本格ミステリ大賞



【本格ミステリ大賞】
 本格ミステリ大賞は、本格ミステリ作家クラブが主催する推理小説の賞。小説部門、評論・研究部門が設けられている。毎年1月末に本格ミステリ作家クラブ会員のアンケートを集計し、予選委員が候補作4~5作を選定。候補作すべてを読んだ会員の投票で、大賞が決定される。

第1回(2001年)
小説部門 倉知淳『壷中の天国』  この作品は「探偵小説」の形を取った「家族小説」ではないのだろうかと思う。子供や父との交流。知り合いと晩酌をしながら今の政治、教育などについて苦言を言う夕食。子供同士の秘密の計画。どこの家庭でも見られるような場面である。そして倉知淳が書きたかったのはやはり「壺中の天」の故事であり、絵画教室という名の「壺中の天国」だったのではないだろうか。そして誰もが「壺中の天」を持っているということを。
評論・研究部門 権田萬治・新保博久『日本ミステリー事典』  労作なのは認めるが、結局はただの事典でしかないわけで、これを評論とか研究だとか言って投票したり表彰したりするのはどうかと思う。
特別賞 鮎川哲也  まあ、本格ミステリと言ったらこの人なんだろうなとは思うが、ファンがとにかく何か表彰したい、という見方しかできない。
第2回(2002年)
小説部門 山田正紀『ミステリ・オペラ』  物語としては凄い構想力だと思うけれど、本格ミステリとしてみたら詰め込みすぎたドカ弁。本格部分はどこへ行ったと言いたくなるぐらい、物語の迫力にかき消されてしまっている。個人的な意見だが、現代の事件は不要。過去の事件だけで十分面白い本格ミステリに仕上がったと思う。
評論・研究部門 若島正『乱視読者の帰還』 未読
第3回(2003年)
小説部門 乙一『GOTH リストカット事件』  混沌とした平成の時代が生み出した登場人物であり、かつ物語だろう。人の心にひたひたと忍び寄り、じわじわと恐怖を染み込ませる。ただ、これをホラー、もしくはサスペンスと評価するのはわかるのだが、どうしてこれが本格ミステリにカテゴライズされるのだろう。これを本格ミステリ対象に推薦した人、投票した人の本格ミステリ観を聞いてみたい。
笠井潔『オイディプス症候群』 エンターテイメントのかけらもない。重大なところがフェアでない。いつ殺されるかわからない場所で哲学論議をするとは優雅なもんだ。構成そのものがシンプルなのに、なんでこんなにページが必要なんだろう。ニコライ・イリイチって、とても薄っぺらい悪役にしか見えてこないぞ。矢吹駆ってただの解説者じゃないか。文句しか出てこないミステリでした。作者のただの自己満足。
評論・研究部門 笠井潔『探偵小説論序説』  つまらない「大量死論」に囚われた『探偵小説論』と比べると、探偵小説というものに対する笠井潔の考え方がストレートに伝わってきて、読むことができる評論には仕上がっている。笠井の理論が正しいかどうかは別問題としてだが。「序説」とは銘打たれているが、『探偵小説論』とは関連がありながらも別個のものとして捉えた方がよさそうだ。
第4回(2004年)
小説部門 歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』  読み始めたときから、どうも奇妙な違和感があって、物語そのものは面白いが今ひとつのれなかった。アンフェアではないけれど、細かいところで矛盾が生じている。だけど拍手喝采してもいいと思う、テクニックだけは。タイトルの付け方はとてもうまいと思った。ただ、これは本格ミステリではない。
評論・研究部門 千街晶之『水面の星座 水底の宝石』  作者自身が書いているとおり、評論とするには少々首を傾げる。乱歩がトリックを包括的に語ってきたのに対し、本書は一トリック、もしくは一仕掛けを深化させながら語っている。徒然なるままに書いている気もするし、だけど狙い通りに書いていると思う。ある意味タブーともいえるネタばらしを数多く並べることによって、かえって面白い一冊が仕上がるのだから、皮肉といえば皮肉かもしれない。
特別賞 宇山日出臣、戸川安宣  新本格ミステリ時代を作り上げた二人なので、特別賞は妥当なところか。
第5回(2005年)
