地裁判決(うち求刑死刑) |
高裁判決(うち求刑死刑) |
最高裁判決(うち求刑死刑) |
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63(6) |
31(1)+4※ |
22(5) |
少年(19) | |
2007年4月27日(別の強盗未遂事件で4月6日に逮捕、起訴済) | |
1名 | |
強盗致死、強盗未遂他 | |
山口県下関市の鉄筋工の少年(当時19)は別の元鉄筋工(当時19)、無職男性(当時19)、当時中学3年だった少女と共謀。 2007年1月28日午前1時40分頃、金品を奪うため北九州市門司区の門司港レトロ地区の岸壁に少女がツーショットダイヤルで誘い出した福岡県飯塚市に住む建設作業員の男性(当時30)を、特殊警棒や金属バットで殴るなどして追いかけた末、海に転落、水死させるなどした。 男性は2月16日、小野田港の南西約6.5kmの周防灘で漂流遺体となって見つかった。遺体は一部が白骨化していたが、ズボンの中にあった運転免許証などから身元が判明した。 少年らは他に、1月21日未明、北九州市小倉南区の男性会社員(当時28)を門司港レトロ地区におびき出し、男性の乗用車を車で追走した後に少年1人が金属製の棒で男性の車の窓ガラスをたたき割った。男性がさらに逃走したため金は奪えなかった。 | |
福岡地裁小倉支部 重富朗裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年1月10日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
2007年11月23日の初公判で、少年は起訴事実を大筋で認めた。 冒頭陳述で検察側は、援交狩りの経験があるリーダー格の無職少年から「悪くても一人2万~3万円にはなる」などと話を持ちかけられ、「遊ぶ金ほしさから応じた」と指摘。海に転落した被害男性に「もう死ねや」とば声を浴びせたことなどを明らかにした。 11月29日の論告求刑で検察側は「下見をし、凶器を持参するなど入念に計画された犯行で、卑劣かつ残虐。少年であることを考慮しても生涯にわたるしょく罪が必要」「被害者は自殺行為とも言える行為までして逃げようとした。実質的に突き落とされたに等しい」と指摘した。そして少年が金属バットなどを持参していることから「主体的に犯行を行った」と指摘。「男性が自ら海に飛び込んだ」との主張に対しては、背後に少年らが迫っていたことなどを挙げ「突き落とされたに等しい」と述べた。 同日の最終弁論で弁護側は「(海に落ちた)被害者に、はしごの方に行くように指示をした」と情状酌量を求めた。 判決理由で重富裁判長は、少年が遊ぶ金欲しさに犯行に及び、事前に現場を下見していたことから「犯行は計画的で動機も身勝手」と指摘。さらに、おぼれた男性を救助しようと服を脱ぎ始めた元少年2人を少年が制し、119番通報をするなどの救助行為を行わなかったことから「事後の情状も極めて悪い」と強調。「金銭獲得の意思は強固で、犯行は執拗、凶暴。被害者を海に転落させておきながら救助の意思がなく、人命の尊さに対する配慮が全く欠けている」と非難。「遊ぶ金欲しさに強盗もいとわないという安易で粗暴、利欲的かつ身勝手な動機に酌量の余地は全く無い」「未成年であり、反省していることを考慮しても、酌量減軽は相当ではない」と述べた。 | |
当時19歳の少年2人は逆送され、強盗致死で起訴。 男性を誘いだした少女は中等少年院に送致された。 「援助交際狩り」のために4人に携帯電話を貸した少年(当時16)と、車を貸した少女(当時16)は、強盗致死ほう助で山口家裁下関支部に送致された。 被告側は控訴した。2008年4月16日、福岡高裁で一審破棄、懲役20年判決。2008年8月?、最高裁で被告側上告棄却、確定。 |
茶野木崇(31) | |
2006年12月2日 | |
1名 | |
強盗殺人、死体遺棄、住居侵入 | |
広島県尾道市因島の無職茶野木崇被告は、2006年11月26日午前2時頃、隣に住む無職女性(当時90)の家に無施錠の勝手口から侵入。台所で金品を探していた際、3畳間のこたつに寝ていた女性が目を覚まし気づいたため、両手で首を絞め、窒息死させた後、財布に入っていた1万4,000円やキャッシュカードなどを盗んだ。また死体を2畳間まで引きずり移動させ、押し入れに布団をかぶせて隠した。 女性は約20年前に夫と死別しており独り暮らし。親族によると、25日夜以降連絡が取れなくなったため、28日午前に女性宅を調べていた同署員が押し入れで遺体を発見した。 茶野木被告は3年ほど前、妻と娘とともに女性の隣に住み始めたが、その後離婚。経済的にも苦しくなり、家賃を女性が代わりに払うこともあり、女性が不満を漏らしていたという。 茶野木被告は金に困っており、事件の5日前から何も食べておらず、腹が減っていたため食べ物やお金を盗もうと思って侵入した。犯行後、女性方から奪ったクレジットカードなどを使い、三原市内で現金を引き出そうとしたが失敗していた。 | |
広島高裁 楢崎康英裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年1月17日 無期懲役(被告側控訴棄却) 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
被告側は量刑不当を理由に控訴。 2007年11月17日の控訴審初公判で、弁護側は、控訴趣意書で▽当時茶野木被告は収入がなく、空腹のため食品を盗む目的だけで被害者方に侵入した▽被害者に気付かれたため、口をふさぐために手を当てた--などとし、一審判決は事実誤認と主張した。茶野木被告は「殺す気はなく、真っ白な状態だった」と改めて殺意を否定した。 判決で楢崎裁判長は「確定的殺意があったのは明らか」とし「殺意はなかった」などと傷害致死と窃盗の罪の適用を求めた弁護側の主張を退けた。そして「生命を軽く考えた短絡的で身勝手きわまりない犯行」と断じた。 | |
2007年8月8日、広島地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年5月19日、被告側上告棄却、確定。 |
小林秀樹(46) | |
2006年5月16日 | |
1名 | |
殺人 | |
トラック運転手小林秀樹被告は2000年5月25日午前10時半ごろ、鹿児島県出水市の左官業を営む男性方に侵入。無職の長女(当時18)を強姦しようとしたが抵抗され、電話で助けを求められるなどしたため、女性の胸などを出刃包丁で20数ヶ所突き刺し、失血死させた。5人家族で、事件当時は長女1人が家にいた。 長女は知り合いの男性と事件当日の午前10時頃まで外で会っており、別れて20~30分後に、男性の自宅に助けを求める電話があった。男性は聞き返すなどしたが、反応がなかったため、警察に通報した。 小林被告は勤めていた運送会社の仕事で、事件直前に同市に隣接する旧宮之城町へ配送に来ていた。 小林被告は2004年1月、福岡市東区内で無職の女性に車の中で暴行したとして強姦の疑いで逮捕。11月4日、福岡地裁で懲役7年の実刑判決を受け、2005年10月7日に確定。逮捕当時は福岡刑務所に服役中だった。 鹿児島県警は2006年4月初旬から、遺留物の洗い直しに着手。採取していたDNA情報を、2004年12月に運用開始された警察庁のDNA型情報検索システムで照会したところ、小林被告が浮上。身辺調査を開始し、5月16日に逮捕した。 | |
福岡高裁宮崎支部 竹田隆裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年1月24日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
小林被告は逮捕当初から容疑を全面的に否認している。一審では「家に行って話はしたが、殺してはいない」と無罪を主張していた。 2007年11月29日の控訴審初公判で、弁護側は「(検察側が証拠として主張する)指紋や血痕などが、小林被告のものとは証明できていない。一審判決は、初めから小林被告を犯人と決めつけており、事実誤認がある」などとして無罪を主張した。検察側は「証拠の信用性は極めて高い」として控訴棄却を求め、結審した。 竹田裁判長は「一審判決に事実誤認はなく、小林被告の犯行と認められる」「強固な殺意の下に行われた執拗で残忍な犯行」とした。 | |
2006年11月17日、鹿児島地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年9月9日、最高裁で被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 林秀夫(66) |
逮 捕 | 2006年11月18日(殺人容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人他 |
事件概要 |
広島県三原市の元カラオケ店経営者で無職林秀夫被告は2006年11月17日午後11時過ぎ、同店入り口前で、営業を終えて帰宅しようとしていた経営者の女性(当時68)の顔に刺し身包丁(刃渡り約20cm)を突きつけ「お金貸して」と脅迫したが、抵抗され胸や腹を刺し死亡させた。 林被告は1999年頃までカラオケ店を経営し、その後女性に店を譲り渡していた。 |
裁判所 | 広島地裁 細田啓介裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年1月25日 無期懲役 |
裁判焦点 |
林被告は逮捕当初犯行を否認。その後、刺したことのみ認めたが、殺意も強盗も否認している。 2007年9月28日の初公判で、林被告は「金を奪おうとはしてない。向こうからぶつかってきた時に包丁が刺さった」などと強盗目的と殺意を否認した。検察側は冒頭陳述で「被告は店の経営に失敗し、1999年に被害者に譲り渡した。一時は消費者金融に借金が4500万円あった」などと指摘した。弁護側は「少額のお金を借りようと思い、店を訪れた。もみあううちに、包丁が刺さってしまい、殺意はない」などと主張した。 また同日、遺体を解剖した医師への証人尋問もあり、致命傷となった腹部への深さ約10cmの傷について、「(刺した)力はかなり強かったと考えていい」とし、「(被害者から)ぶつかったとするなら、ある程度の距離や速度が必要」と証言した。 12月4日の論告で「胸や腹を刺すなど殺意は明らか。動機は身勝手極まりなく、酌量の余地もない」「不合理な弁解しかしていない被告に、謝罪、反省の態度など一切認めることはできない」と主張。弁護側は同日の最終弁論で「強盗の意図はなかった。殺意があった根拠はない」と述べた。 細田啓介裁判長は「変装したうえ包丁を持っており、強盗目的は明らか。傷の深さなどから殺意も認められる」「確定的殺意は認められないが、未必的な殺意は持っていた。犯行動機はあまりに身勝手で短絡」などと、求刑通り無期懲役を言い渡した。 |
備 考 | 被告側は控訴した。2008年12月25日、広島高裁で被告側控訴棄却。2009年10月14日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 寺本悟(28) |
逮 捕 | 2007年4月3日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人他 |
事件概要 |
高知県いの町の無職寺本悟被告は当時の妻から離婚を持ちかけられており、妻の両親に借りていた約200万円を返すことで離婚を思いとどまってもらおうと計画。2007年1月21日午後9時ごろ、高知市福井町に住む占師の女性(当時58)方を訪れ、借金を申し込んだが、断られた。そのため、乗り付けた車にあったナイフを持ち出し、午後11時40分ごろ、女性方の1階居間で、女性の頭や首などをナイフで突き刺して殺害し、現金約230万円の入った財布を奪うなどした。 寺本被告は2006年6月、当時勤務していた鉄工所の仕事を通じ、女性と顔見知りとなっており、以前に約15万円をもらったことがあった。 |
裁判所 | 高松高裁 柴田秀樹裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年1月29日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
1月15日の控訴審初公判で、被告側は殺害動機について「(被害者から借金の返済を迫られ)自分を守るため、家族が巻き込まれるのを避けるためだった」と述べた。そして殺害などの事実を認めた上で「強盗目的での殺害ではない」とし、強盗殺人罪ではなく、殺人罪と窃盗罪で裁かれるべきと主張して結審した。 判決で柴田裁判長は「極めて冷酷かつ残忍。刑の酌量減軽をすべき事情はない」とした。 |
備 考 | 2007年9月26日、高知地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年4月22日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 手柴勇(59) |
逮 捕 | 2002年2月2日(無職男性への死体遺棄容疑。別の傷害事件で逮捕済。2003年2月22日、幹部殺害の殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 2名 |
罪 状 | 殺人、死体遺棄、銃刀法違反、殺人未遂、恐喝未遂 |
事件概要 |
岐阜県多治見市の暴力団幹部安藤勇(旧姓)被告は2000年5月22日頃、女性を巡るトラブルから知り合いの無職男性(当時52)を拉致し暴行。名古屋市に停車中の乗用車内で、衰弱状態の男性の首を刃物で突き刺して殺害。約1週間後、同じ暴力団幹部の男性M受刑囚、G被告、Y元被告と共謀し、遺体を愛知県日進市の空き地に埋めた。その後、発覚を恐れたG被告、Y元被告らが掘り出し、重機で粉砕、その後焼却していた。 2000年8月26日、安藤被告はM受刑囚、G被告、T被告、K被告の4人と共謀し、岐阜県常滑市の山林で、金銭トラブルなどから同じ暴力団幹部の男性(当時50)の頭を拳銃で撃って殺害し、遺体を岐阜県東浦町の空き地に埋めた。 他にも2000年7月26日未明、安藤勇被告は別の暴力団組員と名古屋市中区の路上で酒によって寝ていた名古屋市の会社員(当時37)を足蹴にした際、つばを吐かれたことに腹を立て、会社員の首をナイフで切りつけた。止めに入った同僚(当時27)の腹もナイフで刺した。 |
裁判所 | 名古屋高裁 片山俊雄裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年1月30日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 | 片山俊雄裁判長は、「長く暴力団に所属、人の命を軽く見る態度が染みついている」と述べ、一審判決を支持した。 |
備 考 |
M受刑囚は2005年10月7日、名古屋地裁で懲役18年(求刑懲役20年)の判決が確定。G被告は2006年1月25日、名古屋地裁で懲役11年(求刑懲役13年)の判決。K被告、T被告は2005年1月27日、名古屋地裁で懲役9年(求刑懲役11年)、懲役7年(求刑懲役9年)の判決。いずれもすでに確定か。Y元被告は2003年6月17日、名古屋懲役3年、執行猶予5年(求刑懲役3年)の判決が確定。 2006年11月1日、名古屋地裁で一審無期懲役判決。上告せず確定と思われる。 |
宮崎祐輔(29) | |
2006年6月25日 | |
1名 | |
強盗殺人、住居侵入 | |
釧路市の漁船員宮崎祐輔被告は2006年4月26日午前1時45分ごろ、金を奪う目的で漁船員の男性(当時63)宅に侵入。男性が目を覚ましたため、持参したマキリ包丁で男性の首など計30カ所を刺すなどして殺害し、現金約11万円を奪った。 宮崎被告は、男性が勤めていた釧路管内釧路町にある漁業会社の元同僚で、同社に2005年3月から10月まで勤務していた。退社後も男性宅を訪問して酒を飲んだり、一緒に除雪のアルバイトをしたりしていた。 | |
最高裁第三小法廷 田原睦夫裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年2月4日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
田原裁判長は「上告趣意は事実誤認、量刑不当の主張で、上告理由には当たらない」とした。 | |
2007年3月19日、釧路地裁で一審無期懲役判決。2007年10月11日、札幌高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 清水佳治(64) |
逮 捕 | 2006年9月29日? |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 現住建造物等放火、殺人他 |
事件概要 |
静岡県菊川市の廃棄物収集業者専務清水佳治被告は2006年5月14日午前2時ごろ、同市の運送会社社長の被害者男性(当時63)方1階台所に放火し住宅1棟を全焼させた上、1階和室で寝ていた社長の母(当時90)を殺害したほか、2004年2月15日に、社長方のエアコン室外機付近にガソリンをまいて火を付け、外壁の一部を焼いた。 2004年10月20日未明、清水被告は菊川町(現菊川市)の別の運送会社の関連会社倉庫の窓ガラスを割りガソリンを入れ発煙筒で放火して全焼させた。 2004年12月22日、菊川市の運送会社所有の倉庫約1100平方メートルを、ガソリンをまき放火して全焼させた。 2006年1月3日、菊川市の古紙回収会社の営業所兼作業所約1800平方メートルを、ガソリンをまき放火して全焼させた。 |
裁判所 | 静岡地裁浜松支部 北村和裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年2月12日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2006年12月12日の初公判で、清水被告は起訴事実を認めた。検察側は冒頭陳述で、清水被告が勤務していた会社は菊川市のごみ収集業務を独占的に受注していたが、被害者男性の会社が参入したため、売り上げが落ち込んだと指摘。「給料が減って不満を持った被告は、男性宅に火を付けて参入を阻止しようとした」と述べた。 清水被告は2007年3月12日付で、一部犯行について勤務先の男性社長からの指示があったとする上申書を作成し、5月8日の公判で弁護側が提出し、証拠採用された。 上申書によると、清水被告は2003年2月ごろから、被害者男性の運輸会社の同市ごみ処理事業への参入に危機感を抱いた社長から「(男性の)運輸会社を何とかしろ。自宅に火をつけろ」などと再三にわたって指示を受けていたと供述し、2004年2月の男性方への放火未遂や物流会社倉庫への放火などの犯行に及んだとした。指示は車の中などで2人きりの際に伝えられたという。ただ、焼死させた犯行の際は指示はなかったといった。清水被告はこれまで一貫して「会社のために1人でやった」と供述してきたが、翻した理由については「決して罪を軽くするためではない。1人で罪を償うつもりだったが、真実を明らかにしなければ被害者も納得できないと思った。社長も道義的責任を負うべきだ」と述べ、「被害者には本当に申し訳ない。どんな刑にも服する」と謝罪した。 社長は7月3日の公判に出廷し、関与を全面否定した。 11月27日の論告で検察側は「暴力を使ってでも競争相手を排除しようという犯行は経済におけるテロリズム」「自己中心的な動機に酌量の余地はない」と非難。「事前に下見を重ね、ガソリンや発煙筒を用意するなど犯行は計画的。繰り返し倉庫や自宅が狙われたことで、被害者一家に与えた経済的、精神的被害は甚大」と指摘した。また、これまでの公判で被告が提出した「犯行前に(被告の元勤務先の)社長から指示があった」とする上申書の内容について、検察側は「時期や内容についての被告の供述はあいまいで、到底指示と呼べるものではない」とした。 同日の最終弁論で、弁護側は「供述内容は具体的で、指示が虚偽と判断するのは適当でない」と反論した。そして情状酌量を求めた。 判決理由で北村裁判長は「(被告の会社が独占的に受注していた)ごみ収集事業への他社の参入を放火等により阻止しようとしたもので、動機は全く利己的で身勝手」と指摘。「利己的で身勝手な動機に基づいており、公共事業における自由競争原理を根本から否定する悪らつな犯行」と厳しく批判。さらに「被害の一部を弁償していることなど、酌むべき事情を最大限考慮しても、今後の人生すべてをかけて贖罪させるほかない」と説明した。 弁護側は「雇い主から放火の指示があった」と主張していたが、北村裁判長は、雇い主からの指示はなく、被害者に対する憤りを告げられたことが「心理的に(犯行を)後押しする形となった」とした。 |
備 考 | 控訴せず確定。 |
氏 名 | 岡田孝紀(29)/面川昌功(27) |
逮 捕 | 岡田被告:2003年12月15日/面川被告:2003年12月5日 |
殺害人数 | 2名 |
罪 状 | 強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、死体遺棄 |
事件概要 |
指定暴力団組員岡田孝紀被告、同面川昌功被告は、暴力団交友者でとび職降矢修一元被告とともに2003年11月24日深夜、いわき市の同じ住吉会系暴力団員で建設業の男性(当時26)の事務所で男性と、交友者で飲食店員の男性(当時24)の頭を拳銃で撃って射殺。現金数十万円を奪い、遺体を広野町の山林に埋めた。男性は組長の息子だった。 主犯が岡田被告、拳銃を撃ったのが面川被告である。被告ら3人と被害者で組員の男性との間では、女性をめぐるトラブルや組織内でのトラブルなどがあったうえ、3人は現金を奪おうと、10月下旬から殺害を計画。11月上旬に広野町の山林に遺体を埋める穴を掘るなど準備していた。殺害は岡田被告が、ほかの2被告に持ち掛けた。 |
裁判所 | 最高裁第一小法廷 涌井紀夫裁判長 |
求 刑 | 死刑 |
判 決 |
2008年2月20日 無期懲役(検察・被告側上告棄却、確定) 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
涌井紀夫、横尾和子、泉徳治の3裁判官は多数意見で、「若い2人の命を奪い、冷酷、残忍で死刑も考慮されるが、被害者への恨みが動機で、拳銃は被害者から預かったものだった。一般市民を巻き込むような事案ではない」とし、暴力団組織内で起きた犯行だったことなどを理由に死刑を回避した二審・仙台高裁判決について、「破棄しなければ著しく正義に反するとまでは言えない」とした。 これに対し、検察官出身の甲斐中辰夫、弁護士出身の才口千晴の両裁判官は、「岡田被告は暴力団幹部で、拳銃を使った被害者2人の強盗殺人事件の首謀者。先例に照らせば死刑が相当」「被害者が暴力団員だからといって、これを酌量すべきではない。本件が拳銃を使用した凶悪犯罪であることを重視すべきだ」などとし、二審判決を破棄すべきだとした。また、才口裁判官は「裁判員制度の実施を目前にして、死刑と無期懲役との量刑基準を可能な限り明確にする必要がある」と付言した。 死刑が求刑された事件の最高裁判決・決定は全員一致が慣例とされており、決定で反対意見が付くのは異例。 |
備 考 |
2005年4月22日、福島地裁で一審無期懲役判決。降矢修一元被告は控訴せず確定。 2005年12月22日、仙台高裁で検察・被告側控訴棄却。 |
吉田諭(60) | |
2006年11月7日(現行犯逮捕) | |
0名 | |
殺人未遂、監禁致傷、銃刀法※違反他 | |
熊本県城南町の塗装業吉田諭(さとし)被告は2006年11月7日午前6時40分ごろ、熊本市に住む元妻の女性(当時54)の自宅前で待ち伏せ。ゴミ出しに出てきた女性を無理やり、女性の軽乗用車に乗せ、約15km南の城南町にある自らの会社事務所に連行。付近の住民からの通報で、熊本県警熊本南署員が女性の自宅へ駆けつけたが遅かった。 吉田被告は事務所2階に立てこもり、女性のもも付近にガソリンをかけ、全治3日間の皮膚炎を負わせたほか、ガスバーナーを近づけ「お前を殺しておれも死ぬ」などと脅した。午前9時半頃、県警宇城(うき)署員4人が駆けつけたことを知った女性は2階の窓から逃走。吉田被告は女性や救出に来た宇城署員に散弾銃を数発発射。女性は両膝などを撃たれて重傷。女性を保護した巡査長も両太ももに重傷を負った。ほかに警部補がこめかみに軽傷、救急隊員1人が流れ弾に当たって足に軽傷を負った。また別の救急隊員2人が発砲に驚いて転倒し、軽い怪我をした。 吉田被告は家屋に立てこもったが、約1時間20分後に説得に応じて出てきたところを、殺人未遂の現行犯で逮捕された。 吉田被告は2006年2月に女性と離婚したが、その後も復縁を求めてつきまとい、女性が「元夫に暴力を振るわれている」と警察に相談するなどトラブルになっていた。 | |
熊本地裁 野島秀夫裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年2月25日 無期懲役 | |
2007年7月23日の初公判で、吉田被告は「殺意はなかった」「監禁したという気持ちもない」などと述べ、銃刀法違反以外の起訴事実を否認した。 12月3日の論告求刑で、検察側は「死者が出ていないのは奇跡でしかなく、動機は身勝手の極みで酌量の余地はない。反省や謝罪も一切していない」とした。同日の最終弁論で弁護側は「事務所2階から突然逃げ出した元妻に気が動転して発砲した」として殺人未遂罪には当たらないと主張した。 野島裁判長は「銃弾6発が正確に被害者に向けて発射されている」として殺意を認定。量刑理由で、元妻への復縁を迫った末の犯行について「極めて身勝手で自己中心的な動機は強い非難に値する。多数の死者が出る危険性が高かった」と指摘。公判で弁解を繰り返した被告を「犯行の重大性を認識しておらず、更生の可能性は乏しい」と厳しく批判した。そして「極めて危険な犯行で反社会性も高く、社会に与えた衝撃も大きい」と述べた。 | |
女性をかばって両足などに約100発の散弾を被弾し、身につけていた防弾チョッキにも多数の散弾を受けて重傷を負った宇城署の近藤弥亜(みつぐ)巡査部長は、2006年12月20日に県警では初めて警察庁長官功労章を受章。2007年3月12日には、県議会議長から感謝状が贈られた。このとき、近藤巡査部長の右太もも周辺に散弾の鉛が約20発残っていた。 被告側は控訴した。2008年8月7日、福岡高裁で被告側控訴棄却。 |
安田敬(36) | |
2007年1月17日 | |
2名 | |
殺人 | |
宮城県亘理町の無職安田敬被告は2007年1月1日午後3時頃、名取市に住む無職女性(当時36)の自宅アパートを訪問。妻との離婚や借金の返済を求められ口論となり、同15分ごろ、女性の顔を殴って転倒させ、革ベルトで首を絞めて殺害。ベルトを女性の首に巻き付けたまま浴室のシャワーに引っかけ、首つり自殺を偽装した。 さらに、「母親が子供を残して1人で自殺するのは不自然」と考え、無理心中を装うために同25分ごろ、寝ていた長女(生後3ヶ月)の口と鼻を布団で圧迫し、窒息死させた。 安田被告は約3年前に女性と交際を始めた。安田被告には妻と長男がいて、保険外交員として職場を訪れた女性と不倫関係になった。長女は安田被告の実子だった。安田被告は2006年9月に生まれた長女を認知。妻子と別れて女性と再婚することを約束した。しかし、事件当日の午後3時ごろ、女性方を訪ねた安田被告が「今の家族関係を壊せない」と告げると、女性から「奥さんに私たちの関係を伝える」と言われ、激高した。また女性は、安田被告に結婚の意思がないため、約40万円の借金返済を迫っていた。安田被告は事件後まもなく、トラックの運転手をしていた勤務先を辞めていた。 年末から連絡を取れなくなったことを不審に思った女性の姉が、1月12日午前11時ごろに自宅を訪ねて長女の遺体を発見。その後、岩沼署署員が浴室洗い場に横たわる女性の遺体を発見した。 | |
仙台高裁 木村烈裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年2月26日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
1月29日の控訴審初公判で、弁護側は「乳児を殺害しておらず、一審判決には事実誤認がある」と主張し、検察側は安田被告の控訴棄却を求めて結審した。 判決で木村烈裁判長は「安田被告か女性のいずれかが乳児を殺害したことになるが、子育てに前向きだった女性に殺害の動機は見いだせない上、乳児を殺害したとする被告の捜査段階の供述は信用できる」と述べた。 | |
2007年9月21日、仙台地裁で一審無期懲役判決。上告せず確定。 |
守大助(36) | |
2001年1月6日(殺人未遂容疑) | |
1名 | |
殺人、殺人未遂 | |
仙台市の北陵クリニックの職員で准看護師守(もり)大助被告は、点滴に筋弛緩剤を混入して患者1人を殺害し、4人を殺そうとした。概要は以下。 〈起訴事実〉 (1)2000年11月24日、無職女性(当時89)に筋弛緩剤「マスキュラックス」を混入した点滴をし、窒息死させた。(殺人) (2)同年2月2日、女児(当時1)=快復=に同剤の溶液を点滴の管から注射器で注入し、窒息死させようとした。(殺人未遂) (3)同年10月31日、女児(当時11)=意識不明=に同剤を混入した点滴をし、窒息死させようとした。(殺人未遂) (4)同年11月13日、看護師を通じて男児(当時5)=快復=に同剤を混入した点滴をし、窒息死させようとした。(殺人未遂) (5)同月24日、同様に団体職員の男性(当時45)=快復=に同剤を混入した点滴をし、窒息死させようとした(殺人未遂) | |
最高裁第三小法廷 藤田宙靖裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年2月25日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
守被告は逮捕直後こそ容疑を認めたが、3日後に否認。公判では一貫して無罪を主張していた。 上告審でも守被告は無罪を主張。「患者の容体急変は、病変や薬の副作用が原因で、事件ではない。でっちあげだ。自白は強制、誘導された」と無罪を主張して全面的に争っていた。 弁護団は上告趣意書と4通の首位補充書を提出。宮城県警の依頼で被害者の血液(血清)や点滴パックなどを質量分析し、筋弛緩剤成分のイオンを検出したとする大阪府警科学捜査研究所の鑑定結果について、成分から本来は出ないはずのイオンであることが控訴審以降に判明したと指摘。「鑑定資料に筋弛緩剤成分が含まれていたとは言えない」と主張している。 2007年12月14日、弁護団は仙台市で記者会見し、上告審で最高検が答弁書を提出したと明らかにした。弁護団は「最高検が事実問題をめぐり答弁書を出すのは異例だろう」と話している。 弁護団によると、最高検は答弁書で「(弁護団が出ないはずだとする)イオンは質量分析で検出され得るもので、鑑定資料に筋弛緩剤成分が含まれていたことは明らかだ」と反論しているという。 藤田宙靖裁判長は決定理由で「警察による科学鑑定の結果、点滴に筋弛緩剤を入れたと認定した高裁の判断に誤りはない」と指摘した。 | |
北陵クリニックは事件後、来院者数が激減し、2002年3月に廃止された。 2004年3月30日、仙台地裁で一審無期懲役判決。2006年3月22日、仙台高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 杉山武樹(45) |
逮 捕 | 2007年4月25日(窃盗容疑。5月15日、死体遺棄容疑で再逮捕。5月25日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、死体遺棄、窃盗他 |
事件概要 |
葛飾区の解体工、杉山武樹被告は埼玉県三郷市のくい打ち工、F被告と共謀。2007年2月12日夜、杉山被告に借金返済を迫っていた東京都葛飾区の男性会社員(当時37)を、両被告が勤めていた三郷市の土木会社の寮で頭をバールで殴り、背中を包丁で刺して殺害。現金約20万円とキャッシュカード入りの財布を奪った。同日夜、男性の遺体を同被告の乗用車に乗せて運び筑波山中に遺棄した。 F被告は分け前として11万円を受け取り、福井県の家族への仕送りなどにあてた。 杉山被告は3月12日午後8時ごろ、都内の銀行が発行した男性名義のキャッシュカードを使い、埼玉県三郷市内にあるコンビニエンスストアの現金自動預け払い機(ATM)から現金十数万円を引き出した。 男性の遺体は4月7日、筑波山中を通る県道下の斜面で発見された。ピンク色の毛布の上から灰色のカーペットで包まれ、荷造り用のひもで縛られていた。 |
裁判所 | 東京高裁 安広文夫裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年3月4日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
男性は強盗目的を否定して控訴した。 判決で安広裁判長は杉山被告は事件の中心人物と認定。「利欲的で人倫にもとる犯行。量刑が重すぎるとは言えない」と述べた。 |
備 考 |
F被告は2007年11月1日、水戸地裁で求刑無期懲役に対し一審懲役25年判決。検察・被告側控訴中。 2007年12月6日、水戸地裁で一審無期懲役判決。 |
氏 名 | 脇田誠(42) |
逮 捕 | 2007年1月5日(死体遺棄容疑。1月27日、殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 殺人、死体遺棄、死体損壊、常習累犯窃盗 |
事件概要 |
住所不定、職業不詳脇田誠被告は交際中の少女が妊娠するなどしたため、金に困り、自分に好意を寄せる愛知県稲沢市の会社員の女性(当時24)から金を奪い取ろうと考えた。2006年11月ごろ、女性に温泉旅行を持ちかけ、消費者金融などから105万円の借金をさせた上、2006年11月25日、女性を睡眠薬で眠らせてから、岐阜、愛知県か周辺地域で殺害。27日に松本市安曇の市道脇に死体を遺棄し、翌日ガソリンをかけて火をつけるなどした。脇田被告は2004年秋ごろに女性と知り合い、交際していた。 11月28日に遺体が発見された。12月5日に身元が判明。 捜査本部は、女性の借りたレンタカーに脇田被告が乗った跡があることや目撃情報などから、脇田被告の犯行と断定,12月18日に逮捕状を取り、26日に指名手配した。 2007年1月5日午後4時20分ごろ、脇田被告はマスクで顔を隠し、潜伏していた神戸市北区有野町のホテルの駐車場に現れたところを逮捕された。 他に脇田被告は服役中の男とともに2006年1月29日早朝、愛知県岡崎市内の自動車用品店に侵入。カーナビなど17点(約180万円相当)を盗んだ。 脇田被告は9月25日夜、一緒にいた無職少女(当時17)とともに、愛知県大口町の立体駐車場から乗用車1台(約100万円相当)を盗んだ。盗んだ車は近くに乗り捨てた。 また脇田被告は12月11日未明、少女と愛知県蒲郡市のゲームソフト販売店に侵入し、新品のゲームソフト313枚(約120万円相当)を盗んだ。 窃盗では2005年10月から2006年12月にかけ、カー用品店やリサイクルショップなど5店に侵入し、トータルで自動車や貴金属など1000万円相当の品物を盗んでいる。 |
裁判所 | 長野地裁 土屋靖之裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年3月5日 無期懲役 |
裁判焦点 |
脇田被告は逮捕以来、一貫して容疑を否認または黙秘。公判前整理手続きでは、被害者の死因が特定されていないことなどから、弁護側は犯人かどうかを含めて争う姿勢を示していた。 2007年10月3日の初公判で、脇田被告は罪状認否で用意したメモを読み上げ「殺人、死体遺棄、死体損壊は無罪を主張します。死体を損壊したことも、遺棄したこともありません」と述べ、「これ以上詳しいことは弁護人に聞いてください」と答えた。余罪の常習累犯窃盗罪は一部を否認した。 検察側は冒頭陳述で、脇田被告の使用していた乗用車から殺害計画を記したメモを押収したことを明らかにした。元交際相手に借りさせるレンタカーの車種を特定したり、睡眠薬を用意したことなど、犯人にしか知りえない記載があったとした。 また、脇田被告は事件後、知人らに「ずっと刑務所から出てこられないかもしれない。死刑になるかも」などと、犯行をほのめかしていたことも指摘。死体遺棄現場から採取された石灰などが、レンタカーからも検出されたことを明かした。 これに対し弁護側は「メモは被告人が書いたという証拠はない」などとした。 公判で弁護側が証拠約200点のほとんどを不同意としたため、警察官ら62人が証人として出廷。捜査内容を一から証言するなどの証拠調べが続いた。 2008年2月27日の論告で、検察側は脇田被告の乗用車から「クレジットカードを作らせる」「睡眠薬、覚せい剤」などと犯行の計画が書かれたメモがあったことを指摘。その通りに犯行が行われたことや、脇田被告が購入したポリ袋などと、死体損壊・遺棄で使われた物が合致するから「犯人であることは疑いがない」とした。また、そして「遺体を損壊させるなど冷酷、非道な犯行。反省の態度も皆無」として無期懲役を求刑した。 弁護側は、犯行メモの筆跡鑑定や同被告と交際していた少女の供述など検察側の証拠に「信用性がない」と指摘。そして女性の死因が不明なことから、改めて殺害を否定。「犯行計画メモ」についても、「具体的な殺害計画は書かれておらず、根拠が薄弱」とし、「殺害日時や場所は漠然とし、殺害方法も特定されていない。公訴は棄却されるべきだ」と訴えた。脇田被告は窃盗については認めたが、「女性を殺してませんし、捨ててませんし、焼いてません」と殺人や死体遺棄などの起訴事実を否認した。 意見陳述では被害者の弟(23)と母(48)が出廷。弟は「保母という夢に向かって頑張っていた。家族にとって大切な存在で絶対に許せない。望んでいる刑罰は死刑のみです」と涙ぐんだ。 判決理由で土屋裁判長は、脇田被告が普段使っていた乗用車から発見され、検察側が「犯行計画メモ」として提出したノートについて「(犯行と)複数回にわたって具体的に符合している。重要な状況事実」と認定。遺体から睡眠薬成分が検出されたことを踏まえ、メモの「睡眠薬」との記載を「犯人性のほか、確定的殺意も推認させる」とした。被告の自筆か分からないとした弁護側主張は「筆跡鑑定は合理的で信用性が高い」と述べた。 脇田被告や女性らの携帯電話のメール送受信記録、遺体発見前後に被告と一緒に行動していた少女の証言などから、同被告が被害者の最終接触者と判断。弁護側が主張する第三者の犯行の可能性は「疑いを入れる余地はない」と退けた。 詳細な経緯は明らかではない-とした上で、動機については、女性に金融機関から借りさせた現金計110万円と、交際関係の清算が目的だった-と指摘。「犯行は計画的で周到。動機に酌量の余地はない」とした。 そして土屋裁判長は「事前に睡眠薬を準備するなど計画的な犯行」と指摘。「被害者の好意に付け込み借金させ、関係を清算するため殺害した。酌量の余地はない」と述べた。 |
備 考 | 被告側は即日控訴した。2008年9月25日、東京高裁で被告側控訴棄却。2009年6月18日、被告側上告棄却、確定。 |
山下真史(44) | |
2007年2月14日(銃刀法違反で逮捕済) | |
1名 | |
殺人、銃刀法※違反(加重所持、発射)、建造物損壊 | |
前橋市の指定暴力団稲川会系総長山下真史被告は、配下の山田英夫元被告、KK元被告、KS元被告に抗争中の指定暴力団山口組系F幹部(当時56)殺害を指示。山田元被告らは2005年10月13日午後9時ごろ、高崎市の厚生年金健康福祉センターで、F幹部(当時56)を射殺した。 殺害されたF幹部は、元稲川会系組長だったが破門となり、山口組系に出入りしていた。2005年8月にはF幹部の自宅に稲川会系M組長ら数人が襲撃し、金属バットで殴るなどして重傷を負わせた。これに対し、山口組系組長の高見沢勤被告らは犯人探しを始め、稲川会系のW組長に接触。情報提供や傘下入りを求めた。だが、W組長は拒否し、同年9月4日に安中市の路上で射殺された。翌5日、別の稲川会系組長が拳銃を持って高見沢被告宅を襲撃。そして10月、F幹部が射殺される事件が発生した。 | |
