『お笑いスター誕生!!』 名鑑【み】


 皆様からお寄せいただいた情報は、緑文字で表記しております。
 あtろのマニアック演芸より転記した情報は紫文字で表記します。
 芸人さん情報サイト geinin.jpより転記した情報は栗色文字で表記します。
 拙HP「お笑いスター誕生!!」掲示板より転記した情報は青色文字で表記します。
 新規に情報を追加した場合は、赤文字で表記します。

名 前
ミスター梅介
初出場
 1980年5月24日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 8週勝ち抜き、金賞獲得。
 第2回ゴールデンルーキー賞<決戦シリーズ>進出。
 サバイバルシリーズ2回戦進出。
 第1回オープントーナメントサバイバルシリーズ準優勝。
 第2回オープントーナメントサバイバルシリーズ1回戦負け。
 第4回オープントーナメントサバイバルシリーズ1回戦負け。
 第5回オープントーナメントサバイバルシリーズ準決勝進出。
 第7回オープントーナメントサバイバルシリーズ1回戦負け。
ジャンル
 法律漫談。
プロフィール
 本名岡崎勝一。1944年6月2日生。東京都出身。
 成蹊大学法学部卒業。
 貿易関係の会社に勤めていたが、失業してしまい、この番組に挑戦。
 父親は歌舞伎立て三味線の名人・杵屋六里郎。ただし、物心ついたときに両親は離婚し、親戚の家に預けられていたため、そのことを知ったのは30歳を過ぎてから。鬼籍に入った父の遺産問題が浮上した時だったという。
ネ タ
 舞台は1本足のテーブル。上には六法全書。ドアを開く音から始まり、コツコツという足音と共に梅介が登場しました。
 ラーメンの全種類をそらで言ったりするなど、記憶力抜群のところも見せていました。
(1週目)
「皆さん、私は今ここに三味線を持っています。弾いてる曲は新内ですが、今の若い方はこれを“知んない”と言っております。私は今、司法試験を受けるため猛勉強中ですが、なぜ、三味線なんか持ち出したのか。それは、法律家は三味線を弾くことを義務づけられているからなんです。三味線を弾く法律家を我々は“邦楽家”(法学家)と言っております」

「ところで司法試験というのは一、二、三次までが筆記試験で、最後に面接試験があります。で、この面接試験の時に、あなたの特技は何ですかと聞かれます。その時、三味線が弾けますと答えますと非常に喜ばれます。粋である。独創的だとされるわけです。ところで、独創的な人ほどガンにかかりやすいというデータをご存じですか? これを人々は、毒掃丸と呼んでいます」

「面接の時には、その場で弾かなければなりません。でないと、口先だけの本当の三味線になってしまいますから。もちろん、弾く曲は犯罪の曲です。たとえば……、そうですねえ、去年、新潟と長野を股に掛けた若い女性の連続殺人犯、M。恐ろしいですねえ、女性上位のあらわれでしょうか。それはともかく、あの女性は図々しいですから、第一審で死刑の宣告を受けても控訴、さらに上告を繰り返して、なかなか死刑になりません。このように、なかなか死なない女性のことを法律家は“藤娘”(不死娘)と言っております」

「ま、藤娘は弾かなくてもいいんです。本当に弾かなきゃいけないのは刑法の曲です。刑法の二百四十六条に詐欺罪というのがあります。これには『人を欺罔して財物をヘン取したる者は、十年以下の懲役に処す』とあります。この詐欺というのは、わりと手軽ですから女性が犯しがち。女性が詐欺を働くと、これを法学家は”鷺娘”(詐欺娘)と言います。鷺娘は長唄ですけど、詐欺がばれて追いに追われるわけですね。そのクライマックスのところ、ちょっと弾いてみましょう。こんな風になります。
 ♪よオ〜い、四六時中がそのぉあいだ〜、クルリクルリ、追いぃめぐり追いぃめぐり、……(がらりと変わって)♪花の都の花の都の、花の都の真ん中で〜、やーとナーソレ、ヨイヨイ……。

「私は法律家なんです。法律の啓蒙のために全国を公演している私としたことが、お恥ずかしいところをお見せして。法律家として私は皆さんに言いたい。犯罪を犯さないでください! そのためにはどうしたらいいか! それは質素な生活です。質素な生活とは何か! それはポテトチップの味に慣れることです。ポテトチップは現在四十八種類ありますから、これを食べるようにしてください。ちょっと申し上げてみましょう。
 カッパエビセン、エスビー・スナックチップ、八分の五チップ、スナックトースト、チーズ味、バター味、カルビーのサッポロポテト……。

「こんなことを言ってる場合じゃないんだ、私。司法試験の準備がありますから、今日はこれで失礼させていただきます。今度お会いするときは、裁判所の法廷で、私が裁判官、皆さんが死刑囚というパターンでお会いしましょう」
(5週目くらい?)

