はやみねかおる『ギヤマン壺の謎』(講談社青い鳥文庫)

 「大江戸編上巻」と銘打たれた夢水清志郎シリーズ番外編。小さい謎+大きい謎+小さい謎という構成、謎解きはいつもながらであるが、舞台を江戸時代末期に持っていくだけでこうも変わるとは夢にも思わなかった。はっきり言おう。傑作だよ、これ。
 夢水清志郎という一見のほほんとしながらも実は人の幸せ、生き方の本質をついて、けれどやっぱりただののほほん者というキャラクターが、江戸末期という激動の時期にあまりにもはまりすぎている。ジュヴナイルとしてぜひとも小中学生に読んでほしいし、大人にも仕事に疲れたときの清涼剤として読んでほしいものだ。実在の人物と夢水や中村巧之介(このキャラクター設定も秀逸)との絡みも実に楽しい。問題とするならば、レーチはともかく、三姉妹のキャラが江戸時代からちょっと浮いていることか。まあ、無理に時代考証にこだわる必要はないと思う。下巻が今から楽しみである。




鯨統一郎『隕石誘拐 宮澤賢治の迷宮』(カッパ・ノベルス)

宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』には、幻の第五次稿が現存していた。しかも、その原稿には賢治が発見したダイヤモンドの隠し場所が記されていた…。妻と子供が誘拐された!童話作家修業中の中瀬研二は残された手がかりをもとに、誘拐犯の思惑を探る。妻・稔美は、宮沢賢治研究家だった父親からダイヤモンドの在処を知らされていたようだ。誘拐犯たちに先回りして家族を救出するため、研二は賢治童話を読みはじめる。深淵で謎めいた作品世界の、奥底に隠された暗号とは!?デビュー作『邪馬台国はどこですか?』で話題をさらった新鋭・鯨統一郎、渾身の書下ろし第一長編。(粗筋紹介より引用)

 『邪馬台国はどこですか?』(創元推理文庫)で話題になった鯨統一郎の長編デビュー作。意外にもカッパ・ノベルス。しかも誘拐もののサスペンスである。しかも宮澤賢治が発見したはずのダイヤモンドに「銀河鉄道の夜」に隠された暗号。色々と舞台は取りそろっている筈なんだがどうも盛り上がらない。展開が目まぐるしいのにどうもだらだらした印象を受けてしまう。誘拐という舞台なのに緊迫感があまりない。誘拐する方も、誘拐された妻を捜す警察にしろ、夫達にしろどうもぴりっとしないのである。そのせいで物語り全体が中途半端な印象を受ける。そしてさらにサスペンス味を薄くしているのが「風の又三郎」の存在。宮澤賢治づくしにしたかった作者の気持ちは分かるが、これが出てくるために中途半端なファンタジーが混ざってしまい、物語全体の緊迫感をさらになくす結果になった。隕石と「銀河鉄道の夜」の暗号でとどめておいた方がサスペンス+暗号ものとしてすっきりしたのではないか。カバーも宮澤賢治童話を思い浮かべるようなイラストであり、作品の方向性が定まっていない印象をより与えている。
 本作品を読むと、鯨統一郎自身が今後の自分の方向性を定めていないままこの小説を書いてしまったという感じがする。第1作が予想外に好評を持って受け入れられた(これは誰もがそう思っているだろう)分、とまどっているのではないか。アイディア自体は非凡なものを持っている作者なので、次作はより腰を落ち着けて書いてもらいたいものである。




島田荘司『涙流れるままに』(カッパ・ノベルス)

 吉敷竹史の元妻加納通子が振り返る波乱の半生、昭和33年に盛岡で起きた製材所一家惨殺事件の死刑確定囚恩田幸吉の冤罪証明に刑事という立場を危うくしながら立ち向かう吉敷の姿、この二つの物語が並行して描かれ、最後に一本につながる。
 『北の夕鶴2/3の殺人』『羽衣伝説の記憶』『飛鳥のガラスの靴』『龍臥亭事件』で断片的に書かれてきた加納通子の半生だが、全てのけりを付けるためにあえて始めから振り返られる。作品毎でイメージがなかなか一致しなかった理由にも触れている。もちろん、『北の夕鶴2/3の殺人』を書いた頃はここまで考えていなかっただろう。それを過去の話の筋を壊さずにここまで新たな物語を組み立てることが出来るのは島田荘司ならではだろうか。
 この作品に関しては田中博の解説がぴったりと当てはまる。加納通子の物語にしても、恩田事件の冤罪証明にしても「余計な部分」が多すぎる。描写は細かすぎてくどい部分が多いし、色々な部分で展開される社会批判にしても内容の是非はともかく、そこの部分だけ大きく浮き上がってしまっている。両者の物語がすっきりと絡み合っているわけでもなく、強引にねじ伏せてブレンドしたようなものだ。今までの島田荘司の小説では、こういう「余計な部分」は本当にただ余計なだけということが多かった。『水晶のピラミッド』や『アトポス』などがよい例だ。だが本作品は違う。大きく浮き上がりながらもそれらが物語とともに圧倒的なパワーを持って読者に向かってくるのだ。だからこそ読者は圧倒されるしかない。恐るべし、島田荘司。
 最後は甘いかもしれない。予定調和かもしれない。それでも救いのミステリには救いの解決が必要だろう。とにかく圧倒的なパワー。島田荘司の集大成の一つであることは間違いない。1999年度の収穫の一つであろう。



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