『お笑いスター誕生!!』 名鑑【つ】


 皆様からお寄せいただいた情報は、緑文字で表記しております。
 あtろのマニアック演芸BBSより転記した情報は紫文字で表記します。
 芸人さん情報サイト geinin.jpより転記した情報は栗色文字で表記します。
 拙HP「お笑いスター誕生!!」掲示板より転記した情報は青色文字で表記します。
 新規に情報を追加した場合は、赤文字で表記します。

名 前
ツーツーレロレロ
初出場
 1982年1月16日(第2期グランプリシリーズ)
実 績
 8週勝ち抜き、金賞獲得。
 第3回ゴールデンルーキー賞敢闘賞。
 サバイバルシリーズ1回戦負け。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 東英夫:本名東国原英夫。1957年9月16日生。宮崎県出身。
 大森くんた:本名大森博文。1959年5月15日生。岡山県出身。
 東は1980年にビートたけしへ弟子入り。弟子第1号だった。丸山昭範とコンビを組み、「オスカル・メスカル」のコンビ名で『笑ってる場合ですよ!』の「お笑い君こそスターだ!」に出演。その後、ビートたけしから「ツービート」の「ツー」をもらって「ツーツーレロレロ」となったが、丸山は芸能界をすぐ辞める。大森は法政大学在学中の1981年、教員試験に落ちて、お笑い芸人になることを決意する。テレビ局でアルバイトをしているとき、東の強引な口説きに負け、コンビ結成。
ネ タ
 大学ランキングネタが有名。
(2週目合格 No.93 1982年1月23日放送)

東 「必ずあるのが大学のコンパ、日体大とかね。そういうときに現れてくるのが隠し芸ね」
大森「そうそう」
東 「1年渡辺、れんげなんかをもちだして 福耳」
大森「そんな馬鹿な」
東 「あとかきまぜぼうなんかだして、田舎っぺ大将の涙」
大森「いないよ」
東 「それに対して先輩が返す」
大森「先輩らしいね」
東 「俺の芸はちょっと高度だぞ」
大森「高度?」
東 「飛脚を知ってるか、飛脚だぞ」
大森「昔の郵便配達だ」
(飛脚走りの真似をする東)
東 「大体、そういう奴に限って、せこい四畳半の暗いところ住んでいるんだ」
大森「いいじゃないかよ」
東 「ドアを開けるとぎしぎし音出て。学生ばっかり住んでいるところ。築20年とか」
大森「築20年」
東 「プレイボーイとかグラビアを切り抜いて、天井に貼って 伊代ちゃーん」
東 「デニム殻のファンシーケース、しかも中ぶくれしたのを持っているの。それにセブンスターやラークのごみ箱。なんだあれ」
大森「いいじゃなかよ」
東 「それから、蛍光灯に長い紐を付けて、寝てても消せるんだぞー」
東 「だいたい日体大とかパブ行くと分かるんだよね。水割りで割らないからね」
大森「水で割らなきゃ何で割るんだよ」
東 「体のことを考えてポカリスエットで割っているんだよ」
大森「日体大だってちゃんと受験勉強して入っているんだよ」
東 「ばかやろ、日体大なんてしらふで入れないぞ。あそこ入ったの若気の至りだって言っているからね」
東 「だいたい、大学計算というのが、原宿界隈ではやっているんだよ」
大森「たとえば」
東 「慶応大学÷青山学院大学=和光大学余り日体大」
東 「ルート日大が日体大とか。でもね、かけ算には強いんですよ」
大森「かけ算に強い」
東 「東大×日体大=日体大。東洋大学×日体大=日体大。早稲田大×日体大=日体大」
大森「それじゃ日体大はゼロじゃないかよ、このやろー」
小学生ネタ
「三輪車を逆さまにして手でペダルを回してアイスクリーム屋さ~ん」
つまんないことを言い合うネタ。東が「名付けて、波信太郎マッチ」と言ってました。
 駄洒落勝負。つまんないほうが勝ち。東「これ醤油じゃないの」「ソース」大森「つまんねえ」
東「サントリーオールドの飲み方は、三通りあるど」これは、意外にうけてしまった。
東  「あとねぇ 怪獣ごっこなんかね。」
大森 「怪獣ごっこ?」
東  「我々はバルタン星人だ!! 我々は海底からやって来た、地球人に告ぐ・・・」
………………………………………………………………………………………………………
東  「スゴい生意気な子供がいてさぁ~ 今何時?って聞くとさ
     「昨日の今頃」 「去年の今頃だいっ!!」 もう首しめてやろうかなぁ・・・」
大森 「ガキなんだからさぁ・・・」
(8周目再挑戦合格 No.130 1982年10月9日放送)

 東と大森が登場するも、大森が東をさえぎって、過去のネタである大学の悪口や大学CMネタを延々とやりまくる。
 呆れた東が舞台を去ろうとすると、大森が引き留め、馬場のネタをやるのだが「ジャイアント馬場さんタバコ何吸ってんですか? ショッポ。ライターは? ジッポ」
 以下も大森がひとり明るく浮かれ、東が何回も去ろうとする。大森がなぜ漫才を止めるつもりなのかと聞くと、
東「新宿で、同級生に会ったんだ。スーツを着てたんだ。久しぶりじゃないか、東。どこに就職したのか、と聞かれてま、ま、マスコミ関係って言っちゃった。しかも、相手は丸紅、なんていうものだから頭来ちゃって、丸の内の紅ショウガ工場だろ、なんていっちゃった。そしたら、お前面白いこと言うな、漫才師みたいだな、だって」
 東が帰ろうとするのを大森が引き留める。
東「友だち、というか目の前にいる人が嫌になっちゃった」
大森「お客さんか。確かに今日は今一つ盛り上がっていない」
東「違うよ。例えばね、AとBという人がいるんだよ。Bは一生懸命ネタを買ているんだけと、Aは全然ネタを書かない」
大森「まあ、そういうことってあるよな」
東「たまに喋ればジャイアント馬場さん何やってんですか、ショッポー。頭から人のネタばんばんばんばんしゃべりまくる。洗濯しないんですよ。俺が一生懸命洗濯しているとき何もしないんですよ。俺がたまに面白いことやれって言うと、ゴキブリ捉まえてきて扇風機に押し付けてガラガラがらほら、電気のこぎりの刑だ、面白いだろ、って」
 大森、しゃがみこんで足元の砂を集めまくる。
東「おい、どうしたんだよ」
大森「俺のこと言ってんでしょ」
東「お前、勘がいいな」
大森「それぐらい、誰だってわかるだろ」
東「お前、その勘を漫才に生かしてくれよ」
大森「なんだよ。昨日一生懸命面白いこと考えてきたのにさ」
東「面白いこと。それを待っていたんだよ、やってくれよ」
大森「(腹ばいになって)ジャイアント馬場のナメクジ。ポッポッポッポ、僕にもナメクジができた(当時のCMネタを真似て)」
東「(帰ろうとしながら)そんなのやだよ」
大森「まあ、まあ、まってくれ。これは一目見たらわかる。(顎をしゃくらせて、のしのし歩き、指を高く上げて)シャキーン」
東「なにそれ」
大森「ピックルス」
東「お疲れ様でした(と言って帰ろうとする)」
大森「待って、待って」
東「もう嫌になった」
大森「ネタ、書いてきたから」
東「それよ、それよ。俺が待っていたのは。二人がネタを持ち寄って検討し合って」
 大森、ネタの書いた紙を出して東に渡す。東がネタを読む間、ジェスチャーではじけまくる。
東「新幹線って早いんだってねえ。150キロも出るんだよ。東北新幹線って早いんだってねえ。もっと早いんだってねえ。180キロ出るんだよ。そこで二人ずっこける。場内大爆笑。(唖然として大森を見つめる。大森大爆笑)」
東「二人で仲良く歌を歌おうか。板橋区の歌。勝ってくるぞと板橋区」
東「(ネタを書いた紙を叩きつけながら)なんなんだよ、これは」
大森「(新しい紙を出しながら)古いやつ、これは。こっちが新しいやつ」
東「本当か(と言いつつ、紙を受け取る)」
大森「慌ててたから、間違えたじゃない」
東「(紙を読んで」小噺! 落語家っぽいねえ」
東「小噺その1 隣に塀ができたんだってねえ、壁(大森、横でジェスチャー)。隣に囲いができたんだってねえ、石燈籠」
東「いい加減にしろよ、なんだよこれ」
大森「わかったよ、辞めればいいんだろ」
東「辞める前に一言言わせろ」
大森「何だよ」
東「このネタ頂戴」
大森「いい加減にしろ」
(9周目不合格 No.131 1982年10月16日放送)

老人CMベスト5
第3位 老人用ウィスキーvsホッピー
アメリカン、じいちゃんにいわせりゃ進駐軍
ゴールデンルーキー賞のネタ(4回目か5回目か決勝)

