無期懲役判決リスト 2024年





 2024年に地裁、高裁、最高裁で無期懲役の判決(決定)が出た事件のリストです。目的は死刑判決との差を見るためです。
 新聞記事から拾っていますので、判決を見落とす可能性があります。お気づきの点がありましたら、日記コメントなどでご連絡いただけると幸いです(判決から7日経っても更新されなかった場合は、見落としている可能性が高いです)。
 控訴、上告したかどうかについては、新聞に出ることはほとんどないためわかりません。わかったケースのみ、リストに付け加えていきます。
 判決の確定が判明した被告については、背景色を変えています(控訴、上告後の確定も含む)。

What's New! 4月26日、大分地裁は首藤伸哉被告に求刑通り一審無期懲役判決を言い渡した。
What's New! 4月26日、大阪高裁は足立朱美被告の一審無期懲役判決に対する検察・被告側控訴を棄却した。



地裁判決(うち求刑死刑)
高裁判決(うち求刑死刑)
最高裁判決(うち求刑死刑)
6(0)
3(1)
0(0)

【最新判決】

氏 名
首藤伸哉(67)
逮 捕
 2023年9月11日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人
事件概要
 大分市の無職首藤伸哉被告は2023年8月8~9日、自宅でパート勤務の中国籍の妻(当時38)と口論になりペティナイフで首などを刺して殺害。さらに妻の連れ子で別室に寝ていた小学4年生の男児(当時9)の胸などをペティナイフで刺して殺害した。
 首藤被告は特発性拡張型心筋症を患い、2021年2月に仕事を退職。2021年8月に再婚。事件当時、妻は首藤被告の子供を宿していて、妊娠7か月だった。
 17日午後10時ごろ、首藤被告は離れて暮らす長男に「家族で命を絶つ」とのメールを送り、事件が発覚した。首藤被告は手首を切って自殺を図った。長男は110番通報。午後11時ごろ、駆け付けた大分中央署員が室内で血を流して倒れている母子と意識不明状態の首藤被告を見つけた。首藤被告は入院し、翌日、意識を取り戻した。
 9月11日、大分中央署は回復した首藤被告を死体遺棄容疑で逮捕した。9月22日付で大分地検は処分保留とした。同日、大分中央署は首藤被告を2人の殺人容疑で再逮捕した。大分地検は10月13日、首藤被告を殺人容疑で起訴した。死体遺棄容疑については不起訴処分とした。
裁判所
 大分地裁 辛島靖崇裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年4月26日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2024年4月19日の初公判で、首藤伸哉被告は「殺害は間違いない」と起訴内容を認めた。
 冒頭陳述で検察側は、首藤被告が再婚後、妻から現金の使い方や過去の女性関係について、厳しく詰め寄られたり、被告が大切にしていた仏壇の小物を床にばらまかれるなどして、度々、口論となり、お互いに包丁を持ち出す大げんかとなった。その後、「妻を殺す際には息子も殺そうと考え、警察に捕まるくらいなら自分も死のう」と思い、11月頃にぺティナイフを購入。2023年3月に妻が妊娠したが、事件当日に家族旅行の宿泊先を巡って口論となり、妻が「子どもをおろす」「もう家を燃やす」などと言って、点火棒ライターで仏壇に火をつける仕草を見て、被告は怒りが頂点に達し、犯行に及んだと動機を指摘した。事件後、犯行がすぐに発覚しないように、部屋の冷房を最低温度の17度に下げたり、消臭剤をおいたりしたほか、自らの病気が原因で将来に悲観して無理心中を図ったかのように装うため、遺書を作成したと指摘した。そして、犯行は周到に用意された計画的なものであり、動機は身勝手で人命軽視の姿勢がはなはだしい、犯行後の行動も自己中心的で反省の色が見られないと強調した。
 弁護側は、「生活の中で不満がたまった末、喧嘩の末にお腹にいる赤ちゃんをおろすなどと言われて、希望を失った被告は突発的に犯行に及んだ。事件後は死のうと考えていた」と述べた。
 同日の被告人質問で首藤被告は「110円の缶コーヒーを買って妻に怒られたこともある。奴隷以下の扱いだった」などと述べた。
 22日の第2回公判で、被害者の遺族が意見陳述した。
 妻の両親は代理人の弁護士を通して「遠く離れていても健康を気遣ってくれる優しい娘だった」「言葉では表現できないほど、悲しみや絶望を感じている。被告には命をもって償ってほしい」と訴えた。
 殺害された男児の実の父親は「友達や大人にも気配りできる優しい子で、自慢の息子だった。遺族に対して正式な謝罪はこれまで一度もない。卑怯で身勝手な被告は死刑になるべきだ」と述べた。
 首藤被告は被告人質問で「2人に本当に申し訳ないことをした。できる限りの償いをしたい」と謝罪した。
 23日の公判において、被害者参加制度に基づき、遺族らの代理人弁護士が求刑意見を述べ、死刑を求めた。
 論告で検察側は、「凶器のナイフを1年以上も前から準備し、定期的に切れ味を確認するなど周到に準備された計画的で強固な殺意に基づく犯行。動機も自分勝手な怒りを募らせたに過ぎず、妊娠中の妻と何の落ち度もない息子を殺害した極めて身勝手で短絡的」と指摘。「犯行後も発覚を回避する行動をとるなど自己中心的で、あまりにも人命を軽視した悪質な事案。遺族も厳罰を希望し、被告人を許していない」と述べた。
 最終弁論で弁護側は、「自由に買い物に行けないなど生活を拘束され精神的に追い詰められていた。事件前日から当日にかけての妻とのやり取りが引き金となって、突発的衝動的に決行された事件。危険かつ悪質な犯行であることに疑う余地はないが、直前まで殺そうと決意したわけではなく、計画性は高くない。反省を深めており有期刑が相当」と主張した。
 最終意見陳述で首藤被告は、「自分の身勝手なことで、一方的に妻と子どもと赤ちゃんを殺しました。生きていることが罪だと思う。本当に申し訳ない。私が悪いんです」と述べた。
 判決で辛島裁判長は動機について、妻の粗暴な言動が原因となった面があり、「それまで我慢してきた気持ちが耐えきれなくなり爆発して実行した」とした上で、「殺害という方法を選択したことは短絡的といわざるを得ず、強い非難を免れない」と指摘。そして「強固な殺意に基づき、あらかじめ用意していた殺傷能力の高い凶器で無防備な2人を殺害したのであり、生命無視の態度は強いといえるし、突発的な犯行とは評価できない」と指摘した。その上で、「妻を殺した場合は息子も殺して、自殺することに決めていたなどという理由で、何ら落ち度のない息子を殺害したことは、あまりに身勝手・理不尽で酌量の余地はない。遺族が厳重処罰を求めていることは十分理解できる。被告人の犯行後から自殺を図るまでの行動からは、被害者2人を真に悼んでいた心情はうかがわれないし、反省が十分に深まっているとは言い難い」とした。
備 考
 4月19日の初公判で、開廷前に妻の母が傍聴席から柵(高さ約1m)を超えて泣きながら首藤被告に近づき、制止を受けた。さらに午前中の審理が終わり辛島靖崇裁判長が休廷を告げた直後、妻の父と親族の女性が法廷の柵を乗り越え、中国語で声を荒らげながら被告に迫った。警備の刑務官のほか、裁判所職員や遺族側の代理人弁護士らが引き止めた。地裁によると、けが人はなかった。
 午後に審理を再開した際、遺族の姿はなく、辛島裁判長は「秩序を乱した人の傍聴を禁止する措置を取った」と説明した。
 遺族は被害者参加制度を利用して、22、23両日に法廷で意見陳述を予定していたが、代理人弁護士が代読する形に変更となった。

 首藤被告の弁護人は、控訴しない方針と語った。

氏 名
足立朱美(49)
逮 捕
 2018年6月20日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、名誉毀損、器物損壊
事件概要
 水道工事会社社長の足立朱美被告は2018年1月20日、堺市中区の父親(当時67)が住む事務所兼住宅で、糖尿病を患う父親と母親に睡眠薬が入った甘酒を飲ませたのちに父親へインスリンを多量に投与し、父親は低血糖状態で病院に運ばれた。父親は25日に退院したが、足立被告は25日午後4時40分から26日午前10時10分ごろまでの間、再び父親と母親に睡眠薬が入った甘酒を飲ませたのちに父親へ多量のインスリン製剤を投与した。父親は再び低血糖状態で病院に救急搬送され、脳死状態で入院した。父親は6月28日、低血糖脳症で死亡した。
 足立被告は3月27日午後3時~6時、父の事務所兼住宅の2階別室で、母親(当時67)に睡眠導入剤を混ぜた抹茶オーレを飲ませて眠らせた。そして呼び出していた別の建築会社社長の弟(当時44)を睡眠薬で眠らせ、トイレのタンクの上で練炭を燃焼させて一酸化炭素中毒により殺害した。
 同日午後7時頃、足立被告から電話で「弟がいない」と告げられた弟の妻(当時37)が実家へ駆け付けたところ、2階の居間で、意識が朦朧としている母親を発見。体を揺さぶったが、ろれつが回らず、話せない状態だった。そして倒れている弟を発見。病院に搬送されたが、同日夜に死亡が確認された。
 足立被告は弟の妻に、パソコンで書かれた遺書が見つかったと手渡した。「遺書」には1月に倒れた父親について、弟がインスリンを投与したため意識不明になったという趣旨の記述や、弟が父と姉のために金策に走り回ったが失敗したことを苦に自殺したように装った文面だった。しかし文章の特徴などが異なっていた。さらに足立被告の住宅ローンを父親が肩代わりしたことについて、弟が嫉妬したとの趣旨の記述があったが、弟はその事実を知らなかった。母親はこの話を弟が知らないことを警察に証言している。さらに弟はリゾートホテルの会員権を購入して家族で行く準備をしており、自殺の動機がなかった。弟はパソコンで手紙を書いたことがない、と妻は不自然さを指摘し、警察に他殺だと強く訴えた。
 大阪府警は当初自殺とみて司法解剖しなかったが、トイレには接着剤で目張りがされていたものの接着剤の容器は別の部屋から見つかり、トイレタンクの上には鍋に入った状態で練炭があったが火を付ける道具はトイレ内にないなどの不審点があった。大阪府警は事件性が明白な場合に裁判所の令状を取って行う司法解剖ではなく、死亡翌日、明らかな事件性がなくても家族の同意を得なくても警察の判断だけで行える死因・身元調査法に基づく「新法解剖」を実施し、弟の体内から睡眠薬の成分を検出した。足立被告が処方された睡眠薬と成分が一致し、立件に向けた捜査が始まった。
 死亡から1カ月後の4月27日から5月中旬にかけ、弟の自宅ガレージにある車や自転車に赤い塗料が吹き付けられ、近所には弟の妻を中傷するビラが入った封筒もまかれた。ビラにはフリーライターが取材した体裁で「自殺に追い込み、まんまと社長の座を手に入れた」などと、会社を妻や同社幹部が乗っ取ったと中傷する内容。逆に足立被告については「お姉様が犯人の可能性はない」「(犯人扱いには)皆憤る」などと関与が否定されていた。弟宅の周辺の防犯カメラ映像には足立被告と似た女が写っていた。
 妻から相談を受けた府警は5月24日、中傷ビラに絡む名誉棄損容疑などで足立被告宅や関係先を捜索。塗料の吹き付けに使ったとみられるスプレー缶や、封筒に入った中傷ビラなどが見つかった。さらに足立被告のパソコンやプリンタを押収。解析で弟の遺書を作成した痕跡が確認された。また文書が作成された時刻に弟が別の場所にいたことも判明した。プリンタでビラを印刷した痕跡も見つかった。スマートフォンの検索履歴にも練炭自殺の方法や「インスリン」「低血糖」などを検索していた内容があった。

