日本探偵小説全集(創元推理文庫)



【日本探偵小説全集】
 涙香、不木に始まる、戦前に創作活動を開始した作家の代表作を網羅し、今日の推理小説界の礎を築いた名作の数々を歴史的展望のもとに集大成した。全巻800ページに近い特大版である。さらに、作品選択に際しては、単に歴史的価値のある路標的名作ではなく、今読んでも面白い、今日的意義のある佳品を厳選した。一例を示せば、不木や木々作品の新しさに、読者は一驚されるに違いない。
 本文校訂は初出雑誌や初版本、全集等から現在流布している文庫本にいたるまでを、できうる限りの範囲で比較検討し、万全を期した。文字遣いは新字、新カナとし、読み易いものを心掛けたが、送りガナはみだりに送らず、ルビは総ルビ付きの初出等によって原作の香りを損なわないよう、特に留意した。
 涙香の「血の文字」や不木の諸作はいうに及ばず、ノンフィクション・ノヴェルの傑作で圧倒的な感動を呼ぶ「支倉事件」等の甲賀作品、及び大下、木々等の、今日、入手の困難な名作を多数収録した。また、「顎十郎捕物帳」は全編を収めるなど、まさに日本探偵小説全集の名に相応しい編集を心掛けた。
 作品発表当時の雰囲気を伝える意味で、主なる作品には、初出時の挿絵を付した。乱歩「陰獣」には、<新青年>連載時の竹中英太郎画伯の挿絵を全点掲載したが、中井英夫氏をして「よくもここまでと思われるくらい、これは乱歩世界の完璧な画像化である」といわしめた出色のもの。本全集で、日本探偵小説の精粋を読みながら、名作挿絵のギャラリーに遊んでいただきたい。
 各巻に清新な解説、簡明な著者略年譜を付し、最終巻には、探偵小説史に一時代を画した名評論の集成と、中島河太郎氏の「日本探偵小説史」を収めた。
 個々の作品を鑑賞しながら、日本における探偵小説の全体像を把握できるよう、意を注いだ。現在、盛況を極める日本の推理小説についても、今後は、この全集なくして語ることはできないであろう。
 奥付裏広告ページ部分に、月報形式の付録を付した。たとえば、「江戸川乱歩集」では、桃源社版全集の巻末に付された著者解説中の本全集収録作に該当する部分を全文掲載するなど、資料的価値を十分考慮して編集した。

(「紙魚の手帖(18) 日本探偵小説全集」より引用)

 第1回配本(第2巻)から最終回配本(第11巻)まで11年。しかも第11回配本から最終回配本まで7年も間が空き、新聞ネタにまでなるという経緯を辿った全集。
 この全集が出版された1984年は、泡坂妻夫、島田荘司、連城三紀彦などが本格ミステリの力作を書き続けた時期である。しかしこの頃は戦前の代表作に触れる機会がなかなかなく、1960~61年に出版された「日本推理小説大系」(東都書房)や、1975年に創刊されて1979年に廃刊となった『幻影城』を中古書店や図書館で探すしかなかったといっていい時代であった。この全集の刊行は、ミステリファンにとっては祝杯を挙げるべき大事件であった。
 現在でも手軽に購入できる唯一の日本探偵小説全集ということもあり、その価値は非常に高い。また、選ばれた作品はいずれも傑作揃いである。選者は宮本和男、後の北村薫が中心である。
 この全集は、海外作品の出版が専門であった創元推理文庫が初めて日本の作家の作品を出版したものである。