前橋地裁 久我泰博裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月6日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
2007年5月17日の初公判で、山下被告は銃刀法違反罪などの起訴事実は認めたが、殺人の共謀は否認した。 山下被告は、実行役に殺害の具体的指示はしていないとして否認していたが、久我裁判長は判決理由で「首謀者として共犯者に指示し、責任は最も重い。周囲への危険を顧みない傍若無人な犯行」と指摘した。そして「強固な殺意に基づいた冷酷非道な犯行。首謀者として責任は全共犯者中で最も重い」と述べた。 | |
山田英夫元被告は2007年8月31日、前橋地裁で無期懲役(求刑同)判決。控訴せず確定。 KK元被告は2007年11月22日、前橋地裁で懲役24年(求刑懲役30年)判決。控訴せず確定。 KS元被告は2007年7月26日、前橋地裁で懲役16年(求刑懲役23年)判決。控訴せず確定。 ほかにも山下被告側にF幹部の居場所を知らせるなどしたとして、3人が殺人ほう助で逮捕され、傷害致死ほう助の罪で判決を受けている。 高見沢勤被告は2008年2月4日、前橋地裁で求刑通り一審死刑判決、控訴中。 被告側は控訴した。2009年1月29日、東京高裁で一審破棄のうえ、改めて無期懲役判決。2009年7月7日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 大友誠治(41) |
逮 捕 | 2005年4月2日(業務上過失致死傷、道路交通法違反(ひき逃げ)容疑) |
殺害人数 | 3名 |
罪 状 | 殺人、殺人未遂、業務上過失致死傷、道路交通法違反(ひき逃げ)、建造物等以外放火 |
事件概要 |
無職大友誠治被告は2005年4月2日午前9時5分ごろ、仙台市青葉区の交差点で4tトラックを運転中に青信号で歩行中の3人をはねた。会社員の女性(当時42)が死亡、会社員の女性(当時48)、無職女性(当時69)に重傷を負わせた。 大友被告はその後歩行者専用アーケード街にトラックで進入し、会社員の女性(当時44)を車で轢いて殺害、会社員の男性(当時42)に大けがを負わせた。 さらに大友被告は先にある別のアーケード街にトラックで進入し、会社員の男性(当時24)を車で轢いて殺害、予備校生の男性(当時28)に重傷を負わせた。 その後車は90m先のアーケードの東側出入り口で保冷車に衝突して停止。大友被告は自殺を図って車内で軽油をかぶって発煙筒で火を付け、運転席を燃やした。 大友被告は3月中旬、勤め先の千葉県の土木会社を退職した。金がなくなり、離婚した妻に子どもとの面会を許されず、自殺を決意。事件5日前に仙台に戻り、トラックをレンタカーで借りて犯行に及んだ。逮捕時「前日に仙台新港で死のうとしたが死ねなかった。仙台市内の公園で休んだが、眠れず、犯行の直前まで市内をトラックで走り回っていた」などと供述している。 検察側は交差点での事件について、横断歩道の前にブレーキ跡があったことから業務上過失致死傷で起訴。アーケード街での事件については、視界がよかったことやアーケード内の立ち木をよけながら運転していたことより、前方を十分確認していたにもかかわらず歩行者をはね、その後も停車しようとした形跡はなかったとして、殺人で起訴した。 |
裁判所 | 仙台高裁 木村烈裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年3月7日 無期懲役(一審破棄) |
裁判焦点 |
検察、被告側とも量刑不当を理由に控訴。 2007年11月20日の控訴審初公判で、検察側は「確定的な殺意を持って大型車両を高速度で疾走させた、無差別殺人そのもの」と事件の残虐性を強調。「身勝手な犯行で酌量の余地はない。懲役28年の仙台地裁判決は軽きに失した」として、あらためて無期懲役を求めた。 大友被告側は「殺人の動機はなく、人を巻き込むつもりもなかった」と述べた上で、「被告は統合失調症による幻聴に行動を左右されており、事件当時は一貫して心神喪失か心神耗弱状態で故意犯ではない」と主張、減軽を求めた。 2008年1月16日の公判における被告人質問で大友被告は「殺意はなかった」と改めて主張。検察側から1、2回目の審理に出廷しなかったことを指摘されると、「被害者のことを考えるとつらくて出たくなかった。今回は出廷命令書が来たので連れてこられた」と説明した。責任や償いについては「何も考えられない。すみません」と繰り返した。歳晩はこの日で結審した。 判決で木村裁判長は「アーケード内を時速50―60キロで走行しており、人にぶつかればほぼ確実に死亡するとの認識があった」と指摘。一審仙台地裁が「未必の故意」とした殺意について「人をはねて殺害してでも逃げようとしたと認められ、大友被告には確定的殺意があった」と認定した。 事件当時の責任能力では「統合失調症にかかっていた疑いはあるが、是非を認識する能力はあった」と判断。心神喪失や心神耗弱状態ではなかったとの地裁判決を支持した。 量刑については、「現場は歩行者天国で、一般市民に与えた衝撃も大きく、事件後にアーケード入り口にポールが設置されるなど、地域社会に与えた影響も軽視できない」として、一審判決は軽いとした。 |
備 考 | 2007年3月15日、仙台地裁で懲役28年判決。上告せず確定。 |
少年(19) | |
2006年11月2日(出頭) | |
1名 | |
強盗殺人、詐欺、業務上過失傷害他 | |
香川県坂出市の元飲食店従業員の少年(事件当時18)は2006年11月1日午前5時15分ごろ、丸亀市の雑居ビル3階の外階段で、新聞配達中の男性(当時64)の顔を踏みつけるなどして殺害。男性が配達前に受け取っていた10月分の給料など、42000円などを奪った。他に男性の腕時計と眼鏡も奪い、坂出市内の下水道に捨てた。 少年は無免許での当て逃げや詐欺事件で、業務上過失傷害や詐欺などの罪にも問われている。 | |
高松地裁 菊池則明裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月11日 無期懲役 | |
2007年6月27日の初公判にて、罪状認否で少年は「殺す気はなかった。酒に酔っていて何をとったかは覚えていない」と述べ、強盗殺人について否認した。 冒頭陳述で検察側は、少年は当時働いていたホストクラブで店長に注意されたことに立腹、友人らへの借金返済にも困っていたとしたうえで「被害者を場合によっては殺害してうっぷんを晴らし、金銭を奪おうと決意した」と指摘した。 一方、弁護側は少年は犯行当時、酒に酔い、心神喪失、心神耗弱状態だったと主張。「殺意はなかった。被害者が動けなくなった状態で窃盗の故意が生じた」などとし、傷害致死と窃盗罪にとどまるとした。 11月9日の論告で検察側は「無抵抗の被害者の顔を何度も踏みつけるなど確定的な殺意に基づく冷酷非道な犯行」「通りすがりの人間をなぶり殺しにした凶悪な犯行。遺族の処罰感情もしゅん烈」「通り魔的で、極めて凶悪な犯行。被害者の無念は察するに余りある」などと断じた。論告で検察側は「勤め先の店長にしかられたことのうっぷんなどから、何の落ち度もない通りすがりの被害者を殺害し、金品を奪った。反省も認められず、再犯のおそれは大きい」と述べた。少年が殺意を否認していることについては、「無抵抗な被害者の頭部や顔面を、情け容赦なくけりつけた。確定的な殺意は明白」などと指摘。「事件時は酩酊しており、心神喪失または耗弱だった」との弁護側の主張についても、「回しげりなど、深酔いしていればできるはずのないことをしている」などと述べ、責任能力に問題はないとした。そして「不合理な弁解をし、遺族に真摯に謝罪することもない」と指摘した。死刑を求刑しなかったことについて、「遺族が極刑を求めることは当然だが、犯行が計画的とまで言えず、少年であることなどを考慮した」と述べた。 12月4日の最終弁論で弁護側は「殺意を抱くほどの動機はなく、金品強奪の目的もなかった」として、「傷害致死と窃盗に当たる」などと主張。責任能力についても「多量の飲酒で酩酊し、心神喪失または耗弱状態だった」と述べた。 その上で「偶発的な犯行で、深く反省している。少年であり、今後の矯正は可能」などとして寛大な判決を求めた。最後に少年は「亡くなった方と遺族に申し訳ない」などと謝罪した。 判決で菊池裁判長は、被告が頭部を集中的に何度も踏み付け、被害者のポケットをまさぐっていることから、確定的な殺意と強盗の犯意を認定。行動には合理性や一貫性があると指摘し、弁護側の主張を全て退けた。そして、近くの路上で男性とすれ違った際に体が触れたことに腹を立てたのがきっかけだったと指摘。「当時、少年は金銭的な余裕に乏しく、飲酒して興奮状態にあり、被害者と衝突して殺意を抱いたとしても不思議ではない」などと述べた。 そして判決理由で菊池則明裁判長は事件以前にも暴行や恐喝、詐欺などの犯罪を繰り返していたことに触れ、「卑劣な犯行で、被告の規範意識や更生意欲の欠如は著しい」「体力的に劣る被害者に一方的に暴行を加え、金品を奪った冷酷で悪質な犯行」「被害者には何の落ち度もなく、一方的で卑劣な犯行である」と述べた。 | |
少年が盗んだ現金のうち3万円を受け取った友人の無職男性は、盗品等無償譲り受けの罪に問われ、2006年12月26日、高松地裁丸亀支部で懲役1年執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を受けている。 論告求刑閉廷後、男性の長男は「父の受けた痛み、私たちの無念を考えると求刑の量刑は納得できない」と話した。 被告側は控訴した。2008年8月11日、高松高裁で被告側控訴棄却。2009年2月23日、被告側上告棄却、確定。 |
町田直臣(31) | |
2007年2月22日(覚せい剤取締法違反の罪などで服役中) | |
1名 | |
殺人、銃刀法※違反他 | |
静岡県沼津市の元暴力団組員広瀬直臣(旧姓)被告は、2003年3月11日未明、車を運転中に三島市内の国道交差点で、赤信号で停止していた同県裾野市に住む金属加工会社社長の男性(当時49)の車に追突。近くの駐車場で追突事故処理を巡るやりとりの中で、男性が暴力団を否定する趣旨の発言をしたことに腹を立てた広瀬被告が、暴力団の威力を思いしらせて謝罪させようと拳銃を突き付けて脅し、謝罪を拒否されたため、男性の心臓を狙って拳銃を5発発射して殺害した。さらに遺体を函南町の山中に遺棄、男性の車を埋めるなどして隠ぺいを図った。 広瀬被告は当時、無車検・無保険の車を飲酒運転しており、覚せい剤の使用や拳銃を所持していた。 遺体は2004年1月に白骨化した状態で見つかった。 | |
東京高裁 安広文夫裁判長 | |
死刑 | |
2008年3月13日 無期懲役(検察・被告側控訴棄却) | |
2月12日の控訴審初公判で、検察側は「被告は飲酒のうえ無車検、無保険で、さらに覚せい剤使用や拳銃所持の発覚を恐れて証拠隠滅のため完全犯罪をもくろんだ」と指弾し、改めて死刑を求刑した。町田被告は暴力団幹部との養子縁組の解消を明かし、遺族に謝罪。弁護側は「矯正可能性がある」「殺人の前科はなく、反省を深めており有期懲役刑が相当」と減軽を求めて結審した。 安広裁判長は判決理由で「落ち度のない一般市民に対し、至近距離から執拗に拳銃を撃つなど極めて身勝手な犯行」とした一方、「暴力団組長との養子縁組関係を解消するなど矯正可能性はあり、原判決の量刑が軽すぎるとは言えない」などと述べた。検察側が死刑を求めた大きな理由として挙げた「覚せい剤の使用や拳銃の所持、飲酒運転の発覚を恐れ、証拠隠滅のために殺害した」との犯行動機については、安広裁判長は「動機としては薄弱すぎる。暴力団を被害者に否定されて腹を立てて犯行に及んだ」と検察側の主張を退けた。 1人殺害で死刑が適用されるかどうかも焦点となり、検察側は「殺害人数が1人という点は死刑回避の理由にならない」と主張した。これに対して判決は「(殺害人数は)選択の基準の一つだが、それだけで死刑を回避していない」とした。 | |
死体遺棄は時効が成立している。広瀬被告は2003年4月に覚せい剤取締法違反で逮捕され、服役中だった。 2007年9月11日、静岡地裁沼津支部で一審無期懲役判決。旧姓広瀬。上告せず確定。 |
坂元誠司(63) | |
2007年3月24日(殺人未遂容疑。9月14日に強盗殺人容疑で再逮捕) | |
1名 | |
殺人、殺人未遂、現住建造物等放火 | |
神奈川県横須賀市の元県警警部補坂元誠司被告は、2007年3月23日午後1時15分頃、三浦市に住む義母(当時81)宅で、義母の身体にスプレー型のプラスチック容器に入れた灯油を吹きかけ、ライターで火を付けて焼死させた。義母の悲鳴を聞いて駆けつけた隣に住む義妹(当時52)にも灯油をかけ、ライターで火をつけ、石で頭を殴ったうえ、もう一度灯油をかけて火を放ち、重傷を負わせた。火を付けられた義妹は助けを求めて近所の主婦宅に駆け込み、助かった。さらに坂元被告は、木造2階建て約110平方メートルの義母宅を全焼させた。 坂元被告は、被害者の長女の夫。義母が自分の土地と建物を長女に相続させず、次女名義に変更していたことを不満に思っていた。また坂元被告は妻が体調不良になったのは、義母の愚痴が原因と恨みを持っていた。 | |
東京高裁 永井敏雄裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月14日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
2008年2月26日の控訴審初公判で弁護側は、義母殺害や義妹の殺人未遂を認めた上で、放火については「家を燃やすつもりはなかった」などと否認。有期の懲役刑を求めた。検察側は控訴棄却を求め、結審した。 永井裁判長は、坂元被告が、自分の気遣いをむげにするような義母の発言に怒りを覚え、犯行に及んだと指摘。「折り合いの悪さがあったとはいえ、犯行はあまりに短絡的で残忍」と断じた。その上で「長年警察官としてまじめに働き、一審判決後に事件を苦に妻が自殺した疑いもあるなど酌むべき事情を考慮しても刑事責任は重い」と述べた。 | |
2007年12月6日午前7時頃、坂元被告の妻(58)が住む神奈川県横須賀市の自宅の居間兼寝室約4平方メートルが燃えた。布団の上で、女性の遺体が見つかった。焼身自殺と見られる。 2007年11月26日、横浜地裁で一審無期懲役判決。 |
氏 名 | 劉宗述(43) |
逮 捕 | 2004年11月25日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗致死、強盗致傷、強盗他 |
事件概要 |
中国籍で埼玉県越谷市の無職劉宗述(りゅう・そうじゅつ)被告ら6人は2004年5月22日午前1時頃、三重県四日市市に住む医師の男性(当時65)宅に侵入。就寝中の夫妻に暴行し、現金や貴金属など計約2000万円相当を奪った。顔に粘着テープを巻かれた男性の妻(当時58)は窒息死し、男性は肋骨を折るなどの重傷を負った。 劉被告は2004年5月から約半年間、強盗団の一員として埼玉、静岡、三重県などで10件の犯行に加わり、現金計4000万円、物品約3800万円相当を盗んだとされる。 |
裁判所 | 津地裁四日市支部 堀毅彦裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年3月14日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2005年3月4日の初公判で、劉被告は「(被害者の)妻の死亡原因は、自分たちの暴行だけではない」と起訴事実を一部否認。劉被告の弁護人が罪状認否を留保した。一緒の公判だった陳明金被告は起訴事実を認めた。 その後の公判で、劉被告は関与を否定した。 10月2日の論告求刑で検察側は、抵抗できないよう粘着テープを巻き、激しい暴行を加えて窒息死させた犯行は「殺人行為と何ら変わりがなく、非情極まりない」と指摘、「反省も欠如しており、言語道断」と非難した。 2007年11月30日の最終弁論で、弁護側は「警察の取り調べ段階の自白調書には任意性がなく、共犯者の供述も信用性がない。犯人性が立証されておらず、入管法違反以外の全ての事件の無罪を確信する」と述べた。劉被告は「共犯者が言っている人は、絶対私ではないし、調書は同意するしかなかった。公正な判決を」と要求し、結審した。 堀裁判長は「共犯者の供述は信用でき、実行行為を行ったことは優に認められる」と認定、「リーダー格の指示で動いた従属的な一面があるが、犯行は周到に準備され、職業的かつ常習的。各犯行で実行役を担当しており、何物にも替えがたい一人の生命も失われた」「犯行は凶悪かつ残忍で、刑事責任は極めて重大」と量刑理由を述べた。 |
備 考 |
本事件では8人が起訴された。 運転手のT被告は2005年6月10日、津地裁四日市支部で懲役9年(求刑懲役15年)判決。2005年10月18日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。上告せず確定。 実行役の陳玉興(ちん・ぎょくこう)被告は2005年9月30日、津地裁四日市支部で求刑通り一審無期懲役判決。2006年7月11日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。被告側上告棄却確定(日時不明)。 実行役の薛経章(せつ・けいしょう)被告は2006年1月13日、津地裁四日市支部で求刑通り一審無期懲役判決。2006年6月26日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。被告側上告棄却確定(日時不明)。 実行役の薛行強(せつ・ぎょうきょう)被告は2006年1月27日、津地裁四日市支部で求刑通り一審無期懲役判決。2006年7月11日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。被告側上告棄却確定(日時不明)。 実行役の林家泉(りん・かせん)被告は2006年2月24日、津地裁四日市支部で求刑通り一審無期懲役判決。2006年8月2日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。被告側上告棄却確定(日時不明)。 実行役の陳明金(ちん・めいきん)被告は2006年7月11日、津地裁四日市支部で求刑通り一審無期懲役判決。被告側控訴棄却(日時不明)、被告側上告棄却確定(日時不明)。 運転手のK被告は2006年8月25日、津地裁四日市支部で懲役15年(求刑懲役20年)判決。控訴せず確定か。 被告側は控訴した。2009年?、名古屋高裁で被告側控訴棄却。2009年12月8日、被告側上告棄却確定。 |
竹下祐司(36) | |
2007年4月21日(現行犯逮捕。治療のため釈放後、6月30日に再逮捕) | |
1名 | |
殺人、殺人未遂、銃刀法※違反他 | |
暴力団組員竹下祐司被告は2007年4月20日午前11時30分ごろ、神奈川県相模原市のコンビニエンスストアの駐車場で、上納金を巡るトラブルから、同じ組で兄貴分だった組員(当時37)の頭と腹に拳銃2発を発射して殺害した。 竹下被告はそのまま東京へ逃亡。自宅である町田市の都営住宅に戻った。警視庁町田署員が竹下被告の車を発見。竹下被告の部屋へ向かおうとしたら突然発砲。その後も断続的に発砲。立てこもっていた部屋から、警察官4人向けて旧ソ連の軍用拳銃「マカロフ」で計9発を撃った。21日午前3時過ぎ、警視庁の捜査員が強行突破し現行犯逮捕。竹下被告は拳銃で頭を撃って倒れて重体だった。竹下被告は一命は取り留めたものの失明した。 神奈川県警が歓楽街対策を強化した結果、竹下被告にみかじめ料を支払っていた店が減り、兄貴分の組員と上納金を巡ってトラブルになっていた。竹下被告は事件後に、組から破門された。 | |
横浜地裁 鈴木秀行裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月17日 無期懲役 | |
2007年12月26日の初公判で、竹下被告は「警察官を狙って撃ったことはない」と警察官への発砲について殺意を否認。組員の射殺については「間違いありません」と起訴事実を認めた。 2008年1月28日の論告で、検察側は「一般人を巻き添えにする可能性の高い、極めて危険で悪質な犯行」と指摘し、被告の立てこもり中の発砲について「警察官4人に計9発を発射して至近距離に着弾させており、確定的な殺意を持っていた」と述べた。 弁護側は同日の最終弁論で、「威嚇するためにパトカーのボディーを狙って発砲した」と改めて殺意を否認し、有期の懲役刑を求めた。竹下被告は「身勝手な行動で本当に申し訳ない」と陳述した。 鈴木裁判長は判決理由で「検挙を恐れ、警察官にいらだち銃撃を加えた短絡的な犯行」などと指摘。組員殺害についても「確固たる殺意をもって行われた計画的で残忍な犯行」と指弾した。そして「被告人が被害者に対して抱いた不満は射殺する理由にならない。また、公営住宅での犯行は一般市民にも危害は及びかねなかった」と述べた。 弁護側の、立てこもり時の殺意否認については、竹下被告が拳銃の十分な殺傷能力を認識し、銃弾を警察官の至近距離に着弾させたことなどを挙げ、「未必の殺意があった」と判断した。 | |
被告側は控訴した。2008年8月25日、東京高裁で被告側控訴棄却。 |
吉井誠(52) | |
2006年10月30日(2月14日、別件の詐欺罪で逮捕、起訴済) | |
1名 | |
殺人、詐欺未遂、詐欺、有印私文書偽造・同行使 | |
東京都の不動産会社社長吉井誠被告は、社員のMY被告、YT被告、元暴力団員IK被告、会社関係者の男性と共謀。2005年7月29日未明(現地時間28日午後11時45分頃)、フィリピン北部バタンガス州の路上で関係者の男性が社員の男性(当時41)を拳銃で撃ち殺害した。男性には会社を受取人とする7500万円(殺害時は1億円)の海外旅行保険がかけられていた。男性は4日前から、社員旅行としてMY被告、YT被告、IK被告、関係者の男とともにマニラを訪れていた。 殺害から約半年後の2006年1月23日、保険会社に1億円の支払いを請求したが不審な点があるとして拒否された。 吉井被告には暴力団などに約1千数百万円の借金が、他の3被告にも多額の借金が確認されている。 また吉井被告らは、2005年2月23日午後6時ごろ、東京都千代田区の路上で交通事故を起こしたよう装い、うち6人が首や腰を負傷したとして、保険会社2社に「休業せざるを得なくなった」と虚偽の申告をして、休業補償金約1550万円をだまし取った。 2006年2月14日、交通事故の詐欺容疑で吉井被告、MY被告ら7人が逮捕。2月17日、新たに1名が逮捕された。3月6日、詐欺罪で起訴された。また殺害された男性も事件に関与していたが、死亡を理由に不起訴処分となった。 5月29日、吉井被告は拘置先の警視庁万世橋署の留置場でつめ切りで首を切って自殺未遂を図り、1週間の怪我を負った。つめ切りは留置場への持ち込みが禁止されていたが、社長は直前の体操の時間に運動場から持ち出し、署員が入室検査で見落としていた。 7月13日午後7時35分頃、一緒にフィリピンに渡航した会社関係者の男が、拘置先の警視庁品川分室のトイレでハンカチをつないで首をつっているのを同房者が発見。病院に運ばれたが14日午後2時40分頃、死亡した。男は当初「自分が撃った」と男性殺害を認めたが、その後は供述を拒んでいた。 10月30日、吉井被告ら4人が殺人容疑で再逮捕された。 11月23日、吉井被告ら4人が保険金の詐欺未遂容疑で再逮捕された。 | |
東京地裁 小坂敏幸裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月18日 無期懲役 | |
吉井被告は逮捕当初から事件の関与を否定している。MY被告ら3人は犯行を認めている。 2007年5月15日の初公判で、吉井被告は無罪を主張した。 5月22日の公判で、共犯のYT被告が証人出廷したが、吉井被告との共謀などの主要部分については、「自分の公判にかかわる」と述べ、証言を拒絶した。このため、検察側は24日、YT被告の自白調書を取り調べるよう求めるとともに、その内容が信用できることを証明するため、あわせてDVDを証拠申請した。 25日の公判で、YT被告の取り調べ状況を録画したDVD映像が法廷で再生された。取り調べの録画映像が証拠として、法廷で上映されたのは全国で初めて。映像は2006年11月、YT被告を取り調べた際のもので約11分。YT被告の上半身姿と、検察官、事務官を含む取調室の全景が1つの画面に収められており、録画時間も日時と秒単位まで表示された。映像は検察官との一問一答形式で、検察官の「自白して後悔しないか」との問いにYT被告は「後悔しない」と供述するなど、吉井被告との共謀を認めていた。黙秘権の告知などの場面は録画されていなかった。東京地検幹部によると、映像は撮影後に編集ができないような措置が取られているという。 なお、YT被告は後に無罪主張に転じたため、検察側は、YT被告の自白調書の任意性を立証するため、犯行を認めた様子を記録したDVDを証拠提出していた。2007年10月11日の東京地裁判決は、DVDについて、〈1〉被告が自白して約1か月後に録画された〈2〉録画時間は10分間に過ぎず、自白した心境を簡潔に話しているだけ〈3〉自白に転じた経緯を撮影したものではない--と問題点を指摘。その上で、「自白調書の内容を裏付ける有用な証拠として過大視することはできず、取り調べ警察官の証言を支える資料にとどまる」と述べ、DVDの証拠能力を限定的にとらえた。 2008年1月16日の論告求刑で検察側は「被害者は、被告らの金銭欲のために一方的に標的にされ、殺害された」と指摘しました。そのうえで、「被告に反省の態度はまったく見られず、社会に戻せば、より狡猾に凶悪な事件を起こすと予想される」と述べた。 同日の最終弁論で、弁護側は「わずか10分程度、録画しただけのDVDは信用できない」として、保険金殺人について無罪を主張した。 小坂裁判長は「本件は、計画の策定から実行まで終始一貫して被告が主導しており、被告が首謀者であることは明らか」「物欲のためであれば生命を奪ってもはばからない酷薄非情な犯行だ」と述べ、求刑通り無期懲役を言い渡した。 この日の判決は「『被告に指示された』というYT被告ら共犯者の供述は信用できる」と指摘。さらに、保険加入や受取人の指定を吉井被告が指示していることなどから、「共犯者との謀議が成立していたことは明らか」と述べ、弁護側の無罪主張を退けた。 小坂裁判長はYT被告の取り調べ時のDVD録画をめぐり「供述は任意になされた」と認定。供述内容の信用性についても「警察官の証言で裏付けられた」とし、山本被告の自白調書を証拠採用した。 | |
吉井被告は旧さくら銀行の元副支店長らと共謀し、1996年4~7月、東京都内の化粧品会社や道路サービス会社の担当者に架空の高利運用話を持ちかけて約18億5000万円をだまし取った詐欺の罪で1997年12月11日、東京地裁から懲役5年6月(求刑懲役8年)の実刑判決を受けて服役した。MY被告やYT被告は東京拘置所に拘留中や服役中で知り合い、出所後、自らが経営する不動産会社にMY被告らを社員に迎え入れていた。 2007年5月10日、東京地裁(高木順子裁判長)はMY被告に懲役23年(求刑懲役25年)、IK被告に懲役22年(求刑懲役25年)を言い渡した。そのまま確定。 2007年10月10日、東京地裁(高木順子裁判長)はYT被告に懲役25年(求刑懲役30年)を言い渡した。被告側は控訴した。2008年6月27日、東京高裁(中川武隆裁判長)はY被告の控訴を棄却した。中川裁判長は、検察側が調書の任意性を補強する証拠として提出していたDVDについて、「否認から自白に転じた理由などを、誘導されることなく自らの言葉で供述している」と指摘。限定的なものとした一審判決に比べて、証拠価値を高く評価した。 被告側は控訴した。2009年2月25日、東京高裁で被告側控訴棄却。2010年7月7日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 少年(19) |
逮 捕 | 2007年10月6日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、銃刀法※違反 |
事件概要 |
大阪府寝屋川市に住む工員の少年(当時19)は同じ中学の後輩である内装工アルバイトの少年(事件当時15)に「ビールが飲みたいからやろう」と万引を持ちかけた。 2007年10月6日午前0時50分ごろ、寝屋川市のコンビニ店で、缶ビール12本セットやアイスクリーム、菓子などの商品(計6400円相当)を万引きし、そのまま店を出た。レジカウンターにいたアルバイト店員の男性(当時27)(寝屋川市東神田町)が発見し、2人を店の外まで追いかけた。同店から南約160メートルの歩道上で、19歳の少年が男性ともみ合いになった。少年は持っていた刃物で左胸を一突きに刺した。少年は犯行後、通行人の男性に一旦取り押さえられたが、抵抗後再び逃走した。少年は普段からナイフを持ち歩いていた。 店からの110番通報で府警寝屋川署員が駆け付けたが男性はうつぶせに倒れており、まもなく死亡した。 15歳の少年は店から約130メートル南の路上で止まっていたワンボックス車に乗り込んで逃走。車の前のナンバープレートは外されており、車中には仲間の別の少年が乗っていた。 |
裁判所 | 大阪地裁 並木正男裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 |
2008年3月18日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
公判前整理手続きを適用。 2008目2月26日の初公判で、工員の少年は罪状認否で犯行の実行行為は認めたが、「暴行を加えようと考えたことはなかった。殺意もありませんでした」と殺意は否認した。 検察側は冒頭陳述で、工員の少年が共犯の少年を万引に誘い、逮捕を心配する少年に「ナイフを持っているから大丈夫」と話すなど、一貫して犯行を主導したと強調。少年が男性のほぼ正面から腹部に向けナイフを突き出したことや心臓の傷が深さ約6~7センチに達している点も指摘し、「殺意があった」と主張した。 弁護側は、ナイフは逮捕を免れるための威嚇用だったと反論。少年がパニック状態の中で行った突発的な犯行とした。そして暴行の意図や殺意を否認し、「強盗殺人罪ではなく、強盗致死罪に相当する」と述べた上で、自主の成立を主張した。 公判では捜査段階に作成された供述調書の任意性も争点となり、検察側が取り調べを録画したDVDを証拠請求、午後から法廷で上映された。少年事件でのDVD上映は全国で初めて。 3月5日の論告で検察側は、元工員が頭を押さえられながら被害者の正面に立ち、突き上げるようにナイフを胸部に強く刺したと指摘し「殺意は明白」と主張。「ビールが飲みたいと盗みを決めた動機は身勝手。捕まりたくないと、落ち度のない被害者を殺害し、短絡的で悪質極まりない」と断じた。 同日の弁論で弁護側は「殺意はなかった」と強盗致死罪の適用を求め、結審した。 公判では、被害者の父が意見陳述し「二度とこのような悲惨な事件は起こってほしくない」と述べ、厳刑を求めた。 判決で並木裁判長は「ビールを飲みたいという動機にくむべき点はない。死の結果は取り返しがつかない」「被害者は持ち前の正義感に基づく行動に出た結果、一瞬にして命を奪われ、人生のすべてを奪われた。無念は察するに余りある」と述べ、求刑通り無期懲役を言い渡した。 殺意の有無について並木裁判長は「傷の深さは6-7センチで、心臓を切るなど相当強い力で刺されている。体の中心部を刺せば、死亡の危険性が高いことも認識していた」として、殺意があったと認定。少年側が自首の成立を主張した点についても、「出頭時には、警察が相当程度、容疑者として特定していた」と判断し、退けた。また並木裁判長は、被害者や遺族の無念に触れ、「正義感に基づく行動に出た結果、一瞬にして生命を奪われた。遺族の悲しみも深く、厳罰を希望していた」と述べた。 判決言い渡し後、並木裁判長が「遺族の悲しみは続き、大切な命は返ってこないことを十分に考えてほしい」と諭すと、少年は小さくうなずいた。 |
備 考 |
2人はこれまでも万引き等の窃盗事件を起こしていた。 15歳の少年は2007年12月6日、大阪家裁で中等少年院送致とする保護処分が決定した。大西良孝裁判長は「刺殺は(主犯の少年が)とっさに実行した行為で、直接的に関与していない少年と責任の差は大きい」とした。 15歳の少年の逃走を手助けしたワンボックス車の運転手は、事件に関与がないとされた。 2008年1月5日、寝屋川市の男性(38)は自宅近くにある、本事件のコンビニと同じチェーン店である別のコンビニに押し入り、現金約12万円を奪った。逮捕時、男性は「店員は強盗を追いかけないよう教育されていると思った」と供述している。 被告側は控訴した。2009年2月26日、大阪高裁で被告側控訴棄却。2009年11月11日、被告側上告棄却、確定。 |
畠山鈴香(35) | |
2006年6月4日(男児に対する死体遺棄容疑) | |
2名 | |
殺人、死体遺棄 | |
秋田県藤里町の無職畠山鈴香被告(当時33)は2006年4月9日午後6時45分頃、自宅から約3km離れた藤琴川にかかる大沢橋の欄干(高さ約1m15cm)の上に川の方を向いて腰掛けた長女(当時9)が「怖い」と言いながら上半身をひねり、背後にいた被告に抱きつこうとしてきた瞬間、とっさに殺意をもって、左手で払うようにその身体を押し返し、長女を欄干の上から約8m下の藤琴川に落下させ、長女を溺水により窒息死させて殺害した。遺体は翌10日午後、大沢橋から約4km下流の浅瀬で水死体で見つかった。頭には軽度の骨折があり、体には多数の皮下出血があった。 畠山被告は日頃から長女のことを疎ましく思っていた。 自宅近くを流れる川の浅瀬の石には足を滑らせたような形跡があることなどから、秋田県警能代署は誤って川に転落したものとほぼ断定した。しかし畠山被告は同署の捜査に反発し、再三捜査の徹底を申し出た。また畠山被告は長女の行方不明時の目撃情報を求めるビラを近所に配るなどした。 畠山被告は5月17日午後3時半頃、2件隣に住む小学1年生の男児(当時7)を下校途中に自宅玄関に呼び入れ、殺意を持って後ろから腰ひもで首を絞めて窒息死させた。畠山被告は遺体を軽乗用車の荷台に乗せて、同4時5分ごろ、約10km離れた能代市の草むらに遺棄した。 畠山被告は6月4日、男児死体遺棄容疑で逮捕された。その後、殺人、死体遺棄容疑で起訴された。さらに7月18日、長女殺人、死体遺棄容疑で再逮捕された。 | |
秋田地裁 藤井俊郎裁判長 | |
死刑 | |
2008年3月19日 無期懲役 | |
2006年8月17日に秋田地裁は公判前整理手続きの適用を決定した。2007年2月7日に第1回公判前整理手続きが開かれ、8月29日の第12回で協議が終了した。 争点は以下の4つに絞られた。(1)長女への殺意と実行行為の有無(2)長女の死亡原因に関する健忘の有無と程度(3)男児に対する殺害、死体遺棄当時の完全責任能力の存否(4)捜査段階の自白の任意性。 2007年9月12日の初公判で、畠山被告は「殺そうとしたことはない」と長女に対する殺意を否認。男児殺害については「間違いありません」と起訴事実を認めた。 冒頭陳述で検察側は、長女を殺害した直後、車で人目に付きにくい道を選んで帰宅したことや、男児殺害後には凶器の腰ひもと軍手を細かく裁断するなど証拠隠滅を図ったことを例示し、畠山被告が冷静な判断の下に行動していたことを強調した。 長女が事件に巻き込まれたと近隣住民らに訴えたものの無視された腹いせに、畠山被告が誘拐事件などを起こせば社会の注目を集めることができると思い描いたとも指摘。「時には催涙スプレーを携えて、誘拐する子どもを車で探していた」と述べ、社会や地域への一方的な恨みが男児事件発生の遠因になったと説明した。 弁護側は、長女殺害については全面否認し、男児殺害では心神耗弱状態だったと主張。畠山被告が幼少期から思春期まで、父親や級友らから虐待やいじめを受けて心的外傷を患ったとし、症状は慢性的な精神疾患や「スキンシップ障害」に発展していったと述べた。 その後の公判で検察側証人として、住民らが畠山被告が男性との交際を優先し育児を放棄したり虐待していたことを証言した。 畠山被告は公判でも長女殺害を事故死と主張。橋の欄干に自ら上った長女が怖いとしがみついてきたため、びっくりして左手で払い長女は転落したと述べた。また当時の記憶を失っていたとも述べた。 弁護側は畠山被告の自白調書を強要されたものだと訴えたが、地裁は取調官の証言や留置記録などを元に「取り調べの任意性は認められる」として証拠として採用した。しかし畠山被告が調書への署名、押印をためらったり、体調が万全でなかったりしたことから、藤井裁判長は「信用性についてはまだ慎重に判断する余地がある」とも付け加えた。 畠山被告は10月31日の公判で、「極刑にしてほしい」と答えている。しかしその後の公判で、長女殺害が認定されたら控訴するとも述べている。 男児の両親は12月12日の公判における証人尋問で、畠山被告に極刑を求めた。 2008年1月25日、論告で検察側は死刑を求刑した。「被告人の弁解は自己の刑事責任を逃れあるいは軽減させるための詭弁」と断じ、これまでの公判での弁護側主張に逐一反論。検察側は情状について、身勝手極まる被告人の動機に酌量の余地は全くないと断じた。「いずれも冷酷非道で残虐なものであり、わずか1月余りの間に確定的殺意をもって2人の小学生を殺害した所業は正に鬼畜のなせる業」と指弾。「遺族の処罰感情はしゅん烈で、極刑を切望しているのは当然」と述べた。また隠ぺい行動や長女殺害否認、男児についても計画性などを否認していることなどを挙げ、「しんしな反省、悔悟の念はみじんもみえない」と指摘。そのうえで「一連の事件は被告の反社会性向に深く根ざし、矯正は不可能と言わざるを得ない」と結論づけ、地域社会に与えた恐怖感、不安感など社会的影響の大きさにも言及した。 同日の最終弁論で弁護側はこれまでの公判同様、長女の死は殺害ではなく過失致死、男児殺害時は心神耗弱で刑事責任能力は完全ではないと主張し、有期の懲役刑を求めた。捜査段階で長女殺害を自白したことについて、約2ヶ月と長期間拘置され、黙秘権の侵害や自白の誘導があったため「供述は任意性が乏しく、信用性は皆無」と主張した。長女の死については、「橋の上で殺意を催すのは不自然で、持続的に死を願っていたとの主張は根拠を欠く」と殺意を否定。「急に抱きついてきた長女に恐怖を感じて反射的に振り払ったところ、バランスを崩して転落した事故だった」と述べ、「救助しなかったのは驚がくによる健忘のため」とした。男児殺害について、動機は「長女の死の健忘で異常な精神状態となり、他の子供への嫉妬もあった」と説明。精神鑑定医の証言から「刑事責任能力減弱の可能性がないわけではない」とした。「県警の怠慢捜査がなければ第2の事件は起こらなかった」とも述べた。拘置所で日記に「男児殺害の罪悪感をほとんど感じない」などと記したことについては「一時的に反省心が崩れたためで、拘置所内で被害者の冥福を祈っている」と釈明した。また父の介護にやりがいを見いだしていたことなどから「更生の可能性は失われていないと断言する」と述べた。 判決で藤井裁判長は、長女への殺意を認めた。しかし計画性は否定し、殺意を抱いたのは長女が欄干に上った後とした。 畠山被告の長女殺害後の健忘についても否定し、単に記憶を抑圧していったものと判断した。 男児殺害については、畠山被告の完全責任能力と殺意を認めたものの、計画性を否定し、殺意を抱いたのは男児を家に入れてからとした。 捜査段階の自白については、任意性を認めた。 量刑理由として藤井裁判長は、動機について短絡、身勝手と断罪。男児殺害後も安否を気遣っているかのように振る舞ったり、逮捕後に別人を犯人として名指しするなど犯行後の情状も悪いと述べた。地域住民らを震撼させ、報道機関による取材攻勢も影響して、自然にあふれた静かな山里であった地域の不安を徹底的に破壊し、多数の地域住民らの心に強い衝撃と不安を与え、特に、被害者と同年代の幼い子供たちが受けたであろう心の傷は深刻なもので、社会的影響は極めて重大であるとした。 ただし、長女殺害は父親介護や父親からの苦情、自らの体調不良など、すべてを畠山被告の責めに帰すことのできない状況下における衝動的なものであったとした。また長女との関係は良好的ではなかったとしたが、身体的虐待はなく、日常的な虐待の末の犯行ではなかったとした。 そして、今後の教育により更正の可能性はあると指摘し、死刑適用も考えられるところとしながらも、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも、極刑がやむを得ず、死刑の選択をするほかないと断じることには、なお躊躇を覚えざるを得ず、自らの罪責を直視し、2人に対する贖罪のため、その全生涯をささげることを強く求め、無期懲役刑に処するのが相当と結論づけた。 また、仮釈放の運用についても触れ、畠山被告の刑責が重大であることに加え、その内省が表面的にとどまるという性格特性の改善が容易ではないことにも十分留意されることを希望すると述べた。 | |
