの語り口と本格ミステリの論理が見事に噛み合っている。標題に関わるチェスの扱いが効果的で、物語のテーマ性を補強している。
 閉館間近の老舗ホテルという舞台を活かし、従業員や関係者を含めた人々の人生の積み重ねが物語に厚みを与えている。ゴウダトオルを知る人物に都合よく出会う展開も、閉館という特殊状況が説得力を持たせている。
 ただ、「ゴウダトオル」という人物を登場人物の人生や時の流れと強く結びつけたため、事件解決後の後処理がやや冗長になった印象がある。ここはあえて簡潔にまとめてもよかったのではないか。
 小さなキズこそあるものの、長編二作目とは思えない完成度であり、今年のミステリランキングを賑わせることは間違いないだろう。ハードボイルドと本格ミステリを自然に融合させた構成力、人物描写の厚み、舞台設定の巧みさが際立つ傑作である。

砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社文庫)

「できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ」
 家族を失い真っ白い悲しみのなかにいた青山霜介は、バイト先の展示会場で面白い老人と出会う。その人こそ水墨画の巨匠・篠田湖山だった。なぜか湖山に気に入られ、霜介は一方的に内弟子にされてしまう。それに反発する湖山の孫娘・千瑛は、一年後「湖山賞」で霜介と勝負すると宣言。まったくの素人の霜介は、困惑しながらも水墨の道へ踏み出すことになる。第59回メフィスト賞受賞作。
 2018年、「黒白の花蕾」で第59回メフィスト賞受賞。改題、改稿の上、2019年6月、単行本刊行。ブランチBOOK大賞2019受賞。2020年本屋大賞第3位。2021年10月、文庫化。

 作者は水墨画家。本作品応募前は、ファンタジー作品を応募していたらしい。本作品はコミカライズ化、さらに2022年に横浜流星主演で映画化されている。
 水墨画というテーマは珍しいが、本書を読むと水墨画がどういうものなのかが読者にわかる構成になっているのはうまい。しかもその描写力が優れていて、文章から作中の水墨画が浮かんでくるようだ。
 水墨画だけでなく登場人物の造形もよくできており、主人公である大学生・青山霜介の虚無感、そして水墨画に光明を抱いて再生する姿が清々しい。ライバルである女子大生の篠田千瑛、その祖父である篠田湖山、弟子である西濱湖峰と斉藤湖栖、さらに霜介の友人であり色々と気にかけてくれる古前、同じゼミの川岸、もう一人の巨匠藤堂翠山など、人物の配置も過不足なく絶妙に配置されている。水墨画だけでなく、学生生活もしっかり描かれているところがこの作品の面白さを倍増している。周囲の人物がいい人ばかりなのは、ちょっと羨ましいが。
 ストーリーのテンポもいいし、エンディングに向けての盛り上がりもいい。本当にデビュー作なのか、と疑いたくなるぐらい。最後に叔父夫婦を出してもよかったんじゃないだろうか。残念なのはそれぐらい。爽やかという言葉がピッタリくる、青春小説の傑作である。
 霜介と千瑛が水墨画家として今後どうなるか、古前と川岸の関係はどうなるかなど、次作が楽しみな要素も残されている。続編『一線の湖』も楽しみだ。

宮内悠介『彼女がエスパーだったころ』(講談社文庫)

 スプーンなんて、曲がらなければよかったのに――。百匹目の猿、エスパー、オーギトミー、代替医療……人類の叡智=科学では捉えきれない超常現象を通して、人間は再発見される。進化を、科学を、未来を――人間を疑え。SFとミステリの枠を超えたエンターテイメント短編集。(粗筋紹介より引用)
 『小説現代』2012年~2015年掲載。2016年4月、講談社より単行本刊行。2017年、第38回吉川英治文学新人賞受賞。2018年4月、文庫化。

