無期拘禁刑・懲役判決リスト 2026年


 2026年に地裁、高裁、最高裁で無期拘禁刑・無期懲役の判決(決定)が出た事件のリストです。目的は死刑判決との差を見るためです。新聞記事から拾っていますので、判決を見落とす可能性があります。お気づきの点がありましたら、日記コメントなどでご連絡いただけると幸いです(判決から7日経っても更新されなかった場合は、見落としている可能性が高いです)。控訴、上告したかどうかについては、新聞に出ることはほとんどないためわかりません。わかったケースのみ、リストに付け加えていきます。判決の確定が判明した被告については、背景色を変えています(控訴、上告後の確定も含む)。

What's New! 8月17日付で最高裁第二小法廷は、木村進被告の一・二審無期懲役判(求刑同)に対する被告側上告を棄却した。刑が確定する。


地裁判決(うち求刑死刑) 高裁判決(うち求刑死刑) 最高裁判決(うち求刑死刑)
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【最新判決】

氏名 木村進(55)
逮捕 2024年1月10日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人
事件概要  茨城県日立市の無職・木村進被告は2023年2月3日午後1時4分ごろ~同18分ごろの間、金品を奪う目的で、いわき市の自宅にいた女性(当時85)の頭などをくぎ抜きの付いたハンマーで多数回殴って殺害した。女性は一人暮らしだった。
 木村被告は事件前の一時期、女性が所有する同市の住宅に居住しており、面識があった。
 同日夜、別居する女性の長男が電話がつながらないことを不審に思って訪れたところ、1階の廊下で倒れている女性を発見し、警察に通報した。
 捜査本部は現場の遺留品、周辺のドライブレコーダーや防犯カメラなどの解析の結果、事件発生後の早い段階で木村被告が事件に関与した可能性があるとみて捜査。
 木村進被告は2023年2月3日、本事件を起こす前に茨城県常陸太田市の空き家に窃盗目的で侵入したが、未遂に終わった。福島県警は3月、木村被告を同事件の邸宅侵入と窃盗未遂の容疑で逮捕し、5月には県内での道交法違反(無免許運転)の疑いで再逮捕した。同年8月に地裁いわき支部で懲役2年の判決を受けて福島刑務所で服役した後も証拠を集め、女性を殺害した容疑が固まったことから、2024年1月10日、強盗殺人容疑で服役中の木村被告を逮捕した。 
裁判所 最高裁第二小法廷 三浦守裁判長
求刑 無期懲役
判決 2025年8月17日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点  
備考  2024年11月6日、福島地裁郡山支部の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。2025年6月26日、仙台高裁で被告側控訴棄却。

【2026年 これまでの無期拘禁刑・無期懲役判決】

氏名 村上航希(28)
逮捕 2023年12月21日
殺害人数 1名
罪状 殺人、殺人未遂、住居侵入、窃盗
事件概要  倉敷市に住む自動車のガラスの販売会社取締役の問田(といた)直孝被告は、父親が社長、母親が取締役であるガラス販売会社を乗っ取るために両親の殺害を計画。岡山市などの異業種交流会のメンバーとして知り合った岡山市の紳士服仕立業、村上航希被告と共謀。村上被告は報酬600万円で殺人を請け負い、前金150万円を受け取った。
 2023年12月2日午後3時5分ごろ、村上航希被告は問田直孝被告が事前に鍵を開けておいた玄関から両親宅に侵入。午後6時15分ごろ、外出から帰宅した両親を、両親宅にあった包丁で襲撃。父親(当時57)を殺害し、母親(当時50)に横隔膜損傷や肝損傷など全治1か月の重傷を負わせた。問田被告は現場にはいなかった。長男であった問田被告は喪主を務め、13日に代表取締役に就任した。
 午後7時25分ごろ、母親か玉島署に通報。岡山県警は21日、母親への殺人未遂容疑で問田被告、村上被告を逮捕。2024年1月11日、父親への殺人容疑で再逮捕した。2月1日、両親宅から室内にあった財布3点とスマホケース(計1万8千円相当)財布を盗んだとして、村上被告を窃盗容疑で追送検した。
裁判所 広島高裁岡山支部 菱田泰信裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年1月14日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点  2025年11月5日の控訴審初公判で、村上航希被告側は問田直孝被告に利用された、動機は報酬目的ではなく恨みによる犯行などと主張し、「量刑が不当で、有期刑が相当」と主張。検察は一審判決は妥当だとして控訴棄却を求め、即日結審した。
 判決で菱田泰信裁判長は、「人の生命を金銭獲得の手段としている」と、犯行の主たる動機は報酬目的と改めて指摘。実行役を自ら申し出て、全て単独で行ったと認定して「同種事案の中で最も重い部類に属するとした一審判決に誤りはない」と述べ、無期懲役は相当だとした。
備考  問田直孝被告は事件への関与を否認していて、裁判の予定はまだ決まっていない。

 2025年6月25日、岡山地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。上告せず確定。

氏名 田中治樹(53)
逮捕 2022年2月11日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人
事件概要  釧路市の会社員、田中治樹被告は2016年1月14日午後5時30分~同6時ごろまでの間、釧路市に住む伯母(当時80)の頭部を鈍器のようなもので数十回殴打し脳挫傷により死亡させ、現金約20万9,000円を奪った。
 翌15日、参加予定の老人クラブの会合に伯母が来なかったことから、心配した友人が午後4時ごろに訪ね、頭部にビニール袋をかぶせられた状態で自宅で倒れているのを発見した。
 事件直後から田中被告は捜査線に浮上し、複数回にわたって任意聴取を受けていた。
 事件から6年後の2022年2月11日、道警は田中被告を強盗殺人の容疑で逮捕した。
裁判所 最高裁第一小法廷 堺徹裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年1月9日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点  
備考  2024年3月4日、釧路地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。2024年7月16日、札幌高裁で被告側控訴棄却。

氏名 山上徹也(45)
逮捕 2022年7月8日(現行犯逮捕)
殺害人数 1名
罪状 殺人、銃刀法違反(発射、加重所持、複数所持)、武器等製造法違反(無許可製造)、火薬類取締法違反(同)、建造物損壊
事件概要  奈良市の無職山上徹也被告は2022年7月8日午前11時半ごろ、近鉄大和西大寺駅北口で参院選の応援演説中だった安倍晋三元首相の背後から手製の銃を2回発射し、左上腕部などに命中させた。安倍元首相は同日午後5時ごろ、搬送先の病院で死亡した。死因は失血死だった。銃は金属のパイプ2本を束ねたもので、山上被告は金属製弾丸の発射に用いる火薬もインターネットの情報を基に自身で調合していた。
 山上被告は銃撃直後に殺人未遂容疑で現行犯逮捕された。奈良県警は殺人容疑に切り替えて山上被告を地検に送検。2023年1月6日、手製の銃で発砲したとする銃刀法違反(発射、加重所持)容疑でも追送検した。
 奈良地検は2023年1月13日、山上徹也被告を殺人と銃刀法違反(発射、加重所持)の罪で起訴した。約5カ月半の鑑定留置を踏まえ、心神喪失などの状態にはなく刑事責任能力を問えると判断した。
 奈良県警は2023年2月13日、無許可で銃を製造したとする武器等製造法違反(無許可製造)や火薬類取締法違反(同)、銃刀法違反(複数所持、加重所持など)、事件前日に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の関連施設に向けて手製銃を試し撃ちしたとするの建造物損壊の容疑で追送検した。
 奈良地検は3月30日、山上徹也被告を建造物損壊、銃刀法違反、武器等製造法違反、火薬類取締法違反の罪で追起訴した。 
裁判所 奈良地裁 田中伸一裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年1月21日 無期懲役
裁判焦点  裁判員裁判。
 2025年10月28日の初公判で、山上徹也被告は「全て事実です。私がしたことに間違いありません。法律上どうなるかは弁護士に任せます」と述べた。弁護側は、銃刀法違反の発射罪は成立しないと主張した。また、殺人罪の成否や刑事責任能力の有無は争わない方針を示した。
 検察、弁護側の冒頭陳述で、山上被告が4歳のときに父親が自殺。1つ年長の兄は頭部に腫瘍があり、事故で片目の視力を失った。母親は1991年、心の救いを求めて旧統一教会に入信。父の生命保険金から翌年までに計5千万円を教団に注ぎ込み、さらに不動産を売却するなどして1998年ごろまでに総額で約1億円をささげた。
 一家は困窮し、同居していた祖父と母親のいさかいが絶えなくなる。被告は2000年に高校を卒業したが、大学進学を断念。2002年に海上自衛隊に入隊した。母親は祖父の死後も相続財産を売り払い、教団にさらに献金したため自己破産することに。被告は自衛隊になじめず、世の中に嫌気がさして2005年に自殺を図ったが、未遂に終わった。2006年には、旧統一教会側と母親との間で献金の一部を返金することを合意。計5千万円を月々数十万円程度の分割で返金するとの内容で、被告も毎月約10万円を受け取っていた。2012年に通信制大学に入学するも、約1年で除籍。派遣社員などの職を転々とした。自分自身が思い描いていたような人生を送れず、それは旧統一教会が原因だと考えるようになり、旧統一教会への恨みを募らせていった。被告が35歳だった2015年に、多額献金などを恨んでいた兄が自殺。教団に人生を翻弄されたと感じ、恨みを募らせるようになった。
 山上被告は旧統一教会への恨みをさらに募らせ、統一教会の最高幹部(韓鶴子総裁)を殺害しようと考えた。2019年10月、来日中の韓総裁を火炎瓶で襲撃しようと愛知県に行ったが断念した。これを受けて、より確実に殺害するには拳銃が必要だと考え、2020年10月に拳銃の入手を試みたものの、失敗。銃を自作するしかないと考え、同年12月以降、手製パイプ銃や黒色火薬などの製造を始めた。
 山上被告は、インターネットのサイトを参考に、弾丸を発射する仕組みの手製パイプ銃を製造することを計画。ホームセンターやインターネット通販で材料を購入した。パイプ銃を延べ約10丁製造。一部は解体され、現存するのはそのうち7丁。2021年12月~2022年6月、奈良市内の山中にある資材置場でベニヤ板に向けて発射し、その様子を動画で撮影した。2~3メートルの距離から発射し、厚さ20~30ミリのベニヤ板を貫通する威力があることを確認した。
 山上被告は2022年6月ごろ、当時の勤務先を退職して無職となった。金銭に余裕がある早期のうちに襲撃を実行しなければ、生活が行き詰まってしまうので、それまでに旧統一教会の最高幹部の襲撃を実行しなければならないと考えた。
 検察側は冒頭陳述で、山上被告は教団トップを襲撃しようと計画するも、新型コロナウイルス禍などで来日の見通しが立たず、断念したと指摘した。その後、安倍氏が教団の関連団体にビデオメッセージを寄せていたことを知り、安倍氏と教団には関係があると考えていた被告は「非常に著名な安倍氏を対象にすれば、旧統一教会に注目が集まり、批判が高まる」などと安倍氏に狙いを定めたと主張。
 山上被告は安倍氏銃撃後、それが旧統一教会に関連したものであることを世間に明らかにするため、教団関連施設が入るビルの銃撃を計画した。 (事件前日の)7月7日午前4時ごろ、パイプ銃で1回発射し、ビルの外壁などに命中させて損傷させた。同日、安倍氏を銃撃するため、パイプ銃をバッグに隠して新幹線などを乗り継ぎ、岡山県内で行われた応援演説の会場へ行った。しかし、安倍氏に近付くことができず、銃撃することができなかった。その日の夜、岡山から帰宅する途中でインターネットを閲覧し、翌7月8日に奈良市内の近鉄大和西大寺駅前で応援演説を行うことを知り、その際に銃撃することを決意した。
 事件当日の7月8日、被告はパイプ銃をバッグ内に隠し、自宅から電車で駅まで行き、午前10時ごろから、付近のビルや路上から現場付近の状況を確認し、犯行の機会をうかがった。午前11時半ごろ、安倍氏の死角となるロータリーから背後に歩み寄り、まず、後方約6・9メートルから散弾1発を発射。さらに安倍氏へ歩み寄り、振り向いた安倍氏に対し、約5・3メートルから散弾1発を発射した。
 そして「聴衆らに被害が出てもおかしくない犯行。前例を見ない、極めて重大な結果、社会的反響をもたらした」と批判した。また、事件の重大性を踏まえ、被告の生い立ちが刑を大幅に軽くするものではないと述べた。
 弁護側は冒頭陳述で、被告は兄の自殺をきっかけに復讐心から韓国の教団総裁らを襲撃するほかないと考えた。総裁らが新型コロナウイルス禍で来日しないため断念し、教団に親和的な政治家にターゲットを変更と指摘。安倍氏が教団の友好団体にビデオメッセージを寄せたことを知り、「教団が大きく活動できているのは、有力政治家が親和的な姿勢を見せているからだ」と考え、安倍氏銃撃を決めたと説明した。また、母の教団入信後、子供たちを置いたまま教団本部がある韓国に向かうこともあり、そんな母親を同居していた祖父は激しく責めた。信仰を巡って家庭内で両者がぶつかりいさかいが絶えなかったとし、「子供たちの平穏な家庭生活は失われた」として、被告の生まれ育った環境を「宗教的虐待に当たる」と主張。量刑を判断する上で十分考慮されるべきだとし、手製銃については、威力面などから銃刀法の発射罪が規定する「砲」には当たらないと反論。武器等製造法違反と、公共の場での拳銃や砲の発射を禁ずる銃刀法違反(発射)は無罪だと訴えた。

 10月29日の第2回公判から11月6日の第6回の公判では、事件当日に安倍氏のそばにいた佐藤啓参院議員や警察官ら計6人の証人尋問が行われた。
 事件現場を捜査した警察官は、安倍氏の周辺にいた関係者の髪の毛が銃撃の瞬間にはね上がり、「自民関係者や聴衆に弾丸が当たっていた可能性がある」と明かしたほか、自宅を捜索した警察官は、複数の殺人に関する書籍や自民党のパンフレットが見つかったことを挙げ「テロリストのアジトのよう」と表現した。
 さらに、銃の鑑定を行った科学捜査研究所の職員は、再現実験の結果、弾丸が50センチ間隔で置いた厚さ4ミリのベニヤ板4枚を貫通し、「弾丸は全てにおいて発射可能で、人畜を殺傷する能力があった」と説明。司法解剖を担当した医師は、安倍氏が「ほぼ即死に近い状況だった」と証言した。

 11月13日の第7回公判で、検察側は安倍氏の妻昭恵さんの心情をまとめた2023年8月付の上申書を読み上げた。昭恵さんは「ただ、生きていてほしかった。長生きしてほしかった」とつづった。
 同日午後から18日の第18回公判で、山上被告の母親が弁護側証人として出廷。母親が被告の兄の病気などで心を痛め旧統一教会に入信し、1億円に及ぶ献金をしていたことが明らかになった。献金の元手は夫の生命保険や、祖父の遺産。当時は「子どもたちの将来よりも献金が大事だと思っていた」と打ち明ける一方、「利用したのは教会のほう。本来の宗教は、貧しくても心が豊かになるようにするのが本来の姿。それを私ははき違えていた」と後悔を口にした。  今も旧統一教会を信仰しているかを問われると、「はい」と答えた上で、「籍はあるが、教会には行っていない」と答えた。
 第18回公判から19日の第19回公判で、山上被告の妹が出廷。妹は、自身や被告が母親の献金によって祖父から何度か家を閉め出されていたとして「(祖父に)母と私、徹也に出て行けと怒鳴られ、そのまま徹也は自転車でどこかに行った。その時にどれだけ徹也が傷ついたか。2人で児童養護施設に行けばよかったと後悔している」と法廷で語った。
 また、大学卒業後についても、「母親が『お金をくれ』と腕にしがみついて、20~30メートル歩いて、みじめで恥ずかしかった」と振り返り、「母親が私に連絡してくるのは、金の無心をする時だけだった。金のときだけ、(私には)関心がないくせに偉そうに『払え』と言ってきて腹が立った。この人は私の母じゃないと思った。母のふりをしている」と話し、法廷で涙を流した。
 妹はさらに「私たちは旧統一教会に家庭を破壊された。私のように親が(旧統一教会に)入って困っている子供の相談窓口は見つけられなかった。本当に合法的な方法ではどうすることもできなかった」とも語った。

