求刑無期懲役、判決有期懲役 2021年





 2021年に地裁、高裁、最高裁で求刑無期懲役に対し、有期懲役・無罪の判決(決定)が出た事件のリストです。目的は、無期懲役判決との差を見るためですが、特に何かを考察しようというわけではありません。あくまで参考です。
 新聞記事から拾っていますので、判決を見落とす可能性があります。お気づきの点がありましたら、日記コメントでご連絡いただけると幸いです(判決から7日経っても更新されなかった場合は、見落としている可能性が高いです)。
 控訴、上告したかどうかについては、新聞に出ることはほとんどないためわかりません。わかったケースのみ、リストに付け加えていきます。
 判決の確定が判明した被告については、背景色を変えています(控訴、上告後の確定も含む)。






【2021年の有期懲役、無罪判決】

氏 名
須江拓貴(24)/小松園竜飛(29)/酒井佑太(24)
逮 捕
 2019年3月13日
殺害人数
 1名
罪 状
 須江被告:窃盗、住居侵入、窃盗未遂、強盗、建造物侵入、強盗致死
 小松園被告:窃盗、住居侵入、強盗、建造物侵入、強盗致死
 酒井被告:強盗傷人、窃盗、建造物侵入、強盗致死、詐欺、窃盗
事件概要
 住所不定、無職の須江拓貴被告、酒井佑太被告と川崎市の土木作業員、小松園竜飛被告は共謀して、以下の事件を起こした。
  1. 酒井被告は2018年10月23日、氏名不詳者らが警察官などになりすまして横浜市旭区の50代女性に電話をかけた後、酒井被告が女性宅を訪れ、金融庁職員をかたってキャッシュカードを受け取ったうえ、ATMで計約136万円を引き出した。
  2. 酒井被告は他の5人と共謀し、2018年11月23日未明、大阪市の路上で、男性(当時47)を十手で殴ってけがをさせ、現金約2,000円が入った財布などが入っている手提げかばん(時価合計15万円相当)を奪った。酒井被告は現場で見張りなどをしていた。
  3. 須江、小松園両被告、住所不定無職T被告は共謀し、埼玉県吉川市の無職O被告から情報を受け、2019年1月12日未明、中央区のマンション4Fの不動産会社の事務所にベランダから侵入し、金庫1個(時価3万円相当)を盗んだ。金庫内に現金や貴金属は入っていなかった。
  4. 須江被告、T被告、O被告は1月17日、埼玉県越谷市のコンビニ店のATMで、不正に入手した千葉県内の60歳代女性名義のキャッシュカードを使い、現金20万円を引き出そうとしたが、カードは利用が停止されており、失敗した。女性は1月、市職員を名乗る男らに「古いカードと交換する」などと言われ、カードをだまし取られていた。
  5. 須江被告、小松園被告、T被告は共謀し、東京都渋谷区に住む80代と70代の夫婦の家にO被告が事件2日前に息子を装ってアポ電(アポイントメント電話)をかけた2日後の2月1日午前8時40分ごろ、警察官を装って侵入し、夫婦の両手を結束バンドや粘着テープで縛り、現金約400万円と腕時計や指輪など30点以上(計約123万円相当)を奪った。
  6. 須江被告、酒井被告、小松園被告は共謀し、2月28日未明、長野県佐久市のブランドショップに押し入り、財布など約230万円相当を盗んだ。
  7. 須江被告、酒井被告、小松園被告は共謀し、2019年2月28日午前11時頃、事前にアポ電をかけて確認したのち、江東区のマンション一室に押し入り、住人の女性(当時80)の両手足を縛って口を粘着テープで塞いだ上、首を圧迫するなどして女性を窒息死させた。部屋の棚や財布に現金はあったが、3被告は室内を物色したものの金品は奪えなかった。女性は午後1時55分ごろ、掃除のために訪れた介護の職員に発見された。
 2019年3月13日、警視庁深川署捜査本部は江東区の事件の強盗殺人容疑で3被告を逮捕。東京地検は4月4日、強盗致死と住居侵入容疑で起訴した。3人の殺意を認定できなかったことから、強盗殺人での起訴を見送った。
 4月25日、須江被告、酒井被告、小松園被告を長野の事件の窃盗と建造物侵入容疑で再逮捕。
 5月22日、須江被告、小松園被告、T被告を渋谷区の事件の強盗と住居侵入容疑で再逮捕。
 6月26日、須江被告、小松園被告、T被告を埼玉の事件の窃盗と建造物侵入容疑で再逮捕。O被告を同容疑で逮捕。
 7月17日、O被告を渋谷区の事件の強盗容疑で再逮捕。
 9月12日、須江被告、T被告、O被告を越谷市の事件の窃盗未遂容疑で再逮捕。
 10月28日、酒井被告を横浜市の詐欺、窃盗容疑で再逮捕。
 2020年7月、酒井被告と他の4人を、大阪の強盗傷害で逮捕(後にさらに1人逮捕)。
裁判所
 東京地裁 守下実裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年3月9日 須江被告:懲役28年、小松園被告・酒井被告:懲役27年
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2021年2月2日の初公判で、須江被告は「全て弁護人に任せている」と発言。弁護人は「強盗致死罪の法定刑は死刑か無期懲役だが、被告は首を圧迫する暴行は加えておらず、刑を減軽して有期刑を選択すべきだ」と主張した。小松園、酒井両被告もそれぞれ「窒息死させるようなことはしていない」などと述べた。その他のすべての起訴事実は認めた。
 検察側は冒頭陳述で、須江被告が2019年2月上旬、別事件の共犯者から被害者の女性宅に多額の現金があるとの情報を入手し、小松園被告と現場を下見したと指摘。一方、弁護側は冒頭陳述などで、「首を圧迫する暴行は加えていない」などとした上で、「被告らは『黒幕』に利用され、末端として関与したにすぎない」と主張し、刑を軽くするよう訴えた。
 10日の公判で強盗致死事件の証拠調べが始まった。検察側は冒頭陳述で、3被告が女性の口元を粘着テープで完全に塞ぎ、首を絞めるなどした後に放置したことが窒息死につながったと主張。一方、弁護側は、「口元は完全に塞いでおらず、首も絞めていない。逃走する際には女性の脈を確認した」と反論した。
 26日の論告で検察側は、「いわゆるアポ電強盗で、模倣性が高い」と指摘、そのうえで、犯行について「頸部の圧迫や口や鼻をふさぐという生命に重大な危険を加える行為があった」「一生をかけて償うべき」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、女性の死因について、「慢性心不全が悪化し、亡くなった可能性は否定できない」と主張した。
 判決で守下裁判長は、争点となった女性の死因について検察側主張を退け、弁護側の主張に沿って「事件によるストレスで慢性心不全が悪化して死亡した」と認定。窒息死の根拠とされた眼球内の出血などについても、「ステロイドの長期服用で血管がもろくなった可能性があり、慢性心不全による死亡と矛盾しない」と結論づけた。量刑理由で守下裁判長は、須江、小松園の両被告が事件の約1カ月前に起こした別のアポ電強盗事件で、被害者がけがをしなかったことに言及。「高齢者への手足の緊縛や口をふさぐなどの暴行は、生命・身体に危険を及ぼす可能性が高い行為」としつつ、「死亡させるリスクを想定するのは容易ではなかった」と述べ、「無期懲役を相当とするような最も重い部類に属する事案とは言えない」と判断。また、アポ電強盗の犯行態様については、「犯罪組織が得た情報を利用して行われ、被害者にとっては被害を防ぐことが困難で悪質だ」と指摘。その一方で、「同様の犯罪が多発しており一般予防の必要性は高いが、量刑を大きく左右させることはできない」とも付け加えた。
 判決の言い渡し後、守下裁判長が弁護側の主張を認めた旨を3被告に説明して閉廷すると、須江被告は被告人席で「よっしゃあ」と大声を上げた。
備 考
 T被告は不明。
 建造物侵入、窃盗、住居侵入、強盗、窃盗未遂容疑で起訴されたO被告は、2020年9月25日、東京高裁で一審懲役9年判決の控訴が棄却され、そのまま確定している。
 O被告は他の4被告と共謀して2019年2月25日、千葉県山武市の製材工場に金品を奪う目的で侵入。O被告とY被告は、寝泊まりしていた実質的経営者(当時71)の口や鼻を粘着テープで塞ぐなどの暴行を加え、窒息か急性心不全で死亡させた。2020年7月16日に強盗殺人容疑で逮捕され、8月7日に強盗致死他の容疑で起訴されている。

