中島河太郎編『犯人当て傑作選』(サンポウ・ノベルス 競作シリーズ2)



『犯人当て傑作選』 『犯人当て傑作選』

 中島河太郎編

 (株)三報 サンポウ・ノベルス 競作シリーズ2

 発売:1973年9月25日初版

 定価:490円(初版時)





【収録作品】

笹沢佐保 「赤のある死角」
大谷羊太郎 「空ろな果実」
草野唯雄 「冬宿」
天藤真 「真説・赤城山」
幾瀬勝彬 「三月が招いた死」
川辺豊三 「混血美女船員」
山村正夫 「ねじれた鎖」
夏樹静子 「お話中殺人事件」



 犯人当て小説8編が収録されており、いずれも問題編の後に解答編という形になっている。問題編は30ページ前後と、犯人当て小説にしては少し長い。
 笹沢佐保「赤のある死角」は『別冊小説宝石』昭和42年8、9月号に掲載。新婚夫婦の家にしつこく届けられる脅迫状。予告では、8月9日にどちらかが殺されるとある。それを逆手に取り、二人に恨みを持つ容疑者5人を別荘に呼び、夫婦の友人夫妻が警護することになった。しかし、かんぬきの架けられた密室で妻が殺害された。密室トリックとしては単純だが、一応伏線が貼られている。ただ、被害者が犯人の名前を書く時間の余裕があることを考慮しなかったのだろうか。あまりにも綱渡り過ぎ。
 大谷羊太郎「空ろな果実」は『別冊小説宝石』昭和46年11、12月号に掲載。敏腕マネージャーの腕により、銀座のバーのホステスから人気歌手にのし上がった小椋久美子だが、素行が悪かった。長野県の仕事が終わり、マネージャーを帰らせようとする久美子。何かあると帰るのを止めてホテルを見張っていると、気になる男が三人。二か月前に無理やり別れさせた妻のあるエリートサラリーマン、久美子を引き抜こうとしている事務所社長、久美子が無名時代にちょっとだけ知り合った暴力団組員。そして翌日、久美子の絞殺死体が発見された。さらには下村の妻も来ていることが判明。犯人は誰か。大谷だから何らかのトリックを使っているかと思ったら、叙述トリックに近いヒントを基に消去法で犯人を探し当てる。はっきり言ってこのヒント、事件解決後にわかるヒントなので、面白くない。
 草野唯雄「冬宿」は『宝石』昭和38年1、3月号に掲載。その日暮らしの人間ばかりが暮らしている万月荘で、一人の老人がガラスの破片で首を刺されて死亡していた。老人や住人達には語りたくない過去を持っていた。手がかりらしい手がかりのない中での犯人当てだが、舞台をもう少し説明してくれないと、解決編を聞いても唐突な印象しかない。
 天藤真「真説・赤城山」は『推理界』昭和43年4、5月号に掲載。積年の悪事がばれた国定忠治は、子分を連れて赤城山に逃げ込んだ。内通したのは目明しの勘助を伯父に持つ浅太郎かと思われたが、浅太郎は身の潔白を訴え、勘助を誘い出す。しかし監禁された勘助は殺害された。作者にしては意外な時代物だが、これは編集者の要請だろうか。動機から考えると犯人は一人しかいないので、推理としての面白みには欠ける。
 幾瀬勝彬「三月が招いた死」は『小説クラブ』昭和48年4月号に掲載。薬剤師の谷沢美樹は風呂好きで、とうとうホーム・バスを購入した。美紀は隣の学生、皆川朋代を風呂へ誘うようになる。彼氏がいるらしい朋代は口臭がひどかったので、美紀は規則正しい生活をアドバイスした。翌日からグアム旅行へ行くはずの朋代は、鍵のかかった自室で死んでいた。これは犯人当てではなく、どうやって毒物を飲ませたかを当てる問題。事件が起きるまでが長すぎ、事件が起きてからは短すぎ。どうやっての部分はあれだけヒントが書かれていれば、誰でも当てることができるだろう。
 川辺豊三「混血美女船員」は『推理界』昭和42年12月、43年1月号に掲載。客船の英語専門の電話交換手であるハンナは、銀行の船内出張員である瀬谷と恋仲になった。婚約者のいる瀬谷は遊びのつもりだったが、ハンナは本気だった。しかし同じ船には、かつてのハンナの遊び相手である船内バンドのドラマーも乗っていた。その日の中国人によるマジックショーの後、ハンナは殺害された。一応犯人を解く手がかりは示されているが、よく読まないとスルーしてしまう。ただこの推理、あてにならないなあ。いくらなんでもこのようなケースで、音がしないわけないでしょ。
 山村正夫「ねじれた鎖」は『宝石』昭和36年1、2月号に掲載。薬局を経営している母娘の娘が夜9時30分、300m先の食料品店に忘れ物の角砂糖を買いに行ったまま、帰ってこなかった。たまたま来ていた娘の友人が確かめに行ったが、食料品店の店主は、1時間前に娘が角砂糖を買って帰ったと首をひねるのであった。そして翌朝、娘の死体が発見された。鎖で首を絞められたものだった。蒸発トリックと犯人当てだが、さすがにこの手の犯人当て小説には手馴れている作者であるから、伏線やトリック、意外な犯人など一通りそろえてあり、読み応えがある。本作品中のベスト。
 夏樹静子「お話中殺人事件」は『別冊宝石』昭和47年6月号に掲載。異父姉妹の佳乃と純子は最近、命を狙われる出来事が相次いだ。16年前に純子の父親が交通事故で死なせた女性の息子が犯人ではないか。純子の友人である記者はその息子を探し当てるが、本人は全く否定。しかし、佳乃が殺害された。容疑者は合計5人。こちらも手がかりが示された犯人当て。隅々まで読めば、手掛かりは示されている。


 日本の読者はよっぽど犯人当て小説が好きだったのだろうか。別々の雑誌に掲載された犯人当て小説を集め、アンソロジーができてしまうのだから。一般読者が相手だからか、さすがに凝ったトリックを使った小説は無く、隅から隅まで読めばわかるような仕上がりにはなっている。とはいえ、ファンなら少しぐらいは頭をひねらせる作品が欲しいのも事実。その辺の兼ね合いは難しい。
 そういった意味で、犯人当てとトリックを両方満たしているのは、笹沢佐保、山村正夫と夏樹静子の作品。その中でどれを選ぶかと言われたら、やはり力の入った山村作品。ただ、一般読者が解くのは難しそう。
 逆に今一つだったのは草野唯雄、幾瀬勝彬、川辺豊三。特に幾瀬作品は、事件の起きるまでが長すぎて、面白みに欠ける。

 中島河太郎が直々に選んだのか、助手もしくは編集者が適当に探し出したのかはわからないが、編者の言う「新規な工夫」のある作品は少なく、あまり「知的なゲーム」を楽しめるアンソロジーではなかった。

 なお、競作シリーズ1は『名探偵傑作選』。横溝正史、角田喜久雄、高木彬光、山田風太郎、戸板康二、仁木悦子、陳舜臣、坂口安吾の作品が収められているようだ。


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