佐久間哲『死刑に処す 現代死刑囚ファイル』(自由国民社)


発行:2005.11.25



「被告人を死刑に処する」。おそくとも二〇〇九年五月までに一審の地方裁判所の判決は、三人の裁判官、六人の裁判員の合議で決まるようになります。冤罪事件をなくすため、プロの裁判官より陪審制のほうがましだという声は前々からありました。それが変えさえすれば何でも改革だという政治の風潮にあってか、裁判員制がスタートします。「司法に対する国民の理解とその信頼の向上に資するため」ですが、なぜ裁判員制につながるのかまったくわかりません。
 裁判員の権限は、事実認定、法律の適用、量刑に限定されており、法令の解釈、訴訟手続きなどは裁判官の判断に従います。たとえば、裁判所、検察官、弁護人の三者で公判前に争点整理をしますが、裁判員がそれに疑義をもって、整理された総点を越えて、被告、証人などに質問することは不可能でしょう。弁護側が死刑違憲を主張しても、証人請求しても、裁判官だけが判断します。
 とにかく、陪審制のように、陪審員だけで有罪・無罪などを合議するような自己決定権もなく、裁判官席に座りながら、裁判官とは格差をつけられています。このような状況では、裁判員の主要な役割は量刑判断だと思われます。死刑か無期懲役か。「あなたも被害者に」「あなたも加害者に」なる可能性がありますし、もう一つ、「あなたも裁判員に」なって人を裁くことにもなるのです。死刑を改めて考え直すいい機会なのかもしれません。
(以下、謝礼のため略)

(「あとがき」より引用)


【目次】
ビビってはいません―素早く処刑― 宅間守(2004年9月14日死刑執行)
ハンセン病を恐れて―不公正裁判― 藤本松夫(1962年9月14日死刑執行)
貧しい子らへ印税を―犯行時少年― 永山則夫(1997年8月1日死刑執行)
すべて輝いて見える―再審で無罪― 谷口繁義(1984年3月12日無罪判決)
再審請求で勇気百倍―衝撃の暗転― 小野照男(1999年12月17日死刑執行)
もう喜んで死ねます―生きて償え― 長谷川敏彦(2001年12月27日死刑執行)
神の儀式で勝利した―頭がはぜる― 袴田巌(東京拘置所収容中)
自分の兄弟も苦しむ―上告取下げ― 宮脇喬(2000年11月30日死刑執行)
点訳奉仕で身を粉に―罪障の償い― 藤原清孝(2000年11月30日死刑執行)
なぜ私が助かったか―恩赦の明暗― 石井健治郎(1975年6月17日減刑恩赦)
獄中者の人権確立を―活路の訴訟― 益永利明(東京拘置所収容中)
全部やったとは酷い―七人目の女― 宮崎知子(名古屋拘置所収容中)
ブッシュに釈放頼む―法相の拒否― 川中鉄夫(1993年3月26日死刑執行)
今回はもうだめかな―無念の獄死― 冨山常喜(2003年9月3日獄死)
命の限り闘い続ける―無実の叫び― 奥西勝(名古屋拘置所収容中)
後世に名を残したい―絞首最高齢― 古谷惣吉(1985年5月31日死刑執行)
簡単に大金がとれる―異国の地で― 陳代偉・何力(東京拘置所収容中)
殺していない罪まで―割れた合議― 渡辺清(大阪拘置所収容中)
若い女がにくいんや―再犯の心理― 万谷義幸(大阪拘置所収容中)
愚かな者の死の後は―改心の短歌― 島秋人(1967年11月2日死刑執行)
死刑確定事件リスト


 死刑囚を書き記した名作に、村野薫『戦後死刑囚列伝』(洋泉社)がある。本書はその平成版といえようか。とはいえ、藤本事件、財田川事件、島秋人など、昭和中期の死刑囚なども取り扱われているので、“現代”死刑囚ファイルという副題には少々疑問を感じる部分がある。すでに色々な人が語っている彼らを取り扱うより、知られていない死刑囚を取り扱ってほしかった。
 取り扱われている死刑囚は、それぞれテーマに沿って書かれている。早期執行、不公正裁判、少年死刑囚、再審無罪、再審請求中の執行、被害者遺族との交流、拘禁性精神障害、上告取り下げ、償い、恩赦、獄中訴訟、女性死刑囚、法務大臣、獄中死、再審開始、大量殺人、外国人死刑囚、部分冤罪、再犯、獄中短歌である。この中には、『戦後死刑囚列伝』と同一テーマ、同一死刑囚を取り扱ったものもあるが、新しいテーマもあるので、比べてみるのも面白いだろう。
 本書の圧巻は、巻末の「死刑確定事件リスト」。1947年3月以降における死刑確定事件のリストが載っている。罪名と事件概要程度しか載っていないが、よくぞここまで調べたと思う。
 死刑囚は拘置所という大きな壁が存在し、周りの人もそっとしてほしいという感情があるため、取材はとても難しいものと思われる。平成の今になって、このようなテーマに取り組んだ筆者の意気込みを買いたい。
 ただ、「あとがき」に書かれていることは、本書の内容とほとんど関係ない。様々な死刑囚を通して見るということだけでは、死刑という問題に直面する機会には成り得ないと思われる。
 著者の佐久間哲はフリージャーナリスト。『恐るべき証人−東大法医学教室の事件簿』(悠飛社)、『魔力DNA鑑定』などの著書がある。


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