大藪春彦賞



【大藪春彦賞】
 大藪春彦賞選考委員会主催。作家大藪春彦の業績を記念し、優れた物語世界の精神を継承する新進気鋭の作家および作品に贈られる。毎年10月1日~翌年9月30日までに発表された小説作品の中から選ばれる。おもにハードボイルド、冒険小説の中から選ばれている。

第1回(1999年)
受賞 馳星周『漂流街』  「『漂流街』の深い絶望に比べれば、『不夜城』の暴力はまるでメルヘンだった。」と書いているのは中条省平だが、確かに暴力度は作品ごとに高くなっている。と同時に、救いのなさという点でもどんどん拡大している。それだけ絶望の世界を書ききっているという証拠でもあるわけだが。しかし、ここまで救いがなくなると、読者が引いていくんじゃないだろうかという危惧もある。元々、明るさのかけらもない小説を書く人だが、少しは光があったっていいんじゃないかと思う。
第2回(2000年)
受賞 福井晴敏『亡国のイージス』  国防問題とかは納得するところがあるし、北朝鮮も含めて背景はうまく書けているのだが、登場人物がかなり戯画的。ストーリーが本当にアクション漫画そのもの。もっと悲劇的な部分があってもいいのかな、なんて思ってしまう。それともエンターテイメントは、こうあるべきなのかな。これだけ長い作品を一気に読ませる力はすごいと思う。
第3回(2001年)
受賞 五條瑛『スリー・アゲーツ』  本作は、スーパーK工作に携わっていた北朝鮮の工作員、チョンの物語と言ってよい。はっきり言って敵役なのに、なぜか感情移入してしまうのは、家族に対する思いがとても強いからか。いつしか読者もチョンという男に惹かれていく、その書き方がうまい。人への思いが強すぎて、大藪春彦の世界観とは少々異なる気がするものの、面白い作品であることに間違いはない。
第4回(2002年)
受賞 奥田英朗『邪魔』  話の組立等は前作『最悪』より上だと思うが、小説的爽快感はかなり落ちる。小説の爽快感は、物語とは別。結末の付け方に釈然としない部分があるところで引っかかるのだ。読み終わっても割り切れなさが残る。クライムノベルとしては、ちょっとまずい部分ではないだろうか。前作の小説的爽快感が高かったため、読者はそれ以上のものを期待していたと思う。物語自体もかなり陰鬱。もう少し救いの部分があっても良いだろうにと思う。そう思わせること自体、話に力があるわけであり、力作として評価できる部分でもあるわけだが。
第5回(2003年)
受賞 打海文三『ハルビン・カフェ』  過去と現実が交錯し、視点が章ごとに替わるから、物語の内容を把握するのにとても時間がかかる。しかも内容は入り組んでおり、誰が敵で誰が味方かさっぱりわからない。各人の思惑が複雑に交差し、敵と味方がいつの間にか入れ替わるものだから、対立構造も複雑。ゆっくりと読めば、物語が見えてくる。とにかく根気よく読むこと。そこさえ突破してしまえば、面白さの波が押し寄せてくる。男の思惑、女の報復。過去の清算。そこに善悪はない。
第6回(2004年)
受賞 垣根涼介『ワイルド・ソウル』  非合法な復讐ではある。外務省仮庁舎の屋上からの巨大な垂れ幕による宣戦布告。そしてマシンガンによるビルへの掃射。さらには当時の総領事館を初めとする関係者3人の誘拐劇。しかし死者は出ない。だからこそ、読者は喝采の声を上げる。日本国の闇を抉り出す彼らに。闇が深ければ深いほど、その闇を表にさらけ出す彼らはヒーローとなる。いざとなれば民を簡単に捨て去る日本国への憎悪があふれかえっていた、初期の大藪春彦を彷彿させるような復讐譚。大藪賞の名に相応しい傑作。しかし、大藪ほどの闇を感じさせない爽快さもここにある。第一級のエンターテイメントがここにある。
笹本稜平『太平洋の薔薇』  迫力ある自然描写、海のプロフェッショナルたちによる闘いは、『女王陛下のユリシーズ号』などの海洋冒険小説の名作と比べても引けを取らない。さらにオスマントルコによるアルメニア人大虐殺を背景にした国際テロリストたちの活動と、冷戦時代の亡霊である生物兵器をめぐるロシア、アメリカの暗躍など、本作はスケールの大きい国際謀略小説でもある。そんな二つの要素を分裂させることなく、融合した壮大な冒険小説に仕上げた作者の腕には脱帽するしかない。特に第二十章以降は、ただただ感動である。
第7回(2005年)