 S県歌島の猿アグニは火をつけることを覚えた。それは放火につながり、そしてアグニは本州を北上し、他の猿も火をつけることを覚えるようになっていった。「百匹目の火神」。
 及川千春が職場の愚痴を言いながら大量のスプーンを曲げては放る画面を衝動的にウェブに公開したところ、彼女はエスパー界のゆるキャラの地位が確立された。批判も多かったが、彼女は結婚して表舞台を去ったため、大した攻撃を受けることもなかった。ただ彼女の結婚相手は、超常現象の懐疑派である物理学者の秋槻義郎であった。「彼女がエスパーだったころ」。
 第二のロボトミー殺人事件と呼ばれた殺人事件が起きた。ガンマナイフによるオーギトミーを施術され、破壊・暴力衝動が無くなった元人気バンドのボーカリストが、オーギトミー反対派のフリージャーナリストを殺害したというのだ。「ムイシュキンの脳髄」。
 品川水質研究所の黒木祥一郎が提唱した、水に「ありがとう」と語りかければ水は浄化されて綺麗になる。海上型原発の事故による多量の放射線物質によって汚染された水を浄化しようと、水神計画(ヴァルナ・プロジェクト)が始まった。「水神計画」。
 〈死を待つ家〉と称された北海道旭川郊外の白樺荘は、末期癌などの患者が死を待つ施設であった。ここで行われていたのは、「量子結晶水」と呼ばれる生理食塩水を薄めただけの水を飲むだけだった。そしてあらゆる記録行為が禁じられていた。「薄ければ薄いほど」。
 かつて取材をした及川千春から誘われ、所属している小劇団のサクラとして観劇をしたわたしは、観劇後の打ち上げで相談をされる。アルコール依存症に悩む友人が、関連団体への届け出もない街のアルコール依存症者匿名会へ参加しているうちに、話していることがおかしくなってきたという。「佛点」。

 作者曰く、「疑似科学シリーズ」の短編集。語り手は別として、各編に繋がりがあるわけではないが、またがって登場する人物がいる。
 正直に言えば読みにくい。事象の説明はあっても、事象同士の繋がりがつかめないときがある。胡散臭い疑似科学をテーマに、そこに振り回される人の愚かさを描いているのだが、そこにある風刺と皮肉が暗く漂ってくるので、読んでいて気が重くなってくるとどうじに考えさせられるものがある。
 個人的に衝撃を受けたのは、「ムイシュキンの脳髄」かな。学者と芸術家、そして周りの人々やマスコミなどの心情がぶつかり合う様は、なにが正しくて何が悪いのかを考えさせられてしまう。
 一編ごとの枚数も少ないが、参考文献の数は多い。よくぞまあこれだけ調べて、この枚数で仕上げられるものだと感心してしまう。その気になればいくらでも膨らませることができる題材なのに。この削るだけ削り落とし、研ぎ澄まされた物語こそ、作者の真骨頂なのだろう。

アントニイ・バークリー『ロジャー・シェリンガムとヴェインの謎』(晶文社ミステリ)

 ウィッチフォード事件を見事解決に導き、名探偵の盛名あがるロジャー・シェリンガムは、〈クーリア〉紙の編集長から、ラドマス湾で起きた転落死事件の取材を依頼され、特派員として現地に向かった。断崖の下で発見された女性の死体は、当初、散歩中に誤って転落したものと見られていたが、その手が握りしめていたボタンから、俄然殺人事件の疑いが浮上していた。警視庁きっての名刑事モーズビー警部を向うに回して、ロジャーは自ら発見した手がかりから精緻な推理を展開、事件解決を宣言するが、つづいて第二の事件が……。快調シェリンガム・シリーズ第3作。(粗筋紹介より引用)
 1927年、発表。2003年4月、邦訳刊行。

 バークリーの長編第3作目。小説家で名探偵のロジャー・シェリンガムが、従弟のアントニイ・ウォルトンを助手として、スコットランド・ヤードのモーズビー警部から捜査情報を引き出しつつ、墜落死事件の謎に挑む。
 第3作目にして、バークリーのひねくれ度がますますアップ。ミステリ作家になったからには絶対やってやろうと思っていたに違いない展開が炸裂する。これでこそバークリーと拍手喝采したくなる。
 ただ、そんなひねくれた部分を抜きにしても十分に面白い。名探偵らしいひらめきと独走ぶりを発揮するシェリンガム、間抜けで惚れっぽいといういかにもなワトソン役といえる初登場のアントニイ、そして地道かつ慎重なモーズビー警部。従来の探偵小説を批判するバークリーならではの配役と言動が絶妙である。
 個人的にはひねくれユーモアミステリとして読んだが、それは邦訳からさらに20年以上経っているから言えるのであって、当時としては本格探偵小説のアンチテーゼだったんだろう。

周浩暉『死亡通知書 宿命』(ハヤカワ・ミステリ)

 インターネットで死すべき人物の名を募り、遊戯のごとく予告殺人を繰り返す〈エウメニデス〉。彼の死から3日後、ホテルの一室で学生が殺害され、現場には新たな「死亡通知書」が。〈エウメニデス〉との死闘を経た羅飛(ルオ・フェイ)刑事は、専従班を率いて甦った宿敵を負うことに。次々と届く「死亡通知書」。殺人は必ず実行され、ついには完全警護の密室でもおこなわれ……。ネットを、街を、国中を巻き込む狂騒が始まる。より狡猾で危険になった〈エウメニデス〉に、中国警察が総力を挙げて挑む。華文ミステリの傑作シリーズ第2弾。(粗筋紹介より引用)
 2010年、遼寧教育出版社から刊行。2014年、北京時代華文書局より刊行。2026年7月、邦訳刊行。