 検察側は3被告に対し控訴した。3被告側も控訴した。2023年1月25日、東京高裁で一審破棄、差し戻し判決。2023年7月5日、被告側上告棄却、差し戻し確定。

氏 名
鈴木悠太(38)
逮 捕
 2020年2月4日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、住居侵入
事件概要
 愛知県岡崎市の土木建築会社経営、鈴木悠太被告と同社従業員、林淳一被告とは共謀。2019年11月14日、岡崎市のマンション3階に住む貸金業の男性(当時49)方に林被告がベランダの窓から侵入。刃物のようなもので男性の首などを刺して殺害し、乗用車1台や財布など計6点(時価計約90万円)を奪った。鈴木被告が見張り役で、林被告が実行犯である。両被告は奪った車で約6km離れた岡崎市内の公園に乗り捨てた。
 鈴木被告と林被告は20年来の知り合いであった。鈴木被告は経営する土木建築会社の資金繰りに苦しんでおり、林被告も生活に困っていた。
 19日午前10時ごろ、うつぶせで布団をかぶり血まみれで死んでいる被害者を、部屋を訪ねた母親が見つけて発覚。
 玄関やベランダに設置されていた防犯カメラの記録媒体はなくなっていたが、岡崎署捜査本部は現場周辺の防犯カメラの解析などから犯人を特定。2020年2月4日、強盗殺人容疑で鈴木被告と林被告を逮捕した。名古屋地検岡崎支部は24日、起訴した。鈴木被告には殺意がなかったと判断した。
 3月24日、岡崎署捜査本部は窃盗ほう助と住居侵入ほう助の疑いで、同市の建築業の男性(当時33)と同県安城市の土木建築会社役員の男性(当時37)を書類送検した。鈴木被告は自身の会社の運転資金や生活費に困っており、約3年前に知り合った役員の男性に金の借入先を相談。紹介された建築業の男性が2019年10月中旬、鈴木被告に「被害者宅には現金があり、過去に複数回空き巣に入られているので、盗みに入ったらどうか」と持ち掛けた。建築業の男性は被害者に多額の借金があった。役員の男性や鈴木被告は被害者と面識はなかった。2人は共謀して2019年10月27日、鈴木被告から依頼を受け、岡崎市内の店舗駐車場から被害者宅まで案内するなどし、鈴木被告と林被告の襲撃を手助けした。名古屋地検は4月13日付けで2人を不起訴処分とした。
裁判所
 名古屋地裁岡崎支部 石井寛裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年3月9日 懲役29年
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2021年2月15日の初公判で、鈴木悠太被告は「空き巣の計画はしたが強盗の計画はしていない。被害者との遭遇は想定外だった」、林淳一被告は「殺意はなかった」と、それぞれ起訴内容を一部否認した。
 冒頭陳述で検察側は「ナイフを持って行くことを事前に話し、事前にマンションの下見をし、金品を盗む目的で侵入した」と計画性を指摘。「仮に被害者に見つかった場合でも暴行を加え、強盗しようと考えた」と述べた。鈴木被告の弁護士は「強盗の実行行為はしておらず侵入もしていない」、林被告の弁護士は「経済的に困窮しておらず、動機はない。林被告は被害者と遭遇してパニックになって犯行に及んだ」と主張した。
 16日の公判における被告人質問で、屋外で見張りをしていたとされる鈴木被告は「マンション周辺の様子や被害者がいつ在宅しているかなどを事前に数回調べた」とし「被害者と遭遇した場合は(どう行動するか)想定していなかった」と説明。実行犯の林被告から携帯電話で「首を刺した」と知らされ「何で刺したのか」と問い詰めたが、林被告に「分からない」と言われて「それ以上は怖くて聞けなかった」と犯行当時の心境を述べた。
 22日の公判における被告人質問で、殺害の実行犯とされる林被告は、弁護側から確定的な殺意の有無を問われ「なかった」と改めて主張。金品を奪う計画については、犯行時の見張り役とされる鈴木被告に持ちかけられ「幼少期から兄に虐待を受けており、人から頼み事をされると断れない(性格になった)から」と、犯行に及んだ理由を述べた。
 26日の論告で検察側は「2人は空き巣狙いを前提にしながらも、被害者が帰宅して発見された場合、刃物などを使って強盗に及ぶことについて事前の合意があった。複数回突き刺したのは強い殺意に基づく犯行。犯行は計画性が高く、きわめて悪質」と指摘した。
 同日の最終弁論で弁護側は、「凶器の刃物は見つかっていない。事前に凶器は用意していない。短時間で現金を盗み、逃げる計画で、鉢合わせは考えておらず、強盗をする合意はなかった」とし、それぞれ役割に応じて鈴木被告は懲役3年、林被告には懲役13年が相当と主張した。
 判決で石井裁判長は、林被告に求刑通り無期懲役、鈴木被告に懲役29年を言い渡した。
 石井裁判長は、2人は事前に話し合い、護身用の刃物を持って空き巣目的で被害者方に侵入して金品を無理やり奪うことで合意していたと認定。また、事件の発案者である鈴木被告と、それに引き込まれた林被告の役割については「ほぼ同等」とした。そして林被告には「9回以上刺すなど殺意は強い。危険な犯行で、人命を軽視する態度は明らかだ」と述べた。鈴木被告には「自身の資金繰りのために林被告を巻き込み危険な役を任せた」としたものの殺意がなかったとして、酌量減軽した。
備 考
 2021年9月までに被告側控訴棄却。被告側は上告した。