 水道工事会社は足立被告の父親が1974年に創業。2012年に跡を継ぐはずの弟が別の建築会社を設立し、足立被告が2015年ごろに父の後を継いだ。互いに取引関係にあり、仕事上でも多くの接点があったが、2人は会社の継承を巡ってトラブルになっていた。足立被告は経営の苦悩をブログに記載。2014年9月には、後を継がなかった弟を「弟は挫折を知らず甘い」などと批判していた。だが、弟の会社は業績が好調なのに対し、足立被告の会社の売上高は2年間で半減し、2016年12月期は約1,000万円の赤字だった。父親時代の負債も残っていた。

 6月20日、大阪府警は足立朱美被告を、弟への殺人容疑で逮捕した。7月11日、大阪地検は足立被告を殺人罪で起訴した。7月23日、大阪府警は名誉毀損と器物損壊の疑いで足立被告を再逮捕した。10月17日、大阪府警は父親の殺人と殺人未遂容疑で足立被告を再逮捕した。父親の遺体から足立被告が処方された睡眠薬と同じ成分が検出された。11月7日、大阪地検は父親への殺人罪で足立被告を追起訴した。
裁判所
 大阪高裁 長井秀典裁判長
求 刑
 死刑
判 決
 2024年4月26日 無期懲役(検察・被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2024年1月24日の控訴審初公判で、検察側は「被告は完全犯罪を計画した。無期懲役の量刑は不当である」として死刑が妥当であると主張した。弁護側は、父がインスリンを投与して自殺を図った可能性があると主張した。また、父が末期がんで延命治療を制限されている点に触れて「投与と死亡の因果関係もない」と主張。そして「一審の判決には事実誤認や法令違反がある」と無罪を求めた。大阪高裁は、双方から新たに提出された証拠や証人尋問の請求を全て却下したため、控訴審は即日結審した。
 判決で長井裁判長は、父親は意識が保てないほど血糖値が下がった後も値を測った履歴があるとし、この間に投与できたのは被告だけだと、弁護側の自殺の主張を退けた。そして治療制限は投与による低血糖脳症で誤嚥性肺炎になったことがきっかけだと指摘。スマートフォンの検索履歴や位置情報などから、足立被告によるインスリン投与と死の因果関係を認めた地裁判断を支持した。
 量刑については、父殺害の罪をなすりつけるために弟を殺し「生命軽視の程度が大きい」としつつ、父殺害の動機が不明で計画性が高くないと判断した一審判決を踏襲。「父親に投与された2回の過剰なインスリン投与のうち、1回目の投与が『殺害の実行行為』ではなく『傷害』に当たるとした一審判決は誤っているが、2回の投与を包括して殺害に至るもので、量刑判断に影響を与えるものではない」などとして検察の主張を退け、過去の死刑判決事件と比べて同等の悪質性があるとはいえず「死刑の選択がやむを得ないとまでは言えない」とした。
備 考
 足立朱美被告は郵便局に勤務する夫、子供らと暮らしていたが、金銭問題でトラブルが絶えず、離婚問題が浮上。子供の親権をどちらが有するか、夫婦間で揉めていた。2006年8月、足立被告は夫の定期に大麻を隠し、夫が仕事に出て行くと、匿名で「大麻を持っている男が駅にいる」と警察に通報。警察が駆け付けた。このとき、事情をよく知らない女友達に夫の細かな特徴を伝えて『自分は顔を知られているので代わりに警察に突き出してほしい』と依頼。通報で駅にやってきた警察を女友達に誘導させ、夫を捕まえさせた。しかし、夫は大麻の所持を否認。女友達に警察が詳しく事情を聴くと頼まれたと供述し、足立被告の自作自演が発覚し、足立被告は大麻取締法違反(所持)容疑で書類送検された。足立被告と夫はその直後、離婚している。

 2022年11月29日、大阪地裁の裁判員裁判で求刑死刑に対し一審無期懲役判決。

【2024年 これまでの無期懲役判決】

氏 名
メンドーザ・パウロ・ネポムセノ(40)
逮 捕
 2022年5月2日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、非現住建造物等放火、死体損壊
事件概要
 フィリピン国籍で群馬県みどり市に住む工場作業員のメンドーザ・パウロ・ネポムセノ被告は2022年3月30日、近所に住む無職男性(当時73)方で棒状の物で頭や顔、胴体を多数回殴り、鼻骨などの骨折による出血の気道内吸引などで窒息させて殺害し、現金約16万6千円とネックレス1本(時価45万8,200円相当)を奪った。犯行の形跡を隠すため、遺体にかぶせた毛布などに灯油をまき、ライターで火をつけて遺体の一部と住宅を焼いた。
 火災を知らせる近隣男性の119番通報があり、駆けつけた消防隊員が、木造2階建て住宅の1階居間に男性が倒れているのを見つけた。男性は病院で死亡が確認された。男性が何者かに殺害された疑いが強まったとして、県警は、4月2日に殺人・放火事件として桐生署に捜査本部を設置した。
 防犯カメラの解析などから、2021年6月から被害者と面識があったメンドーザ被告の関与が浮上。メンドーザ被告は2019年9月に短期滞在の在留資格で入国したままであったことから、桐生署は4月8日に入管難民法違反(不法残留)の疑いで現行犯逮捕。19日には同罪で起訴。
 捜査本部は5月2日、強盗殺人容疑でメンドーザ被告を逮捕した。5月24日、現住建造物等放火容疑で再逮捕。前橋地検は6月15日、強盗殺人と非現住建造物等放火、死体損壊の罪で起訴した。
裁判所
 前橋地裁 橋本健裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年1月11日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2023年12月8日の初公判で、メンドーザ・パウロ・ネポムセノ被告は放火などの罪は認めた一方、「被害者の家へはお金を借りる目的で行った。殺すつもり、盗むつもりはなかった」と強盗殺人の罪については否認した。
 冒頭陳述で検察側は、メンドーザ被告が「被害者の金を盗む」と以前から同居人に話していたことや、固い棒状のもので被害者の顔や背中を複数回殴っていて、「殺害する意思があった」と指摘。「金品を奪う目的で知り合いの被害者の自宅に立ち入ったが顔を見られたため、硬い棒状の物で顔や頭を殴るなどして殺害した」などと主張した。
 弁護側は、事件発生前もメンドーザ被告が被害者から複数回、金を借りていて、「この日も金を借りに行ったが被害者に侮辱されて、思わず顔と背中をたたいただけで殺意はない。火をつけたあと誘惑にかられ現金などを盗んだ」などと述べ、強盗殺人の罪にはあたらず、傷害致死と窃盗の罪にとどまると主張した。
 11日の第2回公判で、司法解剖を担当した医師の証人尋問が行われた。医師は頭や顔などに外傷が十数カ所あり「少なくとも10回以上は殴られた」と証言。一連の殴打の後に、電気コードを口にかけて引っ張ったという検察側の主張について「矛盾はない」とした。殴打だけでも死に至る可能性があったが、「(死因の)窒息を促進した」とした。
 14日の第5回公判で検察側は、被告の交際相手でフィリピン国籍の女性の供述調書を読みあげた。調書によると、男は犯行後、女と同居する自宅で手袋を洗っていた。手袋は畑仕事に使うもので、普段は家に持ち帰らないことなどの証言があった。男らに住まいや仕事を提供していた同市の女性の証人尋問も行われ、男が給料の前借りをしていたことなどを証言した。
 21日の公判において遺族の代理人弁護士は意見陳述で「見苦しい弁解を続け、全く反省していない。命をもって償うべきだ」と述べた。
 同日の論告で検察側は、頭や胸など少なくとも6カ所を、強い力で10回以上棒状の物で殴ったとして「強い殺意があった」と非難。本国の姉から送金を迫られていたことや、持参した手袋を暴行に使ったことを挙げ、「違法な手段で金品を手に入れようとした」と説明した。車を普段と違う場所に止めたことについて合理的な説明がない上、被告の供述が男性の傷や倒れていた状態と食い違うとし、「客観証拠に反し、罪を逃れるための虚偽であることは明らか」と指摘した。そして「被告には金品を奪う目的があり、顔見知りであったため口封じのため殺害した。身勝手な動機による卑劣極まりない犯行だ。反省をしておらず悪質性が高い」と非難した。
 同日の最終弁論で弁護側は、殺意や金品を奪う目的を否定し、傷害致死と窃盗などの罪にとどまると主張。世話になっていた男性を殺す動機はないとして、「計画性はなかった。金を借りに行き、男性に叩かれて突発的な行動だった」と強調し、「自白もし、反省もしている」と懲役12年が相当と主張した。
 最終意見陳述でメンドーザ・パウロ・ネポムセノ被告は、被害者やその家族に対し、「申し訳ないことをしてしまった」と謝罪した。
 判決で橋本健裁判長は、被告が被害者宅から離れた場所に車を止めて徒歩で訪れたことや手袋をしていたことなどから「少なくとも金品窃取の目的はあったと考えられる」と指摘。被害者の頭部などを多数回殴った上、うつぶせに倒れた被害者の口に電気コードが巻かれた跡があったことから首を絞めようとしたと推認する、と殺意も認定した。また「金を借りに行ったらトラブルになって暴行した」という被告の供述を「信用できない」として退けた。そして「確定的な殺意のもとで暴行を加えて金品を奪っており、その残虐な犯行態度は非常に悪質である」と指摘。「被害者は身体的苦痛を伴ったうえで生命を奪われていて、結果は極めて重大である」と述べた。
備 考
 奪ったと知りながらメンドーザ・パウロ・ネポムセノ被告から現金を受け取ったとして組織犯罪処罰法違反(犯罪収益収受)の罪に問われた交際相手のフィリピン国籍の女性は2022年7月15日、前橋地裁(柴田裕美裁判官)で懲役2年執行猶予4年判決(求刑懲役2年)。メンドーザ被告の態度から受け取りを拒否できなかった点などを考慮した。控訴せず確定。

 被告側は控訴した。

氏 名
小林新太郎(51)
逮 捕
 2021年8月10日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、住居侵入
事件概要
 京都市西京区の市営住宅に住む無職小林新太郎被告は2021年7月12日午後5時半~同45分ごろ、同じ階に住む男性(当時80)宅に侵入し、首などを刃物で複数回突き刺して殺害して、現金約9万円が入った財布と運転免許証などが入ったカード入れを奪った。カード類は市営住宅から約1km離れた場所に捨て、7月中旬に発見された。
 近隣住民から連絡を受けた警察官が16日夜、自室で倒れている被害者を発見。府警は6月中旬に被害者から、小林被告に現金を盗まれたのではないかと相談を受け、調べていた。
 京都府警捜査1課などは8月10日、強盗殺人などの容疑で小林被告を逮捕した。京都地検は8月31日、強盗殺人と住居侵入の罪で小林被告を起訴した。
裁判所
 京都地裁 安永武央裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年1月12日 無期懲役
判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2023年12月8日の初公判で、小林新太郎被告は「私は殺めたり、財布などはとっていません」と述べ、起訴事実を否認した。
 冒頭陳述で検察側は、小林被告が被告は事件の前の月に水漏れを見るといって被害者の部屋に入っており、犯行時刻に被害者宅を出入りする姿が目撃され、室内でDNA型が検出されており、困窮していた被告が犯行時間の後に買い物やパチンコで金を使うなど事件直後に少なくとも9万円を所持していたことなどから、「被告が犯人でなければ合理的に説明できない」と指摘した。
 弁護側は「被告が犯行時刻に別の場所で自転車に乗っているのが防犯カメラに映っていて、目撃者が見たのは被告ではない。事件のあと被告が使った金はへそくりだった。」などとして無罪を主張した。
 22日の論告で検察側は、小林被告が被害者宅を出入りする姿が目撃され、室内でDNA型が検出されたことなどから、「被告が犯人でなければ合理的に説明できない」と指摘。金品を奪う目的で1人暮らしの高齢者を狙ったとし、「強固な殺意に基づく執拗で残虐な犯行だ」と非難した。
 同日の最終弁論で弁護側は、事件後に所持していた現金は被告が自宅のタンスで見つけたへそくりだったとし、「殺害したことや財布などを奪取したことは、十分な立証がされていない」と反論し、無罪を主張した。
 判決で安永裁判長は、小林被告が犯行時間の前後に被害者の部屋を出入りしていたとする目撃証言が信用できるとした上で、金銭に窮していた被告が事件後に多額の現金を所持していてパチンコなどで金を使っていたことから、強盗目的で犯行に及んだと指摘。「ギャンブルに金銭を使い果たしたあげく、身勝手な理由で関係ない被害者を殺害した」と非難した。そして「犯行は残忍で反省を全くしていない」と述べた。
備 考
 