 ボクシングで相手を殴りまくっていますけれど、あれは正当業務で許されている。ボクシングもそうだけど、プロレス。あんな血みどろになって。みんな羨ましがっているでしょうけれど、あれも無罪。35条、正当業務。だからスポーツは便利ですよ。これを理由にするんです。たとえば、あなたに憎たらしい相手がいたとしたなら、テニスに誘っておもいきりスマッシュボールをぶつけて憂さを晴らす。あなたに好きな女がいたとしたならば、柔道に誘って寝技でいただいてもかまいません。貴方に露出狂の気があるならば、フルチンで泳いだって構わないのです。もし軽犯罪法違反で捕まえると言われたら、こう言ってやりましょう。俺は悪くない。流れたパンツに聞いてくれ。
 優れた言い訳はあなたを救うのです。これは前回やりましたけれど、電車の中のスリ。スリだって法律を知っていれば無罪になるんですよ。(客席を指さしながら)たとえば学生さん、生活に困ってスリを働いたことがあるでしょう。捕まれば刑法235条で10年以下の懲役ですけれども、刑事訴訟法の213条によって現行犯逮捕なんです。だから、これを知っていたら大丈夫です。あなたが生活に困って電車の中でスリを働いて、刑事さんに捕まった。刑事さんが現行犯で逮捕すると言われたら、次のように言いましょう。今、練習中です。練習とはスリの手口の研究。研究とは、学問。学問の自由は憲法23条で保障されています。だから、この練習中というは大変応用範囲が広い。例えばあなたが空き巣狙いに入って捕まった。今、練習中です。マリファナを吸って捕まった。今、練習中です。あなたが近所の人妻に惚れた。思わず相手にのしかかった。キャッ、何をするの。今、練習中です。練習は嫌。まあ、そういうこともあるでしょう。
 「酒飲み運転で止められた際、止まった瞬間に酒を飲めばいつ酒を飲んだか分からないから、酔っぱらい運転で捕まることはない」というのがありました。この数週間後のネタで「捕まらないように酒を飲んで解放されたはいいが、そのまま車を運転して捕まった」というネタも披露していました。
「例えば、こんな事ございませんでしょうか? ご主人に愛人が出来たと仮定しましょう。それで今すぐにでも奥さんと別れたい。そう思った方はいらっしゃらないでしょうか?
 そんな時はこうするのです。真夜中、奥さんが寝静まったあと公園までコッソリと奥さんを持ち運び、あらかじめ堀ってあった穴に生き埋めにするのです。
 そして明くる朝、生き埋めになった奥さんが発見されることでしょう。
 これが民法の第○○条「道端で落ちているものは、第一発見者がそれを所有できる権利が与えられる」
 つまり奥様は、これでその第1発見者に引き取られるのですから。
 これでご主人様は悠々気ままに愛人と暮らしていけるわけです。」
いいですか、今日は女性の方必見ですよ!
レイプ つまり強姦されそうになった時どうしたらいいか、わかりますか?
男性から無理矢理洋服をつかまれ、犯されそうになった時、「嫌よ」1回は否定の意味で「犯されたくない」という意味を成しますが、
これが「嫌よ!嫌よ!」と2回繰り返した場合、「嫌よとすることが嫌よ」つまり二重否定で「肯定」している事となります。
 この場合、もし偶数回「嫌よ」を言った場合は「どうぞ犯してください」と今まさに犯そうとしている男性を招き入れている形をとったこととなりますので、女性は犯されそうになった時、犯されたくなければ“レイプの最中に”指折り数えて「嫌よ!」を繰り返してください。
 但し、これには個人差が有り、この境遇にめぐり合える女性もいますが、運悪く顔が醜いとかスタイルが悪いが為にこのシチュエーションに1度も恵まれずに一生を終えていく女性もいます。このシチュエーションに遭遇した女性は「アタシは男性に犯されるだけの魅力を持っているんだわ」とラッキーに思ってください。ちょっとだけ優越感に浸ってくれて結構です。
(ゴールデンルーキー賞で)
 いつも通りに降りてくるのだが、定位置についても「コツコツ」という足音が止まらず、横にステップ2回踏んでようやく止まる。
 セックスのへたな亭主にホトホト愛想のつきている奥様、ご安心下さい。○法第○条「無駄な小枝は切り落としても良い」(ネタが「お笑いスタ誕!」だったかは不明)
(8週目再チャレンジ合格)
 やあ、みなさん、お久しぶり。前回は笑ってくれなくてどうもありがとう。
 審査員のみなさん、お久しぶり。落としてくれて、どうもありがとう。
法律漫談 
昨年ラジオ番組でこんなネタをやっていました。

