砥上裕將『一線の湖』(講談社)
湖山賞をかけて千瑛と競った展覧会から2年――。大学3年生の霜介は進路に悩んでいた。次の一歩が踏み出せず、新たな表現も見つからない日々。そんな折、亡き母が勤めていた小学校から水墨画教室の依頼を受ける。子供たちの出会いを通じて向き合う自分の過去と未来。そして、師匠・篠田湖山から託された「あるもの」とは――。夢幻の色彩を映す水墨画を通して葛藤と成長を描く感動長編。(帯より引用)
2023年12月、書下ろし刊行。
大ヒットしたメフィスト賞受賞作『線は、僕を描く』の続編。前作から2年がたち、主人公の青山霜介は行き詰まっている。一方、篠田千瑛は「水墨画界の若き至宝」としてテレビや取材などに忙しい。西濱湖峰は藤堂翠山の孫、茜と結婚してすでに子供が生まれている。霜介の親友である古前巧と、同じゼミの川岸美嘉は今も付き合っている。
2年も経てば当然スランプに陥ることもあるだろう。ということで、霜介の水墨画家としての未来、自身の進路などに苦悩し、そこからの再生が主眼となった作品。どういう風に再生させるのだろうと思ったら、霜介の母親が勤めていた小学校での水墨画教室というのは非常に巧い。子供たちの純粋な心は、絵に嘘をつかない。
2年前に湖山会を脱けた斉藤湖栖の再生もうまく絡めているし、前作ではあまり描かれなかった霜介の母親についても触れられている。前作ではほとんど出てこなかった叔父も登場する。前作で心残りだった点について、過不足なく拾い上げているところも良かった。
できれば続編、それも小学一年生の巴山水帆を主人公にして描いてくれないかな。彼女の視点で描くことで、また違った水墨画の魅力が出てくるような気がする。
森バジル『探偵小石は戻らない』(小学館)
名探偵のように事件を解決する日を夢見る、ミステリオタクの探偵・小石。色恋案件を病的に得意とする小石は、調査員の蓮杖と様々な調査に取り組んできた。しかしその日、蓮杖が目撃したのは探偵ではなく、犯人としての小石の姿で――。(帯より引用)
WEB『STORY BOX』2026年8,9月号掲載。加筆修正のうえ、2026年9月、刊行。
『探偵小石は恋しない』の続編。好評だった前作に続く物語であり、「ネタバレ厳禁」ではあるものの少しだけ触れると、物語は第21章から始まり、1行目からいきなり小石が犯人と指摘されている。そこから章ごとに巻き戻されていく構成だ。
はっきり言えば、前作を読んでいることが前提で書かれている。事件の謎解き自体は登場人物表を参照しながら進めれば追えるかもしれないが、小石と蓮杖の性格や関係性、そして会話のやり取りは、前作を知らないと理解しづらいだろう。
作者が「実験的な作品」と語る理由は、最後まで読んでも正直よくわからなかった。ただ、事件の大筋の真相は手掛かりがあからさまなので、だいたい予想が付く。おそらく1章から普通に書いていれば、犯人も動機も見え見えになってしまったのだと思う。もちろんそれだけが理由ではないのだろうし、恋愛小説としての仕掛けもあるのだろうが。
この作品は、小石と蓮杖というキャラクターを楽しむための物語であり、作者が言う「恋愛」×「作品」という組合せのうち、「恋愛」の比重がかなり大きい。キャラクター小説としては十分楽しめたが、ミステリとしてはやや物足りない。
多分続編が出るだろうから、次もキャラクター小説として楽しむことにしよう。
マルク・ラーベ『スズメバチ』(創元推理文庫)
ロックスター、ブラッド・ギャロウェイのライブがベルリンで開催された。2万人以上の観客が熱狂するなか、女性がステージでブラッドに謎の封筒を手渡した。その中のアルミケースには、凝固した血の上に載せた白い羽根が入っていた……。翌日、警察のゲストハウスで、ブラッドの血だらけの死体が発見される。死体は損壊され、胸には黒いペンで“愛する者の命は大事か?”というメッセージが残されていた。刑事トム・バビロンは、臨床心理士のジータ・ヨハンスと共に捜査を始めるが……。トップスピードで駆け抜ける、ドイツミステリ4部作第3弾!(粗筋紹介より引用)
2020年、発表。2026年6月、邦訳刊行。
『17の鍵』『19号室』に続く〈刑事トム・バビロン〉シリーズ第3作。現在の事件と過去の事件が並列に描かれるパッターンは今回も踏襲している。
2019年、ロックスターの殺人事件を追ううちに、被害者とトムとの意外な関係が明らかになり、トムは窮地に陥る。一方、1989年には、トムと妹ヴィオーラ(ヴィー)の両親であるヴェルナーとインゲ夫妻に危険が迫る。
トムの捜査は、ブレーキ役のジータを振りほどいて暴走するが、ストーリーはそれ以上に激しく暴れ回る。それにしても、トムにはこれでもかと不幸が降りかかるし、家庭事情も「一体どんな星の下に生まれたんだ」と思うほど複雑だ。詳細は書けないが、トムとアンナの息子フィルまで引っ張り出される。
1989年に崩壊したはずの東西ドイツの関係が、2019年になってもなお色濃く残っている点は本作でも同様である。国家や民族の分断が予想以上の傷跡を残すことを、改めて思い知らされる。もちろん、現実には小説以上の傷が至る所に存在するのだろう。このシリーズは、その痛ましさを突きつけてくる。
『17の鍵』『19号室』以上に暴走するストーリーは、どこへ向かっているのかまったく分からないまま結末へ突き進む。タイトル「スズメバチ」の謎も含め、よくもまあこれだけ多方面に謎をばらまきながら回収できるものだと感心してしまう。この吹き飛ばされるような疾走感を味わえれば満足であり、辻褄が合っているかどうかはもはやどうでもいい(笑)。
前作から1年以上空いての刊行。次作で完結するのだから、もう少し早く出版してほしいものだ。まだまだ謎が山ほど残っているのだから。
アンソニー・ホロヴィッツ『命取りのエピソード』(創元推理文庫)
元刑事にして探偵のダニエル・ホーソーンが殺された──いや正確には、映画版『メインテーマは殺人』の撮影現場で、ホーソーンを演じていた俳優が殺された。イングランド南岸のヘイスティングズで発生したスター俳優の刺殺事件には、関係者のそれぞれに何かしらの動機があるらしい。だが、犯人が間違いを犯したということはないだろうか。すなわち、犯人が狙っていたのは、実は本物のホーソーンだったということは。ホーソーンが“ホーソーン”殺しの謎に挑む、〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズ最新刊!(粗筋紹介より引用)
2026年、刊行。2026年9月、邦訳刊行。
〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズ全12作の折り返し地点に到達した第6作目。映画でホーソーンを演じていた俳優が殺されるという展開だが、あまり楽しめなかった。それはなぜか。作中でワトソン役を務めるホロヴィッツが鬱陶しい。その一言に尽きる。
ホーソーンのことなら何でも知りたい。ホーソーンの役に立っていると言わせたい。もうほとんどストーカー。最初はそういういびつな関係が面白かったけれど、ここまで来ると苛立ちしか覚えない。ホーソーンの過去の出し方も、勿体ぶりがひどすぎると思えてきた。
事件の方もそれほど面白い謎があるわけではない。事件に絡む登場人物も好感度ゼロばかり。誰が殺されようが、知ったこっちゃないと思ってしまっては、もう楽しめない。
シリーズがどうなるか気になるから読み続けるとは思うけれど、もうちょっと頑張ってくれないかな、作者。
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