小説部門 法月綸太郎『生首に聞いてみろ』  元々法月綸太郎が持っていた、ハードボイルドの資質を存分に発揮した一作といえる。もちろん、本格ミステリとしての完成度も高い。ただ、あまりにもソツがないと言い換えることができる作品かもしれない。ハードボイルド慣れした読者なら、犯人が分かった時点(それも早い時点)で、エピローグまで容易に想像つくため、本来伝わるべき登場人物の痛みが、どうも空々しく感じてしまう。
評論・研究部門 天城一著、日下三蔵編『天城一の密室犯罪学教程』  純粋本格ミステリといえる作品の数々だが、エンターテイメントの要素は全くといっていいほどない。削り取ることのできる文章は徹底的に削り取っている。削り取りすぎて、何を言いたいのかわからない作品が多いくらいだ。論理パズルとして楽しもうにも、問題そのものすらわけがわからない。それでも出版されたこと自体は歓迎するし、密室犯罪学教程が読めただけでもよかったと思う。
第6回(2006年)
小説部門 東野圭吾『容疑者Xの献身』  倒叙形式を用いた、本格ミステリの傑作。伏線もしっかり張ってあるし、手がかりも読者の目の前に表示されている。無理な飛躍をすることなく、提示されたデータで犯人のトリックまでたどり着くことも可能。シンプルなトリックでも、見せ方によってはまだまだ驚きを与えてくれるいい見本。難解なトリックを用いるのも本格ミステリの魅力だが、見せ方が悪ければ退屈になる。見せ方さえよければ、昔のトリックでも驚愕の結末を与えることは可能であるし、面白い作品に仕上がる。
評論・研究部門 北村薫『ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件』  私がクイーンに思い入れが全くないからだろうが、小説中でクイーン論を語られてもつまらない。もう少し物語に溶け込んでいればまだしも、単に議論を交わす、というだけじゃあ、物語のテンポを削いでいるとしか言いようがない。はっきり言って退屈。評論にするなら評論で書けばいいし、パスティーシュをやりたいのなら余計なクイーン論なんか入れなければよかった。中途半端に終わった勿体ない作品。
第7回(2007年)
小説部門 道尾秀介『シャドウ』  主人公である小学五年生の少年が、母親の死から始まった不可解な事件の謎を追いかけていく内に、衝撃の真相に辿り着く。これだけだったらよくある筋と言ってお終いになるところだが、その真相に辿り着くまでにミステリ的仕掛けを様々なところに、そしてサスペンスを損なうことなく織り交ぜるその巧さに脱帽する。少年の成長ものとして読んでも、全く違和感のない仕上がりになっているところも見事。サスペンス小説として、少年小説として、そしてミステリとして。
評論・研究部門 巽昌章『論理の蜘蛛の巣の中で』 未読
第8回(2008年)
小説部門 有栖川有栖『女王国の城』  序盤はやや冗長かなと思うが、物語の面白さを押し進めながら伏線を張り巡らせ、中盤以降は冒険部分を全面的に押し出し、最後に謎を一気に解明するという、作者の実力を十分に満喫できる作品であった。最後できっちりと謎のすべてを解き明かすところは見事と言いたい。
評論・研究部門 小森健太朗『探偵小説の論理学』 未読
特別賞 島崎博  この人はもっと評価されてもいいと思う。この人がいなければ、泡坂妻夫も連城三紀彦も竹本健治も出てくるのはもっと遅かっただろうから。戦前、戦後すぐのマイナーな本格ミステリを纏って読めるのは、この人のおかげである。
第9回(2009年)
小説部門 牧薩次『完全恋愛』  個々の事件を見る限りではそこまで大それたトリックを使っているわけではなく、粗もある。それでも本書が傑作となったのは、本庄究という男の一代記を描き切ったこと、そして究にまつわる登場人物の想いを描き切ったところにあるだろう。人の心の謎が絡むことにより、各々の事件が連結され、そして一つの本格ミステリが完成されたと言える。ベテランにしか書き得ない傑作。
評論・研究部門 円堂都司昭『「謎」の解像度』 未読
第10回(2010年)
小説部門 三津田信三『水魑の如き沈むもの』  刀城言耶シリーズおなじみのパターンと言ってしまえばそれまで。横溝正史だと似たような話でも楽しむことができるのに、三津田信三だとああまたか、と思ってしまうのはなぜだろうか。これは別に偏見ではないと思う。ただ本作は、編集者の祖父江偲が本格参戦している分楽しめた。刀城の推理にカタルシスが何も感じられないせいか、本格の部分は今一つ。
