小森健太朗『バビロン 空中庭園の殺人』(祥伝社 NON POCHETTE)

 "世界の七不思議"の一つ、「バビロンの空中庭園」には不可解な謎がある。王都陥落時に屋上に逃げた王女が、敵兵の眼前で不意に姿を消したのである。考古学界の権威・葦沢教授はその謎に取り組んでいたが、解明直前に大学の屋上から墜落死した。しかも、犯人は屋上から忽然と消失、まるでバビロンの王女のように…。二千年の時空を超えた「人間消失」トリックとは。(粗筋紹介より引用)

 古代と現代の二件の人間消失。不可能犯罪の解決には「おっ」と驚くか、「なんだこりゃ」と呆れるかのどちらかだが、残念ながら今回は後の方。古代の空中庭園の説明にウェイトを置きすぎたせいか、探偵役が希薄なためか、解決があっけなさ過ぎる。舞台が面白いだけに、もっとページがほしかったんじゃないかな。★☆。


篠田真由美『原罪の庭』(講談社ノベルス)

 密閉された温室に屠られた富豪一族。事件のカギは言葉を失った少年に。(粗筋紹介より引用)

 シリーズ最高傑作といって良い。『蒼』の過去がここまでヘヴィーだとは思わなかった。これほど壮烈な、そして悲しすぎるWHY DONE IT は見たことがない。ページをめくるのがもどかしい、第一部完に相応しい作品。第二部以降、『桜井京介』は何処へ行くのだろう。★★★★☆。


森博嗣『封印再度』(講談社ノベルス)

 岐阜県恵那市の旧家、香山家には代々伝わる家宝があった。その名は、「天地の瓢」と「無我の厘」。
「無我の厘」には鍵がかけられており、「天地の瓢」には鍵が入っている。ただし、鍵は「瓢」の口よりも大きく、取り出すことが出来ないのだ。五十年前の香山家の当主は、鍵を「瓢」の中に入れ、息子に残して、自殺したという。果たして、「厘」を開けることが出来るのか? 興味をもって香山家を訪れた西之園萌絵だが、そこにはさらに不思議な事件が待ち受けていた!(粗筋紹介より引用)

 過去5作ではこれが一番面白かった。事件もそうだし、瓢と匣の設定も良かった。しかしながら、今までの5作はミステリと呼ぶよりも、犀川と萌絵のラブ・ストーリーなのかなという気もする。けれど萌絵はイヤな女だね。事件の難解さのためなら人の命を何とも思っていないし、自分勝手だし。★★★☆。


西澤保彦『瞬間移動死体』(講談社ノベルス)

 俺にとって殺意を実行に移し、完全犯罪とすることは簡単だ。ロサンジェルスにいる妻を、日本にいる俺が殺したなどとは誰も思わないだろう。だって俺は、「テレポーテーション」が使えるのだ!だがこの超能力の欠点が様々な事件を巻き起こし…。トリックの可能性を極限まで追求する西沢保彦の新たな挑戦作。(粗筋紹介より引用)

 テレポーテーションでアリバイ作成という、毎度の事ながらの奇妙な設定の発想には感心するが、残念ながら今回はそれだけ。命題と証明の辻褄はあっているが、何の感動ももたらしていない。設定が奇想天外であっても、ドラマがなければつまらなくなるんだなと実感した。★☆。


杉本伶一『スリープ・ウォーカー』(講談社ノベルス)

 元興信所の冴えない調査員だった相葉潔は女とカネでしくじり、ささやかな探偵事務所を開き細々と生計を立てていたが、ある夜何者かの襲撃をうけて一時的な記憶喪失(逆行性健忘)に陥る。相葉は彼の担当医となった型破りな美人女医・木村瑤子の協力を得ながら欲にまみれた"怪事件"の核心へ一歩一歩近づいて行く。(粗筋紹介より引用)

 著者が書いてあるとおり、主人公の私立探偵のモチーフは「タフでなければ、六百八十円で生きていけない、優しくなければ、誰も金を貸してくれない」。誰かに頭を殴られて殺されかけ、一時的な記憶喪失になる。何故殴られたのか、それを追いかけ、事件の真相を見つけだすという典型的なハードボイルドの一パターン。これだけなら何の面白味もないハズなのだが、面白くなっているのは私立探偵の設定。元ホストで落語が好きで自分で漬け物を漬け、記憶喪失になる前の所持金が六百八十円という設定は笑わせる。そのくせしっかりとタフなハードボイルドを演じるところは実におかしい。そういう意味では思わぬ拾い物をしたという感じ。しかし手放しで面白がることができない部分があるのは、事件の設定に無理があることだと思う。
 映画を見ているような場面の切替でテンポよく話が進むため、時間を忘れて読むことができた。最初期待をしていなかったのがいい意味で裏切られたこともあり、ちょっと嬉しくなって★★★☆。


柴田よしき『少女達がいた街』(角川書店)