氏 名
西原崇(40)
逮 捕
 2018年2月13日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、強制わいせつ致死
事件概要
 松山市の運送会社員、西原崇被告は2018年2月13日午前4時35分~午前5時50分ごろ、今治市の段ボール製造販売会社の敷地内で、同僚の女性(当時30)の首を両手で絞め、タイツをはぎ取るなどわいせつ行為をし、首をタイツで絞めて殺害した。
 女性は同日未明、荷物を配送するため、一人で段ボール製造会社に向かった。西原被告は同日早朝、女性と合流して仕事を手伝う予定だった。
 帰社予定だった午前中に戻らず、連絡も取れなくなったため、会社の上司が13日午後、西条署に行方不明届を提出。県警が、女性が仕事をしていた段ボール製造会社を捜索した際、遺体が見つかった。会社の敷地や建物は人が出入りしていたが、遺体があったのは人目につきにくい場所だった。
 県警は13日午後、西原被告から任意で事情を聴き、同行した現場で逮捕した。
裁判所
 高松高裁 佐藤正信裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年1月18日 無期懲役(被告側控訴棄却)
裁判焦点
 2023年11月8日の控訴審初公判で弁護側は、西原崇被告には発達障害などの影響があり、好意を寄せる相手に対する悪ふざけから首を絞めたと主張し、わいせつ目的はなかったなどと訴えた。そして一審判決は事実誤認があり、量刑も重すぎると主張した。検察側は控訴棄却を求め、即日結審した。
 判決で佐藤裁判長は「被告の主張はいずれも理由がない。被告はわいせつの意図をもって被害者の首を絞めたと認められ、松山地裁が強制わいせつ致死罪が成立すると認めた判断に誤りはない。量刑の評価にも不合理な点はなく、無期懲役が相当である」と述べた。
備 考
 2018年11月13日、松山地裁(末弘陽一裁判)の裁判員裁判で求刑無期懲役に対し、一審懲役19年判決。2019年12月24日、高松高裁(杉山慎治裁判長)で一審破棄、地裁差戻し。2020年7月29日、最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長)で被告側上告棄却、地裁差戻し確定。
 2023年3月10日、松山地裁の差戻し裁判員裁判で、求刑通り一審無期懲役判決。被告側は上告した。

氏 名
周東由記(46)
逮 捕
 2022年8月19日
殺害人数
 1名
罪 状
 殺人、銃刀法違反(発射、加重所持)
事件概要
 群馬県太田市の指定暴力団稲川会系3次団体組幹部周東由記被告は、2次団体組幹部の室田利通被告と西村一広被告、親交のあった前橋市の無職N被告と共謀。2020年1月24日午後7時ごろ、桐生市に住む山口組系傘下組織組員の男性(当時51)の自宅アパート駐車場で拳銃1丁と実弾3発を所持し、2発発射して組員の頭と胸に命中させ、殺害した。
 室田被告らが所属する2次団体と、被害者が所属する傘下組織はともに太田市を拠点としており、抗争には至っていないが、しのぎを巡ってもめており、組員同士の衝突が複数回あった。
 群馬県警は2022年8月19日、殺人と銃刀法違反(発射、加重所持)容疑で室田被告ら4人を逮捕した。
裁判所
 前橋地裁 山下博司裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年2月1日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2024年1月15日の初公判で、周東由記被告は「関係はなく、やっておりません」と無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、周東由記被告が当時、指定暴力団稲川会系の組員で、幹部の男=同罪などで起訴=から指示を受け、射殺したと指摘。「拳銃自体が禁制品であり、殺傷能力が高い45口径の銃を使った上、近距離から2発目を発射するなど確実に殺害する態様だった」と危険性と悪質さを非難した。
 弁護側は、防犯カメラの映像など直接証拠はないとし、「動機がなく、組員の男が発射役として関わった客観的な証拠はない。関係者の供述は信用できない。共犯者が射殺した可能性がある」と主張した。
 23日の論告求刑公判で、検察側は「銃を撃つ発射役で、バットを持つ援護役に加勢を指示するなど実行行為を担った」と指摘した。
 弁護側は、無罪を主張した。
 判決で山下裁判長は、他の共犯者らの供述が一致していることや現場の状況などから、発砲の実行役だったと認定。幹部組員らが、事前に目出し帽や手袋を用意して役割を決めていたことから、「計画的だった」と指摘。被害者の後頭部を撃ち、確実に死亡させる意図があったとした。そして「住宅街での犯行で、近隣住民を巻き込む危険性があった。実行犯として極めて重要な役割を果たしており、反省もなく、規範意識が鈍っている」と述べた。
備 考
 金属バットを持つ援護役だったN被告は起訴事実を概ね認めるも、共謀の成立時期について争った。2023年10月16日、前橋地裁で懲役20年判決(求刑懲役25年)。
 室田利通被告、西村一広被告は起訴済み。

 被告側は控訴した。

氏 名
田畑悠也(31)
逮 捕
 2021年1月9日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人、死体遺棄、監禁他
事件概要
 住所不定、無職の田畑悠也被告は2020年9月16日午後6時50分頃~7時45分頃、鹿屋市内の商業施設の駐車場に停めた会社員の女性(当時35)の軽乗用車内で、車を自由に使用させるよう要求。抵抗されたため、シートベルトで首を巻き付けて絞めるなどして窒息死させ、車(時価55万円相当)を強奪し垂水市の土手に遺体を遺棄した。
 田畑被告は以前、別の事件で執行猶予付き判決を受けていたにも関わらず、働いていた飲食店の売上金の持ち出しなどのトラブルが生じていた。女性とはSNSの出会い系サイトで知り合って連絡を取っていたが、会うのはこの日が初めてであった。
 女性は鹿屋市内の勤務先からいったん帰宅。午後6時半頃、同居する親族に「外出してくる」と伝えて家を出た後、行方が分からなくなっていた。親族が18日、県警鹿屋署に行方不明届を提出。10月29日、県警の捜索で遺体が見つかり、DNA鑑定の結果、身許が判明した。同31日に司法解剖をしたが、遺体の損傷が激しく、死因は分からなかった。県警は事件事故の両面で捜査した。
 田畑被告は女性の車で実母が住む大分県に逃亡し、母親の自宅に身を寄せた。しかし10月8日深夜、別府市内の駐車場に止めた軽乗用車内で、SNSを通じて知り合った女性(当時30)に刃物のようなものを押し当てて脅し、約1時間、監禁した。女性が近くの店の従業員に助けを求めて発覚。田畑被告は逃亡したが、別府署は9日、利用料金を払わずに市内のインターネットカフェを利用したとして、詐欺容疑で逮捕。さらに30日には監禁容疑で再逮捕した。
 一方、鹿児島県警は、女性が行方不明時に田畑被告と会っていたことを突き止めた。さらに大分県で女性の車を乗っていたことも判明。2021年1月9日、鹿児島県警の捜査員らが勾留先の大分県警別府署を訪れて田畑被告を死体遺棄容疑で逮捕し、身柄を鹿児島県警に移送した。1月20日、強盗殺人容疑で再逮捕した。
裁判所
 鹿児島地裁 中田幹人裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年2月22日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2024年1月23日の初公判で、田畑悠也被告は「殺すつもりはなかった」と殺意を否定。死体遺棄罪では「女性を放置した際、亡くなっている認識がなかった」と無罪を主張した。
 冒頭陳述で検察側は、別の事件で執行猶予付き判決を受けていたにも関わらず、働いていた飲食店の売上金の持ち出しなどで逮捕されることを恐れ、県外逃亡の手段を得ようと一連の犯行に及んだと指摘。「SNSで女性を誘い出したが、クラクションを鳴らすなど抵抗され、発覚を逃れるために殺害と車の強奪を決意した」と述べた。そして「窒息死に至るには首の圧迫以外考えられない」として、シートベルトが首にかかっていたと指摘。被告は危険性を認識できたとした。
 弁護側は、と「被告は女性が抵抗したため、手と頭にシートベルトを巻いて拘束した。首は絞めていない」として、死に至る可能性を認識できなかったと主張した。また、死体遺棄については無罪を主張した。
 24日の公判における被告人質問で、弁護側から垂水市の土手に遺棄するまでの女性の様子を問われ、「『うー』と声を出していたので、生きていると思っていた」と述べた。
 25日の公判における被告人質問で田畑被告は、「(拘束するために)手と顔付近にシートベルトを巻いただけ」と述べ、改めて殺意を否定した。検察側は、捜査段階の取り調べでの発言と食い違うと指摘。被告は「『顔面あたりにシートベルトを巻いた』と言ったつもりだったが、首に入っていたと強調された調書になっていた」と反論した。遺棄したとされる場所でなぜ女性の脈を測ったのか問われると、「意識がもうろうとした状態だと思っていた。死んでいるかを確認するためではない」と死体遺棄について否認した。
 26日の公判で、福岡大学医学部法医学教室の久保真一教授が出廷。田畑被告が被害者に体重をかけて押さえつけたなどの供述を元に、胸郭運動障害や気道閉塞が合わさって死に至った可能性もあると指摘した。一方、司法解剖した鹿児島大学大学院法医学分野の林敬人教授は、遺体の首の状況と被告人の説明から「死因は頸部圧迫による窒息死とみて矛盾はない」と述べた。
 31日の公判における被告人質問で、弁護人に逃亡中の精神状態を尋ねられ、「ずっと視線を感じ、他の車が全て警察のようだった」「(自首を)何度も考えたが勇気がなかった」と答えた。
 2月2日の論告求刑公判で検察側は、「女性の顔面あたりに巻き付けたシートベルトを相当の時間締め付けていることなどから、人を死に至らしめる危険性の高い行為という認識があり、殺意があったことは明らかだ。被害者を見つかりにくい場所に放置し、生存を偽装するメッセージを送るなど被害者が亡くなっていると分かっていた上での犯行で、もたらした結果は重大。強固な意思で行われた悪質な犯行で、動機は身勝手で反省の態度も見られない」と述べた。
 同日の最終弁論で弁護側は、「計画性がなく行き当たりばったりの行動で、女性を傷つけることは考えていなかった。シートベルトで縛ったのも女性が抵抗しないように拘束するためだった可能性などが残り、殺意があったことが間違いないとは言えない。また、死体遺棄についても女性が死亡しているという認識がなく、無罪だ」と主張。強盗殺人と死体遺棄は成立せず、強盗致死罪で懲役20年以下が妥当とした。
 最終意見陳述で田畑被告は、「被害者に心からお詫びします。 本当に申し訳ございませんでした」と述べた。
 判決で中田裁判長は、シートベルトの幅や柔軟性の乏しさなどから、「鼻口部を隙間なく塞ぎ続けたとは合理的に考えにくい」と指摘。後頭部やあごが無理やり曲げられて気道が塞がれた可能性も否定し、「首にシートベルトを巻き付けて窒息死するまで絞めつけた」とした。その上で、被告はシートベルト越しに伝わる女性の首の感触や巻き付けた輪の大きさから、首に掛かっていたことを認識していたとして殺意を認定した。また、死体遺棄については、小雨が降る中で人通りの少ない土手に女性を放置したことなどから、女性が死亡していると認識していたとして、死体遺棄罪の成立を認めた。そして「強い殺意をもって死に至るまで数分間首を絞め続けていて非常に悪質だ。結果はこの上なく重大であり、突如として将来を絶たれた女性の無念さは計り知れない」と指摘。「被告は別の事件で受けた保護観察に伴う制約や束縛から逃げるために車を手に入れようとして女性の抵抗に遭い犯行に及んでいて、経緯や動機は身勝手で自己中心的、酌量の余地を見いだすことはできない。被告人の公判での反省の言葉や母親が更生に協力するなど酌むべきであるが、情状酌量にも限度があり、一生罪を償わせるべきである」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。