氏 名
渡辺武久(39)
逮 捕
 2018年8月7日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗致死、強盗致傷、住居侵入他
事件概要
 指定暴力団住吉会系組員、渡辺武久被告は、栃木市の自称とび職、石崎太被告に強盗を指示。石崎被告は仕事仲間である鹿沼市のとび職I被告に共犯者の紹介を依頼。紹介された宇都宮市の無職S被告とともに2018年5月13日午前0時~1時30分ごろ、栃木市に住む男性(当時82)宅に押し入るも、同居の長男(当時59)に遭遇したため暴行した後、何も取らずに宇都宮市のとび職F被告が運転する車で逃走した。渡辺被告は知人の無職の女から、男性宅に現金があると知らされ、知人の石崎被告に犯行を指示した。
 再び渡辺被告に強盗を支持された石崎被告は、F被告に粘着テープなどを用意させたうえで、I被告から紹介された少年被告と共謀。7月26日午前0時ごろ、同じ家に押し入り、暴行して男性を死なせ、長男にも殴って重傷を負わせ、現金約30万3千円や預金通帳3冊を奪った。その後、F被告の運転する車で逃走した。
 県警栃木署捜査本部は7月29日、石崎被告と少年被告を強盗殺人他容疑で逮捕。8月7日、強盗殺人他容疑で渡辺被告を逮捕。9月5日、強盗致傷容疑で渡辺被告、石崎被告を再逮捕。S被告とF被告を強盗致傷他容疑で逮捕した。9月19日、強盗致傷幇助他容疑で無職の女性を逮捕。
裁判所
 最高裁第二小法廷 岡村和美裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年4月2日 懲役30年(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 
備 考
 強盗致死罪などに問われた石崎太被告は2019年1月30日、宇都宮地裁(佐藤基裁判長)の裁判員裁判で求刑無期懲役に対し一審懲役29年判決。2019年7月23日、東京高裁で被告側控訴棄却。(おそらく)上告せず、確定。
 強盗致死罪などに問われた宇都宮市の無職少年(事件当時19)は2019年1月18日、宇都宮地裁(佐藤基裁判長)で懲役8年以上15年以下(求刑懲役10年以上15年以下)判決。犯行に参加したのは友人のためで金品目的ではなく、共犯者内での立場も最も従属的なものだったと認定された。控訴せず、確定。
 強盗致傷罪などに問われたS被告は2019年3月18日、懲役7年判決(求刑懲役8年)。控訴するも取り下げ、確定。
 強盗致傷幇助罪などに問われたF被告は2019年5月16日、懲役2年6月・執行猶予4年判決(求刑懲役3年)。おそらく控訴せず確定。
 強盗致傷幇助罪などに問われたI被告は2019年10月11日、懲役6年判決(求刑同)。同年11月7日、控訴取り下げ、確定。