長女殺人事件では、最初に事故死と断定した秋田県警の初動捜査ミスが指摘された。2006年9月4日、秋田県警本部長が県議会で捜査不備を認めた。 被告側は即日控訴した。検察側も控訴した。2009年3月25日、仙台高裁秋田支部で検察・被告側控訴棄却。2009年5月18日、上告取下げ、確定。 |
木下和紀(33) | |
2006年10月16日 | |
1名 | |
強盗殺人、銃刀法※違反他 | |
福岡県那珂川町の無職木下和紀被告は2006年10月13日午前11時半ごろ、アパートの隣室に住む女性(当時69)に「米のとぎ方を教えてほしい」と声を掛けて自室に招き入れ、米をとぐ女性の背後からネクタイで首を絞めて窒息死させた。さらに、女性のバッグから現金19000円の入った財布を奪った。 木下被告は、母親とその内縁の夫と3人で暮らしており、定職にはつかず、時々、アルバイトをしていた。母親と内縁の夫は10月4日から親族の看病のために家を留守にしていた。木下被告は犯行後、同町や福岡市の空き家などで寝泊まりしていた。 また、木下被告は「(逮捕された日に)もう1人殺して金を奪うつもりだった」と供述しており、県警に身柄を拘束された時、包丁を所持していた。 女性は1998年3月にこのアパートに一人で入居し、年金暮らしだった。 | |
福岡高裁 松尾昭一裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月21日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
弁護側は量刑不当を主張したが、松尾裁判長は「米を分けてほしいといって女性を誘い出し、親切心を利用した計画的かつ卑劣な犯行。規範意識も鈍磨している」「殺人への興味と遊び金を手に入れるための犯行で、酌むべき事情は全くなく、一審判決の量刑はやむを得ない」と判断した。 | |
2007年10月22日、福岡地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年6月30日、被告側上告棄却、確定。 |
岩森稔(62) | |
2007年3月5日 | |
2名 | |
強盗殺人、窃盗 | |
埼玉県狭山市の無職岩森稔(当時61)被告は2007年2月21日午後、顔見知りである本庄市の無職男性方で、男性(当時69)と妻(当時67)の頭などを鈍器で殴って殺害し、少なくとも現金1万円を奪った。 また岩森被告は2月15日午後、同市内の知人男性方で、約1万円入りの財布を盗んだ。 岩森被告は事件直後に逃亡。3月5日、山梨県の実家近くに止めた乗用車内で逮捕された。 岩森被告は運送会社を経営していたが2004年頃に倒産。移転後も現場付近をたびたび訪れ、知人らに金を無心していた。 | |
さいたま地裁 飯田喜信裁判長 | |
死刑 | |
2008年3月21日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
2007年11月21日の初公判で、岩森被告は「初めから現金を奪おうとしたわけではなく、借りようと思った」と強盗目的を否認した上で、「遺族には一生残る悲しみと傷をつけてしまい、極刑をもって償いたい」との書面を読み上げた。 検察側は強盗殺人の根拠として、〈1〉被告があらかじめ凶器を用意していた〈2〉緊縛目的で針金を持ち込み、妻を縛った〈3〉経済的に困窮していた--などを挙げた。 弁護側は、岩森被告が男性に借金を申し込んだが断られ、「死んだら保険金が出る」と言われたことに腹を立て、殺害したと説明。殺人罪に当たると主張した。 2008年2月22日の論告求刑で、検察側は、鈍器や針金を持ち込むなど犯行は計画的だったとした。そして「金目的の計画的な犯行で、冷酷非道で悪質極まりない」と述べた。 同日の最終弁論で弁護側は、妻に対する強盗殺人罪は認めたが、夫の殺害については、借金を断られ腹を立てて殺害した殺人罪だと主張。「室内にあった凶器を使い、計画性はなかった」として寛大な判決を求めた。 岩森被告は最終陳述で「極刑をもって償いたい」と述べた。 判決で飯田裁判長は、弁護側の「夫婦宅を訪れたのは、借金を申し込むためだった」との主張を退け、被告は凶器と夫婦を緊縛するための針金を持ち込み当初から強盗目的だったとし、検察側の主張通り、二人に対する強盗殺人罪を認定した。 その上で「日々の食事に困るほどの生活苦を、何の落ち度もない夫妻に対する凶行で解消しようとした動機は、短絡的で身勝手というほかなく、殺害方法も執ようで残虐。遺族の被害感情などを照らし合わせると、死刑をもって臨むしかないとする検察の意見には相応の理由がある」と、死刑選択も十分考えられるとした。 一方で、夫婦殺害後、金品の物色もそこそこにして、指紋などを残したまま逃走するなど、ち密さや周到さに欠けていたことを指摘。当初は借金を申し込むつもりもあったとし、「強盗目的が確定的でなかった」と検察側が主張した計画的な強盗殺人は否定した。 殺害態様の残虐性については「無我夢中で歯止めが効かなくなったところがあった」と述べ、「事件以前は犯罪とは無縁の生活を送り、反社会的性格が強いとまで断ずることができない」と指摘。「死刑よりもむしろ、終生をかけて被害者夫婦の冥福を祈らせ、反省と悔悟の日々を送らせるべき」と無期懲役が相当と判断した。 | |
検察側は控訴した。2009年3月25日、東京高裁で一審破棄、死刑判決。2012年3月2日、被告側上告棄却、確定。 |
塩野仁史(23)/塩野幸恵(22) | |
2006年10月5日 | |
1名 | |
強盗殺人 | |
群馬県富士見村の無職塩野仁史被告と、元妻の塩野幸恵被告は、2006年10月4日午前7時20分ごろ、塩野被告と交際していた高崎市のアパートに住む元看護士の女性(当時34)方で、抵抗する女性を押さえつけて電気コードで首を絞めるなどして殺害し、現金約180万円の入った手提げバック(約8万円相当)などを奪った。 二人は遺体を赤城山に捨てようと粘着テープでぐるぐる巻きにしたが、隣人が110番したため犯行が発覚した。 仁史被告は当時働いていた飲食店の客として知り合った女性と2004年頃から交際を始めたが、その前後に、別の女性と結婚して2006年春に離婚。直後の5月に中学時代から交際を続けていた幸恵被告と再婚し、7月に離婚していた。殺害現場となったアパートは、2006年6月、仁史被告が女性との結婚を前提に借りたものだった。 仁史被告は消費者金融数社から約450万円の借金を抱えていた。2006年9月26日、約13万円の借金返済を迫られ、女性に金を貸すよう依頼。その代わりに入籍を求められたため、女性を「金づる」として利用できないのなら殺害して遺体を赤城山に遺棄し、現金を奪うほかないと考え、幸恵被告に持ちかけたとした。 また仁史被告は幸恵被告や殺害された女性のほか、別の女性2人とも交際していた。 | |
東京高裁 植村立郎裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月24日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
控訴審で両被告は、「犯行動機を不当に悪く評価している」(仁史被告)、「犯行時、心神耗弱状態だった」(幸恵被告)などと刑の減軽を求めた。 植村裁判長は「犯行は冷酷、無慈悲で酌量の余地はない」と述べ、無期懲役とした一審判決を支持し、両被告の控訴を棄却した。 | |
2007年9月28日、前橋地裁高崎支部で一審無期懲役判決。塩野仁史被告は上告せず確定。塩野幸恵被告は上告した。2008年9月16日、最高裁で塩野幸恵被告の上告を棄却、確定。 |
氏 名 | 杉山忠(31) |
逮 捕 | 2007年7月3日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、銃刀法※違反、窃盗他 |
岡山県出身の住所不定、無職杉山忠被告は2007年7月1日午前1時50分ごろ、広島県三原市の空き地に停車させたタクシー内で、運転手の男性(当時52)の背後から出刃包丁(刃渡り約19cm)を胸元に突きつけ、「金を出せ」と脅迫。左胸を数回刺して殺害し、タクシーの売上金など約8万円入りのかばんを奪った。 凶器に使った包丁を盗んだ窃盗でも起訴されている。 | |
裁判所 | 広島地裁 細田啓介裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年3月25日 無期懲役 |
裁判焦点 |
初公判に先立ち、公判前整理手続きが行われた。 2008年2月19日の初公判で、検察側は冒頭陳述で「始めから、運転手が抵抗したら刺してでも金を奪おうと考えていた」と、計画性を指摘。借金をしては遊興費に充てるうち、金に困るようになったとした。弁護側は「予想に反して被害者に抵抗され、逃げられたら通報されると思って殺意を抱いた」と主張した。 2008年3月3日の論告求刑で検察側は、「偽名を使ってタクシーを呼んだ上、犯行がばれにくい場所や時間を選んでいる。また、奪った金をギャンブルに費やすなど悪質」とした。弁護側は同日の最終弁論で、「被害者が抵抗したことでパニックに陥り、とっさに殺害した」と計画性を否定。杉山被告は「遺族の方には大変申し訳ないことをしました」と意見陳述した。 細田裁判長は「家族に慕われ、仕事ぶりも高く評価されていた被害者が、突然この世を去らなければならなくなった無念さは計り知れない」「無計画な生活を送り、金銭に困って強盗を働き、自分の犯行発覚を恐れて殺害したのは身勝手で酌量の余地はない」と述べた。 |
備 考 | 控訴せず確定と思われる。 |
氏 名 | 平谷武(36) |
逮 捕 | 2006年9月26日(摂津市内の強盗致傷容疑。11月1日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、死体遺棄、強盗致傷他 |
事件概要 |
大阪府高槻市の郵便局員平谷武被告(事件後懲戒免職)は、2006年9月17日未明、自宅前の路上に止めたタクシー内で、個人タクシー運転手の男性(当時59)をナイフ(刃渡り約12cm)で前後から突き刺して殺害。タクシー(時価20万円相当)を奪った。 平谷被告は9月24日深夜、摂津市内のスーパーで従業員をバールで殴って現金約77万円を奪った。 |
裁判所 | 大阪地裁 横田信之裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年3月27日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2007年4月26日の初公判において、平谷被告は罪状認否で「申し訳ありません」と述べ、起訴事実を認めた。 弁護側は「心神耗弱だった」として精神鑑定の実施を求めた。 検察側は冒頭陳述で、郵便局をうつ病で休職後、「2億あればうつが治る」と書かれたサイトを見つけて強盗を計画し、犯行に使用する車を入手しようとタクシーを襲ったと指摘。無線で救助を求めることもできない個人タクシーを狙ったことを明らかにし、「計画的で動機も理解でき、完全責任能力があった」とした。 横田信之裁判長は。「命ごいをした被害者を追撃しており、犯意は非常に強固」「生活資金目当ての身勝手で短絡的な犯行。刑事責任は重大でタクシー業界や社会に大きな恐怖を与えた」と述べた。判決は、平谷被告が事件前、うつ病で郵便局勤務を続ける自信を失っていたと指摘。退職後の生活費や自宅購入資金などを得ようと金融機関への強盗を計画し、それに使う車を奪おうと今回の犯行に及んだと認定した。また判決は公判段階の精神鑑定から「善悪の判断や行動を制御する能力は多少低下していたが、心神耗弱を認めるほどではない」と退けた。 |
備 考 |
平谷被告は2007年2月16日、公判整理前手続きのために来ていた大阪地裁地下1階の仮刑事私設の個室内で、首吊り自殺を図り、重体となった。 被告側は控訴した。2008年12月17日、大阪高裁で被告側控訴棄却。2009年9月7日、被告側上告棄却、確定。 |
竹崎幸博(53) | |
2007年3月26日 | |
1名 | |
強盗殺人 | |
熊本市のリース会社パート従業員竹崎幸博被告は2007年3月23日午後6時15分頃、同市のリース会社事務所で経営者の女性(当時59歳)の首をナイロンロープで絞めて殺害、現金約148万円などが入ったショルダーバッグを奪った。竹崎被告は同社に20年ほど勤めていた。 | |
福岡高裁 正木勝彦裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月27日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
正木彦裁判長は「被告は経済的に追い込まれており、多少の同情の余地はあるが、短絡的、自己中心的で、刑事責任は極めて重い」と述べた。 | |
2007年11月8日、熊本地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年6月30日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 大山徳太郎(30) |
逮 捕 | 2006年10月8日(虚偽告訴容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、虚偽告訴 |
事件概要 |
福岡市博多区の元古着店経営、大山徳太郎被告は2006年10月6日午後1時10分ごろ、福岡市中央区の古着店で経営者の女性(当時44)の首などを刃物で刺して殺害し、商品のバッグ2個と衣類123点(計約144万円相当)を奪った。 大山被告は7日午後11時頃、福岡県警中央署を訪れ、「市内の古着店に女性の遺体がある。自分の知人が殺した」と届け出た。県警は8日朝、同署に捜査本部を設置し、殺人事件として捜査を始めたところ、知人は市外で勤務中というアリバイがあったことが判明。同日夜、県警は大山被告を虚偽告訴容疑で逮捕した。10月28日に、強盗殺人容疑で再逮捕した。 大山被告は同じ中央区内で2006年7月まで古着店を経営し、女性が経営する古着店と取引があった。 |
裁判所 | 福岡高裁 陶山博生裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年3月28日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
3月18日の控訴審初公判で、大山被告は出廷しなかったが、弁護側は控訴趣意書で「一審判決には事実誤認がある」と無罪を主張。検察側は控訴棄却を求めて即日結審した。 判決で陶山裁判長は、「被害者の衣類などから被告のDNAが検出されており事実誤認はない」として、一審の無期懲役を支持した。 |
備 考 | 2007年11月5日、福岡地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年11月11日、被告側上告棄却、確定。 |
岩見昇(35)/島嵜哲也(44)/加藤健二(37) | |
2006年6月2日 | |
1名 | |
強盗殺人、死体遺棄 | |
岐阜市の元風俗店店長岩見昇被告、従業員の島嵜哲也被告、加藤健二被告、K被告、I被告、S被告は、経営者の男性(当時33)による待遇に不満を持ち、風俗店の経営などを乗っ取ろうと計画。2005年5月5日、同店事務所で男性の頭などを金属バットや手で何度も殴って殺害し、男性が身に着けていた現金約40万円や店の売上金約69万円を奪うなどした。その後、遺体をビニールシートに包み、岐阜県恵那市の山中に埋めた。 主犯は島嵜、岩見両被告。島嵜、加藤健二両被告が殺害を実行し、他の4人は見張りなどをしていた。殺害後は岩見被告が店を実質経営していた。 遺体は2006年4月23日に発見された。 | |
岐阜地裁 田邊三保子裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年3月28日 無期懲役 | |
2007年6月21日の初公判における罪状認否で、S被告は「見張りをしていただけ」として事件への関与を否認、ほかの5人は殺人と死体遺棄については認めたものの「私利私欲が目的ではなかった」と強盗目的を否認した。 2008年2月1日の論告求刑で、検察側は「供述から、強盗の犯意があったと認められる」「店の乗っ取りを謀った計画的な犯行」と指摘。島嵜被告について「実行犯で中心的、主導的な立場。最も責任が重い」と指摘。加藤健二被告には「金目当てで殺害行為に加担するなど必要不可欠な存在」、岩見被告には「計画を立案し、最も多額の約290万円を不当に得た」とした。ほかの3被告には「従属的で酌量もやむを得ない」と述べた。 3月10日までの最終弁論で弁護側は、店の営業が犯行後も1年以上続いたことについて「営業継続は犯行の隠ぺい目的」とし、経営の乗っ取り目的を否定。備品や売上金、所持金についても「事前に利益の分配について話し合った事実はなく、強盗の共謀はなかった」と反論した。自白調書については「6人の供述が一致していることは不自然」と述べた。S被告については、あらためて死体遺棄罪での無罪を訴えた 判決で田邊裁判長は「備品を奪い、売上金の返還を免れるという認識があった」「殺害後、風俗店に設置されていた備品を継続して利用し、売上金のうち少なくとも69万円が店の運営や従業員の給料の支払いに使われた」と指摘。こうした行為が利益取得になると認定し、強盗殺人罪が成立するとした。「動機はそれぞれ異なるものの酌量の余地はなく、極めて強固な殺害意思に基づく計画的犯行」などと判決理由を述べた。死体遺棄罪での無罪を訴えたS被告の主張については「死体遺棄が事前共謀された話し合いに参加しており、実行行為に関与したのは明らか」と退けた。 | |
K被告は懲役26年(求刑懲役30年)、I被告は懲役26年(求刑懲役30年)、S被告は懲役25年(求刑懲役27年)が言い渡された。 6被告とも控訴した。2009年3月9日、名古屋高裁で被告側控訴棄却。 |
狩野明男(52) | |
2003年10月9日(窃盗・窃盗未遂容疑) | |
1名 | |
強盗殺人、窃盗他 | |
京都市山科区音羽の住宅リフォーム会社社長、狩野明男被告は、2002年10月31日午後8時から翌朝までの間に、宇治市の自宅にいた会社員の男性(当時52)を殺害、キャッシュカードや現金10数万円を奪った。さらに預金口座から現金約300万円を引きだした。 遺体は見つかっておらず、殺害方法も特定されていない。 | |
最高裁第二小法廷 古田佑紀裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年4月15日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
狩野被告は逮捕当時から強盗殺人について否認。上告審でも被告側は一・二審同様無罪を主張した。 弁護側は、京都府警が2002年、金融機関の防犯ビデオに映った男が狩野被告かどうかを確認するため、路上を歩いたりパチンコ店で遊んだりする姿を隠し撮りしたほか、狩野被告が出したゴミから防犯ビデオの男の着衣と似た上着や腕時計を押収した点を「十分嫌疑がない中での違法捜査」と主張した。 しかし古田裁判長は「犯人と疑う合理的理由があった」と指摘した上で(1)撮影場所は公道やパチンコ店など他人に姿を見られる場所だった(2)ごみ出しにより衣服の占有を放棄した-との初判断を示し、捜査を適法とした。 | |
2006年5月12日、京都地裁で一審無期懲役判決。2007年3月28日、大阪高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 西元正治(31) |
逮 捕 | 2007年1月11日 |
殺害人数 | 3名 |
罪 状 | 殺人、銃刀法※違反 |
鳥取県境港市の会社員西元正治被告と、同僚のH被告、米子市の解体業K被告は、米子市の路上でK被告が山口組暴力団組員3人(当時40、45、40)からあいさつの仕方を巡って暴行を受けたことに激高。米子市のスナックで2007年1月11日午後10時30分頃、組員3人と乱闘になり、西元被告が自分の車に積んでいたマグロ解体用の包丁を使って、組員3人の背中や胸などを刺して殺害した。H被告も護身用の警棒で暴力団員の頭部を殴った。 | |
裁判所 | 鳥取地裁 小倉哲浩裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年4月16日 無期懲役 |
裁判焦点 |
公判前整理手続きを採用。 2007年10月31日の初公判で、西元被告は正当防衛による無罪を主張、他の2被告は殺人罪を否認した。 弁護側は、西元被告が組員に焼酎の空き瓶で顔面を殴られ、割れた破片を組員が持っているのを見たときに「殺される」と思って殺意を抱き、護身用に持っていた包丁で刺し殺したと主張。入店前に殺意は持っておらず、とっさの判断で包丁を振り回したのは正当防衛で無罪だと主張した。 西元被告と共謀したとされるH被告は鉄製の特殊警棒で組員を殴ったことは認めたが、共謀の事実と殺意については否認し傷害致死罪の範囲と主張。K被告は事件前に組員に暴行を受けたことが納得できず、話し合うため現場へ行ったので共謀の事実も殺意もなく無罪と主張した。 西元被告らは供述調書の作成の過程で捜査機関側の誘導があったと主張。しかし小倉裁判長は、供述調書は証拠能力があり、任意性が認められるとして証拠採用した。 2008年2月20日の論告求刑で、検察側は「確信的な殺意で3人を殺害した。犯行は執拗で残虐、一定の計画性もみられる」とした。H被告の特殊警棒には殺傷力があるとして、頭を強打したことに「死んでもかまわない」とする意思を認めた。K被告も同様の意思があったとした。西元被告が主張している正当防衛に対しては「けんかになることを覚悟して包丁を持っていたので、正当防衛に必要な急迫性がない」と主張した。 同日の最終弁論で、弁護側は「残りの二人に包丁を持っていることを伝えず共謀はない」(西元被告)、「死因は刺し傷で、殴打と死亡の関係はない」(H被告)、「相手の攻撃から逃れようとしていただけ」(K被告)などと述べた。また、「西元被告は話し合いのためスナックに行ったが、身の危険を感じ刺した正当防衛」として無罪を主張した。 判決で小倉裁判長は、西元被告が隠し持っていたマグロ解体用包丁について「高度の殺傷能力を有する」と指摘し、「(組員からの)激しい攻撃を予期していた」と認定した。入店時に殺意はなかったと認めたが、組員らと向かい合っていた刺殺直前の状況を「正当防衛として保護すべき緊急状態にはなかった」とした。そして「3人の命を奪う、残虐でせい惨極まりない犯行だ」と断じた。 小倉裁判長は供述調書を証拠として採用したものの、判決では3被告の殺意に関する供述調書について「3被告の殺意についての供述は一貫しておらず、核心部分の裏付けが十分でない。迫真性があるなどの事情を過度に重視して調書を主な証拠とすると、判断を誤る恐れがある」と批判し、H、K両被告の殺意は認めなかった。西元被告の殺意も「入店時にはなかった」とした。 |
備 考 |
H被告(求刑懲役30年)とK被告(求刑懲役25年)については「殺意は認められない」として殺人罪を退け、ともに傷害致死罪の共謀を適用し懲役10年を言い渡した。両被告は控訴せず確定。 被告側は控訴した。2009年2月17日、広島高裁松江支部で被告側控訴棄却。2009年12月7日、被告側上告棄却、確定。 |
池田健二(44) | |
2006年2月13日 | |
0名 | |
住居侵入、強盗強姦、わいせつ誘拐、強姦致傷、窃盗、強姦、強姦未遂、強盗強姦未遂 | |
大阪市の金融業池田健二被告は2001年6月から、2006年2月に奈良県警に逮捕されるまで、京都、大阪、兵庫、奈良の4府県で当時10~34歳の28人の女性を襲った。マンションの部屋に侵入、刃物を突きつけて女性を乱暴し金品を奪うといった手口のほか、ガスの点検を装って玄関から入ったり、通学路にわざと財布を落として拾った女子中学生に「金が減っている。交番に行こか」とうそを言って車に連れ込んだりした。強奪は計約80万円相当である。 強盗強姦関係の内訳は以下である。
| |
大阪地裁 秋山敬裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年4月16日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
2006年4月28日、奈良地裁(奥田哲也裁判長)で開かれた初公判で、池田被告は起訴事実を認めた。その後、大阪地裁に移送。6月30日の第2回公判における検察側冒頭陳述で、池田被告が過去にも強姦致傷罪で逮捕され、有罪判決を受けていたと指摘。その後、女性に乱暴した後、写真を撮って脅す手口の犯行を繰り返していた男(無期懲役確定)の新聞記事を読み、手口を模倣したことを明らかにした。 被告人質問で池田被告は、カウンセリングを受け、自分の存在を性犯罪の防止に生かしたいとも述べた。 秋山裁判長は判決理由で、被害者に小学生も含まれていることに触れ、「女児が幼い心に受けた傷の深さは計り知れない」と強調。過去にも強盗致傷罪などで2回の実刑判決を受けており、「この種の犯罪の常習性は顕著で、規範意識は鈍麻しきっている」と断罪、「性的欲望を満たそうと犯行を繰り返し、ヤミ金融経営に困窮して金品も奪おうと考えた。被害者の心情をまったく考えず、あまりに身勝手。酌量の余地はまったくない」「他に類例を見いだし難いまれにみる悪質重大事件だ」と断じた。 | |
池田被告は強姦致傷罪でこれまでに2回服役。今回立件された犯行期間中の2004年4月には住居侵入容疑で逮捕され、罰金刑を受けていた。 池田被告は、判決前に収監先の大阪拘置所で産経新聞の取材に応じ、「無期判決でも異論はない。自分がなぜこうなってしまったのか分からない。一生をかけて刑務所で償いたい」と話している。 被告側は控訴した。 |
氏 名 | 堀口光一(58) |
逮 捕 | 2007年8月4日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 殺人、殺人未遂、銃刀法※違反他 |
群馬県高崎市の無職堀口光一被告は愛想を尽かし逃げ出した妻(当時57)の居場所を教えない妻の元夫の男性(当時57)と、妻と元夫の間の娘(当時26)を逆恨みし、殺害を計画。2007年7月29日午後6時55分頃、高崎市の男性方に押しかけ、玄関先で応対した男性の胸や腹などをナイフで数ヶ所刺してナイフで胸などを数回刺し殺害した。娘も殺害しようとしたが、未遂に終わった。 堀口被告は事件後乗用車で逃走。同市内の路上に車を止め、手首を切って自殺を図り、同7時ごろ、意識不明の状態で警察官に発見された。搬送先の病院で意識を取り戻し、8月4日日に退院したため高崎署が逮捕した。 | |
裁判所 | 前橋地裁高崎支部 高野芳久裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年4月18日 無期懲役 |
裁判焦点 | 高野裁判長は、「妻をかくまっているとして男性らに執拗に妻との面会を求め、その希望が果たせないとなるや男性を殺害するなど、余りに短絡的かつ自己中心的で、理不尽な犯行。残虐で人命軽視も甚だしい。動機に酌量の余地はない」などとした。 |
備 考 | 被告側は控訴した。 |
和泉フヂヲ(59) | |
2005年12月21日 | |
1名 | |
強制わいせつ致死、殺人 | |
無職和泉フヂヲ被告(当時57)は2005年12月9日午後11時ごろから翌日午前1時ごろにかけ、高知市のアパート自室で同市で居酒屋を経営する女性(当時70)にわいせつな行為をした上、首を絞めて殺害した。 被害者の女性は和泉被告を子どものころから知っており、仕事を紹介したり、金に困ったときは数万円を貸すなど親切に接しており、和泉被告はかねてから女性に好意を抱いていた。和泉被告は当日、女性が経営する居酒屋で飲んだ後、二人で別のスナックに移動。和泉被告は言葉巧みに自宅に連れ込んでいた。 和泉被告は犯行後北海道まで逃走。高知南署は12日、殺人容疑で指名手配。21日朝、青森県内で逮捕された。 | |
最高裁第三小法廷 堀籠幸男裁判長 | |
死刑 | |
2008年4月21日 無期懲役(検察・被告側上告棄却、確定) 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
量刑不当を理由に検察・被告側が上告。 堀籠裁判長は「常習性があり、死刑も十分考慮に値するが、謝罪の気持ちも表明した。殺害は計画的でなく、死刑でなければ著しく正義に反するとまでは認められない」と決定で述べた。 | |
和泉被告は1973年に高知市内で顔見知りのホステスに「接客対応が悪い」と因縁をつけて顔を殴った傷害の現行犯で逮捕された。さらに1978年10月には高知市内の自宅を訪れた女性(当時39)の首を閉めるなどした強姦致傷事件を起こし、服役した。仮出所してわずか1ヶ月後の1981年5月、高知市内で知り合ったホステスの女性(当時40)を自宅に連れ込んで暴行した上、首を絞めて殺害。懲役12年の刑を受けて服役した。出所後の1997年、高知市内で女性を暴行、首を絞めて怪我を負わす事件を起こし懲役6年の実刑判決を受け、2003年11月に出所していた。服役歴は合計で20年になる。 他にも数回暴行事件を起こし、いずれも示談で済ませている。 2006年9月13日、高知地裁で一審無期懲役判決。2007年4月17日、高松高裁で検察・被告側控訴棄却。 |
伊藤金男(51)/李勇(30) | |
2006年6月27日 | |
0名 | |
身代金目的拐取、監禁致傷、銃刀法※違反(加重所持)、強盗致傷、強盗未遂、強盗 | |
住所不定無職伊藤金男被告と中国籍の無職李勇(リ・ユン)被告は、韓国籍の電気工S元被告と共謀。 2006年6月26日午後0時25分頃、東京都渋谷区の美容外科医(当時48)宅付近で、バスを待っていた長女(当時22)をワゴン車に押し込み誘拐。「おとなしくしないと命はない」と脅して川崎市内のマンションなどに監禁し、9日間のけがをさせた。また母親の美容外科医に計14回電話して「我々は世界の人が集まった集団でヤクザもいる。警察に言えばすぐ殺しますよ」と脅して身代金3億円を要求した。 連れ去りを目撃した女性が、車のナンバーを控え、交番に届け出た。警視庁は、目撃されたナンバーをもとに、約4時間半後に川崎市内でレンタカーの車を発見し、追跡。午後7時過ぎには男らが同市中原区のコンビニで食料品を買う様子などを確認した。男らがコンビニの後に立ち寄った同区内のマンションに長女が監禁されているとみた。27日午前0時40分ごろ、JR川崎駅近くでレンタカーに乗っていたS、李の両被告の身柄を確保した。 また伊藤被告と李被告はY被告が率いる強盗団に入っており、2006年2~4月には千葉、埼玉、静岡各県で計4回、パチンコ店の現金輸送車を襲うなどして計約3,000万円を強奪し、警備員3人にけがを負わせた。詳細は以下。
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最高裁第二小法廷 今井功裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年4月22日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
被告側は、無期懲役が残虐な刑罰に当たるとして違憲であると主張。 今井裁判長は、判例により残虐な刑罰に当たらないと退けた。 | |
誘拐事件で運転役を務めたS元被告は2006年12月11日、東京地裁で懲役10年(求刑懲役15年)が言い渡され、そのまま確定している。 Y被告は宮城刑務所に服役していた時代の仲間を中心に強盗団を結成して犯行を重ねており、伊藤被告、李被告もメンバーだった。2005年5月~2006年3月の7件の強盗傷害で起訴され、2007年3月15日、千葉地裁で懲役24年(求刑懲役30年)が言い渡されて、控訴した。他のメンバーもそれぞれ実刑判決を受けている。 2007年7月4日、東京地裁で一審無期懲役判決。2007年12月26日、東京高裁で被告側控訴棄却。 |
小沢武士(26) | |
2007年8月2日 | |
1名 | |
強盗殺人他 | |
東京都瑞穂町の会社員小沢武士被告は、福生市にある常連のスナックで2007年8月1日午前6時30分ごろ、スナック経営者の女性(当時49)の両手を後ろ手に粘着テープで縛るなどしてトイレに連れ込み、台所から持ち出した洋包丁で背中などを突き刺して殺害し、小物ケースなどから現金計約8,000円を奪った。 | |
東京地裁八王子支部 小原春夫裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年4月22日 無期懲役 | |
逮捕当時、小沢被告は「飲み代6万円のつけを早く返すよう言われた際、『あんたの親の顔が見てみたい』となじられたので逆上した」と述べている。 3月17日の論告求刑で検察側は、給料をパチスロなどで浪費した小沢被告が、借金の返済や生活費の金策に困り、売上金を奪うためにスナックを訪れたと指摘。「人命を無視した極めて悪質、非道な犯行」と述べた。 同日の最終弁論で弁護側は、小沢被告が女性を殺害したのは「警察を呼ぶ」と言われたからで、現金を取ろうと思ったのは殺害後だったとして、殺人罪と窃盗罪が成立すると主張し、有期の懲役刑を求めた。 尾原裁判長は、弁護側の強盗否認を「未払い金をめぐる被害者とのやり取りをきっかけに強盗を実行し、後戻りできなくなったとして殺害を決意した」「(強盗を認めた)捜査段階の自白は信用できる」と退けた。そして「身勝手で利欲的な動機に酌量の余地はない」とした。 | |
被告側は控訴した。 |
金平和(44) | |
2006年6月30日(4月の大阪市内の事件で逮捕) | |
0名 | |
強盗強姦、強盗致傷、逮捕監禁他 | |
大阪市浪速区の在日韓国人で無職金平和被告は2006年4月14日夜、大阪市内のワンルームマンションのベランダから侵入。この部屋に住む女性を縛るなどして大型の旅行かばんに押し込み、車で自室まで運んで監禁し、6万円やキャッシュカードを奪うなどした。また5月5日夜にも同市内の女性宅に侵入。女性にスタンガンを突き付けて脅し、粘着テープで目隠しして背負って連れ去り、自宅に6日間監禁し、9万円とキャッシュカードを奪うなどした。 9月8日の初公判後、5月20日、神戸市中央区の女性(22)宅に押し入り、スタンガンで脅すなどして暴行。9万円とキャッシュカードを奪い、約208万円を引き出した容疑で10月13日に逮捕された。 2007年1月には、1998年11月18日夜に神戸市中央区のマンションで、20歳代の女性の部屋に無施錠の窓から侵入し、帰宅した女性に刃物を突きつけ、「金を出せ」などと脅迫。現金16,000円と下着を奪って乱暴した疑いで逮捕された。他にも同様の手口で1999年7月~2000年8月の強盗強姦事件3件における慰留物のDNA方が一致したため、逮捕された。 合計で金被告は1999年8月~2006年5月まで、神戸、大阪両市内で一人暮らしの女性が住むマンションに侵入し、刃物で脅して乱暴したり、現金を奪ったりし、計11人に対する強姦を含む計21人に対する強盗、強姦罪などで、2007年12月18日に最終送検された。被害総額は現金など計約560万円相当となる。 | |
神戸地裁 岡田信裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年4月22日 無期懲役 | |
2006年9月8日の初公判で、金被告は起訴事実を全面的に認めた。検察側は冒頭陳述で、金被告が継続的な性的暴行やキャッシュカードで現金を引き出すため、カバンや車を使って女性を拉致したと指摘。さらに、自身が人身売買グループに関与しているかのようにほのめかし「逆らえば海外に売り飛ばす」と脅していたことを明らかにした。 その後の公判で金被告は、「部屋に入る前には強姦しようとは思っていなかった」と一部の事件における起訴事実を一部否認した。 2008年3月10日の論告求刑で検察側は、「凶悪な犯行で、被害者の恐怖は筆舌尽くしがたい」などと無期懲役を求刑。同日の最終弁論で弁護側は「(起訴事実の)一部は自首にあたる」として有期懲役を求めた。 岡田裁判長は「手袋やガムテープを準備するなど犯行前に入念な下見をした」と計画性や、金品目的の犯行が増幅した経緯を指摘。「被害者の肉体的、精神的苦痛は想像を絶し、筆舌に尽くしがたい」「被害者の人格を無視した卑劣極まりない犯行で、自己中心的な動機に酌量の余地はない」と述べた。 | |
被告側は控訴した。 |
氏 名 | 寺本悟(28) |
逮 捕 | 2007年4月3日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人他 |
事件概要 |
高知県いの町の無職寺本悟被告は当時の妻から離婚を持ちかけられており、妻の両親に借りていた約200万円を返すことで離婚を思いとどまってもらおうと計画。2007年1月21日午後9時ごろ、高知市福井町に住む占師の女性(当時58)方を訪れ、借金を申し込んだが、断られた。そのため、乗り付けた車にあったナイフを持ち出し、午後11時40分ごろ、女性方の1階居間で、女性の頭や首などをナイフで突き刺して殺害し、現金約230万円の入った財布を奪うなどした。 寺本被告は2006年6月、当時勤務していた鉄工所の仕事を通じ、女性と顔見知りとなっており、以前に約15万円をもらったことがあった。 |
裁判所 | 最高裁第二小法廷 今井功裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年4月22日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) |
裁判焦点 | 小法廷は「上告理由に当たらない」と決定で述べた。 |
備 考 | 2007年9月26日、高知地裁で一審無期懲役判決。2008年1月29日、高松高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 徳田治(47) |
逮 捕 | 2007年8月20日(8月31日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、窃盗、詐欺未遂、住居侵入他 |
無職徳田治被告は2007年7月17日未明、長野県安曇野市の県営アパートに住む無職女性(当時87)方に侵入。石で女性の頭を殴って殺害し、現金52000円の入った財布を奪った。徳田被告は県営アパートの近くに住んでいた。 また徳田被告は同日、住んでいたアパート自室の隣室に侵入。財布や通帳など約40点(約6500円相当)を盗み、近くの飲食店でも3点(約2000円相当)を盗んだ。また、女性を殺害した後の同日、盗んだ通帳を使って、松本市内の銀行窓口で現金を払い戻そうとしたが、喪失届が提出されていたため、未遂に終わった。 徳田被告は犯行後、列車を乗り継いで仙台市へ逃走。20日朝、仙台市のアパートに侵入し、現金1万円を奪うなどした。同日、住居侵入容疑で宮崎県警仙台東署に逮捕された。 徳田被告はパチンコなどで消費者金融に借金が215万円あった。事件4日前の13日、人材派遣会社から給料約8万円を受け取ったが、その日のうちにパチンコで使い果たし、食費などを得るために空き巣を決意した。 | |