氏 名
ラ・ロサ・ビテ・エドガルド・アントニー(37)
逮 捕
 2020年12月8日
殺害人数
 2名
罪 状
 殺人、現住建造物等放火、死体損壊
事件概要
 ペルー国籍の住所不定、無職、ラ・ロサ・ビテ・エドガルド・アントニー被告は2015年12月30日午後2時ごろ、愛知県半田市の県営住宅3階の一室で、元内縁の妻であるブラジル国籍でアルバイト従業員の女性(当時27)と、同居している工場作業員の姉(当時29)の首を圧迫して殺害。ガソリンをまいて、何らかの方法で火を放ち、遺体を焼損した。首を圧迫した方法については「不詳」とした。
 アントニー被告は1991年に父親らと来日。事件当時の在留資格は定住者で、足場工をしていた。アントニー被告は2009年ごろに女性と知り合い、一時期同居していたが、事件の数か月前に別れ、車上生活をしていた。アントニー被告は女性に復縁を求め、交際を反対する姉ともトラブルになっていた。
 アントニー被告は火災発生当日の夜、名古屋市内で無免許運転をしたとして、道路交通法違反容疑で逮捕された。車内には内妻との間に生まれた当時5歳と3歳の娘が乗っていたが、けがはなかった。その後は窃盗罪でも起訴された。服役し、仮出所して名古屋出入国在留管理局に収容されていた。
 放火により現場に残された証拠は乏しかったが、間接証拠を積み重ね、愛知県警は2020年12月8日、現住建造物等放火容疑でアントニー被告を逮捕。28日、殺人容疑で再逮捕した。名古屋地検は2021年1月18日、殺人と現住建造物等放火、死体損壊の罪で起訴した。
裁判所
 名古屋地裁 吉田智宏裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年2月27日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2024年1月23日の初公判で、ラ・ロサ・ビテ・エドガルド・アントニー被告は裁判長から起訴内容の認否について聞かれたものの、何も答えなかった。
 冒頭陳述で検察側は、アントニー被告は事件当時、別居していた元内妻に気を引くメールを送るなどして復縁を望んでいたと指摘。元内妻が他の男性と交際を求めており、姉も2人の交際に反対していたとし、被告には動機があったと述べた。また被告のタブレット端末の位置情報などから事件当時に被告が現場付近にいたなどと指摘し、犯人は被告以外にいないと主張した。そして精神疾患などはなく合理的な行動をとっていたと主張した。
 弁護側は、被告が犯人かどうかも争う姿勢を示した上で「2人(被告と内妻)とも覚醒剤を使っていて、別の人物に恨みをかってもおかしくない状況だった。仮に犯人であった場合でも、幻覚や精神疾患などが影響を及ぼした可能性がある。事件当時の刑事責任能力や現在の訴訟能力に争いがあり、裁判の停止が相当」と主張した。
 その後の公判でも、アントニー被告は事件について「覚えていない」「答えたくない」と繰り返した。
 2月15日の論告求刑公判で、検察側は出火直後に被告が娘らと現場を離れていることや、その後、突然父親の自宅を訪れノートパソコンなどを預けていることから「偶然が重なり過ぎていて犯人と強く推認される」と主張。被告の事件前後の行動を踏まえ、責任能力があったとした。そして「妹には復縁を拒絶、姉には反対され、立て続けに殺害した残虐な犯行。2人の生命を奪い、殺害後も尊厳を冒とくした。姉妹の無念は察するにあまりある。これまで一度も反省の態度を示さず、もはや改善と更生を期待するのは著しく困難だ」と指摘。一方で「重大性を鑑みれば死刑もやむを得ないが、現場から逃げる様子を目撃されるなど綿密な計画性はない」として無期懲役を求刑した。
 最終弁論で弁護側は「被告は被害者に執着しておらず、年末年始には被害者などと旅行を計画するなどしていて、被告に2人を殺害する動機はなく、動機がある人は他に複数いる」と指摘。もし被告の犯行だったとしても、被告は当時覚醒剤を使用しており、善悪の判断ができない心神喪失か心神耗弱の状態だったとして無罪を主張した。
 判決で吉田裁判長は、被告には元内妻との間に交際を巡るトラブルがあったとし、これが殺害の動機になり得たと認定。その上で、火災発生時刻ごろに被告が現場周辺にいた▽事件当夜、被告と一緒にいた娘2人が警察官の職務質問に対し、事件の概要を知っているとの趣旨の話をした――ことなども踏まえ、「被告が犯人だと推認できる」と結論づけた。さらに姉妹と居合わせた娘2人らを火災現場から退避させるなどした被告の行動について「合理的で、完全責任能力があった」と指摘し、責任能力を認めた。そして「結果は誠に重大。2人の首を相当な力で数分間圧迫していて、突発的だが強い殺意による犯行。(火災の)発見が遅れれば他の住人にも被害が及びかねない危険性が高かった」と非難した。
備 考
 

氏 名
田中治樹(51)
逮 捕
 2022年2月11日
殺害人数
 1名
罪 状
 強盗殺人
事件概要
 釧路市の会社員、田中治樹被告は2016年1月14日午後5時30分~同6時ごろまでの間、釧路市に住む伯母(当時80)の頭部を鈍器のようなもので数十回殴打し脳挫傷により死亡させ、現金約20万9,000円を奪った。
 翌15日、参加予定の老人クラブの会合に伯母が来なかったことから、心配した友人が午後4時ごろに訪ね、頭部にビニール袋をかぶせられた状態で自宅で倒れているのを発見した。
 事件直後から田中被告は捜査線に浮上し、複数回にわたって任意聴取を受けていた。
 事件から6年後の2022年2月11日、道警は田中被告を強盗殺人の容疑で逮捕した。
裁判所
 釧路地裁 井草健太裁判長
求 刑
 無期懲役
判 決
 2024年3月4日 無期懲役
裁判焦点
 裁判員裁判。
 2024年1月16日の初公判で、田中治樹被告は「私は伯母を殺していませんし、お金も盗んでいません」と起訴内容を全面否認した。
 検察側は冒頭陳述で、争点について「被告人が犯人が否か」「犯人の場合、金品を奪う目的で被害者を殺害したか否か」と話した。そして、伯母が在宅時も施錠し、知らない人は家に入れない注意深い性格であること、現場に争った形跡が無いことから、顔見知りの犯行と指摘。田中被告がパチスロなどにはまって伯母を含む親戚や知人から借金を重ね、ヤミ金にも借りて計数百万円の借金があること、税金を滞納するなど金に困っていたことや、推定犯行時刻の直後に自身の銀行口座に入金した20万8千円のうち、1万円札3枚の紙幣番号が伯母が事件前に引き出した紙幣と一致したと述べた。事件の前後には「鑑識 仕事内容」「殺人事件何を調べる」「北海道の新着ニュース」について検索していたことも状況証拠に挙げた。また、伯母が友人に「被告が自宅に来る予定」と話し、同被告は犯行時間帯に現場近くにいたなどと主張した。
 弁護側は、田中被告がパチスロ代などに使うため借金を重ねるなど、お金にだらしない一面を認めるが実家暮らしで生活が特別に苦しいとは思っていなかったと主張。また口座に入金したのはパチスロに買って手元に金がある状態であり、12月に伯母から10万円を借金したときの中に検察側が指摘する新札3枚が含まれていたと訴えた。また検索についても警察官や指紋採取の仕事に就くサイトだったとし、「釧路 殺人」など具体的な検索はしていないと反論した。そして「事件当日は午後4時30分ごろまで就寝し、起床後は交際相手と電話をしていた。その後、日常生活として外出しており、伯母宅は向かっていない。伯母を殺害した犯人ではなく、金品も盗んでいないため無罪である」と反論した。
 17日の第2回公判で、伯母の遺体を司法解剖した医師がリモートで出廷し、検察官の質問に対して頭蓋骨が陥没している事や傷跡の数や形状などから「金づちやハンマーのようなもので40回以上強い力で殴られ30分ほどで亡くなった」と証言した。さらに、伯母は殴られて間もなく喉などの筋肉が緩み、いびき音を出したと指摘した。冒頭陳述で検察側は、犯行推定時間の後に田中被告がいびき音についてネット検索していたと主張したが、弁護側は当時の交際相手に「いびきがうるさい」と言われていたと反論した。
 2月14日の論告求刑公判で、殺害された伯母の娘が「裁判で疑いが強まった。母に別れを言えず田中被告が事件の真相も明らかにせず残念。生涯許すつもりはなく最大限の刑罰を与えて欲しい」涙ながらに訴えた。
 論告で検察側は「借金を重ね、金銭的に困窮していた被告が、犯行可能時間帯直後に20万8,000円を銀行口座に入金しており、そのうちの1万円札3枚は、伯母が12月に引き出したものと紙幣番号が一致している」「田中被告が借金返済のため、14日に伯母宅に訪問するという証言もあり、金を奪う動機もあった」と指摘。事件前後の時間帯に田中被告が運転した車が犯行現場の近くを行き来するのが防犯カメラに映っていたことが確認されていることなどから「さまざまな状況証拠から、被告人が犯人と強く推認できる」と主張。「犯行態様は残虐で冷酷。凶器や手袋を持って行くなど計画性も認められる。不合理な弁解に終始しており、刑を軽減すべき事情はない」とした。
 最終弁論で弁護側は、14日に訪問するというのは田中被告が「近く訪問する」との話をしたところ伯母が認知症のため犯行日と勘違いしたと指摘。さらに「防犯カメラの車の映像は似ているが同一かは不明で、田中被告が乗っていることも確認できない。犯行現場へ右折したとされる交差点で直進していた可能性がある」「検察側が指摘する1万円札3枚は、12月に被害者から借りた10万円の中に含まれていた」とし、「犯行に使用された凶器が見つかっていないことや、被告から伯母の血痕が検出されるなどの直接的証拠がない」「検察側が主張する犯行時間の約25分に金づちで40回以上殴り、返り血をキッチンで洗い流して着替え、室内の金を物色して奪って車で逃げるのは不可能に近い」と無罪を主張し、裁判員に「疑わしきは被告人の利益に」と訴えた。
 最終意見陳述で田中被告は、「自分のだらしなさや嘘を重ねた自己中心的だった事で疑われ、家族や友人に迷惑をかけてしまったことは後悔している。でも私はやっていません。権力(警察や検察)による不当な圧力もあった。事件発生直後から犯人と決めつけられているが、私は伯母を殺していないし、お金も奪っていない」と述べた。
 判決で井草裁判長は、争点の一つとなった犯行当日の訪問の約束について「親族や知人の話から生活に支障が出るほどの認知症の症状はなく、犯行日に訪問の約束は信用できると検察側の主張を認めた。そして犯行当日に防犯カメラに映っていた車両についても「車は古く当時も流通量が少ない上、複数人の鑑定によりテールランプなどの位置など細かく検証されていて信用できる」と検察側の主張を認めた。また最大の争点ともなっている犯行後の大金について「常に口座の残高が少なく事件日の前にも借金の返済を待ってもらう連絡をしていた田中被告が、急に約20万円を入手しATMに入金するのは不自然」と検察側の主張を認め、犯行時に奪ったものと認定した。検索の件についても、「交際女性から言われてから日数が経過し「あしもん」に関しても事件後のタイミングに検索するのは偶然とは考えにくい」として検察側の主張を認めた。そして井草裁判長は「殺害に関連する不審な行動に及んでいる。犯人でないとすると、被害者方に向かったのに約束を反故にし、被害者方以外の方法で現金を入手して入金した一方、偶然にも第三者が殺害したことになる。偶然が重なり合うのは考えられず、合理的に説明ができないか、説明が極めて困難な事実関係」などと弁護側の無罪の主張を退け、田中被告の供述が場当たり的で信用性に欠けると指摘し、田中被告が犯人であると認定した。そして「犯行態様は執拗で残虐。凶器を用意して訪問し殺害した後には短時間で物色して金を奪っていており、強い殺意と計画性もあり結果も重大。反省もせず、酌量減軽も認められない」と述べた。
備 考
 被告側は控訴した。