東 「小学生のガキってお菓子を変な食べ方しますよね。」
大森「例えば?」
東 「ポッキーをチョコレートだけ先に舐めてプリッツにしたりしてね」
大森「汚いよ!!」
東 「あとアポロのチョコレートをイチゴとチョコに分裂させたり」
大森「まあまあ……」
東 「オレオをクリームだけ先に食べるとか」
東 「とんがりコーンを指にいくつ刺さるかとか」
東 「ポテトチップスを最後に残ったカスを粉薬みたいに(包みを)広げて飲んだり」
大森「しないよそんな事!」
(第3回ゴールデンルーキー賞決勝 ナンバリング無 1983年1月1日放送)

 いつものようにネタの最後に「ツーレロが選ぶベスト5」で「ファニーズ的○○」とかいって大森が「ワタクシは○○です。」と言ったあと、東がおどろおどろしく「ワ~タ~ク~シ~はぁ~××でぇ~すぅ。」とファニーズの十八番番芸をパクっていた。
 そのあと、当然ファニーズも反撃にかかる。コントの最中にアドリブでいつもオチを言う人が「ツーツーレロレロではございませんから……」等と打ち合わせに無いセリフを言っていた。
(爆笑オンステージ No.173 1983年8月13日放送)

 ユニホームを着て登場。聞いたら、朝野球をしてから来たとのこと。客席には同じユニホームを着たカージナルス、松尾伴内、ダンカン、柳ユーレイがいた。ユニホームには「T.gundan」のロゴが。

大森「くんちゃんでーす」
東「(左肩を出して煙草をくわえ)高部知子です」
 そこから東が海に行ってダサい奴の話を立て続けに話す。続いて地震が怖い、けれど地震はもう怖くない。揺れたら、一緒に揺れたら怖くない。そのうちに停止しているときが怖い、そのうち関東大停止が来る、という話をするがうけない。
 続いて無さそうであるものの話になり、糖尿病の蟻、地味な熱帯魚の話をするが受けずに、またもや「駄目ですね、これ」と言っていると、いきなり大森が「つまんない、東君は。いつもの東君じゃない」と言いだして、東が驚く。
東「だったら、面白いこと言ってみろよ、面白いこと」
大森「いいんだよ、俺はお友達として隣にいれば」
 しかし面白いことやっていい?と言ってやりだしたのが、電車の扇風機が途中でポスターに絡まる音、「蛍光灯」と言って、眼鏡を外しひもを引っ張ると瞬きを繰り返し、最後に目をパッチリ開く。そして「ハサミ」と言って、横になって足をバタバタさせる。
 互いに高校時代にダサいファッションの言い合いをするが、大森がいきなり「ヒマラヤ攻撃」と言いだし、東が首をひねる。
大森「ヒマラヤ、ヒラヤマを5回言ってみろ」
東「ヒマラヤ、ヒラヤマ……」
大森「世界で一番高い山は?」
東「ヒマラヤ」
大森「エベレストだ」
 呆れる東の手を取り、いきなり匂いを嗅ぐ大森。「くさい」。自分の手を嗅ごうと手を鼻の下に持っていくと、大森がいきなり手をたたき、顔面攻撃となる。
東「アホか」
大森、人差し指で鼻をほじり、東の顔になすりつける。驚く東に「指が違うもん」。
東「お前、相手を呼んで振り向いた瞬間指が刺さるイタズラやっていただろ」
大森「やってない、やってない」
 東「お前、ノートの片隅に絵をかいてパラパラさせて、ほら動いてる、動いてるとやっていただろう」
以下、小学生の頃の変なことを言い合って喧嘩になる。
大森「嫌いだよ。俺はね、今まで好きだった東君が嫌いになったよ」
東「お前なあ、そこで落ちるはずだったんだぞ……有難うございました」
大森「(いきなり)太川陽介の唇」
 と言って、真似をする。東、呆れながらそのまま帰っていく。
(サバイバルシリーズ前夜祭 No.185 1983年11月5日放送)

 瞬間芸、三連発。
 大森が四つん這いになり、口を大きく開けると水が流れ出て「温泉のライオンの口」
 仰向けになった大森が首を振りながら水を吹き出し「テニスコートの散水」
 仰向けになった大森の顔に東がお尻を近づけ、大森が水を吹き出し「お尻だってたまには洗ってほしい」
大森が東をおんぶして登場。
「こんにちは、楢山伏項です」
東がおりて煙草を吸いながら
「こんにちは、坂本スミ子です」

新しい漫才のパターンベスト5

第5位 無口な人と恥ずかしがりやの人の漫才
第4位 マッチ売りの少女風漫才
 少女は街でギャグを売っていた。誰も買わないので、一人でギャグをやっていた。
第3位 ひげ剃りのCM風漫才
 「すみません、このギャグで笑って下さい」
 「今朝、笑ってきたばっかりなんですかれどね」
 「運動場で遊んでいいかい うん、どーじょー」
 「くすくすくす」
 「ほら、こんなに笑えるんじゃないですか」
第2位 ギャグの密売風漫才
第1位 ワンポイント風ギャグ漫才
エピソード
 最初の頃はよく東ばかりがしゃべり、大森は何もしゃべらず、「漫才としてうまく機能していない」「大森の声が小さい」と、京唄子に怒られていた。
 お笑いスター誕生当時から石橋貴明とそのまんま東は仲がよくしょっちゅうプライベートで遊んでいたそうです。なかでも「宮本武蔵ごっこ」とかいって赤坂から六本木に向かう界隈で東が武蔵、石橋が小次郎役で長い棒を振り回して「待て~武蔵、逃げるな~武蔵」と追っかけっこしていたら警察がやってきて、それに東が気づき物陰に隠れているのにもかかわらず、石橋は長い棒を振り回したまま走り回り、石橋は警察に職務質問を受けたそうです。
「宮本武蔵ごっこ」のことですが、私が聞いたのは「戦国時代ごっこ」で、薬局の前にあるリポビタンDなどの縦長の旗を背中に差し、「やあやあ我こそは……」などと叫びながら街を走り貴明が警察に職務質問されたというものでした。
 カージナルスと一緒に歌合戦に出て「竹田の子守り歌」を歌ったときは“たけし軍団”として出てました。
感 想
 漫才の形がツービートそっくり。逆に師匠に似せようとした分、ギャグが空回りしていたことも多かったです。番組後半では、東のやる気のなさが目立ちました。
 よくネタの後半は何かを題材にしたベスト5をやっていた。だが上手くは言えないが、師匠格の「ツービート」と比べると「ツッコミ」にせよ「ボケ」にせよ「帯に短したすきに短し」。つまりボケの質がマイルド過ぎて過激さが足らず、突っ込む必要の無いようなトコで突っ込んでたような気がする。全体的に見て、1つのネタが細かくまとまっていた為、ツーレロと同世代の人たちには爆発的にウケていた。
受賞歴
(すべてたけし軍団として)
 1985年 第13回日本放送演芸大賞ホープ賞受賞(最優秀ホープ賞は小堺一機)
 1985年 第5回花王名人大賞最優秀新人賞受賞
 1986年 第15回日本放送演芸大賞優秀ホープ賞受賞(最優秀ホープ賞はコント山口君と竹田君
 1986年 第6回花王名人大賞名人賞受賞(最優秀名人賞は太平サブロー・シロー)
著 書
そのまんま東『ビートたけし殺人事件』(太田出版,1988/太田出版文庫,1993)
そのまんま東『明石家さんま殺人事件』(太田出版,1989)
そのまんま東『伝言ダイヤル殺人事件』(太田出版,1990)
そのまんま東『そのまんま東のそんなバカな!?』(海越出版社,1993)
そのまんま東『東国原家の夏休みinダーウィン』(碧宙出版,1999)
そのまんま東『どん底』(音羽出版,2000)
そのまんま東『ゆっくり歩け、空を見ろ』(新潮社,2001/新潮文庫,2007)
そのまんま東『芸人学生―僕が学びつづける理由』(実業之日本社,2004)
そのまんま東『60歳を人生ピークにもっていく法―今日からできる、誰にでもできる!』(ロングセラーズ,2005)
そのまんま東『どん底 新装版』(音羽出版,2007)
東国原英夫『そのまんま日記』(角川書店,2007)
東国原英夫『宮崎で生まれた改革の波は、そのまんま~東へ!』(ベストセラーズ,2007)
東国原英夫『宮崎発日本を変えんといかん』(集英社,2007)
(以下、東国原名義の著書は略)
大森うたえもん『例ダース―失われたギャーグ』(太田出版,1988)
大森うたえもん『ノルウェイの大森』(太田出版,1989)
テレビ・ラジオ
 ツーレロの頃、『夜間金庫』という番組で、大学生をひっくり返して、大学神経衰弱とかやっていた。
 『ビートたけしのオールナイトニッポン』では「ツーツーレロレロのコーナー」があったが、つまらないとすぐにCMに移されていた。そんなこととも知らず必死にしゃべる彼ら。悲しい。
その後・現在
 たけしの弟子であるダンカン、松尾伴内、柳ユーレイらと1983年10月頃に「たけし軍団」を結成。そのまんま東、大森うたえもんと改名。ツーツーレロレロは自然消滅した。
 1986年、東・大森・タカ・枝豆の4人で“たけし軍団count down”を結成。たけし軍団の中で歌のうまい人ということで大森、タカ、枝豆がすんなり決定。最後に東がおまけで滑り込んだ。デビュー曲「BON BON BON」はオリコン30何位かまでランクイン、『ザ・ベストテン』の「今週のスポットライト」にも出演、アイドル的存在になった。
 東は軍団のリーダー格として活動。その後、軍団としての活動を離れピンとしても活躍。『ビートたけし殺人事件』で小説家としてもデビューし、ドラマ化された際に共演したかとうかずこと結婚。色々問題を引き起こしたものの、テレビなどで活躍。
 2007年1月、宮崎県知事選に出馬したため、北野オフィスを辞める。そのまんまの名前で2007年1月、宮崎県知事選に出馬、当選。当選後は本名の東国原英夫で活動している。2011年1月、任期満了。
 2012年12月、衆議院議員選挙に日本維新の会から比例近畿ブロックに出馬し、当選。しかし2013年12月17日、日本維新の会を離党し、衆議院議員を辞職。
 その後はテレビコメンテータ、講演など幅広く活動。
 東国原英夫オフィシャルサイトそのまんまHOMEがあります。
 大森はたけし軍団で「軍団の良心」と呼ばれていた。芸風の違いなどから1989年頃にたけし軍団を脱退して所ジョージに師事し、事務所を移籍した。替え歌ライブを開いたり、ラジオのDJ、所ジョージ編集長の雑誌を手伝ったりなどをしていた。
 大森が友人の結婚式のために2002年に造ったオリジナル曲「Wedding Eve」(後に東芝EMIより発売)が静かなブーム。全国の披露宴会場をとびまわった。
 大森は、2004年5月の舞台「元禄夢一座」(新宿コマ)で共演した幹てつやとコンビを組んで、「M―1グランプリ2004」に挑戦。1回戦を勝ち抜いたが、2回戦で敗退。
 大森うたえもんは東国原英夫が宮崎県知事に就任後、宮崎県に移住。2007年10月に開設された声優・俳優養成所サラ・エンターテイメントアカデミー宮崎校校長を務める。
 2011年に事務所が東京へ移転。2014年、社名が変更し、現在はパワービット所属。
 ブログ大森うたえもんのブログですがある。
<登場者リストに戻る>

