江戸川乱歩推理文庫第20巻(講談社)
『幽霊塔』



【初版】1988年3月8日
【定価】540円
【乱歩と私】「熱」橋本治


【収録作品】

作品名
幽霊塔
初 出
『講談倶楽部』昭和12年3-昭和13年4月号。
粗 筋
 ヒョイと地面から飛び出した一つ目の巨人のようにギョロリとこちらを睨みつける時計塔。長崎の豪商渡海屋はここに奇々怪々の大仕掛けをめぐらし、迷路を作って財宝を隠した。
 次々と起こる怪事件、謎を解く鍵は私が愛する女、この世のものとも思われぬ美貌の女・秋子が握っている。彼女は稀代の悪女なのか……。
(裏表紙より引用)
感 想
 黒岩涙香が『万朝報』明治32年8月から33年3月まで連載した同作品の翻案。涙香は、アリス・マリエル・ウィリアムソン『灰色の女(A Woman in Grey)』(1898年)を翻案している。
 涙香作品では登場人物こそ日本人にしたが、舞台はイギリスのままであった。乱歩はもっとわかりやすい名前に置き換え、舞台も日本の長崎とし、時代も大正時代としている。乱歩流の翻案ということもあってか、人間改造術は『猟奇の果』を念頭に書き換えている。
 乱歩が興奮した作品を、さらに冒険活劇の味を濃くして書きなおしたのだから、面白くないわけがない。読者がワクワクする作品、という意味では乱歩作品でも一、二を争うだろう。
備 考
 涙香はベンジスン婦人"The Phantom Tower"が原作と記していたため、乱歩や研究者たちは原作者が誰か突き止められなかった。後に涙香研究家の伊藤秀雄が、原作を突き止めた。涙香が原作者を偽った理由として、紀田順一郎は「ライバル紙に結末をばらされるかもしれなかったからではないか」と推測している。涙香は『白髪鬼』でも実話のように紹介している。
 ただし、1920年にはアメリカで映画「灰色の女」が作られており、1921年には日本でも公開されている。しかも、宣伝文句では黒岩涙香『幽霊塔』の原作として宣伝されていたが、なぜか研究家たちからは見過ごされていた。
 『灰色の女』は後に小森健太郎が原著を入手し、2008年2月には論創社より邦訳が刊行されている。
 宮崎駿の『ルパン三世 カリオストロの城』の舞台となった城は、『幽霊塔』をモチーフとしている。

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