 政治の季節の終焉を示す火花とロックの狂熱が交錯する’75年、16歳のノンノにとって、渋谷は青春の街だった。しかしそこに見えない影が差し、やがて不可解な事件が…。21年後、光に満ちた日々を共有したかつての若者達は、それぞれの人生を歩んでいる。だが、'75年の数数の事件の真相について、あらためて疑念を抱いた者がいた―。横溝正史賞受賞の女流が放つ問題作。(粗筋紹介より引用)

 葉山君から面白いという話を聞いて読んでみたが、残念ながら私には?。良く書けているとは思うのだが。
 前半部分の舞台は1975年の渋谷。主人公が徐々に事件に巻き込まれていく様子を、ロックを背景にして丹念に書かれているのだが、正直に言ってのれなかった。ディープパープルなどに何の興味を持たない(持つこともできない)自分にとっては、残念ながら前半部の主人公や周りの人たちの心情に付いていくことができない。そんな重い気分のままで現代が舞台の後半に流れ込んでしまったため、結局最後まで面白く読むことができなかった。多分、ロックファンでなくても十分に面白く読むことのできる青春ミステリなんでしょう。のれなかった部分を無視して★★★。


ジョン・ダニング『死の蔵書』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 十セントの古本の山から、数百ドルの値打ちの本を探しだす―そんな腕利きの"古本掘出し屋"が何者かに殺された。捜査に当たった刑事のクリフは、被害者の蔵書に莫大な価値があることを知る。貧乏だったはずなのに、いったいどこから。さらに、その男が掘出し屋を廃業すると宣言していた事実も判明し…古書に関して博覧強記を誇る刑事が、稀覯本取引に絡む殺人を追う。すべての本好きに捧げるネロ・ウルフ賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

 古書業界を舞台にし、主人公も博覧強記をほこる刑事(後半で刑事をやめて古本屋になる)で、いたるところに古本(ミステリも多い)に対する蘊蓄が書かれていれば、普通のミステリ読者は飛びつくし、面白いと思うだろうな。まあ、実際に面白かったのは事実。けれどその部分をとりあげるだけの小説ではなく、ハードボイルドとして読んでも面白い。そのくせ事件はしっかりミステリしているところも嬉しい。まあ、「クイーンばりの複雑な伏線」は大袈裟とは思うが。昨年度の1位という話も頷けないことではない。
 しかし、?マークをつけるところがあったのは事実。特に問題なのは、古書をめぐる殺人事件という本章の部分と、主人公が刑事をやめる羽目になった事件の二つの物語が、どちらもインパクトのある物語になっているため、二つが分裂した印象を受けること。刑事をやめるだけならもっと単純な事件にした方がよかったのではないだろうか。
 他にも伏線が上手く張れていない、主役クラスに比べて脇役の描き方や扱い方がひどいなどの問題点もある。しかしこういう事を言うのも作者に力があるから言えること。面白かったのは事実だし、力作と思う。ということで★★★★。問題は二作目。多分シリーズ化するとつまらなくなるだろうなあ、と予言をしておく。


楡周平『クーデター』(宝島社)

 タイトル通り、ある新興宗教団体がクーデターを起こすまでを書いたものある。同時進行で書かれているロシアン・マフィアの武器密輸、そしてそれを追うアメリカCIA、そして世界の、特に危険地帯を廻っているフリージャーナリストとその恋人であるアメリカニュース専門TVの日本支社のキャスターとの人間模様が同時進行し、そして知らないところでクーデターと関わって行く。

 前作『Cの福音』が今一つであったため、それほど期待もせず読んだのだが、これが意外と面白かった。新興宗教など着眼点はありきたりだが、今の日本の数多くある問題点(日本人の危機意識の低さ、官僚問題、原発問題、防衛問題、政治家のレベルの低さなど)を拾い出し、それをクーデターと上手く結び付けている。クーデターの最終目標はなかなか見つけることはできないのではないか。
 ……と、事件の部分は面白いし、場面展開がスピーディーなので一気に読ませるのだが、事件に絡まる人がさっぱり面白くない。別に『人間が描けていない』ことは私自身の評価にそれほど影響はないつもりだが、出てくる人間が操り人形でしかないのはちょっと問題。そのくせ『心理面』に納得いかない人の動きが多い(特にジャーナリストとキャスター)。そして一番問題なのは、このクーデターの結末。これだけ綿密に立てた割にはあっさりしすぎ。計画の緻密さに比べて結末が間抜けすぎる。上下巻にしてでももっとページを割くべきではなかったかな。そうすれば確かに取材の部分はフォーサイスを凌いだことになると思う。それでも前作よりは面白かったので、★★☆。
 蛇足だが、郷原宏の帯はさすがと思う(皮肉)。「この物語の熱量は、フォーサイスをも凌ぐ」とは上手い表現だ。だれも「物語」としてフォーサイスを凌ぐとは書いていないから、いくらでも弁解はできるよね。しかし「熱量」とは何をさすの?


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