名 前
司浩司
初出場
 1982年1月30日(第2期グランプリシリーズ)
実 績
 5週勝ち抜き、銀賞獲得。
ジャンル
 漫談。ニュースネタ。
プロフィール
 『笑ってる場合ですよ!』の「お笑い君こそスターだ!」でも5週勝ち抜き、チャンピョンに。その後、戸崎事務所にスカウトされる。
ネ タ
(1週目合格 No.94 1982年1月30日放送)

「……続いてのニュースです。昨夜未明 リカちゃん人形でおなじみの「香山リカ」さん(20)がダンプに跳ねられ軽い怪我を負いました。調べによると、リカちゃんは近くのデパートへ買い物へ行く途中事故に遭った模様でダンプに跳ねられたあとも後遺症が残り……「私リカちゃんよろしくね! 私リカちゃんよろしくね!」……と何度も返答しているそうです。警察は現在総力を挙げて現場を検証している模様です。」
(2週目合格 No.95 1982年2月6日放送)

 こんにちは、キャスターの司浩司です。寒い日が続いておりますが、全国のニュースファンのみなさま、お元気ですか。私も元気です。
 それでは、ニュースをお伝えいたします。
 今日はまず、たいへん暗いニュースをお伝えしなければなりません。昨夜11時頃、埼玉県一部の地域で、2時間に渡る停電がありました。大変暗いニュースでした。
 今日午前9時頃、港区に住む青山学院大学2回生、B子さん二十歳が友達と原宿を歩いていたところ、路地からいきなりB子さんの前に飛び出した男に、アクアチェック(当時流行ったCM)をされるということがありました。男は石坂浩二さんによく似ていたということですが、B子さんは髪の水分量が4.4%しかないと言われ、がっくりしてしまい、それ以来、外へ出なくなってしまったとのことです。
 次は通り魔事件のニュースです。今日午前10時頃、新宿三丁目の路上で、二十歳前後の男が急に女性の前に飛び出し、いきなり「まっ」と言って走り去ったということです。とおり「ま」事件でした。
 今日午前10時過ぎ、江戸川区に住む獣医馬場内夫さん32歳が、新小岩でタクシーから降りようとしたところ、いきなり運転手に有り難うございましたと声を掛けられ、びっくりするという事件がありました。警察では、タクシー運転手にあるまじき行為として捜査を進めていますが、被害にあった馬場さんは、こんな馬場な話があるものか、とやり場のない怒りをぶつけております。
 続きまして、今日午前10時30分頃、葛飾区に住むBさんの次男悟ちゃん4つが自宅の窓から飛び降り自殺を図りましたが、1階の窓から飛び降りたので無事でした。悟ちゃんは日頃から、日頃から人生に見切りを付けたいと、母親に行っていたとのことです。
 かわりまして、今日の午前11時頃、第一勧業銀行新宿支店に30歳くらいの男が飛び込み、現金80円を奪って逃げました。犯人は新宿から新宿三丁目までの電車賃を出せ、出さないと五輪真弓のブロマイドを見せると述べ、現金を鷲掴みにして駅の方に走っていったとのことです。
 さて、ニュースの途中ですが、(一拍置いて)ここで次のニュースをお伝えいたします。
 今日午前11時過ぎ、横浜に住む会社員Aさん40歳が、都内のサラ金業者から3年前に借りた煙草代とその利子併せて2650円の返済を迫られ、会社の同僚や友人を訪ねましたが、お金の工面ができず、ついにせっぱ詰まったAさんは家族3人を道連れに、近くの銀行で貯金を下ろしました。
 次に、先日、杉並区内の幼稚園で、砂場で遊んでいた桜組系幹部、はじめちゃん6つに、菊組系掃除当番、たかまさちゃん5つが砂を投げつけたことから、桜組と菊組の抗争がギクシャクしていましたが、今日先生の立会の元で、二組、仲良くお弁当を食べたとのことです。
 お終いのニュースです。1ヶ月前から千葉県内で発生しておりました連続肩たたき魔事件の犯人が、今朝千葉県警に自首してきました。犯人は、船橋市に住む小学六年生の女の子で、このA子は、身寄りがないお年寄りばかりを狙いまして、日曜日になると一人で老人ホームを周り、肩を叩いていたものです。日頃から、A子が電車の中でおばあさんに席を譲るなどの優しい性格に不審を抱いておりました母親が、A子を問いつめたところ、今回の一連の犯行を認めたとのことですが、警察ではA子に感謝状を贈るといったような、最悪の事態は免れないだろうと話しております。なおA子は、2年前にも教室内で花を飾って補導されたことがありまして、市内では札付きの優しい生徒だったとのことです。

「スポーツニュース!」(日本テレビスポーツテーマの音楽が流れる)

 今日群馬県魚沼郡長沼市場前で行われました消防団対抗火付け合戦は、全焼六棟、負傷者30人あまりを出したもろこし村が優勝し、参加者全員がそのまま刑務所に運ばれました。
 スポーツニュースでした。

 最後に、明日の事件予報です。
 関東地方の明日は、交通事故の確率は40%となっていますが、死亡者はいない模様です。また北部でところにより痴漢が出ますので、ブスのみなさんは進んで外に出てください。埼玉県には通り魔注意報、群馬県には放火魔注意報が出ていますので、十分ご注意ください。以上、明日の事件予報でした。
 これでニュースを終わります。担当は司浩司でした。
(3週目合格 No.96 1982年2月13日放送)

(太鼓の音とともに、裃姿の司浩司之介が登場)
 こんにちは、大江戸ニュースの時間です。
 全国的に百姓一揆が続発している今日この頃、もう年貢は納められましたでしょうか。
 それでは、最初のニュースです。
 今朝巳の刻ごろ、呉服問屋長崎屋に盗人が入り、金子三両が盗まれました。下手人はまだあがっておりませんが、銭形平次親分は「番組が終わるまでには解決する」と申しておりました。
 次に今日辰の刻ごろ、江戸の武道館で全国的に若い人の間で人気のあった娘義太夫の三人組が、解散コンサートを開きました。三人は口々に「私たちは幸せでした」「私たちは普通の町娘に戻ります」と言っておりました。
 次に今日卯の刻ごろ、越後屋善兵衛さんの娘お花さん19歳が、江戸瓦町の路上でお花さんの前に飛び出した男に、印籠を見せられるという事件がありました。下手人は、江戸の街があまりにも平和になったために、することが無くなった水戸の黄門様ではないかとみて、捜査を進めております。江戸の街では、以前にも風車が飛ぶという騒ぎがありましたが、次はお金が飛んでくるのではないかと期待をしています。
 おしまいのニュースです。先ほどから巌流島では、佐々木小次郎対宮本武蔵の対決が始まっております。記者会見で佐々木小次郎さんは「燕返しがあるから大丈夫だ」と語っていましたが、宮本武蔵さんは終始無言だったということです。決闘に先立ち、会場の田中さんは、「山田見てるか、俺だ、田中だ。今テレビ出てるぞ」とVサインを出しております。なお武蔵は、小次郎が鞘を投げ捨てたのを見て「小次郎、敗れたり」と世に残る名セリフを吐いたということです。この模様は、今夜音の刻スペシャル「爆発! 悶絶! 快感! 巌流島の決闘」という大げさなタイトルでお送りします。

