中島河太郎篇『殺意の死角』(日本文華社 文華新書)



『殺意の死角』

『殺意の死角』

 編者:中島河太郎
 執筆:多勢尚一郎、風巻紘一、木屋進、一条明、大貫哲義

 日本文華社 文華新書

 発売:1976年10月30日初版

 定価:600円(初版時)




 近年に推理小説の発達は様々な流派や傾向を生んだが、なんといってもその中核になっているのは、謎解きを主眼にし、「推理」のおもしろさを競ったものである。その興味を極端に圧縮したのが、推理クイズであって、その試みはすでにいくつかある。しかし、それらはやもすると無味乾燥になりがちであって、あっけなく喰い足りないものが多かった。
 現代読者の嗜好に合いながら、推理の楽しさを味わえるためにはもっと工夫をこらさなければなるまい。そこで新鋭作家が相倚って、現代人の感覚にマッチした出題方法を討議した結晶が本書である。
 そのために季節感、時刻、天候を配慮したうえ、あらゆる舞台背景が選ばれている。しかも内外の作品からそのまま借用せずに、それらの舞台装置にふさわしい事件や謎を提供してある。こういう読者への挑戦に、全篇新たなに書きおろすという熱情が、若い作家たちにたぎっていた。
(「篇者まえがき」より引用)


【目次】
まえがき
1章 朝霧のベール
2章 真夏のくるめき
3章 深夜の恐怖
4章 太陽の誘惑
5章 木枯しの疑惑
6章 雨の日の憂鬱
解決篇
あとがき

 あとがきを見ると、中島河太郎指導のもとにまとめた一冊とのことである。執筆は推理文学研究会(現在台湾にある同名の研究会とは別)に所属する小説家の多勢尚一郎、風巻紘一、木屋進、一条明と、スポーツライター・脚本家の大貫哲義があたっている。あとがきは大貫哲義であるため、大貫が中心に執筆したと思われる。まえがきでは「若い作家たち」とあるが、すでに中堅どころの人もいる。
 中島河太郎は、章の扉ごとの一文を執筆しており、標題にちなんだ内外の名作を紹介している。とはいえ、一文で紹介される作品はせいぜい2作であり、残念ながら物足りない。
 だいたい2~5ページ程度のクイズが全47問。すべて文章のみで構成されており、一部のクイズにはカットこそあるがクイズのヒントというわけではない。問題文はまえがきにある通り、トリックを元小説からそのまま借用するのではなく、日本の舞台装置に置き換えた形となっており、ショートショート形式の物語となっている。
 内容としては、文中に書かれた証拠や行動、証言の矛盾などから犯人を当てるものとなっている。密室やアリバイ崩しなどの派手なトリックを使ったものは少ない。また執筆当時の日本社会を舞台背景にしていることから、孤島とか大掛かりな屋敷などといった舞台は出てこない。
 問題内で使われるトリックや手掛かりなどは、藤原宰太郎や加納一朗などの推理クイズで使われているものも多い。そのため、いわゆる市民たちが引き起こす犯罪の形式になっているとはいえ、既視感バリバリであろう。扇風機のクイズとか、ここでも使われるのかと思ってしまった。またイラストなどがないことから、文章での説明がご丁寧すぎるため、非常に解きやすいクイズとなっている。
 ただし、これはどうかと首をひねるクイズもある。例えば「9 レンズの告発」では、容疑者がアリバイとして恋人と京都に行っていたという、日めくりのカレンダーが写った写真を見せるのだが、バックの窓の外に豆粒のように写っていた女学生により、アリバイが崩されてしまう。ここでどうしてアリバイが崩されたのかという問題が出されるのだが、肝心の女学生がどのような格好をしていたのかなどが一切書かれていない。つまり、女学生がどのように映っていたかを推理するクイズとなっており、これはさすがに解答以外にも答えが出たとしてもおかしくはない。このようなクイズが数問含まれており、残念である。
 クイズの解決篇は巻末にまとめられており、個人的には読みにくい。また解決篇には数行ながら犯人のその後や読者へ向けての教訓が書かれており、ショートショートらしい造りとなっている。これはオースティン・リプレイを意識したものかもしれない。
 推理クイズ慣れした人なら退屈するかもしれないが、それ以外の大人にとっては時間つぶしにはなるだろう。

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