『ロンドン警視庁フォト・ミステリー』
エイミー・キャロル
訳・土屋政雄
中央公論社
発売:1986年3月15日初版
定価:1350円(初版時)
私の大伯父、故ヘンリー・ブラック警部(1890〜1963)は、ロンドン警視庁有数の犯罪捜査官でした。犯罪捜査手法の洗練に力を尽くし、現代の捜査官像を確立するのに大きな貢献をした人です。大伯父には証拠がすべてでした。「捜査官たるもの、証拠らしい証拠だけに目を奪われてはならない。一件証拠とは思えないような証拠もあるものだ」その持論に立って、訓練と経験が犯罪捜査にいかに大切かを訴え続けてきたのです。
大伯父はメモ魔であり、教え魔でした。警視庁の同僚はもとより、いつも大伯父を慕ってまつわりついていた小娘の私にも、犯罪捜査の専門技術を教え込もうとしたほどです。そして現場を退いてから退職するまでの数年間は、後輩の教育に情熱を傾けました。知る人ぞ知る大伯父の「基本犯罪捜査ファイル」は。そのときに教材として作られたものなのです。これは1930年代、大伯父が捜査官として油ののりきっていた頃に起こった様々な事件を集めたもので、殺人や誘拐は言うにおよばず、窃盗、自殺、恐喝……と、ありとあらゆる事件を網羅しています。どの事件も、捜査官としての大伯父の天才を証明するものでした。
事件記録は何枚かのスライドからなり、捜査中にとったメモが添えてあります。生徒はこのスライドを見、メモを読んで、誰が犯人か、犯罪はどのようにして行われたか、を解明しなければなりません。解決に手間どると、ヒントとして幾つかの手がかりと容疑者のリストが与えられます。この「基本犯罪捜査ファイル」は当時、非常な評判をよんだものですが、大伯父が退職すると、いつとはなくお役御免となり、大伯父の死後は、ほかの思い出の品々とともに自宅の屋根裏に放り込まれ、忘れられてしまったのです。
私が犯罪作家会議で、ロンドン警視庁のある警部長と出会っていなかったら、このファイルは今でも屋根裏でほこりをかぶっていたかもしれません。警部長は私に、近ごろの警官は捜査能力が低くて困るとこぼしました。「証拠の真偽も判断できない。犯罪科学研究所も結構だが、何でもそこで解決できると思っているから困る」
これを聞いて私は考えました。いまこそ、「基本犯罪捜査ファイル」の出番ではないかしら。大伯父は、私に証拠重視の態度を徹底的にたたきこんだけれど、同時に、犯罪捜査が面白いものだとも教えてくれた。大伯父の推理のさえを広く世間に知ってもらうのは、私の務めかもしれない……。
大伯父のファイルをもとに、現代の読者の推理能力にチャレンジしてみようと作ったのが、この本です。事件の詳細は、大伯父が書きつづったとおりにしてあります。メモも、手がかりも(ガセネタも!)、容疑者も、犯行の方法も、すべて大伯父のファイルのままです。ただ、スライドだけは、写真で代用したことをご了承ください。大伯父は、生徒の捜査能力を数字で表すために、独特の採点方法を使用していました。真相解明までにかかった時間、参考にした手がかりの数、正しい容疑者を指摘できたかどうか、容疑者と見なす理由が正しかったかどうか、などで得点が増減します。捜査のゲーム性が高まって、たいへん楽しい方法です。
実際に当たってみるとおわかりになるように、どの事件も、集中力と鋭い観察力、深い人間理解、そして論理的な思考能力がないとなかなか解決できるものではありません。
一つの事件を解決するたびに、得点を63ページの成績原簿に記入していってください。はたして大伯父は、あなたがロンドン警視庁に入れる素質の持ち主だと判断してくれるでしょうか。
幸運を祈ります。がんばってください。
【ゲームの楽しみ方】
筆記用具とメモ用紙を用意してください。得点とペナルティーは、添付のスコア・カードに記入します。推理にかかった時間を計りますから、ストップウォッチか時計も必要です。次の手順でゲームを進めてください。
1.写真を見、説明を熟読して、事件の全容をつかんでください。
2.犯人や犯行方法の見当がつかないときは、事件記録の最後に示す「手がかり」のリストを参考にしてください。ただ「手がかり」を見るたびに減点されますから、そのつもりで。
3.犯人がわかった(と思われる)方は、該当する「容疑者」のページの質問に答えてください。自殺の場合は、自殺者本人も容疑者に数えます。
4.「証拠」のページを開き、答を確かめてください。推理が正しければ、あなたの得点が示され、「真相」を知る権利が与えられます。推理が水準に達しないときは、あなたは何点かを失い、「手がかり」を見るか、別の容疑者にねらいを変えるよう、指示されます。
5.正しい答を出して、真相を知ったなら、スコア・カードにある得点とペナルティーを正しく記入し、その合計点を、63ページにある成績原簿の該当事件欄に転記してください。
当時、D・ホイートリー+J・リンクスの『マイアミ沖殺人事件』を初めとする捜査ファイル・ミステリーが流行った。捜査ファイル・ミステリーは、事件調書、写真、実物証拠などから犯人を推理するタイプの推理小説である。証拠品である毛髪やマッチの燃えささしなどの実物が添付(文庫版では写真)されていたことなどからも話題になった。
そのせいかもしれないが、同じ版元から同じ版式で、本書が出版された。原題は「Scotland Yard photo crimes」で、1983年に出版されている。
まえがきに示したとおり、事件概要が10数枚の写真とメモで記される。読者はその写真とメモを元に、犯人を推理するわけである。問題は全部で20問。写真を見たらすぐにわかるものから、写真の隅までじっくり見ないとわからないものまで、様々である。
大体1問につき20分程度を必要とするため、時間があるときでないとじっくりと取りかかることができない。逆にさっさと答を見るタイプの読者にとっては、全く面白くないタイプの本だろう。ただし、特殊な知識を有する問題はほとんどないため、注意力と推理力さえあれば、だれでも解くことが可能である。
難しいクイズが好きな方にはお薦め。
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