【監修】
 中島河太郎

【選者】
 宮本和男、東京創元社編集部


巻 数
巻 名
初 版
収録作品
第1巻
『黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集』
1984年12月21日
黒岩涙香「無惨」「血の文字」
小酒井不木「痴人の復讐」「恋愛曲線」「愚人の毒」「闘争」
甲賀三郎「琥珀のパイプ」『支倉事件』「蜘蛛」「黄鳥の嘆き」「青服の男」
第2巻
『江戸川乱歩集』
1984年10月26日
「二銭銅貨」「心理試験」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」「パノラマ島奇談」「陰獣」「芋虫」「押絵と旅する男」「目羅博士」『化人幻戯』「堀越捜査一課長殿」
解説:中井英夫
第3巻
『大下宇陀児 角田喜久雄集』
1985年7月26日
大下宇陀児「情獄」「凧」「悪女」「悪党元一」『虚像』
角田喜久雄「発狂」「死体昇天」「怪奇を抱く壁」『高木家の惨劇』「沼垂の女」「悪魔のような女」「笛吹けば人が死ぬ」
第4巻
『夢野久作集』
1984年11月30日
「瓶詰の地獄」「氷の涯」『ドグラ・マグラ』
第5巻
『浜尾史郎集』
1985年3月29日
「彼が殺したか」「悪魔の弟子」「死者の権利」「夢の殺人」「殺された天一坊」「彼は誰を殺したか」「途上の犯人」『殺人鬼』
第6巻
『小栗虫太郎集』
1987年11月27日
「完全犯罪」「後光殺人事件」「聖アレキセイ寺院の惨劇」『黒死館殺人事件』「オフェリヤ殺し」
第7巻
『木々高太郎集』
1985年5月24日
「網膜脈視症」「睡り人形」「就眠儀式」「柳桜集」(「緑色の目」「文学少女」「柳桜集跋」ならびに「「文学少女」を読む」江戸川乱歩)『折蘆』「永遠の女囚」「新月」「月蝕」『わが女学生時代の罪』「バラのトゲ」
第8巻
『久生十蘭集』
1986年10月31日
「湖畔」『顎十郎捕物帖』(「捨公方」「紙凧」「稲荷の使」「都鳥」「遠島船」「鎌いたち」「氷献上」「日高川」「御代参の乗物」「三人目」「丹頂の鶴」「ねずみ」「野伏大名」「蕃拉布」「咸臨丸受取」「菊香水」「初春狸合戦」「猫目の男」「永代経」「かごやの客」「両国の大鯨」「金鳳釵」「小はだの鮨」「蠑蜩」)「昆虫図」『平賀源内捕物帖』(「萩寺の女」「山王際の大象」「長崎ものがたり」)「ハムレット」「水草」「骨仏」
第9巻
『横溝正史集』
1986年1月24日
「鬼火」「探偵小説」『本陣殺人事件』「百日紅の下にて」『獄門島』「車井戸はなぜ軋る」
第10巻
『坂口安吾集』
1985年10月25日
「風博士」『不連続殺人事件』「アンゴウ」『明治開化 安吾捕物帖』(「読者への口上」「舞踏会殺人事件」「密室大犯罪」「ああ無情」「時計館の秘密」「覆面屋敷」「冷笑鬼」「狼大明神」「乞食男爵」「トンビ男」)「選挙殺人事件」「心霊殺人事件」
第11巻
『名作集1』
1996年6月21日
岡本綺堂「お文の魂」「かむろ蛇」
羽志主水「監獄部屋」
谷崎潤一郎「途上」「私」
菊池寛「ある抗議書」
山本禾太郎『小笛事件』
芥川龍之介「藪の中」
佐藤春夫「「オカアサン」」
海野十三「振動魔」「俘囚」「人間灰」
牧逸馬「上海された男」「舞馬」
渡辺啓助「偽眼のマドンナ」「決闘記」
渡辺温「父を失う話」「可哀想な姉」「兵隊の死」
水谷準「空で唄う男の話」「お・それ・みお」「胡桃園の青白き番人」
城昌幸「憂愁の人」「スタイリスト」「ママゴト」
地味井平造「魔」
第12巻
『名作集2』
1989年2月3日
葛山二郎「赤いペンキを買った女」
大阪圭吉「とむらい機関車」「三狂人」「寒の夜晴れ」「三の字旅行会」
蒼井雄『船富家の惨劇』「霧しぶく山」
中島河太郎「日本探偵小説史」


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