裁判所 | 長野地裁松本支部 荒川英明裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年4月30日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2007年11月26日の初公判で、徳田被告は起訴事実を全て認めた。 3月25日の論告で検察側は、給料すべてをパチンコに使った結果、金ほしさに犯行に及んだとした。逮捕後に勤務先から受け取った約7万円の給料も被害弁償にあてず、公判でもまともな謝罪の言葉を口にしていないとして「更正は極めて困難」とした。そして「犯罪傾向が強く、規範意識が欠如している」「遊ぶ金ほしさの動機に酌量の余地はなく、高齢女性の頭部を繰り返し石で殴るなど、一片の人間性も見いだせない」「犯行は残虐かつ冷酷非道の極み」と指弾した。 同日、殺害された女性の長女が意見陳述し、「(徳田被告は)大切な母を殺しながら、反省が全くない。極刑にしてほしい」と心境を述べた。 弁護側は同日の最終弁論で「徳田被告は当初、死刑は当然として弁護人との接見も断った。『自分にできるのは臓器提供ぐらいだ』と話している」と述べ、寛大な処分を求めた。 荒川裁判長は「利欲的な動機に酌量の余地は全くない」と求刑通り無期懲役を言い渡した。さらに「刑法では仮釈放が認められているが、特段の事情が認められない限り、終生矯正施設に置くことが相当だ」との異例の所感を付け加えた。 |
備 考 |
公判中、徳田被告はしばしば笑みを浮かべ、荒川裁判長から「なぜ笑っているのか」と問いただされる場面もあった。 有識者らでつくる地方更生保護委員会の判断で仮釈放となる可能性がある。法務省保護局は毎日新聞の取材に「裁判官の意見は材料の一つになる」と述べた。 被告側は控訴した。2008年10月8日、東京高裁で被告側控訴棄却。2009年1月19日、被告側上告棄却、確定。 |
金相浩(48) | |
2007年1月9日(殺人と住居侵入の容疑。韓国で身柄拘束。日韓犯罪人引き渡し条約に基づき逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人 | |
韓国籍の金相浩(キムサンホ)被告は2004年4月10日から11日にかけて、東京都品川区にあるパチンコ景品交換所に侵入して金を奪うため、2階で住んでいたホテル従業員の女性(当時69)方に侵入。女性の首をストッキングで絞めて殺害した。その後、畳や床板をはがして1階に侵入しようとした。金被告は2003年4月まで、このパチンコ店の従業員だった。 金被告は犯行後に韓国に出国。遺留品のドライバーに付着した生体資料をDNA鑑定したところ、金被告の肉親のDNA型と一致したため2006年1月19日に殺人容疑で逮捕状が請求され、国際手配された。9月下旬、韓国・京畿道で警察官の職務質問を受け、本人と判明したため身柄拘束された。ソウル高裁は、11月23日付で、日韓犯罪人引き渡し条約に基づき、身柄引き渡しを認めた。警視庁組織犯罪対策2課は2007年1月8日に捜査員を韓国に派遣。金被告は日韓犯罪人引き渡し条約に基づき、9日午前、韓国・金浦空港で警視庁の捜査員に引き渡され、羽田空港行きの航空機内で逮捕状を執行された。 | |
東京高裁 池田耕平裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年5月12日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
池田裁判長は、金被告がアパート2階の女性方の床板を外し、直下の1階にあるパチンコ景品交換所への侵入路を作っていたことなどから、「景品交換所への強盗目的だったことは明らか」と指摘。「そのために2階に住む女性を殺害した」として、強盗殺人罪の成立を認定した一審判決を支持した。 | |
金被告は事件の1年前、2003年4月には、窃盗事件で神奈川県警に任意同行を求められた際、交換所や女性の部屋に立てこもる事件を起こしていた。金被告は立てこもった際に交換所から約1700万円を盗んだとして窃盗などの罪で起訴され、有罪判決を受け国外退去処分となったが、日本に戻ってきていた。 2007年10月29日、東京地裁で無期懲役判決。被告側は上告した。2008年10月20日、被告側上告棄却、確定。 |
M・K(60)/U・S(61) | |
2006年5月12日 | |
0名 | |
覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)、関税法違反他 | |
(以下は起訴事実である) 指定暴力団極東会系組長M・K被告と、韓国籍のU・S被告は、2002年6月と10月、北朝鮮の貨物船から日本海に投下された覚醒剤約230キロを漁船で回収して密輸入した。同年11月には同じ手口で覚醒剤約240キロを密輸入しようとしたが、悪天候のため回収を断念した。投下された覚せい剤は、鳥取県の海岸に流れ着いた。 M被告は密輸された覚醒剤を、暴力団最高顧問福島敦紀被告を通して暴力団関係者に売りさばいた。 | |
東京地裁 角田正紀裁判長 | |
無期懲役 罰金1,000万円、追徴金9億6,175万円 | |
2008年5月14日 無期懲役 罰金1,000万円、追徴金9億6,175万円 | |
2006年10月27日の初公判で、検察側は冒頭陳述で「平成13年12月、海上保安庁の巡視船に追跡され、鹿児島沖で自爆した北朝鮮の工作船にも覚醒剤を積んでいた」と指摘した。罪状認否でM、U両被告は「まったく関与していない」と起訴事実を否認し無罪を主張した。 公判で検察側は、2001年12月に鹿児島県沖で海上保安庁の巡視船の追跡を受け、銃撃戦の末、自爆・自沈した北朝鮮工作船についてもM被告らが覚醒剤を積んでいたと指摘した。 検察側は2007年12月21日の論告求刑で、「事件の首謀者で重要な役割を果たした」と断じた。M被告について「北朝鮮からの密輸を持ちかけ、資金を提供した」と指摘。U被告については「北朝鮮側との連絡・交渉役として不可欠だった」と述べた。 2008年3月26日?の最終弁論で、両被告はまったく関与していないと無罪を主張した。 判決で角田裁判長は、M被告が「大規模な組織的犯行の首謀者」だったと認定。U被告についても北朝鮮側との連絡役として「必要不可欠な役割を果たした」と述べ、「暴力団などの資金源となったことは明らかで、刑事責任は同等にきわめて重い」と断じた。そして「高度に組織化された集団による計画的で大規模な犯行。国内に多量の違法薬物を拡散させ、暴力団の資金源になったことは明らか。このような行為には厳しい態度で臨む必要がある」と指摘した。 両被告の無罪主張に対しては、U被告が覚醒剤を密輸した北朝鮮貨物船に乗船していたことや、U被告とM被告が個人的に親しかったことなどを認定。その上で、事件の主犯格の1人として、福島元被告の「U被告が北朝鮮側との連絡役、M被告が資金提供役だった」という供述の信用性を認めた。 | |
福島敦紀被告は2007年3月14日、東京地裁で無期懲役、罰金1,000万円、追徴金9億6,200万円判決。控訴中の2008年2月18日~25日までの期間で、病気の治療を理由に拘置執行停止の決定を受け、千葉県鎌ヶ谷市の病院に入院した。22日、さらに治療が必要との理由で27日までの拘置執行停止の延長が決定されていた。しかし24日午後9時ごろには、入院先の病室から姿を消して逃亡。3月12日から福岡市内の病院に入院したが、3日後に病死した。東京高検は福島被告の死亡を受けて、東京高裁に公訴棄却を申し立て、東京高裁(池田耕平裁判長)は21日付で公訴棄却を決定した。 密輸の実行犯である遊漁船業、G被告は2007年3月13日、東京地裁で懲役13年、罰金500万円、追徴金約9億6,600万円、覚せい剤約236キロ没収の判決。その他、3人が起訴されて有罪判決が出されている。 被告側は控訴した。2012年12月14日、東京高裁で一審破棄、無罪判決。上告せず確定。 |
氏 名 | 渡辺ノリ子(50) |
逮 捕 | 2004年12月16日 |
殺害人数 | 0名(死者3名) |
罪 状 | 現住建造物等放火、現住建造物等放火未遂、窃盗、建造物侵入、建造物損壊 |
事件概要 |
さいたま市の無職渡辺ノリ子被告は、交際していた男性との関係が破たんしたうっぷんを晴らし、騒ぎに乗じて商品を盗み出そうと放火。以下の事件を起こした。
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裁判所 | 東京高裁 永井敏雄裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年5月15日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
2008年2月21日の控訴審初公判で、弁護側は「被告の脳の一部に委縮がみられることが、一審の精神鑑定で分かった。認知症の1つで、性格の変化や異常行動を特徴とする『ピック病』の疑いがある」と述べ、責任能力を中心に争う方針を明らかにした。渡辺被告は、放火したかどうか尋ねる弁護人の被告人質問に「やっていない」「分かりません」と繰り返したが、「犠牲者が出たことで感じることは」と聴かれると「おわびしたい」と話した。 判決で永井裁判長は「火を付けるティッシュペーパーなどを準備し、放火の場所を選ぶなど状況を的確に把握している」「一審での精神鑑定は信用でき、渡辺被告が心神喪失や心神耗弱だった疑いはない」として、完全責任能力があったと判断した。その上で、永井裁判長は、犯行動機を「当時の交際相手と会えないのにいらだち、その鬱憤をはらすためだった」と指摘。「動機に酌むべきものはない」と断じた。一方、ドン・キホーテ浦和花月店については「防火体制に問題がないわけではなかった」と述べた。 渡辺被告は判決読み上げ中に「やってません」などと繰り返し発言した。 |
備 考 | 2007年3月23日、さいたま地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年11月17日、被告側上告棄却、確定。 |
茶野木崇(31) | |
2006年12月2日 | |
1名 | |
強盗殺人、死体遺棄、住居侵入 | |
広島県尾道市因島の無職茶野木崇被告は、2006年11月26日午前2時頃、隣に住む無職女性(当時90)の家に無施錠の勝手口から侵入。台所で金品を探していた際、3畳間のこたつに寝ていた女性が目を覚まし気づいたため、両手で首を絞め、窒息死させた後、財布に入っていた1万4000円やキャッシュカードなどを盗んだ。また死体を2畳間まで引きずり移動させ、押し入れに布団をかぶせて隠した。 女性は約20年前に夫と死別しており独り暮らし。親族によると、25日夜以降連絡が取れなくなったため、28日午前に女性宅を調べていた同署員が押し入れで遺体を発見した。 茶野木被告は3年ほど前、妻と娘とともに女性の隣に住み始めたが、その後離婚。経済的にも苦しくなり、家賃を女性が代わりに払うこともあり、女性が不満を漏らしていたという。 茶野木被告は金に困っており、事件の5日前から何も食べておらず、腹が減っていたため食べ物やお金を盗もうと思って侵入した。犯行後、女性方から奪ったクレジットカードなどを使い、三原市内で現金を引き出そうとしたが失敗していた。 | |
最高裁第一小法廷 横尾和子裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年5月19日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
量刑不当を訴えたか? | |
2007年8月8日、広島地裁で一審無期懲役判決。2008年1月17日、広島高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 深井輝昭(55) |
逮 捕 | 2007年10月11日(殺人、死体遺棄容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、死体遺棄 |
埼玉県蕨市の深井輝昭被告は2005年春から実兄が経営する工務店に働いていたが、賃金の支払いが滞っていた。2007年6月14日午前7時半頃、深井被告は兄(当時60)に「もうこなくていい」と言われたことに腹を立て、所沢市にある工務店の通路で、兄(当時60)の後頭部を木製バットで数回殴って殺害し、財布から現金2000円などを強奪。遺体を同店に隣接する雑木林に遺棄した。その後、7月下旬までに倉庫などから中古ミシンなど約24万円相当を奪った。 遺体は実兄の長男が7月29日に発見した。 | |
裁判所 | さいたま地裁 傳田喜久裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年5月22日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年4月22日の初公判で、深井被告は罪状認否で起訴事実を認めた。同日の被告人質問で、深井被告は「(兄が)孫の顔も見ないうちにこんなことになってしまい、本当に申し訳ない」と謝罪した。 5月12日の求刑論告で検察側は、同被告は借金に負われるなど金に困っていたとし「強盗殺人は計画的な犯行。木製バットでの殺害方法も執拗で残虐だ」と指摘。過去三度あった被告の解雇は不当ではなく、「無職の弟を雇用した兄は被告にすれば恩人。兄への反感は身勝手な考え」とした。 同日の最終弁論で弁護側は「計画的ではない」と主張。「兄の誘いで前の工務店を退職し兄の店に就職したのに、給料が十分に支払われず三度も不当解雇された。犯行当日に、兄から一方的に解雇を告げられ憤慨し、過去の不当解雇を思い出した」と述べ、有期の判決を望んだ。 傳田裁判長は「バットで殴った際、被害者のズボンのポケットから財布が見え、それを盗もうと考えた。殺害後には事務所から金目の物を盗む目的で鍵束を奪い、ミシンなどを奪って売却。遺体が発見されれば犯行が発覚すると考え、雑木林に遺体を捨てるなど、死者を冒涜している」と判決理由を述べた。そして、「金品を奪う目的で殺害した犯行動機は悪質で、酌量の余地はない」とした。 |
備 考 | 深井被告は「早く罪を償いたい」と話しており、弁護側は控訴しない方針。 |
中村泰(78) | |
2004年6月11日(現金輸送車襲撃事件。拳銃所持については、2004年2月12日に逮捕) | |
0名 | |
強盗殺人未遂、鉄砲刀剣類所持等取締法違反(発射、加重所持)、火薬類取締法違反 | |
無職中村泰(ひろし)被告は2001年10月5日午前10時25分ごろ、大阪市にある三井住友銀行都島支店(当時)駐車場で現金輸送車の警備員(当時53)に拳銃を発砲して左足に重傷を負わせ、500万円入りのジュラルミンケースを強奪した。また2003年8月、東京都新宿区内の保険会社貸金庫に拳銃10丁と実弾約1千発を隠し持っていた。 | |
最高裁第一小法廷 甲斐中辰夫裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年6月2日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
中村被告は量刑不当などを主張。第一小法廷は「上告理由に当たらない」と決定で述べた。 | |
中村被告は1997年11月22日に名古屋市西区のUFJ銀行(当時)で警備員2人に拳銃を発射し、1人の両足に1ヶ月の重傷を負わせたうえ、現金5000万円を奪ったが、もう1人の警備員に取り押さえられた。中村被告は強盗殺人未遂他で起訴され、2003年9月2日、名古屋地裁で懲役15年(求刑懲役20年)の判決。が、2004年3月15日、名古屋高裁は殺意を認めず、強盗致傷を適用したうえで一審を破棄し、改めて懲役15年を言い渡している【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)。2004年10月26日、最高裁第二小法廷で刑が確定した。 中村被告は東京大学在学中に窃盗事件を起こして中退。1956年11月23日、東京都武蔵野市の路上で銀行強盗に失敗して車中で寝ているところ、職務質問をしてきた警官(当時22)をピストルで4発撃って射殺した事件で無期懲役(求刑死刑)の判決を受け、服役。1976年3月に仮釈放、1986年に恩赦で執行が免除された。 2007年3月12日、大阪地裁で一審無期懲役判決。2007年12月26日、大阪高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 森永博人(34) |
逮 捕 | 2006年7月12日 |
殺害人数 | 0名 |
罪 状 | 強盗強姦、窃盗、わいせつ目的略取他 |
事件概要 | 名古屋市のトラック運転手森永博人被告は2005年2月~2006年5月、名古屋市や津島市、知多市に住む19~38歳の女性22人に対し、女性を縛ったり、写真を撮ったりして、強姦した。現金計約90万円を奪ったほか、銀行口座などから計約720万円を引き出した。 |
裁判所 | 名古屋地裁 近藤宏子裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年6月24日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年2月21日の初公判で、被告は「間違いありません」などと起訴事実を認めた。 4月30日の論告で検察側は、「事前に手袋や粘着テープを準備していた」と計画性を指摘。「被害女性に多大な恐怖感と屈辱感を与えた」「犯行は凶悪かつ悪質。被告の性癖を改善することは困難で、動機に酌量の余地はない」と述べた。弁護側は最終弁論で「被告は罪を認め、反省している」などとして有期刑を求めた。 森永被告は最後に「命が続く限り償っていきたい」と述べた。 近藤裁判長は「同種の事件の中でもまれに見る凶悪な犯行で、刑事責任はあまりにも重大」と指弾した。 |
備 考 | 控訴せず確定と思われる。 |
氏 名 | 高木節男(60) |
逮 捕 | 2007年11月4日(強盗殺人容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗致死、住居侵入 |
事件概要 |
栃木市の廃品回収業高木節男被告は、近くに住んでいた無職男性(当時88)が資産家であると知り、約20年前に千葉刑務所で知り合った愛知県瀬戸市の会社役員N被告に犯行計画を持ちかけた。事業に行き詰まっていたN被告は応じ、姉と交際していた名古屋市中川区の土木作業員S被告を誘った。 2007年9月17日午前11時過ぎ、N、S両被告は栃木市の無職男性(当時88)方に侵入。居間で、男性の頭に自転車のかごカバーと土嚢袋をかぶせ、粘着テープを巻き付け、体をいすにビニールひもでくくりつけ、窒息死させた。金品は発見できなかった。高木被告は実行役には加わらず、近くで待機していた。 |
裁判所 | 宇都宮地裁栃木支部 林正宏裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年6月26日 無期懲役 |
裁判焦点 |
3人は強盗殺人容疑で逮捕されたが、「殺すつもりはなかった」と殺意を否認。宇都宮地検栃木支部は強盗致死と住居侵入罪で、宇都宮地裁栃木支部に起訴した。 2008年2月21日の初公判で、3被告は「間違いありません」などと起訴事実を認めた。 5月1日の論告で検察側は、周到な準備を経て計画的に犯行を遂行したとする一方、「被害者宅に1億~1億5000万円はあるという無責任な会話から、家に何人いるか不明なまま『いたら縛るまでだ』と犯行に至った」とずさんさも指摘。「執拗かつ残虐で極めて悪質な犯行」「人命を犠牲にしてでも金を得たいという身勝手極まりない動機に酌量の余地はない」と断じた。高木被告について「どん欲とも言うべき金銭欲は染みついた体質と言え、犯罪性向は矯正不能なほどに根深い」と指弾。またN被告に対しても「人命を奪うことに対する規範意識は著しく低い」と指摘した。S被告については、「果たした役割は軽くない」としたが「従属的な立場にあった」と述べた。高木被告が直接犯行に加わっていない点について「再三、N被告に犯行を持ち掛けており、刑事責任はN被告と変わらない」とした。 弁護側は最終弁論で、男性が入れ歯をのどに詰まらせて窒息死したことを「(三被告にとって)予想外の事態だった」と強調し「殺すつもりはなかった」と主張し、情状酌量による寛大な判決を求めた。 判決理由で林裁判長は「犯行は用意周到、冷徹、凶悪な押し込み強盗で、自己中心的な動機に酌量の余地はない」「犯行態様は被害者を非人間的に扱う、極めて粗暴で非人道的なもの」と指摘した。林裁判長は高木被告を「共犯者間の中核となる首謀者」と認定した上、同被告が拳銃の密輸で服役歴があることを挙げ「犯罪性向は矯正が困難であるとも推測し得るほど根深い」と指摘した。N被告については、実行役として行った罪は重いとしながらも、被害者にかぶせた袋に切り込みを入れ呼吸できるようにしたことなどを挙げ「被害者の生命や身体の安全に配慮する態度を示していた」と述べ、S被告は「終始、従属的な立場」だったとした。 |
備 考 |
約20年前、高木被告は大麻密輸などの罪で、N被告は殺人罪で服役中だった。 同日、N被告は懲役30年(求刑無期懲役)判決。S被告は懲役24年(求刑懲役30年)判決。 3被告とも控訴した。2008年11月25日、東京高裁で3被告の控訴棄却。S被告は上告せず確定。2009年11月11日、高木被告、N被告の上告棄却、確定。 |
氏 名 | 牧野行雄(61) |
逮 捕 | 2007年9月11日 |
殺害人数 | 2名 |
罪 状 | 殺人 |
事件概要 |
茨城県水戸市の暴力団幹部牧野行雄被告は、2007年7月31日午後1時50分頃、自宅玄関先で同市に住む指定暴力団山口組系暴力団幹部の男性(当時33)の胸部と、石川県加賀市に住む無職男性(当時65)の右大腿部を刃物で刺して殺害した。 事件後、牧野被告は茨城町の実家で自殺を図って入院。回復を待って9月11日に逮捕した。 牧野被告と暴力団男性には土地絡みの金銭トラブルがあり、今年に入って男性は牧野被告方を訪れていた。 |
裁判所 | 水戸地裁 河村潤治裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年6月30日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年4月14日の初公判で、牧野被告は「殺意はなかった」と起訴事実を一部否認した。 冒頭陳述で検察側は「土地取引を巡るトラブルで憤まんが積もり、殺意を持っていきなり2人を刺した」と指摘。弁護側は「拉致、殺害されると信じ込んでいた。押し倒されて逃げるために刃物で刺した」と、正当防衛を主張した。 6月5日の論告で検察側は、牧野被告が土地を巡る争いで被害者らに憤まんの情を募らせ、自宅玄関の引き戸をあけてすぐに、持っていた刃渡り26cmの刃物で2人を襲ったと述べ、心臓を貫通した傷の状況などから「殺意は明確」と主張した。そして「被告は格下の被害者らに体面を傷つけられたことや、背後に強大な暴力団が控えていて精神的に追い詰められた」とし、「強固な殺意に基づく残酷で卑劣な犯行。暴力団特有の行動原理に基づく犯行動機で酌量の余地はない」と述べた。 同日の最終弁論で弁護側は「故意に殺す意思はなかった」と傷害致死罪を主張。刃物を持った牧野被告に組員が向かってきたため、拉致、殺害されると信じ込み、身を守るためにとっさに2人を刺したなどと反論。「殺意や計画性は当初からなく、犯行は被害者らに連れ去られることを恐れたためだった」と正当防衛を主張した。 河村裁判長は「いずれも殺意があった」と判断し、「暴力団独自の理論に基づく自己中心的な犯行」と指摘した。 |
備 考 | 被告側は控訴した。2008年11月26日、東京高裁で判決有り。結果不明。 |
木下和紀(33) | |
2006年10月16日 | |
1名 | |
強盗殺人、銃刀法※違反他 | |
福岡県那珂川町の無職木下和紀被告は2006年10月13日午前11時半ごろ、アパートの隣室に住む女性(当時69)に「米のとぎ方を教えてほしい」と声を掛けて自室に招き入れ、米をとぐ女性の背後からネクタイで首を絞めて窒息死させた。さらに、女性のバッグから現金19000円の入った財布を奪った。 木下被告は、母親とその内縁の夫と3人で暮らしており、定職にはつかず、時々、アルバイトをしていた。母親と内縁の夫は10月4日から親族の看病のために家を留守にしていた。木下被告は犯行後、同町や福岡市の空き家などで寝泊まりしていた。 また、木下被告は「(逮捕された日に)もう1人殺して金を奪うつもりだった」と供述しており、県警に身柄を拘束された時、包丁を所持していた。 女性は1998年3月にこのアパートに一人で入居し、年金暮らしだった。 | |
最高裁第一小法廷 泉徳治裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年6月30日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
量刑不当を訴えたか? | |
2007年10月22日、福岡地裁で一審無期懲役判決。2008年3月21日、福岡高裁で被告側控訴棄却。 |
竹崎幸博(53) | |
2007年3月26日 | |
1名 | |
強盗殺人 | |
熊本市のリース会社パート従業員竹崎幸博被告は2007年3月23日午後6時15分頃、同市のリース会社事務所で経営者の女性(当時59歳)の首をナイロンロープで絞めて殺害、現金約148万円などが入ったショルダーバッグを奪った。竹崎被告は同社に20年ほど勤めていた。 | |
最高裁第二小法廷 中川了滋裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年6月30日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
量刑不当を訴えたか? | |
2007年11月8日、熊本地裁で一審無期懲役判決。2008年3月27日、福岡高裁で被告側控訴棄却。 |
松本光司(59) | |
2006年8月24日(死体遺棄容疑。9月14日に強盗殺人容疑で再逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、詐欺、死体遺棄、窃盗、有印私文書偽造、同行使、強盗 | |
住所不定無職野崎隆元被告と横浜市の警備員松本光司被告は共謀して、2006年4月17日午後7時半ごろ、千葉県松戸市の無職男性(当時47)宅で、男性を包丁で脅してロープで緊縛、キャッシュカード入りの財布を強奪。脅して暗証番号を聞きだし、埼玉県内の遊技場の従業員を使って金を引きだした。さらに乗用車に乗せ、18日午前4時ごろ、茨城県取手市の利根川河川敷で男性の胸を包丁で刺して殺害し、同県鉾田市内の防砂林に埋めて遺棄した。二人は19日にもキャッシュカードから現金を引きだした。2日間で計520万円にのぼる。男性から借りていた550万円の支払いを免れる目的だった。 野崎元被告はリフォーム会社を経営しており、松本被告は会社に出入りしていた。男性宅をリフォームしたことから二人は男性と顔見知りであった。 野崎元被告と松本被告は6月27日午後4時50分頃、鉾田市の郵便局でカウンターにいた男性局長(当時50)と女性局員(当時41)を包丁と火炎瓶に見せかけたペットボトルで脅し、現金約112万円を強奪。局の出入り口付近で約90万円を落とし、残りの20万円余りを奪って車で逃げた。 野崎元被告は2006年5月16日、松戸市の60代の無職女性方で、女性に実体のない会社の株券を示し「株式を上場する予定で、確実に株価が上がる」などと偽り、60株分を売りつけて現金300万円をだまし取った。同被告は茨城、千葉両県で同様の詐欺を繰り返し、10人ほどから計約2000万円をだまし取ったとみられる。 | |
東京高裁 裁判長不明 | |
無期懲役 | |
2008年7月8日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
松本被告は一審で殺人を否認している。 | |
被害者の妹は白血病で、被害者より2005年12月に骨髄移植を受けていた。2006年春に再発し、医師は移植の効果を強めようと、ドナーだった被害者の血中のリンパ球を輸血する「ドナーリンパ球輸注」という新たな治療を計画。しかし被害者は輸血1週間前の2006年4月18日に殺害されたため、治療ができなくなった。妹は2006年10月、別のドナーから骨髄を再移植したが、元々成功率は20%と低く、2007年6月、急性骨髄性白血病で亡くなった。享年43。被害者の弟は、「被告らは兄に加え、妹を殺したも同然」と憤りを隠さず、厳刑を求めた。 2007年10月31日、千葉地裁で一審無期懲役判決。野崎隆元被告は上訴期間中に控訴取下げ、確定。被告側は上告した。2009年6月10日、被告側上告棄却、確定。 |
永岡秀明(37) | |
2007年11月19日(死体遺棄容疑。12月4日、強盗殺人容疑で再逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人、死体遺棄他 | |
香川県観音寺市のスナック経営真鍋泰光被告と、知人で丸亀市に住む暴力団組員永岡秀明被告は2007年11月1日午後9時頃、観音寺に住む無職女性(当時55)方で女性の頭をハンマーで数十回殴打して電気コードで首を絞めて殺害し、約1050万円とバッグ(12万相当)を奪った。その後、女性の遺体をシーツにくるんで乗用車に積み込み、観音寺市内の山中に遺棄した。 真鍋被告は、多額の借金を返済するため、スナックの客だった女性の財産に目を付け、生活費に困っていた永岡被告に犯行を持ちかけた。奪った金は折半した。 11月2日、連絡が取れないのを不審に思った女性の娘が室内で血痕を見つけた。捜査本部が交友関係を中心に捜査したところ、真鍋被告が浮上。真鍋被告の車から女性の血液が検出されたため、13日に逮捕した。その後の聞き込み捜査で、永岡被告が浮上した。 | |
高松地裁 菊池則明裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年7月17日 無期懲役 | |
2008年7月10日の初公判で、永岡被告は「殺人と死体遺棄は認めるが、強盗目的ではない」と起訴事実の一部を否認した。冒頭陳述で、検察側は「被告人は(所属する)暴力団に上納する金がなく、困っていたところ、真鍋被告に女性を殺して金を奪おうと持ちかけられた」と動機を指摘。弁護側は「真鍋被告から謝礼として約500万円を受け取ったが、奪った金とは知らなかった」と主張した。証人尋問で真鍋被告は「女性をハンマーで殴り殺したのは永岡被告。自分は強盗殺人の計画に加わっただけで、金は取っていない」などと述べた。 7月11日の公判で証人尋問が行われ、共犯の真鍋泰光被告が出廷。同被告は逮捕後、犯行を自白したが、起訴後の公判前整理手続きが始まると、強盗殺人は永岡被告1人の犯行として否認し、この日も「永岡被告が金の入ったバッグを持って出てきた」などと取り調べ時と異なる証言をした。 このため検察側は真鍋被告の供述調書を証拠請求した。 14日の公判で、検察側が証拠請求した永岡被告と真鍋泰光被告の検察側の取り調べを録画したDVD映像が証拠採用され、法廷で流された。検察側の取り調べ映像が証拠採用されたのは、高松地裁では初。映像は永岡被告と真鍋被告の2本。検察側が証拠請求した狙いは、永岡被告については、自白調書の任意性と信用性を、真鍋被告は、検察の取り調べ時と、法廷での証拠が食い違ったため、自白調書の信用性を立証するため。各被告と検察官が向かい合わせに座り、検察官が調書を読み上げたり、真鍋被告が「借金の返済があり、強盗殺人をやった」「殺して大金を奪おうと、永岡(被告)と事前に打ち合わせた」などと供述する様子が映し出された。一方、永岡被告は検察官に「金が欲しいと言い、それをもらうことも受諾したのか」と問われ、「そうや」と答えていた。 16日の論告で検察側は「強盗殺人の計画を知った上で殺害を実行し、奪った金の一部を受け取っており、強盗の共謀があったことは明らか」と指摘。「利欲的な動機に酌量の余地はなく、被害者をハンマーで25回以上殴るなど残虐で狡猾[こうかつ]な犯行」などと述べた。同日の最終弁論で弁護側は「被告の責任は重大。ただ、強盗は共犯の単独犯であり、盗品等無償譲り受け罪にあたる」と主張。法廷で永岡被告は「申し訳ないことをしました」と述べ、傍聴席にいた被害者の遺族に向かって約10秒間土下座した。 判決で菊池裁判長は「身勝手な動機に酌量の余地はない」とした。判決理由でDVDについて「捜査段階で真摯に供述していたことが推認される」などと指摘。被告や共犯の調書の信用性や任意性を認め「被告の公判供述は信用できない」とした。 | |
真鍋泰光被告は無罪を主張して分離公判。 被告側は控訴した。2008年12月25日、高松高裁で被告側控訴棄却。2009年7月23日、被告側上告棄却、確定。 |
斉藤賢一(45) | |
2005年12月15日 | |
1名 | |
強盗殺人他 | |
住所不定、無職斉藤賢一被告は、無職綿引達也元被告と共謀。2005年11月27日午前9時50分ごろ、土浦市のバッティングセンター事務所内で綿引元被告が従業員の男性(当時54)にナイフを突きつけて金を要求。抵抗されたため胸などを刺し、事務所にあった現金4万円を奪った。綿引受刑囚は同センター裏口近くに止めた乗用車で待機していた斉藤被告と逃げた。 | |
水戸地裁土浦支部 伊藤茂夫裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年7月18日 無期懲役 | |
斉藤被告は逮捕当初から犯行を否認した。 斉藤被告は2006年3月10日の初公判で「共謀もしていないし、強盗の見張り役もしていない」と無罪を主張した。 検察側は2008年2月29日の論告で、「被告自身は見張り役だが、本件の“黒幕”は実質、被告で共犯者に勝るとも劣るものではない。犯行態度も残忍で悪質、実行犯と同じく極めて重大」と指摘した。また「被告は金欲しさのため男に強盗話を持ちかけ、自分は店の常連で顔が知られているからと、男に実行させた」と指摘した。 弁護側は、金を奪おうと持ち掛けたのは綿引達也元被告の方で、斉藤被告は誘いを断っており、犯行について具体的なことを知らされていなかったと共謀を否定。「男は、斉藤被告を首謀者に仕立て上げ、自分の罪を軽くしようと責任転嫁の供述をした」と主張した。また、取り調べ中に自白の強要があったと改めて指摘した。斉藤被告は、最終陳述で「共謀した覚えは断じてない」と供述した。 伊藤裁判長は判決で、共犯者の証言を「具体的かつ詳細で迫真性があり、信用性が高い」と述べ、共謀を認定。犯行を発案、計画したのは斉藤被告で、「共犯者に繰り返し犯行を持ちかけた」と指摘。現場周辺での見張り役だった被告の役割について「実行犯と比べ軽いとは言えない」などと述べた。そして「不合理な弁解に終始し、反省がみられない」「事件の重大性、悪質性に照らせば被告に対し、酌量軽減する余地はない」とした。判決理由で伊藤裁判長は「被告は、窃盗や詐欺などの罪で6度も懲役刑に処せられ服役し、幾度も更正の機会を与えられていたが、出所後わずか3年余りで本件各犯行に及んだ」と指摘。さらに「自己の刑事責任を軽減するため不自然、不合理な弁解に終始、反省の態度がみられない」と断罪した。 | |
綿引達也元被告は、2007年2月2日、水戸地裁土浦支部で求刑通り無期懲役判決。2007年9月25日、最高裁で被告側上告棄却、確定。 被告側は控訴した。控訴審判決日不明。2009年6月22日、被告側上告棄却、確定。 |
吉田諭(60) | |
2006年11月7日(現行犯逮捕) | |
0名 | |
殺人未遂、監禁致傷、銃刀法※違反他 | |
熊本県城南町の塗装業吉田諭(さとし)被告は2006年11月7日午前6時40分ごろ、熊本市に住む元妻の女性(当時54)の自宅前で待ち伏せ。ゴミ出しに出てきた女性を無理やり、女性の軽乗用車に乗せ、約15km南の城南町にある自らの会社事務所に連行。付近の住民からの通報で、熊本県警熊本南署員が女性の自宅へ駆けつけたが遅かった。 吉田被告は事務所2階に立てこもり、女性のもも付近にガソリンをかけ、全治3日間の皮膚炎を負わせたほか、ガスバーナーを近づけ「お前を殺しておれも死ぬ」などと脅した。午前9時半頃、県警宇城(うき)署員4人が駆けつけたことを知った女性は2階の窓から逃走。吉田被告は女性や救出に来た宇城署員に散弾銃を数発発射。女性は両膝などを撃たれて重傷。女性を保護した巡査長も両太ももに重傷を負った。ほかに警部補がこめかみに軽傷、救急隊員1人が流れ弾に当たって足に軽傷を負った。また別の救急隊員2人が発砲に驚いて転倒し、軽い怪我をした。 吉田被告は家屋に立てこもったが、約1時間20分後に説得に応じて出てきたところを、殺人未遂の現行犯で逮捕された。 吉田被告は2006年2月に女性と離婚したが、その後も復縁を求めてつきまとい、女性が「元夫に暴力を振るわれている」と警察に相談するなどトラブルになっていた。 | |
福岡高裁 陶山博生裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年8月7日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
被告側は「殺意はなく事実誤認。刑も重過ぎる」として控訴。 判決理由で陶山裁判長は「至近距離での発砲や弾の威力などから、確定的な殺意があったのは明らか」と弁護側が否定していた殺意を認めた上で、「元妻の周囲にいた警察官らには構わず、至近距離から発射を繰り返し、執拗に元妻を殺害しようとした極めて反社会性の強い犯行だ」と指摘。「極めて反社会的な犯行で量刑が重過ぎるとは言えない」として量刑不当の主張も退けた。 | |
女性をかばって両足などに約100発の散弾を被弾し、身につけていた防弾チョッキにも多数の散弾を受けて重傷を負った宇城署の近藤弥亜(みつぐ)巡査部長は、2006年12月20日に県警では初めて警察庁長官功労章を受章。2007年3月12日には、県議会議長から感謝状が贈られた。このとき、近藤巡査部長の右太もも周辺に散弾の鉛が約20発残っていた。 2008年2月25日、熊本地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。 |
氏 名 | 米沢俊信(53) |
逮 捕 | 2008年1月28日 |
殺害人数 | 2名 |
罪 状 | 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火他 |
宮城県仙台市の無職米沢俊信被告は2008年1月28日午前7時30分頃、自宅で妻(当時45)の首をネクタイで絞めて殺害。さらに40分頃、1階洗面所で中学3年の二女(当時14)の首をネクタイで絞めて殺害した。その後、自宅2階で会社員の長男(当時21)に包丁で斬りかかり、怪我を負わせた。包丁が折れたため、果物ナイフで無職の長女(当時22)に襲いかかった。長女は窓から飛び降りて逃げた際、足を骨折した。その後、米沢被告は灯油をまいて自宅に放火し、木造一部2階建ての1階茶の間が約13平方メートルを焼いた。 米沢被告は空調設備業を営んでいたが、経営がうまくいかず数年前に廃業。その後、会社員として働いたものの、間もなく失業した。しかし家族には失業を隠し、消費者金融から金を借りて給料として手渡していた。合計約700万円の借金があり、事件当日は借金返済の最終期限だった。 | |
裁判所 | 仙台地裁 山内昭善裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 |
2008年8月7日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
2008年7月28日の初公判で米沢被告は起訴事実を認めた。冒頭陳述で、検察側は被告は約3年前に会社をやめ、消費者金融から借りた金を給料として妻に渡していたが、借金や仕事のうそが家族にばれることを恐れ家族を殺害し、自殺しようと考えたとした。弁護側は、強いストレスから心神耗弱状態で、責任能力は減退していたと主張した。 29日の公判で弁護側は被告が心神耗弱状態だったとして精神鑑定を請求したが、地裁は却下した。 30日の論告求刑で検察側は「妻子の人格を無視した身勝手極まりなく冷酷無比な犯行で、人間性のかけらもうかがえない」「強固な殺意に基づく残虐極まりない犯行。極刑も考慮されてしかるべきだ」と指摘し、無期懲役では軽すぎると強調した。その上で「家族5人のうち母と妹を失い、加えて父を極刑に処すれば、残された2人の子どもの悲惨さは言葉で言い表せない」と、死刑求刑回避の理由を説明。「生涯にわたり矯正施設(刑務所)で冥福を祈り、残された子どもらの苦渋を共に背負い、内省の日々を送ることが唯一の道、償いだ」と述べ、法律上認められた無期懲役刑の仮釈放を運用しない措置を求めた。同日の最終弁論で弁護側は「犯行当時はうつ病を発症し、心神耗弱状態だった。現在は真摯に反省し、悔悟している」と最終弁論した。米沢被告は最終陳述で「残された2人の子どもに責任はない。温かく見守ってほしい」と述べた。 判決で山内裁判長は「仕事をせずパチンコに明け暮れ、無職で、給与と称して渡した金が借金であることが露見するのを恐れ、一家心中を企てた動機や経緯に酌量の余地はない。非情で残虐な犯行で、極刑も考慮される事案だ」とした上で「残された長女が『これ以上1人でも家族を失いたくない』と話していることなどから終生、罪の償いをさせるのが相当」と述べた。弁護側の心身耗弱主張に対して山内裁判長は「一家心中を選択したのは異常であるものの、起床順に殺害しようとした上、体格的に抵抗が予想された長男と長女には刃物を使用した犯行は計画的で合理的。直前まで異常な言動や様子も認められない」と退けた。検察側が事実上の「終身刑」を求刑した件については特に触れなかった。 |