 20日の第10回公判から12月4日の第14回公判まで、山上被告への被告人質問が行われた。主に弁護側の質問によって旧統一教会と母親に翻弄された人生がつまびらかになった。
 山上被告が母親の旧統一教会への入信を知ったのは中学生のころで、その時の心境を問われると「それまでの自分とは何か人生観、考え方も根本的にどこかで変わってしまったような気持ち」と答えたほか、教団のイベントについても「(母親から)非常にしつこく勧められましたので断り切れないということはありました」と明かした。
 高校の卒業アルバムには将来の夢を「石ころ」と書いていた。理由は「将来はろくなことがないだろうと」と悲観していたからだった。さらに、母親の献金で家庭が困窮し「実際に食べるものがない状況になってしまって、家族として助けるしかないので、旧統一教会に(自分が)間接的に利用されていると思っていた」と語った。
 事件の前年に安倍元首相は旧統一教会の関連団体に、メッセージ動画を送っている。旧統一教会の韓鶴子総裁に対し「敬意を表する」とした内容だったが、これを見た際の心境について、「現役後(首相退任後)に出てしまうと、今後も出るのを拒む理由がなくなる。(旧統一教会が)どんどん社会的に認められている。何も害のない団体と認知されてしまう。被害を被った側からすると、非常に悔しい。受け入れられない状態」「絶望と危機感。怒りというよりは困るという感情」があったと述べた。
 山上被告は当初、旧統一教会の幹部をターゲットにしていたが、コロナ禍で来日の見通しが立たなくなると、安倍元首相に狙いを変えたことを説明し、「安倍氏が教団と政治の関わりの中心で、他の政治家では意味が弱いと思った」と語ったが、一方で、あくまで狙いは教団幹部であり、安倍元首相を銃撃することは「本筋ではなかった」とも語った。世界平和統一家庭連合への解散命令など事件後の社会の動きについて「私としてはありがたい」と述べた。
 山上被告は当時、経済的に困窮し、襲撃の前に生活が成り立たなくなる可能性もあったため、「経済的に行き詰ってしまう前に(犯行を)やる必要があると思った」とも語っていた。裁判員からは、「苦労して作った銃を使いたかったという気持ちはあるか」という質問が投げかけられると、「使いたかったというと語弊はあるが、使わなければ何のために時間と労力とお金をかけてつくったのか」と返していた。裁判員から「この事件によって目的は達成されたのか」と問われた際、10数秒沈黙した後、「非常にいろいろな問題が起きているので、今はお答えできかねる」と述べた。
 12月3日の第13回公判には安倍氏の妻・昭恵さんが被害者参加制度を使って出廷した。
 昭恵さんが被告に質問することはなかったが、その翌日、山上被告は「昭恵さんをはじめとして、家族には何の恨みもありません。非常に3年半つらい思いをされたことは間違いないと思います。(肉親が)亡くなるのは経験していましたので、弁解の余地はない。非常に申し訳ない」と謝罪の言葉を述べた。
 第13回公判では事件後に山上被告と面会した北海道大の桜井義秀特任教授(宗教社会学)の証人尋問が行われ、桜井教授は被告の家庭環境について「宗教2世のなかでも相当に悲惨な状況だった」と話した。

 12月18日、検察は論告で、教団幹部から安倍元首相に狙いを変えた理由を「飛躍がある」と指摘した。安倍元首相に教団とのつながりがあることをうかがわせるものとして、先述の旧統一教会の関連団体に送った動画があるが、儀礼的な内容で、どこまで教団を支持しているかは不明確であり、このことは被告とも共通認識があるとした。また安倍元首相は母親の献金や家庭環境とは全くの無関係であるとも訴えた。また、路上に一般市民が多数集まる状況で散弾を使用することは、安倍元首相以外の死者が出ていてもおかしくない状況で、悪質であり、過酷な生い立ちも「量刑の大枠を変えるものではない」とした。しかし過去の判例について、単独犯の殺人であり、被害者が1人で銃器類を使用したものを抽出した結果、該当したのは20件で、判決は懲役25年から無期懲役に分布していると説明。このうち、親族間や男女トラブルなどでなく、被害者と面識が無い事案では無期懲役や懲役30年の判決が言い渡されていたとして、無期懲役を求刑した。
 同日の最終弁論で弁護側は、弁護側は、「旧統一教会との出会い、それが地獄の始まりだった。被告が宗教虐待の被害者であることを考えなければいけない」と強調し、「悲惨な生活の経験は本件犯行に一直線に結びつく。被告人の生い立ちは本件の核心部分で、背景事情ではなく、最も重要視されるべき事情である」と主張し、量刑は「無期懲役は重すぎで、懲役20年までにとどめるべき」だと訴えた。

 判決で田中裁判長は、公判の焦点だった犯行に使われた「手製の銃」について、「(手製の銃は)人を殺傷するに足るもので、発射罪と所持罪は両立する」として、銃刀法上の拳銃と同様で、無期懲役の対象となる『砲』と事実認定した。また犯行態様については、事件を起こすことを決断したのは自己の意思決定に他ならないと指摘。「約300人もの聴衆や至近距離に関係者が複数いるなかで背後から2回発射していることは極めて危険で、卑劣であって悪質性が高く、準備は約1年半の長期に及んでいて計画性は極めて高い」としました。
 動機については、山上被告の母親が「(自殺した)兄が生前に苦しんだのは献金のせい。献金によって今は天国にいる」と話したことで、旧統一教会への怒りを感じるようになり、(安倍元首相の旧統一教会への)ビデオメッセージを見て、「旧統一教会が社会的に問題ない団体と考えられてしまう」と考えた、とした。
 山上被告の生い立ちに関しては、「旧統一教会に激しい怒りを抱くのは、不遇な生い立ちからすると相応で理解できないとは言えない」としながらも、「被告はすでに40代の自立した生活を送る社会人で、人を殺してはならないことを十分に理解していた。社会的に孤独な状況であったが、支援を受けることをしていなかった。旧統一教会やその関係者に対し、激しい怒りの感情や思い知らせたいなどの感情を抱いたとしても、銃などを製造して他者の生命を奪うことを決意して現実に殺人という行為に至ることには大きな飛躍がある。(事件前日に)岡山で安倍元総理を襲撃する機会を得られなかったなど、目的達成に至るまでに複数の障害や出来事があった。それらは人を殺してはいけないという社会的規範を改めて認識し、殺人を思いとどまるのに十分だったが、犯行を断念しなかった」と指摘。
 そして「被告人は家族をめぐる激しい葛藤や旧統一教会に対する負の感情を長年ため込んできたところ、内心でこれらを健全に解消し、あるいは合法的な手段による解決を模索せず、殺人などの手段を選択して実行した。旧統一教会への襲撃の見通しが立たないことから、これ以上待てないという自身の都合を優先して短絡的で自己中心的な意思決定をしており、生い立ちを背景にすることは認められず、被告人の意思決定には強い非難が妥当で、動機や経緯に大きく汲むべき事情は認められない。多数の聴衆がいる現場で銃を発射した悪質性は、他の事件と比べても著しく重い」とした。
備考  事件を受け、警察庁は2022年8月25日、奈良県警の不十分な警護計画や現場の警護員間の意思疎通の不徹底など複合的要因が重なったとする事件の検証結果をまとめた。これを受け、中村格(いたる)長官は辞職の意向を示した。26日の閣議で承認され、30日付で辞任した。警備部門トップの桜沢健一警備局長の辞職も26日に承認され、30日付で辞職した。奈良県警の鬼塚友章本部長は減給100分の10(3カ月)の懲戒処分を受けた。鬼塚氏も辞職を表明した。
 事件を機に、教団側と政治家の接点が次々に判明。教団をめぐる高額献金の実態や、信者の親を持つ「宗教2世」の窮状にも注目が集まり、悪質な寄付の勧誘などを規制する不当寄付勧誘防止法(被害者救済新法)が2022年末の臨時国会で成立、2023年1月5日施行された。
 自民党は2022年9月、所属国会議員179人と教団との接点が判明したと公表した。国会で連日取り上げられ、政治問題に発展した。岸田文雄首相(当時)は10月、教団との関係について曖昧な答弁を繰り返した山際大志郎経済再生相を更迭。自身が代表を務める政党支部が教団の関連団体に会費を支出した問題などが浮上した秋葉賢也復興相も12月に更迭した。
 警察庁は事件を受け要人テロや、各地で頻発している「闇バイト」による強盗などを防ぐために、2023年1月26日、インターネット上の有害情報について、サイト管理者などに削除要請を行う対象を3月から大幅に拡充すると発表した。銃器の製造や殺人・強盗の誘いなど7類型を対象に加えた。
 2024年6月7日、改正銃刀法が7日、参院本会議で可決、成立した。改正法では、銃を自作する方法を解説する動画や3Dプリンター用の設計図などを対象に、ネット上などで銃の不法所持にあたる行為をあおったり唆したりすることを罰則付きで禁止する。公共の場などで銃を撃つことを罰する発射罪は、従来の「拳銃等」に加え、「その他装薬銃砲」や猟銃も対象になる。7月に施行された。

 2025年3月25日、東京地裁は旧統一協会に対し、民法上の不法行為を理由に解散を命じる決定をした。4月7日、教団側は決定が不当だとして、東京高裁に即時抗告した。
 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の田中富広会長は2025年12月9日付で辞任した。

 被告側は控訴した。

氏名 藤田聖也(41)
逮捕 2023年2月7日
殺害人数 1名
罪状 強盗致死、強盗傷人、強盗致傷、強盗未遂、強盗予備、住居侵入、窃盗、詐欺他
事件概要  特殊詐欺事件でフィリピン・マニラ市郊外のビクタン収容所に入っていた広域強盗、特殊詐欺組織の幹部・藤田聖也(としや)被告は、2022年5月から2023年1月まで、「ルフィ」と名乗る男らが指示したとされる全国各地で発生した広域強盗事件のうち、「キム」などの名前を使い、指示役他の役割で4件の特殊詐欺事件と以下の7件の強盗事件に関与した。
  1. 2022年10月20日〈稲城市強盗致傷事件〉
  2. 2022年11月7日〈岩国市強盗未遂事件〉
  3. 2022年12月5日〈中野区強盗傷害事件〉
  4. 2022年12月21日〈広島市強盗致傷事件〉
  5. 2023年1月12日〈大網白里市強盗致傷事件〉
  6. 2023年1月19日〈狛江市強盗致死事件〉
  7. 2023年1月20日〈足立区強盗予備事件〉
 2023年2月7日、藤田聖也被告はフィリピンから強制送還、警視庁は同日正午過ぎ、成田空港に向かう旅客機の機内で、特殊詐欺に関与したとする窃盗容疑で逮捕した。
裁判所 東京地裁 戸苅左近裁判長
求刑 無期懲役
判決 2025年2月16日 無期懲役
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年1月26日の初公判で藤田聖也被告は、特殊詐欺について起訴内容を認める一方、7件の強盗事件については事件への関与を認めた上で、「凶器で暴行を加える指示はしていない」と一部を否認。弁護人は「藤田被告の役割に照らし、共同正犯ではなく、ほう助犯にとどまる」と主張した。
 冒頭陳述で検察側は、藤田被告が2019年9月フィリピンに渡航し、リーダー格の渡邉優樹被告が率いる特殊詐欺組織にリクルーター役として加入したと指摘。同年11月にフィリピン当局に拠点が摘発され、2021年春までに拘束されて他の幹部らとともに入管施設に身柄が移されると、別の幹部小島智信被告から紹介された強盗の実行犯らに対し、収容先の入管施設から匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」を通じて指示を出し、被害者から現金など1億円超を奪ったとした。「犯罪の遂行に重要な役割を果たしており、共同正犯は成立する」と訴えた。
 一方、弁護側は「渡邉優樹被告、今村磨人被告に指示されるまま関与した。暴力事件などが絶えない収容所内で身を守るには日本人の集団に加わることが最も安全で、幹部らが言い出した強盗計画に反対する選択肢はなかった」と主張した。
 冒頭陳述の後、特殊詐欺事件に関する弁護人からの被告人質問が行われた。
 2月2日の公判では、一連の強盗事件に対する被告人質問が行われた。藤田被告は強盗に加担したとされる理由について「『全体に指示が行き渡るように犯行中に実行役と電話をつないでほしい』と今村被告に言われた」と説明した。また、渡邉被告のことは裁判中も「ボス」と呼び、「ボスからも『それくらいできるでしょ』と言われ指示をするようになった」と述べた。弁護側から「一連の強盗事件に積極的に関与しているように見える」と問われると、「フィリピンのビクタン収容所では、グループからはじかれると生きていくのが大変。組織と違う方向を向いたり、『嫌だ』と言える環境ではなかった。ボスには逆らえず、やるしかないと思っていた。臆病かも知れないが、死にたくなかった」と話した。
 この日は〈狛江市強盗致死事件〉他の事件で実行役として無期懲役が確定している永田陸人受刑者が証人として出廷。永田受刑者は、藤田被告から「狛江事件の後、『次は殺さないで下さいね』と言われた」と当時のやり取りを明かしました。また、「犯行中は通話中で、すべてを把握していたはず」と証言した。
 3日の公判でも藤田被告への被告人質問が行われた。藤田被告は一連の事件を振り返って「後悔と反省、無念さしかありません」と話した。一方で〈狛江市強盗致死事件〉については「金庫をこじ開けるためにバールが必要となっていたが、暴行に使うという話は一切でていない」「そもそも大けがさせたり暴行する目的で行っていない」と述べた。さらに永田受刑者の証言については、つないでいた携帯電話の電波状況が悪かったと説明したうえで、「現場で何が起きているか把握できなかった」として、亡くなった女性に対する暴行などへの関与を否定した。そして実行役から倒れている女性の写真が送られてきたことを明らかにした上で、「疲れて寝ているのかと思った」「もともと暴行する予定はなく、まさかバールでやっているとは思っていなかった」などと話し、「怖い思いをさせたと思う。本当に申し訳ない」と謝罪の言葉を述べた。
 5日の論告求刑で検察側は、「匿名性を徹底する新たな犯行態様で、悪質性が突出している」と指摘した。その上で、東京・狛江市で90歳の女性がバールなどで殴られて死亡した強盗致死事件について、藤田被告が暴力的な実行役を使い続けたことをあげ「凶悪な犯罪グループを形成し、被害者の死亡に大きく関与した」と指摘した。そして「自らの手は汚さず、お金に困った若者を実行役として使い捨てにし、多額の利益を得ていた」「過去に例のない凶悪な事件だ」と批難。実行役に被害者の情報や犯行計画を伝えていたことなどから、「全ての事件で計画の段階から関与し、実行役に指示を出す司令塔として重要な役割を果たした」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「暴力が日常となっているビクタン収容所で、ボスである渡邊被告に『嫌だ』というのは著しく困難だった」と犯罪に強制的に加担させられてしまったと指摘した。また、一連の事件で報酬をもらっていないことからほう助犯にとどまるとして、有期刑が相当だと主張した。
 最終意見陳述で藤田被告は、被害者たちに謝罪し、「お金に困って闇バイトや犯罪に手を染めようとしている人は大切な人のことを思い出して、失うものの大きさを考えて思いとどまってほしいと思います」と述べた。
 判決で戸苅左近裁判長は、一連の強盗事件について「匿名性が徹底された遠隔操作による組織的な広域連続強盗という、新たな犯罪類型の先駆けだ」と批難した。永田受刑者の証言について「永田受刑者の供述内容は事実経過と合っている。(永田受刑者は)すでに自身の刑が確定して、嘘をつく動機も見当たらないことも踏まえると、その供述は信用できる」と、その信用性を認めた。また渡邉被告との関係について、「旧知の間柄で、両者の間には一定の上下関係があったものと認められるものの、お互い信頼し、利用し合う関係にあったといえる。他の幹部以上に距離が近く、強制されたのではなく自らの意思で渡邉と行動をともにすることを選択し、その結果として侵入強盗事件に関与するに至っている」と述べた。
 そして藤田被告の役割について、秘匿性の高いメッセージアプリ「テレグラム」のチャットや通話機能を通じ、実行役に対し積極的に暴行するよう指示しており、バールなどが凶器として使われる可能性を認識していたなどとして、「(被害者の死亡などの)重大な結果の発生に大きな影響を与えた」と認定。「実行役を確保し、犯行時に詳細で的確な指示を出し、鼓舞したり、ほめたりしながら、面識のない実行役を束ねてコントロールして犯罪を実現させており、侵入強盗を成功させる上で必要不可欠かつ重要な役回り重要な役割を果たした」として、「共同正犯が成立する」と指摘した。
 さらに藤田被告らが検挙される危険性の低い海外から指示を出していたことについて「自らの手を汚さず指示を出して強盗を実行させ、生身の人間に残忍な暴行を加えているという現実感や抵抗感がないまま犯罪を継続していった。金品獲得に執着して人命を軽視し、犯罪をエスカレートさせており、厳しい非難が妥当する」とした。一方で、量刑判断には、指示役の役割などを捜査機関に供述し、事件の実態解明に貢献したことを考慮したと述べた。
備考  各事件の概要と、共犯者を含む【ルフィ広域強盗事件】の判決結果は、【ルフィ広域強盗事件】参照。

