『私だけが知っている 第一集』
光文社文庫編
光文社文庫
発売:1993年8月20日初版
定価:580円(初版時 税込み)
本書は、昭和三十二年十一月から三十八年三月まで、日曜の夜にNHKテレビで放映された、ドラマ形式による推理クイズ番組「私だけが知っている」のシナリオのアンソロジーである。番組は、まず問題編が演じられ、徳川夢声氏を探偵長とする探偵局員の面々がいろいろと推理し、山内雅人氏がつとめる「私」によって謎解きがなされるという構成で、五年半も続いたことからその人気ぶりがうかがえるだろう。ちょうどそれは昭和三十年代の推理小説ブームとも重なっているが、最初のレギュラー探偵局員である池田彌三郎、江川宇礼雄、有吉佐和子の三氏は、
テレビというメディアならではの制約のあるなか、鮎川哲也氏や土屋隆夫氏といった作家によって、推理クイズの可能性を追求したさまざまな趣向が試みられた。作家たちが、なんとか徳川探偵局の面々をギャフンといわせようと、奮闘したわけである。また、フェアさを保つためにと、問題編と解決編のシナリオは別々にしてあった。そんな番組製作の姿勢が功を奏し、推理クイズ番組として大成功を収めた。当時も、そしてその後も、何度か類似の番組が試みられたけれど、「私だけが知っている」の人気を越えることはできなかったようである。
そうした、推理小説ファンにとっては興味津々の番組でありながら、当時はまだ生放送が中心の時代であり、いまとなってはテレビ画面で再体験することは不可能となっている。昭和三十六年三月には早川書房からシナリオ九作を
この第一集には、昭和三十二年から三十五年にかけて放送されたなかから、第一回の「三等寝台事件」を含めた十二作が収録されている。映像でしかわからないような伏線やトリックの用いられているものは再録できなかったが、できるだけ挿絵を利用して当時の雰囲気を再現した。挿絵を含めて、いろいろなところに推理のヒントが隠されている。画策者がそれぞれ工夫を凝らした推理ドラマなので、論理的な推理の醍醐味が充分に味わえるだろう。(以下略)
【収録作品】
第一話
西澤實
「三等寝台事件」
第二話
Xクラブ
「窯」
第三話
島田一男
「暴風雨の宿」
第四話
鮎川哲也
「七人の乗客」
第五話
渡辺剣次
「割れたコップ」
第六話
渡辺剣次
「二つの真相」
第七話
土屋隆夫
「死の扉」
第八話
藤村正太
「初雪」
第九話
鮎川哲也
「終着駅」
第十話
笹沢左保
「見えない道」
第十一話
土屋隆夫
「地獄の法廷」
第十二話
夏樹静子
「ホテルの客」
徳川夢声
探偵長自白
佐藤治男
第一回放映の頃
山内雅人
「私」の回想
NHKで昭和32年から約6年間放映された人気推理クイズ番組「私だけが知っている」のシナリオアンソロジー。「私だけが知っている」がどういう番組だったかは、「はじめに」を読んでいただければわかるので、省略する。
執筆陣を見ていただければわかるとおり、今では巨匠となった推理小説家の面々がシナリオを書いていた。西澤實は放送作家で、日本放送作家協会理事長も務めた大物。Xクラブは、島田一男、中島河太郎、高木彬光らのアイデアをもとに西澤が脚本としてまとめていた。また、鮎川哲也や渡辺剣次らもこの名義で執筆している。
日本の推理小説史を語る上で忘れてはならない、推理クイズブームを巻き起こした幻の名番組である。その番組の資料とともに、こうしてシナリオを読むことができるだけでも幸せである。
シナリオを見てみると、事件を解決するうえでの手がかりから推理に至るまでの過程がやや強引に思わせる部分があるものの、さすがに当時の人気作家たちが知恵を絞り出して書いてきたものであり、推理クイズとしても充分に楽しめる内容になっている。ただ、映像を念頭に置かれたものが多いため、細かいニュアンスが伝わりづらいところがあるのは仕方のないところか。また、映像なら全てを注意深く見る必要があるところを、大事な場面だけイラストにしているから、ヒントを見つけやすいという欠点があるのは少々残念。ただ、小説化せずにあえてシナリオの形で収録したことにより、当時の雰囲気を充分に味わうことができる。個人的なベストとしては、「死の扉」「暴風雨の宿」あたりか。
当時の本格推理小説が好きだという方へ、当時のクイズ番組を知りたいという方へ、そして推理クイズが好きな方へ、ぜひとも読んでもらいたい一冊である。
本書は、探偵長だった徳川夢声、プロデューサー佐藤治男、謎解きの「私」の声をつとめた山内雅人の三氏のエッセイも収録されている。当時の番組の状況を知ることができる、一級品の資料でもある。第二集では、座談会や放映リストが収録されている。セットでもたれることをお薦めする。
なおこの番組を元にしたアンソロジーは、「はじめに」にあるとおり、早川書房から『私だけが知っている』という形で出版されている。収録作品はいずれも異なっている。
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