備 考 | 被告側は控訴した。2008年11月21日、被告側控訴取下げ、確定。 |
相沢鉄三(71) | |
2007年12月8日(別の窃盗罪で起訴済) | |
1名 | |
強盗殺人、住居侵入、窃盗他 | |
無職相沢鉄三被告は2007年10月27日、甲府市塩部の県営団地に独りで住む無職女性(当時81)方に、交際相手のK被告とともに侵入し、着物の帯で女性の首を絞めるなどして殺害したうえ、女性を包丁で刺し現金数万円などを奪った。 K被告の家族が被害者と同じ宗教団体に入信しており、K被告はしばしば被害者方に出入りしていた。 相沢被告は11月中旬、甲府市内での窃盗容疑で逮捕され、K被告も同じころ、刃物を所持していたとして銃刀法違反容疑で現行犯逮捕された。 また別の民家など10ヶ所に窃盗目的で侵入して現金などを奪い、被害総額は150万円以上にのぼった。 | |
甲府地裁 渡辺康裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年8月7日 無期懲役 | |
公判前整理手続きが行われた。 7月23日の初公判で、相沢被告は「間違いありません」と起訴事実を全面的に認めた。検察側は、相沢被告が共犯のK被告に被害者の体を刺すよう仕向けて「これでおまえも死刑になる。家もめちゃめちゃになるな」などと口止めしたと指摘した。 相沢被告は7月24日の被告人質問で「70歳を過ぎた人間がこんな事件を起こして申し訳ない。命ある限り、被害者に手を合わせて償いたい」と謝罪。被害者に無理やり焼酎を飲ませたり、共犯の無職K被告に包丁を持たせて被害者の体を刺させたとする検察側の指摘については「やっていない」と否定した。 7月24日の論告で検察側は相沢被告が昨年9月以降、窃盗や住居侵入を繰り返し、被害者の殺害に至ったことについて、「他人の財産をむさぼり、身勝手で卑劣な行為」と非難。動機についても、交際していたK被告との遊ぶ金欲しさとし、「酌量の余地はない」と指摘。殺害後に玄関の鍵をかけたり、K被告の指紋をふき取るなど犯行が発覚しにくいよう工作していることから「犯行は、残虐かつ凄惨」「悪質で許し難い。激しい苦痛の中で命を奪われた被害者の無念は察するにあまりある」とした。また相沢被告が、被害者の首を帯で絞め、殺した後も、包丁で首や腹を刺したり、顔をけったりしたことを挙げ、犯行の残虐性を指摘。相沢被告が過去にも窃盗や強盗などの罪で服役したことがあることにも触れ、「更生の可能性は皆無」とした。 同日の最終弁論で弁護側は起訴事実を認めたが、「殺害は突発的で計画性はない」と主張。「被告の供述は捜査初期から一貫している。いったんは自首も考え、現在は睡眠薬なしでは眠れない状態になるなど、激しく後悔している」として適切な判断を求めた。 判決で渡辺裁判長は相沢被告が被害者の首を絞めた後、持参した包丁で腹などを刺していることを踏まえ、「強い殺意に基づく犯行。目的のためには手段を選ばない冷酷で残忍な態度がうかがえる」と厳しく非難した。そして「遊興費ほしさから安易に強盗を決意していて、動機に酌量の余地はない。老齢の1人暮らし女性を狙った事件で、社会的影響も大きい」とした。 | |
K被告は強盗致死で起訴。2008年12月11日、甲府地裁(渡辺康裁判長)で懲役15年(求刑懲役20年)判決。 控訴せず確定。 1999年の強盗殺人事件を2012年に告白、2014年2月28日に逮捕。2014年8月7日、甲府地裁で求刑通り無期懲役判決。控訴せず確定。 |
氏 名 | 渡辺義雄(58) |
逮 捕 | 2008年3月5日(詐欺容疑。3月14日、死体遺棄容疑で再逮捕。4月5日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、死体遺棄、詐欺他 |
無職、渡辺義雄被告は雑貨店経営の白石敦子被告と共謀。2008年3月1日午前、埼玉県上尾市の白石被告の雑貨店で、上尾市に住むトラック運転手の男性(当時66)の顔に袋をかぶせ、ビニールテープを口に巻くなどして殺害、現金約3万円や貯金通帳などを奪った。2人はさらに、男性の遺体を市内の荒川に遺棄した。その後、男性宅から妻のクレジットカードを盗んだ。 白石被告は2005年12月、男性所有のビル2階で、日用品や文具などを扱う店をオープン。店内では占いやパソコン教室を開き、自らも占い師として活動していた。しかし、2007年秋から月13万円の家賃を滞納するようになり、滞納額は計91万円に達した。何度要求しても支払わないため、男性は弁護士を立てて立ち退きを要求。「いくら言っても家賃を払ってくれない」「階段の手すりにまで宣伝の張り紙を出していて迷惑」などと周囲にこぼしていた。 渡辺被告は定職に就かず、若いころから日雇いの仕事を転々とし、約10年前からは路上生活に。約1年前に白石被告と知り合い、食事の世話を受けることもあった。殺人の報酬は500円だった。 白石被告と渡辺被告は2日、市内のスーパーでクレジットカードを使い、数万円分の買い物をした。防犯カメラの映像から県警は4日に白石被告を、5日に渡辺被告を逮捕した。男性の遺体は8日に発見された。 | |
裁判所 | さいたま地裁 大谷吉史裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 |
2008年8月8日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
2008年7月22日の初公判で渡辺被告は起訴事実を認め、検察側が論告で「目先の利益のため、かけがえのない他人の命を奪った残虐な犯行」と指摘。弁護側は「共犯者が計画した犯行で、被告人は従属的な立場だった」と情状酌量を求めた。 判決理由で大谷裁判長は、「普段世話になっている共犯者の役に立ちたいという側面があるとはいえ、ためらいもなく重大犯罪に加担した経緯に酌量の余地はない」と指摘。「入念な準備に基づく計画的な犯行。犯行態様は強固な殺意に基づく残忍で非情なもの。犯行行為において被告が果たした役割は大きい」と述べた。 |
備 考 |
白石敦子被告は強盗殺人などで起訴。 被告側は控訴した。2008年中に東京高裁で被告側控訴棄却。2009年中に最高裁で被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 安徳如愛(37) |
逮 捕 | 2005年11月?日 |
殺害人数 | 0名 |
罪 状 | 強盗致傷、強盗他 |
住所不定の暴力団組員安徳如愛(あんとくもとのり)被告と住所不定の暴力団組員C被告は他の被告らと共謀。2005年7月~11月、兵庫県神戸市のゲーム喫茶に仲間4人と押し入って約400万円を強奪したり、大阪府豊中市の路上で高級外車に故意に車を追突させ、降車した運転手に暴行して外車を奪ったり、東大阪市の会社社長宅に押し入って一家6人を監禁し、現金約45万円を奪った上、カードで約220万円を引き出したりするなど計31件の強盗事件(致傷含む)を繰り返した。 安徳、C両被告は、ほかの男女2人と共謀して2005年8月、神戸市のタクシー運転手(当時61)を大阪市内の路上に呼び出し、運転手の自宅まで拉致したうえ、預金通帳を奪って約1,000万円を引き出したとして、逮捕された。 安徳被告らは2005年7月頃、覚醒剤仲間の組員らでギャング団を結成。逮捕される11月まで6府県で、2~5人組で強盗やベンツ盗などを繰り返した。一連の広域連続強盗事件では26~59歳の男女計14人が起訴された。また1人が指名手配中である。計44事件で被害総額は約6,400万円にのぼる。 | |
裁判所 | 大阪地裁 西田真基裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年8月?日 無期懲役 |
裁判焦点 | 不明。 |
備 考 | 同日、C被告は懲役28年(求刑無期懲役)の判決。安徳被告、C被告とも控訴した。2009年2月24日、大阪高裁で控訴審判決。被告側控訴が棄却されたものと思われる。 |
氏 名 | 岩村浩行(44) |
逮 捕 | 2008年6月22日(死体遺棄容疑。7月13日、殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 殺人、強姦致死、死体遺棄他 |
熊本市の無職岩村浩行被告は2007年5月11日ごろ、自宅アパートで、営業に訪れた同市の保険外交員の女性(当時44)を失神させて暴行。その後、女性の首を持っていたベルトで絞めて殺害し、遺体を押し入れに遺棄した。岩村被告は2003年12月から女性の顧客で、女性は事件当日もアパートを訪れていた。 6月19日午前11時50分ごろ、岩村被告のアパートの部屋に遺体があるのを、家出人捜索で訪れた警察官が見つけた。 熊本県警の捜査本部は21日に死体遺棄容疑で岩村被告を指名手配。6月22日正午頃、名古屋市のコンビニエンスストアから「数日前に万引きした男に似た人が来た」と110番があり、駆け付けた中村署員が別のコンビニから出てきた男を見つけて同署に任意同行。岩村被告と判明し、逮捕した。 | |
裁判所 | 熊本地裁 野島秀夫裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年8月11日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年6月27日の初公判で岩村被告は「暴行目的で殺したわけではない」と起訴事実を一部否認した。検察側は冒頭陳述で「被告は、被害者に好意を持ち保険契約をしていたが、被害者から交際を拒絶されたことに腹を立て犯行を決意した」と主張。弁護側は「岩村被告と女性は以前交際していたが、保険契約をとるため女性が自分に好意があるかのように装っていたと知り、裏切られた思いから殺害を決意した」と主張した。 7月29日の論告で検察側は「岩村被告は被害者と交際していると述べているが、交際状況についての供述はあいまい、不自然で信用できない。被害者の歓心を買って性的関係を持ちたいと、保険に加入していたが、交際を拒絶されたことから、立腹し性的暴行を加えて殺した。被害者の人格を無視した残虐な犯行で、遺族も厳刑を求めている」と指摘と指摘した。さらに「首を絞められ失神した被害者が目覚めると、さらにベルトで首を絞めるなど、犯行は残虐極まりない。反省の情が認められず、更生も絶望的」と述べた。 同日の弁論で弁護側は「計画性はなく発作的な犯行。全面自供し、反省している」と情状酌量を求めた。 判決理由で野島裁判長は「発覚を遅らせようと遺体を隠し、被害者の携帯電話を壊すなど計算高さがうかがえる。真摯に反省している様子も見受けられず、刑事責任は重大だ」と指摘した。 |
備 考 | 被告側は控訴した。2008年12月19日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2009年6月2日、被告側上告棄却、確定。 |
少年(20) | |
2006年11月2日(出頭) | |
1名 | |
強盗殺人、詐欺、業務上過失傷害他 | |
香川県坂出市の元飲食店従業員の少年(事件当時18)は2006年11月1日午前5時15分ごろ、丸亀市の雑居ビル3階の外階段で、新聞配達中の男性(当時64)の顔を踏みつけるなどして殺害。男性が配達前に受け取っていた10月分の給料など、42000円などを奪った。他に男性の腕時計と眼鏡も奪い、坂出市内の下水道に捨てた。 少年は無免許での当て逃げや詐欺事件で、業務上過失傷害や詐欺などの罪にも問われている。 | |
高松高裁 柴田秀樹裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年8月11日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
2008年7月29日の控訴審初公判で、弁護側は、飲酒による心神耗弱状態で殺意は無かったなどとして、無期懲役を言い渡した一審判決について事実誤認と量刑不当を主張した。更に男は「申し訳ない。反省を第一に考えていきたい」などと現在の心境を述べた。 一方、被害者の妻も意見陳述し、「(男が)反省もせず、(遺族への)謝罪もせず、控訴するとは、もはや人間とは思えない」などと述べた。 柴田裁判長は判決理由で「救命の可能性がない暴行を加えており、殺意はあった。犯行後の行動から責任能力があったことにも疑問はない」などとして、一審同様、強盗殺人罪の成立を認定。 量刑についても「被害者に因縁を付けて金品を奪う目的で犯行に及んだ。身勝手で短絡的な動機、経緯に酌むべきものはない」などとして、弁護側の主張を退けた。 | |
少年が盗んだ現金のうち3万円を受け取った友人の無職男性は、盗品等無償譲り受けの罪に問われ、2006年12月26日、高松地裁丸亀支部で懲役1年執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決を受けている。 2008年3月11日、高松地裁で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年2月23日、被告側上告棄却、確定。 |
中村数年(61) | |
2002年6月26日 | |
1名 | |
殺人、銃刀法※違反他 | |
指定暴力団工藤会系組長F被告、暴力団組長中村数年被告、組幹部N被告は、1998年2月18日夜、北九州市小倉北区で、若松区の元漁協組合長の男性(当時70)に銃弾4発を命中させて死亡させたとして起訴された。公判で検察側は中村、N両被告を殺害の実行役、F被告を犯行用の車の調達役及び見届け役と指摘した。 殺害された男性は、地元・響灘の白島石油備蓄基地建設に伴う地元漁協への漁業補償金18億円を不正に配分した「白島事件」で1983年、漁協に1億6,900万円の損害を与えたとして背任罪などで起訴され、1995年に懲役2年が確定した。漁業補償などに強い発言力があったとされ、白島基地をめぐり政治工作資金などが取りざたされた一連の“白島疑惑”の中心人物とされた。 1997年9月には男性の実弟宅などに銃弾が撃ち込まれる事件も起きている。 判決では、中村、F両被告は氏名不詳者と共謀し、小倉北区古船場の路上で男性の頭や胸に銃弾4発を撃ち射殺したと認定された。 | |
最高裁第二小法廷 古田佑紀裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年8月20日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
無罪を主張した。 | |
一緒に殺人容疑で逮捕された工藤会系暴力団組長の田上不美夫受刑者(別事件で服役中)は「共謀関係を立証する証拠が足りない」として処分保留とされた。 N元被告は一審無罪判決がそのまま確定している。2011年に病死。 F被告は一審懲役20年の判決。2007年10月5日、福岡高裁で検察・被告側控訴棄却。2008年8月20日、被告側上告棄却、確定。2012年、服役中に病死。 2006年5月12日、福岡地裁小倉支部で求刑通り一審無期懲役判決。2007年10月5日、福岡高裁にて被告側控訴棄却。 2014年9月11日、福岡県警は本事件の殺人容疑で、工藤会トップで総裁の野村悟被告を逮捕。9月13日、ナンバー2で会長の田上不美夫被告を逮捕。 2021年8月24日、福岡地裁は本事件と他3事件について、野村悟被告に求刑通り一審死刑判決、田上不美夫被告に一審無期懲役+無期懲役判決(求刑無期懲役+無期懲役・罰金2,000万円)を言い渡した。 2023年9月13日、野村被告、田上被告の控訴審初公判における証人尋問で中村受刑者が出廷。弁護側の質問に対し、事件の共犯者として認定されている工藤会系組幹部(2008年に病死)と共謀して事件を計画したと証言。またF元受刑者も共犯で、N元被告が実行犯であったと証言した。「自身の公判で無罪を主張していたのに、なぜ関与を認めたのか」などと安田弁護士から問われ、「個人的な(理由で起こした)事件なのに、関係のない総裁と会長が『主犯』と言われているからです。関係ない総裁と会長に申し訳ない」などと答えた。検察側が、事件当日の行動などに関する中村受刑者の説明が変遷している理由について尋ねると、「うそをついていた」などと答えた。 |
竹下祐司(37) | |
2007年4月21日(現行犯逮捕。治療のため釈放後、6月30日に再逮捕) | |
1名 | |
殺人、殺人未遂、銃刀法※違反他 | |
暴力団組員竹下祐司被告は2007年4月20日午前11時30分ごろ、神奈川県相模原市のコンビニエンスストアの駐車場で、上納金を巡るトラブルから、同じ組で兄貴分だった組員(当時37)の頭と腹に拳銃2発を発射して殺害した。 竹下被告はそのまま東京へ逃亡。自宅である町田市の都営住宅に戻った。警視庁町田署員が竹下被告の車を発見。竹下被告の部屋へ向かおうとしたら突然発砲。その後も断続的に発砲。立てこもっていた部屋から、警察官4人向けて旧ソ連の軍用拳銃「マカロフ」で計9発を撃った。21日午前3時過ぎ、警視庁の捜査員が強行突破し現行犯逮捕。竹下被告は拳銃で頭を撃って倒れて重体だった。竹下被告は一命は取り留めたものの失明した。 神奈川県警が歓楽街対策を強化した結果、竹下被告にみかじめ料を支払っていた店が減り、兄貴分の組員と上納金を巡ってトラブルになっていた。竹下被告は事件後に、組から破門された。 | |
東京高裁 池田耕平裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年8月25日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
池田裁判長は、暴力団員射殺について「兄貴分として尽くしていた相手から冷たくされ、疎ましい思いを募らせたという動機に酌量の余地はない」と指摘。 警官への殺意を否定した弁護側主張にも池田裁判長は「殺傷能力のある拳銃を警察官に向けて発砲している」「計9発を警官のすぐ近くに着弾させ、死傷させる恐れが高かった」と指摘。「命中すれば、死亡するかもしれないと認識していた」と判断し、一審同様に退けた上で、白昼の住宅街での乱射を「はなはだ危険」と批判した。 | |
2008年3月17日、横浜地裁で求刑通り一審無期懲役判決。 |
氏 名 | 五戸重雄(45) |
逮 捕 | 2008年2月17日(死体遺棄容疑。2月29日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、死体遺棄、窃盗 |
青森県八戸市の無職五戸重雄(ごのへ しげお)被告は2007年12月18日午前7時ごろ、八戸市の自宅で寝ていた父(当時76)の頭や胸などをハンマー(長さ87.5cm、重さ4.7kg)で何度も殴って殺し、現金約24,000円とローンカード1枚を奪い、水の張った1階浴槽内に遺体を隠した。また後日、奪ったカードで現金計173万円を引き出した。 五戸重雄被告は2007年9月下旬まで父親と同居していたが、トラブルを起こし、父親の口座から約128万円を引き出して家出。その後、金に困って同日早朝に帰宅し、犯行に及んだ。五戸重雄被告は事件前から定職に就かずパチンコなどを繰り返しては、父親の預金を数回、計400万円を勝手に引き出していた。 犯行後は遺体と一緒に生活し、遺体のにおいを消すため、遺棄現場の浴室に芳香剤を置いたり、発覚を遅らせるために新聞を取り込んだりしていた。親類やヘルパーからの電話には、「(父は)旅行に行っている」とうそをついていたが、1月5日夕に外出先から帰宅すると、親類の車が家の前にあったため、逃走した。遺体は午後5時半ごろ、訪ねてきた親戚数人が発見した。 五戸被告は遺体が見つかった直後、約43万円を持って青森市に逃走。翌日に新潟市に向かい、更に金沢市へ逃走。市内の安宿を転々としていた。八戸署捜査本部は1月28日、五戸被告について死体遺棄容疑で逮捕状を取り、全国に指名手配した。 2月17日、同市内のパチンコ店の休憩所にいた五戸被告を警戒中の石川県警の捜査員が発見。名前を確認したところ、「そうです」と素直に応じたため逮捕した。逮捕時の所持金は百数十円しかなかった。 五戸被告は高校中退後、水産会社に就職して漁師に。3年働いて退職。土建会社やイカ釣りの遠洋漁業、パチンコ店などを転々としたが、いずれも長くは続かなかった。1995年に結婚。3児をもうけたが、2003年には父親の預金を無断で引き出し家出。金に困っては事件を繰り返した。公判で検察側は殺人事件を起こす引き金ともなった被告のパチンコやスナック通いについて、年収が700万円の時もあったという漁師時代の「思い切り金を使うクセが抜けなかった」と指摘している。 | |
裁判所 | 青森地裁 渡邉英敬裁判長 |
求 刑 | 死刑 |
判 決 | 2008年9月4日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年8月25日の初公判で、五戸被告は起訴事実を認めた。そして「自分は、懲役刑では更生できない」と述べ、「反省も後悔の気持ちもわかない。死刑を望みます」と極刑を求めた。渡辺裁判長に理由を問われると「自分が決めたこと。何も見ないで、素直な気持ちで判決を受けたい」と述べた。 検察側からの「父に悪いと思わないですか」との質問に「思わない」と答えた。三人の子供に迷惑をかけたと話したものの、「犯行を起こさなければ良かったと思いますか」という裁判官の問い掛けに「考えたこともないです」と述べ、反省や後悔の言葉は聞かれなかった。 自身の更生の可能性では「母の葬式には出ていないし、涙も出なかった。父は自分で殺している。そんな人間なんで変わることはない」と否定。「懲役刑判決では控訴するのか」との質問に「はい」と即答した。 検察側は冒頭陳述で五戸被告がパチンコなどの遊ぶ金ほしさに犯行に及ぶまでに、父親のローンカードから数回にわたって400万円近くを無断で引き落として家出したり、住居侵入や窃盗などの罪で刑務所に服役したことを指摘。車で生活していたが、犯行直前にトラックに衝突され、修理代を父に無心しても断られると思って犯行に及んだとした。 弁護側は「犯行の直接のきっかけとなった交通事故は100%、相手方に責任があった。出所してから父との生活にストレスがあった。計画性もない」などとして量刑を争う姿勢を示した。 8月26日の求刑論告で検察側は取り調べ時の「遊び尽くすまで捕まりたくない」という被告の供述を挙げ、「何ら反省せず発覚を防ぐ偽装をし、遊び暮らしていた」と犯行後の悪質性も強調。「被害者は1人だが、被告の更生を願っていた父親を殺害した。偶発的ではなく強固な殺意に基づいた計画的な犯行で、遊ぶ金欲しさに容赦なく人を傷つけるという冷酷、残虐な犯罪的性格は極限に達している。温情ある父親に対する畏敬や感謝の情はみられない。発覚を免れるために遺体を浴室に放置するなど死体遺棄の方法などから見ても、親を物としか扱っていない。金のためには人も傷つけるという犯罪的性格は根深く、捜査段階や法廷でも更生の意思が見られない。矯正は不可能で、極刑をもってのぞむしかない」と指摘した。 同日の最終弁論で弁護側は、「犯行直前の事故という不幸な出来事も本件を誘発する原因となった。犯行も誰かが室内を見ればたちまち露呈する稚拙なもので、ほとんど計画性がない。罪の意識にさいなまれており、更生の可能性はある。死刑選択の因子として殺害した人数が一人というのも考慮してほしい」として「無期懲役を上限とした上で、できるだけ寛大な刑を望む」と死刑回避を求めた。また裁判員制度を目前に控えている点から、「(国民に)求められているのは死刑のインフレではなく、死刑選択の基準維持や明確化だ」と主張した。 最終意見陳述で五戸被告は「弁護士の意見はうれしく思うが、私がしたことに対して、しかるべく死刑判決を望む」と述べた。 判決日、弁護人は開廷直後、「死刑求刑後に五戸被告から手紙が届いた」として、「被告に気持ちの変化が読み取れる」と被告人質問の再開を申し立てた。初めてメガネをかけてきた五戸被告は弁護人の質問に「自分の気持ちが変わった。最後の日なのでしっかり見ておこうと思った」と述べ、目を閉じて小さな声しか出さなかったこれまでとは違う表情を見せた。「死刑が怖いわけじゃない。死ぬのが当たり前と思っていた」と述べる一方、「もっと事件と向き合いたい。自分を思ってくれる人がいることを知り、気持ちが変わった」と話した。そして「親せきに謝罪の手紙を送り、おやじに対して今は贖罪の気持ちはないが、霊に報いたい。事件に向き合っていく」と話した。 量刑理由で渡邉裁判長は「パチンコ代などの遊興費欲しさに父親を殺害した犯行は極めて短絡的で身勝手極まりない。父親の頭部などを何度もハンマーで殴っており、大量の血痕が犯行の凄惨さを物語っている」などと指摘。さらに「犯行後数時間で金を引き出し、昼はパチンコ、夜は飲食代にあて、事件の発覚後は県外に逃亡するなど犯行後の態様も悪質」と述べた。そして極刑を望む遺族感情にも触れながら「刑事責任は極めて重大。死刑の選択も十分考慮しなければならない」と指摘し、永山基準に沿って検討した。 一方「当初は、反省の気持ちを持つようになるかは分からないと述べていたが、弁論を経て被告人に更生意欲を持つ兆しがみられる。犯行をためらったり証拠隠滅の方法も稚拙で、事前に周到な計画を立てた上で冷静に犯行に及んだという点とは異なる」と述べ、「さまざまな点を考え、生命を奪う極刑がやむを得ないとは認められない」とした。 |
備 考 | 検察側は控訴した。2009年5月26日、仙台高裁で検察側控訴棄却。上告せず確定。 |
氏 名 | 吉岡正行(39) |
逮 捕 | 2007年7月末(強姦致傷容疑。2007年8月18日、殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | わいせつ略取、監禁、強姦致傷、殺人、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反、窃盗、暴行 |
埼玉県北葛飾郡の内藤正行(旧姓)被告は以下の事件を起こした。
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裁判所 | さいたま地裁 若園敦雄裁判長 |
求 刑 | 死刑 |
判 決 |
2008年9月4日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
2008年6月2日の初公判で、吉岡被告は起訴事実をほぼ否認した。 1の殺人事件については、「はさみで突き刺すなどしていない」と完全否認。逆に「主婦がはさみで切り付けてきたので、身を守るために抵抗した結果」と正当防衛を主張した。 2の強姦致傷事件については、「ナンパ目的で強姦が目的ではなかった」と述べた。 3の殺人未遂事件では、「殺意はなかった。はさみを女性に当てるつもりはなかった」と否認した。 4の暴行事件は、犯罪の態様の一部を認めたが、安全靴で殴るなどの起訴事実は認めなかった。 5の窃盗事件については、「盗んでいない」と述べた。 弁護側は2、3について、同被告は飲酒などの影響で「複雑酩酊状態だった」と責任能力が著しく減退していたと主張した。 検察側は冒頭陳述で、1について「被告は主婦に200万円の借金返済を約束していたが、滞納を責められるなどし激怒。殺害を決意した」と主張。2は「女性に性的な興味を抱いていた」、3は「性的興味を抱いて付きまとったが、反抗され逆上。殺害しようとした」と指摘した。 8月26日の論告求刑で検察側は「初期の段階ではさみの片方の刃で被害者の後頭部を切り付けた」と主張。その上で、鉄製フェンスに後頭部を複数回打ち付けたり、はさみの片方の刃で数回突き刺すなど「強固で確定的な殺意があったのは明らか」とした。白岡町のガソリンスタンドで女性が暴行を受けた事件では「女性を拉致して強姦しようとし、拒否されると、人相が分からなくなるほど女性の顔を殴打するなど、犯行は悪質で残虐なもの」と断罪した。死刑求刑については主婦殺害や女性二人への激しい暴行だけでなく、幼いころから家族に暴行を繰り返していたこと、過去にも暴力事件などを起こしていることなどを指摘した上で、「各犯行を否認し、不合理な弁解に終始するなど、反省の片りんがまったくうかがえない。動機に酌量の余地はなく。度重なる服役でも矯正されず、犯罪傾向も悪化の一途をたどっており、改善更生の可能性はない。極刑を避ける理由は何ら認められない」とした。 同日の最終弁論で弁護側は「女性から一方的に殴るけるの暴行をされた上、はさみで切りつけられた。自らを守るためだった」として正当防衛が成立すると主張した。そのほかの事件についても「犯行前に多量の酒を飲んでいたなど、酩酊が著しかった」などと訴えた。 結審の際、吉岡被告は「自分の犯した罪を一生忘れず、生きていきたいと思います」と述べ、傍聴席に向かって一礼した。 判決で若園裁判長は、「女性が抵抗困難な状態で切り付けた」と弁護側の正当防衛主張を退けた。その上で「犯行は執よう、かつ強力で残虐」「出所後7ヶ月で3人の女性を殺傷し、反省の態度がない」「人を人と思わない悪鬼のごとき所業」「女性を人間として扱う気持ちがあったとは到底考えられない」と述べたが、計画性は認められず、「殺害は無差別ではなく、知人に対する偶発的な犯行だった」「ゆがんだ人格を矯正する余地が完全にないとまではいえない」とし、死刑を回避した。 若園裁判長は最後に、「仮釈放にあたっては、反省しているかを特に慎重に見定めて欲しい」と付け加えた。 |
備 考 |
吉岡被告は前科五犯で、直近の実刑前科三犯はいずれも女性への傷害、強姦などの粗暴犯。出所しては犯行を繰り返し、今回は出所後わずか7ヶ月で事件を起こした。 旧姓内藤。初公判前に改姓。検察側は控訴した。被告側も控訴したが、2008年1月に取下げ。2009年9月30日、東京高裁で検察側控訴棄却。上告せず確定。 |
氏 名 | 中田真二(32) |
逮 捕 | 2007年6月11日(2007年5月下旬、岐阜県内の女子学生(当時19)に対する強姦致傷容疑) |
殺害人数 | 0名 |
罪 状 | 強姦致傷、強盗強姦、強姦、住居侵入他 |
愛知県春日井市の無職中田真二被告は、2007年4月~6月の約2ヶ月間、名古屋市や愛知県稲沢市、岐阜県羽島市などで女性宅に無施錠の玄関から侵入し、当時16~27歳だった女性計11人を襲って暴行。現金20,000円を奪ったり、けがをさせたりした。 | |
裁判所 | 名古屋地裁 近藤宏子裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年9月4日 無期懲役 |
裁判焦点 | 近藤裁判長は量刑理由について「同種前科での服役を終えて7ヶ月後の犯行で、ゆがんだ性癖は服役でも矯正できず、むしろ凶悪化しており、矯正は困難だ」と述べた。 |
備 考 |
中田被告は強姦罪などで9年間服役し、2006年9月に出所したばかりだった。中田被告は逮捕時、「強姦が趣味だった」と供述しているという。 控訴せず確定と思われる。 |
氏 名 | 荒井政(60) |
逮 捕 | 2008年1月7日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人他 |
長野県東御市の無職荒井政(ただし)被告は2007年12月31日午前10時頃、同市のアパートに住む会社員の男性(当時58)宅で、持参したナイフで男性を刺し殺し、172,000円入りの財布を奪った。 荒井被告と男性は麻雀仲間だった。荒井被告はギャンブルで多額の借金があった。 | |
裁判所 | 長野地裁上田支部 川口泰司裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年9月5日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年6月20日の初公判で荒井被告は、殺害の事実関係は認めたが、「最初から金品を取るつもりではなかった」と強盗殺人罪の成立については否認した。 検察側は冒頭陳述で、荒井被告が知人からの借金の返済期限が迫っていたことを指摘し、「男性に借金を依頼して、断られたら殺してでも奪おうと考えた」と主張した。 一方、弁護側は「殺害後に財布の存在に気付いた」と主張。荒井被告は被告人質問で、「借金を断られたら、生きていくことは出来ないだろうと考え、死刑になろうと思って殺害した」と述べた。強盗目的だったと認めた上申書や調書についても、「自暴自棄になって、警察のつくった書類を書き写したり、署名しただけ」と話した。 2008年7月18日の公判で検察側は「前触れもなく被害者をめった刺しにするなど、犯行は冷酷で非道、極めて悪質」として、無期懲役を求刑した。同日の最終弁論で弁護側は、強盗殺人罪ではなく、殺人罪と窃盗罪の適用を訴えた。 川口裁判長は「ナイフやニット帽、軍手を用意し、逃走しやすいように車を止めていた」とし、「当日朝から金を貸してもらえなければ、殺害して奪う意思をもっていた」と強盗殺人を認定した。その上で、犯行時の衣服を焼却するなどしたことを挙げて「証拠隠滅や逃走を図るなど刑事責任は極めて重大」と指摘。「仕事も長続きせず、パチンコに興じる自堕落な生活を送り、奪った現金で早速パチンコに興じた」と指摘し、「公判で不合理な弁解に終始し、犯行を真摯に反省していると言えない」「余りにも短絡的で酌量の余地はない」と断じた。 |
備 考 | 被告側は控訴した。 |
小林秀樹(47) | |
2006年5月16日 | |
1名 | |
殺人 | |
トラック運転手小林秀樹被告は2000年5月25日午前10時半ごろ、鹿児島県出水市の左官業を営む男性方に侵入。無職の長女(当時18)を強姦しようとしたが抵抗され、電話で助けを求められるなどしたため、女性の胸などを出刃包丁で20数ヶ所突き刺し、失血死させた。5人家族で、事件当時は長女1人が家にいた。 長女は知り合いの男性と事件当日の午前10時頃まで外で会っており、別れて20~30分後に、男性の自宅に助けを求める電話があった。男性は聞き返すなどしたが、反応がなかったため、警察に通報した。 小林被告は勤めていた運送会社の仕事で、事件直前に同市に隣接する旧宮之城町へ配送に来ていた。 小林被告は2004年1月、福岡市東区内で無職の女性に車の中で暴行したとして強姦の疑いで逮捕。11月4日、福岡地裁で懲役7年の実刑判決を受け、2005年10月7日に確定。逮捕当時は福岡刑務所に服役中だった。 鹿児島県警は2006年4月初旬から、遺留物の洗い直しに着手。採取していたDNA情報を、2004年12月に運用開始された警察庁のDNA型情報検索システムで照会したところ、小林被告が浮上。身辺調査を開始し、5月16日に逮捕した。 | |
最高裁第二小法廷 今井功裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年9月9日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
小林被告は逮捕当初から容疑を全面的に否認している。最高裁でも、一・二審同様無罪を主張した。 最高裁は「上告理由に当たらない」と訴えを退けた。 | |
2006年11月17日、鹿児島地裁で一審無期懲役判決。2008年1月24日、福岡高裁宮崎支部で被告側控訴棄却。 |
井上武蔵(44)/鈴木一弘(41) | |
2008年1月21日(死体遺棄容疑。2月12日、強盗殺人容疑で再逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人、死体遺棄 | |
横浜市の暴力団組員で建設作業員の小川英司被告は、指定暴力団山口組系幹部の男性(当時41)の運転手を勤めていたが、暴力を振るわれたり、満足な給料をもらえなかったことからうっぷんがたまっていた。事件直前、男性がさいたま市内のバカラ賭博店に言いがかりをつけ、三百数十万円を脅し取っていたことを知り、知人で東京都中央区に住む元暴力団組員井上武蔵被告に報酬1,000万円で殺人を依頼。井上被告は住所不定の暴力団組員鈴木一弘被告、足立区の元暴力団組員・吉田たけし被告と共謀。4人は2005年10月20日午前1時頃、草加市の国道側道で男性を乗用車に押し込んでバタフライナイフで左胸を刺して殺害した上、現金約350万円を強奪した。さらに千葉県船橋市に住む建設作業員の男性、中央区に住む暴力団幹部と一緒に、遺体を千葉県いすみ市の空き家の庭に埋めた。 行方が分からなくなったことから男性の妻が県警に相談、2006年5月に正式に失跡を大宮署に届けた。 県警の内偵捜査で、男性と小川被告らとの間のトラブルが浮上。小川被告の供述に基づいて別荘の庭を捜索したところ、土中から白骨化した遺体が見つかった。遺体を運んだ車にあった血痕のDNA型も男性と一致したことから、死体遺棄容疑で5人の逮捕状を取っていた。 逮捕時、井上被告、鈴木被告は別の事件で服役中だった。 | |
さいたま地裁 大谷吉史裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年9月16日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
判決理由で大谷裁判長は「報酬欲しさに自分たちとは特に接点や利害関係のない被害者を殺害した。犯行は残虐、非道で冷酷」と述べた。 | |
井上被告、鈴木被告は吉田たけし被告らと強盗団を結成。強盗致傷等で起訴され、井上被告は2007年4月27日、東京地裁で懲役22年判決。同年10月17日確定。鈴木被告は2006年11月15日、東京地裁で懲役13年判決。2007年5月9日確定。 死体遺棄を手伝った中央区の男性は2008年6月10日、さいたま地裁(大谷吉史裁判長)で懲役2年、執行猶予4年(求刑懲役2年)が言い渡され、確定している。船橋市の男性は2008年7月8日、さいたま地裁(大谷吉史裁判長)で懲役2年、執行猶予4年(求刑懲役2年)が言い渡され、確定している。 この事件では、小川英司被告と吉田たけし被告が強盗殺人容疑で起訴されている。 井上武蔵被告は控訴せず確定。鈴木被告は控訴した。2009年2月19日、東京高裁で控訴審判決が開かれた。被告側控訴が棄却されたものと思われる。 |
塩野幸恵(23) | |
2006年10月5日 | |
1名 | |
強盗殺人 | |
群馬県富士見村の無職塩野仁史被告と、元妻の塩野幸恵被告は、2006年10月4日午前7時20分ごろ、塩野被告と交際していた高崎市のアパートに住む元看護士の女性(当時34)方で、抵抗する女性を押さえつけて電気コードで首を絞めるなどして殺害し、現金約180万円の入った手提げバック(約8万円相当)などを奪った。 二人は遺体を赤城山に捨てようと粘着テープでぐるぐる巻きにしたが、隣人が110番したため犯行が発覚した。 仁史被告は当時働いていた飲食店の客として知り合った女性と2004年頃から交際を始めたが、その前後に、別の女性と結婚して2006年春に離婚。直後の5月に中学時代から交際を続けていた幸恵被告と再婚し、7月に離婚していた。殺害現場となったアパートは、2006年6月、仁史被告が女性との結婚を前提に借りたものだった。 仁史被告は消費者金融数社から約450万円の借金を抱えていた。2006年9月26日、約13万円の借金返済を迫られ、女性に金を貸すよう依頼。その代わりに入籍を求められたため、女性を「金づる」として利用できないのなら殺害して遺体を赤城山に遺棄し、現金を奪うほかないと考え、幸恵被告に持ちかけたとした。 また仁史被告は幸恵被告や殺害された女性のほか、別の女性2人とも交際していた。 | |
最高裁第三小法廷 堀籠幸男裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年9月16日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