 被告側は控訴した。

氏名 大谷将也(40)
逮捕 2024年1月31日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人、死体遺棄、住居侵入、強盗致傷
事件概要  住所不定・無職の大谷将也被告は2023年12月11日ごろ、金品を盗む目的で阿久比町に住む派遣社員の男性(当時52)宅に侵入。男性が帰ってきたため、大谷被告は男性の首を絞めて殺害し、運転免許証など9点と軽自動車を奪った。そして2024年1月12日までの間に、遺体を家の敷地内の雑木林に遺棄した。大谷被告と男性に面識はなかった。
 大谷被告は2024年1月8日午前3時40分ごろ、半田市のコンビニで50代の女性店員に刃物を突きつけ押し倒すなどの暴行を加えて店員の右手にけがを負わせるとともに、現金約8万9千円を奪った。その際、店員が右手にけがをした。コンビニから出てきた大谷被告を居合わせた新聞配達員がバイクで十数メートル追いかけた。大谷被告が向き直って間合いを詰めてきたためバイクを置いて逃げたところ、大谷被告にバイクを奪われた。そのまま数百メートル逃走したとみられ、バイクは三差路に乗り捨て、車に乗り換えて逃走した。
 大谷被告は1月12日、静岡県焼津市で30代女性を車に監禁したとして同県警に緊急逮捕された。大谷被告の所持品から男性の免許証が見つかり、さらにナンバープレートを付け替えて男性の車に乗っていたことから、静岡県警から連絡を受けた愛知県警は男性宅を捜査。13日、雑木林から遺体が見つかった。1月31日、県警は大谷被告を死体遺棄容疑で逮捕した。2月21日、県警は強盗殺人と住居侵入容疑で再逮捕した。
 防犯カメラ映像などから大谷被告のコンビニ強盗への関与が浮上し、3月18日、県警は強盗致傷容疑で大谷被告を再逮捕した。
裁判所 名古屋地裁 坂本好司裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年2月24日 無期懲役
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点  裁判員裁判。
 1月26日の初公判で、大谷将也被告は「冤罪だ。私がしたことではございません」と起訴内容を否認した。
 検察側は冒頭陳述で、大谷被告は当時、生活に困窮していたと主張。被害者を殺害後、奪ったカードで現金を引き出そうとしたり、被害者の生存を装う内容のメールを被害者の勤務先に送ったりしたと指摘した。また、遺留品や現場に残されたDNA型や指紋が、大谷被告のものと一致したことや、事件後、大谷被告が知人に「人を殺した」と話していたことなどを指摘した。
 弁護側は、被告と被害者は知人で、金銭トラブルなどから夜逃げを計画していた被害者を助けるための訪問だったと反論し、無罪を主張した。被害者は複数のトラブルを抱えていたとして、被告以外の複数の人物が殺害したと主張した。強盗致傷の罪については認否を留保した。
 2月10日の論告で検察側は、被害者の遺体に巻かれた粘着テープから被告のDNAや指紋が検出されたことなどから、被告が犯人なのは明らかとしたうえで、「生活費などを得るための犯行で許されるはずもなく、被害者を貶めるような嘘をつき、生存も偽装している」「犯行は冷酷で残忍。強固な殺意に基づいた犯行で、動機や経緯に酌むべき事情はない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、困窮や孤立から夜逃げしようとした男性に被告が協力していたと主張。「被告は被害者から相談されて夜逃げしようとしたのを手伝っただけ」「被害者は殺害の日とされる翌日に上司と通話している。偽装はしていない」「犯人に仕立てられようとしている」などと、無罪を主張した。
 最終意見陳述で大谷被告は、裁判長から注意を受けるほど延々と自分の無罪の主張を繰り広げた後、「歴史に残る冤罪事件を生まないよう、慎重な判断を願います」と訴えた。
 判決で坂本裁判長は、遺体に巻かれた粘着テープなどから被告の指紋やDNAが検出された点や、被告から「『人を殺して遺体にマットレスを被せた』と被告から聞いた」などと犯行状況を説明されたとする被告の元交際相手の証言内容が、事件現場の状況などと一致し信用できると判断。「被害者は土地売却で金を得る予定だったことなどから、夜逃げを考える状況は伺えない」と述べるとともに、車や被害者の免許証などを不正に得たことが強く推認されるなどとし、当時、借金を抱えていた被告が金品目的で被害者方に侵入し、殺害したとして、「被告の供述は不自然、不合理で、到底信用できない」と指摘。殺害後に「失踪宣言書」を作成して被害者の勤務先に辞職の連絡をするなどの偽装工作をしていた点も挙げ「犯行後の行動も悪質で、刑事責任は重大だ」と非難。「相応の時間、腕で首を絞め続けた態様は冷酷だ。被害者が殺害された結果は取り返しがつかない重大なもので、被害者をおとしめる供述から反省の態度が見られず酌量の余地もない」とした。
備考  被告側は即日控訴した。

氏名 飯塚紘平(36)
逮捕 2024年5月28日
殺害人数 1名
罪状 殺人、公務執行妨害、銃刀法違反
事件概要  執行猶予中で無職の飯塚紘平被告は2024年5月24日午後6時56分ごろ、滋賀県大津市にある担当保護司の男性(当時60)宅で保護観察の面接中、男性を持参していたナイフで刺したり斧で切り付けて殺害した。
 飯塚被告は、2018年にコンビニ店員にサバイバルナイフを突きつけ、現金2万円を奪う強盗事件を起こし、2019年に懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の有罪判決を受け、2019年7月から被害者が担当保護司として月2~3回程度の定期面談を重ねていた。。
 26日午後、男性がリビングで倒れているのを親族が発見し、通報。飯塚被告は実家に帰るも、両親は事件が起きたことを知り、警察に出頭するよう話すも、飯塚被告は逃げ出した。両親は警察に通報し、滋賀県警は28日、大津市の路上でリュックサックの中にサバイバルナイフを持っていた飯塚被告を銃刀法違反で現行犯逮捕。6月8日、殺人容疑で再逮捕した。
 大津地検は鑑定留置を実施し、刑事責任が問えると判断。11月に起訴した。
裁判所 大津地裁 谷口真紀裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年3月2日 無期懲役
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年2月17日の初公判の罪状認否で、飯塚紘平被告は「間違いありません。守護神様の声に従ってやりました」と述べた。弁護側は事実関係は争わないとしたうえで、「飯塚被告は当時、刑事責任能力がなかったか、著しく低下していた」と主張し、刑事責任能力を争う考えを示した。
 冒頭陳述で検察側は、飯塚被告が「職に就けないのは政府が悪いからだ」と不満を募らせたと指摘。就職活動や仕事をするという保護観察中の順守事項が守れない状態が続き、執行猶予が取り消されるかもしれないとの焦りがあったと述べた。そして、担当保護司だった男性を殺害して保護観察制度に打撃を与え、政府に報復しようと考えたと指摘した。また、インターネットで過去の殺傷事件について調べていたとも言及した。
 男性との面談時に殺害することを決意した被告は事件当日、ナイフとおのを持参して男性宅へ向かった。椅子に座っていた男性の背後から近づき、首を切りつけた。男性は「やめとけ、なんでや、なんでこんなことするんや。社会に戻るんやろ」と制止したが、被告はさらに新庄さんを攻撃したとした。
 男性の首と胸にそれぞれ10カ所以上の傷があったことや、被告が事件から4日後に現行犯逮捕された際、警察官に「死刑にしないでくれ。革命を起こした」と話したことも明らかにした。
 事件当時の被告の精神状態については、「被告本来の性格傾向が表れた犯行であり、完全な責任能力があった」と主張。量刑についても、計画性や残虐性などを踏まえ決めるべきだと述べた。
 弁護側は、被告が中学時代、いじめに遭った際などに心の声が聞こえるようになり、それを「守護神」と呼んで従うようになったと説明した。そして「幻聴に従い事件を起こした」と主張し、発達障害にも言及。犯行を思いとどまる能力の低下も指摘した。幻聴の影響もあり殺害を構想。男性との面接中、「やるしかない」と思って攻撃したと述べた。
 2月18日の第2回公判における弁護側の被告人質問で、「守護神様の声が聞こえたのはいつか」と問われ、飯塚被告は「中学2年のいじめを受けていた時です」と答えた。そして守護神様について「私より上位で、私の助けになることを言ってくれる存在」「私の上位の人格であり、唯一の神であり、私を悪くした別の意識です」などと述べた。また弁護人から犯行を計画した経緯について問われた飯塚被告は当初は知事や国会議員、裁判官らの襲撃を考えたが断念したという話をした上で、「守護神から保護司なら現実的にいけるぞと、閃きを与えられた」と述べた。
 検察からの、保護司を殺したら国に打撃を与えられると思ったか、という質問に対し「保護司を殺すことによって、面談中に事件が起きたことになると、世間から保護観察や面談がよく思われず、問題になると思っていた。国が管理している場で事件が起きたとなると、問題の改善に迫られると思った。男性にうらみがあったことは一切ない」と答えた。
 この日は飯塚被告の精神鑑定を行った鑑定医への証人尋問が行われ、医師は、被告が男性を「抑圧的で、日本の制度の手先」と捉えていたと指摘した。検察側の被告の「守護神様の声は統合失調症などと違うものか」との質問に鑑定医は「違うと思う」と述べ、被告の統合失調症については否定した。
 19日の第3回公判において、起訴後に飯塚被告と7回面会した臨床心理士が弁護側の証人として出廷。保護観察制度への打撃という検察側の主張ほど被告本人は事件当時、深く考えていなかったと指摘。その上で、被告は「非常に強いストレスを抱え自己肯定感が低下していた」として、国に責任を転嫁し、「国の代わりとみなした保護司を殺害すれば自尊心を取り戻せると思っていた」という見解を述べた。
 この日の被告人質問で、弁護側は保護司殺害までの約5年間で被告が約20社で不採用となり、約10社を辞めたと指摘した。どんな気持ちだったかと聞かれた被告は「高いストレスと高い自暴自棄だった。不満、悲しみ、怒り、苦しい、とてもしんどかった」と回想した。弁護側から事件後の心情について問われると「当時の取り調べでは『すごいことをやった』と言ったが、今はただの人殺しをしたと認めている」と話した。そして「大事な人を私のような人間に殺されたら、私なら耐えられない。非常に申し訳ない」と謝罪の言葉を述べた。
 24日の第4回公判で、被害者参加制度を利用して男性の妻が意見陳述。飯塚被告に対し「あまりにも命を軽視しすぎるのではありませんか?」と問いかけた。また「『死刑にしたいか』とよく聞かれますが、答えは『いいえ』です」と述べ、「飯塚君には一生、かけがえのない命を奪ったことに向き合っていってほしい」と訴えた。男性の息子は、被告が述べた保護観察制度や職場、国への不満に不快感を示したうえで「守護神様という聞くに堪えない他責思考」と批判。新庄さんに相談したいと思うことができるたびに「もういないことに気づく」とし、喪失感に苦しんでいると明かした。
 この日の論告で検察側は、保護観察中だった被告は2カ月前から犯行とその後の逃走を計画し、その通りに実行したと指摘。被告には自閉スペクトラム症の傾向が認められる一方、善悪の判断や行動の制御が可能な完全責任能力があったと主張した。その上で、被告は仕事が長続きしないことを国に責任転嫁し、国に打撃を与えるために担当保護司だった男性の殺害を計画したと指摘。「何の落ち度もなく、被告のために尽力してきてくれた被害者を犠牲にして鬱憤を発散させようとした理不尽で身勝手な犯行で、生命軽視の程度も大きい」「保護観察制度を攻撃する極度の反社会的犯行で、犯行態様も極めて執拗で残虐」「事件の原因となった被告の他罰的な性格傾向は、長年にわたり形成されてきた。今後その性格傾向を変えていくのは困難」「更生は期待できず、被告が再犯に及ぶことができない処分を選択すべき」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「当時の被告の意思決定には、本人の特性が影響していたことを考慮すべきだ」などと指摘。被告には生まれつき発達障害の傾向があり、守護神様を妄信していたと主張。「責任能力がなかったか、心神耗弱だった」と主張するとともに、被告は事件後反省し、自らの意思で遺族に謝罪の手紙を書いたなどとして、適切な治療や処遇で更生する見込みがあるため有期刑が相当だと主張した。
 最終意見陳述で飯塚被告は、「この事件を起こしたことは人生で最大の間違いでした。取り消せるものなら取り消したい。本当に申し訳ございませんでした」と述べた。
 判決で口真紀裁判長は、被告が自身にだけ聞こえる「守護神様」に命令されて犯行に及んだと述べたことについて、こうした心の中の対話は、被告が自身の考えの一部を切り出し、自問自答の形で自らの考えを確認していたに過ぎないと指摘。「被告に発達障害的な特性があるものの、責任能力に影響する何らかの精神障害の存在をうかがわせる事情はなく、完全責任能力が認められる」と認定した。
 その上で、量刑について検討。判決は、「ナイフとおのを準備し、逃走を意識した用意をし、被害者と2人きりになる保護観察の面談の場を選んで事件を起こすなど、計画性は高かった」と判断。被害者の遺体には計22カ所の傷があり、被告が「社会に戻るんやろ」と最後まで更生を願って制止した被害者を振り切って攻撃していたことを挙げ、「犯行の態様は極めて執拗、残虐。強い殺意があった」とした。
 動機については、仕事が長続きしなかった被告が、国や保護観察制度へ不満をぶつけようと考えたとし、「落ち度も、恨みもない被害者を、国への八つ当たりの道具として利用した。被害者を命ある一人の人間としてすら扱っていない。」と非難した。
 被告は別事件で保護観察付き執行猶予判決を受けた中で再び事件を起こしており、判決はこの点についても「社会内でやり直そうという意思が感じられない」と言及。保護観察制度の変革や破壊を意図して犯行に及んだとまでは認められないものの、保護観察制度に影響を及ぼした事件の社会的影響は大きく、悪質性の高さは無差別殺人と遜色ないとして、有期刑が相当とは言えないと結論付けた。
備考  法務省によると、現役の保護司が保護観察対象者に殺害された事件は初めて。
 2025年12月に成立した改正保護司法は、保護司の安全確保に関する規定を新設し、保護司が保護観察対象者らと面接するのに適した場所の確保を国の責務と明記した。現場でも安全対策が進められており、保護司とともに更生支援に当たる国の保護観察官が保護観察対象者らと面接して事前評価したり、複数の保護司で対象者を担当したりする取り組みが広がっている。

 被告側は控訴した。

氏名 内田明日香(32)
逮捕 2023年11月24日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人、死体遺棄、住居侵入
事件概要  名古屋市北区の無職・内田明日香被告は2023年9月29日、中区のマンションの一室で、ブランドや貴金属の買取店を営む古物商の男性(当時42)の首を絞めて殺害。男性の遺体を毛布などで包んでクローゼットに隠した。そして男性の自宅から現金やブランド品を奪うとともに、11月17日ごろまでの約2カ月間で、男性経営の古物店などに繰り返し侵入し、現金約80万円と腕時計や指輪、高級ブランドのバッグなど約1,380点(時価計約7,430万円)を奪った。
 内田被告は2012年に男性の店舗へ客として行ったことで交流が始まり、不定期で買取店を手伝っていた。22歳で内田被告は結婚し、2人の子どもができたが、2023年3月頃に夫や子供と別居し、自暴自棄となって市内のホストクラブに通い始めた。7月にホストクラブ店員の男性(当時22)と知り合い、通い詰めるようになった。内田被告は男性をナンバーワンホストにしようと1千万円以上を使っていた。内田被告は被害者の男性から500万円以上借りていた。事件日はホストクラブの締め日で事前に来店を約束しており、殺害直後に奪ったブランド品など数百万円分を換金して使っていた。
 内田被告は貴金属などを複数の買い取り店で換金し、そのうち1000万円ほどをブランド品の購入にあてたほか、約4400万円をホストクラブで遊ぶ費用にあてた。その結果、男性は10月と11月に店のナンバーワンホストになっていた。
 事件後、内田被告は繰り返し男性の買取店に出入りし、休業を知らせる紙を扉に貼ったほか、同店の客には従業員を装ったり、男性の知人には交際女性のふりをしたりしていた。さらに男性の生存を装って親族とSNSでやりとりを重ねたが、不審を抱いた親族が11月20日に行方不明者届を提出。中署員が21日に遺体を見つけた。交友関係などの捜査で、同市中区で男性が営んでいたブランド品などの買い取り店で2014年ごろに働いていた内田被告を特定。愛知県警は24日、内田被告を死体遺棄容疑で逮捕した。
 12月10日、愛知県警は名古屋市中区のを、内田被告と一緒に死体をクローゼットに隠したとして、ホストクラブ店員の男性を体遺棄容疑で逮捕した。
 2024年2月8日、名古屋地裁の初公判で、内田明日香被告はホストクラブ店員の男性と共謀して死体遺棄を行ったことを認めた。
 2月27日、愛知県警は内田被告を強盗殺人容疑で再逮捕した。