 太鼓の音とともに、「スポーツニュース」の声が響く。

 今日東海道で行われました飛脚対抗駅伝競走は、大会新記録を出しました国定村飛脚チームが優勝し、商品としてアワやヒエ1か月分を受け取りました。
 また浅草で行われました江戸町火消対抗家壊し合戦は、二十八棟をぶち壊したへ組町火消しが優勝し、浅草は建物が一軒も無くなりました。
 スポーツニュースでした。

(琴の音色とともに)最後に、明日のお天気です。
 明日の下総地方は、雨の降る確率が三割二分五厘と非常に高くなっていますが、天気が良ければ晴れでしょう。常陸地方は、雪か雨か曇りでない限り、晴れでしょう。武蔵地方は、お天気相談所によりますと、下駄が裏を向いたので、雨ならいいなあ、と語っておりました。その他の地域は、お天道様の気分次第でしょう。以上、明日のお天気でした。

 これでニュースを終わります。担当は司浩司之助でした。
(4週目合格 No.97 1982年2月20日放送)

 こんにちは、平安京ニュースの時間です。
 巷では源氏物語がベストセラーとなっておりますが、いかがお過ごしでしょうか。それでは最初のニュースです。
 以前から美人で評判の高い小野小町さんに結婚を迫っていた深草の少将が、昨夜ついに小野小町さんの自宅に忍びこもうとしたところ、潜んでいた役人に夜這い罪の現行犯で逮捕されました。記者団に対し深草の少将は、小野小町さんと結婚すれば、後世まで名前が残るのではないかと思ったと語りました。なお、小野小町さんのうちに忍び込もうとして夜這い罪で捕まったのは、今年に入り186人となっております。
 次に今日、京都五条河原で、風能和田麻呂27歳と藤原小黒麻呂さん32歳の運転する牛車が正面衝突しました。藤原小黒麻呂さんと一緒に車に乗っていた和気多田麻呂さん20歳が路上に投げ出され、顔に軽いけがをしました。原因は、牛車を運転していた風能和田麻呂が免許を取ったばかりで、牛の扱いに慣れていなかったことです。
 変わりまして、今日東大寺正倉院に覆面をした三人の男が押し入り、ササン朝ペルシャのガラス製品を出せ、出さないと帰っちゃうぞと役人を脅しました。役人は何も出さなかったので、怒った三人はそのまま立ち去りました。
 次に、今朝、征夷大将軍坂上田村麻呂の一行が蝦夷征伐へ向かう途中、秋田城付近で昨夜からの大雪でぷっつりと消息を途絶えていましたが、先ほど発見されました。坂上田村麻呂さんと四万人の兵士たちは雪を見るのが初めてだったので、つい仕事を忘れて雪合戦をしていたとのことです。
 おしまいのニュースです。昔話村に住むおじいさん60歳とおばあさん59歳は、以前から子供が欲しいと願を掛けていましたが、このほどおじいさんが山へ芝刈りに、おばあさんが川へ選択に出かけたところ、川上から大きな桃が流れてきたので、お婆さんは持って帰り、勇んで桃を切ってみますと、中から大きな桃の種が出てきたとのことです。
 スポーツニュース。まず、プロ蹴鞠ニュースです。今日、平安京二条大通で行われました検非違使ジャイアンツ対勘解由使アトムズの対決は、検非違使三塁手の藤原辰徳が、三打席連続の得点をたたき出し、3対0で検非違使ジャイアンツが勝ち、勝率を6割5分3厘40銭7円安となりました。次に今日長岡京で行われました全日本学習院選抜百人一首早撮り大会は、人数で圧倒的人数を誇るPL学院が優勝し、十二単一式を受け取りました。スポーツニュースでした。
 最後にテレビ平安京、これからの番組をお知らせします。夜7時からは遣唐使ケンちゃんが始まります。ケンちゃんの活躍が楽しみです。7時半からは、クイズ仏に聞きましたがあります。空海が勝つか、最澄が勝つか、比叡山延暦寺より実況生中継でお伝えいたします。そして夜8時からは万葉集だよザ・トップテンです。今週の出演は、歌人柿本人麻呂、山上憶良、大伴家持、額田王その他の皆さんです。この後も、テレビ平安京でお楽しみください。以上、担当は司小路文麻呂でした。
(5週目合格 No.98 1982年2月27日放送)

 石器時代ニュース
(6週目不合格 No.99 1982年3月6日放送)

 高校のツッパリニュース
(6週目再挑戦不合格 No.115 1982年6月26日放送)

 ニュースキャスターではなく、芸能塾の講師。問題、「河合奈保子ちゃんは、仕事で日本テレビのスタジオに来ました。いったい、おはようございますを何回言うでしょう?」「まず、マネージャーさんに1回、PDさんに1回、ゲストの人に1回……合計7回が正解。かと思いますが、奈保子ちゃんは、挨拶するときは、何回もおはようございますを言いますから、正解は、数え切れないです」。残念ながら、面白くなかった。
エピソード
 『笑ってる場合ですよ!』の「お笑い君こそスターだ!」でも5週勝ち抜きましたが、このときはただのニュースキャスターネタでした。
感 想
 ニュースキャスターネタの先駆者として九十九一がいましたから、いかにして彼を越えるかが勝負だったのですが、残念ながらコピーで終わっていました。どんな服装をしても喋りは一緒でした。そこが今ひとつだった理由かも。
その後・現在
 一時期テレビに出演(テレビ朝日系の日曜お昼の番組(「ゲラゲラ45」だったかな?)にやはりニュースキャスター役で出演)していましたが、程なく引退。現在は川島浩司という名前でテレビの構成作家として活躍している。『開運!なんでも鑑定団』などを担当。
<登場者リストに戻る>

名 前
九十九一
初出場
 1980年11月22日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 10週勝ち抜き、グランプリ獲得。4組目。
 第1回ゴールデンルーキー賞出場。
ジャンル
 漫談。時にはモノトーク、ダンマイク、ひとりコントと紹介されていました。
プロフィール
 本名:福地隆。1952年11月1日生。大阪府出身。
 1979年に上岡龍太郎に誘われ、漫談勉強会で2年間修行。その後東海地区のDJで芸を磨きました。岐阜放送という5キロワットぐらいのエリアで17,8年間DJをつとめる。番組終了後、お笑いスタ誕挑戦。なお芸名の由来は、「99%の努力と1%のひらめき」から来ているらしい。
 九十九一さんは滝あきらさんの弟子で滝シードという芸名でやっていた。
 九十九一の滝シード時代のエピソードですが。『上岡龍太郎かく語りき』築摩書房で語られている比較的有名な話のはずですが、今まで出なかった。ということはヤバイ事なのか。詳しく書くと以下の通りです。
 滝あきら門下だったが師匠を見限りたくなり「演芸界から足を洗う」という条件で許された。ところが、その前から約束のあった仕事に出てしまい、師匠はカンカンに怒った。上岡龍太郎のとりなしでおさめてもらい、九十九一は坂東英二預かりとなった。
ネ タ
(1週目合格 No.33 1980年11月22日放送)

(子供の格好で)
 九十九一です。
 僕が三つの時、「シロ」という真っ黒な大きな犬がいました。僕はシロのお乳を吸って育ちました。だから今でも電信柱を見ると匂いをかいでしまいます。
 犬はたくさん飼いました。「エス」というシェパードがいました。でも「エス」は保健所の車に連れて行かれました。僕も一生懸命追いかけました。でも「エス」は帰ってきません。可哀想な「エス」……。
 僕はもう犬は飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 そして明くる日、子犬を拾ってしまいました。目のくりくりした可愛い犬でした。その日はおばあちゃんの葬式の日だったので、名前を「葬式」と付けまいた。それから毎朝、僕は「葬式」を連れて散歩に出掛けます。しかしある日、いつものように散歩に出掛けようとしましたら「葬式」がいません。あとで近所のおばさんが言いました。知らない男が二人来て、「葬式」の頭を鉄の棒で殴って、どこかへ連れて行ってしまったんです。可哀想な「葬式」……。
 僕はもう犬は飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 そして明くる日子犬をもらってきました。白黒、抹茶、アズキ、コーチン、ゆず、ざくろ、とても不思議な色をした犬でした。今度は鉄棒で殴られても負けない名前をと思い「鉄人28号」と付けました。「鉄人28号」はメス犬だったので、1年もすると縁の下でたくさん子供を産みました。けれど僕たちの手の届かないところで産んだので、子供はみんな死んでしまいました。
 僕はもうメスの犬は飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 それから半年ほどして、僕らの家は引っ越しすることになりました。新しいお家へ向かう途中、「鉄人28号」は車から飛び降りて、どこかへ走っていきました。僕もその後を追いかけるようにして、一生懸命走りました。でも、いくら走っても追いつくことは出来ません。僕のこの手が足だったらなあ。「鉄人28号」はそれからいなくなってしまいました。可哀想な「鉄人28号」……。
 僕はもう今度こそ絶対犬は飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 だから猫を飼いました。その日はおばあちゃんの三回忌だったので、名前を「命日」と名付けました。「命日」は明くる日いなくなってしまいました。
 僕はもう犬も猫も飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 そんなある日、僕は亀を飼いました。鶴は千年、亀は万年。亀は一万年も生きるのか。僕はとても不思議な気持です。その日は弟の誕生日だったので、名前を「亀さん」と付けました。「亀さん」はすくすくと元気に育ち、一週間で死んでしまいました。亀は一万年も生きるはずが、一週間で死んでしまいました。
 僕はもう犬も猫も亀も飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 季節は梅雨を過ぎ、夏になっていました。近所のお兄さんが釣りのお土産だぞと言って、タコをくれました。お兄さんの名前は正弘という名前だったので、一字をもらって「吉次郎」と付けました。「吉次郎」はその日の晩のおかずになりました。おいしかった、「吉次郎」……。
 僕はもう犬も猫も亀もタコも飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 そろそろ夏も終わろうとする頃、外国船に乗っている親戚のおじさんが、珍しいお土産だぞと言ってペンギンをくれました。本物のペンギンを見るのは初めてだったので大変喜びました。名前を「氷かき」と付けました。ペンギンさんの氷かき……。それから僕はペンギンさんを冷蔵庫に入れ、たった二日で死んでしまいました。聞いた話ですか、そのペンギンは寒いところに住むペンギンではなく、赤道直下のガラパゴス諸島に住むペンギンで、寒いところには住まないペンギンだったのです。
 僕はもう犬も猫も亀もタコもペンギンも飼わないぞ、飼うものかと決めました。
 そして今、僕は木登りトカゲを飼っています。
(4週目合格 No.36 1980年12月13日放送)

