山村正夫編 『トリック・ゲーム』
(日本文芸社)
『トリック・ゲーム』
あなたの探偵能力をテストする
著者:山村正夫編
山村正夫:1931年生。愛知県出身。1949年「二重密室の謎」でデビュー。以後、多くのミステリを手がける。『湯殿山麓呪い村』で角川小説賞を受賞、映画化もされた。元日本推理作家協会理事長。1999年没。
発行:日本文芸社 TEST SERIES
発売:1971年9月10日初版
定価:350円(初版当時)
推理小説は一口にいえばエンターテイメント(娯楽)の文学だが、これには、各種のジャンルがある。本格物・倒叙物・心理スリラー物・ハードボイルド・奇妙な味etc…。
このうちで、もっともミステリー・ファンに親しまれているのが、トリックや意外性に重点を置いた本格推理小説である。特に「犯人探し」のクイズ味の強いトリッキーな作風を、最近ではパズラーとも呼んでいるようだ。
この種の作品を読む愉しさは、作者と読者の知恵くらべ―つまり、ゲーム性にあるといえるだろう。パズラーの作家は常にチャレンジャーの立場にあり、読者をあっといわせるために、脳味噌をしぼりぬいて、あの手この手の斬新奇抜なトリックの創造に骨を折る。読者の方では、作者の仕かけたトリックにまどわされることなく、作品に提出された不可能犯罪を、論理的なデータにもとづいて推理し、解明する。だが、ラストの解決が予想外の意外性に満ちていて、しかもフェアであった場合は、思わず「ちくしょう!」と本をたたきつけながらも、作者に絶大な喝采を送ることになる。これこそ、パズラーの醍醐味なのである。
ミステリー・ファンなら誰でも知っているシャーロック・ホームズ生みの親のコナン・ドイルをはじめ、ブラウン神父で有名なG・K・チェスタトン。名探偵フイロ・ヴァンスで馴じみの深いヴァン・ダイン。作者の同じ名の探偵を活躍させているエラリー・クイーン。密室派の巨匠ディクソン・カー。女流作家の第一人者で、小男の名探偵エルキュール・ポワロやおばさん探偵ミス・マープルを創造したアガサ・クリスティー。そのほか、レックス・スタウト、クレイトン・ロースン、ジョイス・ポーター、D・ホックなど、この種のパズラー作家の手で創案されたトリックは無数に近い。日本では横溝正史、高木彬光、鮎川哲也、土屋隆夫、笹沢左保、それに新しいところで森村誠一、大谷羊太郎らがトリック・メーカーとして知られている。
作者の挑戦に応じるゲームの方は、戦時中、坂口安吾、荒正人、平野謙、植谷雄高ら著名な作家、評論家が大井広介邸に集まり、内外の名作推理小説をテキストに、犯人あてを行ったのが皮切りといっていい。
日本推理作家協会でも探偵作家クラブの時代から、毎年この“犯人探し”を好例にしているし、ラジオ、テレビでは、“素人ラジオ探偵局””私だけが知っている””あなたは名探偵”などの番組が、人気があったことはご存知の通りだ。
近頃はまれに見るクイズ全盛時代だから、このような推理ゲームは、もっと各方面で試みられてしかるべきだと思う。
ただ、私の知っているかぎりのトリック解説書は、いささか専門的な江戸川乱歩先生の「幻影城」は別格として、それ以外には昭和三十一年に出た高木彬光氏の「随筆探偵小説」しかなかった。
そこで本書では、私自身の出題に加えて、名作紹介という意味で、おびただしい内外の傑作のなかから代表的なトリックをいつか選び出し、適当にダイジェストしたものをアレンジして、「トリック・ゲーム」の問題集にまとめてみた。
この本の読み方は、たぶんいろいろあるに違いない。専門の推理作家やミステリーファンにとっては、トリック分類の参考になれば幸いだし、一般の読者には推理小説入門の一助になればという気がする。しかし、あくまでそんなむずかしいことにこだわらず、肩のこらない単なる探偵クイズとして頭脳のリクリエーションをエンジョイしてもらって大いに結構である。また、仮にパズラー小説に初めて接する読者が読んでも愉しんでもらえるよう、私なりの工夫は凝らしたつもりだ。詰将棋や詰碁にならって、ヒントを付したのもそのためといっていい。
だが、これを一読して、新たに本格推理小説に関心を示される方があるかもしれないので、そうした読者と作者に対するエチケットとして、引用した名作のトリックはすべて、作者名のみを記して、作品名はことさらはぶくことにした。だから、すでに読まれた方はそれを思い出して、□のなかに作品名を記入されるのも一興だろうし、このなかのトリックが、各作家のどの作品に使われているか? それを調べてみられるのも面白いかもしれない。また問題ごとに、難易度を考慮して点数を付しておいたから、その総合点によって読者の推理力をテストしてみられるのも一興だろう。
さあ、我と思うわん方は眉に唾した上で、競って問題篇の難問・難事件に取り組んでみていただきたい。
このトリック・ゲーム刊行にさいして、左記の方々の御協力を得ました。
横溝正史、松本清張、高木彬光、中島河太郎、笹沢左保、大河内常平各氏。付記して謝意を表します。
(「トリック・ゲームについて」より引用)
【目 次】
第一章 殺人手段のトリックについて
第二章 犯人のトリック
第三章 錯覚トリック
第四章 手がかりのトリック
第五章 アリバイ・トリック
第六章 死体移動トリック
第七章 密室トリック
第八章 消失トリック
そのほかに「トリック雑学ノート」と題したエッセイが9本有り。
全部で65問。外国名作から31問、日本名作から14問、自作が20問である。自作の多くは、過去の雑誌や犯人あてクイズ集などに出したものが中心となっている。
各章の最初には、各トリックについての解説が詳しく載っている。各問題にはヒントと点数が付されており、総合点で推理力を計ることができる。
トリック解説と分類を主目的とした推理クイズ集としてはよくできている。藤原宰太郎は『探偵トリック入門』のようなトリック解説推理クイズを書いているが子供向けであり、大人が読むにはちょっと厳しいところがある。本書はトリック評論集としても読み応えが十分にある。
ただ推理クイズとしてみるとどうだろうか。外国・日本の名作から推理クイズを作っているが、特にアレンジせずに問題を作っているので、名作ダイジェストみたいな形になってしまい、クイズとして推理するには非常に厳しいところがある。クリスティの『オリエント急行殺人事件』を2ページでクイズにしても、解くことは難しいだろう。また、クイーンなどの登場人物がそのまま登場しているので、いくらエチケットで作品名を隠したとしても、すぐにわかってしまうだろう。もうちょっとアレンジしてもよかったのではないかと思われる。
逆に自作問題は、ヒントを見たらすぐにわかってしまうものが多い。ヒントを見ずに解いてみるのは一興かもしれない。
なお、表紙のデザインは何回か入れ替わっている。日本文芸社は初版日が書かれていないので、そのあたりにこだわる方は注意されたい。
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