 ホストクラブ店員の男性は無罪が確定している(備考欄参照)。
裁判所 名古屋地裁 入江恭子裁判長
求刑 無期懲役
判決 2025年3月6日 無期懲役
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年1月29日の初公判で、内田明日香被告は「死体遺棄は認めるが、強盗殺人は全面否定でお願いします」と述べ、弁護側は強盗殺人について無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、「内田被告は貢いでいたホストをNo.1にしたいと考えていたが、金策に困り犯行に及んだ。犯行前、母親に『男性を殺害して金を作るので迷惑をかける』などとメッセージを送っていた」などと指摘。内田被告は店主から300万円を借りた翌日、SMプレーを持ち掛け、拘束中に首をを5分ほど絞め続けて殺害したと指摘。貴金属を奪い、換金してホストに貢いだと説明した。そして、死亡してからも警察や消防に通報しなかったと述べた。
 弁護側は、メッセージを送ったのは2カ月前で、犯行のきっかけになったとは言えないと主張。そして「内田被告は、男性からの依頼を受けて定期的に性的行為をしていた。その対価として毎回、貴金属や現金100~200万円を受け取っていた。事件当日も男性から頼まれて首を絞めたが、殺意や死亡との因果関係はなかった。持ち出した金品の半分ほどは、被害者から生前にもらう約束をしていたもので、持ち去っただけ。残りは男性の占有を離れたものだとして、罪が成立するとしても占有離脱物横領罪にとどまり、強盗殺人にはあたらない」と主張した。
 2月4日の公判で、共犯として起訴され、すでに無罪が確定している男性が出廷。この裁判で検察側は改めて死体遺棄について男性の共謀を主張。弁護側も共謀したと訴え、両者に争いはないが、地裁が共謀の有無を争点として取り上げ、職権で男性への尋問を決めた。死亡後の10月4日に男性が内田被告と被害者宅を訪れた場面について質問が集中。男性は遺体が見つかった洋室について「見てもいないし入ってもいない」と答え、「被害者が亡くなっていたことも知らなかった」と話した。そして裁判長や検察側から「死体遺棄に関与したとされていますが」と問われると「知らないです」と改めて訴えた。
 2月9日の公判における被告人質問で内田被告は、以前から被害者とロープなどで体を縛る性行為をする代わりに金品を受け取っていたとして、死亡した日も「金がほしくて自分から誘った」と供述した。首を絞めた行為について「被害者にお願いされ、以前と同じように手やロープを使って繰り返し絞めた」と説明。被害者が動かなくなった後で通報しなかった理由は「自分が疑われるのが怖かった」とした。死体遺棄については、後日、ホストクラブ店員男性(無罪が確定)と被害者宅を訪れ「毛布に載せた遺体を2人で一緒に持ち上げて動かし、クローゼットに入れた」と話した。
 18日の論告で検察側は、検察は「被告は好きだったホストクラブの男性を売上1位にするために多額の金が必要だった。通っていたホストクラブの支払いに充てるための犯行。金品を奪う目的で強い殺意を持って被害者の首を絞めた」「ホストクラブの支払い、遊興費等欲しさから、被害者が自分にも好意的な感情を抱いていたことにつけ込み、財産を根こそぎ奪うために殺害した」などと指摘。ロープを事前に準備し、犯行後も周囲に被害者の生存を装い事件の発覚を遅らせたとして、「自己中心的で計画的、残忍かつ無慈悲な犯行。殺害後の行動も悪質である」と主張した。
 検察側はこの日の論告に先立ち、被告の死体遺棄罪について、男性店員と共謀したとする従来の起訴内容に、被告単独の犯行を予備的に加えた。
 同日の最終弁論で弁護側は、死体遺棄の罪については争わないとした上で、「遺体をクローゼットに隠すなど、極めて場当たり的で安易な行動で計画性はない」と主張。また「内田被告は男性との性的行為中に首を絞めたが、死亡との因果関係は不明であり、男性を殺害してまで金品を奪う目的はなかった」などと、金品の多くは被害者から生前に譲り受けていたものであり、強盗殺人の罪ではなく占有離脱物横領の罪だと主張した。また死体遺棄については、男性店員と一緒に行ったと主張した。
 最終意見陳述で内田明日香被告は「今回のことは深く反省し、私の心に刻んで生活していきたい。外に出たら仕事をして、遺族に被害弁済をしていきたい。本当に申し訳ありませんでした」と謝罪した。
 判決で入江裁判長は、遺体を解剖した医師の証言から、喉の骨が折れるほどの力で首を圧迫されたことによる窒息死の可能性が高いと判断。当時、男性宅で一緒に行動していたのが、内田被告だけだったことや、男性宅を出たすぐ後に貴金属を売却していてホストクラブで使っていた点からなどから、被告が金銭目的で、SMプレーを装って殺害に及んだと指摘し、強盗殺人罪の成立を認めた。死体遺棄については、2人が一緒に男性宅に滞在していた時間は短時間だったことなどから「(被告の供述は)不自然、不合理で到底信用できない」とし、元店員の関与はなく、被告が単独で行ったと認定した。そして「奪った金品はホストクラブなどに散財し、自分の欲望を満たすために殺害した動機は身勝手極まりない」などと述べた。
備考  東海テレビ放送(名古屋市)は、2023年11月24日~25日昼に東海地区のローカルニュースやフジテレビ系などの全国ニュースで、記者がSNSのアカウントのプロフィル画像から引用した無関係の別の女性の顔写真を内田明日香被告と誤って放送。写真が使われたとする人からの問い合わせで発覚し、25日夜に誤りを発表するとともに、ホームページに謝罪文を掲載した。

 内田明日香被告は、ホストクラブ店員の男性と一緒に遺体をクローゼットに隠したのは2023年10月4日だったと供述。その日の防犯カメラに、マンションに出入りする2人の姿が映っていたことから、愛知県警は死体遺棄を共謀したとして、男性を逮捕した。
 男性は、逮捕当初から無罪を主張。その日は「知人に部屋の掃除を頼まれているから、ついてきてほしい」と内田被告に言われただけで、遺体を見てすらいないと主張した。
 2024年2月6日、名古屋地裁の初公判で、男性は無罪を主張した。
 公判で弁護側は、内田被告の証言から遺体を移動させた時の再現を行い、家具の配置などから証言通りの移動がスペースが足りず物理的に不可能であり、内田被告の証言は信用できないと主張した。2025年1月31日、検察側は男性に懲役1年6月を求刑した。
 3月17日、名古屋地裁は男性に無罪を言い渡した。大村陽一裁判長は、男性が亡くなったとされる23年9月29日は、内田被告が部屋を出るまで死亡推定時刻から1時間以上あり、単独で遺棄した可能性も否定できないとした。さらに検察側が主張した10月4日に遺棄をするとしても、遺体の移動方法や共謀の経緯について、内田被告の供述が捜査段階から変遷しているとし、その信用性には合理的疑いが残るとした。また内田被告が供述する遺棄方法は、部屋の間取りなど客観的な証拠と整合しないと指摘。起訴内容を「認定することはできない」と判断した。名古屋地検は控訴せず、男性の無罪が確定した。弁護人は遺棄方法の実験について「本来は検察がやるべきこと」と批判した。男性が保釈を認められたのは、逮捕から326日後だった。
 しかし内田被告の起訴状では、内田被告は古物商男性を殺害後、男性とともに遺体を隠したなどとされている。男性を死体遺棄の共謀相手とした理由について、検察幹部は「証拠関係は事件ごとに違い、当然の対応だと考えている」と話した。刑事裁判では、同じ事件を二重に裁くことを禁じる「一事不再理」の原則があり、内田被告の裁判で共謀が認定されても、男性が有罪となることはない。

 被告側は控訴した。

氏名 斎藤淳(43)
逮捕 2022年12月25日
殺害人数 3名
罪状 殺人、非現住建造物等放火、銃刀法違反
事件概要   埼玉県飯能市の無職斎藤淳被告は2022年12月25日午前7時10分から25分ごろまでの間、近所に住む米国籍の夫(当時69)、日本人の妻(当時68)、東京都在住の会社員で帰省中だった長女(当時32)の頭や首などを斧で複数回殴るなどして殺害。同住宅の室内に灯油をまいて何らかの方法で火を放ち、1階リビングの天井などを焼損(面積計約22.8n2)させた。また、正当な理由がないのに斧2本を携帯した。
 被告は犯行後、自宅に戻った。近所の人から通報を受けた警察は、午前7時50分ごろから被告宅周辺に警察官を配置した。午後9時45分ごろに被告の姉を立会人として、被告宅を捜索。二階の自室にいた斎藤被告を夫への殺人未遂容疑で逮捕した。殺人容疑で送検。
 2023年1月16日、妻への殺人容疑で再逮捕。2月6日、長女への殺人容疑で再逮捕。8月10日には非現住建造物等放火と、現場で複数のおのを不法に所持していたとする銃刀法違反の両容疑で追送検。

 斎藤被告は大阪府内の大学を卒業後、映画製作に携わっていた。2007年から制作していた映画は撮影が終了していたが、その翌年、体調不良を理由に音信不通となった。
 2007年ごろから飯能市の実家に戻って1人暮らしをするようになり、母親から月9万~11万円の生活費の援助を受けていた。
 被害者夫婦は2016年3月に飯能市へ引っ越してきた。

 2021年8月中旬、夫婦の自家用車の一部が損傷していたことが発覚。被害を受け防犯カメラを設置した。それでも9月上旬、車に傷がつけられたため、夫婦は被害届を提出。9月下旬、車に被せてあったカバーが切られた。同10月、門扉や車に複数回にわたって投石された。同12月7日〜翌年1月4日、15回にわたって深夜の時間帯に夫婦宅に不審者が何かを投げる人物がいた。
 2022年1月6日、捜査員が夫婦宅付近を張り込んでいたところ、被告が何かを投げる姿を目撃、器物損壊容疑で現行犯逮捕した。その後、夫婦宅への器物損壊容疑でも2回再逮捕された斎藤被告は否認を貫き、さいたま地検は嫌疑不十分でいずれも不起訴としたため、斎藤被告は約2か月で釈放された。
 こうした経緯から斎藤被告のさらなる犯行を懸念した夫婦は、代理人の弁護士を通じて、被告の母親へ賠償金の支払いと斎藤被告の自宅からの退去を求めた。斎藤被告は賠償金の支払いを拒絶したものの、母親が無断で約126万円を被害者の口座に振り込んだ。斎藤被告がこの賠償金の返還を要求したものの被害者から拒否されていた。

 さいたま地検は2023年2月13日から8月4日まで2度の延長を挟み、刑事責任の有無を判断する鑑定留置を実施。さらに8月10日から12月15日まで、1度の延長を挟んで2度目の鑑定留置を実施。計10か月の鑑定留置の結果、刑事責任を問えると判断し、12月21日、斎藤被告を起訴した。
 起訴後も弁護側の申し立てで、さいたま地裁により約3カ月の精神鑑定が実施された。
裁判所 さいたま地裁 井下田英樹裁判長
求刑 死刑
判決 2026年3月16日 無期懲役
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年2月16日の初公判で、斎藤淳被告は罪状認否で知らないことです」と起訴事実を否認した。
 冒頭陳述で検察側は、斎藤被告は台車に斧などを積み込み、自宅から約60m離れた夫婦方を訪れた。被告に気づいた妻の悲鳴を聞き、外に出てきた夫を斧で襲った後、長女、妻の順に切りつけた。
 県警による捜索では、自宅自室のクローゼットから斧2本、1階のビニール袋からは被告の着衣などが見つかり、いずれも家族の血痕が確認された。
 斎藤被告は事件前の2022年1~2月、夫の車に対する器物損壊容疑で3回逮捕され、夫側の代理人弁護士から、自宅からの退去を求められていた。被告の母は同4月、損害賠償金として約127万円を支払ったが、被告は夫婦側に返金を要求。返金はなく、何らかの理由で抱いた報復感情をさらに増幅させたという。
 被告が殺人の犯行当時、精神疾患だったことに争いはないとした上で、半年以上前から凶器を準備したり、犯行直前に被害者の敷地内に設置された防犯カメラの配線を切断するなど「善悪の判断を判断する能力はあった」と完全責任能力を主張。犯行後、被告方のクローゼットなどから凶器とみられる斧や犯行時の着衣が発見され、「責任回避の行動をしている」とした。
 動機についての証拠はこれまでに得られておらず、被告人質問でも供述は得られないと説明。他責思考など被告の特性や報復感情を踏まえ、「態様の残虐性、結果の重大性に着目してほしい」と述べた。
 弁護側は冒頭陳述で「非常に重大な事件だ」とする一方、「斎藤さんは『犯人ではない』とはっきり言っている」として、犯人性で争うとした。被告が殺害に関与していたとしても、心神喪失状態で無罪だと主張する方針を示した。
 証拠調べで、遺体の傷の状況は写真ではなく、イラストで説明。家族を襲っている様子が映っているとされる防犯カメラ映像については静止画で、被害者や血痕を隠した形で示された。切り出されたのは、事件当日の午前6時36分~午前7時29分の映像。騒ぎに気付いた近隣住民が制止する声を無視して、被告が被害者を襲う様子などが示された。斧をたたきつける音や悲鳴は、検察官が声に出して再現した。
 検察は動機につながる証拠の一つとして、被告が事件前から記していたノート41冊と紙片、メモも提出した。欧米に対する反感や、「突発的、反射的な殺しでは意味がない」といった記述があったという。

 17日の第2回公判で証拠調べが行われ、検察側は述調書を読み上げた。事件前の被告の様子について、被告の母親は2か月に1回程度、被告と会っていたといい、「きちんと1人で生活できていた。精神的に病んでいると思ったことはない」とした。姉も「ただ職についていないだけで、変なところはないと感じていた」などとした。被害者夫婦の次女の供述調書も読み上げられた。
 事件現場を目撃した近隣住民が検察側の証人として出廷し、「男が無言で斧を振っていた」と証言した。男性は「やめろ、やめろ」と何回も叫び、犯人は一度だけ男性の方を見たが犯行を継続し、終始無言だったという。

 18日の第3回公判で、逮捕時に被告宅に踏み込んだ男性警察官が検察側の証人として出廷し、被告が抵抗した様子などを証言した。警察官は12月25日午後9時43分頃、夫に対する殺人未遂容疑の逮捕状を持ち、同僚らと被告宅の捜索を開始。被告の姉の立会いの下、預かった合鍵で玄関の鍵を開け、チェーンロックを切断して突入した。2階の被告の部屋前で、別の警察官が「出てくるように」と声をかけたが、反応はなかった。ドアを押し返して入室を防ごうとする被告とのやり取りは、30分間弱続いたという。警察官が室内に踏み込んだ後は、被告は抵抗せず、逮捕状が読み上げられている時は無言だった。室内には、ドアのレバーを固定するためのバールと、ドアに立てかけるための金属製のラックがあったという。

 19日の第4回公判で、被告人質問が行われた。弁護側から「斎藤さんはこの事件の犯人ですか?」と問われると「違います」とはっきり答えた。斎藤被告は「被害者と面識もない」などと語り、改めて無罪を主張した。被告は当日の行動について「25日午前2時頃就寝し、午後3時頃まで家で寝ていた」と説明した。
 弁護人は防犯カメラの映像写真を示し、「写真の人物は斎藤さんではないか?」との質問には「違います」「似てる人なんだと思います」などと話した。検察官に対しても「髪と目は似ている気がするが、全体的には似ていないと思います」と答えた。警察に逮捕、勾留された際には「身に覚えがなく、早く帰りたいと思っていた」と振り返った。
 被告宅から見つかった衣服の血痕についても、「誰かが家の中に入ってきて、服を置いていったのだと思います。私を犯人にしたいと思っている人がいる」と話した。
 被告がいた部屋のクローゼットからは凶器とされる斧が見つかったが、「なぜ斧が置かれていたかわからない」とした上で、そもそも斧は購入していないと主張した。
 被告が書いたとされるノートには「盗聴」や「鬼畜英米」などと書かれていた。「自分しか知らないことを見ず知らずの人がしゃべっていると思った」と盗聴されている感覚が今でもあるといい、「2010年くらいからアメリカやイギリスが嫌いになり始めた」と述べた。
 器物損壊事件で逮捕されたことや、被告の母が支払った賠償金について代理人が返還に応じていないことにつき、被告は3人に今も怒りが強まっているとした。そして「今でも示談金を返してもらいたい。釈放されたら示談金を持っている方に請求します」と述べた。

 20日の第5回公判で、精神鑑定に当たった専門家が出廷。起訴後に3度行われた鑑定留置の最終回を担当。被告が自宅に残していたノートの内容や面談、親族らへの聞き取りの結果から診断した。被告の精神状態について、妄想のような被害意識を被害者に対して抱き、報復感情を募らせる状態にあったと指摘した。そして「統合失調型パーソナリティー症」であったと指摘する一方、「法律が分からない精神状態ではない」と証言した。
 善悪の判断能力について尋ねた裁判員の質問に、一定の判断能力を認めた上で「(被害妄想からくる報復として)自身の(殺害)行為を正当化できたのでは。感情の動きが乏しく、罪悪感などが芽生えにくい」と疾患の影響を指摘した。