弁護側は「元夫が事件を主導した。被告の量刑は重すぎる」と主張していた。 | |
2007年9月28日、前橋地裁高崎支部で一審無期懲役判決。2008年3月24日、東京高裁で被告側控訴棄却。塩野仁史被告は上告せず確定。 |
氏 名 | 江田和弘(39) |
逮 捕 | 2008年1月9日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、銃刀法※違反 |
事件概要 |
茨城県つくば市に住むトラック運転手江田和弘被告は借金返済に窮し、かつて勤めていた近所のパチンコ店に保管してある金を奪おうと、2007年6月19日午後11時過ぎ、閉店後に通用口から出てきた店長の男性(当時65)の左腕などをナイフ(刃渡り約14cm)で刺し、失血死させた。江田被告は男性に抵抗されたため、金品は奪わずに逃走した。 江田被告は事件当時、消費者金融にパチンコなどによる約240万円の借金があり、当時住んでいた阿見町のアパートの家賃も滞納していた。江田被告は独身で、事件後、両親がいる実家に転居した。 県警つくば中央署捜査本部は現場に残された容疑者のものとみられる1枚の眼鏡レンズを手がかりに全国の眼鏡の流通経路を調査。捜査本部は、このレンズからフレームを割り出し、フレームが福井県内の会社で約3300個製造され、流通していることを確認した。全国の眼鏡店に照会した結果、2002年につくば市内の眼鏡店で、現場のパチンコ店元従業員の江田被告が同じフレームの眼鏡を買った記録を発見した。2007年11月ごろから江田被告の身辺を調べ、パチンコなどで数百万円の借金を抱えていたこともわかった。 |
裁判所 | 水戸地裁 河村潤治裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年9月22日 無期懲役 |
裁判焦点 |
公判前整理手続を採用。弁護側によると、動機に不可解な部分があるため、精神科医が江田被告の父母から聞き取りなどをしたところ、「家族間のコミュニケーションが希薄で、(息子は)金がなくなっても親に助けを求めることができなかった。他者に対する共感、痛みを知る気持ちが家族に欠けている」との意見が出たという。弁護人は「責任能力は争わないが、被告の行動がある程度説明がついた」と明かし、結果を意見書として提出する予定。 2008年8月25日の初公判で江田被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。また被告人質問で「はじめは脅して金を奪うつもりだったが、男性が抵抗した場合などは殺すことも考えていた」などと供述した。検察側は冒頭陳述で、パチンコ代などで消費者金融からの借金が240万円になり、事件当日には所持金が50円しかなく「元勤務先での強盗を思いついた。金を奪うためには殺害するほかないと決意した」と述べた。 弁護側は「恐怖からナイフを突き出した。興奮状態で胸部を刺した記憶はない」と主張した。 9月1日の論告で検察側は「金のために人命を奪おうと考えた短絡的で自己中心的な犯行。計画的で確定的殺意があった」と述べた。同日の最終弁論で弁護側は、「借金返済に追われ、家族からも孤立を深め、精神的に追いつめられた上での場当たり的犯行だ」「前科前歴がなく、更生の余地がある」として有期刑の適用を主張した。 判決理由で、河村裁判長は、江田被告が消費者金融の借金返済に追われ生活に窮していたとして「食べるものも食べられない状況で精神的に追い詰められていたが、原因はスナックでの飲食代やパチンコ代で窮状に陥ったもので、自業自得というほかない」と糾弾し、弁護側の情状酌量希望を退けた。被告は以前、同パチンコ店に勤務し、店の構造や従業員の勤務状況を把握しており、「顔を隠すことなく犯行に及ぶなど犯行計画にずさんなものはあるが、かつて働いていた店から最後に出て来る被害者を狙った計画性が認められ、馬乗りになって数回刺すなど強固な殺意に基づく残虐な行為に酌量の余地はない」と述べた。 |
備 考 |
控訴せず確定と思われる。 被害者の息子である漫画家・今田たまは、事件の詳細と遺族感情をつづった漫画「家族がいなくなった日」を、月刊漫画雑誌『本当にあった笑える話』(ぶんか社)の2015年4月号から6回にわたり掲載した。 |
氏 名 | 岡田充(50) |
逮 捕 | 2008年2月8日(銃刀法違反で逮捕済) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 殺人、住居侵入、銃刀法※違反他 |
事件概要 |
指定暴力団道仁会系の組長岡田充被告は、熊本市で対立する九州誠道会系の組幹部(当時43)の殺害を、幹部の福原大助被告らに指示。福原被告らは共謀し、2007年6月19日夜、会長代行(当時43)方に侵入し、顔を拳銃で撃った後、包丁で背中などを刺して殺害した。死因は銃で頭を撃たれたことによる脳挫滅である。 岡田被告は、事件の数日前である6月14日頃に拳銃2丁と実弾数発を所持したとして2008年1月18日に銃刀法違反(拳銃加重所持)容疑で逮捕され、2月8日に処分保留で釈放後に殺人容疑などで再逮捕された。 |
裁判所 | 熊本地裁 柴田寿宏裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年9月22日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年8月25日の初公判で、岡田被告は「事件にかかわっていない」と起訴事実を否認した。冒頭陳述で検察側は「共謀していた別の組幹部を通じ実行役に犯行を指示した」と指摘。弁護側は「共謀の事実は存在せず指示もしていない」と無罪を主張した。 9月10日の論告で検察側は「被告人から指示を受けた別の組幹部が文言や場所、指示の際の状況などについて具体的かつ詳細に証言している」と岡田被告が主犯格と主張。「実行犯の決定など犯行の主宰者として、共犯者の中で最も重い罪責を負うべき一人であることは明らか」と指摘。同日の最終弁論で弁護側は「組幹部の発言に信用性はない」と事件への関与を否認し、あらためて無罪を主張した。 柴田裁判長は「配下の者を手足のように使った極めて残虐かつ冷酷な事件」「反社会的で悪質極まりない犯行。組織のために人を殺すという暴力団の論理は決して許されない」と述べた。弁護側の無罪主張に対しては、「岡田被告に指示を受けたとする組員の証言の信用性に疑いの余地はない」と退けた。 |
備 考 |
事件を巡っては11人が逮捕され、9人が起訴された。2人は証拠不十分で釈放された。4人に一審有罪判決が出されている。 8月8日、熊本地裁(野島秀夫裁判長)は犯行指示役の福原大助被告に懲役30年(求刑無期懲役)、実行役の組員福嶋尚和被告に懲役28年(求刑無期懲役)、凶器などを処分した組員T被告に懲役10年(求刑懲役15年)を言い渡した。検察、被告側が控訴している。 9月2日、熊本地裁(柴田寿宏裁判長)は別の道仁会系組員Y被告に懲役12年(求刑懲役15年)を言い渡した。Y被告は拳銃の試射に同行したり、実行犯に宿泊場所を提供したうえ、犯行当日に会長代行の自宅の様子を実行犯に連絡したりしたとされる。Y被告は無罪を主張していた。 勝木屋栄二被告は公判中。また、2006年7月16日、九州誠道会系暴力団会長の自宅前で、会長に拳銃を発射し、右肩にけがを負わせたとして、殺害を指示した殺人未遂の容疑でも逮捕されている。 被告側は即日控訴した。2009年7月1日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2010年2月24日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 脇田誠(43) |
逮 捕 | 2007年1月5日(死体遺棄容疑。1月27日、殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 殺人、死体遺棄、死体損壊、常習累犯窃盗 |
事件概要 |
住所不定、職業不詳脇田誠被告は交際中の少女が妊娠するなどしたため、金に困り、自分に好意を寄せる愛知県稲沢市の会社員の女性(当時24)から金を奪い取ろうと考えた。2006年11月ごろ、女性に温泉旅行を持ちかけ、消費者金融などから105万円の借金をさせた上、2006年11月25日、女性を睡眠薬で眠らせてから、岐阜、愛知県か周辺地域で殺害。27日に松本市安曇の市道脇に死体を遺棄し、翌日ガソリンをかけて火をつけるなどした。脇田被告は2004年秋ごろに女性と知り合い、交際していた。 11月28日に遺体が発見された。12月5日に身元が判明。 捜査本部は、女性の借りたレンタカーに脇田被告が乗った跡があることや目撃情報などから、脇田被告の犯行と断定,12月18日に逮捕状を取り、26日に指名手配した。 2007年1月5日午後4時20分ごろ、脇田被告はマスクで顔を隠し、潜伏していた神戸市北区有野町のホテルの駐車場に現れたところを逮捕された。 他に脇田被告は服役中の男とともに2006年1月29日早朝、愛知県岡崎市内の自動車用品店に侵入。カーナビなど17点(約180万円相当)を盗んだ。 脇田被告は9月25日夜、一緒にいた無職少女(当時17)とともに、愛知県大口町の立体駐車場から乗用車1台(約100万円相当)を盗んだ。盗んだ車は近くに乗り捨てた。 また脇田被告は12月11日未明、少女と愛知県蒲郡市のゲームソフト販売店に侵入し、新品のゲームソフト313枚(約120万円相当)を盗んだ。 窃盗では2005年10月から2006年12月にかけ、カー用品店やリサイクルショップなど5店に侵入し、トータルで自動車や貴金属など1000万円相当の品物を盗んでいる。 |
裁判所 | 東京高裁 阿部文洋裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年9月25日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
脇田被告は逮捕以来、一貫して容疑を否認または黙秘。 2008年7月31日の控訴審初公判で、弁護側は一審と同様、殺害方法が不明な点などから、女性殺害について完全無罪を主張。また、場所、殺害方法が特定されず「訴因が特定されていない」と主張した。新たな証拠や証人の提出、尋問はなく、即日結審した。 判決で阿部裁判長は「被害者が特定されている以上、訴因の特定に欠けているとはいえない」と指摘。そして「被告は女性に消費者金融などから借金させ、睡眠薬を服用させる犯行計画のメモを作り、それに従って行動した。死体損壊に使われたとされるなたを購入し、遺棄現場近くにも行っており、殺害などを実行したと認められる」と述べた。 |
備 考 | 2008年3月5日、長野地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年6月18日、被告側上告棄却、確定。 |
高橋義政(28) | |
2005年1月30日(公務執行妨害容疑) | |
2名 | |
強盗殺人、殺人、住居侵入、銃刀法※違反他 | |
静岡大生高橋義政被告(事件当時24)は、末期ガンだった知人女性が2003年1月に静岡市内のクリニックで死亡したため、クリニックの医師に殺意を抱いた。2005年1月28日午後5時頃、クリニックに行ったが院長夫妻が不在であったため、クリニックの2階にあり、クリニックの医師の妻が経営している健康商品販売店に侵入。顔を見られたと思いこんで従業員の女性2名(当時60、当時57)の首を刃物で切りつけて殺害、売上金約6万6000円を奪った。 2005年1月29日に静岡中央署の捜査本部は高橋被告から任意で事情聴取。30日未明、高橋被告が聴取中に捜査員に暴力をふるったとして現行犯で逮捕した。起訴後、静岡中央署は高橋被告が販売店近くで理由なくナイフ1本を携帯した銃刀法※違反(携帯違反)の疑いで、2月18日に再逮捕。そして強盗殺人容疑で3月18日に逮捕した。 直接証拠はなく、高橋被告は逮捕時に犯行を否認した後は黙秘。弁護側も無罪と捜査の違法性を訴える予定であったが、6月23日、静岡地裁の初公判で高橋被告は殺人を認めた。 | |
最高裁第三小法廷 那須弘平裁判長 | |
死刑 | |
2008年9月29日 無期懲役(検察・被告側上告棄却、確定) 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
死刑求刑した検察側は「凶悪で二審判決は軽すぎる」と上告。被告側は「子供のころに父から受けた虐待が影響している」と有期刑を求めた。 小法廷は「理不尽な動機に酌量の余地はなく、冷酷、残虐で、死刑選択も十分考慮される」と指摘したが、計画性がなく、不遇な生育歴が価値観に影響を与えた可能性を否定できないとして、「(無期懲役判決を)破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められない」とした。 | |
高橋被告は「取り調べは長時間にわたり、自白を強要するもので違法」と、国と県を相手に損害賠償を求める訴訟を起こしたが、2006年5月に棄却された。 2006年6月12日、静岡地裁で一審無期懲役判決。2007年6月14日、東京高裁で一審破棄のうえ、無期懲役判決。 |
氏 名 | 徳田治(48) |
逮 捕 | 2007年8月20日(8月31日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、窃盗、詐欺未遂、住居侵入他 |
無職徳田治被告は2007年7月17日未明、長野県安曇野市の県営アパートに住む無職女性(当時87)方に侵入。石で女性の頭を殴って殺害し、現金52000円の入った財布を奪った。徳田被告は県営アパートの近くに住んでいた。 また徳田被告は同日、住んでいたアパート自室の隣室に侵入。財布や通帳など約40点(約6500円相当)を盗み、近くの飲食店でも3点(約2000円相当)を盗んだ。また、女性を殺害した後の同日、盗んだ通帳を使って、松本市内の銀行窓口で現金を払い戻そうとしたが、喪失届が提出されていたため、未遂に終わった。 徳田被告は犯行後、列車を乗り継いで仙台市へ逃走。20日朝、仙台市のアパートに侵入し、現金1万円を奪うなどした。同日、住居侵入容疑で宮崎県警仙台東署に逮捕された。 徳田被告はパチンコなどで消費者金融に借金が215万円あった。事件4日前の13日、人材派遣会社から給料約8万円を受け取ったが、その日のうちにパチンコで使い果たし、食費などを得るために空き巣を決意した。 | |
裁判所 | 東京高裁 原田国男裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年10月8日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 | 量刑不当を訴えたか? |
備 考 | 2008年4月30日、長野地裁松本支部で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年1月19日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 前田洋之(36) |
逮 捕 | 2008年1月23日(有印私文書偽造・同行使などの罪で起訴済) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、窃盗、有印私文書偽造・同行使他 |
事件概要 |
住所不定、無職前田洋之被告は2007年4月15日午後11時45分頃、千葉県船橋市の県道の駐車場で、近くに住む会社員の男性が所有するスポーツカー(時価約216万円)を盗み出した。ところが、盗難警報装置が鳴り、駆け付けて車にしがみついた男性を振り落とそうとして蛇行運転して約100m引きずって転落させ、頭部打撲で死亡させた。 車は約60m先でブロック塀に衝突し、前部が大破したため、アフガニスタン国籍の職業不詳モハッド・イサ容疑者の車に乗って逃走した。 前田被告とイサ容疑者は1999年ごろ、関西地方で自動車盗を繰り返し、検挙されたグループの一員。前田被告は数人で2006年10月~2007年4月、兵庫、千葉の両県と大阪府で、高級スポーツカーなどを狙って約100件の犯行を重ねていたことを自供したが、起訴されたのは2007年3月~4月にかけ、8台の高級車を盗んだ窃盗容疑である。 盗んだ車は、姫路市に住む自動車修理販売業の男性らによって製造番号を消した上で解体し、1台20~80万円でドバイに輸出されたという。 捜査本部は、車に残された盗難防止装置の解除機器の特徴や、事故現場の路上に落ちていた帽子に付着していた毛髪などから前田被告らを割り出した。 前田被告は事件後の2007年4月下旬に他人名義のパスポートを取得するため申請書類を偽造したとして、12月上旬、逮捕されていた。 |
裁判所 | 千葉地裁 大野勝則裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年10月20日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年9月29日の初公判で、前田被告は「殺意はなかった」と起訴事実を一部否認した。検察側は冒頭陳述で、「被害者の体が車外にあることを認識しながら、加速蛇行して振り落とそうとした。殺意があったことは明らか」と指摘した。弁護側は「積極的な殺意はなく、無我夢中で走行した」として強盗致死罪の適用を主張した。被告人質問で前田被告は犯行について聞かれ、「逃げることで頭がいっぱいで、被害者が道路に落ちて死んでしまうとは考えていなかった」などと述べた。 9月30日の論告求刑で検察側は「殺意を持って犯行に及んでおり、動機は身勝手で酌量の余地はない」と述べた。同日の最終弁論で弁護側は「被告は当時無我夢中で走行しており、記憶もない。男性を殺害する意図はなかった」と主張した。 大野裁判長は「急加速して振り落とせば、死亡する危険性が高いことは認識していた」と前田被告の殺意を認定。殺意を否認し、強盗致死罪にとどまるとした弁護側の主張を退け、「他人の生命を顧みない悪質、非道な犯行」と非難した。 |
備 考 |
モハッド・イサ容疑者は2007年4月16日夜、中部国際空港から偽造旅券で出国した。現在、国際指名手配されている。 前田被告にパスポートを不正に取得させたとして、旅券法違反罪などに問われた大阪市に住むインターネット販売業の男性は、2008年2月1日、千葉地裁で懲役2年(求刑懲役2年6ヶ月)が言い渡された。 盗難車と知りながら、前田被告らから盗難車3台を預かって、兵庫県加古川市の倉庫に保管したとして、盗品保管罪に問われた姫路市に住む自動車修理販売業の男性は2008年5月19日、千葉地裁で懲役2年6ヶ月、執行猶予4年(求刑懲役2年6ヶ月)が言い渡された。また社員である他の4被告には懲役1年6ヶ月、執行猶予3年(求刑懲役1年6ヶ月)が言い渡された。なお自動車修理販売業の男性は、前田被告に車両盗難防止装置を解除するコンピュータを渡した窃盗ほう助でも逮捕されている。 モハッド・イサ容疑者の国外逃亡を手助けしたとして、同国籍でイサ容疑者のおいの兵庫県姫路市、私立大学2年の男(当時19)が入管難民法違反(不法出国ほう助)の疑いで逮捕、送検されている。 被告側は控訴した。2009年3月11日、東京高裁で被告側控訴棄却。2009年6月9日、被告側上告棄却、確定。 |
金相浩(49) | |
2007年1月9日(殺人と住居侵入の容疑。韓国で身柄拘束。日韓犯罪人引き渡し条約に基づき逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人 | |
韓国籍の金相浩(キムサンホ)被告は2004年4月10日から11日にかけて、東京都品川区にあるパチンコ景品交換所に侵入して金を奪うため、2階で住んでいたホテル従業員の女性(当時69)方に侵入。女性の首をストッキングで絞めて殺害した。その後、畳や床板をはがして1階に侵入しようとした。金被告は2003年4月まで、このパチンコ店の従業員だった。 金被告は犯行後に韓国に出国。遺留品のドライバーに付着した生体資料をDNA鑑定したところ、金被告の肉親のDNA型と一致したため2006年1月19日に殺人容疑で逮捕状が請求され、国際手配された。9月下旬、韓国・京畿道で警察官の職務質問を受け、本人と判明したため身柄拘束された。ソウル高裁は、11月23日付で、日韓犯罪人引き渡し条約に基づき、身柄引き渡しを認めた。警視庁組織犯罪対策2課は2007年1月8日に捜査員を韓国に派遣。金被告は日韓犯罪人引き渡し条約に基づき、9日午前、韓国・金浦空港で警視庁の捜査員に引き渡され、羽田空港行きの航空機内で逮捕状を執行された。 | |
最高裁第一小法廷 泉徳治裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年10月20日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) | |
判決理由は不明。 | |
金被告は事件の1年前、2003年4月には、窃盗事件で神奈川県警に任意同行を求められた際、交換所や女性の部屋に立てこもる事件を起こしていた。金被告は立てこもった際に交換所から約1700万円を盗んだとして窃盗などの罪で起訴され、有罪判決を受け国外退去処分となったが、日本に戻ってきていた。 2007年10月29日、東京地裁で無期懲役判決。2008年4月12日、東京高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 渡辺高裕(29) |
逮 捕 | 2004年7月1日(出頭 死体遺棄容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | わいせつ略取、逮捕監禁、強姦、殺人、死体遺棄、窃盗 |
事件概要 |
無職渡辺高裕被告は2004年6月28日午後11時半頃、山梨県富士河口湖町の県道で、台湾から観光旅行中の女子大生(当時21)をわいせつ目的で無理やり車に乗せ、ナイフで脅した後紐で両手両足を縛り、後部座席に押し込んだ後、山梨県や静岡県など10数時間連れ回し、29日午後3時20分ごろ、富士吉田市内で首を絞めて殺害した。付近の側溝へ死体を遺棄した。 女性は観光ツアーで一緒に来日していた兄に「電話を掛けてくる」と言い残し、1人で同町船津のホテルを外出。ホテルから約500メートルのコンビニエンスストアに立ち寄った後、行方不明になっていた。 遺体は7月1日に発見された。県警は目撃情報から渡辺被告を割り出し行方を追っていたが、1日午後「大変なことをした」と東京都内の交番に出頭した。 |
裁判所 | 最高裁第一小法廷 甲斐中辰夫裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年10月21日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) |
裁判焦点 | |
備 考 | 2007年4月26日、甲府地裁で一審無期懲役判決。2007年11月29日、東京高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 福田浩之(46) |
逮 捕 | 2008年2月20日(覚せい剤取締法違反罪などで起訴済) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗致死、窃盗、覚せい剤取締法違反他 |
事件概要 |
茨城県坂東市の農業手伝い福田浩之被告と無職S被告は共謀して、2007年5月20日午前2時20分頃、つくば市にある電気設備会社の資材置き場に駐車中のトラックを盗んだ。近くのプレハブ小屋で休んでいた古河市に住む会社員の男性(当時27)はエンジン音がしたため駐車場に戻り、トラックが発進するのを制止しようとして助手席にしがみついたが、車は加速して振り落として轢き、出血多量で死亡させた。男性は電気設備会社社長の男性と友人で、当日はバーベキューをした後、プレハブ小屋で休んでいた。 2被告を含む窃盗グループは、県内や隣接県で自動車盗を繰り返していた。事件当日は、S被告がトラックの電気配線を直結させてエンジンをかけ、福田被告がトラックを運転した。福田被告は覚醒剤と窃盗他で執行猶予期間中だった。 茨城県警捜査3課と境、古河、つくば北署の合同捜査班は2008年10月17日、S被告ら7人が覚せい剤購入やギャンブルの資金を得るため、2002年秋から県南、県西や隣県の県境を中心に2~4人で、車両計788台を盗み出し、1台20万~120万円で外国人の古物商に売却していたと発表した。合同捜査班が裏付けた被害件数は873件に上る。盗んだ車両を積み込んだトラックの後ろに、追っ手を妨害するための四駆を走らせ、2台1組で事件を繰り返していた。 |
裁判所 | 水戸地裁 鈴嶋晋一裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年10月27日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年7月24日の初公判で、被告側は起訴事実を認めた。 2008年9月29日の論告求刑で、「覚せい剤、窃盗事件で執行猶予期間中にもかかわらず、逃走のために他人の命を顧みない犯行は自己中心的で短絡的」と指摘した。弁護側は同日の最終弁論で「福田被告は他人に流されやすい性格で、事件の首謀者ではなく、(S被告に)従属していた」などとして情状酌量を求めた。 判決で鈴嶋裁判長は「トラックを発進させれば被害者が飛び降りるだろうと安易に考えて急発進させ、助手席のステップに立っていた被害者を振り落とし、そのままはねた」と犯行の状況を指摘。そのうえで「被害者の存在やトラックが大型車両だったことを考えれば、命の危険は容易に想像できたはず」「生活費や覚せい剤を買う金欲しさに盗んだ車の運転役を引き受け、同じような盗みを繰り返していた。利己的な動機から安易に犯行を繰り返した刑事責任はきわめて重大だ」と断じた。 |
備 考 |
S被告は窃盗、現住建造物等放火他で起訴。2008年10月20日、水戸地裁で一審懲役10年判決(求刑懲役12年)。 被告側は控訴した。2009年2月19日、東京高裁で控訴審判決。被告側控訴棄却と思われる。 |
氏 名 | 西川純(58) |
逮 捕 | 1997年11月18日(逃亡中のボリビアから国外退去処分を受けて帰国したところを逮捕。1975年8月4日のクアラルンプール事件において超法規的措置にて釈放されていた) |
殺害人数 | 0名 |
罪 状 | 逮捕監禁、殺人未遂、ハイジャック防止法違反他 |
事件概要 |
西川純被告は1974年5月13日、和光晴生被告(一・二審無期懲役、上告中)、奥平純三容疑者(1977年9月28日のダッカ事件において超法規的措置にて釈放、国際手配中)と共にオランダ・ハーグにあるフランス大使館を攻撃して占拠した。フランス大使ら11人を人質に取り、フランスで逮捕されていた日本赤軍メンバーを釈放させた。また警察官2人に発砲して殺害しようとした。 その後逮捕、起訴された。1975年7月に初公判が開かれたが、1975年8月4日のマレーシア・クアラルンプール事件において超法規的措置にて釈放された。 1977年9月には丸岡修受刑者(無期懲役が確定)らメンバー4人と共謀してパリ発東京行き日航機をインド上空で乗っ取り、バングラデシュのダッカ空港に強制着陸させた上、日本赤軍らメンバー6人を超法規的措置で釈放させて身代金600万ドルを奪った。 |
裁判所 | 東京高裁 阿部文洋裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年10月28日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
2008年7月24日の控訴審初公判で、弁護側は、控訴趣意書で、「ハーグ事件では共犯者と共謀をしていない」「ハイジャックされた航空機に搭乗していなかった」といずれも無罪を主張した。検察側は控訴棄却を求めた。 判決で阿部裁判長は「政治的主張実現のため他人の生命や身体の安全を顧みず、暴力的手段に訴えることをいとわない反社会的行為だ。反省もない」と述べ、一審判決を支持した。阿部裁判長はハーグ事件について、西川被告が捜査段階で殺意を認めた点を指摘。「拳銃で人質を脅迫、監視するなど不可欠な役割を担った」として警官に拳銃を発砲した奥平純三容疑者との共謀はなかったとした被告側主張を退けた。またダッカ事件では、乗員らの目撃証言から関与を認め、「拳銃や手りゅう弾で脅して航空機を奪い、リーダー格の共犯者を補佐する重要な役割を果たした」と述べた。 |
備 考 | 2007年3月30日、東京地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年9月12日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 小原正明(65) |
逮 捕 | 2008年6月8日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、有印私文書偽造、同行使、詐欺 |
事件概要 |
住所不定無職小原正明被告は、かつての不倫相手である埼玉県所沢市の無職T被告と共謀。2008年5月23日午前11時半頃、自宅でT被告の夫である無職男性(当時75)の首を絞めるなどして殺害。現金約12万円と通帳を奪った。5月26日午前、所沢市内の銀行2店で、男性名義の普通預金の払い戻し請求書と解約請求書計2通を偽造し、口座から計約34万円を引き出した。金は2人で分け、小原被告の借金返済やT被告の生活費に充てた。 T被告は6月1日に、長女に付き添われて自首。その後、小原被告の関与について供述した。6月8日、東京都立川市の競輪場で小原被告が発見、逮捕された。 T被告は1993年ごろ、公園で小原被告と知り合い、交際を開始。小原被告が2005年2月、信用金庫から400万円を借りた際、T被告が借金の連帯保証人となった。その後、返済に行き詰まり、4月下旬、小原被告から夫殺害を持ち掛けられたとした。 |
裁判所 | さいたま地裁 大谷吉史裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 |
2008年11月4日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
2008年10月10日の初公判で小原被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。弁護側は「生活費や離婚の問題など、被害者と直接の利害関係にあったのはT被告」と指摘。殺害についても「被害者の死亡推定時刻に幅があり、小原被告が最後に手を下したと断言できない」と主張した。 10月29日の論告求刑で検察側は「借金返済に行き詰まり、殺害計画の主要部分を立案して犯行を主導した」と指摘。「金目的と動機は身勝手。犯行態様は計画的で卑劣」と断じた。小原被告の主張に対して「約20分間首を絞めている。死亡日時が明らかでないのは、遺体の腐敗を防ぐために保冷剤などを置いていたため」と否定した。最終弁論で弁護側は「死亡日時が明確でなく、首を絞めた後に被害者が息を吹き返した可能性がある」と強盗殺人未遂が妥当とした。 大谷裁判長は判決理由で「強盗殺人の実行行為の大半を担い、入念に準備した計画的犯行」「不倫相手だった被害者の妻を巻き込み、その夫を殺害するという人倫に反する非道な行為」「金を借金返済に充てずに別の女性との交遊やギャンブルに費やすなど、酌むべき事情は認めがたい」とした。 |
備 考 |
T被告は2008年10月31日、さいたま地裁で懲役25年(求刑無期懲役)判決。 控訴せず確定と思われる。 |
張安(28) | |
2003年1月16日 | |
1名 | |
住居侵入、強盗殺人、銃刀法※違反、強盗殺人未遂、窃盗未遂、現住建造物等放火、建造物侵入、窃盗 | |
中国から留学生として来た京都の短大生張安被告は、短大の学費の支払いに窮して人を殺してでも金を奪おうと企て、2003年1月15日未明、伏見区に住むアルバイトの女性(59)方に侵入。物色中に女性に見つかり、包丁で女性の頭や胸などを刺して殺害、現金約25,000円などを奪った。 さらに同日午後、約2km離れた伏見区に住む女性(当時86)方に侵入し、女性の頭を陶器鉢や岩で殴って重傷を負わせ、現金約95,000円を奪った。 張安被告は16日未明、京都府向日市内で起きた民家侵入事件の直後、近くで、ドライバーを持っていたため軽犯罪法違反の現行犯で逮捕された。同日、強盗殺人事件を自供した。 | |
最高裁第一小法廷 甲斐中辰夫裁判長 | |
死刑 | |
2008年11月4日 無期懲役(検察側上告棄却、確定) 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
検察側は「殺害の手段方法は執拗で残虐。刑の均衡からも極刑で臨むほかない」などと主張したが、甲斐中裁判長は決定で「死刑を選択することも考慮される」とした上で、「反省悔悟の情を示し、若年で日本での前科前歴もない。無期懲役とした判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない」と判断した。 | |
2004年9月24日、京都地裁で一審無期懲役判決。2006年3月9日、大阪高裁で検察側控訴棄却。 |
氏 名 | 竹村諒(25) |
逮 捕 | 2008年6月7日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、銃刀法※違反 |
事件概要 | 千葉県船橋市の無職(逮捕時はパチンコ店従業員)竹村諒被告は、2007年12月2午前2時頃、習志野市の市道で帰宅中の飲食店従業員の男性(当時42)から金品の奪おうとしたが大声を上げられたため、胸を包丁で刺して殺害し、現金約6,000円などを奪った。竹村被告は金融会社に数十万円の借金があり、家族に渡すはずの生活費をパチンコで使い果たしていた。竹村被告と男性は面識がなかった。 |
裁判所 | 千葉地裁 小坂敏幸裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年11月5日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年10月8日の初公判で、竹村被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。検察側は冒頭陳述で「パチンコにのめりこみ生活費を使い果たした末の、冷酷かつ残忍な犯行」と指摘。弁護側は「生活保護を受けている父親に渡す生活費を使ってしまい、追い込まれて犯行を行った」と主張した。 同日、検察側は、「利欲的な動機、経緯に酌量の余地はない」として、竹村被告に無期懲役を求刑した。弁護側は「遊ぶ金ほしさの犯行ではなく、反省もしている」などと減軽を求めた。 小坂裁判長は「金品を強奪するため殺害も辞さないという残忍な犯行。通り魔的犯行であり、極めて悪質。地域社会に与えた不安も大きい。自身の無計画な生活態度に起因するもので、動機や経緯にも酌むべき点はない」と指摘した。 |
備 考 | 被告側は控訴した。2009年1月29日、東京高裁で被告側控訴棄却。上告せず確定。 |
氏 名 | 大山徳太郎(31) |
逮 捕 | 2006年10月8日(虚偽告訴容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、虚偽告訴 |
事件概要 |
福岡市博多区の元古着店経営、大山徳太郎被告は2006年10月6日午後1時10分ごろ、福岡市中央区の古着店で経営者の女性(当時44)の首などを刃物で刺して殺害し、商品のバッグ2個と衣類123点(計約144万円相当)を奪った。 大山被告は7日午後11時頃、福岡県警中央署を訪れ、「市内の古着店に女性の遺体がある。自分の知人が殺した」と届け出た。県警は8日朝、同署に捜査本部を設置し、殺人事件として捜査を始めたところ、知人は市外で勤務中というアリバイがあったことが判明。同日夜、県警は大山被告を虚偽告訴容疑で逮捕した。10月28日に、強盗殺人容疑で再逮捕した。 大山被告は同じ中央区内で2006年7月まで古着店を経営し、女性が経営する古着店と取引があった。 |
裁判所 | 最高裁第三小法廷 那須弘平裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年11月11日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) |
裁判焦点 | 一、二審同様、知人が殺害したと主張した。 |
備 考 | 2007年11月5日、福岡地裁で一審無期懲役判決。2008年3月28日、福岡高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 関口勝之(42) |
逮 捕 | 2008年7月15日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 殺人、窃盗他 |
事件概要 |
群馬県桐生市の工員、関口勝之被告は2008年7月13日深夜、常連である同市のエステ店で店長の女性(韓国籍 当時52)にツケ28000円の支払いが滞っていることなどをなじられたことに腹を立て、店から数100m離れた自宅アパートから包丁(刃渡り12cm)を持って14日未明に再び来店。午前1時20分頃、休憩室だった同じビル内の空き店舗にいた女性の胸と腹を包丁で刺して殺害した。殺害後、関口被告は女性のウエストポーチから同店の鍵や自分の着信履歴が残る携帯電話、つけが記録してあるメモ帳、現金約32000円を盗み出した。鍵や携帯電話などは証拠隠滅しようと近くに捨てた。 捜査本部は残された指紋などから関口被告の犯行と断定。15日、関口被告を全国指名手配。同日午後10時頃、同市内の公園近くを歩いている関口被告を発見、逮捕した。 関口被告は約2年前から同店に通っていたが、金遣いが荒く、会社の金や、同僚から借りた金で通っていた。また女性従業員へのつきまとい行為で店とトラブルになっていた。 |
裁判所 | 前橋地裁 石山容示裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年11月11日 無期懲役 |
裁判焦点 |
10月6日の初公判で関口被告は起訴事実を認めたが、殺意を抱いた時期について、弁護側は争う姿勢を示した。 検察側は冒頭陳述で、関口被告は、当時、恋人と思い込んでいた同店の従業員との関係を女性が邪魔しているとして殺害を考え始めたとし、包丁を研磨したとして殺害の計画性を指摘。さらに犯行直前、女性との関係を否定され、金がないのにツケをすぐに払うように言われたことが引き金となったとした。弁護側は、殺意を抱いたのは犯行直前として計画性を否定した。 11月4日の求刑論告で検察側は争点となった殺意の発生時期について、犯行の約30分前に被告が女性に電話をかけた時点だったとし、「犯行には一定の計画性があった」と主張。「被告が殺意を抱いたのは犯行直前、女性に包丁を見られて大声を出されたとき」とする弁護側主張に反論した。 被告は犯行当日にいったん来店した際、サービスを受けるには店の代金のツケを払うことが条件だと女性に言われ、恋人と思い込んでいた女性店員との関係を否定された上、店を出た被告が女性にかけた電話で「もう店に来ないでよ。金は今すぐ持ってきて」などと言われて怒りが爆発し、確定的殺意を生じたと指摘した。 検察側は「被告は思い込みから一方的に被害者への憎しみを募らせた上、女性店員との関係を否定され、ツケの払いを求められた程度のことで激高し、殺害した。犯行はあまりに短絡的かつ自己中心的」「被害者に何ら憐憫の情もなく、刃物で2回にわたり身体を突き刺すという強固な殺意に基づく犯行で、その冷酷さは戦慄を禁じえない」と述べた。 さらに被告の前科にも言及したうえで、「被告は安易に殺人に及ぶ傾向が顕著で、更生の可能性は低い」とした。 一方、弁護側は最終弁論で「殺害行為に計画性はない」と減軽を求めた。 論告に先立ち、女性の一人娘が法廷に立ち、メモを読み上げ「私のママを奪った犯人が憎くてたまらない」などと意見陳述し、被告に極刑を求めた。 石山容示裁判長は判決理由で「事前に包丁を用意し、ウエストポーチに隠していた」などと計画性を認定。「短絡的かつ自己中心的な動機に酌量の余地はない。刺し傷から強固な殺意が認められ、犯行後も証拠を隠ぺいしている」と述べた。また仮釈放後3年もたたないうちに再び殺人を犯したことを挙げ「矯正は困難」とした。 |