受賞 雫井脩介『犯人に告ぐ』  6年前の誘拐事件について少々長いことと、特に結末におけるご都合主義には引っかかるところがあるものの、テンポよく読むことが出来る。事件そのものよりも、事件を巡る人間関係が中心となっており、官僚と叩き上げの差なども過不足なく描かれている。巻島や津田の台詞には泣けるものがあるし、最後に巻島が「〔バットマン〕に告ぐ」と勝利宣言をするシーンはぞくぞくっと来るものがあった。これだけ世間を騒がせた事件の割には最後が呆気ないのは少々残念。
第8回(2006年)
受賞 ヒキタクニオ『遠くて浅い海』  天才・天願圭一郎を、プロである「消し屋」将司がいかにして自殺まで追い込むか。肉体的暴力を取るのでは無く、あくまで心理的に相手を追い詰めていく。その駆け引きは非情で、読んでいてどうなるのだろうと思わせる。しかし、途中で挟まれる天願の生まれから成長までのストーリーがかなり長く、かつこれがまた面白いので、自殺に追い込むまでの駆け引きがぼけてしまった印象を受ける。これだったら、天願圭一郎を主人公にした物語を一冊書いた方が良かったのではないか。
第9回(2007年)
受賞 北重人『蒼火』  前半は非常にゆったりとしたペースだが、主人公を取り巻く人々とのふれあいが心地よく、読者を引きつける。後半、謎が解けてからの展開は非常にスピーディー。特に辻斬りと接してからの主人公の苦悩や孤独感が心に染みてくる。二人の「暗い血」の描写が秀逸。まさに「蒼火」が燃えさかり、狂わせる。このあたりの描写が、大藪春彦賞を受賞できた要因だろう。時代小説はあまり読んでいないが、素直に楽しむことができた。傑作である。
柴田哲孝『TENGU』  場面の切り替えが下手というか、過去の部分と現在の部分の見分けがつきにくいが、文章になれると面白さに没頭できる。場面場面のシーンの書き方はうまい。連続殺人事件における犯人「天狗」?の謎、さらにその「天狗」の影で暗躍する米軍人の謎などが絶妙に絡みあう。そこまではよいのだが、あっさりと解決を迎えること自体はどうかと思う。あれだけ苦労している割に、関係者の告白だけで謎が全て解けてしまうというのは、せっかくの盛り上がりに水を差しているのが残念。
第10回(2008年)
受賞 近藤史恵『サクリファイス』  ロードレースを舞台にしたミステリ兼青春小説。長大化している今日からしたらちょっと短いけれど、内容はとても濃い。登場人物も多種多彩。特に、石尾や赤城のプロ意識が恐ろしい。勝利のためにここまですることができるのかと思ってしまった。それにしても、本のタイトルであり、最終章の「サクリファイス」(生け贄を意味する)は非常に深い言葉である。傑作。
福澤徹三『すじぼり』  個人的には一昔前の任侠小説に若者を絡めた話にしか思えなかった。登場人物の行動は理解できないことだらけだが、それでも事態がエスカレートしていく描き方は、なぜか知らないが妙な迫力がある。読み始めたらやめられない麻薬のような魅力がここにある。結末のあっけなさも含め、不満点は多いのだが、何だか妙に印象に残る作品。
第11回(2009年)
受賞 東山彰良『路傍』 未読
第12回(2010年)
受賞 樋口明雄『約束の地』  よくもまあこれだけの題材を盛り込んだものだと感心してしまう。しかもそれらがバラバラにならず、密接に関わり合うのだから大したもの。ボリュームは相当なものだが、結末まで一気に読んでしまった。重いテーマを幾つも取り扱いつつ、エンターテインメント性を失わない筆致に感心した。特に終盤、人と獣との死闘を交えつつ、様々な問題と伏線が一気に収束されていくのはまさに圧巻である。第一級のエンターテインメントであり、骨太な冒険小説の傑作である。
道尾秀介『龍神の雨』  個人的な感想でいえば、テクニックは認めるのだが、小説としての面白さを感じない作品だった。しかし文庫本の解説を読むと、色々と細かい伏線が仕掛けられていて、暗喩も多いことがわかる。自分好みではない作品だが、小説という媒体を生かしきるために色々と工夫された作品なのだろう。
第13回(2011年)
受賞 平山夢明『ダイナー』  プロの殺し屋たちが集う会員制ダイナーで、ウェイトレスとなったオオバカナコが遭遇する事件の数々。ボンベロが作る料理はうまそうなのだが、目の前で展開される殺人シーンなどは惨たらしい。確かに奈落と呼ぶのに相応しい場所である。というか、食事と暴力シーンばかりじゃないか、これ。正直、殺し屋たちの背景がよくわからないし、作品世界のルールもよくわからない。ただ妙な迫力はあるし、底なし沼にはまったような抜け出せられない妖しさがある。何が何だかわからないが、読んでいて目が離せない。