氏 名
野村悟(77)/田上不美夫(67)
逮 捕
 野村被告:2014年9月11日/田上被告:2014年9月13日
殺害人数
 野村被告:0名/田上被告:1名
罪 状
 野村被告:銃刀法違反、組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)/田上被告:殺人、銃刀法違反、組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)
事件概要
 特定危険指定暴力団工藤会トップで総裁の野村悟被告と、ナンバー2で会長の田上不美夫(たのうえ・ふみお)被告は他の被告と共謀して以下の事件を起こした。
  1. <元漁協組合長射殺事件>
     1998年2月18日午後7時頃、北九州市小倉北区の高級クラブ前路上で、北九州市最大の脇之浦漁協(現・北九州市漁協)元組合長で、砂利採取販売会社会長だった男性(当時70)に至近距離から拳銃を発射し、4発を命中させて殺害した。(殺人、銃刀法違反)
     1996年に公表された大規模港湾事業公共工事において、着工には地元漁協の同意が必要であった。男性は港湾土木業界や周辺の漁協に影響力を持っていた。事件当時、野村被告は工藤連合草野一家若頭兼田中組組長、田上被告は田中組若頭だった。野村被告は、公共工事の利権介入を狙ったが男性に拒否された。2人は配下の中村受刑者らに指示を出した。
    (注)本事件で野村被告は二審で無罪判決。
  2. <元警部銃撃事件>
     2012年4月19日午前7時6分頃、北九州市小倉南区の路上で、バイクの男が福岡県警元警部の男性(当時61)に殺意を持って拳銃を2発撃ち、男性の左腰、左大腿部に命中させて約1か月の重傷を負わせた。(組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)、銃刀法違反)
     男性は暴力団捜査に約30年間従事しており、工藤会専従の「北九州地区暴力団犯罪捜査課」で特捜班長も務めた。野村被告は男性が自身を批判する発言を聞くなど、確執があった。田上被告は不在時に男性の死期で自宅の捜査を受けたことに立腹していた。工藤会に敵対的だった元警部に対する報復及び警察組織に対する威嚇、権勢が動機とされるが、直接の動機は不明。
     男性は事件の前年に県警を定年退職していたが、退職後、自宅周辺で不審な車が目撃されていたことから県警の「保護対象者」になっていた。当日は、再就職していた市内の病院への通勤途中だった。
  3. <看護師刺傷事件>
     2013年1月28日午後7時4分頃、福岡市博多区の歩道で、黒いニット帽にサングラスをかけた男が、北九州市小倉北区の美容整形医院から帰宅中だった看護師の女性(当時45)を後方から殺意を持って刃物で数回切り付け、顔などに重傷を負わせた。(組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂))
     被害者が勤務していた美容整形医院で下腹部の手術を受けた野村被告が、術後の経過や被害者の対応に不満や怒りを抱いての犯行。
  4. <歯科医師刺傷事件>
     2014年5月26日午前8時29分頃、北九州市小倉北区の駐車場で、男が車から降りた歯科医師の男性(当時29)に殺意を持って刃物で胸などを複数回突き刺し、約3か月の重傷を負わせた。(組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂))
     男性は<元漁協組合長射殺事件>で殺害された組合長の孫で、父親も漁業協同組合支所の代表理事であり、地元工事に関する漁業権者の代表をしていた。組合長が殺害された後、理事は田上被告から工藤会との交際を要求されるも、拒否していた。2013年12月20日、先に殺害された組合長の弟であり、漁業協同組合の組合長を務めていた男性が何者かに射殺されて死亡。この男性も工藤会に対する反対姿勢を公にしていた。田上被告は知人を通し、工藤会に反対するようであれば次はお前が殺されるかもしれないと、次期組合長の有力候補であった理事に述べた。理事は工藤会の要求を拒絶し、2014年4月以降は警察の保護対象となっていた。しかしその息子である被害者は保護対象とはなっていなかった。
     男性は事件後、関わりたくないとリハビリ医師から診療を断られることもあり、雇ってくれる歯科医院もなかったことから、福岡を離れることになった。

 (1)では2002年6月26日、工藤会系組長中村数年受刑者、同組幹部NT元被告が殺人容疑で逮捕された。28日、同系組長F受刑者、同系組長で田中組のナンバー2であった田上不美夫被告が殺人容疑で逮捕された(F受刑者と田上被告は恐喝罪などで服役中)。7月、福岡地検小倉支部は3人を起訴するも、田上被告は「共謀関係を立証する証拠が足りない」として処分保留で釈放し、後に不起訴となった。
 2006年5月12日、福岡地裁小倉支部は、実行役の中村数年受刑者に無期懲役(求刑同)、見届け役のF受刑者に懲役20年(求刑無期懲役)を言い渡した。しかし実行役とされたN元被告には無罪(求刑無期懲役)を言い渡した。判決では氏名不詳者と共謀とされた。
 N被告については双方控訴せず確定。2007年10月5日、福岡高裁は中村受刑者の判決に対する被告側控訴、F受刑者の判決に対する検察・被告側控訴を棄却した。2008年8月20日、2人の被告側上告棄却、確定。

 2014年9月11日、福岡県警は(1)における殺人容疑で野村悟被告を逮捕、田上不美夫被告を公開手配した。樋口真人県警本部長が記者会見し、県警職員の3割超に当たる約3,800人を特別捜査本部に投入すると発表し、工藤会の壊滅に向けた「頂上作戦」に乗り出した。福岡地検は9月以降、公判部に工藤会専従班を編成。公判担当の経験が豊富な中堅の検事を集めた。13日、同じく殺人容疑で田上被告を逮捕。10月2日に起訴。
 10月1日、(3)における組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)容疑で野村、田上両被告を再逮捕、他にナンバー3で工藤会理事長、田中組組長の菊地敬吾被告など組幹部ら13人を同容疑で逮捕。逃亡中の1名を指名手配し、2日に逮捕した。10月22日、地検は14人を起訴し、2人を不起訴とした。
 2015年2月15日、(4)における組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)容疑でら3人を逮捕。16日、同組幹部の中西正雄被告ら6人を再逮捕。3月9日、同組幹部の中西正雄被告、同組幹部のMK被告、同組幹部のNY被告、同組組員のWK被告の4人を起訴。5人は処分保留。
 5月22日、(4)における組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)容疑で野村被告、田上被告、菊地敬吾被告、理事長補佐の瓜田太被告の4人を逮捕。6月12日、野村被告、田上被告、菊地被告を起訴。瓜田被告は処分保留で釈放し、後に不起訴とした。
 2015年7月6日、(2)に絡んで野村被告、田上被告、菊地被告らを組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)容疑などで逮捕。計18名が逮捕された。7月27日、福岡地検は地検は11人を起訴した。7人は処分保留で釈放し、後に不起訴とした。