「ニュースサタデー」
 昨夜午後九時過ぎ、新宿歌舞伎町の路上で、会社員斉藤博さん24歳が、通りすがりの男に、肩がぶつかったと因縁を付けられ、いきなり抱きつかれ、唇を奪われるというという事件がありました。
(6週目合格 No.40 1981年1月10日放送)

 おっ、おふくろからの手紙かぁ。そういや、長いこと実家に帰ってへんなぁ。……よっしゃ、コーヒー沸かそ。
 まずは湯船にお湯をいれて、そこにコーヒーをダバダバやろ。砂糖をダバダバやろ。最後にクリープをダバダバダバダバ~、ダバダバダバダバ~、いや~なんつったって野球は巨人、司会は巨泉ってなもんで。(大橋巨泉のマネ)これでよ~くかき混ぜてっと。よっしゃ。寝る準備しよ。
 敷き布団を敷いて、掛け布団を敷いて、最後にマクラを用意してっと。よっしゃ、会社へ行こ。

 途中でオペラを唄い出すってのもありました。
(金魚に餌をあげなぁ…って唐突に言うのもあった筈)
一人の女性の恋愛話を語った漫談

 ○○子はとても純粋なOLである。もちろんキスもまだ未経験である。しかし○○子は会社の上司と不倫をしてしまい、その上司に少しでも優しくされるだけで○○子は……

「あの人になら アゲてもいい」

と誓うのであった。ところが不倫なんかで上手くいくはずが無く、お互いの行き違いにより、その上司の口から別れを告げられる。○○子は一晩中悲しんだ。その時、自宅の近所に住む、年下の△△君に相談にのってもらうことになり、○○子は慰めてもらう事になる。その年下の△△君に少しでも優しくされるだけで○○子は・・・

「あの人になら アゲてもいい」

と願うのであった。ところが年下のオトコなんか上手くいくはずが無く、お互いの行き違いにより、その年下の△△君から別れを告げられる。○○子は一晩中悲しんだ。その時、近くの公園で○○子の足に擦りつき、尻尾をふってる子犬が、○○子を励ましてくれたかのように見えた。その子犬に少しでも優しくされるだけで○○子は・・・

「あの人になら アゲてもいい」

と決意するのであった。


 「あの人にならあげてもいい」のストーリーの最後は、コブラとマングースの対決になり、最後に主人公が「あの人にならあげてもいい」と誰もが期待するところ「あの人なんでマングースなんか持ってたのかしら」で終わる。
 (何週目かわからず)

「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおりました。おじいさんは山へ芝刈りにおばあさんは川に洗濯に行くと川上から大きな桃がドンブラコドンブラコと流れてきました」……でお馴染み「桃太郎」のおとぎ話を九十九一風にアレンジしたネタをやっていました。どのフレーズを変え、どのような話の内容に仕立てたかは忘れました。

 話が何部かに構成されていて、一つ終わるとまた「昔々あるところに……」と話が繰り返される。
 ランドセルを背負って半袖半ズボン、鼻水たらして、名札をつけて、小学生の格好をしていた。
 そして「夏休みの宿題」である日記を読むという設定の漫談だった。

「夏休みの思い出ぇ~1年3組ぃ~九十九一ぇ~8月13日ぃ~今日僕は~久々に学校へ行ったぁ~……」
……というような長伸び口調で、お父さんとお母さんがセックスしてるところを子供なりの表現で濁してみたり、学校で起こった日常を事細かに説明したり、世間の汚さ・図々しさ・いやらしさを子供の目から見た視点で日記に綴っていた。
青春ラジオドラマ『熱血学園物語』

「ねえねえ、きょう私たちのクラスに新しい先生が来るんですって」
「男? それとも女?」
「もちろん男よ」
「どんな先生かしら、楽しみね」
 通学電車の中でこんな会話をしているのは、カマタガマ学園の生徒。全く舌をかみそうな名前だ。しかし、岐阜県下では名門のアホ学園である。
 退屈な朝礼が始まった。「えー、我がカマカマ……」ロレツのまわらない延長の説教じみた訓辞に始まって校歌斉唱、ラジオ体操、万歳三唱にハァー、ゴッシゴッシ! そして、新任の先生の挨拶。
 しかし、新任の先生が朝礼台に上ったとたん、全校生徒九百人がいっせいにどよめいた。
「シテイ・ボーイだぜ」
「ナウイじゃない」
 生徒たちが驚いたのも無理はない。Tシャツにジーンズ、スニーカー姿。先生のイメージにはほど遠い格好であった。生徒たちの歓声の一方で、先生たちもこそこそ囁きだしたが、園長がみんなを制しやがて静かになった。
 そして、全ての視線が朝礼台の上の男に注がれた。男は手に持った小型テレコをマイクに近づけ、おもむろにスイッチを押した。
 カチッ!(ロックの小気味よいリズムが流れる)
「石井甲介二十四歳、ハマから来ました。よろしくぅ!!」
 生徒たちは両手を挙げ、リズムを取った。
「イエーイ! 最高だぜ!!」
 石井甲介と名乗る新任教師は、一瞬にして生徒の心をつかんだ。強烈な熱気と大歓声、若さが思いっきり爆発した。慌てた園長がマイクを握り静かに! 静かに! あと大声を張り上げる。
「みんな、おしゃべりはナウくないぜ!」
 甲介の一声で騒ぎは嘘のようにおさまった。教室に戻った生徒たちの興奮さめやらず、午前の二時間は自習となり、緊急職員会議がもたれた。もちろん石井甲介は外され、当然彼への避難が集中、会議は長引いたが、結局、暫く様子を見ることで落ち着いた。
 三時間目からは通常の授業が再開された。甲介が受け持ったのは一年四組。教室からは明るい笑い声が絶えない。あっという間に三時間目は終わった。
 と、どうしたことか、生徒一人一人が手に竹槍を持って整列し、点呼を取ると駆け足で教室を出ていったのである。
「無理もない。こんな僻地だから、戦争が終わったことをまだ知らないんだ」甲介は思った。
 教室の窓から空を見上げると、民間飛行機らしいものが飛んでいる。しかし、よく見るとそれはB29であった。
 グランドに集まった生徒たちは、届くはずのないB29に向かって竹槍を突き上げている。
「エイ、ヤー! エイ、ヤー!」
 あとでわかったことだが、このカマチガマ学園と隣村のマメモモミ学園は、毎年春に入学生の争奪戦があり、それがもとで戦争状態にあるという。やがて、けたたましいベルが鳴りやみ、校内放送が流れてきた。
「空襲警報解除、空襲警報解除!」