備 考 |
関口勝之被告は1994年6月3日、当時借りていた群馬県大間々町のアパートで前妻(当時27)の背中を刺して殺害。遺体をアパート内の押し入れに隠した殺人、死体遺棄の罪で起訴。1995年10月30日、前橋地裁で懲役11年(求刑懲役13年)の判決を受けて確定。2005年10月に仮釈放されていた。 被告は11月19日に控訴したが、21日に控訴を取下げ。控訴期限の26日に刑が確定した。 |
氏 名 | 清田龍也(40) |
逮 捕 | 2007年12月5日(7月26日の強盗容疑で逮捕。12月27日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 住居侵入、強盗強姦、窃盗、強盗殺人、強盗未遂 |
事件概要 |
埼玉県川口市の配管工、清田龍也被告は以下の事件を引き起こした。
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裁判所 | さいたま地裁 中谷雄二郎裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 |
2008年11月12日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
公判前整理手続きで、争点は〈1〉殺意の有無〈2〉責任能力の有無〈3〉情状面に絞られた。 2008年7月14日の初公判において、清田被告は罪状認否で「殺すつもりはありませんでした。それ以外はその通りです」とし、強盗は認めたが、殺意は否認した。 検察側は冒頭陳述で、清田被告が強盗などを繰り返した動機として、「パチンコにのめり込んで金を借り、自己破産後もヤミ金融から借金した。犯行は返済のためだったが、奪った金で性風俗にも通っていた」と指摘した。女性殺害については、「声を上げて激しく抵抗され、『殺すしかない』と殺害を決意し、動かなくなるまで力いっぱい絞め続けた」と明確な殺意を強調。「精神科への入院・通院歴などは一切ない。一連の犯行時に完全責任能力があった」と続けた。また検察側は証拠調べ手続きで、女性の家族3人の供述調書を朗読。3人とも「死刑以外に考えられない」と結んだ。 弁護側は冒頭陳述で、「殺意があればヒモなどを使うはずだが、多くは片手で押さえただけ」として殺意を否定。「『騒がれては困る。早く逃げたい』との気持ちだけだった。強く、長い時間押さえてしまったため、不幸な結果に至った」と主張した。また清田被告の生い立ちや生活にも触れ、「両親が借財を残して焼身自殺するなど、過酷な生活で精神を病んでいた可能性がある。パチンコに通い始めたのも、『少しでも稼いで(借金を)穴埋めしたい』という思いだった」などと述べ、精神鑑定と情状鑑定を行うよう求めた。 9月19日の公判では、弁護側が請求した取り調べ時の録画映像(DVD)が上映された。弁護側は、DVDで清田被告が「(供述調書にある)手加減せず首を締めたという話はしたことはない」「意図的に殺すつもりはなかった」と検察官に述べていることを指摘、調書に信用性がないと主張。清田被告は「自分の命をもって死刑となって償いたい」と涙をぬぐいながら述べた。ただ、DVDは録音状態が悪く音声が聞き取れない部分が多かったため、弁護側がDVDを停止して清田被告に当時のやり取りを説明させながら立証することになった。さいたま地裁で取り調べ映像が上映されたのは初めて。 10月27日の論告で検察側は「犯行は計画的で常習性もある」と指摘。「長時間強い力で首を圧迫しており、殺意は明らか。犯行形態が徐々に悪質化し、地域に与えた恐怖感は大きい」「矯正の余地はなく、再犯の可能性が高い」と指摘した。求刑に先立ち行われた遺族の意見陳述では、父親が「娘の命を奪う権利が被告にあったのか。死刑を求める遺族の気持ちに変わりはない」と訴えた。同日の最終弁論で、弁護側は最終弁論で、「声を出すのをやめさせようと首を絞めただけで、殺意はなかった。借金返済に追われながら障害を持つ息子の養育をこなして働くなど、人に言えない苦しみは並大抵のものではなかった」と情状酌量を求めた。 判決で中谷裁判長は「のどや胸を長い時間圧迫しており、確定的殺意を優に推認できる」と殺意を認定。その上で「借金を重ねて遊興費などに使い尽くした揚げ句、金欲しさから次々と重大犯罪に手を染め、ついには人命を奪った。殺人事件に至るまでに住居侵入などの犯行も重ねていて、犯罪傾向が強まっている。卑劣で残虐極まりない」と指弾。「一連の犯行は比較的狭い地域で敢行され、1人暮らしの女性に不安感を与えるなど社会への悪影響も軽視できない」とした。 |
備 考 | 被告側は控訴した。2008年12月22日付で被告側控訴取下げ、確定。 |
氏 名 | 渡辺ノリ子(51) |
逮 捕 | 2004年12月16日 |
殺害人数 | 0名(死者3名) |
罪 状 | 現住建造物等放火、現住建造物等放火未遂、窃盗、建造物侵入、建造物損壊 |
事件概要 |
さいたま市の無職渡辺ノリ子被告は、交際していた男性との関係が破たんしたうっぷんを晴らし、騒ぎに乗じて商品を盗み出そうと放火。以下の事件を起こした。
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裁判所 | 最高裁第二小法廷 古田佑紀裁裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年11月17日 無期懲役(被告側上告棄却、確定) |
裁判焦点 | 弁護側は「被告は当時、認知症の可能性が高く、責任能力は否定される」と主張した上で有期刑への減軽を求めたが、小法廷は「上告理由に当たらない」とした。 |
備 考 | 2007年3月23日、さいたま地裁で一審無期懲役判決。2008年5月15日、東京高裁で被告側控訴棄却。 |
氏 名 | 五反田秀太(27) |
逮 捕 | 2007年12月2日(死体遺棄容疑。12月9日、殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 2名 |
罪 状 | 殺人、死体遺棄 |
鹿児島市犬迫町のアルバイト五反田秀太被告は2007年11月19日午前1時頃、寝室で寝ていた母(当時54)と父(当時55)の頭を木刀(長さ1.15メートル)で複数回殴り殺害した。さらに母のバッグなどから現金数万円を奪い、遊興費などに使った。秀太被告は遺体を3日間放置していたが「においがするようになり、自宅の庭なら発見されないだろう」と、軽トラックで遺体を運び、裏庭に埋めた。 秀太被告は持病で就職することができなかった。そしてパチンコなどの遊行費で消費者金融や知人から約300万円の借金があった。事件当日は手持ちの金が無くなり、以前から母に借金や生活態度を注意されるなどしていたことから殺害を決意したものだった。また父親もパチンコなどで数百万円の借金を抱えており、トラブルになっていた。 11月30日の親類の葬儀に夫婦が姿を見せなかったのを不審に思った父親の姐が鹿児島西署に届け出て行方不明が発覚した。 | |
裁判所 | 福岡高裁宮崎支部 竹田隆裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年11月20日 無期懲役(一審破棄) |
裁判焦点 |
検察側が量刑不当と控訴。それを受け弁護側も、くむべき事情が十分認められておらず、刑が重すぎるとして控訴した。 2008年10月9日の控訴審初公判で、五反田被告は「両親にはすまないという気持ちでいっぱいで、何と言っていいかわからないくらい反省しています」などと寛大な判決を求め、即日結審した。 判決で竹田裁判長は「犯行は非情かつ悪質。前科がなく年齢も若いことなどを考慮しても、刑事責任は極めて重い」とし、一審判決を破棄した。判決理由の中で竹田裁判長は「殺害後に母親のバッグから金を持ち出してパチンコなどの遊興にふける一方で、両親の遺体を埋めて隠滅工作を行うなど悪質」と指摘。一審判決が情状面で有利な事情とした両親との感情面のすれ違いや経済的な窮乏、持病の悪化について、被告が生活態度を改めなかったことなどに起因するものと認定。「被告に有利に考えるべき事情とは言えない」と述べた。また「犯行は一時の感情に基づくもので計画性がない」との一審の判断についても、自分の部屋で事前に凶器の木刀を素振りし思い描いた通りの方法で殺害しているとして認めず、同種事件の量刑とも比較し、無期懲役を言い渡した。 |
備 考 | 2008年6月6日、鹿児島地裁で一審懲役30年判決。上告せず確定。 |
ウン・ハイ・ホワット(37) | |
2008年2月1日(入管法違反罪で起訴済) | |
1名 | |
強盗殺人、強盗、死体遺棄、住居侵入、入管法違反 | |
マレーシア国籍の住居不定無職、ウン・ハイ・ホワット被告は、成田市の暴力団組員岩井篤三被告、タイ国籍の住所不定接待業P被告、タイ国籍で茨城県坂東市の無職S被告、タイ国籍で茨城県古河市の無職T被告、埼玉県さいたま市の無職少年(当時18)と共謀。2007年10月14日夕方、千葉県柏市に住む住吉会系暴力団組長の男性(当時57)の自宅マンションに侵入し、内縁の妻や息子を監禁。午後5時頃、帰ってきた男性の腹などをナイフで刺して殺害し、現金100万円や貴金属などを奪った。その後、タイ国籍の女性被告、富里市の無職男性被告を加えた8人で17日、富里市の空き地に遺体を埋めた。内妻たちは富里市内のトレーラーハウスに再度監禁され、15日夜に解放された。 一連の犯行はウン被告の指示で実行された。 他にウン被告は岩井被告と共謀し、2007年8月19日午前11時40分ごろ、千葉県酒々井町のパチンコ店敷地内にある景品交換所に盗難車で突っ込み、女性店員(当時41)を脅して、交換所の中にあった現金を奪った。 | |
千葉地裁 根本渉裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年11月20日 無期懲役 | |
根本渉裁判長は、「犯行は金欲しさに行われた計画的かつ残忍なもので、極めて悪質だ。被告は実行グループを組織して周到に準備するなど中心的な役割を果たしており、その責任はきわめて重大だ」と述べた。 | |
さいたま市の無職少年(当時18)は2008年6月26日、千葉地裁で一審懲役5年以上10年以下判決(求刑無期懲役)が言い渡され、控訴中。 P被告は2008年10月28日、千葉地裁で一審懲役28年(求刑懲役30年)判決。 岩井篤三被告は強盗殺人、死体遺棄、住所侵入、強盗容疑で公判中。 S被告、T被告は強盗殺人他で起訴。 被告側は控訴した。 |
真鍋泰光(48) | |
2007年11月19日(死体遺棄容疑。12月4日、強盗殺人容疑で再逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人、死体遺棄他 | |
香川県観音寺市のスナック経営真鍋泰光被告と、知人で丸亀市に住む暴力団組員永岡秀明被告は2007年11月1日午後9時頃、観音寺に住む無職女性(当時55)方で女性の頭をハンマーで数十回殴打して電気コードで首を絞めて殺害し、約1050万円とバッグ(12万相当)を奪った。その後、女性の遺体をシーツにくるんで乗用車に積み込み、観音寺市内の山中に遺棄した。 真鍋被告は、多額の借金を返済するため、スナックの客だった女性の財産に目を付け、生活費に困っていた永岡被告に犯行を持ちかけた。奪った金は折半した。 11月2日、連絡が取れないのを不審に思った女性の娘が室内で血痕を見つけた。捜査本部が交友関係を中心に捜査したところ、真鍋被告が浮上。真鍋被告の車から女性の血液が検出されたため、13日に逮捕した。その後の聞き込み捜査で、永岡被告が浮上した。 | |
高松地裁 菊池則明裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年11月21日 無期懲役 | |
2008年11月17日に初公判が開かれ、真鍋被告は罪状認否で「殺害の話は持ちかけたが、共犯の男が1人で殺害した。遺棄を手伝っただけ」などと、強盗殺人についての起訴事実を否認した。検察側は「真鍋被告は借金返済に困り、同じく借金があった永岡被告に女性を殺して金を奪う計画を持ちかけた」と指摘。さらに「永岡被告が女性の頭をハンマーで殴っている間、女性の両手を押さえつけた」と殺害に加わったとした。 一方、弁護側は「殺害の具体的日時や方法は話していない。1人で殺害した永岡被告から『殺してしまったので来てほしい』と電話で呼び出され、死体遺棄を手伝っただけ」と主張した。 11月20日の論告求刑で検察側は、真鍋被告が永岡秀明被告に犯行を持ちかけて殺害の手順を決め、女性を2人がかりで押さえつけてハンマーで殴打したとし、「主導者だが、場当たり的な証言で否認している」「金目的の残忍な犯行。不合理な供述で否認し、反省していない」と指摘した。 同日の最終弁論で弁護側は「真鍋被告は、殺害を1人で行った永岡被告の証言に合わせて自供しただけで、犯行を裏付ける客観的な証拠はない」と主張した。 菊池裁判長は判決で「(検察側の主張は)合理的で客観的証拠とも整合する」などといずれも検察側の主張を認めた。そして「動機は身勝手で、犯行は執ようかつ残虐極まりない」などとした。 | |
永岡秀明被告は2008年7月17日、高松地裁で無期懲役判決、控訴中。 被告側は控訴した。2009年6月29日、高松高裁で被告側控訴棄却。2009年10月7日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 高木節男(60) |
逮 捕 | 2007年11月4日(強盗殺人容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗致死、住居侵入 |
事件概要 |
栃木市の廃品回収業高木節男被告は、近くに住んでいた無職男性(当時88)が資産家であると知り、約20年前に千葉刑務所で知り合った愛知県瀬戸市の会社役員N被告に犯行計画を持ちかけた。事業に行き詰まっていたN被告は応じ、姉と交際していた名古屋市中川区の土木作業員S被告を誘った。 2007年9月17日午前11時過ぎ、N、S両被告は栃木市の無職男性(当時88)方に侵入。居間で、男性の頭に自転車のかごカバーと土嚢袋をかぶせ、粘着テープを巻き付け、体をいすにビニールひもでくくりつけ、窒息死させた。金品は発見できなかった。高木被告は実行役には加わらず、近くで待機していた。 |
裁判所 | 東京高裁 須田賢裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年11月25日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 | 2008年10月28日の控訴審初公判で三被告の弁護側は控訴趣意書で「被害者が入れ歯をのどに詰まらせることは予測不可能だった」と量刑不当を主張していたが、須田裁判長は「入れ歯が外れる原因となった点で暴行と死亡との因果関係はある」と認定した上で「犯行の経緯や結果、対応をみても、いずれも凶悪性が高く罪責は重い。量刑が重すぎて不当な判決とはいえない」「殺意がないだけでは減軽の理由にならない」と退けた。 |
備 考 |
約20年前、高木被告は大麻密輸などの罪で、N被告は殺人罪で服役中だった。 2008年6月26日、宇都宮地裁栃木支部で求刑通り一審無期懲役判決。同日、N被告は懲役30年(求刑無期懲役)判決。S被告は懲役24年(求刑懲役30年)判決。N被告、S被告も控訴棄却。S被告は上告せず確定。 被告側は上告した。2009年11月11日、高木被告、N被告の上告棄却、確定。 |
大木大祐(34) | |
2007年2月13日 | |
0名 | |
強姦傷害他 | |
千葉県野田市の会社員大木大祐被告は千葉県と埼玉県で2004年9月から約2年半にわたり、女性の自宅に侵入するなどして計22人を襲い、うち13人に乱暴。4人にけがを負わせ、8人から計40万円相当の金品を奪った。 | |
さいたま地裁 若園敦雄裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年11月26日 無期懲役 | |
若園裁判長は「性欲を満たすため、手段や場所を選ばず20人以上の女性を襲っており、犯行は悪質極まりない」と述べた。 | |
埼玉県警は37件の強姦事件の犯行を確認、20件を立件した。 2008年7月15日、千葉県警の護送担当者が開廷時間を勘違いしたため被告が出廷できず、公判が8月26日に延期された手違いがあった。 被告側は控訴した。2009年2月26日、東京高裁で控訴審判決。被告側控訴が棄却されたものと思われる。 |
氏 名 | 谷脇欣央(39) |
逮 捕 | 2008年4月26日(窃盗容疑。5月16日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、窃盗 |
事件概要 |
高知県南国市の重機運転手谷脇欣央(よしお)被告は香南市のトラック運転手、戸田瑞(いずみ)被告と共謀。2004年7月15日午後9時頃、香南市のパチンコ店で知り合いの無職男性(当時21)に「飲みに行こう」と声をかけた。男性所有の車で高知市内などを回った後、香南市の県道脇に車をとめ、現金約10万円を奪いキャッシュカードの暗証番号を聞き出したうえ、車内で殺害。その後、同市の山中に遺体を遺棄した。 翌日、両被告は無職少年(当時18)とともに高知市内の銀行で、カードを使って現金自動預払機(ATM)から2回に分けて52万円を引き出した。 男性と戸田、谷脇両被告はパチンコ店で顔見知りとなったが、名前も連絡先も知らず、男性が大金を持っているとの噂を聞いて殺害を思いついた。 事件当時、両被告とも定職に就かず、月約20万円の借金返済に追われていた。 男性の家族は家出人捜索願を提出。車は7月下旬に香美市の高知工科大の敷地内で、すべてのドアが施錠された状態で発見された。車内に血痕などはなく、県警は家出と事件事故の両面から捜査していた。 男性の遺体は2007年12月20日、イノシシ猟をしていた男性が枝道の斜面で人骨らしきものを発見。2008年2月1日に香美署に届け出た。香南署が確認し、白骨化した遺体が斜面下数メートルから数十メートルにわたり散乱した状態で見つかった。県警が解剖してDNA鑑定し、男性のDNAと一致した。 |
裁判所 | 高知地裁 伊藤寿裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月2日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年10月27日の初公判で谷脇被告は起訴事実を全面的に認めた。弁護側は、主体的にかかわったのは戸田被告で、谷脇被告は殺害を最後までためらっていたことや反省態度を示していることなどを説明した。 10月28日の論告求刑で検察側は「首を絞めるのはタオルがいいと提案するなど計画段階から主体的かつ積極的に関与した」と指摘。弁護側の殺害に迷いがあったとの主張や、首を絞めている途中で、共謀した戸田瑞被告に「もう緩めてええかえ」と聞いたことは「強固な殺意を否定するものではない」と主張した。そして「わずか21歳の前途ある青年が亡くなった結果は極めて重大で、態様は残虐かつ卑劣。遺族の処罰感情は峻烈」と断じた。 同日の最終弁論で弁護側は、両被告共に多額の借金を抱えていたことを動機に挙げ、「戸田被告に利用された面がある」と主張。「反省態度を示し、これまで凶悪な犯罪に手を染めていない」として情状酌量を求めた。 伊藤裁判長は判決で「計画的で残忍な犯行。借金返済のため金を持っていそうな被害者を殺害した、という身勝手な動機に酌量の余地はない」と指摘。被害者の遺体が発見された後、共犯者と口裏合わせをするなど犯行後の情状も悪いとした。また伊藤裁判長は強盗殺人罪について、無罪を主張している戸田瑞被告との共謀も認定するとともに、犯行のアイデアを相互に出し合った、犯行で得た現金を折半したことなどから「対等な立場で犯行を計画して実行」「強固な殺意が認められる」と判断した。 |
備 考 |
谷脇、戸田被告とともに現金を引き出し、窃盗罪に問われた元少年は2008年7月24日、高知地裁で懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の有罪判決が言い渡され、そのまま確定した。 戸田瑞被告は強盗殺人他で起訴。逮捕当初から犯行を否認している。 控訴せず確定。 |
氏 名 | 丹羽大介(21) |
逮 捕 | 2008年8月3日 |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人 |
事件概要 |
札幌市北区のガソリンスタンド従業員丹羽大介被告は、手稲区に住む友人の無職男性と共謀。2008年8月2日午前2時半頃、北区にある釣具店で釣り竿やリールなど計6点(計約29300円相当)を万引。丹羽被告は自分の車で逃げようとしたが、追いかけてきた店員の男性(当時23)が車のボンネットにしがみついたため、男性を振り落とした後、車で引きずって死亡させた。 丹羽被告と無職男性は以前の職場の同僚。事件前に数回、同店を訪れていたため、別の店員が顔を覚えており、作成した似顔絵から捜査本部は二人を特定した。二人は列車で本州へ逃走したが、二人の知人や捜査関係者らが携帯電話を通じて出頭するよう説得したのに応じて、3日未明、青森県八戸市で交番に出頭した。 |
裁判所 | 札幌地裁 辻川靖夫裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月5日 無期懲役 |
裁判焦点 |
2008年12月1日の初公判で、丹羽被告は「殺意はなかった」として起訴事実の一部を否認した。弁護側は「被告には当時、殺意まではなく心神耗弱に匹敵する心理状態だった」としており、強盗殺人罪の成立は争わないが、死刑と無期懲役しかない法定刑の酌量減軽を求めた。検察側は冒頭陳述で、被害者が車でひきずられた距離を少なくとも67.94m、時間を11秒と指摘。その間一度もブレーキを踏んでいないなどと述べ、被告には殺意があったと主張した。丹羽被告が踏んだアクセルが重かったため「『さっきの店員が車に引っかかっているかもしれない』と思っていた」と主張した。 12月2日の論告で検察側は「車の下に人がいると分かっており、死ぬかもしれないという未必的な殺意があった。自分が逮捕を免れるためには人がどうなってもよいという動機は身勝手。再犯の可能性も高い」と指摘した。同日の弁論で弁護側は「当時、被告は逃げることに精いっぱいで、殺意はなかった。有期刑に減軽すべきだ」と主張した。 辻川裁判長は「路面と車の底に挟まれたまま60メートル以上引きずられて絶命するまでに、被害者が感じた肉体的、精神的苦痛は甚大」と述べた。弁護側は殺意はなかったという主張に対して判決は、「逮捕を免れようと懸命だったにすぎず、他者の命を気遣う気持ちがあれば車の運転をやめていた」「被告はアクセルが重くなったと感じた時点で、被害者を引きずっており死に至るかもしれないと認識していた」として退けた。 |
備 考 |
無職男性は強盗殺人容疑で逮捕されたが、万引直後、丹羽被告と別れ、車に乗らずに逃走していたことが分かったため、札幌地検は窃盗罪を適用した。 2008年10月21日、札幌地裁は無職男性に懲役2年、執行猶予4年(求刑懲役2年)を言い渡し、そのまま確定した。 被告側は控訴した。2009年5月26日、札幌高裁で被告側控訴棄却。2009年12月16日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 坂本明浩(48) |
逮 捕 | 2005年2月13日、広島東署銃撃事件における銃刀法違反他容疑で逮捕。2006年2月10日、「リンリンハウス」放火事件における殺人他容疑で再逮捕。 |
殺害人数 | 4名 |
罪 状 | 殺人、殺人未遂、現住建造物等放火、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、覚せい剤取締法違反(営利目的所持)、威力業務妨害 |
事件概要 |
神戸市のテレホンクラブ「コールズ」を経営していた中井嘉代子被告は1999年12月ごろ、神戸市内で経営するテレホンクラブの営業をめぐり、ライバル関係にあったテレホンクラブ「リンリンハウス」の営業を妨害しようと、広島市の元会社役員で、覚せい剤密売グループ会長坂本明浩被告に1000万円で犯行を依頼した。 坂本被告は、依頼を承諾し、重機オペレータ佐野和幸受刑者と無職亀野晋也受刑者、暴力団員H被告に犯行を指示。3人は2000年3月2日午前5時5分頃、盗んだナンバープレートを付けた乗用車で神戸駅前店に乗りつけ、一升瓶で作った火炎瓶1本を店内に投げ込んで同店の一部を焼き、店員1人に軽傷を負わせた。10分後には東約1kmの元町店に2本を投げ込んでビル2、3階部分計約100平方メートルの同店を全焼させ、男性客4人を一酸化炭素中毒で殺し、店員ら3人に重軽傷を負わせた。 中井被告は坂本明浩被告の求めに応じ、犯行後、報酬や逃走資金などとして計約1億100万円を渡した。 他に坂本被告は2004年2月9日午前0時5分頃、広島市中区の広島東署正面玄関に向けて拳銃を1発発射し、自動ドアのガラス2枚(189000円相当)を割ったとして、銃刀法違反と組織的犯罪処罰法違反(建造物損壊)の罪にも問われていた。 坂本被告は覚せい剤密売組織「インターナショナル・シークレット・サービス」(ISS)の会長だったとされる。2005年6月27日、広島県警銃器薬物対策課と広島東署などは、2004年12月17日、広島市中区大手町の駐車場で、乗用車の車内にあったカップ食品の容器の中に覚せい剤約420グラムを所持した。 坂本被告は2004年5月に広島市南区の喫茶店で、金融会社の社員を脅し30万円を取ったとして共犯者とともに恐喝容疑で逮捕されているが、2006年5月9日、共犯者と被害者との間で示談が成立したことなどから起訴猶予処分となっている。 |
裁判所 | 神戸地裁 岡田信裁判長 |
求 刑 | 死刑 |
判 決 |
2008年12月8日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
2005年4月26日の初公判で、坂本明浩被告は広島東署発砲事件について無罪を主張した。 検察側は神戸地裁への審理併合を請求し、広島地裁は2006年8月に認めたが、神戸地裁は9月、発砲事件の審理が終盤に差しかかっていることなどから請求を却下。検察側は刑事訴訟法(審理併合について裁判所の意見が一致しない場合、共通の上級裁判所が併合を決定できると規定)に基づき、最高裁に判断を求めた。2006年10月26日付で最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)は、坂本被告の審理を神戸地裁に併合する決定をした。最高裁による併合決定は、1980年に起きた富山・長野連続女性誘拐殺人事件の宮崎知子死刑囚の審理に次いで2件目。 2007年9月14日、殺人事件において初めて審理された公判で坂本被告は、罪状認否で「実行犯グループとの共謀はなく、殺意もなかった」などと起訴事実を否認した。 2008年8月22日の論告で検察側は「命によって償うしかない」と死刑を求刑した。検察側は「狭い店の出入り口で火災が起きれば、閉じ込められて死傷する可能性が高いのは容易に想像できた」と被告の殺意を指摘。「金のためなら他人の生命も侵害するという考えで、矯正は不可能」とした。弁護側の「被告は火炎瓶の使用を知らなかった」との無罪主張に対しては、共犯の中井被告者から営業妨害を依頼され「確実に報酬を得るため、積極的に犯行を立案、主導したのは明らか」と反論した。 9月26日の最終弁論で弁護側は「(事前の謀議などについて)坂本、中井両被告を処罰するために捜査官らに作られた虚構のストーリーだ」と主張した。また広島東署の玄関に銃弾を撃ち込んだ事件についても弁護側は「共謀はない」と無罪を主張した。 判決で岡田裁判長は「入念に準備しており、凶悪極まりない犯行の発案者で、4人の人命が失われた結果は重大。高額の報酬を得るためという身勝手な動機に酌むべき点は皆無。他人の生命を無視した身勝手で自己中心的な犯行」と断じた。一方、死傷者が増大した原因として「防火構造上の問題に起因する面も否定できない」と指摘。「どのような火炎瓶を使うかなど具体的な指示はしていない。(死ぬかもしれないという)未必の故意にとどまり、積極的に殺害しようとはしていない」と述べ、共犯者との刑の均衡も考慮し死刑は回避するべきだとした。弁護側の無罪主張については「被告が火炎瓶を投げ込むことを起案し指示したことは明白」として退けた。 また、広島東署に銃弾を撃ち込んだとされる銃刀法違反罪などについては「『坂本被告が犯行を指示した』とする関係者の供述は信用できない」として無罪とした。 |
備 考 |
広島東署発砲事件では、実行犯である元ISS幹部のM被告が銃刀法違反と組織的犯罪処罰法違反(建造物損壊)容疑で、他の脅迫事件における建造物損壊、威力業務妨害容疑とともに起訴された。2008年2月1日、広島地裁(細田啓介裁判長)で懲役14年、罰金200万円(求刑懲役18年、罰金200万円)が言い渡されている。11月11日、広島高裁(楢崎康英裁判長)は被告側控訴を棄却した。他に3人が有罪判決を受けている。 実行犯だった佐野和幸受刑者(求刑死刑)と亀野晋也受刑者(求刑無期懲役)は2003年11月27日、神戸地裁で一審無期懲役判決。2005年7月4日、大阪高裁で検察・被告側控訴棄却(検察控訴は佐野受刑囚に対して)。2006年11月14日、最高裁で被告側上告棄却、確定。 運転役だったH被告は逃亡し、現住建造物等放火容疑で指名手配されていたが、2008年7月28日、愛媛県新居浜市内で逮捕された。 下見に同行したり、佐野和幸受刑者がやけどを負った際、広島市内の病院に入院するのを手助けしたりするなどした神戸市の元土木資材販売業N被告は、殺人容疑で起訴された。2006年11月30日、神戸地裁にて岡田信裁判長は「N被告が客らの死亡を予測していたとするには、疑いが残る」と殺意を否定。また共犯者との共謀についても「犯行を側面から支える補助的なもの」として、傷害致死ほう助などの罪で、懲役9年(求刑懲役15年)を言い渡した。岡田裁判長は「犯行が、店舗全体を使用不可能にするとか人的損害の発生を目的にしておらず、被告は死者が出ることまで思い至らなかった」とし、「共犯者の仲立ちをするメッセンジャー的存在にすぎない」とした。また岡田裁判長は判決の中で中井嘉代子被告についても、殺意を否定した。検察・被告側双方控訴。2007年10月18日、大阪高裁で古川博裁判長は一審判決を破棄、殺人のほう助罪などを適用したものの「重要な役割を果たしたとは言えない」と懲役6年に減軽した。被告側上告中。 坂本被告、N被告と一緒に殺人容疑で逮捕された無職男性は、現場を下見しただけで関与の度合いが低かったとされ、起訴猶予となっている。 中井嘉代子被告は無実を主張したが、2007年11月28日、神戸地裁で一審無期懲役判決(求刑死刑)。検察、被告側控訴中。 検察、被告側は控訴した。2011年5月24日、大阪高裁で一審破棄のうえ、改めて無期懲役判決。2013年7月8日、被告側上告棄却、確定。 |
ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ(36) | |
2005年11月30日 | |
1名 | |
殺人、死体遺棄、強制わいせつ致死、出入国管理及び難民認定法違反(不法入国、不法在留) | |
ペルー国籍で広島市安芸区に住む無職ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ被告(当時33)は、2005年11月22日、小学1年女児(当時7)を部屋に無理矢理連れ込みわいせつ行為をした後、午後0時50分~1時40分頃までの間、首を手で締めるなどをして殺害。段ボール箱に入れてテープで封じ、自転車で近くにある広島市安芸区の空き地に運んで遺棄した。 遺体は22日午後3時頃に見つかった。警察は30日未明、近くのアパートに住むトレス被告を三重県内の親類宅で逮捕した。 トレス被告は日系三世ペルー人、ピサロ・ヤギ・フアン・カルロスの偽名を用いて2004年4月18日に来日した。2005年8月からは隣町の自動車部品工場で働いていたが、無断欠勤や同僚との喧嘩が多いこともあり、10月中旬に人材派遣会社の登録を抹消され、11月1日にアパートに引っ越してきたばかりだった。 | |
広島高裁 岩倉広修裁判長 | |
死刑 | |
2008年12月9日 一審破棄、差戻し 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) | |
検察側は求刑通り死刑を求め、弁護側は殺人罪などについて無罪ないし量刑不当を主張して控訴した。 2007年11月8日の控訴審初公判で、検察側は、「性犯罪を伴う殺人事件の罪質は従来より重くとらえる必要がある」「遺族が極刑を求めている」などと改めて死刑を求めた。検察側は強姦など性犯罪の法定刑が厳罰化されたことを挙げ「金銭欲でも性欲でも、自己の欲望を満たす手段として人の命を奪うことに差異はない」と悪質性を強調。「極刑が真にやむを得ない事案」と指弾した。また、一審で証拠採用が却下された前科について、ペルーでも過去2回女児に対し性的暴行で訴追された前歴があると主張。捜査資料を補充し、「犯罪性向の根深さや、矯正改善の困難さなどを判断する上で重要な意義がある」と証拠申請した。 弁護側は、一審同様に殺意やわいせつ目的はなかったとし、「強制わいせつ致死や殺人罪が成立するとしても、無期懲役は不当に重い」と主張した。弁護側は、被告に悪魔が入ったことによる犯行で、被告は殺意・わいせつ目的を否認していると主張し、一審で却下された精神鑑定を申請。責任能力について、誰にでも目撃される屋外で犯行に及んだとして「常軌を逸している」状態だったと説明した。また弁護側は、一審判決では触れられなかった、ヤギ被告が幼少期に父親から虐待を受け、15歳で入隊した軍隊でもいじめに遭っていたことを改めて主張、「劣悪な環境が人格形成、精神状態に悪影響を与えた」と、情状酌量を求めた。 高裁は、検察側の求める前科に関する資料の証拠採用、弁護側の求める精神鑑定、情状鑑定の実施をいずれも留保した。 2008年1月29日の第2回公判では、弁護側が請求した証人尋問で、独自に鑑定を依頼した法医学者が、一審で証拠採用された検察側の法医鑑定書における首を手で絞め窒息死させたとする殺害状況について、「手による可能性を完全に否定するわけではないが、ひも状のもので絞められた可能性も高い」などと述べ、鑑定書に疑問を示した。楢崎裁判長は、弁護側が新たに提出した法医鑑定書を証拠採用した。 3月11日の第3回公判ではヤギ被告の被告人質問が行われた。検察側がペルーでの女児に対する性犯罪の前歴2件について質問したが、ヤギ被告は黙秘した。一方、弁護側の被告人質問に、ヤギ被告は手を合わせ、日本語で「心からごめんなさい。すみません」と2度繰り返し、遺族への謝罪の気持ちを示した。しかし、「悪魔に支配されていた」という主張は変えなかった。 5月20日の第4回公判では女児の父親による意見陳述が行われた。父親は、ヤギ被告に改めて極刑の適用を求めた。陳述直後、ヤギ被告は、手を合わせてひざまずき、父親の足元にすり寄ろうとしたが、刑務官に制止された。楢崎裁判長は、一審判決後、遺族らが集めた極刑を求める署名(約8,300人分)を証拠採用しなかった。 また同日、楢崎裁判長は検察側が証拠請求していたヤギ被告のペルーでの性犯罪の前歴2件に関する訴追資料の一部を採用した。採用されたのは、ヤギ被告が1992年に9歳(当時)の女児、93年に8歳(当時)の女児にそれぞれ性的暴行をした容疑で、現地の検察官が、訴追するかどうかを判断した際の書面など計6通。証拠請求は全31通で、このうち供述調書など25通は不採用となった。両事件はヤギ被告が出国したため、1件はペルーの予審裁判官が「責任がない」とし、もう1件は公訴時効により手続きが終了したとされる。海外の刑事記録の証拠採用は異例。 7月31日の最終弁論で、検察側は「7歳の女児に対し、性的欲望を満たすために殺害してわいせつ行為に及び、死体を捨てた事件」と悪質性を強調。「犯行は悪質で残虐極まりない。遺族の処罰感情も峻烈」などとして改めて死刑を求めた。ヤギ被告の責任能力についても「控訴審での言動も精神の異常性をうかがわせるものはない」とした。 弁護側は、一審時から続く被告の法廷内での不規則発言などに触れ、「事件当時から統合失調症か、類似の精神疾患だった可能性がある」などと、責任能力がなかったとし、殺人と強制わいせつ致死罪について無罪を主張した。 検察側は、前回公判で証拠採用された被告のペルーでの刑事記録について「8、9歳の女児に対する性犯罪で起訴され、女児への異常な関心と性癖を裏付ける」と主張。一方、弁護側は「(有罪判決が確定していないため)ペルーでの犯罪事実を認定したものではない」と反論した。 判決で楢崎康英裁判長は「一審は犯行場所の事実誤認がある」などとして、無期懲役とした一審判決を破棄、審理を広島地裁に差戻した。検察側は一審途中で、犯行場所を「被告のアパート室内」から「室内およびその付近」と訴因変更。一審判決は同様に事実認定している。楢崎裁判長は判決理由で、女児の血液などの付着した毛布を、被告が「屋外に持ち出していない」と供述したと受け取れる調書について「弁護人が公判前整理手続きで任意性を争うとしたのに、一審は争点整理をまったくせず、当事者に任意性の主張すらさせないで証拠請求を却下した」と指摘し、一審がヤギ被告の全供述調書の採用を却下したことを「誠に不可解」とした。そして「供述が信用できれば、犯行は被告の部屋で行われたと認定でき、犯行態様などが相当明らかになる」とし、犯行場所を「被告のアパートおよびその付近」とした一審判決には事実誤認があるとした。その上で「合理的理由なく調書を却下しており、一審は審理を尽くしておらず、訴訟手続き違反がある」と結論付けた。 | |
トレス・ヤギ被告の一審時の国選弁護人である久保豊年弁護士は、2005年12月14日、担当検察官に電話で接見を求めたが、「取り調べ中で捜査に支障がある」と接見を拒否されたのは違法であるとして、国などに慰謝料計220万円の支払いを求めて提訴した。2008年3月12日、広島地裁は「即時の接見を拒否する場合は、別の日時を指定する義務があるが、それをしておらず、違法性は明らか」とし、原告の主張を一部認め、国に22万円の支払いを命じた。橋本良成裁判長は「原告のことを軽視すべきでない」と、検察官の対応を批判する一方で「弁護活動への悪影響は、大きなものではなかった」とした。国側は控訴した。 2006年7月4日、広島地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2008年12月9日、広島高裁で一審判決破棄、差戻し。2009年10月16日、最高裁で二審判決破棄、高裁差戻し。2010年7月28日、広島高裁で検察・被告側控訴棄却。上告せず確定。 |
氏 名 | 岩井篤三(46) |
逮 捕 | 2007年11月13日(自ら出頭) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、強盗、死体遺棄、住居侵入他 |
事件概要 |
成田市の暴力団組員岩井篤三被告はマレーシア国籍の住居不定無職、ウン・ハイ・ホワット被告、タイ国籍の住所不定接待業P被告、タイ国籍で茨城県坂東市の無職S被告、タイ国籍で茨城県古河市の無職T被告、埼玉県さいたま市の無職少年(当時18)と共謀。2007年10月14日夕方、千葉県柏市に住む住吉会系暴力団組長の男性(当時57)の自宅マンションに侵入し、内縁の妻や息子を監禁。午後5時頃、帰ってきた男性の腹などをナイフで刺して殺害し、現金100万円や貴金属などを奪った。その後、タイ国籍の女性被告、富里市の無職男性被告を加えた8人で17日、富里市の空き地に遺体を埋めた。内妻たちは富里市内のトレーラーハウスに再度監禁され、15日夜に解放された。 一連の犯行はウン被告の指示で実行された。 他にウン被告は岩井被告と共謀し、2007年8月19日午前11時40分ごろ、千葉県酒々井町のパチンコ店敷地内にある景品交換所に盗難車で突っ込み、女性店員(当時41)を脅して、交換所の中にあった現金を奪った。 |