 工藤会は福岡県警によると、結成は1946年ごろ。北九州市で対立していた草野一家と工藤会が1987年に合併し、現在の工藤会となった。福岡、山口、長崎3県に勢力を持ち、構成員約560人、準構成員約390人(2013年末)で、構成員の人数は当時全国7番目。北九州に進出を図った指定暴力団山口組と1963年と2000年に抗争するなど武闘派として知られる。
 2000年1月、野村悟被告が4代目会長に就任。2008年7月、溝下秀男前会長が死亡。2011年7月、野村被告が総裁に、田上不美夫被告が5代目会長に就任。
 工藤会は2000~2009年、一般人を対象にした報復目的の殺人未遂や放火事件を5件起こしたとして、2012年12月に全国の暴力団で唯一、改正暴力団対策法に基づき福岡、山口両県公安委員会によって「特定危険指定暴力団」に指定された。
 福岡県暴力団排除条例が施行された2010年以降、同県内で切り付けや放火、手投げ弾の投てきなど30件以上の襲撃事件が発生し、一般人2人が死亡している。
 米財務省は2014年7月、同会と野村、田上両被告について、米国内の資産を凍結する金融制裁の対象に指定した。
 東京都や千葉県にも事務所を置いて活動しているとして、警視庁は2014年10月、専従捜査班による対策室を設けた。
裁判所
 福岡高裁 市川太志裁判長
求 刑
 野村被告;死刑/田上被告:無期懲役((1)の事件)+無期懲役・罰金2,000万円((2)~(4)の事件)
判 決
 2024年3月12日 野村被告:無期懲役(一審破棄)/田上被告:無期懲役+無期懲役
裁判焦点
 福岡地裁は2019年6月、裁判員への危害の恐れを理由に、裁判員裁判の対象から除外する決定を出した。
 2019年10月23日の初公判で、野村被告は起訴内容について「私は四つの事件すべてにつき無罪です」と述べた。田上被告も「全く関与していません」と無罪を主張した。
 検察側は冒頭陳述で、(1)について、元組合長やその親族が北九州市の港湾事業を巡り同会側の利権介入を拒んだことが背景にあると主張。(4)の被害者は元組合長の孫で漁協幹部の息子に当たり、「利権介入を拒む漁協幹部を屈服させるため、被害者の襲撃を考えた」などと述べた。(2)に関しては、工藤会捜査に長年携わった元警部が会を離脱した組員に接触した際、野村被告を批判する内容を話したことへの報復だったと説明。(3)では、野村被告が受けた下腹部手術に関し、看護師の術後対応への怒りが背景だとした。そして四つの事件すべてについて、両被告が直接的または間接的に配下組員に指示したことを指摘した。
 一方、弁護側は冒頭陳述で、両被告は実行役らの行為をそもそも知らず、関与していないと否定。特に、(1)については、田上被告が2002年に殺人容疑などで逮捕されたが、不起訴処分になった点などを踏まえて「公訴権の乱用」と主張した。
 29日の第3回公判で、別の事件で無期懲役判決が確定し服役中の工藤会ナンバー5で理事長代行だった木村博受刑者が検察側の証人として出廷。総裁を「隠居」、会長を「象徴」と表現し、野村、田上両被告は会の運営を配下の幹部でつくる「執行部」に任せ、「相談も口を出すこともなかった」と述べた。
 12月11日の第11回公判で、(1)の事件で殺害された男性の甥が検察側証人として出廷。同じ漁協に所属していた父親や自分の身にも脅迫めいた事件があったと証言した。父親は2013年12月20日に射殺されたが、容疑者は逮捕されていない。弁護側は「解明されていない事件で両被告には無関係。立証趣旨と違う」と異議を述べ、検察側は「背景を立証するために必要」と反論した。足立勉裁判長は異議について、一部を「意見は承る」としたが、おおむね棄却した。
 2020年1月30日の第21回公判で、検察側証人として2007年末から4年間、上納金の集計担当をしていた元組員が出廷。上納金は毎月2千万円ほどで(1)野村被告宅の維持費(2)「貯金」(3)同会運営費-に分けていた。「貯金」は「総務委員長から渡された名簿に載っている組員のために毎月10~20万円を積み立てていた」と説明。名簿には組名、名前、積立額が書かれ、対象組員は「組織のために事件を起こして服役している人」とした。元漁協組合長射殺事件の実行犯と見届け役の2人は、20万円ずつ積み立てられていたという。弁護側が「貯金の対象者から組織のために事件を起こしたと聞いたり、会合などで正式な説明があったりしたか」と質問したのに対し、元組員は「ない」と答えた。
 7月30日の公判における被告人質問で、田上被告は(1)の事件について「一切関与しておりません」と改めて無罪を主張した。元組合長の長男が両被告が元組合長らと会食したと証言したことについても、否定した。田上被告は「組全体でシノギ(資金獲得活動)をすることはない」とし、漁協利権が絡む同市の大型港湾工事も関心はなかったと説明。殺害された元組合長について「北九州市の漁協で絶大な力を持っていると組員から聞いた」としたが、長男が証言した元組合長らとの会食などを否定し「元組合長と面識はない」と話した。検察側は、田上被告が多額の確定申告をしていたことなどを引き出し、被告自身の稼ぎ方について問い詰めたが「言いたくありません」と明言を避けた。野村被告をどう思うか聞かれた田上被告は「好きですね。人間として。尊敬もしています」と話した。
 31日の公判における被告人質問で、野村被告は(1)の事件について指示や承諾などをしたか問われ「ありません」と答え、改めて関与を強く否定した。元組合長の長男が両被告が元組合長らと会食したと証言したことについても、否定した。また、序列が上の人間が、下に襲撃などを指示できるのかという質問に「事件は指示できない」と返答。組員が何らかの事件を起こす前に報告を受けることはないとし「共謀性が生まれるため」と説明した。
 8月4日の公判で(2)に関する野村被告への被告人質問があり、指示や承諾について全面的に関与を否定した。動機となるような元警部とのトラブルや恨みも「ありません」と話した。事件当時はすでに総裁の立場にあり「権限はなく、会の運営に口出しもしない隠居の身」と重ねて関与を否定した。総裁就任後、組員との接触は「ほとんどない」と述べたが、検察側は携帯電話の通話記録を基に有力組長らに多数、連絡していたことを指摘。通話内容をただされた野村被告は「特に用事はない」などと繰り返した。
 8月20日の公判で(2)に関する田上被告への被告人質問があり、「元警部とはずっと良い関係だった」と述べ、事件への関与を否定した。「(公判での証言は)うそばかりで、今まで良い関係だったのによく言えるなと思った」と述べた。銃撃事件を巡っては、実行犯など工藤会系組幹部らの実刑判決が確定。田上被告は「元警部を襲撃すれば、警察は工藤会をたたいてくる。それを許すほど私は愚かではない」として、自身や野村被告による指示を否定した。一方、弁護側から事件を指示した人物をどう思うか問われると「思慮が浅いとしか言いようがない」と話した。
 8月21日の公判で(3)に関する野村被告への被告人質問があり、レーザー照射による脱毛施術を担当した看護師に一時不満があったことを初めて明かしたが、事件への関与は否定した。一方、痛かった部分はやけどをして痛みが続いたといい、脱衣所などで処置をしている際に組員の前で怒った口調で看護師への愚痴を言ったことも明かした。事件のきっかけを聞かれると、野村被告は「私の愚痴が組員に伝わり、変なふうになったのかな」と話した。
 27日の公判で(3)に関する田上被告への被告人質問があり、事件について野村被告から指示されたり、自らが指示したりしたことを否定。逮捕されるまで組員の関与や野村被告が受けた施術などを知らず「何で俺が逮捕されないかんのかと思った」と述べた。検察側は、野村被告がクリニックを訪れた日や事件当日などに、野村被告や配下の幹部と田上被告が通話した記録があると指摘。内容について問うと「わかりません」と述べた。
 28日の公判で(4)に関する田上被告への被告人質問があり、4事件に組員が関与したことを問われた田上被告は、会長の立場として「被害者にすいませんという気持ちはあります」と謝罪。一方、工藤会の解散については「代々譲られたもの。私一人でそんな大事なことは決められない」と述べるにとどめた。これまでの公判で歯科医師の親族男性が、14年2月に田上被告から「(歯科医師の父は)まだ分からんのか。これは会の方針やけの」などと言われたと証言したが、田上被告はこの発言を「真っ赤なうそ」と反論。男性について「歯科医師の事件などで警察から重大な関心を持たれていた人物。それを自分からそらすためにでたらめを言ったんだと思う」と話した。
 9月3日の第59回公判で(4)に関する野村被告への被告人質問があり、野村被告は襲撃について指示や命令を出したり、承諾したりしたことなどの関与は「ありません」と答え、歯科医師との面識も否定。2013年12月に市漁協組合長だった男性(当時70)が殺害された事件で知っていることがないかどうかも問われたが「一切ありません」と述べた。検察側から工藤会を解散する意向がないか問われると「私にはそういう権限はありません」と語り、田上被告に意見を述べるつもりもないとした。配下の組員が一般市民を襲撃したことについては「(被害者が)気の毒に思いますね」と述べた。
 2021年1月14日の論告で検察側は、工藤会には上意下達の厳格な組織性があると強調した。4事件は計画的、組織的に行われており「最上位者である野村被告の意思決定が工藤会の意思決定だった」と言及。田上被告については「野村被告とともに工藤会の首領を担い、相互に意思疎通して重要事項を決定していた」と位置付けた。
 元組合長事件は、北九州市の大型公共事業を巡って、元組合長らが工藤会の利権介入を拒んだことが背景にあり、「犯行は被害者一族を屈服させ、意のままにすることにあった」と説明。歯科医師は元組合長の孫で、漁協幹部の息子だったことから「見せしめとして襲撃した」と述べた。元警部事件では、長年の工藤会捜査に対する強い不満があったと主張。看護師事件では、野村被告が受けた下腹部手術に関する看護師の術後対応への怒りが原因だと示した。
 いずれの事件も両被告の出身母体である工藤会の2次団体「田中組」が組織的に関与し、トップに立つ野村被告が4事件の首謀者で「各犯行の際立った悪質性の元凶」と非難した。そのうえで、検察側は4事件の死者は1人ではあるが、被害者が一般市民であり「長きにわたり工藤会を率いて、危険性のある犯行を計画的、組織的に繰り返しており、人命軽視の姿勢は顕著」と指摘。「継続的かつ莫大な利益獲得をもくろんだ犯行である元組合長事件だけでも、首謀者として極刑の選択が相当」と説明。「反社会的な性格が強固で、反省、悔悟の情は一切見て取ることができない」と更生の可能性がない点も挙げ、他の3事件も踏まえ「極刑をもって臨まなければ社会正義を実現できない」と述べた。
 田上被告に対しても検察側は「野村被告と共に工藤会を統率する立場で、刑事責任は野村被告に次いで重い」と主張。元漁協組合長射殺事件と3事件との間に確定判決があるため、元漁協組合長射殺事件で無期懲役、他の3事件で無期懲役と罰金2千万円を別々に求刑した。
 3月11日の弁論で弁護側は、「(審理対象の市民襲撃)4事件とも直接証拠はなく、間接証拠から両被告の関与を推認できるかどうかが問題となる」と述べた。そして検察側の手法を「間接事実を強引に結びつけ、独善的な『推認』に終始している」と批判。(1)で検察側が立証の柱としたのは、元組合長の長男の「新証言」。事件前後、工藤会側から利権を求める圧力があったなどとする内容について弁護側は、事件から約半年後の取り調べで長男が同様の内容を話していないことに触れ、「新証言は後日に作られた虚構であるか、歪曲されている可能性も大きい」と主張。福岡県警による「壊滅作戦」の第1弾となった事件を「壊滅に追い込もうとする刑事政策的な判断で、強引に起訴した」と批判した。(4)でも、親族の男性が公判で田上被告が事件を示唆する発言をしていたなどと話したことが「検察側が、野村被告らの関与と共謀を証明できるとする唯一の証拠だ」と位置付けた上で「客観的な裏付けもなく、信用できない」と全否定した。そして両事件で検察側は背景に漁協利権があると主張するが、弁護側は合理的根拠を示していないなどと指摘し「利権に興味を抱いたことはない」と反論した。
 また弁護側は、総裁は名誉職で野村被告に権限はないと強調。(2)は両被告に動機につながるような「恨み」はなく、両被告は被害者と良好な関係にあり、信頼を壊す出来事もなかったとして「襲撃する動機がない」と述べた。(3)では、野村被告が抱いた不満は一時的なもので、野村被告が事件後に「あの人は刺されても仕方ない」と語った同僚の証言には矛盾点があり、信用できないと訴え「野村被告の愚痴を聞いた組員が、勝手に事件を考えた可能性がある」とした。
 同日の最終意見陳述で野村被告は「どの事件にも一切関わりはないし、指示も承諾もしてません」、田上被告も関与を否定した上で「裁判所にはまっすぐな目で、証拠に照らして的確な判断をお願いしたい」と述べた。
 11日で結審したが、検察側の弁論再開の申し立てを受け、3月31日に公判が開かれた。地裁は、所得税法違反罪での野村被告の実刑判決の確定記録を証拠採用し、改めて結審した。
 判決で足立裁判長はまず(1)について検討。両被告は、被害者らが持っていた利権に重大な関心を抱いていたと指摘。組織の上位者だった点も踏まえ、「(事件を)配下の組員が独断で行うことができるとは考えがたい。両被告の関与がなかったとは到底考えられない」として共謀を認めた。
 両被告の工藤会の立場において、対外的にも組織内においても、総裁の野村被告が最上位の扱いを受け、会長の田上被告がこれに続く序列が厳格に定められていたとした。そして重要な意思決定は、両被告が相互に意思疎通しながら、最終的には野村被告により行われていたとした。
 (2)については、工藤会にとって重大なリスクがあることは容易に想定できるので、組員が両被告に無断で起こすとは到底考えがたいとした。
 (3)については、野村被告以外に工藤会内で犯行動機がある者はいないことから、他の人物が野村被告に無断で犯行を実行した可能性はないとした。
 (4)については、田上被告は被害者の父親に対して工藤会との利権交際に応じるよう執拗に要求したが断られていたことから、田上被告が組員に犯行を実行させたと推認できるとした。そしてかねてから野村被告が関心を持っていた被害者一族の利権に関し、田上被告が野村被告の関与なしに実行の指示をするとは考えがたいとした。
 野村被告の量刑について、元漁協組合長を殺害した事件は極めて悪質と断じ、目的のために手段を選ばない卑劣で反社会的な発想に基づき、地域住民や社会一般に与えた衝撃は計り知れないと述べた。またその他の3事件も組織的・計画的な犯行で、人命軽視の姿勢は著しく、被告はいずれも首謀者として関与しており、極刑はやむを得ないとした。
 田上被告の量刑について、利欲的な動機で元漁協組合長射殺事件に関与し、刑事責任は野村被告にこそ及ばないものの、無期懲役となった実行役を下回らず、無期懲役刑が相当とした。その他の3事件においても野村被告と相通じて意思決定に関わり、不可欠で重要な役割を果たしたており、有期の懲役刑では軽過ぎるとした。しかし、検察官は元警部銃撃事件で経済的利益獲得に資するという目的も併せ持っていたという罰金刑もの主張については、飛躍があり、科すことはしないとした。
 閉廷が告げられるや、野村被告は足立裁判長に向かって「公正な判断をお願いしたんだけどねえ。東京の裁判官になったんだって?」と言い、田上被告が「ひどいなあんた、足立さん」と続ける場面があった。そして最後に野村被告が「生涯後悔するぞ」と言った。
 野村被告の弁護人は8月26日、報道陣の取材に応じ、野村被告が「脅しや報復の意図ではない。言葉が切り取られている」と説明していることを明らかにした。接見した弁護人によると、野村被告は発言の報道内容に驚き、「公正な裁判を要望していたのに、こんな判決を書くようじゃ、裁判長として職務上、『生涯、後悔するよ』という意味で言った」と話した。「私は無実です」と改めて訴えたという。


