『世界の名探偵50人』
あなたの頭脳に挑戦する 推理と知能のトリック・パズル
著者:藤原宰太郎
(藤原宰太郎:推理クイズ作家として数々の著書を執筆)
発行:KKベストセラーズ ワニの本
発売:1972年9月15日初版
定価:440円(ただし、1972年、42版発行時)
推理小説の始祖E・A・ポーが一八四一年に名探偵デュパンを想像してから、約百三十年間、それこそ無数の探偵が輩出しました。皆それぞれ特徴のある多彩な人物たちです。
その中から、特に際立った名探偵を五十人選んで紹介し、各探偵に一問ずつトリック問題を提供してもらって、読者に挑戦したのが本書です。ただし、探偵の個性にあったクイズを作るため、また、前著『探偵ゲーム』(当社刊)と重複しないために、問題のトリックは必ずしも原作に忠実ではありません。
選出の基準は、知名度、探偵能力、特異性、それに私の好みも、多少、加わっています。また外国の探偵は、現在刊行中のハヤカワ・ミステリー・ブックと創元推理文庫に翻訳されている作品に登場するものに限定しました。
定員がわずか五十人なので、選にもれた名探偵はまだ大勢います。彼らには気の毒ですが、次の機会に登場してもらうことにします。
本書を執筆しながら感じたことは、捕物帳以外、日本には名探偵がいかに少ないかということでした。外国の作家、特に米英の作家は九十パーセントくらい、独自のレギュラー探偵を持っています。作家より、むしろ探偵の名前の方がポピュラーになっています。シャーロック・ホームズやルパンは知っていても、コナン・ドイルやモーリス・ルブランの名前を記憶している人は少ないでしょう。作者は没しても、名探偵は永遠に生き続けます。
推理小説の楽しみは、不思議な謎を解く知的興奮とともに、名探偵の活躍にあります。日本の作品が面白くない、魅力に欠けるといわれる理由の一つは、名探偵が不在だからです。とくに松本清張以来、日本では名探偵はほとんど消滅しました。
それに変わって登場したのが、平凡人が起こした犯罪を、平均的人間がさも現実のことらしく平凡な推理で解決する、いわゆる社会派推理小説です。
しかし、凡人が底の浅い現象的な事件を解決したところで、いったい、何が面白いでしょうか? 二、三の例外的な傑作はあるにせよ、所詮、チャンピョンの出場しない二流試合にすぎません。深遠な頭脳のひらめきは、一かけらもありません。
悪の天才が知恵の限りを尽くして計画した完全犯罪の謎を、凡人ならぬ名探偵が卓越した頭脳と不死身の行動で、快刀乱麻のごとく、鮮やかに解き明かしてこそ、推理小説のドラマがあるのです。
現代、はたして名探偵という存在は、もはや死滅して化石化した怪物だろうか? いや、新しい時代には、新しいタイプの名探偵が必要です。魅力ある名探偵なくして、真の推理小説の隆盛はありません。
その意味で、私は名探偵の復活を提唱します。
なお、ここに登場する五十人の探偵は、捕物帳のヒーローと明智小五郎と幽霊探偵をのぞいて、一応、デビューした年代順に並べてあります。時代とともに、探偵にタイプも変わっていくので、これ一冊で、簡単な、しかし、ユニークな推理小説史にもなり、さらに『探偵ゲーム』と併読してくだされば、単なる謎解きクイズだけではなく、推理トリックの入門書も兼ねて、一石二鳥の珍書と自負しています。
前著に引き続き、今回も、畏友、岩瀬社長のご厚諠と、編集部の印南和麿氏のお世話になりました。心から謝意を表します。
河出書房の倒産により『カラー版 探偵ゲーム』の印税がもらえなかったことに責任を感じた岩瀬順三社長が「もう一冊、お前の本を出す」と言って出た一冊。出版直後、ベストセラーになったとのこと。
本書については前書きがすべてを語っているといってよいだろう。日本ではすでに社会派推理小説の流れこそ衰えたものの、まだまだ名探偵が登場する余地はなかった時代といってよい。必ずしも“凡人が底の浅い現象的な事件を解決する”作品ばかりだったとは思わないが、“名探偵の活躍”という点については実に寂しい状況であった。そんな時代に刊行された本書は、推理クイズ本としてよりも、手軽に入手することの出来る名探偵ガイドブックとして活用されたといってよいだろう。そういう意味では名著、と書きたいのだが、許せない部分も多い。クイズの解答の最後に元ネタを書くのはいつものことではあるのでしょうがないと思える(思えない人も多いだろうが)のだが、「推理小説入門」と名付けられた一ページのコラムで、色々なトリックや挙げ句の果てに名作と言える数々の作品の犯人をばらしてしまっているのは困りものである。
個人的なことではあるが、本書で初めて知った名探偵も多い。リチャード・S・プラザーのシェル・スコットや、イヴァン・T・ロスのベン・ゴードンなんかがそうだ。
収録されている名探偵は以下。
オーギュスト・デュパン、シャーロック・ホームズ、ソーンダイク博士、ジョゼフ・ルールタビーユ、アルセーヌ・ルパン、隅の老人、バン・ドゥーゼン教授、ブラウン神父、アブナァ伯父、マックス・カラドス、三河町の半七、人形佐七、銭形平次、エルキュール・ポアロ、フレンチ警部、チャーリー・張、明智小五郎、フィロ・ヴァンス、サイモン・テンプラー、エラリー・クィーン、コンチネンタル・オプ、ミス・マープル、メグレ、ペリー・メイスン、ヘンリー・メルヴェル卿、ネロ・ウルフ、クール&ラム、フィリップ・マーロウ、マイケル・シェーン、A・マリーニ、ジョン・J・マローン、金田一耕助、マイク・ハマー、神津恭介、リュウ・アーチャー、シェル・スコット、秘密情報部員007号、カート・キャノン、鬼貫警部、87分署の刑事たち、棺桶エドと墓掘りジョーンズ、メイヴィス・セドリッツ、ハニー・ウェスト、ベン・ゴードン、ラビ・スモール、トラヴィス・マッキー、ドーバー警部、バージル・ティップス、幽霊探偵。
出版の経緯については『藤原宰太郎探偵小説選』(論創ミステリ叢書113)よりより引用しました。有難うございました。
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