歌野晶午『密室殺人ゲーム2.0』  内容は推理クイズ合戦なのだが、「ありとあらゆる事を疑う」ことを前提とした本格ミステリとして考えれば、究極なトリックといえないこともない。現在の世の中でも、殺人のための殺人や快楽のための殺人があるのだから、思いついたトリックを実行するだけの殺人があったっておかしくない。とはいえ、これはただのゲームだよな……というがっかり感があることも否めない。
評論・研究部門 谷口基『戦前戦後異端文学論』 未読
第11回(2011年)
小説部門 麻耶雄嵩『隻眼の少女』  本格ミステリファンならずともワクワクする設定。見事なロジック。しかし最後まで読むと、色々な意味で本格ミステリの常識の裏をかき、それでいて本格ミステリであるという世界を構築している。見事なくらいアクロバティックな構成だとはいえるが、問題はその裏をかいた方法があまりにもちゃちだったところだろうか。それも含めて、麻耶雄嵩らしいといえばそれまでだが。作者の代表作になり得る作品。
評論・研究部門 飯城勇三『エラリー・クイーン論』 未読
第12回(2012年)
小説部門 城平京『虚構推理』  都市伝説というものの存在が具体化するプロセスは面白い。ただ、シリーズ化を狙ったとしか思えないキャラクター設定なので、よくあるラノベのつくり方だなとしか思えなかった。そもそも、「虚構をもって虚構を制する」という手段のどこが「推理」なのだろうか。これが本格ミステリとは思えない。あざとさが先行して見えてきたし、あまりにも作り物めいているところがあったので、それほど楽しむことが出来なかった。
皆川博子『開かせていただき光栄です』 未読
評論・研究部門 笠井潔『探偵小説と叙述トリック』 未読
第13回(2013年)
小説部門 大山誠一郎『密室蒐集家』 未読
評論・研究部門 福井健太『本格ミステリ鑑賞術』 未読
第14回(2014年)
小説部門 森川智喜『スノーホワイト 名探偵三途川理と少女の鏡は千の目を持つ』  「なんでも知ることのできる鏡」を持っている名探偵という超反則技。なぜ探偵が依頼者の話さないことまで現場を調べずに知ることができるのかを依頼者に説明する、という点で一応論理の組み立てが必要となってくるのだが、ご都合主義極まりないと言われても仕方がない。童話の世界も交えた本格ミステリという趣向は買うが、それ以外は飛び道具でしかなく、大賞に相応しいとは思えないが、候補作を見るとこれぐらいしかなかったのかも。
評論・研究部門 内田隆三『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?』 未読
第15回(2015年)
小説部門 麻耶雄嵩『さよなら神様』  『神様ゲーム』の神様こと鈴木太郎が再登場する短編集。どの短編でも冒頭で犯人の名前を言うのだが、強固なアリバイがあったり、犯行が不可能だったり、挙句の果てに聞いたことのない人物だったり。感想の書きづらい作品だが、これだけひねくりまくった作品も珍しい。何はともあれ、最後にやられました。色々と怖いわ。
評論・研究部門 霜月蒼『アガサ・クリスティー完全攻略』 未読
第16回(2016年)
小説部門 鳥飼否宇『死と砂時計』  世界中の死刑囚を集めて代理で処刑するという設定は、間違いなく実行は不可能であるけれど、極限状況と絶対管理という舞台を生み出すには非常に面白いものである。さらに不可能状況を生み出すには、実に都合がよい。うまい設定を考えたものである。極限状況化ならではの事件ならびに解決であり、本格ミステリとしての楽しさも十分に味わえる。そして最後の作品とエピローグ。見事としか言いようがない落としどころである。
評論・研究部門 浅木原忍『ミステリ読者のための連城三紀彦全作品ガイド 増補改訂版』 未読
第17回(2017年)
小説部門 竹本健治『涙香迷宮』  殺人事件の稚拙さはどうにもならない。最初の殺人事件の動機はわかるけれど、その後の展開はあまりにもひどい。逆に暗号の方は凄い。いろは歌を48首作るという労力には素直に脱帽。逆にこれだけ並べられると、感心するばかりで中身が頭に入ってこないのだが(苦笑)。しかし、暗号の凄さと小説の面白さとはまた別なんだよな。面白いかと聞かれると微妙。題材は凄いけれど、料理が今ひとつで首をひねってしまう作品。黒岩類香などの蘊蓄は面白かったかな。