 2019年12月6日、宇都宮地裁の裁判員裁判で求刑無期懲役に対し、一審懲役30年判決。2020年12月9日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
孫昀皓(40)
逮 捕
 2019年12月11日
殺害人数
 0名
罪 状
 覚醒剤取締法違反(営利目的輸入未遂)、関税法違反
事件概要
 台湾籍の孫昀皓(スン・ユンハオ)被告は、台湾人の会社社長黄奕達(ホアン・イダ)被告や台湾人や日本人らと共謀。2019年12月7日頃、東シナ海の公海上で、船籍不詳の船が積んだ覚醒剤約586.523kg(末端価格約352億円)と覚醒剤であるフエニルメチルアミノプロパンを含有する液体約764mLを共犯者が乗る船に積み替え、同11日に天草市から陸揚げしようとしたが、海上保安官らに発見された。孫昀皓被告は指示役だった。
 日本と台湾双方の窓口機関は2018年12月、密輸・密航対策で海上保安当局間の協力に関する覚書を締結しており、今回の摘発は初の大型案件。台湾の海巡署(海上保安庁に相当)は2019年6月、密輸計画の情報を日本側に提供し、海上保安庁、福岡県警などが合同捜査本部を設置して捜査していた。
 福岡県警などは11日、船内で覚醒剤を所持していたとして覚せい剤取締法違反容疑で3人を現行犯逮捕。ほか5人も密輸に関わったとして同法違反容疑で逮捕した。この8人は外国人と日本人で、大半は台湾人。このほかの数人についても12日に同法違反容疑で逮捕。
裁判所
 福岡地裁 岡崎忠之裁判長
求 刑
 無期懲役+罰金1,000万円
判 決
 2021年6月10日 懲役30年+罰金1,000万円
裁判焦点
 裁判員裁判。他に船長のA被告と乗組員のB被告との統一公判であった。
 2021年5月17日の初公判で、孫昀皓被告と他2名はいずれも「覚醒剤とは知らなかった」と述べ、無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で「A被告とB被告は運搬した船の乗組員で、孫被告は統括役と連絡を取っていた」などと役割を指摘した。
 判決で福岡地裁は、孫被告が「主犯格と密接に計画のやりとりをする指示役だった」と認定した。乗組員だったB被告には「漁の手伝い」といわれ来日したが体調を崩し、覚醒剤を積み込んだ船には乗っていたが船倉内で寝ていた。「仲間も『役立たず』とまで述べており、密輸の遂行に役立つ何らかの具体的な行為を行ったとはいえない」と指摘。密輸の認識にも疑いがあるとして無罪とした。
備 考
 台湾人、日本人など男女24人が逮捕され、そのうち黄被告を含む16人が起訴されている。首謀者的立場だった台湾人の会社社長黄奕達(ホアン・イダ)被告は、2021年3月17日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で、無期懲役+罰金1,000万円(求刑同)判決。被告側控訴中。
 船長で台湾籍のA被告は懲役19年、罰金500万円(求刑懲役20年、罰金600万円)が言い渡された。被告側控訴中。
 乗組員で台湾籍のB被告は無罪(求刑懲役13年、罰金300万円)が言い渡された。控訴せず確定。

 被告側は控訴した。2021年12月8日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2022年6月3日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
柴田広幸(48)
逮 捕
 2019年3月3日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人
事件概要
 山形県朝日町の無職柴田広幸は2019年2月27日朝、自宅で同居していた母親(当時68)に仕事に就かないことを責められ激昂、頭をフライパンで殴り、首を手で絞めて殺害した。さらに同日夜、就寝中の父親(当時72)の首を延長コードで絞めて殺害した。柴田被告は2月28日午前3時頃、両親がアルバイトをしていた新聞販売店に、「父が病気になったので休ませてほしい」と電話をした。3月1日午後10時頃にも、柴田被告から「父が入院することになり、母も付き添いをしないといけない」と電話で説明をした。
 柴田被告の両親、柴田被告夫婦、夫婦の二人の子供の六人暮らし。柴田被告は仕事を転々とし、いずれも長続きしなかった。定職に就かないことについて、柴田被告と両親が言い争うことが度々あった。柴田被告の妹が3月2日午前に家を訪れた際、父親が1階北側の寝室であおむけで、母親が1階南西側の寝室の押し入れで横向きの状態でそれぞれ死亡しているのを発見し、110番した。
 山形県警寒河江署は3日、父親に対する殺人の容疑で柴田被告を逮捕。23日、母親に対する殺人の容疑で再逮捕した。
 山形地検は鑑定留置を4月から行い、鑑定結果から刑事責任能力があると判断し6月11日、柴田被告を起訴した。
裁判所
 仙台高裁 秋山敬裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年6月24日 懲役29年(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2021年5月27日の控訴審初公判で、弁護側は改めて、殺意はなく、心神喪失状態だったとして無罪を主張した。精神鑑定の実施も請求したが、却下された。検察側は控訴棄却を求め、即日結審した。閉廷後、柴田被告は「話が全然違うじゃないか」などと大きな声で繰り返し発言しながら、刑務官に促されて退廷した。
 判決で秋山裁判長は、「被告に責任能力があり、殺意もあったと認定した一審判決は妥当である」として、控訴を棄却した。判決の読み上げ終了間際、柴田被告は突然立ち上がり、脱いだ上着を後ろに向かって投げつけ、大声をあげながら走りだし、書記官に掴みかかろうとして、警備員2人が取り押さえた。
備 考
 2020年10月20日、山形地裁の裁判員裁判で求刑無期懲役に対し、一審懲役29年判決。被告側は上告した。2021年10月6日、被告側上告棄却、確定。