 前作『死亡通知書 暗黒者』から6年、ようやく続編が邦訳された。前作では不可能と思われる状況下での予告殺人を繰り返すエウメニデス(ギリシア神話に出てくる慈愛の女神たち)と省都警察との死闘が描かれたが、本作では新たな〈エウメニデス〉が登場し、省都警察との頭脳戦が繰り広げられる。
 もうこれは、互いの先読みとサスペンスを楽しめばよい、という作品。ジェフリー・ディーヴァーのようなジェットコースターサスペンスなのだが、事件が次々と起きるため、ストーリーに付いていくのが本当に大変。その分、面白さは保証付き。よくぞまあ、これだけ巧みに関係者を配置できるものだ。前作を読んでいた方がより深く楽しめるが、前作を読んでなくても楽しめる書き方は本当に巧い。
 ということで、早く続編が読みたい。今度は6年も待たすようなことはないように、翻訳家の方にはお願いするしかない。ああ、それと、ポケミスの方が単行本より高い、というのはどうにかならないものだろうか。

ジェローム・ルブリ『魔女の檻』(文春文庫)

 魔女裁判で女たちが殺された山。その麓には実業家が私財を投じて管理する村があった。今そこで怪死事件が頻発する。警察署長ジュリアンとその部下たちの奔走をよそに、死と恐怖は雪の舞う夜に沸点へ駆け上がる。村に隠された秘密とはいったい――? フランスの鬼才が贈る恐怖と驚愕の荒れ狂うホラー・サスペンス。(粗筋紹介より引用)
 2021年発表。作者の第5長編。2024年10月、邦訳刊行。

 『魔王の島』で話題になった作者の二作目の邦訳。
 二年前にモンモール村で起きた、村民の大量死。その真相を知っているというメールを受け取ったカミーユはエリーズという女性と会い、村へ向かう車の中で事件の経緯が書かれたファイルを読み続ける。
 17世紀末から18世紀にかけ、村人がいなくなるまで魔女狩りが続けられたモンモール村。魔女狩りで殺された岩山の麓のモンモール村は、二十年前に製薬会社のオーナーであるアルベール・ド・ティオンヴィルが村長となって莫大な私財を投じて整備した。今まで事件はほとんどなかった村だったが、前所長の事故死によって新たにジュリアン・ペローが赴任するとともに、不可解な事件が続く。村人に語り掛ける謎の声の正体は何か。
 立て続けに起きる不可解な事件。捜査に向かうジュリアン、サラ、フランク。しかし彼らたちも事件に巻き込まれていく展開はスピーディーで、読んでいて面白い。残酷な事件は続くが残虐な書かれ歌をしているわけではなく、それでいて背筋が震える不気味なムードが漂う展開はなかなかうまい。あまりにも人工的な舞台には、もうちょっと何とかしてほしかったとは思ったが。
 ただ終盤、カミーユがファイルを読み終わった後の展開は、今までのムードを台無しにするもの。なぜここまで読者をがっかりさせるんだと、作者に問い詰めたくなってしまった。
 この失望感が強い終わり方、フランスでは受け入れられたんだろうか。そして次の邦訳はあるのだろうか。

S・A・コスビー『黒き荒野の果て』(ハーパーBOOKS)

 米国南部の町で自動車修理工場を営むボーレガード。裏社会で語り継がれる伝説のドライバーだった彼は、足を洗い家族とまっとうに暮らしていた。だが工場の経営が傾きだしたことで運命の歯車は再び狂い始める。金策に奔走するボーレガードに昔の仲間が持ちかけてきたのは宝石店強盗の運転役。それは家族を守るための最後の仕事になるはずだった。ギャングの抗争に巻き込まれるまでは――。(粗筋紹介より引用)
 2020年発表。2021年、アンソニー賞長編部門、マカヴィティ賞、バリー賞最優秀小説部門受賞。2022年2月、邦訳刊行。

 日本で最初に訳されたコスビー作品。作者の第2長編であり、3冠を達成した。そう言えば読んでいないやと思って、今さらながら手に取ってみる。
 訳者あとがきにあるウォルター・モズリイの、「コスビーはアメリカの犯罪小説を再発明した」という推薦文がピッタリくる作品。裏社会で名を馳せた主人公が表の世界で静かに暮らすも、仕事に失敗(と書くのはちょっと可哀想だが)して1度だけの約束で裏の仕事に手を染めるも、そこから運命の歯車が狂い始める。言ってしまえば使い古されたストーリーである。なのに面白い。
 なんといってもカーアクションに迫力がある。これだけ興奮させる描写も珍しいのではないか。シチュエーションこそ違うが、大藪春彦を思い出すね、これは。
 この後のコスビー作品と比べると、まだまだ暴力度・絶望度が少ない気はするが、それは仕方がない。コスビー入門書としてはちょうどよいかもしれない。