 控訴後の2022年7月、野村悟被告と田上不美夫被告は弁護人約10人全員を解任した。控訴趣意書を提出する期限が7月下旬に迫っていた。新たな弁護士を選任し、再設定された提出期限の12月20日、控訴趣意書を福岡高裁に提出した。
 控訴趣意書で弁護側は、(1)の事件で服役中の中村数年受刑者が「首謀者は野村被告ではない」と話していると説明。自らは「拳銃を用意しただけで実行犯は別の組員だった」と供述しているとした。ところが、2023年6月、この「別の組員」が事件当時に競馬法違反罪などで収監中だったことが検察側の指摘で判明。刑務所に駆けつけた弁護人に元組員は「実行犯は自分だ」と供述を変えた。

 2023年9月13日の控訴審初公判の冒頭で、市川太志裁判長は「不規則発言は即時退廷を命じます」と注意した。高裁では多数の警察官らが警備に当たり、法廷があるフロアへの立ち入りを制限するなど厳戒態勢が敷かれた。控訴審からは、多くの死刑求刑事件で弁護を務めてきた安田好弘弁護士らが弁護人となった。
 野村悟被告は一審に続き4事件とも無罪を主張した。田上不美夫被告は2事件で無罪を主張するも、2事件について「独断で指示した」と関与を認めた。検察側は控訴棄却を求めた。
 弁護側は「有罪認定の直接証拠が全くないにもかかわらず、『推認』に『推認』を重ねたことによって死刑とした原判決は破棄されるべきです」「客観性を欠落させた、理屈だけの判決だ」「『推認』ではなく『事実』を追究する審理を強く要請します」と一審判決を批判し、野村被告の無罪を訴えた。そして(1)については「組織によるものではなく、被害者に個人的な怨恨を抱いていた、工藤会系組幹部だった中村数年受刑者と、死亡したF元受刑者が「首謀者」とした別の元組長が首謀したものだ」と説明し、両被告の関与を改めて否定した。(2)については「会ナンバー3の菊地敬吾被告が、独断で計画や指示をした。両被告は関与していない」と主張した。(3)(4)については田上被告がこれまでの主張をひるがえし関与を認める、とした。動機について(3)は「尊敬する野村被告が看護師から侮辱された怒り」、(4)は「知人を漁協幹部にしようとしたが排除されたことについて、漁協幹部である歯科医師の父への仕返し」とした。個人的な確執や怒りから犯行を指示したとものであり、その際に田上被告が野村被告に許可を得る必要はなく、むしろ相談すれば共犯に巻き込むことになると考えたと説明し、野村被告の関与がないことを強調した。さらに(2)(3)(4)については殺意がなかったと主張した。
 検察側は、「一審の判決に事実誤認はなく、常識にかなっている」と指摘。工藤会が野村被告を頂点とする厳格な組織であることを背景に、(1)(2)は野村、田上両被告の指示なしに組幹部や菊地被告が暴走して事件を起こすことは考えられないと反論。(3)(4)を田上被告が独断指示をしたとする弁護側の主張についても「田上被告には野村被告の刑事責任を免れさせようとする動機があり、信用できない」と断じて、控訴棄却を求めた。
 弁護側は、菊地被告が事件を指示したことを認めた陳述書など証拠書類144通の取り調べを求めたが、福岡高裁は野村、田上両被告の陳述書など3通のみ採用。組員ら36人の証人尋問なども求めたが、両被告と中村受刑者の計3人のみ認めた。
 同日午後は、(1)の事件で殺人罪などに問われ、無罪を主張するも無期懲役判決が確定した中村数年受刑者の証人喚問が行われた。出廷した中村受刑者が弁護側の質問に対し、事件の共犯者として認定されている工藤会系組長(2008年6月死亡)と共謀して事件を計画したと証言。「自身の公判で無罪を主張していたのに、なぜ関与を認めたのか」などと安田弁護士から問われ、「個人的な(理由で起こした)事件なのに、関係のない総裁と会長が『主犯』と言われているからです。関係ない総裁と会長に申し訳ない」などと答えた。約2年前に工藤会を離脱したとも明かし、工藤会との関係は「ありません」とする一方、今も野村被告の名の入れ墨が入っているのは「好きやからです」と語った。また実行犯については、当時無罪判決を受けたN元被告(2011年死亡)であるとも訴えた。検察側が、事件当日の行動などに関する中村受刑者の説明が変遷している理由について尋ねると、「うそをついていた」などと答えた。
 9月27日の第2回公判で被告人質問が行われ、田上被告は(3)(4)について傷つけるよう指示したと関与を認めた。(1)(2)については関与を否定した。田上被告は弁護側から(3)を指示した理由を問われると、「(看護師が)総裁を侮辱してからかったと聞き、かっときた。許せなかった」と説明。野村被告については「父親のような存在。徳で人を引っ張る人で、好きだし、感謝し、尊敬もしている」と述べた。また、(4)については、知人を漁協幹部にしようとしたが、漁協幹部を務める歯科医師の父親に拒まれたことなどの仕返しとして「家族を痛めつけようと思った」と話し、菊地被告に犯行を指示したと語った。そして田上被告は、2つの襲撃事件を実行し無期などの懲役刑を受けた組員たちに謝罪した。また2事件の被害者に対し、「人生を棒にふるようなことをして申し訳ない」と謝罪した。主張を一転させた理由については「総裁は何もしておらず、全く関与していないのに、推認推認で死刑になった。申し訳ない気持ちになった」と説明した。一審で全面否認していたことについては、「(一審の)弁護士の指示で、わかっていないことは話さなくていいと言われていた。私が否認すれば通るのではないかと思っていました」と話した。弁護人からの質問の終盤、「自身の最期はどうなると思うか」と問われると、田上被告は「獄中死と思います」と回答。工藤会の今後については「私が作った会ではないので、しかるべき人に譲り、私も何らかの形で残りたい」と話し、その意図については「普通の人には分からないだろうが、私のようにこの世界でしか生きていけない人間もいる」と説明した。
 午後からは野村被告に対する被告人質問が行われた。野村被告は改めて4つの事件への指示を否定。弁護士の「田上被告が指示をしたと聞いてどう思いましたか?」という問いに、野村被告は「田上も私のことを思いすぎてくれるくらいの人間やから、すまんなと」話した。また、田上被告が指示した2事件の被害者に謝罪した。一審判決後の裁判長への不規則発言を弁護人から発言の意図を問われ「公正な判断をお願いしていたのに、判決は推認、推認でびっくりして、そんなことあるのかという気持ちだった」と話した。その上で、脅す意図があったのかなどを問われ、「裁判所には申し訳ない。そんな(脅し)気持ちは一切ありませんでしたが、誤解されている可能性があるのでここに謝罪します」と話した。(控訴審の)裁判長に言っておきたいことを尋ねられると「公正な判断をお願いしたいと思います」と述べた。野村被告は総裁という立場を工藤会からなくし、関係を断ち切ると述べた。
 11月29日の第3回公判で弁論が行われ、弁護側は元漁協組合長射殺は元工藤会系組幹部の中村数年受刑者が個人的動機で起こした事件で両被告の指示によるものではないと強調。元警部銃撃事件はナンバー3だった菊地敬吾被告が「過去に元警部に逮捕された恨み」などから独断で組員に指示したとした。看護師刺傷と歯科医師刺傷事件は、田上被告が看護師に怒りを感じたり、漁協の人事を巡り漁協幹部だった歯科医師の父親に「なめられた」と感じたりして、菊地被告に指示したが、殺意はなかったとし、傷害罪成立にとどまると主張。そして「野村被告は4つの事件に関してはいずれも無罪にして無実」と主張し、田上被告については2つの事件で指示したものの「殺意は認められなず傷害罪成立にとどまる」などとして、「直接証拠がない中で推認に基づき適格な理由もなく共謀と殺意を認めた一審判決は事実誤認があり、破棄されるべき」と主張した。
 検察側は、主張を一転させた田上被告の供述について、中村受刑者の証言のいずれも変遷しているなどとして「不自然で信用性がない」と反論。「一審判決は論理則、経験則に違反するに不合理な点はなくて認定は全く揺るがず、弁護側の控訴には理由がない」と主張し、結審した。
 判決で市川裁判長は冒頭、「不規則発言をした場合即時退廷を命じる」と述べてから言い渡しに入った。そして最初に「無期懲役に処する。殺人の事実は無罪」と主文を言い渡した。
 市川裁判長は元組合長射殺事件について、当時、野村被告が組長を務めていた工藤会傘下の「田中組」が組織的に実行した事件と認定した。しかし、当時の「田中組」の意思決定のあり方が不明であることから、工藤会と同じ「厳格な統制のとれた組織」とみることはできないとした。そして野村被告の発言など間接証拠についても「野村被告の共謀を推認するには限界がある」とした。一方、2012年以降の他の3事件については、既に工藤会ナンバー1に就任していたことから、工藤会の「厳格な序列と意思決定の構造」に鑑み、野村被告の意向を無視した犯行とは考えられない、と一審の判断を追認した。田上被告の新首長については「信用できない」と退けた。
 そして量刑について、野村被告には「3事件では死者が出てないことから死刑は維持しがたいが、3事件のみでも刑事責任は非常に重い」として無期懲役が相当と結論づけた。
 田上被告については、射殺された元漁協組合長の息子に港湾利権の獲得目的で接触していたことなどから、元漁協組合長射殺事件も含め4事件で関与を認定し、控訴を棄却した。
別 件
 2015年6月16日、2010~2013年の上納金の一部を個人の所得にしながら別人名義の口座に隠して所得税を脱税したとして、所得税法違反(過少申告)容疑で、野村悟被告、工藤会幹部のYM被告、工藤会系組長、工藤会系組員を再逮捕した。7月6日、野村被告とYM被告を起訴。7月9日、2014年の所得における脱税で二人を再逮捕。
 福岡国税局は、2008年以降の7年分の税務調査を実施。過去7年分の所得税計約5億5,000万円を納めなかったとして、12月、重加算税を含む計約8億円を追徴課税し、野村被告の口座から約8億円を差し押さえた。
 野村悟被告は最終的に、2010年~2014年、建設業者などからの上納金のうち、約8億990万円を個人の所得にしながら別人名義の口座に隠し、所得税3億2,067万円を脱税した所得税法違反に問われた。2018年7月18日、福岡地裁(足立勉裁判長)は野村被告に懲役3年、罰金8千万円判決(求刑懲役4年、罰金1億円)、YM被告に懲役2年6月(求刑懲役3年6月)を言い渡した。2020年2月4日、福岡高裁(野島秀夫裁判長)は両被告の控訴を棄却した。2021年2月16日付で最高裁第三小法廷(宮崎裕子裁判長)は、両被告の上告を棄却した。一・二審判決が確定した。
その他
 野村悟被告と田上不美夫被告が起訴された事件に関与した被告について、当方で判明分のみ記す。
 本事件概要に載っていない工藤会関連の事件については、無期懲役判決リストの金丸洋平受刑者(2009年4月21日、一審無期懲役判決。最高裁で確定)、小野朗受刑者(2009年9月30日、二審無期懲役判決。最高裁で確定)、坂本敏之受刑者(2012/9/21、二審無期懲役判決。最高裁で確定)、木村博受刑者(2016/10/31、一審無期懲役判決。最高裁で確定)、中西正雄被告(2022年9月28日、一審無期懲役判決)、菊地敬吾被告(2023年1月26日、一審無期懲役判決)、瓜田太被告(2023年5月10日、一審無期懲役判決)、田口義高被告(2023年8月29日、一審無期懲役判決)などの項を参照のこと。
 これらに載せた以外にも複数の事件があり、2013年12月20日に北九州市で漁業協同組合の組合長が射殺された事件など、一部は未解決のままとなっている。


 <元漁協組合長射殺事件>で実行役として殺人他の罪で起訴された工藤会系暴力団組長中村数年元被告は2006年5月12日、福岡地裁小倉支部(野島秀夫裁判長)で求刑通り一審無期懲役判決。2007年10月5日、福岡高裁(仲家暢彦裁判長)で被告側控訴棄却。2008年8月20日、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)で被告側上告棄却、確定。