氏 名
堀藍(21)
逮 捕
 2020年6月27日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反、ストーカー規制法違反(ストーカー行為)、建造物侵入
事件概要
 静岡県三島市の大学生、堀藍(あおい)被告は2019年7月、同じ大学の同じ学部に通う同級生の女性を見かけて好意を抱き、10月までに繰り返し女性に無料通話アプリ「LINE」のIDを教えてほしいと迫った。当初は断っていた女性だが、堀被告が何度も要求するため、断り切れずIDを教えた。堀被告はすぐに名前を呼び捨てにして、たびたび食事の誘いを持ちかけた。女性はその都度断っていたが、要求はエスカレートし、プライベートな質問まで行うようになった。さらに堀被告は返信が遅いことに腹を立て、12月、女性が所属する部活動の部室に侵入。携帯番号を把握して無言電話をかけるなどした。2020年1月、女性は警察に、無言電話を相談していたが、証拠がないからと被告の名前は出さなかった。
 堀被告は2020年2月、凶器となる包丁をホームセンターで購入。
 女性は4月、LINEで堀被告に好きじゃないと断るも、堀被告はしつこくLINEを送り続けていた。  堀被告は2020年6月8~10日、LINEなどで11回にわたり、女性に交際や面会を求めるメッセージを送ったほか、拒まれたにもかかわらず6月21~24日にも計18回、メッセージを送った(ストーカー規制法違反の内容)。女性は6月23日、堀被告のLINEをブロックした。
 2019年10月から事件を起こす2020年6月の間に合計789回のやりとりがLINEでなされているが、そのうち被告からのLINE送信は551回に及んだ。
 堀被告はAmazonでサバイバルナイフを購入。さらにはこれまでのLINEで得た断片的な情報から女性のアルバイト先と自宅、そして車を特定した。
 堀被告は6月27日、女性の自宅付近で待ち伏せた。堀被告は午後1時15分頃から25分頃までの間、三島市の自宅から約2.5km離れたコンビニのアルバイトを午後1時頃に終え、帰宅中の女性(当時19)が運転していた母親の車から降りたところを襲い掛かり、自動車内で女性の腹部を包丁(刃渡り約15.5cm)で突き刺した後、助けを求めて逃げる女性を追いかけ、さらに首や背中など複数回突き刺し、失血死させた。堀被告は包丁のほかにも、ナイフ1本を持っていた。
 付近の住民が110番通報。沼津署は現場にいた堀被告を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。
 静岡地検沼津支部は7月9日から11月9日まで鑑定留置。11月17日、殺人と銃刀法違反で起訴した。12月18日、ストーカー規制法違反で堀被告を追起訴した。
裁判所
 静岡地裁沼津支部 菱田泰信裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年7月13日 懲役20年
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2020年7月5日の初公判で、堀藍被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
 冒頭陳述で検察側は、堀被告が大学の同級生だった女性に一方的に好意を寄せていたと指摘。何度もLINEを送信し、女性が「他の人とLINEした方がいい」と返しても、「好きな人とLINEしているときが楽しいから無理」などと連絡を続けていたことを明らかにした。堀被告は、やりとりを断ろうとする女性に対し、「後悔することになる。LINのやりとりはやめないで」「無視してもいいことないよ」などとメッセージを送り、女性は2020年6月23日にLINEをブロックした。検察側は殺害の動機について「LINEをブロックされ、逆恨みして殺害を決意した」と指摘。堀被告が自宅で女性に見立てた段ボールを包丁で刺す練習をするなど、計画的な犯行であることも強調した。また女性は友人に対し、「ブロックしたら、逆上して何をされるかわからない」と相談していたという。女性の体には刺し傷や切り傷が49か所あり、検察側は「致命傷となるけがが多数あり、救命措置が早くても死が免れない状況だった」と説明。堀被告は女性を刺した後、死亡を確認するために呼吸や心拍の有無を調べていたことなども明らかにした。
 弁護側は、堀被告が女性とのやりとりを「生きがいのように感じていた」と説明。堀被告が小学生の時に、心臓の病気でペースメーカーを入れたことを明らかにしたうえで、「LINEをブロックされると、(生活に支障がある)使えない体だけが一生残ると思った。生きがいを奪った女性を殺害しようと考えた」と説明した。弁護側は量刑のみを争うとし、「心臓病を患っていた被告の生育歴や、当時20歳で恋愛経験の少ない未熟さが犯行につながったのではないか」と主張した。
 6日の第2回公判で被告人質問が行われ、堀被告は殺害した理由について「女性の幸せな将来と、悲観的な自分の将来を比較して許せないと感じた」と説明した。堀被告は弁護側から、LINEで女性にメッセージを送り続けた理由を聞かれ、「交際は無理でも、LINEでつながっていたかった」と答えた。また、「LINEをブロックされたくらいで人の命を奪うのは身勝手だった」と反省の言葉も口にした。被害者参加制度で出廷した女性の父親も被告人質問を行い、「刺した時に何を考えたのか」と聞かれ、堀被告は「殺すことしか考えていませんでした」と答えた。「女性が、どうしていれば殺すことはなかったのか」との質問には、「LINEをブロックされなければ」と小さな声で答えた。
 8日の論告求刑に先立ち、意見陳述した女性の父親は「かけがえのない宝物だった娘を殺害したことを絶対許さない」と涙ながらに語った。
 論告で検察側は、女性と堀被告の関係性を「他人同然であり、単に『目に留まった』というだけで理不尽に殺害されたに等しい」と指摘した。刺し傷や切り傷が49か所あったことに触れ、「思い通りにならないと、物を破壊するように刺した」と強調し、強い殺意と計画性があったと指摘。「人の生命や尊厳を軽視し、被害者を歪んだ支配欲を満たすための『モノ』として捉えた非人道的で残忍な行為である。殺害を周到に計画し躊躇した形跡もない。将来を奪われた被害者の苦痛と無念さは計り知れない。人の尊厳や生命を軽視する非人道的犯行」と訴えた。
 同日の最終弁論で弁護側は、堀被告が小学生の時に心臓にペースメーカーを取り付けて以降、野球などのスポーツができなくなったことから、「一方的で身勝手な犯行動機には、手術による挫折体験の影響がある。ペースメーカーを付けた挫折経験によって、弱い者を支配しようとする偏った性格特性に影響し犯行の間接的な要因になった。感情のコントロールができない被告人を強くは非難できない。動機を過度に重視することはできない」と主張。罪に向き合い謝罪や反省を深め、更生の可能性があると指摘し、懲役22年が相当とした。
 堀被告は最終陳述で、被害者参加制度で出席した女性の父親を見て、「LINEをブロックしただけで人生を奪われるのは、女性は到底理解できないと思う。遺族にも(心の)一生癒えることのない傷を負わせ、人生を奪い申し訳ありません」と頭を下げた。
 判決で菱田泰信裁判長は、2人の関係について、LINEのやりとりなど「一定の交流があった」と指摘し、検察側の「他人同然」という指摘は否定した。事件前に業務用包丁を購入したり、段ボールを使い刺す練習をしたりしたとして「計画性は高い」と述べた。女性にLINEをブロックされ生きがいを奪われたとする動機に関し「あまりに理不尽な逆恨みだ。19歳で命を奪われた被害者の無念さは計り知れない」と指摘。「被告は十分な反省をしているとは認められない」としたが、「犯行当時20歳とまだ若く更生の余地があり、被告の両親が賠償金を用意している」などと述べた。
備 考
 検察側は控訴した。2023年3月15日、東京高裁で検察側控訴棄却。上告せず確定。

