蘇部健一『六枚のとんかつ』(講談社文庫)

 第3回メフィスト賞受賞作のノベルズ版を徹底的に改稿。ノベルズ版に収録されていた「パンは知っていた」「解けないパズル」をカット。「チチカエル」「張り込み」を合体させて新作「鏡の向こう側」として収録。新作「五枚のとんかつ」に、ノベルズ版では下品すぎるという理由でカットされた「オナニー連盟」も収録。さらにボーナス・トラック「保険調査員の長い一日」も追加。作者曰く「小学生以下の文章はもちろん、作品自体も大幅な改良を加えることにした。事件の設定があまりにしょぼいものは多少の変更は施してある」というディレクターズ・カット版。
 収録作品は以下。「音の気がかり」「桂男爵の舞踏会」「黄金」「エースの誇り」「見えない証拠」「しおかぜ17号四十九分の壁」「オナニー連盟」「丸ノ内線七十秒の壁」「欠けているもの」「鏡の向こう側」「消えた黒いドレスの女」「五枚のとんかつ」「六枚のとんかつ」「「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」を読んだ男」「最後のエピローグ」「保険調査員の長い一日」。

 うーん。読みやすくなったと思う。気のせいかもしれないが。他に何を書けばいいんだ? 逆に欠点もよく見えてきたような。何を今更。
 まあ、解決で盛り上げて、そこで落とすというのが基本パターンである。ところが、盛り上げるべき解決が盛り上がらない、笑えないと途端につまらなくなる。結局、落とし方が下手なことが最大の問題だな。正直言って、怒りを覚えるぞ、やっぱり(笑)。「しおかぜ〜」あたりはうまく決まった方なんだけど。
 下ネタを使ってもいいんだけど、ストレートすぎるんだよな。工夫がない。読者が引いてしまう使い方になっている。
 ギャグもワンパターンというか、親父ギャグ過ぎて寒くなるというか。目指す方向性は悪くないと思うんだけど。
 ご本人とは某会でご一緒していたから、逆にストレートに書いてしまおう。笑いを取る路線は止めましょう。読者をあっと言わせようという試みは買えるんですがねえ。うまく使いこなせていないのが残念。ネタがアイディア負けしているというか。長編なら一つのネタを思い付けばいいんだろうけれど、短編だといくつもネタを考えないといけないから、質がアイディアに追いついていないんだよね。
 ただ、将来何かしてくれそうな気がするので、結局買い続けるんだろうな。

 さて、ノベルズ版を買った人が講談社文庫版を買う必要があるか。正直いってないでしょう(おいおい)。アイディアを思いついたからといって、「六枚のとんかつ」と同じトリック(ついでにいえば物語の展開も)をストレートに「五枚のとんかつ」に使うのは興ざめ。「オナニー連盟」に至っては、無理に収録する必要がなかった。タイトルだけでなく、中身も下品。ボーナストラックも、驚く前に呆れるトリックである。




京極夏彦『どすこい(仮)』(集英社)

「小説すばる」に掲載された「四十七人の力士」「パラサイト・デブ」「すべてがデブになる」「土俵(リング)・でぶせん」「脂鬼」「理油(意味不明)」に加え、書き下ろし「ウロボロスの基礎代謝」を含む7編を収録。
 京極夏彦が書いたからこそ、本になったのだろうなあ。妙な蘊蓄は楽しめるけれど、パロディとしてはどうだろう。それほど出来がいいとも思えないが。ほとんど尻切れトンボだし。




古畑種基『法医学ノート』(中公文庫)

 法医学の中興の祖、古畑教授が法医学をわかりやすく解説したもの。裏表紙には、松本清張の推薦文がある。
 血液型や毒など、様々な鑑定について、実際の事件を絡めながらわかりやすく説明してくれている。読み物としてはそこそこ面白いのだが、昭和30年代までのデータが主である。当時の小説の参考にするのならともかく、今、法医学を知ろうと思って読む本ではない。
 古畑教授は戦後の法医学の権威である。警察捜査に法医学の重要性を認識させたという点では、名前を残すだろう。文化勲章も受賞している。血液型の新鑑定など、様々な新発見もあるらしい。とはいえ、弘前事件、財田川事件、島田事件、松山事件などの再審請求無罪判決となった事件では、古畑教授の鑑定結果が警察寄りであったことを非難されている。そのあたりは、佐久間哲夫『恐るべき証人−東大法医学教室の事件簿』(悠飛社)が詳しい。
 この本の中に、帝銀事件に関する毒の鑑定が書かれている。これについては、別途書く必要がある。いずれ、他の本の紹介と合わせ、書いてみたい。