 2月26日の公判で、遺族3人が被害者参加制度を使って意見陳述した。
 妻の妹は事件当日、ランチをする予定を立てるメールを送ったが、返信が来ることはなかった。今でも泉さんと似た人を街中で見かけると目で追ってしまうといい、「ただただ3人を返してほしい。死刑にしてください」と訴えた。
 妻の弟は「被告と同じ法廷にいることはつらいことだが、被告が何を話すのか聞きたかった」との思いで参加。「命のある限り、振り返り、後悔してほしい」と話した。
 夫婦の次女は「事件当日にクリスマスパーティーをする予定で自宅に向かっていたが、メッセージを送っても返信がなかった。家に着くと規制線が張られ、警察官に『家族は無事ですか』と聞いても首を横にふるだけだった」と語った。「自分に何かできたのか考えて、寝れない夜もある」と胸の内を語った。「家族と会いたい。もっと一緒に時間を過ごしたかった」「今も時間は止まったままで生きるのも嫌になる。(被告が)死刑でなければ正義も司法制度も意味がない」と訴えた。

 同日の論告で検察側は、防犯カメラの映像や被告宅から発見された被害者のDNA型と一致する血痕が付いた斧や衣服の血痕などから「犯人である合理的疑いが残る余地はない」と説明。犯行の半年以上前から凶器を準備し、犯行時には防犯カメラの配線を切断したり、犯行後には自宅へ来た警察に対してドアをふさぐなど、「自身の行為が違法だと認識しており、目的達成のために合理的に行動していた。精神疾患が与えた影響は限定的だった」とし、責任能力があったと主張した。また動機について、過去に親子の車を傷つけるなどして逮捕されたトラブルなどに対する身勝手な報復感情から殺害に及んだとし、「到底、許されるものではない」と強調。報復感情は「うまくいかないのは他人のせいだ」と考える癖や、「西洋嫌い」といった価値観などから生まれたとし、精神障害の影響は限定的だとした。
 残虐性、執拗性を巡っては、暴行をやめるよう懇願した妻、長女を無視して斧を振り続けたとし、「凄惨で残虐極まりない」と述べた。
 被害者数については、「3人という数が刑を決める上で最も大事だ」と主張。犯行時間はわずか15分で、老後の穏やかな生活を楽しむはずだった夫妻、仕事での成功を望めた長女の未来を奪ったことは「取り返しがつかない」と強調した。
 そして「被害者は斧で数十回殴打され、無念さは察するに余りある。何の落ち度もない3人の尊い命が奪われ、取り返しのつかない極めて重大な結果だ」と述べ、被告が事件への関与を否定し続けていることなどから反省は一切認められないとし、「更生の可能性を見いだすことはできず、極刑を選択すべきだ」と結論づけた。

 同日の最終弁論で弁護側は、斎藤被告が防犯カメラの映像について「似ている人が写っている」と述べたことなどから「被告が事件の犯人なのか慎重に検討すべき」と犯人性を否定。また、仮に被告が犯人だったとしても、自宅に戻った被告が逮捕された際、被害者の血がついた肌着を身に着けていたことは、罪を隠す意識がなく、精神疾患の影響が強いためだと強調。罪を逃れたい気持ちがあれば、自宅ではなくより遠くに逃げるはずだとし、「逃避行動として不十分すぎる」などと訴えた。そして、「身の回りの状況を被害的に認識する傾向にある」とする精神鑑定の結果を基に、「現実の出来事と妄想が混同し、報復感情が強まった。精神疾患の圧倒的な影響があり、心神喪失状態だった」とし、無罪を求めた。

 最終意見陳述で斎藤淳被告は、「殺人事件の犯人と器物損壊事件の犯人は別人ではないかと思いました」などと述べた。

 判決で井下田英樹裁判長は、斎藤被告の自宅から被害者のDND型と一致する血痕が付いた衣服や斧が発見されていることなどから、3人殺害は「合理的な疑いを超えて認定できる」と結論付けた。また凶器の斧を準備したり、防犯カメラ対策でマスクを着用したりと計画的かつ合理的な行動をしており、被告には犯行が違法との認識があったとするとともに、計画を実行する能力を有していたとして、善悪判断の能力が完全に失われた「心神喪失状態だった」との弁護側の主張は退けた。
 動機について、前年に被害者宅の車が傷つけられた事件を巡り、被告が器物損壊容疑で逮捕され、損害賠償を請求された影響を検討。斎藤被告は自分が被害者から攻撃されているとの妄想と怒りを抱き、器物損壊事件に対する怒りが合わさって強い殺意を抱くようになったなどとした。そして犯行について、「残忍で無慈悲であり、無抵抗になった後も執拗に攻撃を続けた犯行態様は極めて悪質」と強調。落ち度のない3人の命を奪ったのは極めて重大で、「本来であれば極刑の選択も十分にあり得る事案だ」と指摘した。その上で、被告は当時、統合失調型障害を抱えており、「犯行を思いとどまることに支障があった疑いがある」と指摘。事件当時は心神神耗弱状態だったと認め、刑法の規定により無期懲役が相当とした。
備考  検察・被告側は控訴した。

氏名 大橋昭仁(37)
逮捕 2023年9月17日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人
事件概要  横浜市のラーメン店従業員大橋昭仁被告は2023年9月15日午後4時48分頃から同日午後5時10分頃までの、横浜市港区にあり自らが務めるラーメン店で、店長である親族の男性(当時33)の胸部を包丁で複数回突き刺すなどして殺害し、現金約21万円などを奪った。大橋被告は店に「臨時休業」と掲示し、逃亡した。
 店長がラーメン店を構えたのは2015年。実家の製麺所から買い付けた麺と、こだわりの豚骨醤油スープの″家系″ラーメンには固定客もついていた。大橋被告は18歳ごろに有名ラーメン店に就職。すぐに挫折し、その後は職を転々とした。やがてパチンコやギャンブルに手を出した。借金を重ね、自己破産した。父親が見かねて大橋被告にラーメン店を持たせたのだが、すぐに潰れてしまった。2016年9月から大橋被告は、店長のラーメン店で働いていた。昼番を店長が、夜番を大橋被告が務めていた。
 15日夜7時過ぎ、ラーメン店を訪れた母親が遺体を発見、通報した。防犯カメラなどの捜査で、大橋被告が名古屋市のビジネスホテルにいるところを捜査員が発見し、17日に港南署に任意同行。容疑を認めたため、殺人容疑で逮捕した。
 4か月にわたる鑑定留置の結果、横浜地検は責任能力を問えると判断。2024年2月9日、強盗殺人罪で大橋被告を起訴した。
裁判所 東京高裁 鈴木巧裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年3月27日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点  判決で鈴木巧裁判長は「犯行前後の行動から、被告が逃走資金として店舗内の現金を持ち去ることを計画していたと考えるのが自然で合理的だとした一審の判断に誤りはない。刑が重すぎて不当とはいえない」と述べた。
備考  2025年9月24日、横浜地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。

氏名 柳本智也(30)
逮捕 2022年7月22日
殺害人数 0名
罪状 強姦致傷、強制性交致傷、強制性交、強制わいせつ他
事件概要  吹田市の病院職員、柳本智也被告は大学四年生だった2016年3月から2022年5月、大阪府内で事前に女児の後をつけ、家族の不在時間などを調べ、女児が帰宅した際に押し入り、カッターナイフで「殺すぞ」と脅すなどしてわいせつ行為をするなど計10人(当時8~12)に性的暴行を繰り返した。
 大阪府警は2022年7月22日、強制性交等や強制わいせつなどの容疑で柳本智也被告を逮捕した。以後、順次逮捕、送検した。
裁判所 大阪高裁 坪井祐子裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年5月11日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点  2026年2月2日の控訴審初公判で、柳本被告側は一審判決のあとに被害者のうち3人に計930万円の賠償金を支払ったとし、また「宥恕(犯罪の被害者などが、犯人の行為を許してやる感情をあらわすこと)」の交渉をしたものの断られたことを明かした。そして柳本被告は法廷で「私のしてしまった行為は到底許されない行為です。カウンセリングを受けて歪んだ考え方だったのが身に染みて感じています。被害者様には本当に申し訳なく思っています」と話した。弁護側は法令適用の誤りや量刑不当を主張し、「懲役20年程度の有期刑が相当」と減軽を求めた。
 検察官は被害者の母親の意見として「控訴を聞いて絶望した。一生刑務所がいい。一生許されません」などと読み上げ、裁判は即日結審した。
 判決で坪井祐子裁判長は「被告が認知行動療法(性加害の再犯などを防止するためのカウンセリングなどによる治療法)を受ける意思を持っていて再犯危険性を減少させるなどとも主張するが、考慮するにも限度があり、それほど重視できるものではない」などと指摘。また賠償金の支払いについても、「一審である程度、織り込み済みの材料」と述べ、計画性があり、重い内容の性的加害も多数あるとして「厳しい評価をせざるを得ない」と指摘した。そして「本件事件が無期懲役相当の厳しい評価に値し、(量刑は)一審判決当時はすでに計210万円を支払っていたことを踏まえ弁償などで左右されないとした一審の裁判員判決には、一般国民の常識が反映されており、尊重すべきだ」とした。
備考  2025年2月18日、大阪地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏名 松崎義高(60)
逮捕 2014年10月1日
殺害人数 1名
罪状 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、殺人未遂、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反(組織的な殺人未遂)、窃盗、現住建造物等放火、非現住建造物等放火、傷害
事件概要  特定危険指定暴力団「工藤会」系組幹部で、同会最大の2次団体・田中組ナンバー2の若頭である田口義高(旧姓)被告は、他の被告と共謀して以下の事件を起こした。
  • 〈清水建設社員銃撃事件〉
     2011年2月9日午後7時12分頃、北九州市小倉北区の清水建設工事現場事務所2階事務所に押し入り、男性社員(当時50)に拳銃を3発撃ち、1発を下腹部に命中させる重傷を負わせた。 田口被告は実行犯を担った。
     暴力団排除に取り組む建設会社を威圧し、上納金の減収を避けることが理由。
  • 〈建設会社会長殺人事件〉
     2011年11月26日午後9時過ぎ、北九州市小倉北区で、型枠工事会社会長の男性(当時72)の自宅前路上で拳銃を2発撃ち、うち1発を首に命中させて失血死させた。田口被告は現場指示を担った。
     会長は同市周辺の型枠工事業者で作る団体の会長を務めるとともに、暴力団排除活動をしていた。
  • 〈元警部銃撃事件〉
     2012年4月19日午前7時6分頃、北九州市小倉南区の路上で、バイクの男が福岡県警元警部の男性(当時61)に殺意を持って拳銃を2発撃ち、男性の左腰、左大腿部に命中させて約1か月の重傷を負わせた。田口被告は原動機付自転車1第(時価約5,000円相当)窃取及び、現場指示を担った。
     男性は暴力団捜査に約30年間従事しており、工藤会専従の「北九州地区暴力団犯罪捜査課」で特捜班長も務めた。野村被告は男性が自身を批判する発言を聞くなど、確執があった。田上被告は不在時に男性の死期で自宅の捜査を受けたことに立腹していた。工藤会に敵対的だった元警部に対する報復及び警察組織に対する威嚇、権勢が動機とされるが、直接の動機は不明。
     男性は事件の前年に県警を定年退職していたが、退職後、自宅周辺で不審な車が目撃されていたことから県警の「保護対象者」になっていた。当日は、再就職していた市内の病院への通勤途中だった。
  • 〈標章ビル放火事件〉
     2012年8月14日午前4時26分頃、北九州市小倉北区の6階建て飲食店ビルAの3階に停止していたエレベータかごに灯油をまいた後発煙筒を投げ込んで放火し、エレベータかごが全焼、エレベータ前床面の一部を焼損させた。またシャッターや標章に赤スプレーを吹き付けた。ビル内には当時、居住していたビル所有者やその家族、飲食店党の従業員等10名がおり、そのうち飲食店店長らが4人が煙を吸うなどして軽症を負った。(現住建造物等放火)
     さらに午前4時30分頃、約120m離れた別の6階建て飲食店ビルBの3階に停止していたエレベータかごに灯油をまいた後発煙筒を投げ込んで放火し、エレベータかごが全焼した。またシャッターや標章に赤スプレーを吹き付けた。ビル内には誰もいなかった。
     田口被告は自動二輪車1台(時価約10万円相当)の窃取、及び2件の現場指示を担った。
     被害総額は2つ併せて約5,500万円に上る。福岡県暴力団排除条例の改正に基づき、福岡県が2012年8月から始めた繁華街からの暴力団排除を目的に、暴力団排除特別強化地域で営業する飲食店等に「暴力団員立入禁止」等と記載知れた所定の標章を店に掲示していた。動機は、表彰制度等に反発した田中組による、反暴力団活動への見せしめである。なお、中西被告は灯油とガソリンの混合油を準備するよう指示していたが、U被告は危険と感じて独断で灯油だけを準備した。
  • 〈飲食店経営者女性他刺傷事件〉
     2012年9月7日午前0時58分、北九州市小倉北区のマンション敷地内駐車場で、男がタクシーで帰宅したスナック経営の女性(当時35)に殺意を持って持っていた刃物で複数回切りつけ、女性の左顔面を切りつけ、臀部を1回突き刺して約4か月の重傷を負わせた。さらに男は、女性を助けようとしたタクシー運転手の男性(当時40)を殺意を持って切り付け、首や左手などに重傷を負わせた。中西被告は行動確認を担った。
     女性は2006年ごろに別のスナックを経営を始めたところ、田中組組長であった菊地被告から要求を受け、みかじめ料として月5万円を支払ったり、菊地被告に誕生日プレゼントなどを渡していた。2010年2月から飲食店ビルBの3Fで別のスナックの経営を始めるにあたり、知人である別の工藤会系暴力団の組員に組員を一切入れないよう依頼し、みかじめ料を支払った。そして田中組にはみかじめ料の支払いを止め、田中組組員の来店を断った。また菊地被告が直接来た時も退席を促すような接客をさせた。
     被害者の女性は、標章ビル放火事件で標章などに赤スプレーを吹き付けられている。
  • 〈飲食店経営会社役員男性刺傷事件〉
     2012年9月26日午前0時38分、北九州市小倉北区のマンション敷地内で、帰宅した飲食店経営会社役員の男性(当時54)の腰などを刃物で3回刺し、左臀部や右大腿部に重傷を負わせた。田口被告は現場指示を担った。
     男性は福岡県暴力団排除条例の改正に基づき、福岡県が2012年8月から始めた繁華街からの暴力団排除を目的に、暴力団排除特別強化地域で営業する飲食店等に「暴力団員立入禁止」等と記載知れた所定の標章を店に掲示していた。男性の兄は暴力団追放運動を実施していた会の副会長であり、標章制度を推進する活動を行っていた。男性は転居し、店から標章を外した。
  • 〈看護師刺傷事件〉
     2013年1月28日午後7時4分頃、福岡市博多区の歩道で、黒いニット帽にサングラスをかけた男が、北九州市小倉北区の美容整形医院から帰宅中だった看護師の女性(当時45)を後方から殺意を持って刃物で数回切り付け、顔などに重傷を負わせた。田口被告は被害者事前確認に関与した。
     被害者が勤務していた美容整形医院で下腹部の手術を受けた野村被告が、術後の経過や被害者の対応に不満や怒りを抱いての犯行。
 2014年5月27日、別件の詐欺罪などで公判中の田口被告を恐喝容疑で逮捕。10月1日、看護師刺傷事件の組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)容疑で逮捕。2015年5月22日、歯科医師刺傷事件の組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)容疑で逮捕。2015年7月6日、元警部銃撃事件の組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)容疑で再逮捕。11月25日、標章ビル放火事件の現住建造物等放火他容疑で再逮捕。2016年6月3日、飲食店経営会社役員男性刺傷事件の殺人未遂他容疑で再逮捕。2017年1月19日、建設会社会長殺人事件の殺人他容疑で再逮捕。2017年6月2日、飲食店経営者女性他刺傷事件の組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)容疑で再逮捕。9月8日、清水建設社員銃撃事件で再逮捕。
裁判所 最高裁第三小法廷 渡辺恵理子裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年6月15日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点  第三小法廷は、上告理由には当たらないとした。
備考  工藤会の組員が関係した事件のうち、福岡県警が2014年9月11日に開始した「頂上作戦」以後、主に死刑や無期懲役判決を受けた受刑者、被告人(一部例外除く)が関与した事件の一覧ならびに判決結果については、【工藤會関与事件】を参照のこと。