評論・研究部門 喜国雅彦・国樹由香『本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド』 未読
第18回(2018年)
小説部門 今村昌弘『屍人荘の殺人』  鮎川賞との二冠達成。大傑作。見事の一言。
評論・研究部門 飯城勇三『本格ミステリ戯作三昧』 未読
第19回(2019年)
小説部門 伊吹亜門『刀と傘 明治京洛推理帖』  明治維新を舞台に、若き尾張藩士・鹿野師光と江藤新平が謎解きを行う五編を収録。最も単純な謎解きというわけでなく、幕末から明治にかけての時代背景を色濃く投影した作品に仕上がっているところが素晴らしい。フーダニットだけでなく、その時代ならではのフワイダニットが見事。本格ミステリでこれだけ時代色を濃く絡めた作品なんて珍しい。特に「監獄舎の殺人」は傑作。
評論・研究部門 中相作『乱歩謎解きクロニクル』 未読
第20回(2020年)
小説部門 相沢沙呼『medium 霊媒探偵 城塚翡翠』  最終話を読んでいても、どうしてこれが「最驚」なのかさっぱりわからなかったが、最後まで読んで納得。なるほど、この仕掛けはお見事と言いたい。ただ感心はしたが、そこまで驚くほどじゃなかったな。なんか、自分がひねくれているようで嫌だが、それが正直な感想だから仕方がない。個人的には、これだけ伏線を貼ってくれて、お疲れさまでした、と言いたい。仕掛けのほうはともかく、物語としての面白さが今一つだったんだよね。それすらも伏線かもしれないけれど。
評論・研究部門 長山靖生『モダニズム・ミステリの時代 探偵小説が新感覚だった頃』 未読
第21回(2021年)
小説部門 櫻田智也『蝉かえる』  前作『サーチライトと誘蛾灯』ではキャラクターの弱さが弱点となっていたが、本作品集では、エリ沢の過去が垣間見えるのが面白い。やはり探偵が記号になってはいけない。探偵に魅力がないと、物語の面白さが半減する。謎の方も、前作に比べて強烈な印象を与えるものが加えている。登場人物も描写が加わり、血が通うようになった。前作に比べ、明らかにレベルが上がっている。それが物語に厚みを与え、面白さを増す結果になった。
評論・研究部門 飯城勇三『数学者と哲学者の密室 天城一と笠井潔、そして探偵と密室と社会』 未読
第22回(2022年)
小説部門 芦辺拓『大鞠家殺人事件』  連続殺人事件が発生する昭和二十年の大鞠家にたどり着くまでを丁寧に書いているので、ちょっともどかしいところはあるが、殺人事件が発生してからの展開は緊迫感がある。最後の謎解きまで、目を離すことができないストーリー展開もお見事。謎解きのカタルシスも十分に味わえる。船場の商家や戦時中ならではの背景が、巧妙に取り入れられているのはさすがである。作者の代表作となるであろう傑作。
米澤穂信『黒牢城』  歴史的に確定した事実の裏側を紐解くその発想にただ脱帽。しかも当時ならではの不可能犯罪と謎解きを絡める本格ミステリとしての面白さ。さらに当時の戦国武将ならではの心根や戦を描き切っているのだから、もはや言うことなし。歴史上の謎と本格ミステリならではの謎をここまで密接に絡め、そして人物描写や背景描写に優れた作品はないだろう。傑作の一言。
評論・研究部門 小森収『短編ミステリの二百年1~6』 未読
第23回(2023年)
小説部門 白井智之『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』  まさかの解決編150ページ。まさかの多重推理。まさかの犯人。まさかの解決。いやあ、すごい。これはすごい。本格ミステリファンならこれを読まなきゃ、という作品。ただ、本格ミステリに興味がない人が読んだら、退屈なだけだとは思う。適当に推理をこねくり回しているだけじゃないか、と言われても仕方がない。それに現実の事件を使わないと、カタストロフィの説得力が成り立たない。そんな作品でもある。
評論・研究部門 阿津川辰海『阿津川辰海 読書日記』 未読
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