裁判所 | 千葉地裁 根本渉裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月11日 無期懲役 |
裁判焦点 | 判決で根本裁判長は「組長から暴行を受けたことを受けての犯行だが、酌むべき事情ではなく、冷酷な動機は非難されるべきだ」と述べた。 |
備 考 |
さいたま市の無職少年(当時18)は2008年6月26日、千葉地裁で一審懲役5年以上10年以下判決(求刑無期懲役)が言い渡され、控訴中。 P被告は2008年10月28日、千葉地裁で一審懲役28年(求刑懲役30年)判決。 ウン・ハイ・ホワット被告は2008年11月20日、千葉地裁で求刑通り一審無期懲役判決。 S被告は2009年2月26日、千葉地裁で一審懲役28年(求刑懲役30年判決)。 T被告は強盗殺人他で起訴。一審判決済み。その他2被告が一審判決を受けている。 被告側は控訴した。2009年6月8日、東京高裁で被告側控訴棄却。2009年10月26日、被告側上告棄却、確定。 |
小脇正明(44) | |
1999年8月11日 | |
2名 | |
殺人、死体遺棄他 | |
福岡県嘉麻市の無職小脇正明被告は1999年1月19日、福岡県穂波町(現飯塚市)のアパートで別の2人と共謀し、指定暴力団太州会系の元組長(当時51)を射殺した。同月31日には、元組長射殺の手引き役をした知人の男性(当時49)を口封じ目的で、致死量の覚せい剤を注射したり、鼻や口を粘着テープでふさいだりして殺害。遺体を車ごと福岡市の埠頭から海に捨てた。 | |
福岡高裁 松尾昭一裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年12月12日 無期懲役(一審破棄) | |
一審判決では、射殺事件で「実行犯と断定するには疑問がある」とし、関係者を現場付近まで送り届けた点でほう助罪を適用。覚せい剤の事件でも殺意を否定したうえで傷害致死罪を適用し、懲役15年を言い渡した。殺人罪の適用を求めた検察側と、無実を訴えた被告側の双方が控訴していた。 松尾裁判長は射殺事件について、現場に残った足跡や妻らへの通話記録などから「実行犯の一人は被告と認めるに十分である」と述べた。また、覚せい剤の事件についても、遺体からの覚せい剤の検出量や動機などを総合判断し「殺意をもって多量の覚せい剤を注射するなどし死亡させたと認められる」とした。そして2件とも殺人罪を認定し、一審判決を破棄した。 | |
元組長殺害では他に3人が殺人などの疑いで逮捕されたが、3人とも証拠不十分で保留とされた。 2007年6月26日、福岡地裁で一審懲役15年判決。被告側は上告した。2011年9月26日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 飯田徹(63) |
逮 捕 | 2007年9月14日(自ら出頭) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、建造物侵入 |
事件概要 |
大阪狭山市の無職飯田徹被告は2007年9月10日午前10時30分頃、大阪市にある法律事務所に押し入り、持参したハンマーで事務員の女性(当時68)に「母親の居所を教えろ」と脅し、顧客の連絡先が記されたノートを入手。その後、女性の後頭部などを数十回殴打して殺害。事務所内のロッカーや机の引き出しから封書や商品券数十枚などを奪った。事務所を持つ男性弁護士(当時78)は不在だった。またノートや封書には母親の居所は記されていなかった。 飯田被告は1991年頃に交通事故に遭い、賠償金約1億円を得たほか、母親の資産数千万円や兄の年金も自由に使っていたが、浪費によって預金が急激に減った。さらに大阪狭山市のマンションで母親と同居して飯田被告は、母親を虐待していたため、2002年6月、同市が母親を施設に保護。当時、年金手帳も飯田被告が管理していたが、弁護士が翌年から年金の振込先を変更し、母親に年金が渡るようにした。金に困った飯田被告は、母親(当時86)と共同名義のマンションを売却して金を得ようと計画。事務所に押し掛けたり、再三、電話で問い合わせたが、情報提供を拒否されていた。犯行当時の飯田被告の預貯金は約30万円だった。 10日正午ごろに堺市内のショッピングセンターで、犯人が捨てたとみられる血染めの衣類や事務所の封筒、メモ類などが発見され、防犯カメラには衣類を捨てる男性の姿が映っていた。捜査本部は男性が飯田被告であると断定し、捜査を進めていた。14日午前8時20分、飯田被告が東署に出頭した。 |
裁判所 | 大阪地裁 樋口裕晃裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 |
2008年12月12日 無期懲役 【判決文】(「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい) |
裁判焦点 |
飯田被告は出頭当時犯行を認めていたが、その後は犯行を否認した。 公判前整理手続きが適用された。 2008年9月5日の初公判で飯田被告は「一切、知りません。無実です」と、起訴事実を否認し無罪を主張した。検察側は被害品に住所録のノートなどがあり、「飯田被告には犯行動機がある」とした。さらに〈1〉飯田被告の着衣に女性の血が付いている〈2〉自宅から事件で奪われた商品券が見つかった〈3〉自ら出頭、一時は犯行を認めた--と主張した。一方、弁護側は自供について「被告は現場に行っていない。『自分が犯人なら、母親は精神的にダメージを受けるだろう』と考え、虚偽の自白をした」と反論した。さらに「捜査段階はうその自白をしていた。証拠はすべてでっち上げられたものだ」と無罪を主張した。 10月3日の公判において検察側の論告などを経て結審する予定だったが、開廷直後に弁護側が意見陳述を申し立て、飯田被告は「今まで否認してきましたけど、認めます」と述べ、その理由を「公判で遺族の話を聴いて本当にすまなかったと思った。自分のやったことに比べたら、死刑はこわくない」と述べた。弁護人によると、9月12日の公判で、女性の息子2人が母親への思いを証言し、飯田被告は心を動かされたという。しかし飯田被告は「初めから犯行をするつもりはなかった」と計画性は否定した。 11月5日の論告求刑で検察側は「計画性を否定する証言は信用できず、逆恨みの動機に同情すべき点はない。身勝手で残虐極まりない犯行」と指摘した。同日の最終弁論で弁護側は「被害者と口論になり、我を忘れた結果、殺害してしまった。強盗目的ではない」「計画的でなく反省もしている」として寛大な判決を求めた。 判決で樋口裕晃裁判長は「身勝手極まりない動機に酌量の余地はなく、非常に冷酷かつ残忍な犯行。犯行は周到に準備されたもの。不自然な弁解を続け反省しているとは考えられない」と述べた。飯田被告の捜査段階での供述について、樋口裁判長は「不合理な点はなく高い信用性がある」とした。その上で、母親の居場所を記したノートを奪う目的で事務所に入ったとして、強盗目的も認められるとした。樋口裁判長は、量刑理由の朗読に際し、着席していた被告を立たせた上で「落ち度がなく逃げ惑う被害者を追いかけて何度も頭を殴り、殺害後も確認のため数回殴打した凄惨さは筆舌に尽くせず、許し難い」と強い口調で非難した。被告の謝罪については「公判前から1年近く否認し、遺族らの心情を逆なでし続けており、真摯に反省しているとは考えにくい」と指摘した。 |
備 考 | 被告側は控訴した。2009年6月23日、大阪高裁で被告側控訴棄却。2009年11月4日、被告側上告棄却、確定。 |
織原城二(56) | |
2000年10月9日(準強制わいせつ容疑) | |
1名 | |
準強姦致死、準強姦致傷、準強姦、準強姦未遂、わいせつ目的誘拐、死体遺棄、死体損壊 | |
会社役員織原城二被告は1992年2月~2000年7月の間、女性10人を神奈川県逗子市のマンションに連れ込み、催眠導入剤を入れた酒を飲ませて意識を失わせた上で強姦した。そのうち、英国人女性(当時21)とオーストラリア人女性(当時21)の2人を死亡させたとされる。英国人女性の遺体は電動チェーンソーで切断し、同県三浦市の洞窟に埋めたとされる。 元英国航空の客室乗務員である英国人女性は2000年5月4日に来日し、7月1日に男性に電話で呼び出された後、行方不明になった。冒頭陳述などによると、織原被告は(1)2000年7月、女性を神奈川県逗子市のマンションに誘い出し、薬物を飲ませて意識不明にさせたうえで強姦し、薬物中毒で死亡した女性の遺体を切断して同県三浦市内の洞くつに埋めた。英国人女性の死体は2001年2月9日に発見された。(2)1992年2月、同マンションでオーストラリア人女性を同様に強姦し、薬物中毒で死亡させた――とされる。 | |
東京高裁 門野博裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年12月16日 無期懲役(一審破棄) | |
2008年3月25日の控訴審初公判で、検察側は英国人女性の事件については無罪とした一審判決の破棄を求めた。控訴趣意書で検察側は、女性が自ら薬物を摂取した可能性があるとした一審判断について、「睡眠薬を服用した形跡はなく、理由もない」と指摘。遺体の切断や遺棄に第三者が関与した疑いが残るとした点には、「チェーンソーやセメントを購入しており、被告の単独犯行であることは明らか」と反論した。弁護側は死亡した2人の事件について改めて無罪を、他の8人の事件では量刑不当などを訴えた。 10月2日の最終弁論でも、検察側は「他の事件との共通性が認められ、英国人女性も織原被告が死なせたと合理的に推認できる」と主張した。弁護側は、オーストラリア人女性が死亡した事件についても「死因は既往病と医療機関のミス」と述べて無罪を主張した。 判決で門野博裁判長は、織原被告がチェーンソーやセメントを購入し、英国人女性の友人に生存を偽装する電話をかけた経緯から「女性の遺体を切断して洞窟に遺棄したと認められる」と述べ、死体損壊・遺棄罪を認定した。さらに他の事件との類似性などから、女性に睡眠薬を飲ませて暴行しようとしたことも認めたが「薬物を吸引させて暴行し、それが原因で死亡したとまでは断定できない」と指摘し、準強姦致死罪は成立せず、準強姦未遂罪にとどまると判断した。そして英国人女性事件を無罪とした一審判決を破棄した上で、改めて無期懲役を言い渡した。 | |
織原被告は英国人女性の遺族に「お悔やみ金」として1億円を送付している。支払い理由について弁護人は「事件に巻き込んだ道義的責任があるため」と説明している。2008年にはオーストラリア人女性の遺族に見舞金として1億円を送付した。 2007年4月24日、東京地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2010年12月7日、被告側上告棄却、確定。 |
大林久人(52) | |
2007年5月18日 | |
1名 | |
殺人、殺人未遂、公務執行妨害、銃刀法違反、監禁、傷害 | |
愛知県長久手町の元暴力団組員大林久人被告は2007年5月17日午後、自宅別棟に元妻(当時50)を監禁。午後3時47分、長男(当時25)が自宅から110番通報。午後4時10分頃、駆けつけた県警愛知署長久手交番の2警官のうち、巡査部長(当時54)が首を撃たれ、玄関先に倒れた。さらに大林被告は自宅で長男と次女(当時21)にも発砲、長男は腹部、次女は足を負傷した。大林被告はさらに仰向けに倒れた巡査部長と、横で介抱する次女に向け3発発射したが、当たらなかった。その後、長男と次女は、自力で自宅から逃げ出した。大林被告は元妻を人質にしたまま、自宅に立てこもった。 玄関前に倒れたままの巡査部長を救出するため、午後9時23分に捜査員が突入。巡査部長は救出されたが、この際、現場近くの路上で警戒に当たっていた機動隊員で、特殊部隊(SAT)所属の巡査部長(当時23 死後二階級特進)が左胸を撃たれ、18日午前0時14分に搬送先の病院で死亡した。巡査部長は防弾チョッキを着ていたが、チョッキのすき間の左鎖骨から入った銃弾が心臓に達した。死因は出血死だった。SAT隊員が現場で死亡したのは初めて。また救出された巡査部長は、現在も身体の自由がきかない状態である。 18日午後2時51分、人質となっていた元妻が家のトイレから自力で脱出し、県警に保護された。元妻は軽傷。このとき、大林被告は地元のFMラジオ局に電話をかけており、指名したDJが折り返し電話をかけ、事件の動機などについて語っていた。 午後8時30分ごろ、説得に応じた大林被告は自宅から出てきた。48分、機動隊員が大林被告を取り囲み、緊急逮捕した。 大林被告の元妻は2005年11月、愛知署へ家庭内暴力などについて相談に訪れ、県女性相談センター(名古屋市)に保護された。2005年12月半ばからは県内の別のシェルター(避難所)に移り、2006年6月に離婚した。この間、大林被告は長女方を訪れた元妻を待ち伏せて刃物を示したり、次女と面会中に押しかけて復縁を迫ったりしたため、DV防止法に基づいて妻への接近を6ヶ月間禁じる保護命令も名古屋地裁から出された。 しかし、17日に家族全員で復縁などについて話し合い、その最中に大林被告が激高、拳銃を持ち出して暴れたため、家族が110番した。大林被告は15日にも長男と口論になっており、さらに16日には拳銃で試射をしていた。 大林被告は10年前に山口組系暴力団を破門されていたが、自宅に拳銃や銃弾を持ち続けていた。 | |
名古屋地裁 伊藤納裁判長 | |
死刑 | |
2008年12月17日 無期懲役 | |
公判前整理手続きで争点は大林被告の犯行当時の責任能力と殺意の有無に絞られた。 2008年3月24日の初公判で、大林被告は罪状認否で「発砲したことは間違いないが、狙ったわけではない」などと殺意を否認。弁護側も警察官殺害について過失致死罪を主張するとともに、「被告は当時、大量の薬物を常用しており、心神耗弱状態だった」と責任能力を争い、精神鑑定を請求した。 また、大林被告は死亡した警部と負傷させた巡査部長について「取り返しの付かないことをした。心から反省しています」と述べた。 検察側は冒頭陳述で、大林被告が離婚後も元妻に繰り返し復縁を迫っていたと指摘。事件当日も拒まれ、警察官が現れたら家族と一緒に殺害しようと計画し、巡査部長には約2メートルの至近距離から、警部には約5秒かけて狙った上で発砲したことを明らかにした。 4月8日、名古屋地裁は大林被告を立ち合わせた上で、現場検証を行った。 4月25日の公判で、大林被告は4人への発砲について「殺すつもりはなかった」と改めて殺意を否認した。さらに離婚以降に精神安定剤や睡眠導入剤を大量に摂取するようになり記憶がなくなるようになったため、事件当時に発砲したことについても記憶がないと主張した。 6月18日の公判で、伊藤裁判長は弁護側が請求していた大林被告の精神鑑定を採用しないことを決めた。 8月26日の公判で、被害者の遺族らは大林被告への極刑を求めた。 10月7日の求刑論告で検察側は「元妻と復縁するため、暴力をいとわない犯行経緯や動機に酌量の余地はない」「全国に重大な社会不安を与え、深刻さは計り知れない」と指摘。「拳銃の威力を見せつけ、社会全体を恐怖で震かんさせた。犯行後も不合理な弁解に終始し、犯罪性向が矯正不能なのは明らかで、極刑で臨むほかない」と述べた。 検察側は、動機や被害者の数など最高裁が1983年7月に示した死刑判決の基準(永山基準)に沿って論告した。犯行について「自己の欲望のため、邪魔をする者は肉親でも容赦せず、反社会的指向は根深い。巡査部長は半身不随という重い後遺障害を負っており、単に殺害された被害者が1人とは言えない」と指摘した。 さらに「公判では睡眠薬の大量服用で(事件時の)記憶がないふりをするなど、反省の言葉は真実味がない。心情を逆なでされた遺族らが死刑を望むのも当然だ」と非難した。また長崎市長の銃殺事件(2007年7月)や長崎県佐世保市の銃乱射事件(同12月)などを例示し、「銃を使った凶悪犯罪が続発しており、厳罰が必要不可欠だ」と訴えた。争点となった大林被告の殺意の有無については、「5秒間狙いを定め、殺すつもりで発砲した」と主張した。 10月31日の最終弁論で弁護側は、死亡した愛知県警特殊部隊(SAT)の警部への発砲について、大林被告は周囲を冷静に見渡すことができず、狙いを定めない中途半端な姿勢だったと主張。「確定的に狙ったものではない」と述べた。また、県警の巡査部長や被告の長男への発砲は「混乱していた」とし、次女は足を狙って撃っており殺意はなかったと述べた。また大量に服用した薬物により「被告の行動制御能力は減退していた」とし、「一生を懸けて罪の償いをさせるべきだ」、「突発的に拳銃を発砲した事件で計画的ではない。死亡したのは1人で殺意もなかった」と死刑回避を求めた。 判決で伊藤納裁判長は「拳銃を使って4人を死傷させた結果は重大で、瀕死の警察官を交渉の道具に使った極めて悪質な犯行で被告の人命軽視の態度は甚だしいが、強盗殺人や身代金目的誘拐殺人のように財産的利欲のための殺人や綿密に計画された事件とは異なる。更生の可能性が全くないとは言い切れず、死刑を選択することがやむを得ないとまでは言えない。一生、自らの行為が引き起こした結果の重大性に思いを至らせ、償いを続けさせるべきだ」として無期懲役を言い渡した。伊藤裁判長は判決理由で、死亡した巡査部長への発砲について「顔面を狙っていたとは言えず確定的殺意は認められない。警察官の誰かに当たって死亡するとの認識による概括的な殺意のみが認められる」と判断。「顔面付近を慎重に狙った」との検察側の主張を退けた。また重傷を負った巡査部長と長男に対しては「至近距離から体の枢要部分を狙っている」「交渉役の警察官との会話で、2人への発砲を自認している」として確定的な殺意を認定したが、次女への発砲については、判決は「体の枢要部を狙っておらず、死の結果を認識していたとは言えない」と判断した。薬物の大量服用で心神耗弱状態だったとの弁護側の主張については「安全性の高い薬で精神に影響はなく、犯行時の言動も合理的だった」と指摘し、完全責任能力があったと認定した。 | |
現場となった住居を貸していた近所の住民は、「近隣に迷惑をかけたことは居住目的を逸脱し、用途義務に違反する」として大林被告に建物の明け渡しを求めた。この住民は仕事を通じて大林被告と知り合った。大林被告から借金があるうえ自宅が火事になったと聞いたため、2004年4月ごろ、所有する建物を住居として期限を定めず無償で貸した。 検察側はTBSテレビ制作の番組録画を証拠として申請、採用され、二度法廷内で放映された。TBS広報部は「厳重に抗議したい」とコメントした。 検察・被告側は控訴した。2009年9月18日、名古屋高裁で検察・被告側控訴棄却。2011年3月22日、検察・被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 平谷武(37) |
逮 捕 | 2006年9月26日(摂津市内の強盗致傷容疑。11月1日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人、死体遺棄、強盗致傷他 |
事件概要 |
大阪府高槻市の郵便局員平谷武被告(事件後懲戒免職)は、2006年9月17日未明、自宅前の路上に止めたタクシー内で、個人タクシー運転手の男性(当時59)をナイフ(刃渡り約12cm)で前後から突き刺して殺害。タクシー(時価20万円相当)を奪った。 平谷被告は9月24日深夜、摂津市内のスーパーで従業員をバールで殴って現金約77万円を奪った。 |
裁判所 | 大阪高裁 大渕敏和裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月17日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 | 弁護側は「犯行当時、鬱病が悪化し、責任能力が限定される心神耗弱状態にあった」と主張したが、大渕裁判長は「綿密な犯行計画を立案しており、心神耗弱状態だったとはいえない」と退けた。 |
備 考 |
平谷被告は2007年2月16日、公判整理前手続きのために来ていた大阪地裁地下1階の仮刑事私設の個室内で、首吊り自殺を図り、重体となった。 2008年3月27日、大阪地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年9月7日、被告側上告棄却、確定。 |
高橋裕子(53) | |
2004年7月22日 | |
2名 | |
殺人、嘱託殺人、詐欺、詐欺未遂他 | |
福岡・中洲のスナック経営高橋裕子被告は1994年10月22日午前3時ごろ、福岡県志免町別府にある2番目に結婚し離婚していた元夫(当時34)の建築設計・施工会社事務所兼自宅で、元夫に酒を飲ませて眠らせ、胸を包丁で突き刺し、殺害した。包丁は遺体近くに置かれていた。 元夫は建築設計会社を経営。1992年ごろに取引先の経営破たんで約1600万円の焦げ付きが発生するなどして経営が悪化していた。1994年9月27日に1回目の不渡り手形を出し、同30日に2回目の不渡り手形を出して事実上倒産。1億3000万円の負債があった。元夫は1回目の不渡りを出す約3週間前の9月3日、福岡県太宰府市の空き地で、2回目の不渡りの翌10月1日には福岡市西区の山中で排ガス自殺を図っていた。 現場には走り書きの遺書もあったことから、県警は当時、自殺と判断した。遺書は現存せず、実際に誰が書いたかは不明。元夫の死後、高橋被告は1億6000万円の保険金を受け取り、事務所兼自宅の売却代金5000万円も得た。 高橋被告と元夫は当初、元夫の自殺で借金を清算することで合意していた。しかし2回とも未遂に終わったため、高橋被告が借金生活から逃れるために殺害を決意したものだった。 高橋被告が手に入れた保険金など約2億1000万円は、大半が、会社の債務整理や福岡市内のマンション購入、福岡・中洲のスナック開業資金などに使われていた。 高橋被告はスナック経営の悪化や浪費により金が底をつき、再び保険金殺人を計画。1999年6月に結婚した3番目の夫である元会社員の男性(当時54)に五件総額1億3740万円の契約を締結させた。このうち、8000万円の保険加入は殺害一ヶ月前で、高橋被告が経営するスナックでホステスとして働いていた女性の母親の外交員が契約を担当していた。 高橋被告は2000年11月12日午前4時ごろ、福岡市南区にある男性のマンションで、入浴していた男性の両肩を押さえつけて沈め、水死させた。男性は、ウイスキーなどと一緒に睡眠導入剤を飲んでおり、意識がもうろうとなっていた。 遺体のひじに擦過傷があり、普段は飲まないビールを直前に大量に飲んだなど、当時から不審点は多かったが、男性には血管閉塞が起きる可能性が高いとされる糖尿病の持病があった。検視した福岡南署は持病の発作により、浴槽内でおぼれて水死したと判断した。司法解剖は行われていない。 高橋被告は生命保険会社に約8000万円の保険金を請求したが、保険会社は糖尿病を申告しなかったと支払いを拒否。2001年9月、保険会社を相手取り、支払いを求めて提訴したが、福岡地裁は2002年10月、「男性は契約の際、持病を告げておらず、告知義務違反にあたる」として、請求を棄却した。 高橋被告は他の生命保険会社から、3件2740万円の保険金を受け取っている。 高橋被告は2001年6月、「不倫関係をばらす」などと言って、過去に交際していた男性会社員を脅し、同7月、自分の銀行口座に100万円を振り込ませたとして、2004年7月22日に恐喝容疑で逮捕され、8月12日に起訴された。他の同様な事件でも追起訴、計客2人から386万円を脅し取ったとされる恐喝罪についても起訴事実を認めた。 高橋被告は9月10日に保険金殺人を自供。殺害容疑で2004年9月15日に再逮捕、I被告も1件目の殺人容疑で同時に逮捕された。 | |
福岡高裁 川口宰護裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年12月18日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
2008年9月25日の控訴審初公判で、弁護側は2人目の殺害とされる3番目の夫殺害について「捜査段階の自白調書は全く信用性がなく、嘱託によって殺害したとの立証もされていない」と反論した。また1人目の夫殺害も、共犯に問われたI被告が実行行為をしたと主張した。高橋被告は被告人質問で「3番目の夫は絶対に殺していない」と訴え、「1日でも2日でもいい、子どもと過ごす時間を与えてください」と有期刑の判決を求めた。検察側は控訴棄却を求め、即日結審した。 陶山博生裁判長は判決理由で「自己の金銭欲を満たすために自殺を迫って精神的に追いつめた末に殺害した動機に酌量の余地は全くない」と厳しく非難した。1人目の殺害については、高橋被告がI被告に「責任を転嫁している」と指摘。一審同様、単独犯とした。また、2人目の嘱託殺人についても、夫は薬でほとんど意識を失った状態だったとし、細身の被告が浴槽内に押さえつけることは不可能などとする被告側主張を退けた。 判決理由の朗読後、陶山裁判長は「もう一度、自分が何をしたのか、どんなに周りの人につらい思いをさせたか、夫に苦しい思いをさせたか考えてください」と説諭。高橋被告は口に手を当てておえつを漏らした。 | |
1件目の詐欺容疑については公訴時効(7年)が成立している。 I被告は全面無罪を主張。福岡地裁川口宰護裁判長は殺人ほう助罪を認定し、懲役3年6月(求刑懲役12年)を言い渡した。I被告は控訴した。2008年4月22日、福岡高裁陶山博生裁判長は一審判決を破棄し、無罪を言い渡した。判決理由で陶山裁判長は「殺人のほう助犯を認定したにもかかわらず、公判で事後処理の協力の意思があったかどうかについて質問されず、被告人の防御が尽くされてない。一審の訴訟手続きには法令違反がある」と判断。さらに、「I被告が高橋被告のために、何とか力になりたいと思っていたとしても、事後に協力しようと思っていた証拠はない」と、理由を述べた。 2007年7月19日、福岡地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2011年4月26日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 岩村浩行(45) |
逮 捕 | 2008年6月22日(死体遺棄容疑。7月13日、殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 殺人、強姦致死、死体遺棄他 |
熊本市の無職岩村浩行被告は2007年5月11日ごろ、自宅アパートで、営業に訪れた同市の保険外交員の女性(当時44)を失神させて暴行。その後、女性の首を持っていたベルトで絞めて殺害し、遺体を押し入れに遺棄した。岩村被告は2003年12月から女性の顧客で、女性は事件当日もアパートを訪れていた。 6月19日午前11時50分ごろ、岩村被告のアパートの部屋に遺体があるのを、家出人捜索で訪れた警察官が見つけた。 熊本県警の捜査本部は21日に死体遺棄容疑で岩村被告を指名手配。6月22日正午頃、名古屋市のコンビニエンスストアから「数日前に万引きした男に似た人が来た」と110番があり、駆け付けた中村署員が別のコンビニから出てきた男を見つけて同署に任意同行。岩村被告と判明し、逮捕した。 | |
裁判所 | 福岡高裁 陶山博生裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月19日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
岩村被告は「量刑に考慮すべき背景があり、刑が重過ぎる」と控訴した。 陶山裁判長は「残忍な犯行で遺族の処罰感情は峻烈だ」「被害者の自動車を逃亡生活に利用したり、銀行口座から預金を引き出そうとするなど、殺害後も身勝手な犯罪を重ねており、刑事責任は極めて重い」「強固な殺意に基づく冷酷かつ残忍な事件。また、性的暴行に及んだことは、被害者の人格を無視したものというほかない。一審判決が重すぎて不当とはいえない」と述べた。 |
備 考 | 2008年8月11日、熊本地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年6月2日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 尹チョルヒョン(57) |
逮 捕 | 2008年4月22日(強盗事件で逮捕。5月20日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗傷害、強盗致死、住居侵入他 |
韓国籍の尹チョルヒョン(ユンチョルヒョン)被告は趙龍翼(チョヨンイク)被告、B被告、C被告、D容疑者、他の韓国籍の男性1人と共謀し、以下の事件を引き起こした。 (1) 2003年1月18日午前4時20分頃、東京都杉並区の開業医の男性(当時73)宅に侵入し、男性と妻(当時73)を暴行し、妻に肋骨骨折の重傷を負わせ、現金約10万円と商品券(約10万円相当)を奪った。 (2)2003年1月21日午前5時頃、東京都世田谷区にある会社社長の男性(当時65)の自宅に侵入し、夫婦をネクタイで縛り上げ、現金約85万円や指輪などの貴金属47点(約2370万円相当)を奪った。男性は口や鼻を布でふさがれたため、窒息死した。 その他の起訴事実は不明(もう1件あるらしい)。C被告ら4人を中心とするグループは、1999年から2003年にかけ、都内で16件の強盗を繰り返していたことが警視庁組織犯罪対策2課の調べで明らかになっており、現金約1億9000万円と貴金属2億8000万円相当が奪われたとみられる。 趙龍翼被告は1995年に来日して以来、偽造旅券などを使って16回日本に入り、多くは10日程度で韓国に帰国していたことが確認された。共犯の尹チョルヒョン被告、B被告、C被告も同様にそれぞれ5~9回、日本に入国していた。 4人は韓国でも同じような事件で逮捕されており、趙被告は窃盗で5回、強盗で2回の逮捕歴があり、尹被告ら3人も4~6回の逮捕歴があった。 世田谷の事件に関与した6人は2002年秋に再入国した際、新宿で面識を持ち、行動をともにするようになった。 2006年10月17日に別の強盗傷害事件で逮捕されたC被告とB被告(別の事件で服役中)が(1)の事件における強盗傷害容疑で2007年2月6日に再逮捕。現場に残っていた遺留品のDNA型鑑定より尹チョルヒョン被告と趙龍翼被告が浮上。2007年8月、警視庁は外務省を通じ、韓国政府に身柄引き渡しを求める文書を送った。 尹チョルヒョン被告と趙龍翼被告は世田谷の事件直後に帰国。2004年1月、ソウル市のマンションで約300万円を強奪したとして服役中だったが2008年3月に刑期を終え、日韓犯罪人引き渡し条約に基づき4月22日、韓国から移送され身柄の引き渡しを受け、逮捕された。 D容疑者は2008年9月末まで韓国で服役し、刑期終了後日韓犯罪人引き渡し条約に基づき10月22日に韓国から移送され身柄の引き渡しを受け、逮捕された。 もう1名も現在韓国で服役中であり、2008年末に刑期を終える予定である。 | |
裁判所 | 東京地裁 波床昌則裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月22日 無期懲役 |
裁判焦点 |
尹チョルヒョン被告は強盗殺人容疑で逮捕されたが、東京地検は殺意を認定できないとして強盗致死罪に切り替え起訴した。尹チョルヒョン被告は逮捕当初から黙秘している。 波床昌則裁判長は「同じ祖国の共犯者らと強盗グループを作り、資産家の住居に狙いを定めて犯行に及んだ」と指摘した。そして「いずれも計画的なプロの犯行で、退職後の平穏な人生を思い描いていた会社社長の命を奪った責任は重大だ。被害者が覚えたであろう苦痛や無念は察するに余りある」と述べた。 |
備 考 |
尹チョルヒョン被告の「チョル」は「吉吉」で1文字、「ヒョン」は火へんに「玄」である。 B被告は2008年11月27日、東京地裁で懲役15年判決。控訴せず確定。 被告側は控訴した。2009年7月以降に東京高裁で被告側控訴が棄却されていると思われる。 |
氏 名 | 趙龍翼(チョヨンイク)(55) |
逮 捕 | 2008年4月22日(強盗事件で逮捕。5月20日、強盗殺人容疑で再逮捕) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗傷害、強盗致死、住居侵入他 |
韓国籍の趙龍翼(チョヨンイク)被告は尹チョルヒョン(ユンチョルヒョン)被告、B被告、C被告、D容疑者、他の韓国籍の男性1人と共謀し、以下の事件を引き起こした。 (1) 2003年1月18日午前4時20分頃、東京都杉並区の開業医の男性(当時73)宅に侵入し、男性と妻(当時73)を暴行し、妻に肋骨骨折の重傷を負わせ、現金約10万円と商品券(約10万円相当)を奪った。 (2)2003年1月21日午前5時頃、東京都世田谷区にある会社社長の男性(当時65)の自宅に侵入し、夫婦をネクタイで縛り上げ、現金約85万円や指輪などの貴金属47点(約2370万円相当)を奪った。男性は口や鼻を布でふさがれたため、窒息死した。 その他の起訴事実は不明(もう1件あるらしい)。C被告ら4人を中心とするグループは、1999年から2003年にかけ、都内で16件の強盗を繰り返していたことが警視庁組織犯罪対策2課の調べで明らかになっており、現金約1億9000万円と貴金属2億8000万円相当が奪われたとみられる。 趙龍翼被告は1995年に来日して以来、偽造旅券などを使って16回日本に入り、多くは10日程度で韓国に帰国していたことが確認された。共犯の尹チョルヒョン被告、B被告、C被告も同様にそれぞれ5~9回、日本に入国していた。 4人は韓国でも同じような事件で逮捕されており、趙被告は窃盗で5回、強盗で2回の逮捕歴があり、尹被告ら3人も4~6回の逮捕歴があった。 世田谷の事件に関与した6人は2002年秋に再入国した際、新宿で面識を持ち、行動をともにするようになった。 2006年10月17日に別の強盗傷害事件で逮捕されたC被告とB被告(別の事件で服役中)が(1)の事件における強盗傷害容疑で2007年2月6日に再逮捕。現場に残っていた遺留品のDNA型鑑定より尹チョルヒョン被告と趙龍翼被告が浮上。2007年8月、警視庁は外務省を通じ、韓国政府に身柄引き渡しを求める文書を送った。 尹チョルヒョン被告と趙龍翼被告は世田谷の事件直後に帰国。2004年1月、ソウル市のマンションで約300万円を強奪したとして服役中だったが2008年3月に刑期を終え、日韓犯罪人引き渡し条約に基づき4月22日、韓国から移送され身柄の引き渡しを受け、逮捕された。 D容疑者は2008年9月末まで韓国で服役し、刑期終了後日韓犯罪人引き渡し条約に基づき10月22日に韓国から移送され身柄の引き渡しを受け、逮捕された。 もう1名も現在韓国で服役中であり、2008年末に刑期を終える予定である。 | |
裁判所 | 東京地裁 波床昌則裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月25日 無期懲役 |
裁判焦点 |
12月12日の初公判で、趙龍翼被告は起訴事実を全て認めた。 波床昌則裁判長は「来日は犯罪目的であり、動機に酌量の余地はまったくない」と厳しく指摘した。そのうえで、「被告は韓国でも繰り返し服役した前科があり、犯罪傾向は根深い」とした。 |
備 考 |
鞠重烈(クックジョンヨル)被告は2008年11月27日、東京地裁で懲役15年判決(求刑不明)。控訴せず確定。 尹チョルヒョン被告は2008年12月22日、東京地裁で無期懲役判決(求刑同)。 控訴せず確定。 |
永岡秀明(38) | |
2007年11月19日(死体遺棄容疑。12月4日、強盗殺人容疑で再逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人、死体遺棄他 | |
香川県観音寺市のスナック経営真鍋泰光被告と、知人で丸亀市に住む暴力団組員永岡秀明被告は2007年11月1日午後9時頃、観音寺に住む無職女性(当時55)方で女性の頭をハンマーで数十回殴打して電気コードで首を絞めて殺害し、約1050万円とバッグ(12万相当)を奪った。その後、女性の遺体をシーツにくるんで乗用車に積み込み、観音寺市内の山中に遺棄した。 真鍋被告は、多額の借金を返済するため、スナックの客だった女性の財産に目を付け、生活費に困っていた永岡被告に犯行を持ちかけた。奪った金は折半した。 11月2日、連絡が取れないのを不審に思った女性の娘が室内で血痕を見つけた。捜査本部が交友関係を中心に捜査したところ、真鍋被告が浮上。真鍋被告の車から女性の血液が検出されたため、13日に逮捕した。その後の聞き込み捜査で、永岡被告が浮上した。 | |
高松高裁 柴田秀樹裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年12月25日 無期懲役(被告側控訴棄却) | |
12月18日の控訴審初公判で永岡被告側は強盗目的を否認して結審した。 | |
真鍋泰光被告は無罪を主張して分離公判。2008年11月21日、高松地裁で一審無期懲役判決、控訴中。 2008年7月17日、高松地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年7月23日、被告側上告棄却、確定。 |
氏 名 | 林秀夫(67) |
逮 捕 | 2006年11月18日(殺人容疑) |
殺害人数 | 1名 |
罪 状 | 強盗殺人他 |
事件概要 |
広島県三原市の元カラオケ店経営者で無職林秀夫被告は2006年11月17日午後11時過ぎ、同店入り口前で、営業を終えて帰宅しようとしていた経営者の女性(当時68)の顔に刺し身包丁(刃渡り約20cm)を突きつけ「お金貸して」と脅迫したが、抵抗され胸や腹を刺し死亡させた。 林被告は1999年頃までカラオケ店を経営し、その後女性に店を譲り渡していた。 |
裁判所 | 広島高裁 細田啓介裁判長 |
求 刑 | 無期懲役 |
判 決 | 2008年12月25日 無期懲役(被告側控訴棄却) |
裁判焦点 |
林被告は控訴審でも一審同様、殺意も強盗目的も否定した。 判決理由で楢崎裁判長は「サングラスなどで変装して包丁を持ち出していた」として強盗の意図があったとし、殺意についても「強い力で胸や腹を刺すなど未必の殺意が認められる」とした。 |
備 考 | 2008年1月25日、広島地裁で一審無期懲役判決。被告側は上告した。2009年10月14日、被告側上告棄却、確定。 |
秋葉克巳(43) | |
2007年7月13日(窃盗未遂容疑。7月25日、強盗殺人他容疑で再逮捕) | |
1名 | |
強盗殺人、強盗殺人未遂、窃盗未遂他 | |
東京都世田谷区の無職秋葉克巳被告は2007年5月16日午前10時頃、世田谷区内に住む無職男性(当時94)方に侵入。男性をペンチで殴って殺害。体の不自由な長男(当時45)、直後に帰宅した妻(当時87)にも重傷を負わせ、現金6万円とキャッシュカードを奪った。その後秋葉被告は、近くの銀行にある現金自動受払機(ATM)で現金を引き出そうとしたが、男性の妻から聞き出した暗証番号を忘れて失敗した。秋葉被告はガラスを割って空き巣に入るために日常的にペンチを持ち歩いていた。 秋葉被告は約250万円の借金があり、アパートの家賃1ヶ月分(46000円)を滞納。奪った金で家賃を振り込んだ。 7月5日、警視庁世田谷署捜査本部の捜査員がATMの防犯カメラに写っていた男と似た秋葉被告を区内で偶然見つけ、周辺捜査を進めて13日事情を聴いたところ認めたため逮捕した。 | |
東京地裁 河田泰常裁判長 | |
無期懲役 | |
2008年12月26日 無期懲役 | |
2008年8月6日の初公判で、秋葉被告は「殺すつもりはなかった」と殺意を否認。弁護側も「強盗致死に当たる」と主張した。 検察側は冒頭陳述で「抵抗しなくなるまで何度も男性らの頭を鉄製ペンチで殴りつけており、殺意は明らか」と主張。動機については、家賃の支払いを迫られていたことを挙げた。一方、弁護側は「留守と思い侵入したが、人がいたのでパニックになり暴行してしまった」と主張した。 判決で河田裁判長は「男性らの頭部を狙っており、救護措置も講じていない。凶器の使い方やけがの程度などからすれば殺意が認められる」と殺意を認定。「家賃を支払うための金を得ようとした動機は短絡的で身勝手。遺族も厳罰を望んでいる」と指摘した。 | |
被告側は控訴した。2009年7月23日、東京高裁で被告側控訴棄却。2009年12月9日、被告側上告棄却、確定。 |