 <元漁協組合長射殺事件>で犯行用の車の調達役と見届け役として殺人他の罪で起訴された工藤会系暴力団組長F元被告は2006年5月12日、福岡地裁小倉支部(野島秀夫裁判長)で一審懲役20年判決(求刑無期懲役)。2007年10月5日、福岡高裁(仲家暢彦裁判長)で検察・被告側控訴棄却。2008年8月20日、最高裁第二小法廷(古田佑紀裁判長)で被告側上告棄却、確定。2012年、服役中に病死。

 <元漁協組合長射殺事件>で実行役として殺人他の罪で起訴されたNT元被告は2006年5月12日、福岡地裁小倉支部(野島秀夫裁判長)で一審無罪判決(求刑無期懲役)。NT元被告を実行犯とする供述については「証拠能力」がないと指摘した。そのため、判決ではもう一人の実行役は氏名不詳者とされた。控訴せず確定。2011年に病死。


 <元警部銃撃事件><歯科医師刺傷事件>の送迎役、<標章ビル放火事件>の2件目の実行犯を担った工藤会系田中組幹部のWK被告は2017年3月22日、福岡地裁(松藤和博裁判長)で懲役18年8月判決(求刑懲役20年)。12月18日、福岡高裁(野島秀夫裁判長)で被告側控訴棄却。2018年2月1日付で上告取下げ、確定。

 <元警部銃撃事件>の行動確認を担ったほか、詐欺事件でも起訴された工藤会系田中組組員NS被告は2017年11月29日、福岡地裁(足立勉裁判長)で懲役6年判決(求刑懲役8年)。控訴せず確定。

 <元警部銃撃事件><歯科医師刺傷事件>の実行犯、<看護師刺傷事件>で送迎役を担った、工藤会系田中組幹部のNY被告は2017年12月15日、福岡地裁(丸田顕裁判長)で懲役30年判決(求刑無期懲役)。2018年7月4日、福岡高裁(野島秀夫裁判長)で被告側控訴棄却。2019年1月4日付で上告取下げ、確定。

 <建設会社会長殺人事件>の行動確認、<元警部銃撃事件>の送迎役、<飲食店経営者女性他刺傷事件><飲食店経営会社役員男性刺傷事件>の盗品調達、証拠品処分等を担った工藤会系田中組組員のYK被告は、2018年10月9日、福岡地裁(足立勉裁判長)で懲役19年判決(求刑懲役20年)。上訴したかどうかは不明だが、確定している。

 <看護師刺傷事件>の実行犯である工藤会系田中組幹部OK被告は2018年10月30日、福岡地裁(足立勉裁判長)で懲役15年判決(求刑懲役18年)。2019年3月27日、福岡高裁(野島秀夫裁判長)で被告側控訴棄却。上告したかどうかは不明だが、2019年10月までに確定している。

 <自治総連合会長宅銃撃事件>の送迎役、<清水建設社員銃撃事件><建設会社会長殺人事件>のバイクの盗品調達、証拠品処分等、<看護師刺傷事件>でバイクの盗品調達を担った工藤会系瓜田組組員のIK被告は、2019年2月26日、福岡地裁(中田幹人裁判長)で懲役18年判決(求刑懲役20年)。2020年1月28日、福岡高裁(野島秀夫裁判長)で被告側控訴棄却。上告したかどうかは不明だが、2021年7月までには確定している。

 <元警部銃撃事件>の行動確認、<飲食店経営者女性他刺傷事件>のナンバープレート盗難を担った工藤会系田中組組員のYY被告は2019年3月26日、福岡地裁(足立勉裁判長)で懲役11年判決(求刑懲役15年)。2019年12月5日、福岡高裁(野島秀夫裁判長)で被告側控訴棄却。上告したかどうかは不明だが、すでに確定している。

 <標章ビル放火事件>の2件目の実行犯として灯油をまいたほか、<飲食店経営者女性他刺傷事件>の送迎役、<看護師刺傷事件>の行動確認、<歯科医師刺傷事件>の指示伝達役を担った工藤会系田中組幹部MK被告は2019年3月28日、福岡地裁(足立勉裁判長)で懲役23年判決(求刑懲役25年)。2020年6月25日、福岡高裁(半田靖史裁判長)で被告側控訴棄却。上告したかどうかは不明だが、すでに確定している。

 <標章ビル放火事件>の1件目の実行犯、<飲食店経営者女性他刺傷事件>の実行犯、<飲食店経営会社役員男性刺傷事件><看護師刺傷事件>の行動確認を担った工藤会系田中組幹部のST被告は2020年1月27日、福岡地裁(足立勉裁判長)で懲役26年判決(求刑懲役30年)。2020年12月22日、福岡高裁(半田靖史裁判長)で被告側控訴棄却。上告したかどうかは不明だが、すでに確定している。

 <建設会社会長殺人事件>の行動確認、<元警部銃撃事件><飲食店経営者女性他刺傷事件><看護師刺傷事件>の証拠品処分等を担った工藤会系田中組幹部のMH被告は2021年3月17日、福岡地裁(神原浩裁判長)で懲役21年判決(求刑懲役25年)。2022年3月24日、福岡高裁(市川太志裁判長)で被告側控訴棄却。上告したかどうかは不明だが、すでに確定している。

 <建設会社会長殺人事件>の実行犯、<元警部銃撃事件>の現場指示役補助、<標章ビル放火事件><看護師刺傷事件><歯科医師刺傷事件>の実行犯指示、<飲食店経営者女性他刺傷事件><飲食店経営会社役員男性刺傷事件>の行動確認を担った工藤会系田中組幹部の中西正雄被告は2022年9月28日、福岡地裁(神原浩裁判長)で求刑通り一審無期懲役判決。2023年12月5日、福岡高裁(市川太志裁判長)で被告側控訴棄却。被告側上告中。

 <標章ビル放火事件><飲食店経営者女性他刺傷事件><飲食店経営会社役員男性刺傷事件>で首謀者として事件の指揮命令、<元警部銃撃事件><看護師刺傷事件><歯科医師刺傷事件>で野村悟被告、田上不美夫被告の指示の下、実務を取り仕切る責任者を務めた工藤会ナンバー3で理事長、出身母体となる同会最大の2次団体「田中組」組長である菊地敬吾被告は2023年1月26日、福岡地裁(伊藤寛樹裁判長)で求刑通り一審無期懲役判決。被告側控訴中。

 <元警部銃撃事件>で野村悟被告らの指揮命令の下、仲介役を担った他、<自治総連合会長宅銃撃事件><清水建設社員銃撃事件><建設会社会長殺人事件>で指示役を担った工藤会ナンバー4で理事長補佐、2次団体「瓜田組」組長である瓜田太被告は2023年5月10日、福岡地裁(神原浩裁判長)で求刑通り一審無期懲役判決。被告側控訴中。

 <自治総連合会長宅銃撃事件>の連絡係、<清水建設社員銃撃事件>で着替え等の受け渡し、<看護師刺傷事件>の仲介役を担った工藤会系田中組幹部のIT被告は2023年5月10日、福岡地裁(神原浩裁判長)で一審懲役14年判決(求刑懲役16年)。被告側控訴中。

 <清水建設社員銃撃事件>の実行犯、<建設会社会長殺人事件><元警部銃撃事件><標章ビル放火事件><飲食店経営者女性他刺傷事件><飲食店経営会社役員男性刺傷事件>の現場指示、<看護師刺傷事件>の被害者事前確認に関与した工藤会系田中組幹部の田口義高被告は2023年8月29日、福岡地裁(伊藤寛樹裁判長)で求刑通り一審無期懲役判決。被告側控訴中。


 野村悟被告と田上不美夫被告の裁判に関与した被告について、当方で判明分のみ記す。

 2019年12月上旬から2020年4月下旬ごろ、福岡地裁で審理中の野村悟被告、田上不美夫被告の公判に証人として出廷した男性に、複数回にわたって面会や電話で接触。「嫌われるようなことをあんたが言わんでもいい」「全てが台無しになった」などと言って脅したとして、2020年8月28日、福岡県警は組織犯罪処罰法違反(組織犯罪証人威迫)の容疑で、工藤会系組長SH被告を逮捕した。9月18日、福岡地検は証人威迫罪で起訴。2021年1月20日、福岡地裁(神原浩裁判長)で懲役1年、執行猶予3年判決(求刑懲役1年)。控訴せず確定か。

 2021年1月18日、田上被告の論告求刑公判後、会社経営の50代男性に、検察側が求刑した罰金の援助金名目で現金を要求したが、男性が応じず未遂に終わった事件で、福岡県警は2月2日、工藤会傘下組織幹部のMN被告を恐喝未遂などの容疑で逮捕した。2021年5月13日、福岡地裁小倉支部(佐藤洋介裁判官)で懲役1年6月、執行猶予3年判決(求刑懲役1年6月)。控訴せず確定か。
追 記
 (2)の被害者である元福岡県警警部は2017年8月25日、野村悟被告ら6人に、総額2,968万円の損害賠償を求め、福岡地裁に提訴した。2019年4月23日、福岡地裁(鈴木博裁判長)は野村被告ら4人に1,620万円の支払いを命じた。12月13日、福岡高裁(西井和徒裁判長)は被告側の控訴を棄却。2020年9月15日付で最高裁第三小法廷(林道晴裁判長)は被告側の上告を退け、一・二審判決が確定した。

 (1)の被害者の遺族は2017年8月25日、「損害賠償命令制度」を利用し、野村被告ら2人に総額7,800万円の支払いを求める申し立てをした。

 (4)の被害者は2018年2月26日、野村悟被告、田上不美夫被告、菊地敬吾被告、実行役のNY被告の計4人を相手に、慰謝料など総額約8,365万円の損害賠償を求め、福岡地裁に提訴した。2019年4月23日、福岡地裁(鈴木博裁判長)は3人に4,820万円の支払いを命じた。2020年2月10日、福岡高裁(西井和徒裁判長)で、野村被告側が金銭を支払う条件で3人との和解が成立した。被害者側弁護団は金額を明らかにしていない。NY元被告は訴訟代理人がいないため、弁論が分離された。

 特定抗争指定暴力団山口組(神戸市)は2021年9月1日、傘下組織の構成員に対し、公共の場で銃器を使用しないよう口頭で指示を出した。

 福岡県は、税優遇措置がある宗教法人の設立などを定める宗教法人法の第22条の法人役員の欠格事由に「暴力団員等」を追加▽解散命令の要件に「暴力団員等がその事業活動を支配するもの」-といった暴排規定を同法に盛り込む措置を考案した。兵庫県や宮城県、沖縄県など8件も賛同。2018年から毎年、福岡県の先導で内閣府に追加の要望を出しているが、内閣府は「ここ10年、宗教法人に暴力団が関与したような事例は聞いていない。現時点で制度改正による実効性は薄い」として応じていない。
備 考
 田上不美夫被告は他の2人と共謀し1993年5月、北九州市内でパチンコ店を開店しようとしていた男性に"あいさつ料"を要求、6月に現金2,000万円、9月に約束手形6通(額面計6,000万円)を脅し取った。1998年10月10日、恐喝罪で逮捕。30日、福岡地検小倉支部に起訴された。この時、野村悟被告も逮捕されているが、不起訴となっている。この恐喝罪で実刑判決を受け、2003年2月まで服役していた。


 2021年8月24日、福岡地裁(足立勉裁判長)で野村悟被告に求刑通り一審死刑判決、田上不美夫被告に一審無期懲役+無期懲役判決。指定暴力団の現役トップに死刑判決が言い渡されたのは初めて。
 判決文「裁判所ウェブサイト」内のPDFファイルが開きます。リンク先をクリックする前に、注意事項をご覧下さい)
 野村悟被告、田上不美夫被告は即日上告した。両被告に対し、検察側も上告した。




※最高裁は「判決」ではなくて「決定」がほとんどですが、纏める都合上、「判決」で統一しています。



【参考資料】
 新聞記事各種



【「犯罪の世界を漂う」に戻る】