「お宅の娘は預かった。返してほしけりゃ金を出せ!!」

 娘をお金と交換する……
 これはつまり「監禁罪(換金罪)」にあたります。
「私が裁判所の判事、皆さんが後家殺しというパターンでお会いしましょう」
ミスター梅介「酔いどれブギウギ」の中で披露されている「ネタ」をご紹介。

 お客さん! ボトルキープの有効期間でもめたことあるでしょう?
 キープとはいえ、ボトルはあなたが買ったんだから、商法522条で、時効は5年。
 5年間有効なんです。
 店のマスターが「うちはね、3ヶ月までだよ」と言ったら、次のように言うのです。
 「買ったボトル自体は俺のもの、5年間有効なのだ。裁判すりゃ勝てるんだぜ、どうだ!」
 すぐれた言い訳は、あなたを救うのです!

 酔って道で寝ても、法律的には安心なんです。
 友だちがあなたを見捨てたら、刑法217条、遺棄の罪。
 その友人は、1年以下の懲役。
 だから、友だちのあなた、今晩は先に帰れません。
 すぐれた理論は、あなたを救うのです。

ジャケの裏面にはご丁寧に「刑法第二一七条」と「商法第五二二条」の条文まで記載。


 多分、お笑いスタ誕でもこのネタをやっています。
 ミスター梅介が7週目位まで勝ち抜いて、すっかりネタ切れになったときにやけくそで今までと全然違うネタというか、自分の身の上話などとりとめない話を始めたことがありました。
 ネタ切れは明らかなのに妙な迫力があって、下宿の屋根の雪下ろしを手伝ったお礼に下宿のおばさんに筆おろしを手伝ってもらった話など今までで一番おもしろいネタだと思いました。会場も爆笑で当人予想外の勝ち抜き。
 いつもは悠然と登場するのに、弾けた感じで出てきてVサインしたり……。

 翌週は予想通りひどい出涸らし状態で、落ちてしまいました。凡庸な法律漫談でした。最後に「生理用品イッキ読み」で締めて(もっともお手軽な新聞紙、がオチ)玉砕してましたっけ。
(「爆笑オンステージ」No.174)

 デパートの迷子の放送は、実は軽犯罪法に当たる。公衆に向かって役務(サービス)をするとき、放送するとき、事実と違うことを言うと30日以下の拘留とある。だから迷子放送はこう言わなければならない。「レストランの前で、鼻を垂らした小汚い坊主が……」。
 万引きが無罪になる方法はある。窃盗罪というのは、故意、意図的でなければ有罪にならない。だから、知らない間にポケットに入っていた場合などは過失なので、罪にならない。だから、スーパーで万引きし放題。大きな袋を開けて、棚をゆすると物が袋に落ちてくる。それを持って帰ろうとすると、警備員が止めるかもしれないけれど、心配ない。私はたまたま袋を広げていただけだ。私を捕まえるのなら、万有引力を捕まえてほしい、と言えばいい。この万有引力から「万」と「引」を取って、万引きと言うようになった(が、受けなかった)。
慰謝料を払わなくても離婚をする方法がある。あきた奥さんを近所に首だけ残して埋めてしまう。通行人が添えを見つけ、奥さんを助け出す。すると、それは埋蔵物の発見。民法241条、埋蔵物は見つけた人のものになる。しかし、通行人も選ぶ権利がある。そのときは、遺失物法の第15条。受取人のいない遺失物は国家のものになる。だから、奥さんは中曽根首相のものになる。奥さんにとってもラッキーである。
家庭内を清潔にすると、平和になる。綺麗にするのは洗剤である。今、売られている洗剤は35種類。(以下、洗剤の名前を全部言う)。