佐竹一彦『凶刀「村正」殺人事件』(カッパノベルズ)

 不動産業の丹羽静夫と妻の春子が自宅で殺された。ところが家の回りの雪に容疑者の足跡はなく、しかも家の扉・窓は全て施錠されていた。いわゆる密室状態である。
 県警捜査一課の松本警部補は、はじめて事件の捜査に参加することになった。松本は警察学校を卒業して以降教養課に属し、英語の才能を生かした通訳、翻訳の仕事ばかりを行っていた。ところが、外国人労働者が増えたことにより通訳官の需要が増したため、各部門に語学の堪能な職員が配置されることになった。そのひとりが松本であった。しかし、忙しいときには猫の手も借りたいぐらいの捜査一課に、松本を遊ばせておく余裕はなく、とうとう第一線に立たされることになったのだ。
 松本は、同世代だがキャリアは豊富な小林巡査部長とコンビを組み、捜査に当たる。親戚の証言から、丹羽家には家宝の「村正」があったことを掴む。松本と小林は「村正」捜査を担当。しかし発見された「村正」は、「光村」と銘のうたれていたただの日本刀であった。「村正」は存在するのか。密室事件の謎は。
 元警視庁警部補である作者のデビュー作。第38回江戸川乱歩賞最終候補作『村正殺人事件』を改題して刊行したもの。田中美佐子、松岡昌宏でドラマ化された「ショカツ」の原作者といった方が早いか。
 警部補ながら事件の捜査は初めて、という設定は面白い。捜査そのものは戸惑うばかりだが、一応の権限は持っているというギャップを楽しむことが出来る。ただ、その設定が生かされているのは導入部だけなのは残念。途中からは、ただの間抜けな警部補というイメージしか持てなかった。捜査隠語すら分からないというのなら、もっとそのあたりを強調するストーリーでもよかったと思う。
 作者が元警部補というだけあって、警察の捜査はリアルに描かれている。“密室”事件でも捜査そのものは手堅いし、変に浮き足立っているところはない。「村正」の捜査は、地味な展開ながらも、読む方の目を惹き付ける。“密室”の解決もミステリファンの逆手を取ったものであり、読了後、感心してしまった。警察小説としては上々の出来だろう。
 ただ、小説として考えると、あまりにも地味な展開はどうだろうか。堅実すぎて盛り上がりに欠けているのも事実である。捜査報告書と小説は違うのだから。
 『新任警部補』と改題されて、角川から文庫になっています。「ショカツ」がテレビ化したからでしょう。




小杉健治『原島弁護士の愛と悲しみ』(文藝春秋 新書版)

 オール読物推理小説新人賞受賞作「原島弁護士の愛と悲しみ」(原題「原島弁護士の処置」)「赤い記憶」「冬の死」「愛の軌跡」「牧原博士、最後の鑑定書」の5編を収録。
 デビュー作「原島弁護士の愛と悲しみ」は、個人的にオールタイムベスト10に入る日本ミステリ短編。久しぶりに読んだけれど、やっぱり巧いし面白い。近年騒がれている精神病通院患者による犯罪や、誰にも弁護されない被害者の問題などを、当時から取り上げているところもいい。ここ近年では、数少ない“社会派”ミステリ作家である。
 ところで、「牧原博士、最後の鑑定書」の最後の事件の動機がわからなかった。どこにも書かれていないよな。




岩井志麻子『東京のオカヤマ人』(講談社)

 おぞましいのに懐かしいできごと、忘れたいのに忘れられない人々を岡山への愛憎とともにつづった現代の百物語。人気ホラー作家、とっておきの14話。脱力感しかないので、帯から引用。
 ここに出てくる岡山弁は、たしかに「そんな言葉使っているなあ」と聞き馴染んだもの。岡山在住の道産子には、岡山弁が出てくると何を喋っているのか分からなくなる。とはいえ、それは岡山に限らず、どこへ行っても一緒である。広島へ行けば広島弁だし、高知へ行けば土佐弁である。だから、なにもここまで岡山をネタにしなくても、というのが正直なところ。はっきり言っちゃえば、不愉快。
 エッセイにしては、創作の物語が入り交じっているし、どこに分類すればいいのか難しい。岩井志麻子のファンでなかったら、それほど楽しめないと思う。