 2023年8月29日、福岡地裁で求刑通り一審無期懲役判決。2025年3月19日、福岡高裁で被告側控訴棄却。

氏名 市橋由衣(29)
逮捕 2024年2月6日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人、死体遺棄、住居侵入、窃盗、電子計算機使用詐欺被
事件概要  愛知県北名古屋市の風俗店店員・市橋由衣被告は、ホストクラブで遊ぶ金が欲しくて、勤務先の風俗店の客だった愛知県豊川市の会社員・加藤徹被告と共謀。2024年1月15日午後6時半ごろ、愛知県あま市に住む不動産会社社長の男性(当時55)方に窓ガラスを割るなどして侵入して金品を物色中、帰宅した男性に見つかったため、男性の首を延長コードで絞めて殺害。キャッシュカード3枚などを盗み、翌16日午前5時40~50分ごろ、近江八幡市内の琵琶湖に遺体を遺棄した。さらにキャッシュカードなどから、あわせて400万円を引き出した。
 市橋被告と加藤被告の出会いは2020年12月。市橋被告が働いていた風俗店に客として訪れ、翌年5月からは店外でも会うようになった。加藤被告は交際していると認識してきたが、市橋被告からは親の借金や奨学金返済を理由に、何度もお金を要求された。渡した総額は1,200万円ほどに上るという。加藤被告は自動車部品製造の仕事だけでは足らず、多いときには副業を四つ掛け持ちした。勤務時間は月400時間を超えていた。
 1月16日午後9時30分頃、近江八幡市牧町の琵琶湖岸でうつぶせの状態で男性の遺体が水面に浮いているところを釣り客に発見された。
 捜査本部は2月6日、1月15日午後8時40~45分頃、名古屋市東区のコンビニエンスストアで、男性の会社名義のキャッシュカードを使い、現金自動預け払い機から3回にわたって計50万円を引き出して盗んだとして、コンビニなどの防犯カメラに映っていた市橋被告と加藤被告を窃盗容疑で逮捕した。2月27日、二人を強盗殺人と死体遺棄、住居侵入容疑で再逮捕。さらに二人が1月15日~2月6日、男性の会社名義のキャッシュカードを使い、会社の口座から複数回にわたり計350万円を引き出して盗んだとして追送検した。
裁判所 大津地裁 畑口泰成裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年6月16日 無期懲役
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年6月8日の初公判で、市橋由衣被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。
 検察側は冒頭陳述で「市橋被告はホストクラブで遊ぶために多額の借金を抱え、風俗店の客だった男性からも多額の借金があり、2,400万円を返済するよう求められていた」「ホストクラブで遊ぶために借金を重ねて金に困り、男性から金を奪い取ろうとした」と動機を指摘した。そして別の知人に借りていた金の返済にも困り、加藤被告に犯行を持ちかけて家に押し入った上、殺害を指示しており「計画性があり悪質」とした。
 弁護側は、市橋被告は学費の問題で大学を中退。風俗店で働く中、息抜きで通いはじめたホストクラブにのめり込み、依存症のようになっていたと説明した。そして「(市橋被告は)最終的に自分のしたことを認め、振り返り反省もしている。まだ20代で更生の可能性がある。本人の話をきいて刑を決めてほしい」などとして、量刑について争うと述べた。
 9日の第2回公判で加藤徹被告の証人尋問が行われた。市橋被告に好意を抱き、ともに犯行に至った経緯を語った。
 そして事件前日の1月14日、市橋被告から呼び出された。「今日中に150万円返さないとどうなるか」。次第に、被害者の男性を襲う強盗の計画に進んでいった。ためらったが、「どうせできないんでしょ」とあおられ、投げやりな気持ちで犯行に加わったと証言した。
 殺害後には、加藤被告が1人で遺体を愛知県から車に載せて琵琶湖まで運んだ。市橋被告からは「私のことを守ってくれるんだよね。一人でしたことにしてくれるんだよね」、もし加藤被告だけが捕まったら「結婚しないで待っててあげる」などと言われたと明かした。しかし逮捕後、市橋被告の捜査段階における供述調書で、加藤被告への好意がなかったこと、ホストクラブで遊ぶために借金を重ねていたことを初めて知った。
 検察から市橋被告への思いを尋ねられると「(今も好意は)あります。変わっていません」と迷いなく答えた。事件には「取り返しのつかないことをした。償っていかなければ。由衣も同じように償っていかないといけない」と述べた。
 10日に行われた第3回公判における被告人質問の中で、市橋被告はホストクラブについて「お金は大変だったけど、依存症みたいになっていた」と話した。また、ホスト通いでお金が必要になった際は「働いていた店のお客さんに店外をして(店の外で会って)、お金をもらっていた」とも証言した。
 11日の公判で論告に先立ち、畑口裁判長は「失われた命は戻らない。自分のしたことに向き合い、責任の重さを受け止めてほしい」などと記された男性の娘の陳述書を代読した。
 検察側は論告で、「市橋被告はホストで豪遊した結果、知人への借金返済が遅れたことが"推し"のホストが所属するホストクラブ経営者に発覚しそうになり、金品をとろうと計画した」と動機を説明。男性を金鎚などで殴ってひもで首を絞めた上、とどめを刺すために延長コードでも首を絞めており「殺意は強固だった」と指摘。被告が犯行の発覚を防ぐため、被害者の遺体をびわ湖に遺棄したことや、盗んだキャッシュカードで現金の引き出しを繰り返し、得た金銭を借金返済やホストクラブでの豪遊にあてたことを指摘し、「被害者に対する憐憫の情や、人としての畏敬の念は微塵もない」、「何の落ち度もない被害者の生命が無残に奪われ、被害弁償も一切なされていない。犯行に至る経緯や犯行動機は自己中心的かつ利欲的で極めて身勝手。計画性も認められる」とした。
 同日の最終弁論で弁護側は、犯行前日、被害者が家にいたため強盗を思い留まったことなどから「はじめから被害者の命がどうでもいいと思っていたわけではない」と主張。「被告は社会経験が乏しく、短絡的に起こした犯行。まだ若年で改善の可能性がある。社会復帰の道を残すことが重要」と説明。当時はホスト依存症のような状態だったことも考慮し、懲役20年が相当と訴えた。
 市橋被告は最終意見陳述で、「娘さんの言葉を忘れず、反省していきたい」と述べた。
 判決で畑口泰成裁判長は、市橋被告がホストクラブの遊興で多額の借金を重ね、返済に困って加藤被告に犯行計画を持ち掛けたと認定。「一度は犯行を断念したものの2日にわたって犯行に及び、金へ執着していた」と指摘。また遺体の遺棄は共犯の加藤被告にさせたとし「自身の手を汚さない行動でひきょうだ」と批判した。1度首を絞め、まだ息があった社長の首を再度絞めて殺した点は「強い殺意が明らかだ」とした。そして「返すあてもなく借金を重ね、返済できない事態に陥ったのは自業自得と言わざるを得ない」「命を軽視し、結果は重大。自己中心的な動機は厳しく批判されるべきだ」と非難した。
備考  被告側は控訴した。

氏名 佐藤廣明(78)
逮捕 2023年8月21日(公務執行妨害他の現行犯)
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人、強盗致傷、強盗、監禁、道路交通法違反(無免許運転)、公務執行妨害、窃盗、詐欺
事件概要  本籍岩手県盛岡市、住所不定無職の佐藤廣明被告は2023年8月14日の午前11時ごろから翌日午前9時半ごろまでの間に、滝沢市のアパートの自室にいた男性(当時72)に暴行を加え、タオルのようなもので首を締めて殺害し、通帳と印鑑を奪った。
 佐藤被告は年金受給日である15日、奪った通帳とはんこを持って盛岡市内の銀行窓口へ向かい、同性である被害者のいとこを装って金を下ろそうとしたが、本人の意思が確認できないことを理由に銀行員に断られた。
 男性は一人暮らしで8月6日ごろに引っ越したばかりであった。その後、盛岡市の児童公園で佐藤被告と知り合い、一緒に酒を飲むようになった。そのうち、佐藤被告は男性の部屋に滞在するようになった。
 24日午後6時40分ごろ、アパートを訪れた家族が居間で男性の遺体を発見し110番通報した。
 さらに佐藤被告は15日午後4時半ごろ、盛岡市の岩手県営運動公園で、散歩に訪れていた面識のない男性(当時81)に「熱中症になってしまったので、車で家に送ってほしい」とうその依頼をし、約20km離れた雫石町の岩手山神社まで軽乗用車を運転させた。午後6時~6時半ごろ、神社敷地内に駐車中の車内の中で男性の首にタオル状の物をかけて後ろに引っ張った後、車外で男性に馬乗りになって首を手で絞め、顔を拳で数回殴って打撲などのけがを負わせ車を奪った。
 佐藤被告は8月17日ごろに秋田県鹿角市と青森市内の会社の敷地内から車のナンバープレート計5枚を盗み、1枚を軽乗用車に付け替えた。18日、軽乗用車で青森県鰺ヶ沢町内の自動車関連会社を訪れ、修理を依頼。その際に別のスポーツタイプ多目的車(SUV)1台(30万円相当)を借りたが、返さずにそのまま逃走し、同県東北町内に乗り捨てた。青森県警が軽乗用車を調べたところ、所有者が雫石町の事件の男性のものと判明したため岩手県警に連絡し、雫石町の事件が発覚。佐藤被告が事件に関与した疑いが強まったため、19日、岩手県警は指名手配した。21日午前、佐藤被告が青森にいる可能性があると岩手県警から連絡を受けた青森県警は捜索していた。
 佐藤被告は8月21日午前10時ごろ、青森県内で面識のない40歳代の女性が運転していた軽乗用車に乗り込み、女性を脅しての女性を車内に監禁した上で車と現金数万円を奪い、そのまま無免許で逃走。青森県警は午後3時15分頃に十和田市内で佐藤被告が乗る軽乗用車を発見、パトカーやヘリで追跡した。同3時半頃、佐藤被告は女性を解放。佐藤被告は青森県内で一般車両2台と衝突する事故を起こした。午後4時35分頃、佐藤被告は検問中のパトカーと捜査車両に衝突させ衝突させた。佐藤被告は公務執行妨害容疑で青森県警に現行犯逮捕された。S衝突した際に肝臓を損傷したことが分かり、22日に釈放され同市内の病院に入院。28日に退院した。
 岩手県警などは28日、雫石町の事件における強盗殺人未遂容疑で再逮捕。盛岡地検は9月15日、佐藤被告を強盗致傷罪で起訴した。
 岩手県警は9月20日、自動車関連会社から車を借りて返さなかった横領の罪で佐藤被告を再逮捕。盛岡地検は10月10日、詐欺罪に切り替えて盛岡地裁に追起訴した。
 岩手県警は10月10日、青森県内の女性への強盗、監禁容疑で佐藤被告を再逮捕した。11月9日、滝沢市の事件における強盗殺人容疑で佐藤被告を再逮捕した。
 盛岡地検は強盗殺人罪で11月29日に、ナンバープレートを盗んだ窃盗罪で12月28日付けで、公務執行妨害と道路交通法違反は2024年1月30日付けで追起訴した。
裁判所 最高裁第三小法廷 平木正洋裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年6月26日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点  
備考 「藤」の旧字体は右下部分の点々がハの字型になったもの。「廣」の旧字体はまだれに「黄」。

 2024年7月29日、盛岡地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。2025年3月6日、仙台高裁で被告側控訴棄却。

氏名 尾上輝斗(26)
逮捕 2025年9月6日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人
事件概要  兵庫県福崎町の会社員・尾上輝斗(きらと)被告は2025年9月4日午後7時45分~同9時、近所に1人で住む祖母(当時76)の自宅で、祖母の後頭部を金槌で複数回殴打した後、首を絞めるなどして殺害した。
 尾上被告は交流サイト(SNS)を通じて投資に勧誘され、祖母から約1,100万円を借りるも投資詐欺でだまし取られており、他にも借金があった。
 5日午前7時すぎ、祖母が自宅の階段で仰向けに倒れているのを尾上被告の父が見つけ、消防に通報し事件が発覚。
 兵庫県警は尾上被告から事情を聴いていたが自供したため、6日、殺人容疑で逮捕した。
 26日、神戸地検姫路支部は借金返済を免れる意図があったと判断し、強盗殺人罪で起訴した。
裁判所 神戸地裁姫路支部 馬場嘉郎判長
求刑 無期拘禁刑
判決 2026年7月7日 無期拘禁刑
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年6月25日の初公判で、尾上輝斗被告は「殺害したことに関しては間違いない」としつつ、「目的は事実と異なる」として、返済逃れを目的としたとの検察側の主張は否認した。
 検察側は冒頭陳述で、被告は2025年5~6月、SNS上の投資話を信じて祖母から約1,100万円借金し、返済に行き詰まったと説明。さらに「事件当時、祖母や消費者金融などから計約2,200万円の借金をしていた」と指摘。「勤務先から金づちを持ち出していたほか、階段から落ちて事故死したように見せかけた」と指摘した。
 弁護側は、祖母に返済を待つよう頼んだが断られて言い争いになり、感情が爆発して、衝動的に殺害したと主張。「殺人罪が成立し、強盗殺人罪は成立しない」と反論した。
 29日の論告求刑で検察側は、被告には祖母が貸した分も含め負債が約2,200万円あり、返済が困難な状態にあったと指摘。殺害方法をネットで検索して凶器を準備した上、血痕を拭き取り、遺体を階段下に移動させて事故死を装ったことなどから、犯行に計画性があるとした。首を5分以上絞め続けるなど「強固な殺意に基づく執拗かつ残虐な犯行」と述べた。
 最終弁論で弁護側は、検察側が示したネット検索について閲覧時間が短く、検索した殺害方法も具体性に欠け、計画性の裏付けにならないと主張した。犯行時、祖母への返済用の現金5万円を所持していたことから、男に借金返済を免れる意図はなく、返済猶予を断られたことで衝動的に殺害に及んだ「突発的な犯行だった」として強盗殺人罪は成立せず、拘禁18年が相当と主張した。
 馬場嘉郎裁判長は判決理由で「事前に凶器を準備するなど計画性が認められる」として、弁護側の「衝動的な犯行」という主張を退けた。さらに「被告は祖母に借金していることを口止めをしており、殺害すれば返済を免れられる状況だった」と、強盗殺人罪を認定。そして「強固な殺意を持って非力な弱者に一方的に行われた犯行。長年愛情を持って接してきた被告人から命を奪われた無念さは大きい」と指摘。被告が事故死に見せかけようとしたことなどに触れ「犯行が計画性に基づいていることは明らかで、相当に悪質」と非難した。 
備考  無期拘禁刑の求刑ならびに判決は初めて。

氏名 曽我春暉(28)
逮捕 2023年12月26日(現行犯逮捕)
殺害人数 2名
罪状 殺人
事件概要  風俗店経営・曽我春暉被告は2023年12月25~26日の間、名古屋市中区のマンションで同居していた女性(当時30)を浴槽に沈めて溺死させた。さらに26日、同市中村区のカラオケ店で別の女性(当時20)包丁で複数回刺し、失血死させた。
 曽我被告は事件後の午前11時20分ごろ、「人を殺した」」と自ら110番通報。愛知県警は殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。さらに曽我被告は「同居女性を風呂に沈めた」とも話したため、マンションを調べると女性の遺体を発見した。
 曽我被告は以前女性向け風俗店で勤務し、被害者2人とは客として知り合った。
 2024年1月15日、同居女性への殺人容疑で再逮捕。
 名古屋地検は曽我被告に鑑定留置を実施。6月7日、曽我被告を殺人罪で起訴した。
裁判所 名古屋地裁 石川貴司裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年7月10日 無期懲役
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年6月15日の初公判で、曽我春暉被告は「言い分はありません」と起訴事実を認めた。しかし殺害方法や動機は「覚えていない」と供述した。
 検察側は冒頭陳述で、曽我被告が事件の半年前に風俗店の経営を始めたがうまくいかず、将来への不安を周囲に話すようになり、自殺方法を調べていたと説明。「被告が自暴自棄になり、風俗店の客として親密になった女性2人を殺害した」と指摘。また検察側は、起訴前に被告を鑑定留置して精神状態を調べ、完全刑事責任能力があると指摘した。
 弁護側は、被告はカラオケ店で「人を殺してしまった」と110番し、同居する女性の殺害も警察に説明したことから事件が発覚。弁護側は被告に自首が成立すると主張した。さらに、うつ病を患った被告は善悪の判断や行動を制御する能力が低下していたと主張した。  22日の公判で、裁判所からの委嘱で2025年に被告を鑑定した精神科医が出廷。「鑑定時点でも犯行の記憶はなく、動機は明確ではなかった」と述べた。そして当時の精神状態を「抑うつ状態で、死にたいという気持ちがあった。それが引き金となり拡大自殺に向かったと想定できる」と分析。「妄想や幻覚の影響はなく犯行は被告自身の意思だった」とも述べた。
 26日の論告で、検察側は「殺害後に自分で110番するなど善悪の判断ができており、警察官にも的確に状況を説明していた」と指摘し、完全責任能力があったと主張。「自らの死を願っていた被告が、自分より非力な女性を巻き添えにした極めて残忍な犯行」と指摘。「うつ病が一定の影響を及ぼしたとしても限定的」「真摯な改心があるとは言えない」などとして、無期懲役を求刑した。
 弁護側は最終弁論で、「被害者に恨みはなく、うつ病の影響で行動を制御する力が著しく低下した心神耗弱状態だった」「自首が成立する」などとして懲役24年が相当と主張した。
 最終意見陳述で曽我被告は「どんな刑でも償いきれない。被害者2人と遺族に申し訳なく思う」と述べた。
 判決で石川裁判長は、女性用風俗店の経営や接客でストレスを抱えてうつ病を発症し、他人を巻き添えにする「拡大自殺」を考えていたと指摘。そして精神鑑定の結果などを踏まえ、事前に包丁を購入するなど計画的に行動していたことから責任能力があったと認定した上で、「密室で二人きりになれる相手を選んで殺害し、悪質で残忍。2人の命が奪われた結果は重大。生涯をかけて自身の罪の重さを自覚して償うのが相当」と述べた。
 判決後、石川裁判長は、被告に対し「事件の日を境に被害者の時間を止めたことを生涯忘れず、一生をかけて償いをしてほしい」と説諭した。
備考  被告側は控訴した。