 多分、一度やったネタの組み合わせを変えている。でかい黒板には60%と書いただけ。無駄だ、意味がないと司会陣に突っ込まれる。
(「爆笑オンステージ」No.179)

 結婚式の司会という仕事が来るという話。キャンドルサービスをしているけれど、火種をもって歩き回ると、放火予備罪で懲役2年の判決。
 離婚した後、子どもが母親に引き取られると、母親の苗字になるが、父親の苗字になりたい場合は、21歳になるまでは、裁判所に言うと自動的に父親の苗字になることができる。ところが名前は代えられない。しかし、裁判所に言うと変えられるケースがある。以前、「捨吉」と言う名前を変えたケースがあった。

 多分、一度やったネタの組み合わせを変えている。今回もでかい黒板が用意されているも1回も使わず、司会者に突っ込まれていた。
(サバイバルシリーズ1回戦)

 毎度おなじみ飲酒運転から逃れる方法の話。実践したはいいが、逮捕を免れた後、すぐに車で走ってまた捕まった、という話。犯罪にもマナーが必要な話。最後は即席ラーメン、種類がどんどん増えたとぼやきながら、87種類を披露。
エピソード
 司法試験を受けること五度。結果は……。というのはネタで、実際には受けていないということだった。しかし本人のインタビューでは、二次試験(短答式試験と旧口述試験)まで受かったと発言している。ちなみに司法試験は三次(論文式)+面接があります。
 ミスター梅介が、不合格の時にはシュプレヒコールをするぞ、とネタで振って、実際に不合格時に何事かを叫んで拳を振り上げていたけど、客席の反応は今一つだったような……。
(第2回ゴールデンルーキー賞前夜祭の時)

 山田康雄と中尾ミエを囲んで出演者一同集まって、審査結果発表のカプセルから出演者が出て来れず惜敗のシーンを集めたダイジェストを振り返って見ていた。
 金太紋太、シティボーイズ、とんねるず、イッセー尾形、アゴキンと続く中、最後にB&Bがカプセルから出ようとするシーンが映るが、知っての通りB&Bはストレートで10週勝ち抜いているので落ちるはずが無く、音楽が止まった時点で急に「ミスター梅介」が落胆しているシーンに早変わり……出演者全員大爆笑!!

それを見ていたミスター梅介……
「皆様こんな低俗番組があって良いものなのでしょうか!来週からこんな番組は見ないで下さい!!」と呵責。
 中尾ミエ曰く、「梅介さんはヘアースタイルで調子がいいか悪いかすぐわかる」
 他局のテレビ出演:TBSのお笑い番組で林家木久蔵師匠と共演。ラーメン全種類を披露し「ラーメン党の党首に」とよいしょされていました。
 梅さんスカウト話では、よくものまね番組にでてた長い黒髪をつかって芸をする女の子。
 自信をもって紹介するも稽古場でぜんぜんうけず、ネタ見せがおわったあと赤尾PDがひとこと。
 「誰か梅介ぶんなぐってこい。」
 お笑いスタ誕では、司会者、審査員を除く出演回数No.1です。約90回、出演しています。
 当時はアパートを持っており、自分の部屋はお笑いスタ誕出身を含む若手芸人たちの溜まり場となっていたらしい。色々なところで飲んで、最後はここに集まるという感じだったとか。
感 想
 『お笑いスター誕生』が生み出した最大の一発屋(笑)。とにかくよく落ちていました。初期の頃から最後の方まで、至る所で出演。出演回数No.1だと思います。面白いネタと面白くないネタの差がはっきり分かれていました。
著 書
 『おとこの法律大作戦』(英知出版)
 『ミスタ−梅介のおもしろ雑学法律相談』(桃園新書)
 『ガッツな悪知恵』(KKベストセラーズ ワニの本)
レコード
「酔いどれブギウギ」(1981.8)
ラジオ
 北海道でのラジオ番組『ミスター梅介のミッドナイト法廷』。朝4時の放送なので聞いてる人はあまりいなかった。北海道に招かれた時、『北海盆歌』をがなりすぎて、喉をつぶした。と語っていた。
その他マスコミ
【マスコミ露出】週刊宝石の芸能人コーナー。
【マスコミ露出】デラべっぴん(男性誌)の1コーナー
 「ミスター梅介が斬る!電撃!オトコの法律大作戦」で昔の「スタ誕!!」当時のネタに割と近い事を連載している。
 2000年12月28日付けの東京スポーツに「サラリーマンの正月トラブルQ&A」という記事に解答者としてミスター梅介が出ていました。といっても内容は「あげたお年玉は取り返せる」「初もうでで、賽銭ドロに」など、当時のネタに似たような内容です。ちなみに肩書きは“司法試験予備校講師で漫談家”。
 さて、『サイゾー』の今月号(2002年3月号)を立ち読みしていたら、ミスター梅介氏があの人は今的企画でチョコっと出ていました。
「あの番組放送が始まった翌月から最終回まで出てる」「九十九一は脚本家、ぶるうたすは筋肉インストラクター、でんでんはうちの近所に住んでいる」「竹中直人は俺が発掘した」と語っていました。

