
(新保博久:1953年京都市生まれ。早稲田大学第二文学部美術専修卒。在学時はワセダミステリクラブに所属。ミステリの書評、文庫解説、アンソロジーの編纂などで多忙な日々を送る。著書多数。2001年、『日本ミステリー事典』(権田萬治との共同監修)で第1回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)受賞。2003年、『幻影の蔵』(山前譲との共著)で第56回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)受賞。2025年、『死体置き場で待ち合わせ 新保博久 法月綸太郎 往復書簡』(法月綸太郎との共著)で第25回本格ミステリ大賞(評論・研究部門)受賞)
カバーイラスト:楢喜八
カバーデザイン:森川和洋
カバー印刷:堀川印刷
本文イラスト:野間美由紀
発行:光文社文庫
発売:2026年1月20日初版
定価:1,000円+税
「マジカルミステリー劇場」を覚えている人が2000年代も四半世紀を過ぎた今、どれだけいるだろう。日本テレビ系列のクイズ・バラエティ「マジカル頭脳パワー!!」の1990年10月27日の放送開始から一年半、毎週トリを務める推理クイズとして92年4月18日まで、レギュラー放送でないスペシャル篇を含めて全54話が放映されて以来、すでに三十数年になる。視ていた人は当時十歳だとしても不惑を過ぎていよう。しかしもっと若い人でも、題名を噂だけにせよ聞き知っているなど、かすかに覚えのある人もいるようだ。
「マジカル頭脳パワー!!」の番組自体は1999年9月16日まで足掛け十年に及び、「ミステリー劇場」がなくなってからのほうが長い。コーナーが消滅したのは、原案スタッフがネタ切れで音を上げたためとか噂が流れたが、音を上げていたのは事実でも、本当のところは、開始当初は高かったミステリー劇場の時間帯別視聴率が相対的に落ち込みはじめていたせいだ。番組自体が、瞬発的なヒラメキで解けるクイズが受ける傾向になり、数分間でもじっくり考えるタイプの出題が敬遠されるようになったからにほかならない。
と断言できるのは、私自身、推理ドラマ部分のトリックを編み出す原案スタッフに加わっていたからだ。数えてみると十数話、おおむね自分の発案といって良さそうなものが四分の一ほどある。せっかく考えたものが一度放映されたきり消え去ってしまうのも惜しいので、それらのトリックを使い、番組の仲谷昇氏ふんする中谷探偵でない別な探偵役を新たに創って、小説風に書きなおしておくことにした。それが1992年8月にKKベストセラーズから新書版で刊行された『
(中略)
久々に読み返してみて驚いたのは、小説を書く才能もないくせに、それらしきものに仕立てようとしていた自分の奮闘ぶりに――という以上に、スマートフォンどころかガラパゴス的携帯電話すら誰もが持っているとは限らなかった時代、公衆電話、テレホンカード、固定式留守番電話、ワープロ、ファックス、フィルム式カメラ、カセット・テープレコーダー等々、放映されたのは平静だが、昭和に普及し、もはや消滅しかかっている多くのアイテムがトリックに不可分の小道具になっていることだった。これらを見たことも触ったこともない平成世代には、本書収録の作品は作り手の予想を超える難問に化けそうだ。読者が種明かしに先じて正解に挑んだ際の採点基準は昭和感覚で設定したままだが、平成生まれには六掛けぐらいに甘くするべきだろう。
むしろ正解を言い当てようとするより、これが昭和ミステリーというものだとの歴史風俗記録のつもりで接してもらうのがいいかも知れない。クイズ本文よりも、トリック発想のきっかけや番組の裏話を記した各篇の付記のほうが、シンポ教授によるマジカルミステリー劇場をめぐる講義録として意味がありそうだと、今回解題した次第である。
(「はじめに」より引用)
「はじめに」にも書かれている通り、1992年8月に出版された『
それだけならただの文庫化、といってしまっておしまいなのだが、本書は最後のあとがきとして「「マジカルミステリー劇場」のころ、そしてその後」が書き下ろされている。「マジカルミステリー劇場」の裏話、さらにその後の推理ドラマや漫画原作などの裏話、トリック考案の裏話などが書かれており、非常に興味深い。特に岡嶋二人のプロット担当だった徳山諄一との関りについては、是非とも読んでもらいたいものだ。
それにしても番組の「マジカル」の由来は、本書のコンビと同様、真面目(マジ)と軽薄(カル)だったとは驚きだ。