 それから一週間が過ぎた。甲介の生徒間の人気はますます過熱気味。ニューウェーブ感覚、スポーツ万能、それになんと言っても気が若い。それもそのはず、彼は若い根っ子の会会員ナンバー千二百九十番であった。男子生徒とはスポーツで汗を流し、女生徒とは熱っぽく人生観、恋愛論を語り合った。
 そんなある日の放課後、甲介は担任の女生徒、吉田恵子から相談事があると、人気のない体育館のわきに呼び出された。
「どうしたんだ吉田ちゃん、ブルーな顔してるじゃないか」
 吉田恵子は目にいっぱい涙をため「先生!!」、甲介の胸に飛び込んできた。しかし、甲介は条件反射のようにひらりと体をかわした。恵子はブロック塀にもろにぶつかった。振り返った甲介の目に映ったのは、顔中血だらけの恵子の姿であった。
「吉田ちゃん! ど、どうしたんだ、その血は。一体何があったんだ!! 誰がこんなむごいことを……」
 その時、上空をB29がゆっくと旋回していた。
「そうか、B29の奴だな! 吉田ちゃん、カタキはオレが取るぜ」
 甲介は教室に戻り、竹槍を一本持ち出して屋上に駆け上った。
「エイ、ヤー! エイ、ヤー!」
 届くはずがない。B29は甲介をあざ笑うように近づいてきた。
「今だっ!」
 甲介の手を離れた竹槍は、まっすぐB29に突進した。そして、恐ろしい爆音とともにB29は空中分解した。甲介は思った。
「竹槍をぎょうさん仕入れて、自衛隊へ売りにいこ」
青春ラジオドラマ「みちこ」
 今井みちこ、16歳。学校での彼女はと言えば、スカートが長く、髪を染め、どぎつい化粧にマニキュア・タッチ……、ごく普通の女の子である。
 特に美人というほどでもなく、ブスでもなかった。あえて言うなら中をとって“ビチブス”である。成績の方も、特に賢いと言うほどでもなく、またアホウでもなかった。あえて言うなら中をとって“カシアホ”である。
 そんなみちこに魅力を感じたのであろうか。とかく男子生徒には人気があった。いつとはなしに、こんな噂が流れていた。
「あいつ、やらしてくれんど」
 みちこには、今、三人のボーイフレンドがいる。少し不良っぽい三年生の竜一、スポーツマンでムチャンコアホな文太、そして運動音痴の秀才秀夫。清く正しく美しくをモットーにした、文部省推薦、岐阜日々新聞社協賛の交際であった。
 テストを抱えたある日、授業が終わって校門まで行くと、バイクに乗った竜一が待っていた。みちこは笑顔で近づく。まわりの者がひそひそと何かを囁き合っている。
「乗れよ、送ってやるよ」
「うん」
「おい、バカ! 俺の肩に乗ってどうするんだ。うしろだよ」
「わたし、こっちの方がいい」
 そういって、みちこはいたずらっぽく笑った。
「よーし、行くぞ!!」
 なまめかしいぬくもりが竜一の頬に伝わってくる。ハンドルを握る手に自然と力が入った。竜一の耳に、あの声が聞こえてきた。
「あいつ、やらしてくれんど」
 いよいよ明日からテストという日、秀夫から電話がかかってきた。秀夫の家で、いっしょに試験勉強をしようというのだった。
 秀夫の家は三階建ての豪邸である。三階にある秀夫の勉強部屋を訪れるのは、これで三度目。みちこは、さっそくベランダに出た。ちょうど手すりに寄り掛かる格好になったので、うしろにいた秀夫の目にまぶしばかりの白いパンティーが飛び込んできた。ゴクッと生唾を飲み込んだ秀夫の耳に、こんな声が聞こえてきた。
「あいつ、やらしてくれんど」
 三日に渡るテストは無事終わった。学校を出たみちこは、友達と三人でブラショップを楽しんだ後、いきつけの甘党の店「塩屋」に立ち寄った。席についてメニューに目を通すみちこ。
 と突然、うしろから「みっちゃん」の声。
 振り向くと健康的に日焼けした椎間板ヘルニアで慢性鼻炎の文太が白い歯をむき出して立っていた。
「今、合宿の帰りなんだ。ボクシングの県大会に備えて猛練習中だ。見てくれよ、この傷」
「うわースゴイ! まるで菅原文太ね」
 文太は恥ずかしそうに頭をかいた。
 帰り道が同じ方向なので、二人は肩を並べて歩いた。川の土手にさしかかると二人は子供のように手をつないだ。
 文太が歌い出した。
 ♪ミッちゃん、みちみちウンコタレて、紙がないから手でふいて~
 今度はみちこが歌い出した。
 ♪文太、文太、仔ブンタお腹がすいた~
 夕闇があたりを包みはじめていた。今まで笑っていた文太が、急に真剣な表情になり、声を落として言った。
「みっちゃん、オレ知ってるよ。学校でのみっちゃんの噂……」
「ああ、あれ? ウフッ、言いたい人には言わせとけばいいのよ」
「でも、オレ……」
「ううん、いいの。でも文ちゃんだけよ、私に何でもはっきり言ってくれるの」
「オレ、頭は悪いけど、みっちゃんのボーイスカウトだからな」
「ボーイフレンドよ、文ちゃん」
「あっ、そうか」
 二人は声を立てて笑った。文太はプロボクサーへの夢をみちこに話した。そんな熱っぽい話をみちこはウットリと聞いていた。
 と突然、文太の両手がみちこの肩をわしづかみにした。
「みっちゃん! やらしてくれよ」
「えっ?」
「オレ、怖いんだ。ボクサーとしてやっていけるのかどうか自信がないんだ。不安なんだ。だから、やらしてくれよ! そうすりゃ男としての自信がつくと思うんだ。みっちゃん、やらしてくれよ」
「いいわ文ちゃん、やらしたげる。そのかわり、あたしがいいって言うまで、うしろ向いてて……」
 文太の後ろ姿を見ながら、みちこは制服を脱いだ。秋風がいたずらにみちこの肌をもてあそぶ。熱いものがこみあげてくる。みつこは目を閉じ、唇を心持ちあけた。
「文ちゃん、いいわよ」
 文太の荒い息づかいが白い肌に伝わってくる。
「みっちゃん!」
 次の瞬間、激しい痛みがみちこを襲った。
「フックだ、ボディだ、必殺のストレートだ! ……みっちゃん、これでボクシングやっていく自信がついたよ。サンドバッグがわりになってくれて本当にありがとう」
 しびれてゆく感覚の中で、みちこは思った。
「これから、アホとは付き合わんとこ」
(9週目不合格 No.43 1981年1月31日放送)

 家電製品が恋愛するネタ。
(9週目再挑戦合格 No.56 1981年5月2日放送)

「体内電話」
 チッチッチッチ……。俺はいま、日本一の刺青師、彫辰の見事なまでの針さばきに身を任せている。素彫りから本彫り、チッチッチッ……。規則正しいリズミカルな音。激痛から快楽。快楽から激痛……。
 いままで味わったことのない怖ろしいばかりの……
(突然舌足らずになって)、あのう、もしもし、お父さんでしゅか。甘美な世界ッ!
(元に戻る)素晴らしいっ! 俺は極道でもなければ遊び人でもない。ごく一般的なサラリーマンだ。それがなぜここにいるのか。
 数時間前、俺は胃の調子が悪くて医者を訪ねた。医者は丁寧に症状を聞いて、彫辰を紹介してくれた。そしてとうとう完成したんだ。左の手のひら、腕いっぱいに書かれたプッシュホンの押しボタン!
 これで内臓と通話できる。
 ピッポッパッポッピッ。
「もしもし、胃ですか? あ、私本体でございますが、調子の方はいかが? はあ、やはりお酒もたばこも控えて、もちろんコーヒーも……。野菜をなるべく……。はい、わかりました。末長くお願いします。はい、どうも」
 素晴らしい。完璧だ。まさに現代医学のパーフェクトだぞ。ボウリング・スコアの300だ。
 それ以来、俺は内臓たちに密かに連絡を取って、自分の健康管理に努めた。そのかいあってか、最近は血色もよく体の調子もいい。
 ピッポッパッポッピッ。
「もしもし。腸? 盲腸、あっ、ごめん間違えちゃった。えっ、たまには電話して? お前盲腸でしょ、だったら電話する必要ないもの。だって盲腸は人間には……。(お腹抱えて)いたっ。痛い。お前、ちょっと卑怯だぞっ……。わかったよ。電話する、するよ。そのかわりコレクトコールだぞっ」
 パッポッピッポッパッ。
「もしもし、腸? あら、また間違えちゃった。いまもね、盲腸に電話して、あいつひどいんだよね。お前も乱暴された? 誰だって……膀胱。ばか、この小便袋……。(急に手で前を押さえて)怒らない、怒らないでよ。言ったからっておしっこ漏らすことないじゃない。ちょっと、俺28だよ。やめてよ、べちょべちょになっちゃった。いい加減にしろ……、もし……、もしもし……。混戦してるよ。もし……。誰? 腎臓? 脾臓か? 肝臓? 膵臓? やあ、どうもどうも、高橋圭三か(当時の有名アナウンサー)」
 ある日、心臓から意外な言葉を俺は耳にした。最近、隣の肺が元気がない。ひょっとしたらガンかもしれない。ガーン! まさかっ。あんなに体を労わったのに。医者にも見せたし、電気代もちゃんと払った。セキセイインコの水だってきちんと取り換えている。木内みどりにも会いたいし、ヤクザとも友達になりたい。それが、ガンッ!
 俺は確かめるために銀行へ走って行き、キャッシュカードの機械にカードを入れた。残金ゼロ! ジャンケンホイ、ジャンケンホイ。一見、何の変哲もない一人じゃんけん、明らかにガンの兆候だっ。
 肺に直接聞こう。聞くんだ。
 ピッポッパッポッピッ。
「(明るく)ハーイ(肺)。元気にしてるぅ? 僕は元気よぉ。実はね、心臓がね、最近は胃が元気な言って、ガンじゃないかってぇ。悪い冗談だよねぇ。うん、もしほんとだったら、僕に言ってくれるよねぇ……。一心同体だから。もしもし……一方的に通話が途絶えた。こんなことは初めてだ。……どうした」
 ピッポッパッポッ。
「もしもし、胃ですか?」
 ピッポッパッポッピッ。
「もしもし……。通じないっ。どこにも通じないっ。と、いうことは、通話料滞納し過ぎたんだ」