 『サイゾー』読みました。
 梅さんも竹中直人が寄席の前座をやってたのを発掘したなんて書いてますが。。。
 そのころから「銀ナウ」「飛び出せものまね」「TVジョッキー」で有名人でしたからねえ。
 寄席の前座というのはシャープ市ヶ谷寄席。平日の昼休みに市ヶ谷のシャープオーディオショ−ルームでやってた無料公開寄席。文化放送がスポンサーでしたが、番組ではありませんでした。
 竹中さんやシティボーイズがネタをやって、タダでも客は10人くらいという寂しい寄席でした。
 辰己出版の『芸能BOX』2004年3月号から12月号まで、「ミスター梅介のなぐり込み法律 空想科学裁判所」という連載をしていました。
 ちょっと前にベストセラーになった空想科学読本の法律バージョンです。
 2005年頃から「東京スポーツ」の法律ネタの特集記事には月1回くらい出ていました。
その後・現在
 1989年頃からは司法試験予備校の講師の方が主となっていたが、1999年ごろからは再びお笑いの方に重点を置く。
 2001年3月でしたか新宿の鍋茶屋コンホールで、ほとんどテレビに出ていない若手の芸人のライブにゲストで出演しておりました。思わず客席から師匠っ。お笑いスタ誕みてましたよと声をかけると、そーだむかし出てましてね。とウクレレを引きながら漫談を始めておりました。そーだ、歌もうたいながら。
 2001年6月27日(水)、NHK-BS2 昼12時15分の「芸能館〜演芸特選〜」という番組に、ミスター梅介が出演しました。
 前半は「法律漫談」、後半は「ギター漫談」。緊張していたのか、かなりあたふたしていました。

 梅介はそこそこ笑いは取っていたものの、バタバタしていてハラハラした。ギター漫談は、時間稼ぎかな。見ていて痛々しかった。
 日テレかどこかで、『お笑い芸人の一芸名人集』みたいな特番を放映していました。一番受けてたのがせんだみつおの破れかぶれディズニーダンス。一番注目されていたのがビートきよし(はにわのモノマネ)。そしてわれらが梅介も出ていました。彼は何のネタを披露していたか忘れてしまいましたが、ゲスト(審査員?)で出ていた山城新吾が「淋病を病気じゃないと梅が言い」とコメントしていました。他にはマギー司郎さんが出ていて、いつものマジック。
 法律専門学校「伊藤塾」の客員講師をしながら、現在も活動。演芸場でやるのは当然法律漫談。本人は「法学漫談」と呼んでいる。
 ミスター梅介公式ホームページがあります。
<登場者リストに戻る>

名 前
ミヤ鈴丸・花丸
初出場
 1982年3月27日(第2期グランプリシリーズ)
実 績
 2週勝ち抜き。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 ミヤコ蝶々の弟子。
ネ タ
 金八先生のような花丸の髪の毛を利用して「仮面の忍者赤影」
 さらに髪の毛を鼻の下で結び、「鼠小僧次郎吉」
 別の週では花丸七変化と題して「鼠小僧次郎吉」→「仮面の忍者赤影」と連続で出した。
 サーフィンの練習をするために銭湯へ行く。ここで上半身は本当に裸になる。練習すると言って、相方をかがませ、背中に乗ってサーフィンの練習をする。落ちは、「女子風呂がよく見える」
 象の顔真似。
 漫才を二分ほどで切り上げて、「それじゃ、失礼しましたー!」と言って、二人とも壇の途中まで引き上げてから慌てて引っ張り戻し、「こんなところで失礼しましたはないだろ」。漫才であまり使ってはいけないネタだとは思いますが、この週ではここが一番笑えたというのは皮肉。京唄子も「本当に帰ってしまうのかと思った」と言ったぐらいでした。
エピソード
 埼玉の蕨でお笑いスタ誕の公録をやったことがあったが、子供が多く騒がしかった。その被害をモロにうけたのが3週目再挑戦のミヤ鈴丸・花丸。ステージに子供が上がり込んでメチャクチャでした。
感 想
 あまり笑えなかったですね。今ひとつの漫才でした。花丸の方は金八先生のような長髪だったことを覚えています。
その後・現在
 解散。鈴丸は引退。花丸はその後、ブレイクを結成。
<登場者リストに戻る>

