若竹七海『海神の晩餐』(講談社)

 1932年、資産家の家に生まれた本山高一郎は、アメリカへ修業の旅にでることになった。その前日、横浜で久しぶりに会った旧友の河坂から、一編の謎の探偵小説の原稿を譲り受ける。高一郎は大型客船・氷川丸の船上の人となるが、この原稿の謎にせまるうちに数々の不可解な出来事に遭う……。(粗筋紹介より引用)
 1997年、書き下ろしの一冊。

 道具立てだけ見るととても面白くなりそうな話なのに、盛り上がらないまま終わってしまうのは残念。その原因は、やはり主人公の間抜けさだろう。犯人の動機についても説得力に欠ける。しかし、思いもかけぬ実在の人物が登場したりするところには、ミステリマニアは思わずほくそ笑むだろう。★★☆。


はやみねかおる『消える総生島』(講談社青い鳥文庫)

 映画に出演することになった亜衣、真衣、美衣は、映画スタッフやおまけの夢水名(迷)探偵と、鬼伝説のある総生島へロケにやってきた。やがて次から次へと奇怪な出来事が起こり、その度に不気味なメッセージが残される…。(粗筋紹介より引用)

 一部で大受けしているので借りて読んでみました。中心となるトリックはいくらなんでもこんな事はやらないだろうといったものだったので、思わず大笑いしてしまった。所々に出てくる固有名詞や掌編などにもついニヤッとしてしまい、作者はかなりのミステリマニアだと思われる。しかし、書いている内容はやはりジュブナイル(ジュニア小説より対象年齢は下)というしかない。一度大人向けのミステリを書かせてみたいなと思いながら、★☆(ジュブナイルとして評価するなら★★★かな)。


坂東眞砂子『山妣』(新潮社)

 明治末期、東京からやって来た旅芸人が静かな越後の山村に嵐を巻き起こした。その男の肉体に隠された秘密、そして地主の若夫婦との間に芽生えた密やかな三角関係が、伝説の中から山妣の姿を浮かび上がらせる。明らかになっていく山妣の凄絶な過去。そして熊狩りの日、山神の叫ぶ声が響き、白雪を朱に染める惨劇の幕が開いた―。雪国の自然と習俗を背景に、情念と伝説が織りなす愛憎劇を濃密に描きホラー・伝奇小説の枠を破った比類なき千二百枚。(粗筋紹介より引用)
 1996年下半期、第116回直木賞受賞。
 直木賞を取ったので遅ればせながら。第1部の旅芸人と地主の若夫婦との奇妙な三角関係から起きる殺人劇と旅芸人の山への逃亡、第2部の遊女が足抜けをして山へ逃亡し、渡り又鬼との出会いを経て山妣になるまでの物語まではとても面白い。しかし、主要登場人物が全て山の中に入って起きる惨劇を描いた第3部は、第1部、第2部の余韻を全て消し去ってしまうかのようの性急に話が進んでしまい、とても残念である。とはいえ、これだけの世界を書ききったのは見事としかいいようがない。ミステリとしてだけではなく、伝奇小説としても楽しめる。早くも『このミス』のトップ候補が出たと言ってもいい傑作。直木賞を取ったのもうなずける。★★★★☆。


ピーター・アントニイ『衣装戸棚の女』(創元推理文庫)

 帯の「戦後最高の密室ミステリ」という言葉で買った。探偵稼業の名士であるヴェリティ氏は早朝、ホテルの二階の窓から一人の男が出てきて、バルコニー伝いに隣の窓へ移り、隣室へ忍び込んだ。ホテルへ駆け込むと、その男が階段から下りてきて、男が殺されているとへたりこむ。しかし、支配人と共に問題の部屋へ駆け込むと、その部屋は扉も窓もカギがかかっていた。ヴェリティ氏が拳銃でカギを壊して中へ入ると、射殺体があった。しかも衣装戸棚にはウェイトレスが閉じこめられていた。

 いかにも英国ミステリらしくユーモアにあふれた作品……らしいのだが、私にはそのユーモアが理解できなかった。たしかに「戦後最高の密室」の解決は笑えた。頭に浮かんだもののまさかと思った解決で、苦笑するしかなかった。ユーモアミステリが好きな人にはお薦めします。それ以外の人には、こんな密室トリックがありますので読んでみて下さいという作品(まるで『見えないグリーン』だな)で、★☆。


北村薫『覆面作家の夢の家』(角川書店)

 まずは自己紹介。岡部良介、『推理世界』の若手編集者。ある日編集部に送られてきた原稿が見所ありということで、作者に会いに行ってびっくり。世田谷の大邸宅に住む、天国的な美貌の御令嬢だった。『覆面作家』としてデビューしたが、現実世界に起こる難事件にも、信じ難い推理力を発揮する。かくして、お嬢様に振り回される日々が続く。(粗筋紹介より引用)
 「覆面作家と謎の写真」「覆面作家、目白を呼ぶ」「覆面作家の夢の家」の3編を収録。

 千秋さんと良介君の仲が気になるシリーズ短編集3冊目。外弁慶の人気作家「覆面作家」こと新妻千秋が事件を解き明かすというパターンは前2作と変わらないが、今回は前2作と比べてミステリ味が濃く、一番面白く読めた。
 3本目で表題作の「覆面作家の夢の家」は死者の出ないダイイングメッセージを扱っており、また最初からメッセージの答えは知っていてその答えに至る過程を推理するという手法は実に楽しい。やはり北村節は、読者をほんわかとさせる。作品の傾向上、ミステリとしては軽めの作品として仕上がってしまうのは仕方がないが、出来としては★★★★。
 表題作の出だしの尾道、横溝ツアーの部分、一部の創元推理倶楽部会員は思わずにやっとしたに違いない。このツアーは例会を行った場所である。


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