氏 名
熊澤義信(29)
逮 捕
 2018年12月10日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、窃盗、死体遺棄他
事件概要
 住所不定、無職の熊澤義信被告は、2018年11月29日、東京都練馬区の学生寮で、長野県出身の専門学校生の女性(当時20)を何らかの方法で窒息させて殺害し、キャッシュカードやクレジットカードを奪った。29日午前には、都内のATMで預金のほぼ全額である59,000円を引き出した。さらに12月3日、再び学生寮を訪れて女性の遺体を布団でくるんで運び出し、東京、長野、福島など1都6県で被害者のクレジットカードで飲食代・衣服代・高速料金などに20万円以上を支払っていた。
 熊澤被告には約100万円の借金や、未払いの携帯電話料金があった。2人は2018年6月ごろ、飲食店のバイト先で知り合った。熊澤被告はその後別の飲食店で勤務したが、11月中旬ごろから無職だった。
 被害者が11月29日ごろから授業に来ていないと学校から連絡を受けた父親が12月7日、被害者方を訪れベッドの血痕を発見し、110番通報。マンションの防犯カメラに11月28日に被害者が帰宅したのちに熊澤被告が入っていき翌日に出ていくところや、12月3日、熊澤被告とみられる人物が丸めた布団のようなものを車に積み込む様子が写っていた。またATMの防犯カメラにも熊澤被告らしい人物が映っていた。9日夜、熊澤被告の実家がある福島県いわき市の駐車場でレンタカーに乗っている熊澤被告を捜査員が職務質問し、車内から被害者の遺体を発見した。12月10日、警視庁は死体遺棄容疑で熊澤被告を逮捕した。2019年1月9日、強盗殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 東京高裁 三浦透裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年9月1日 懲役19年(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2021年6月30日、控訴審初公判。内容は不明。
備 考
 2020年10月2日、東京地裁の裁判員裁判で、求刑無期懲役に対し一審懲役19年判決。上告せず確定。

氏 名
柴田広幸(48)
逮 捕
 2019年3月3日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人
事件概要
 山形県朝日町の無職柴田広幸は2019年2月27日朝、自宅で同居していた母親(当時68)に仕事に就かないことを責められ激昂、頭をフライパンで殴り、首を手で絞めて殺害した。さらに同日夜、就寝中の父親(当時72)の首を延長コードで絞めて殺害した。柴田被告は2月28日午前3時頃、両親がアルバイトをしていた新聞販売店に、「父が病気になったので休ませてほしい」と電話をした。3月1日午後10時頃にも、柴田被告から「父が入院することになり、母も付き添いをしないといけない」と電話で説明をした。
 柴田被告の両親、柴田被告夫婦、夫婦の二人の子供の六人暮らし。柴田被告は仕事を転々とし、いずれも長続きしなかった。定職に就かないことについて、柴田被告と両親が言い争うことが度々あった。柴田被告の妹が3月2日午前に家を訪れた際、父親が1階北側の寝室であおむけで、母親が1階南西側の寝室の押し入れで横向きの状態でそれぞれ死亡しているのを発見し、110番した。
 山形県警寒河江署は3日、父親に対する殺人の容疑で柴田被告を逮捕。23日、母親に対する殺人の容疑で再逮捕した。
 山形地検は鑑定留置を4月から行い、鑑定結果から刑事責任能力があると判断し6月11日、柴田被告を起訴した。
裁判所
 最高裁第三小法廷 林道晴裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年10月6日 懲役29年(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点
 