名 前
ミヤ蝶太・蝶作
初出場
 1982年2月20日(第2期グランプリシリーズ)
実 績
 1週落ち。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 ミヤコ蝶々の弟子。ケーエープロダクション所属?
ネ タ
 山田康雄のまねなんてやってました。
 山田康雄さんに似ている方が、CMにはいる前の山田さんの決めゼリフ「ピンポ〜ン!」を何度も何度も繰り返してマネしていました。おもしろくないうえに1週目から番組の内輪ネタとは……落ちて当然だったですね。
感 想
 うーん、こりゃ駄目かなと思ったら、予想通りでした。ツッコミ、ボケとも今ひとつの漫才でした。
レコード
 浮世亭リング「大阪好きやねん」(2007.4)
受賞歴
 1984年 第5回今宮子供えびすマンザイ新人コンクール福笑い大賞受賞(渚リング・サイド)
その後・現在
 その後、渚リング・サイドと名前を変える。さらに浮世亭とん平に弟子入りし、浮世亭リング・サイドと名前を変え、吉本興業に所属。1985年初舞台。実際にリングの上で技を掛け合ったりするプロレス漫才を行い、プロレス団体SPWFなどで活躍。一部のプロレスファンにカルトな人気を得る。その後、リングはメンバーチェンジを繰り返し、2001年にはWコミックから離れた北しんじと2001年に「リングサイド」を結成。北しんじは4人目の相方。2006年に解散。北しんじは、城島健司などのものまねをするジョージマン北として活動中。
 サイドは浮世亭てっ平という名前で、妻の浮世亭ミリカと漫才コンビてっ平・ミリカを1993年に結成していた。1993年今宮子供えびすマンザイ新人コンクール奨励賞受賞。1998年解散。ミリカはその後、歌マリとマリ&ミリとして活動した。
 浮世亭てっ平は近年、元吉本新喜劇の木村進が旗揚げした「木村進劇団」の座員としても活動していたが、2004年1月1日、脳内出血のため死亡。享年46。本名平川哲也、1957年9月11日、福岡県生まれ。
 リングは2006年からソロに。一人プロレス、タレント、ラジオ、歌手などの活動を続けた。
 ブログリングの楽屋がある。また、カフェテラス「リングの楽屋」を2007年9月にオープン。その頃には、吉本興業を退社。
 国の就職安定資金融資制度を悪用した詐欺事件で、岩崎健司容疑者(50)=芸名・浮世亭リング=が2010年7月22日、大阪府警に逮捕された。2009年6月、大阪市内のハローワークで虚偽の書類を使って融資対象者証明書を詐取。化学工場を解雇されて住居を失ったなどと偽って転居費など約176万円の融資を近畿労働金庫天王寺支店から受けようとした、としている。融資は多額の借金などがあったため認められなかった。岩崎容疑者は、「生活に困り、知人に聞いた通り虚偽申請をした」と認めている。
 8月3日、大阪地検は岩崎容疑者ら4人を詐欺と詐欺未遂の罪で起訴した。
(その後、どうなったかは不明。9月にはブログを書いているので、裁判まで行かなかった可能性もあり)
 2010年11月、タイ料理店などを経営する台湾出身の若狭蘭方とりんりんらんらんという漫才コンビを結成。その他、ピンとしても活動中。現在はアップミュージック所属。
<登場者リストに戻る>