氏名 渡邊宏(70)
逮捕 2022年1月28日
殺害人数 1名
罪状 殺人、殺人未遂、傷害、銃刀法違反
事件概要  埼玉県ふじみ野市の無職、渡邊宏被告は2022年1月27日、前日に死亡した母親(当時92)の線香をあげに来てほしいと、母親の診療を担当した医師の男性ら医療関係者7人を午後9時に呼び出し、母親の心肺蘇生を要望。断られたため、午後9時15分ごろ、自宅で散弾銃を撃ち、医師の男性(当時44)を殺害。一緒にいた理学療法士の男性(当時41)にも発砲して重傷を負わせたほか、銃を奪おうとした医療相談員の男性(当時32)に催涙スプレーをかけ、目にけがを負わせた。この男性は散弾銃を奪い持ち去り、さらに119番通報した。
 また、外に避難した別の医療相談員の男性(当時42)に向けて別の散弾銃を撃ち、殺害しようとした。男性に銃弾は当たらず、怪我はなかった。
 渡邊宏被告は医師の男性を人質にし、散弾銃を持って自宅に立てこもった。埼玉県警は渡邊被告と固定電話でやり取りを重ねたが、応答が無くなったため、約11時間後の翌28日午前8時頃、埼玉県警が突入し渡邊被告を緊急逮捕した。医師の男性は意識不明の状態で救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。即死状態だった。
 渡邊被告は1人で母親を介護。2021年1月中旬ごろから約1年間、殺害した男性医師のクリニックの在宅医療に意見が合わず、地元医師会に約15回の相談を繰り返していた。母親は26日に死亡し、男性が死亡確認をしていた。2丁の散弾銃は、いずれも警察に届出済みだった。男性は高齢者を中心とした在宅医療に取り組んでおり、亡くなる前は約300人の患者を担当していた。
 埼玉県警は29日、渡邊被告を殺人容疑で送検した。2月18日、理学療法士の男性への殺人未遂容疑で再逮捕。
 さいたま地検は3月から鑑定留置を始め、6月2日に終了。6月10日、医療相談員の男性2人への殺人未遂、傷害の容疑で再逮捕。さいたま地検は7月1日、殺人罪などで起訴した。
裁判所 最高裁第三小法廷 林道晴裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年7月14日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点  
備考  2023年12月12日、さいたま地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。2025年3月11日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏名 小倉一夫(73)
逮捕 2023年7月11日
殺害人数 1名
罪状 強盗殺人、住居侵入、窃盗
事件概要  長野県上田市の無職の小倉一夫被告は2023年6月1日午後7時45分頃、上越市に住む自動車修理業の男性(当時62)宅の玄関で、男性の頭部をハンマーで複数回殴って殺害し、男性の車から現金約120万円が入った財布を奪った。
 また小倉被告は2023年4月5日午前7時ごろ、男性の自宅に侵入し、現金約26万円を盗んだ。
 事件当時、付近の住民が言い争う声を聞き、上越署に通報。駆けつけた同署員が頭から血を流して倒れている男性を発見した。男性は搬送先の病院で死亡。司法解剖の結果、頭蓋骨を骨折し、死因は外傷性くも膜下出血だった。
 新潟県警捜査本部は7月11日、殺人容疑で小倉被告を逮捕。新潟地検は8月2日、強盗殺人罪で小倉被告を起訴した。8月3日、新潟県警は住居侵入と窃盗容疑で小倉被告を再逮捕した。新潟地検は住居侵入、窃盗罪で小倉被告を追起訴した。
裁判所 最高裁第三小法廷 石兼公博裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年7月22日 無期懲役(被告側上告棄却、確定)
裁判焦点  
備考  2025年1月29日、新潟地裁の裁判員裁判で求刑通り一審無期懲役判決。2025年8月7日、東京高裁で被告側控訴棄却。

氏名 ブーラン・ローエル・ブーラン(35)
逮捕 2022年6月7日
殺害人数 2名
罪状 殺人
事件概要  千葉県富里市の2階建てアパートに住むフィリピン国籍の農業実習生、ブーラン・ローエル・ブーラン被告は2022年5月26日午前1時30分ごろ、アパートの自室で同居するカンボジア国籍の農業実習生の男性2人(当時25、20)を刃物で複数回突き刺して殺害した。
 3人は県内の同じ実習先の農場で働き、実習先が用意したアパート一室で同居していた。被害者2人は3月から住み始め、容疑者は5月17日から同居していた。
 ブーラン被告は殺害後、首などを刺して自殺を図り、アパートから約70m離れた路上で倒れ、午前2時45分ごろ、上半身裸で血を流して倒れている状態で見つかった。ブーラン被告は重傷で、搬送先の病院で治療を受けた。
 警察はアパートの部屋から2人の遺体を発見。ブーラン被告の回復を待って尋ねたところ犯行を認めたため、6月7日、25歳の男性の殺人容疑で逮捕した。28日、20歳の男性の殺人容疑で再逮捕した。
 千葉地検は鑑定留置の結果、刑事責任能力を問えると判断し、10月21日、殺人罪で起訴した。
裁判所 千葉地裁 宮本聡裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年8月6日 無期懲役
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年7月13日の初公判で、ブーラン・ローエル・ブーラン被告は「間違いないが、私はその時、精神状態が異常だった」と述べた。弁護側は「心神喪失状態で責任能力がなかった。無罪判決が言い渡されるべき」と重ねた。
 冒頭陳述で検察側は、被告が同市の農場で働くため、事件9日前にカンボジア国籍の同僚男性2人とアパートで同居を始め、「待遇の差にいらだち、殺害した」と指摘。自尊心を失ったことなどから自殺を考え「殺害して巻き込もうとした」と強調した。責任能力について「正常な部分もあり、有する」と訴えた。
 弁護側は、犯行前に「『自分を殺しなさい』と女性の声が聞こえ、包丁を手に取った」と説明し、統合失調症による精神状態が影響したと主張。事件2カ月前に来日し、管理団体関係者から何度もしかられ、農場に就くまでの経緯から不法滞在の疑念が生じるなど「不安があった」とした。
 7月28日の論告で検察側は、「被告は文化や風習の違いからストレスを抱えていたほか、同僚との待遇に差があると思い込み自尊心を傷つけられた。殺害を決意した過程は理解可能で、完全に責任能力があった」と主張した。そのうえで「思い込みによる身勝手で悪質な犯行だ」として無期懲役を求刑した。
 同日の最終弁論で弁護側は、当時統合失調症の影響で刑事責任能力がなかったと改めて無罪を主張した。
 宮本聡裁判長は判決理由で、山梨県での就労予定が頓挫するなどストレスを感じる中で、被害者らとの給料面などの待遇差から自尊心が傷つき、怒りを抱いて犯行に及んだとし「被告に親切に接していた2人に何ら落ち度はない。危険の高い攻撃を一方的に行った残虐な犯行」と非難した。
備考

氏名 川口侑斗(19)
逮捕 2024年10月30日
殺害人数 1名
罪状 強盗致死、詐欺、詐欺未遂、窃盗
事件概要  札幌市白石区のアルバイト従業員・川口侑斗被告(事件当時18)、江別市のアルバイト従業員・少年A被告(事件当時17)は、江別市の大学生・八木原亜麻被告、江別市の大学生・川村葉音(はおと)被告、札幌市の高校生・瀧澤海裕被告(事件当時18)、札幌市白石区のアルバイト従業員・少年B被告(事件当時16)と共謀。八木原被告の交際相手だった千歳市の大学生の男性(当時21)が別れ話を持ち出したのに腹を立て、八木原被告は友人の川村被告に相談。2024年10月25日、男性は八木原被告へ預かっていた荷物を引き渡しに家へ向かったが、男性はそのまま公園に呼び出された。川村被告は友人である川口被告ら4人と合流して2人の元に向かい、江別市の公園で2024年10月25日午後11時20分ごろから2時間以上にわたり、6人がかりで男性を暴行。「全部出せ。全額」などと言いながら男性の頭や腹を足で踏みつけて財布などを奪い、男性からキャッシュカードなどを奪うカードを使いコンビニでたばこ30箱以上と食料品を購入したほか、奪ったキャッシュカードで現金現金12万7,000円をを引き出すとともに、男性に外傷性くも膜下出血、硬膜下出血、腰椎の骨折などの重傷を負わせ、全裸で放置。男性を外傷性ショックで死亡させた。
 被害者と八木原被告、川村被告は釧路市出身。被害者と八木原被告は同じ中学校の合唱部で、被害者が1学年上の先輩であった。八木原被告と川村被告は、中学時代に通っていた塾の同級生だった。二人は江別市の別々の大学に通うも、同じコンビニエンスストアでアルバイトしていた。川村被告と少年A被告は交際中だった。少年A被告の高校の友人が瀧澤被告で、瀧澤被告と川口被告は中学の同級生だった。少年B被告は川口被告の中学の後輩。八木原被告を除く5人は事件の1か月前頃から一緒に遊ぶようになっていた。
 26日午前6時15分ごろ、散歩中の男性が公園の遊歩道で、全裸で倒れている男性を見つけ、通行人を通じて110番通報。同日夕方、八木原被告が「知っている人かもしれない」と江別署に通報した。同署が詳細を聴き取ったところ、事件への関与が疑われたため、27日に傷害容疑で八木原被告を逮捕。容疑を傷害致死に切り替え、28日に送検した。
 川村葉音被告、瀧澤海裕被告、少年A被告は同日、厚別警察署に一緒に出頭。江別署は29日、傷害致死容疑で逮捕した。30日、同容疑で送検。江別警察署に同日、川口侑斗被告と少年B被告を傷害致死容疑で逮捕。
 11月16日、北海道警は八木原被告と川村被告を強盗・詐欺・詐欺未遂・窃盗容疑で再逮捕。19日、瀧澤被告と少年A被告を同容疑で再逮捕。20日、川口被告と少年B被告を同容疑で再逮捕。
 12月6日、札幌地検は八木原被告と川村被告を強盗致死・詐欺・詐欺未遂・窃盗罪で起訴。
 10日、札幌地検は同容疑で瀧澤被告と少年A被告を札幌家裁に送致。12日、川口被告と少年B被告を同容疑で札幌家裁に送致。
 2025年1月6日、札幌家裁は瀧澤被告と少年A被告を検察官送致(逆送)することを決定。7日、川口被告と少年B被告を検察官送致(逆送)することを決定。特に川口被告について主犯格」と認定し、犯行を厳しく非難した。他3人も「結果は取り返しのつかない極めて重大なもの」として刑事処分が相当と結論付けた。
 1月15日、札幌地検は4人を札幌地裁に起訴した。そして川口被告と瀧澤被告を特定少年として実名を公表した。
裁判所 札幌地裁 高杉昌希裁判長
求刑 無期懲役
判決 2026年8月7日 無期懲役
裁判焦点  裁判員裁判。
 2026年7月13日の初公判で、川口侑斗被告と少年A被告は起訴事実を認めた。川口被告は「本当にひどいことをしました。申し訳ありません。この裁判で本当のことを話します」と述べた。
 冒頭陳述で検察側は、事実関係に争いはなく、争点は量刑であると主張した上で、共犯者らの関係、犯行経緯や状況を説明した。さらに、「生命の軽視が甚だしい。被害者は20歳と若く、落ち度もない。精神的・肉体的に暴行が繰り返された。被害者遺族の処罰感情も強く犯行の経緯に酌量の余地はなく、犯行後の汲むべき事情もない」と厳しく指摘した。
 川口被告の弁護人は、犯罪の成立については争わないとした。そのうえで、「被告には真実を明らかにする責任がある。何を見て、何を聞いて、何を思って、何を話したか、なぜこんなひどいことが起こったのか」と述べ、「量刑(判断)や情状に関して、事件の背景まで知ってもらいたい」と主張した。
 少年A被告の弁護人は、「どうしてここまでのことができるのか、弁護団としても理解はできなく、これまで少年と向き合ってきました。情状鑑定も実施しました。少年は、父の虐待が人格形成に影響を及ぼしている。ただ、当時の行動を選択したのは少年自身。本人は、取り返しのつかないことをしてしまったと反省しています。この事件は社会的にも注目されていて、ネット上では憶測なども交わされています。弁護団としては、この法廷で明らかになったことをしっかりと見ていただきたいと思います」などと述べた。
 冒頭陳述のあと、高杉昌希裁判長は、起訴されている強盗致死、詐欺、詐欺未遂、窃盗の罪について「各犯罪の成立は間違いない。争うのはどのような罪の重みの程度か、つまり量刑です。被告人の年齢や背景に合わせて判断します」と述べ、量刑を中心に審理を進めるとした。
 午後の証拠調べでは、事件に至るまでのやり取りや、被害者が録音していた音声、暴行の様子を記録した動画、事件直前の被害者と八木原亜麻被告とのLINEのやり取りが示された。

 14日の公判で、共犯である川村葉音被告が出廷し、共犯者らとの関係や暴行当時の様子について証言した。検察側から共犯者らとの関係について問われた川村被告は、川口被告とは事件の1か月ほど前に知り合い、少年A被告とよくドライブに出かけていたと述べた。
 川口被告の弁護人から普段の川口被告の存在について問われ、川村被告はリーダー、中心人物的存在だったと証言。検察側から「川口被告と対等な関係だったか」と問われると、川村被告は「川口被告には、思ったことが言いづらかった」などと証言した。さらに少年A被告について「川口被告には、言いたいことを言えない様子があった」と述べた。
 暴行について川村被告は、始めたのは川口被告だったと証言。集団による暴行は100回以上に及び、このうち川口被告が50~60回、少年A被告が60~70回ほど暴行を加えたと証言。そして川口被告が滝沢海裕受刑者に「ライダーキック(飛び蹴り)」をさせたり、川村被告にも「やれ」と言って被害者を蹴るよう指示したことなどを証言した。さらに何度も謝る被害者を前に、八木原被告は「許す気ない、もっとやって」などと発言。これが苛烈な暴行につながったと、川村被告は証言した。川口被告の弁護人から「八木原被告がやめていいと言っていたら、川口被告は暴行をやめていたと思うか」と尋ねられた川村被告は、「やめていたと思います」と証言した。
 被害者のキャッシュカードを使ってATMから現金を引き出した際には、川口被告は「おれ、きょう一番頑張ったから」と言って、最も多い9万円を受け取り、自慢していたことも明かした。

 15日の公判で、川口被告への被告人質問が行われた。川口被告は冒頭、裁判長に断ってから立ち上がり、「言葉の一つも交わしたことのない見知らぬ被害者さんに当時、よかれと思って歪んだ正義感で肉体的精神的に苦しい思いをさせ、被害者さんの人生と命すべてを奪い、ご遺族のみなさんの大切な家族の1人を奪い、この先消えることのない傷を負わせてしまい本当に申し訳ございませんでした」と傍聴席の被害者の遺族に頭を下げて謝罪した。
 午前の弁護側からの質問で被害者が謝罪しているのになぜ何度も暴行したか問われ、「血がついたことで、弁償代を払わせようと思いました」「八木原さんが、許さない、もっとやってと言っていたので、まだ暴力振るわないといけないのかなと思っていました」と答えた。その後の暴行でも、八木原被告や川村被告に「まだやって」と言われたから続けた、止めることができなかったと答えた。また被害者が亡くなった時の心象について「俺は殺していないです。亡くなったなら、誰かが”とどめ”をさしたんだろうと思いました」と答えた。そして「自分たちの暴行で亡くなる、という不安はなかった。過去に自分は9人から暴行を受けても死ななかった」と語った。
 午後の検察側からの質問では、川口被告の発言の矛盾、問題点を次々に追及。川口被告は答えられず、口ごもる瞬間が時々あった。特に暴行時に八木原被告へ何回か「もうやめよう」と話したと証言したが、暴行時の録音では一度もそのような発言が入っていないと問われるも、音声が拾われていないのだろうと否定した。検察側は、江別から川村被告の車を無免許で運転して勝手にやってきて迷惑代を払えとはどういうことか、ボコボコに蹴りを入れて、カップルの話も聞かずに、血が付いた金払え、迷惑代だ、というのはどういう発想か。ただイライラしてあなたが勝手に腹をたてて、その辺のカツアゲの最悪版という感じゃないかと聞かれ、川口被告はそう思うと答えた。