真門浩平『終着駅で待ち合わせ』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 仕事のストレスから過食に悩む大野由佳は、かつての同級生に紹介された向井という男性から、明晰夢を操作する方法を学ぶことになった。疑いつつも教えを実践した由佳は、夢の中で思い切り食べることで、食欲を抑えることに成功する。
 数ヶ月後、向井の教え子たちが集まって勉強会を開催中、滞在先のコテージで殺人事件が発生。その晩に由佳が夢の中で見た本には、犯人の名前が書いてあり……(「夢落ち」)。
 日常を出発し、思いもよらぬ結末に行き着く全五編を収録した、新鋭による独立作品集。(粗筋紹介より引用)
   『小説新潮』『紙魚の手帖』2025~2026年掲載の2編に、書下ろし3編を加え、2026年7月刊行。

 中学生の少年が福留町で急行から各停に乗り換えてきた。そして我妻山で下りて急いで階段を上がっていった。しかし我妻山は急行が停まる駅。なぜ少年は、到着時刻が遅くなる各停にわざわざ乗り換えたのか。各停に乗っていた女子学生2人が、推理を繰り広げる。「各停十三駅分の帰り道」。
 正月で兄弟が帰省し、久しぶりに家族がそろった一家。しかし兄が外出中、地震で崩れ落ちた墓に当たる不幸な事故で亡くなる。1か月半後、弟は春休みに入り帰省したが、母はディープステートを訴えるオンライン団体に、妹は大学のサークルに偽装した新興宗教団体にはまっていた。「悲運の死」。
 六年間、毎日雨が降り続ける町、天森町。小学四年生のダイとユリとハカセはコミュニティセンターで遊んでいたが、ダイの兄である小学六年生のヒロが、傘を忘れたと取りに来て、また慌てて外へ出ていった。しかし毎日雨が降っているのに、傘を忘れるなんてことがあるだろうか。「天森町は今日も雨」。
 向井から明晰夢を学ぶメンバーたちで出かけた、勉強会を兼ねた一泊二日の小旅行。楽しく飲んだ次の日の朝、殺人事件が発生する。「夢落ち」。
 高校一年生の一ノ瀬仁と速水士郎は放課後、クラスメイトの坂東月斗から相談を受ける。恋人である坂東と西野実果は日曜日にテーマパークで楽しくデートをしていたが、ジェットコースターを降りてから実果の態度がおかしくなり、いまだにぎくしゃくしているので、理由を考えてほしいと頼まれたのだ。「写真には写らない」。

 第19回ミステリーズ!新人賞、「カッパ・ツー」第三期入選と二冠を達成した作者の第二短編集。
 「夢落ち」が『紙魚の手帖』に発表された時、かなり評判になったとのこと。明晰夢と殺人事件というあまり関係のなさそうな要素が絡み合った本格ミステリであり、読み終わった後、奇妙な読後感を受けた。ただ構造的には昔からあるもので、本格ミステリとしてはそこまで感心するものではなかった。ただその後の描き方は、作者の巧さを感じさせるものだった。
 他の四編は日常の謎もの。『小説新潮』に掲載された「天森町は今日も雨」は舞台こそ特殊なものだが、謎自体は奇抜なものではない。同じ日常の謎なら、「各停十三駅分の帰り道」の方が後味が爽やかでよかった。個人的には本短編集のベスト。
「写真には写らない」に出てくる速水士郎は、『ぼくらは回収しない』に収録されている「速水士郎を追いかけて」の続編。キャラクターとしては悪くないので、いっそのこと速水を主人公にした連作短編集に統一した方がよかった気がしないでもない。
 作者は本短編集出版インタビューで「読者の現実や日常に近いところを舞台にしながらミステリの人工美を描きたい」と語っており、たしかにそれに近い作品を書いているのはわかるのだが、個人的には作品のトーンがバラバラ過ぎて、統一感のない短編集に思えた。短編自体は悪くないのだが、ちょっと小器用なところが鼻につくのが残念。振り幅が左右に広いだけならいいのだが、前にも後ろにも斜めにも不統一で触れてしまうと、見ているだけで酔ってしまって気持ち悪くなる。そんな違和感を抱いた作品集であった。
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