第14回(2012年)
受賞 沼田まほかる『ユリゴコロ』  手記の内容はまあまあ面白かったのだが、これを簡単に信じるかなあ。一方の現実では、父は末期癌だし、経営する喫茶店が不調だし、婚約者は姿を消すし。普通だったら現実の世界の方に気を取られるんじゃないかな。なんかそんな違和感がずっと続いたまま読んでいたたため、あまり作品に没頭できなかった。読み終わってみても、どこが面白いのかさっぱりわからなかった。
第15回(2013年)
受賞 柚月裕子『検事の本懐』  ヤメ検で弁護士の佐方貞人シリーズの第2作となる短編集で、主に検事時代の事件が扱われている。既視感のある題材が多く、佐方というキャラクターで物語を作り出している感は否めない。キャラクターではなく、事件の方でもう少し新味を出してほしい。正直言って、これがなぜ大藪賞なのかわからなかった。
第16回(2014年)
受賞 梓崎優『リバーサイド・チルドレン』  実際のカンボジアを知らないから正しいかどうかわからないが、舞台はよく描けていると思う。ただ結末まで読んでも、連続殺人に必然性が感じ取れなかった。読んでも理解できなかった。せっかくのこれだけの舞台と登場人物を用意しながら、なぜ謎解きの範囲に物語を狭めてしまったのだろう。勿体ない。
西村健『ヤマの疾風』  筑豊を舞台にしたチンピラたちの青春アクションドラマといった作品。まあ、はっきり言っちゃうと厄介者でしかないのだが、それでも読んでいるうちに彼らに引き込まれてしまうから不思議だ。ヤクザやチンピラ、さらにそれを取り巻く人々も、善玉は気持ちのいい人で、悪玉は性根の腐った悪いやつ。ここまで徹底してわかりやすく書かれると、どうしても感情移入してしまうよね。軽快に読めて面白かった。
第17回(2015年)
受賞 青山文平『鬼はもとより』 未読
月村了衛『コルトM1851残月』  江戸時代を舞台としながらのハードボイルド。なんなんですか、この大藪春彦作品の主人公みたいな設定は。もう設定だけでドキドキものである。緊迫感あふれる展開、破滅までのカタストロフィ。これは時代小説ノワールの傑作。読んでいて本当に痺れた。
第18回(2016年)
受賞 須賀しのぶ『革命前夜』 未読
第19回(2017年)
受賞 長浦京『リボルバー・リリー』  小曾根百合と細見慎太がひたすら逃げる物語。現代が舞台だったら、読むのをやめていたかもしれない。この作品の面白いところは、関東大震災後の東京の描写である。逃げ切れるかどうかというサスペンスの部分については、あまり面白みがない。百合が活躍する活劇ハードボイルドとして楽しむ一冊。
第20回(2018年)
受賞 佐藤究『Ank: a mirroring ape』 未読
呉勝浩『白い衝動』 未読
第21回(2019年)
受賞 河崎秋子『肉弾』 未読
葉真中顕『凍てつく太陽』  序章から本筋である軍需工場関係者の連続毒殺事件への繋がりが実に巧い。さらに事件の謎だけではなく、特高という存在、アイヌや朝鮮といった民族、軍部や戦争、そして大日本帝国という存在など様々な問題をエンターテイメントの中に織り込ませる技術が非常に巧い。巧いだけではなく、面白い。スリリングな展開に、よくぞこれだけの内容を盛り込めたものだと感心した。一気読み確実の傑作。
第22回(2020年)
受賞 赤松利市『犬』 未読
第23回(2021年)
受賞 坂上泉『インビジブル』  主役の二人はよくある造形だが、事件の展開も含め、その王道ぶりが面白い。他の登場人物もよく描けている。戦争の傷跡、時代に翻弄される人々、それでもたくましく生きる人々。そして傷つき打ちひしがれる人々。当時の時代背景が、そして傷跡がさらけ出され、事件に深くかかわっていく。若い作者なのに、よくぞここまで調べ、違和感なく小説世界に織り込むことができたものだと感心してしまった。
第24回(2022年)
受賞 武内涼『阿修羅草紙』 未読
辻堂ゆめ『トリカゴ』 未読
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