芦辺拓『グラン・ギニョール城』(原書房 ミステリーリーグ)

 1930年代、ヨーロッパ山中にあるアンデルナット城。アメリカの養鶏王が城を買い取り、アメリカへ移築することになった。その見納めにと招かれた退役軍人、博士、美術評論家、アマチュア名探偵たち。そこへ謎の美女、中国人も登場する。麓の村との唯一の連絡手段である鉄道が、嵐による崖崩れで途絶えてしまった夜、城主である養鶏王が墜落死する。さらに不可能としか思えない第二の事件が。
 森江春策は電車の中である男性の最後を看取ることになった。男性が保有していた荷物の一つに、クイーン編集の幻の雑誌である「ミステリー・リーグ」誌の最終号があった。その最終号に載っていたのは英国在住の匿名の著者による『グラン・ギニョール城』の問題編であった。雑誌が廃刊したため、解決編はどこにもないという。男性は毒殺されたのだったが、死ぬ間際にこう言い残した。「グラン・ギニョール城の謎を解いて」。

 山中の古城で起きる連続殺人事件という趣向は、黄金時代の本格ミステリを思い起こさせる。懐古趣味かもしれないが、当時の雰囲気がよく描かれており、ムードも盛り上がる。ところが中途で入る現代の殺人事件、森江の調査。ムードぶちこわしかと思わせるが、アンデルナット城の事件と密接に絡み合っており、いつしか物語に引きずり込まれる。
 しかし、なぜこのような二元中継の設定を設けたのか疑問だったが、途中でその趣向に気付き、感動。いや、よくぞこの趣向を成立させた。やや強引な力業であるが、この趣向を成立させたことに拍手を送りたい。見事である。あとはこれで結末がすっきりと言ってくれたら大傑作になったのだが。まあ、贅沢は言うまい。
 結末の趣向ににやり。ミステリーリーグだから「ミステリー・リーグ」を出したところなどにも、遊び心満載である。
 クラシカルな伝統的本格と、現代のメタ手法をミックスさせ、なおかつ物語を一つに纏め、収束させたのだから、傑作と言ってよいだろう。芦辺拓の代表作になるに違いない。




佐伯省『疑惑 帝銀事件最高機密の化学兵器』(講談社出版サービスセンター)

 帝銀事件で用いられた毒は青酸カリと裁判で特定されているが、事件の経緯や解剖データから見ても、青酸カリの反応とは一致しない。筆者は膨大な資料を調査し、当時の解剖立会人一人ひとりに取材を試みる。様々な調査の結果、帝銀事件の毒物は青酸カリではなく、別の毒物であった。しかもそれは、素人では入手できるものではなく、戦時中日本軍のある部隊が研究していたものであった。
 筆者は、毒物という観点から帝銀事件の隠された真実を暴き出そうとしている。それは説得力のあるものであり、現在、第19次再審請求の証拠として提出されている。




西村京太郎『焦げた密室』(幻冬舎ノベルス)

 小さな町で48歳の男性が次々、3人も姿を消す事件が発生した。失踪か。誘拐か。同じとき、アメリカで事業に成功した資産家が町に帰ってきた。資産を町に落としてもらおうと町中はざわめく。
 自称ミステリー作家である江戸半太郎は、住んでいる家の大家一家の様子がおかしいことに気付く。もしかしたら失踪事件に関連しているのではないかと推理し、捜査に乗り出す。
 資産家と美しいアメリカ女性の妻は、資産家の親戚である大家の家に泊まることになった。ところがそこで、密室殺人事件が起きた。殺されたのは、大家の息子。江戸は自分が名探偵であるかのように、事件解明に乗り出す。
 1962年に書かれ、乱歩賞に応募しながらも落選。しかし原稿が作者の元に返り、最近発見されて発売に至ったという、幻の長編。固有名詞を変更し、現代の事件に設定したようだが、小説から浮かび上がってくる舞台はやはり昭和30年代のもの。固有名詞を変更したため、かえってそれらが浮き上がってしまったのは、やはり損であった。“幻の長編”というのなら無理に時代を現代に移す必要はなかったと思う。
 そういった違和感を抜きにしたら、軽快に楽しめる本格ミステリ。警察の動きが少なすぎるところや、結末における推理に飛躍が見られるところは少々キズかもしれない。しかし、アナクロな設定にプラスアルファを加えた点や、結末にまでこだわっているところは、後に技巧派として数々のスタイルのミステリを書き上げた作者の原点として、注目されてもいい。



【元に戻る】