 審査員の受けも良かったが、作家の村松友視は『ダーティヒロイズム宣言』で「SFという確立したジャンルに助けを求めた九十九一に暗さが見えた」と評している。
(10週目合格 グランプリ受賞 No.57 1981年5月9日放送)

「お好み焼き」
 舞台にはパイプの折り畳み椅子のみ。カーテンが開くと同時に、大量の紙テープが投げ込まれる。
 手錠をかけられた(全てマイム、以下も同様)九十九がゆっくりと降りてくる。
 手錠を外された九十九は血の巡りをよくさせるかのように両手を振り、ゆっくりと椅子に座る。
 目の前にいる刑事に向かって、
「知らねえよ。知らねえって言ってるだろ!」
 怒って立ち上がる。
「何度同じ事を言わせるんだ。知らねえって」
 いきなり殴られる。
 つばを吐いて座った九十九は、たばこを勧められたので一本咥え、生意気そうに煙を吐く。
「新潟だよ。おふくろは元気にしてるよ。へへ、刑事さん。そんな古い手には乗らないよ」
 また煙草をくわえて煙を吐くが、いきなりまじめな顔をして急に立ち上がる。
「やめろっ。やめてくれよ。おばあちゃんの話は。やめてくれよ」

「わかったよ。言やぁ、いいんだろ。ところで刑事さん。あんた、お好み焼き、好きかい」
 九十九は立ち上がる。
「俺は中毒なんだ。欲しいと思ったら、躰が勝手に動いちまう。あの日もそうだった。俺は市場で買い物をしたんだ。まず乾物屋へ行って、ずっしりと重たい小麦粉の大袋。俺は小さな幸せを感じた。センチだぜ。そのあとはキャベツを買いに行ったんだ」
(声を変えて)
「すみません、キャベツ……」店の人に無視される。
「あのキャベツ……」また無視される。
「あの、キャ」また無視される。
「ちょっと待ってくれよ。俺の方が早いんだぜ。キャベツくれよ!」

「周りのみんな、狐にでもつままれたような顔をしてたっけ。あのときの顔よ、刑事さん。あんた、お好み焼き好きかい」
「店屋のオヤジは、おそるおそるキャベツを突きつけやがった。俺は金を払って、キャベツを小脇に抱えて、にこにこして肉屋の前に立った。安心してしまったのか、俺は肉屋の前で、立ったまま眠っちまった。肉屋のオヤジは気味悪がってたぜ。お好みには牛肉より豚肉の方がいいんだぜ。特に細切れさ。俺は細切れを、Vサインだしちまった。200gさ」
「材料を家に持ち帰って、焼きの入った鉄板の上に、材料を落とした。その上から、肉や、いかやエビやちくわや、シーチキンも載せた。頃合いを見てひっくり返す。最後にお好み焼きを少し加えて、玉子を入れ、それで出来上がりだ。するとどっからか、「熱い、熱い……」。誰だ、誰だい? 誰もいねえじゃねえか。「熱い、熱い……」。(大声で)お好みの野郎が、喋りやがった!。喋りやがったんだ……」
「(声を変えて)あんたはお好み作るの下手ね」
「俺はついカーッとなって、ありたっけのソースをぶちまけた。マヨネーズもケチャップもぶちまけてやった。青ノリだって、カツオだって。そうしたらお好みの野郎、ぐったりとなりやがった。俺はしばらく、野郎を見つめて、そーっと触ると……冷たくなってるよ!」
「殺るつもりはなかったんだよ。殺るつもりはなかったんだ。お好みのやつがあまりにもひどいことを言うからよ」
「俺はお好みを皿の上に載せて、二階の窓から、誰もいないことを確かめて、落としたんだ。お好みの野郎、落ちないで、フラフラと大映映画『ガメラ』のように飛んでいきやがった。20mほど行っていきなり急降下。それから大爆発だ」
 跪いて頭を抱えながら
「俺は爆弾なんか作っちゃいねえよ。(床を叩きながら)あれはお好みなんだよ。信じてくれよ、あれはお好みなんだよ(紙テープを握りしめ、泣きながら)ほんとなんだよ……」
 紙テープを握りしめ、頭を抱えたまましばらく黙り込む。何かを思いだしたかのように顔を上げて立ち上がった。
「お好みの中には、肉だろ、イカ、エビも入れた。ちくわも入れたよ。シーチキンも入れたよ(シーチキンは番組スポンサー)」
 そして、悟ったかのように顔を上げた。
「そうか! かやく(火薬)が多すぎたんだ」

 こればっかりは演技を見ながらでないとわからないネタかも……。傑作でした。

 九十九一のグランプリ獲得のネタ、オチにもウ~ンと唸らせてもらいましたが(会場はほんの一瞬間があってから笑いが起こったと記憶してます)、最も衝撃を受けたのは、始まって何秒かは全く喋らず、演技のみで客を引き付けた事です(ガキんちょの自分はネタの後、少し笑いが少なかったか?と感じてしまいましたが……)。
 あと、体内電話は最初の予定では10週目用のネタだったと、以前本で読んだ記憶があります。
(グランプリコーナー No.157 1983年4月23日放送)

 もうすぐ結婚式を迎える娘をもった父親の役。娘の昔話を色々とモノローグで語り続ける。途中、娘の婚約者から電話がかかってきて、色々と話す。最後は、壁に掛かってあったウェディング・ドレスを自分で着る。

 途中面白い部分もあるが、はっきり言ってすべっていたと思う。「エピソード」に出てくる赤尾PDの言葉が正しい一本。
(爆笑オンステージ No.170 1983年7月23日放送)

 和夫の父親雄一は、5人ばかりの社員を抱える小さな工場を持っていた。家から車で10分自転車で15分、歩いて30分、這っていけば2時間、前方宙返りをしていくと頭がくらくらして一生着くことができないだろう。そういう父が今日に限って帰りが遅い。母親の勝枝は居間でテレビを付けながらラジオを聞くふりをして、ジグソーパズルで遊んでいた。そしてその時、玄関のチャイムが鳴った。
「サンポーン」(笑いが起きたが、意味不明)
「あーら、やっと帰ってきたみたいね」
 勝枝はこそこそと便所の中に隠れ、雄一が便所の前を通り過ぎようとした頃、勢いよく扉を開けて雄一に向かって声を上げた。
「手を挙げろ。手を挙げないと撃つわよ」
「ま、待て」
 はっきり言って雄一は驚いた。
「話し合えば分る。待ってくれ」
 雄一の後ろで、勝枝が楽しそうにへらへらと笑った。
「ウ、ウィ。今、帰った」
「まあ、酔ってらっしゃるの。気を付けてくださいよ、一家の大黒柱なんですから。さあ、私の肩につかまって」
 そう言いながら勝枝は肩を貸そうと思った。その時、勝枝はおかしいと思った。酒の匂いが一向にしない。今度は雄一が笑った。
「ヘヘヘヘ、これでお相子だな。さ、居間でも行こうか」
 そう言って二人は居間に入り、楽しくお茶を飲みながら語らった。
「博子と和夫はどうした?」
「二階に居るわ」
「そうか。おい、和夫、和夫」
「なんだい、父さん」
「降りてこいよ」
「わかった。今すぐ降りるよ」
 自分の部屋を出た和夫は、隣の博子の部屋をノックした。
「トントン、姐さん、姉さん」
 返事がない。戸を静かに開けると、相変わらずきれいに整頓された部屋の中、艶めかしいばかりの女の香りが、和夫を包み込んだ。
 和夫は吸い込まれるままに部屋の中に入り、ふとベッドの上を見ると、女物の下着が。明らかに姉の博子のものだ。生唾をごくりと呑み込み、周囲を見渡した後、下着に手を伸ばした。するとその時、博子が入ってきた。
「誰? 誰なの、あなた」
「しまった……どうしよう。こんにちは、クリーニング屋です。洗濯ものはないですか」
「ないわよ、そんなもの」
「あーそうですか。それじゃまた」
 ぺこりと頭を下げ、そのまま部屋を出て行った。
「あー、心臓がどきどきしている。ばれていなかっただろうか」
 和夫は息を整えると、もう一度部屋のドアをノックした。
「トントン、トントン、姉さん、姉さん」
「誰」
「僕だよ、和夫だよ」
「あー、和ちゃん。入ってきていいわよ」
「今、話し声が聞こえてきたけど、誰か来てたの」
「そうじゃないの。クリーニング屋さんが来てたんだけどね。でもあたしの部屋まで。ねえ和ちゃん、おかしいと思わない」
「(小声で)よかった。ばれていない。姉さん、僕先に降りているよ」
「ええ。私もすぐに行くわ」
 和夫は下に降りた。しかし5分たっても、10分たっても、姉の博子は降りてこない。
「和夫、博子はどうした」
「僕呼んでこようか」
「いや、いいんだ。父さんが行こう」
 そういって雄一は立ち上がると、台所へ行って包丁を1本持って、ゆっくりと階段を昇りはじめた。
(サスペンスを煽る音楽が流れる)
 博子の部屋の前で立ち止まり、いきなりドアを開けた。姉の博子は髪の手入れをしているらしく、雄一の気配には全く気付いていない。しめしめ。心の中でほくそ笑んだ雄一は、静かに博子に近づいた。そのとき、人の気配に気付いた博子が振り向いた。
「誰? 誰なのあなた?」
「へへへへ、これが目に入らないか。静かにするんだ。そうすれば乱暴にはしない」
「止めて、お願い。お金ならあげるわ。だから乱暴だけはやめて、お願い」
「へへへへ、横になれ。横になれ、お前。横になるんだ」
 そういって雄一は博子を蹴った。そのとき、裾が乱れて博子の露わな太腿が。雄一は心の中で思った。こいつは娘やない。娘やない。
 博子はあらん限りの声を上げて和夫を呼んだ。和夫は鉄砲玉のように下からやってきた。
「誰だ。姉さんに何をしている。放せ、放せ!」
「馬鹿野郎、小僧。てめえは向こうに行ってろ、邪魔だ。おらおらおらおら、向こうに行ってろ」
 和夫は自分に部屋に取って返し、机の引出に隠してあったモデルガンを取り出し、再び雄一のところへ来た。
「放せ。姉さんを放せ。放さないと、撃つぞ」
「へへへへ、小僧。お前に俺が撃てるか。面白い、撃てるもんなら撃ってみろ」
 バキューン。
 一発の銃弾が雄一の額を見事に打ち抜いた。もんどりうって倒れる雄一。そんな雄一に泣きすがる勝枝。
「誰が、誰がこんなひどいことを。誰がこんなひどいことを。うっ、うっ、うっ、うっ」
 静かな沈黙が流れた後、誰からともなく拍手が鳴り響いた。
 この後4人は居間へ降り、今の演技を批評し合った。