備 考
 2020年10月20日、山形地裁の裁判員裁判で求刑無期懲役に対し、一審懲役29年判決。2021年6月24日、仙台高裁で被告側控訴棄却。

氏 名
T・K(30)
逮 捕
 2017年7月16日
殺害人数
 3名
罪 状
 殺人、殺人未遂、銃刀法違反
事件概要
 神戸市の無職、T・K被告は2017年7月16日午前5時15分ごろから、自宅で祖父(当時83)と祖母(当時83)を金属バットで殴ったり、包丁で刺したりして殺害。止めに入った母親(当時52)を殴って殺害しようとした。母親は自宅から逃げ出したが、両腕を骨折するなど重傷。さらに、40m南に住む民家の車庫に侵入して無職の女性(当時79)を刺殺。約150m南住む民家のアヒル小屋にいた近隣女性(当時65)にも重傷を負わせた。T被告はその後逃走。
 午前6時20分ごろ、祖父から「刃物で刺された」と110番。兵庫県警有馬署員が現場に駆け付け、祖父母らを発見。15分後、近くの神社で血の付いた包丁1本と金属バット1本を所持していたT被告を銃刀法違反で現行犯逮捕した。
 T被告は祖父母、母親との4人暮らし。
 兵庫県警は7月17日、祖父に対する殺人容疑で再逮捕。8月7日、祖母への殺人と母親への殺人未遂容疑で再逮捕。8月27日、近所の女性2人への殺人と殺人未遂容疑で再逮捕。
 神戸地検は当時の精神状態を慎重に調べる必要があるとして9月1日~2018年5月まで、2度にわたり鑑定留置を実施し、精神疾患はあるものの刑事責任は問えるとみて5月11日、T被告を起訴した。
 1回目の鑑定医は、症状は重度で「犯行への影響は圧倒的」と診断した。2回目の鑑定医は「思いとどまる判断を行う自由が一定程度あった」とした。
裁判所
 神戸地裁 飯島健太郎裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2021年11月4日 無罪
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2021年10月13日の初公判で、T・K被告は起訴内容に間違いがないかを問われ、「いいえ、ありません」と返答。弁護側は「客観的事実に争いはない」とした上で「統合失調症の影響で心神喪失状態にあった」として無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、被告が2016年秋ごろ仕事を辞めて無職になり、祖父母や母と4人暮らしだったと説明。事件の2日前から、「結婚するため神社に来てほしい」「君と私以外は『哲学的ゾンビ』なんだよ」などと知人女性に話しかけられる幻聴が聞こえるようになり、「ゾンビを殺せば女性と結婚できる」と決意して犯行に及んだと指摘した。統合失調症の影響を指摘するも、殺害を一時ためらい、逮捕直後に「大変なことをした」と話しており、善悪の判断能力を完全には失っていない「心神耗弱」状態にとどまると主張した。
 弁護側は被告が幻聴を聞いて「知人女性と結婚できる」と確信しており、「犯行を思いとどまることができなかった」と反論。善悪の判断や行動を制御する能力が完全に失われていたと訴えた。
 飯島裁判長は、事件から公判開始まで4年余りを要した経緯を説明。地検の鑑定留置を担当した医師2人のうち1人目が海外赴任し、その後、新型コロナウイルス感染拡大で帰国が困難になったため、公判前整理手続きが停滞。医師は結局、コロナのために帰国が困難となり出廷できず、法廷での証拠調べは公判前に行われた証人尋問の書き起こしが読み上げられた。
 14日の第2回公判で、負傷させられたT被告の母親が出廷。母親は、事件時の状況を詳細に回想。当日の朝、被告はあいさつに反応せず、女性用Tシャツを借りたがるなど「少しいつもと違う」と感じたと明かした。殺害された被告の祖父母を含め家族関係は「悪くなかった」とし、被告の幻聴などには気付かなかったと証言。起訴後の2018年夏に面会した際の被告の様子を「目の焦点が合わない」「心、ここにあらずという感じ」などと振り返った。母親は、被害者や遺族らに謝罪し、「優しくて真面目だった息子がなぜこんな事件を起こしたのか」と声を震わせた。
 18日の第4回公判における被告人質問で、T被告は被害者や遺族に「取り返しのつかないことをしてしまった」と謝罪した。親族以外の被害者を優先に、預金を賠償に充てる意思も示した。自身の統合失調症の症状にも言及。現在、投薬治療により幻聴は数日に1回程度だが、事件直前にはほぼ休みなく聞こえ、前日夜には幻聴の声と自分以外は人間ではないと思うようになっていたとした。
 25日の公判における意見陳述で、死亡した近隣の女性の長男が意見陳述。「突然母がいなくなり、被告を憎んでいる。罪を軽くされたくない。強く強く死刑を願う」と訴えた。
 論告で検察側は、「被害者には何の落ち度もなく結果も重大だ」としたが、統合失調症による幻聴などが犯行に影響したとする一方で、一部で幻聴などに逆らう行動をとっていたことや、凶器にはバットや殺傷能力が高い包丁を持ち出すなど合理的な行動もありから「善悪判断能力、行動制限能力は著しく減弱していたが、残されている部分はあった」と指摘。「次々と凶行に及ぶなど極めて悪質な犯行態様で、死刑を選択すべき事案」とした上で、犯行時は心神耗弱の状態だったことから無期懲役が相当とした。
 最終弁論で弁護側は、T被告が「哲学的ゾンビを倒せば知人女性と結婚できる」と思い込み、殺傷した相手を「ゾンビと認識していた」と主張。鑑定した医師の意見を踏まえて「妄想に支配されていた」と述べ、責任能力は無かったと主張し、無罪を求めた。
 最終意見陳述でT被告は、「被害者の方々には非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです」と述べた。
 飯島健太郎裁判長は冒頭、「理由をよく聞いてもらいたい」と判決理由を先に読み上げた。
 飯島裁判長は捜査段階に2回実施された精神鑑定の内容を検討。被告が統合失調症による幻声や妄想の圧倒的影響を受けたとする1回目の鑑定医は、被告と11回面接するなどし結果は合理的だとした。一方、被告には犯行を思いとどまる能力があったとした2回目の鑑定医は、面会が1度のみで信用性を認められないと指摘。1回目の鑑定結果を基に判断すべきだとした。その上で被告は周囲の人に関し、人間と同じ外見だが自我や意識を持たないとの妄想を信じ、正常な精神作用が機能していない状態で犯行に及んだと結論付け、刑事責任能力を認めなかった。
 飯島裁判長は判決を言い渡した後、被告に「無罪にはなったが取り返しのつかないことをしてしまったことには変わりはない。そのことを忘れずに病気の治療にあたってほしい」と説諭した。
備 考
 検察側は控訴した。2023年9月25日、大阪高裁で検察側控訴棄却。上告せず確定。

氏 名
何進威(35)
逮 捕
 2019年6月4日
殺害人数
 0名
罪 状
 覚醒剤取締法違反(営利目的輸入未遂)、関税法違反
事件概要
 香港在住の何進威被告は他6人と共謀し、2019年6月2日午前3時ごろ、静岡県伊豆諸島の鳥島南西沖の太平洋上で船籍不明の船に積載されていた覚醒剤約1t(末端価格600億円相当)を積み替え、陸揚げして密輸した。何進威被告は指揮役の1人だった。
 7人は5月以降に空路で順次入国。5月31日朝、3人が小型船に乗り横浜市のクルージングクラブを出港。6月1日に八丈島で給油後さらに南下し、2日ごろに洋上で別の船から移し替えていた。
 警視庁や海上保安庁などは2017年11月、南伊豆町の住民から「不審な船が港に出入りしている」との通報を受け、内偵捜査を始めた。その後、捜査員が不審な船や中国人グループを確認した。6月3日午後9時30分ごろに南伊豆町の港に到着し、レンタカーで来た4人と合流して積み荷を移し替え始めたところを、捜査員が逮捕した。何被告は逃亡するも、翌日逮捕された。
裁判所
 東京地裁 浅香竜太裁判長
求 刑
 無期懲役+罰金1,000万円
判 決
 2021年12月6日 懲役26年+罰金1,000万円
裁判焦点
 裁判員裁判。
 内容は不明。
備 考
 7人が逮捕され、判決が出たのは5人目。
 漁船での運搬役のV被告は2020年9月28日、東京地裁(裁判長不明)で懲役18年+罰金1,000万円判決(求刑懲役20年+罰金1,000万円)。控訴せず確定。
 漁船での運搬役のCB被告は2021年6月16日、東京地裁(浅香竜太裁判長)で懲役16年+罰金750万円判決(求刑不明)。2022年6月16日、東京高裁で判決。
 陸上での運搬役のCI被告は2021年7月21日、東京地裁(浅香竜太裁判長)で懲役14年+罰金700万円判決(求刑不明)。2022年2月4日、東京高裁で判決。
 陸上での運搬役のR被告は2021年11月8日、東京地裁(浅香竜太裁判長)で懲役13年+罰金600万円判決(求刑不明)。被告側控訴中。
 指揮役のS被告は2022年2月9日、東京地裁(裁判長不明)で懲役17年+罰金800万円判決(求刑不明)。被告側控訴中。
 漁船での運搬役のZ被告は2022年6月1日、東京地裁(裁判長不明)で懲役16年+罰金750万円判決(求刑不明)。被告側控訴中。