 16日の公判で、少年A被告への被告人質問が行われた。少年A被告は冒頭、「被害者の方が亡くなったこと、大変申し訳ないことをしたと思っています。そして、両親からすると、大切な、念願であった息子さんを、お姉さんからすると唯一の弟の命を、自分の軽率な態度と無責任な暴力と言動で命を奪ってしまったこと、まことに申し訳ございませんでした」「被害者を殴る蹴る、踏みつける暴力を加え、クレジットカードでタバコを購入させたり、キャッシュカードを使って大学の奨学金や両親が送ったお金を奪ってしまいました。さらに被害者は無抵抗の状態で暴力を受けているのに、自分たちは面白半分で暴力を加え、死なせてしまいました。申し訳ございませんでした」などと泣きながら謝罪した。
 午前の弁護側からの質問で、川口被告が一方的に暴行を始めたのを見て“ヤキ入れ”と気付いたと証言。川口被告の暴行を止めなかった理由を聞かれ、「空気や雰囲気を乱されるのを嫌う人だった。怖かった」と説明した。また八木原被告と川村被告が川口被告の命で被害者のクレジットカードを使ってコンビニで煙草を買って帰ってきた後、少年A被告が殴って暴行を再開した理由を聞かれ、被害者が携帯で録音していることに気付き、被害者が逃げようとして「逃げるな」と言ったとき、川口被告から「やっちゃえ」と言われて暴行を始めたと答えた。その理由について川口被告が怖く、空気を見出すのが良くないからと答えた。被害者を全裸のまま置き去りにしたことについては「もしかしたら死んでしまうと思ったが、通行人が見つけて通報してくれるだろうと思った」と話した。
 午後の検察側からの質問で、なぜ55発も殴ったかと聞かれ、交際していた川村被告から感じていたストレスを発散していたと答えた。ただ川村被告が証言していた馬乗りは否定した。また川口被告が最初の暴行時に「もっとやっていい」と話したことと、コンビニから出た最後の暴行で八木原被告が「もっとやって」と言ったというのは聞こえたと答えた。被害者の衣服を全部脱がせたまま置き去りにしたことについて「もしかしたら死んでしまうと思ったが、通行人が見つけて通報してくれるだろうと思った」と話した。

 21日の公判で、被害者の遺体を司法解剖した医師が出廷。直接の死因については「外傷性ショック」で、全身の血液量の20%から30%が、皮下組織や筋肉内へ流出したことによるものとし、その出血の6割から7割が頭部と顔面に集中していたとしたうえで、「顔、頭は出血していないところがないくらいの出血です。皮下組織、筋肉も出血していて、出血で厚みができる状態です」と述べた。また、出血などの状況から「頭や顔への強い暴行は、30回〜40回以上だと考えられる」と証言した。さらに、急性硬膜下出血、くも膜下出血について、「思い切り顔面を殴る、蹴るで強く揺さぶられれば、今回のような出血がおこる可能性はあります」と述べ、凶器を用いなくとも、手や足での暴行で脳へ損傷を与える可能性はあると指摘した。
 医師は、頭部の次に出血が多かった背中について、腰付近の背骨の突起が折れていたのは、「(背骨の突起は)体の深い位置にあり、背部を局所的に蹴られる、踏まれるということがないと、そう簡単に折れないと言えます」と、強い暴行があったことを示唆した。検察側が(死因の)外傷性ショックとは関係ない暴行はあるかと問うと、医師は「全ての出血が被害者を死に追いやっています」と述べた。午前1時頃に被害者を土下座させて解散となるが、このときに救命行為があれば被害者は助かっていたかとの問いには、「後遺症が残る可能性はあるが、十中八九、助かっていたと思う」と述べた。

 23日の公判から、川口被告と少年A被告の審理が分離され、少年A被告への審理が始まったた。
 検察側は少年A被告について「暴行は50回を超え、被害者の着衣に指紋が残ることで犯行が発覚することを恐れ、衣服を脱がせるよう提案するなど、共犯者の中でも狡猾な面があった」と指摘した。弁護側は少年A被告について「周囲に同調して暴力行為に加わってしまう行動様式がある」と主張し、反省や謝罪の気持ちを抱いていると訴えた。
 事件前に被害者のタブレット端末に残っていたスケジュールやメモ、SNSに投降した内容などが検察側の証拠として提出された。Twitter(現・X)には10月22日「なんで精神ボロボロにされないといけないんだ」、10月24日「もう終わった」、10月25日「生きて帰ってきます」と残されていた。
 事件直後に作成された被害者の母親の供述調書も読み上げらた。被害者と交際していた八木原亜麻被告について、母親は「通報してくれたと聞き、当初は感謝していました。しかし、彼女が事件の元凶で“悪魔”なのだと分かりました」と心境を吐露。被告らに対する厳しい処罰を望んでいることも明らかになった。
 少年A被告は暴行後に被害者の口座から引き出された12万7,000円のうち7,000円を受け取り、そのうち約2,000円をラーメン店で、約5,000円をハンバーグ店で使ったと証言した。ラーメン店で金を使った理由について、「被害者から取ったお金だから、ぜいたくしようと思った」と説明。これに対し検察官は、「残酷すぎる話だ」と指摘した。さらに、ハンバーグ店にいた際の心境については、「人を殺してしまったんじゃないかと考えていた。でもニュースも記事も出ていなかったので、もしかしたらばれないのではないかと思っていた」と当時を振り返った。

 24日の少年A被告の公判における被告人質問で裁判長から裁判官から犯行に加わった理由について問われると、「共犯の人たちにばかにされていたところがあったので、少し見返してやろうという気持ちが当時は大きかった」と証言した。裁判長から暴行の理由をあらためて問われると、「(川村被告に)女性との連絡先を消されて、友達もいなくなってしまった」ためにストレスになっていたと答え、かわぐちひこくとのかんけいについては「自分にとっての友達、求められる場所がそこしかなかった」と答えた。
 午後から少年A被告の母親が証人として出廷。母親が「この度はわたくしの息子がなんの落ち度もない被害者さまに耐え難い苦痛をあたえ命を奪ってしまい大切な家族を奪ってしまったこと、誠に申し訳ございませんでした」と謝罪した。母親は遠方で少年の弟と住んでおり、事件当時、少年Aは江別市内に一人暮らしをしていたことについて、母親は「振り返ると、息子に恨まれてもいいから連れて行けばよかった」と述べた。また少年Aが警察に出頭する前、「これから警察に行ってくる」という連絡があったことを明かした。離婚した夫は少年に暴力を振るっていたとしつつも「本人が(父から)受けた暴力と犯行は切り離される」と犯行への影響を否定した。
 27日の公判で、検察官が被害者の両親の手紙を読み上げた。父親の手紙には「毎日、息子に線香をあげることしかできません」と沈痛な思いが語られたほか、「土下座して謝れ、卑怯者」などと少年A被告に対する強い怒りが込められていました。母親の手紙には「二度と会えない寂しさ。どうにもならない現実に苦しんでいます」と今の心境がつづられ、「心の底から憎しみが湧きました」と被告らへの思いが語られた。
 また被害者の姉が法廷で意見陳述。「事件の日を境に人生が変わりました。反省、謝罪の言葉を並べられても、弟は帰ってくることはありません。少年には最大限の刑にしていただきたいと望みます」と述べた。
 論告求刑で検察側は少年A被告に対し、「少年が犯行現場を人通りのないところにし、暴行を拡大させた」「ほかの共犯者よりも主体的に暴行に加わっている」「ストレス解消の意図をもって主体的に暴行」などと指摘。一方で「強盗や暴行を開始したのは川口被告で、犯行時17歳であったことを考慮する」などとしつつ、「従属的ではなかったことからも、最も重い有期刑に相当する」などとして、懲役30年を求刑した。
 最終弁論で弁護側は「被告人は従属的な立場にとどまる」「虐待経験により人間関係を力で捉えがちだった。共犯者の機嫌を伺い、役に立とうとした」「ほかの共犯者による心理的影響力が大きく、被告人を主犯格とは評価できない」などとして「無期懲役は相当ではなく有期刑を課すべきで、最長でも懲役20年が相当であることを思料いたします」と主張した。
 最終意見陳述で少年A被告は、「僕はとんでもないこと、取り返しのつかないことをしたと思っています。被害者の方は、若いうちに命を落としてしまったということは許されないことだと思います」「自分の無責任な軽率な行動で、家族の命を奪ってしまったこと、誠に申し訳ございませんでした」と謝罪した。

 30日の川口被告の公判における冒頭陳述で検察側は、「(主犯格とされる男に)最大限の責任、非難が向けられるべき。6人が集団で一体となり、逃げようとした被害者をふさぎ、金品を奪った。強盗致死について一方的に主犯格とされる男が暴行し、金品を要求、全部の暴行に関与した。暴行は50回以上と激しく、多大な身体的苦痛を与えた。詐欺や窃盗についても、預金を引き出すことを発案し、一番多い9万円を受けとり、共犯者への分配も決定した。犯行後の事情も、スマホや衣類を投棄し、隠滅工作の中核になった。その後のラインのメッセージは被害者を冒とくし、生命を軽視している」と批難。情状面では、「18歳と若年だが、アルバイト経験で社会生活に支障はなく、金品を奪うことの違法性を理解している。少年A受刑者と出頭しているが、共犯者全員が出頭した後で犯行発覚が必至の状態で酌むべき事情ではない」と主張した。
 弁護側は、「逮捕の後、(川口被告が)何か理由があるのかと考えたが、なかった。被害者にまったく非はない、そこまでやるのかという理由などない。問題はその程度の理由で犯行をしたということ」などとしたうえで、小さいころから理解力が低かった男を何もサポートしなかった親の問題でもあると主張した。
 その後、弁護側の証人として川口被告の情状鑑定をした医師が出廷。「勉強の遅れが見られる中学時代に、周囲から叱責などで自己評価が低くなり、部活もやめて自分を受け入れる場所がなくなり、非行に至ったと考える。なぜ暴力を選択したのかについては、寂しさや不安があり、それを受け止めてくれる人がいないことで怒りの感情が生まれ、暴力へつながった」としたうえで、「けんかが強いことはかっこいい、という思いがあったと思います。高校を退学後、アルバイトがどれも長く続かず、自分の居場所が欲しいという気持ちがあったが、居場所がないまま非行行動が増えていった」と述べた。「主犯格とされる男は、考え方にムラがあり、断片的に捉え、些細なことから勝手に敵意を読み取ることがある。感情の波が激しい。性格検査では、周囲に何気ないことも攻撃されていると思ってしまう。我慢の限界を超えると(感情が)表に出て、心の安定を取り戻そうと暴行へ走る(傾向にある)」などと述べた。
 また川口被告の母親が証人として出廷。「息子の身勝手な行動で被害者の大切な命・人生・すべてを奪ってしまい、取り返しのつかないことをしてしまい、申し訳ございませんでした」と泣きながら謝罪した。証人として出廷した理由について「この裁判でしか、被害者さんに謝罪する機会がなかった」「私本人が責任があると思ったからです」「息子のことを何も見ていなかった」などと語った。

 31日の公判で、川口被告の母親が再び出廷。川口被告について聞かれ「本当にだめな人間だった」「いいことと悪いことの区別はなんとなく分かっていると思うが、おかしなことをする時があった」と話した。また、裁判員から今後について「どんな教育をしていきたいか」と問われると、「息子のためになるように頑張っていきたい」と述べた。
 被告人質問で弁護側から出頭前について聞かれ、「(相談した)パチンコ店で働く先輩と、同級生、その親に「伝えないか?」と言われ、その同級生の家に行って、母と兄、職場の社長、父がきて、事件の内容を話して、出頭するぞ、となりました」と答えた。その時の家族の様子について「母はしゃべれる状態ではなくなって、友達の母といました。兄は胸ぐらをつかんで『何してんだ、俺は人殺しの兄になるんだぞ』と言いました。父は社長に『仕事に迷惑をかけて申し訳ない』と謝って、出頭するぞと」と答えた。そのときの家族の様子を見てどう感じたかと聞かれ、「事件の重大さを感じました」と答えた。
 そして「事件はすべて自分から始まり、金品の要求も自分から始まり、共犯者も同じことをした。自分が暴行をしなければ、金品を要求しなければ、服を脱がさなければ被害者は亡くなることはなかったと思う」「遺族の皆さまからすれば死刑だと思いますし、自分でもその気持ちはよくわかっています」と述べた。

 8月3日の公判で被害者の姉が意見陳述。川口被告に対し「あなたは生涯をかけても償うことはできないと思います。私は極刑を求めます」と怒りをぶつけた。また被害者の両親の代理人は「事件の主犯格はまちがいなくあなたです。息子が無念で無念でならない」「殺したいくらいの気持ちです。息子の無念を晴らすために極刑を望みます」と 両親が記した文書を述べた。
 論告で検察側は、「暴行や金品を要求するなど全ての犯行を主導し、類例を見ない極めて残虐で悪質な事案。八木原被告に責任転嫁する発言が目立ち、自己の責任と真摯に向き合っていない」と無期懲役を求刑した。
 最終弁論で弁護側は、「人間らしい所が一つも感じないほど残酷な犯行」と事実は認めつつ、「集団で暴行する中で自主的に暴力を止められる状況ではなかった。川口被告だけの責任にすることができない」とし、川口被告の育ってきた環境などを考慮すると懲役25年が適正であると主張した。
 最終意見陳述で川口被告は「被害者には幸せな日々があったのに救護もせず命を奪ってしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。今後できる限りの反省・謝罪、償いの日々を送り続けます」と遺族へ謝罪した。

 判決で高杉裁判長は川口被告について「被害者と八木原被告の交際トラブルに関係ないのに、江別に向かうことを独断で決めた。公園に到着後すぐ被害者に数十回殴る蹴るの暴行を加え、金品の要求を始めている。自ら暴行するだけでなく、少年A被告や少年B被告に対しても暴行するよう促し、瀧澤海裕被告には飛び蹴りさせていた。被害者を全裸にして頭髪に火を付けるなどの残忍な行為を提案し、暴行をエスカレートさせた。身勝手な理由で金品や現金、カードを執拗に要求した」と説明した。また「奪った現金の分配を決め9万円を得ている。少年とともにスマホを破壊し、衣服を川に投棄するなど証拠隠滅を図った」ことも認め、「終始共犯者を主導して、本件の主犯であるとの評価が相当である」とした。弁護側は川口被告に軽度の知的障害が認められることなどが事件に影響を及ぼしたと主張したが、判決は「限定的」と退けた。そのうえで「トラブルを解決するはずが、被害者の話を聞くことなく暴行に及び、その経緯にくむべき事情はない」「被害者や遺族に反省を述べているが、他責的発言があり、罪に向き合っているとは言えない。犯行を主導し被害者の死亡に大きく寄与したとして無期懲役が相当」と述べた。
 少年A被告について「川口被告に次ぐ暴行の多さ」をあげ、「執拗に金品を要求し、被害者のスマホを破壊、衣服を投棄するなどして証拠隠滅を図った。主導したとまでは言えないが、果たした役割は大きい」とした。そのうえで「「少年に前歴はなく内省の深まりがみられる。少年は当時17歳、酌量減軽をしたとしても、事件の悪質さ、結果への寄与を考慮して求刑どおり法定刑の上限の懲役30年とした」と説明した。
 高杉裁判長は判決を言い渡し後、「君たちは暴行によって尊い命を奪っています。取り返しのつかない重大なことをしました。それをもう一度考え直してください。どうしてそうなってしまったのか、どこが問題だったのか、一生涯考え続けてください。それが君たちが最低限果たさなければならない責任だと思います。どうか、そこからは逃げないでほ向き合ってほしいと思います」と説諭した。
備考  川村葉音被告は2026年6月25日、札幌地裁(高杉昌希裁判長)で求刑無期懲役に対し一審懲役30年判決。検察・被告側控訴中。
 瀧澤海裕被告は2026年6月25日、札幌地裁(高杉昌希裁判長)で求刑通り一審懲役20年判決。控訴せず確定。
 少年B被告は2026年6月25日、札幌地裁(高杉昌希裁判長)で懲役9年以上13年以下の不定期刑(求刑懲役10年以上15年以下の不定期刑)判決。控訴せず確定。
 八木原亜麻被告の公判は未定。

 被告側は控訴した。


※最高裁は「判決」ではなくて「決定」がほとんどですが、纏める都合上、「判決」で統一しています。

【参考資料】新聞記事各種

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