 笑い所はほとんど無し。相変わらずの九十九ちゃんの世界と山田康夫は言っていたが、いいのか、これ。
エピソード
 赤尾PD曰く「才能はあったものの、自分の作ったネタのどれがよくて、どれが悪いのか、自分で判断できなかった。おもしろいのが1本に対し、つまんないのが2本という割合。」
 亡き遠藤周作氏など、知識層にファンは結構多かったが、「お笑いスタ誕」から離れると、ネタの良し悪しを言ってくれる人がいなくなり、「面白くなくなった」と評されたらしい。
 この番組に出る前に、9年ぐらい続いたラジオ番組があったが、それがちょうど番組リハーサルと同じ火曜日だった。その番組が終わったので、お笑いスタ誕に挑戦したらしい。
 村松友視の『ダーティヒロイズム宣言』で取り上げ誉めてました。村松は、「プロレスのレフェリーをやって欲しい」と今考えると恐ろしい事を書いていました。
「お笑いスター誕生!!」とほぼ同時期に九十九一は東海地方のローカル番組でレギュラー出演していた。

番組名「パロパロエブリディ」(CBCテレビ 夕方5:00~6:00)
コーナー名「九十九一のお遊び指南」
お猿のダイスケ君と戯れて昔のお遊び(メンコやビー玉)や最新のお遊びや情報(ルービックキューブやなめ猫)等を紹介していた。
「お笑いスタ誕」挑戦時は、まだ岐阜放送でDJやってました。
 私は当時、北海道に住む中学生だったのですが、「お笑いスタ誕」で知った九十九一の魅力にとりつかれ、物凄い雑音の中、岐阜放送を聴いておりました。
 9週目挑戦に失敗したことも、グランプリを取ったのも、岐阜放送の番組ではじめて知りました。賞金で虫歯を治したが、おかげで歯のすきまから尺八の音を出す芸ができなくなったとも言っていました。
 最終回の時は号泣しておりました。
 レギュラー番組:「今夜は最高」「TV海賊チャンネル」
 本:「ダイヤル991を廻せ」
 グランプリを獲得したあとも名古屋のCBCラジオの「ハウス歌のスーパーめぐり」とかいう番組で毎週スーパーマーケットを回っておりました。
 ザ・ぼんちのまさと(現・里見まさと)と大阪・興国高校の同級生だった。『おれたちひょうきん族』で「同級生漫才」を披露。
 ラジオドラマで使われてたBGMは「佐藤勝さん」の「湖の音」と言う曲だそうです。
 (九十九一のグランプリネタ)
 私が感心したのは、お好み焼きにはいってる具の説明をするときに「シーチキン」をいれたところ。いわゆるうちわ受けのネタ(スポンサーがはごろも)をグランプリネタに入れ込んだところでした。
 シティボーイズの再挑戦の美容師ネタでも山野愛子(当時の会場が山野ホール)の名を出しましたが、オンエアではなぜかカットでした。
 体内電話は面白かったけど、熱演後、審査員のタモリが「胃と腸がしゃべって胃腸カタルっていうの俺考えたんだけど。。。」これは一枚上手ですね。
感 想
 シュールな笑いが忘れられません。
(私見なのですが、九十九的発想のヒントは筒井康隆の『最悪の接触(ワースト・コンタクト)』のような気がします。)←九十九一は筒井康隆の大ファンです。
受賞歴
 1981年 第19回ゴールデンアロー賞芸能賞新人賞受賞「たくみな話術、特異なテーマの選択、そしてSF的な発想でユニークな“笑い”の世界を創造した」
 1982年 第10回日本放送演芸大賞最優秀ホープ賞受賞
レコード
「TSUKUMO1 九十九一の部屋」(LP)(1981.8)
「淋しがりやのあなた」(1981)
雑 誌
 『週刊プレイボーイ』の九十九一の連載。美女タレントを呼んでの対談。構成のさくまあきらに「お前が関わるとなんでも終わるやないか」(当時、さくまがスペクトラムの詞を書いたら解散が決定した)と毒づいたり、対談に乱入した子供をけしかけてアベックを襲撃させたりした。目茶苦茶な対談?でした。
テレビ・ラジオ
 その昔、『笑ってる場合ですよ!』にレギュラー出演し「根暗バンザイ」というコーナーの司会進行役をつとめていた。当時「根暗」という性格はそんなに世間に浸透していなかったが、この番組が「根暗」という言葉を生み出したといっても過言ではない。
 コーナーの内容は根暗4人を出場させ、誰が一番「根暗」かを競い合う。最後に「根暗体操」(ラジオ体操のリズムに合わせて九十九一が号令をかける)を披露させる。
 例えば、
「後ろ向きになって、肩をガックリ落として、振り向いて、ため息、1,2,3,4,5,6,7,8.」
「下を向いて、100円玉を見つけて、静かに拾って、薄ら笑い、1,2,3,4,5,6,7,8.」
 ラジオ「九十九一のパックインミュージック」
 2003年、NHK朝の連続テレビ小説『てるてる家族』に、でんでんとともに出演。
 2009年10月~11月、NHK『趣味悠々』の水曜「ドレミからはじめよう!リコーダーで奏でる懐かしのオールディーズ」に出演。
その後・現在
 一時期よくテレビ、ラジオ、雑誌に出ていて活躍したものの、お定まりの独立問題でテレビ界から干される。
 今日NHKにて爆笑オンエアバトルの収録があったのですが、そこでなんと九十九一さんが5人のユニットとしての登場をしました。
 「沙羅ばじゃ」という名前で、若手芸人に混じり、野球部のコントというかお芝居をして、オンエアを目指して今したが、残念ながら101キロバトル(ボール2個)で敗退してしまいました。
 一緒にやっていた4人の名前等は確認できませんで、ごめんなさい。
 放送は2000年11月18日(正確には11月19日)の深夜、0:20からです。

 番組での客のコメントは、「演劇みたいだった」。番組終了後の九十九一のコメント「旅に出ます」。ネタの善し悪しの判断が出来ていないのは、今でも変わらないみたいですね。
 現在は舞台の脚本、演出などが中心。ミステリーツアー、ミステリークルーズ、ミステリーナイトなどの犯人当てミステリードラマを多く手がけ、脚本、演出、主演を担当していました。時々、つくもはじめの名前も使っていました。他にも九十九一のネタを様々な役者で上演するシリーズ「九十九夜一夜物語」を2005年から年一回、舞台「つくもっちんぐ」(九十九っちんぐ)を2009年から半年に1回のペースで続けている。すべて九十九が脚本を書き、演出、出演もする。また、妻の住友優子も出ている。
 2002年4月4日、声優、舞台女優の住友優子と結婚。
 イーピン企画に所属していましたがいつの間にか辞め、2013?年からコントロールプロダクションに所属。俳優、舞台などの活動のほかに、若手育成のワークショップも行っている。
 イーピン企画に所属する俳優メイビは、九十九と前妻との息子である。
<登場者リストに戻る>