 検察・被告側は控訴した。2022年9月30日、東京高裁で検察・被告側控訴棄却。

氏 名
孫昀皓(40)
逮 捕
 2019年12月11日
殺害人数
 0名
罪 状
 覚醒剤取締法違反(営利目的輸入未遂)、関税法違反
事件概要
 台湾籍の孫昀皓(スン・ユンハオ)被告は、台湾人の会社社長黄奕達(ホアン・イダ)被告や台湾人や日本人らと共謀。2019年12月7日頃、東シナ海の公海上で、船籍不詳の船が積んだ覚醒剤約586.523kg(末端価格約352億円)と覚醒剤であるフエニルメチルアミノプロパンを含有する液体約764mLを共犯者が乗る船に積み替え、同11日に天草市から陸揚げしようとしたが、海上保安官らに発見された。孫昀皓被告は指示役だった。
 日本と台湾双方の窓口機関は2018年12月、密輸・密航対策で海上保安当局間の協力に関する覚書を締結しており、今回の摘発は初の大型案件。台湾の海巡署(海上保安庁に相当)は2019年6月、密輸計画の情報を日本側に提供し、海上保安庁、福岡県警などが合同捜査本部を設置して捜査していた。
 福岡県警などは11日、船内で覚醒剤を所持していたとして覚せい剤取締法違反容疑で3人を現行犯逮捕。ほか5人も密輸に関わったとして同法違反容疑で逮捕した。この8人は外国人と日本人で、大半は台湾人。このほかの数人についても12日に同法違反容疑で逮捕。
裁判所
 福岡高裁 辻川靖夫裁判長
求 刑
 無期懲役+罰金1,000万円
判 決
 2021年12月8日 懲役30年+罰金1,000万円(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 不明。
備 考
 台湾人、日本人など男女24人が逮捕され、そのうち黄被告を含む16人が起訴されている。
 首謀者的立場だった台湾人の会社社長黄奕達(ホアン・イダ)被告は、2021年3月17日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で、無期懲役+罰金1,000万円判決(求刑同)。2021年10月19日、福岡高裁で被告側控訴棄却。被告側上告中。
 船長で台湾籍のA被告は2021年6月10日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で懲役19年、罰金500万円判決(求刑懲役20年、罰金600万円)。2021年12月8日、福岡高裁(辻川靖夫裁判長)で被告側控訴棄却。被告側上告中。
 乗組員で台湾籍のB被告は2021年6月10日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で無罪判決(求刑懲役13年、罰金300万円)。控訴せず確定。
 漁船購入の世話をしたK被告は2021年7月13日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で懲役12年、罰金300万円判決(求刑不明)。2021年12月22日、福岡高裁で控訴棄却。
 乗組員を世話したD被告は2021年10月7日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で懲役13年、罰金300万円判決(求刑同)。2022年3月17日、福岡高裁で被告側控訴棄却。
 乗組員を世話したE被告(D被告の妻)は2021年10月7日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で懲役8年、罰金250万円(求刑懲役10年、罰金250万円)判決。2022年3月17日、福岡高裁で被告側控訴棄却。
 日本人乗組員の手配などをしたとされたT被告は2021年12月1日、福岡地裁(柴田寿宏裁判長)で懲役6年判決(求刑懲役10年、罰金250万円)。幇助罪が認定された。2022年6月8日、福岡高裁で控訴棄却。上告せず確定。
 日本人乗組員の手配などを行った住吉会系組員の男性N被告は2022年1月7日、福岡地裁(鈴嶋晋一裁判長)で懲役14年、罰金300万円判決(求刑懲役15年、罰金300万円)。2022年6月28日、福岡高裁(市川太志裁判長)で被告側控訴棄却。
 覚醒剤を積み込む予定だった冷凍車の見張り役だったH被告は2022年2月22日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で懲役15年、罰金300万円判決(求刑同)。2022年8月4日、福岡高裁で被告側控訴棄却。
 船舶の準備を行ったS被告は2022年3月18日、福岡地裁(岡崎忠之裁判長)で懲役30年、罰金1,000万円判決(求刑無期懲役、罰金1,000万円)。被告側控訴中。
 覚醒剤の積み替えを行った元少年被告(事件当時19)は2022年5月24日、福岡地裁(冨田敦史裁判長)で懲役10年、罰金200万円(求刑懲役15年、罰金300万円)判決。控訴中。
 洋上で覚醒剤を受け取る「瀬取り」の実行役を集める役割だった工藤会系組員の男性M被告は2022年6月13日、福岡地裁(武林仁美裁判長)で懲役14年、罰金300万円判決(求刑懲役15年、罰金300万円)。被告側控訴中。
 M被告の共犯だったI被告は2022年6月13日、福岡地裁(武林仁美裁判長)で懲役12年、罰金300万円判決(求刑不明)。被告側控訴中。
 主犯格とされる山口組系の元組員の高田広喜容疑者は2021年1月、覚醒剤取締法違反容疑で逮捕状が出ている。捜査関係者によると、高田容疑者は中国に潜伏しているとみられる。外務省は2022年6月20日付でパスポートを失効させ、30日の官報で通知した。今後は不法滞在状態となるため、現地で身柄が確保されれば強制退去となる見通し。

 2021年6月10日、福岡地裁の裁判員裁判で求刑無期懲役+罰金1,000万円に対し、懲役30年+罰金1,000万円判決。被告側は上告した。2021年12月8日、福岡高裁で被告側控訴棄却。2022年6月3日、被告側上告棄却、確定。




※最高裁ですと本当は「判決」ではなくて「決定」がほとんどですが、纏める都合上、「判決」で統一しています。

※銃刀法
 正式名称は「銃砲刀剣類所持等取締法」

※麻薬特例法
 正式名称は「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律」

※入管難民法
 正式名称は「出入国管理及び難民認定法」

【参考資料】
 新聞記事各種

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