清涼院流水『19ボックス―新みすてり創世記』(講談社ノベルス)
読む順番によってストーリーが変わる四つの物語。読み進むごとに次第に真相が明かされる。すべての物語を読み終えると、隠された長篇が浮かび上がる。お好みに合わせたA to Zの26通りの読み方を呈示して読者に挑戦するマルチエンディング・新みすてり!読者へのトリックを秘めた三つのなかがきでは『清涼院流水』の秘密が明かされる。(粗筋紹介より引用)
「カウントダウン50」「華のある歌・モナミ」「木村間(きむらかん)の犯罪×2(ダブル)」「切腹探偵幻の事件」を収録。
読む順番によって真相が次々と変化するらしいけれど、同じ本を26回も読むほどヒマじゃないのよ、私は。この手の実験をやるのなら、もう少しわかりやすくて、そして短い小説を書くべき。本当に26回もパターンを変えて読んだ人、どう真相が変わったのか教えて下さい(大して変わらないと思うが)。★。
森博嗣『まどろみ消去』(講談社ノベルス)
大学のミステリィ研究会が「ミステリィツアー」を企画した。ビルの屋上に案内された参加者たちは、離れた建物の屋上で、三十人のインディアンが踊っているのを目撃する。現場に行ってみると、そこには誰もいなかった。屋上への出入り口には見張りが立てられていたというのに!参加者たちはこの謎を解くことができるか!?(「誰もいなくなった」)著者初の、そして森ミステリィのエッセンスが全て詰まった全編書き下ろし短編集。(粗筋紹介より引用)
「虚空の黙祷者」「純白の女」「彼女の迷宮」「真夜中の悲鳴」「やさしい恋人へ僕から」「ミステリィ対戦の前夜」「誰もいなくなった」「何をするためにきたのか」「悩める刑事」「心の法則」「キシマ先生の静かな生活」を収録。
一体どこに「奇想天外な仕掛け」があるんだ? 一体どこに「論理」があるんだ? わざわざ書下しにした理由は何だ? 森博嗣が森博嗣ファンのためのみに作った本としか思えないし、内輪受けしかしないんじゃないかな、これじゃ。★☆。
我孫子武丸『ディプロトドンティア・マクロプス』(講談社ノベルス)
京都で探偵事務所を開設した私に、依頼人が2名。失跡した父を捜してという女子大生と、もうひとりは「カンガルーのマチルダさんを捜して!」という美少女。動物園「ノアズ・アーク」に潜入し、調査を開始した私は突然、暴漢に襲われた! 妨害工作はなんのために? 京都を揺るがす大騒動はこうして始まった!(粗筋紹介より引用)
最初はつまらない探偵物かと思ったら、展開がどんどんかっとんでいったので、これはと期待したんだが……。これではあまりにもラストが平凡すぎる。この手のユーモアパニック物は、ラストが丸くおさまっちゃ面白くないのよ。最後まで明後日の方向へ走ってほしかったね。そろそろ本格も書いてよ。★★。
はやみねかおる『踊る夜光怪人』(講談社 青い鳥文庫)
幽霊坂の下にある桜林公園に、夜光怪人が出没するといううわさが広がっていた。そのころ、亜衣とレーチは、後輩の千秋の依頼で、彼女の父(虹斎寺のおしょう)の悩み解決にのりだす。そして、ふたりはおしょうから謎の暗号を見せられる。そこにはどんな秘密がかくされているのか? 暗号と夜光怪人につながりはあるのか?(粗筋紹介より引用)
メインは暗号と「躍る夜光怪人」の謎。といっても本当に書きたかったのはその後の部分だったんだろうな。ジュヴナイルらしい終幕ですね、実際には難しいけれど。たまにはこういうのを読むのもいいかな。★★★。
藤原伊織『ひまわりの祝祭』(講談社)
今回の主人公は、妻に自殺され、ひっそりと暮らしている元売れっ子デザイナー。そして、ファン・ゴッホ(単にゴッホと書いちゃ駄目なんだね、初めて知った)の幻の作品、八点目の「ひまわり」をめぐる話。
事件の展開の仕方や結末などに類型的なところはあるものの、主人公にしろ、脇役にしろ、性格付けがしっかりと設定されているので読んでいて楽しめる。特に中盤から大活躍のカジノのマネージャーや、妙に達観しているところのある新聞配達人などは接していて本当に面白い。所々で語られている主人公とその妻との出会いや会話のシーンなども実にいい。ただ、読んでいて思ったのは、これは中年向けのハードボイルドだね。人生に疲れかかっている人への贈り物という気がする。その分、若い人にはピンとこない部分もあるんだろうな(そういう自分も若いつもりなんだが)。★★★☆。
西澤保彦『複製症候群』(講談社ノベルス)
異形の壁に閉じこめられた高校生たち。だがその壁からは逃げ出すわけにはいかない。その壁に触れると、姿形、記憶や考え方まで完璧に同じコピー人間ができてしまうからだ。そんな密空間での殺人事件。犯人は誰?オリジナル人間か、それともコピー人間か。(粗筋紹介より引用)
今度の設定は宇宙から降ってきた壁に閉じこめられた空間。しかもその壁にさわってしまうとクローン人間ができてしまうという、今回もよく考えましたと恐れ入ってしまう奇想設定。前作みたいに事件が設定に負けてしまってつまらなくなるのではないかという危惧を抱きながら読みはじめたが、その心配は杞憂であった。壁に閉じこめられた人の様々な思いが丁寧に書かれており、また、壁に閉じこめられ、クローン人間が出来上がってしまった事へのパニックが上手く書かれている。さらに別の殺人事件を絡めたこともあり、結末までの盛り上がりは面白く仕上がっている。ただ、エピローグはちょっと暗いかもしれない。もう少し救いのある話にしてほしかったと思う。もっとも、ああいう結末以外を考えるのはちょっと難しいかもしれないが。西澤保彦、久々に良かったと言ってもよい。★★★☆。
今回の作品を読んで思ったのだが、西澤保彦は社会人よりも高校生や大学生を書いた方が活き活きとしている感じがする。ということで、タックシリーズはまだ?
京極夏彦『嗤う伊右衛門』(中央公論社)
愛憎、美と醜、正気と狂気…全ての境界をゆるがせにする著者渾身の傑作怪談。
鶴屋南北「東海道四谷怪談」と実録小説「四谷雑談集」を下敷きに、伊右衛門とお岩夫婦の物語を怪しく美しく、新たによみがえらせた、京極版「四谷怪談」(粗筋紹介より引用)
「木匠の伊右衛門」「小股潜りの又市」「民谷岩」「灸閻魔の宅悦」「民谷又左右衛門」「民谷伊右衛門」「伊東喜兵衛」「民谷梅」「直助権兵衛」「提灯於岩」「御行の又市」「嗤う伊右衛門」を収録。
京極流四谷怪談と言ってもいいのだろう。もっとも、四谷怪談がどういう話だったかほとんど覚えていないのだが。主人公の伊右衛門や、その妻民、上司伊藤喜兵衛など様々な登場人物の心の動きを追いながら、少しずつ悲劇へ進んでゆくその筆の旨さはさすがと言っていい。江戸時代の怪談は現実では不可解なことを描くことにより人々の恐怖感を煽ったものだが、この作品では違う。全ての行動に合理的な理由を付け、その上で人の心の動きを丹念に描くことにより、今までの怪談とは別の恐怖感と、そして報われなかった愛情物語を産み出すことに成功している。個人的には「京極堂シリーズ」より上である。★★★★。
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