名 前
ミヤ蝶美・蝶子
初出場
 1981年2月21日(第1期グランプリシリーズ)
実 績
 9週勝ち抜き、金賞獲得。
 第2回ゴールデンルーキー賞<激突シリーズ>敗退。
ジャンル
 漫才。
プロフィール
 蝶美:本名高嶺敦子。1958年4月20日生。大阪府出身。
 蝶子:本名鏡味博美。1959年11月16日生。大阪府出身。
 ミヤコ蝶々の弟子。ともにミヤコ蝶々が主宰した新芸スクールの二期生。1977年結成。お笑いスタ誕が初めてのテレビ出演だったらしい。
ネ タ
(3週目再挑戦合格。ゴールデンルーキー賞でも披露)

蝶子「私らこう見えても、暇になったときなんか二人でショッピング行きますよ」
蝶美「そうそう」
蝶子「クリスタル族なんかに憧れて、一流もの買いに行ったりして」
蝶美「そうそう」
 場面転換して、蝶子が客、蝶美が店主。
蝶子「ちょっと」
蝶美「(返事をせず、服の仕分けを続ける)」
蝶子「ちょっと」
蝶美「(気づいたように、手を止める)」
蝶子「あら、こんなところでアルバイトしていたの、南海の香川くん」
蝶美「(香川の真似で)だいたいねえ、なんやこら、失礼やろ。私はここの店長や、店長」
蝶子「あのね、私ここにね、一流もの買いに来たの」
蝶美「一流もの。まかしとき、うち、一流ものしか置いてませんわ」
蝶子「ならね、最初はクリスチャン・ディオールの服を見せてもらおうかしら」
蝶美「何やね、その、くりすちゃん・でぃおーるって」
蝶子「発音変えたら、全然違うもの見たいやわ。置いてないの」
蝶美「置いてません」
蝶子「なら、イブサンローラン」
蝶美「置いてません」
蝶子「置いてないの」
蝶美「あんた、それでもクリスタル族か」
蝶子「クリスタル族よ」
蝶美「全然駄目やわ。いま、クリスタル族の間で一番流行っているブランドがあるのや」
蝶子「一番流行っているブランド!」
蝶美「いいか、よく覚えて帰りーや。一番流行っているのは、おっさん印や(と背中を向けると、おっさんがにっこり笑ったマークがはってある。その上には「てい」という言葉が貼られている)」(ここで爆笑)
蝶子「ところで、この、上に貼られている「てい」ってなんですか?」
蝶美「知りませんのか?」
蝶子「知りません」
蝶美「もう1回言ってみい」
蝶子「てい」
蝶美「発音が悪い。「てい!」」
 以後、この「てい」というギャグが受けるようになり、彼女たちの看板ギャグとなる。以後も毎週披露。
まくら(所謂ツカミ)ネタ

蝶美「まあ私らねぇ。どっちが蝶美で、どっちが蝶子か?ってよう聞かれるねんけど。」
蝶子「ホンマ、よう間違われるんですよ」
蝶美「今日皆さん覚えて帰ってや。私が蝶美、美しい蝶と書いて蝶美。でこっちが蝶子、蝶の子って書いて「イモムシ」やでぇ」
蝶子「なんでや!!」
蝶美「今、メチャメチャ流行ってるやん!「エマニエル坊主」」
蝶子「ソレ「坊や」や!! そこらへんのガキと一緒にせんといて」
蝶美「アレ何やねん?「♪シン・シン・神経痛で、腰痛〜〜い」って」
蝶子「それ「♪リン・リン・電話が、リンリントゥナイト」や!!なんで子供が腰痛で悩みよんねん?」
蝶美「最近、目がメッ・・チャメチャ痛いねん!!」
蝶子「何でやの? どないしてん。」
蝶美「目にコンパクト入れてんねん」
蝶子「それコンタクトやろ!! 痛いに決まっとるわ!!」
当時の蝶美の頭髪がカーリーヘアで、顔がまん丸だったから

蝶美「ハイ、皆さんこんにちは。「ガッちゃん」です。」
蝶子「なんでや!! アンタはそんなに可愛くないんじゃ!!」

と当時の人気アニメ「Dr.スランプ」のガッちゃんをイメージし、会場のツカミをしていた。
 小林幸子に似ている蝶子が「おもいで酒」を歌うがひどい音痴というネタがありました。
(7週目)

 一人前に出ていたぶるうたすが「ズームイン!!肉」というネタをやって、後に出た2人が牛丼屋のネタをやってる際のものです。
こんな感じでした。

蝶美「牛丼を食べたら、感謝の踊りをせなあかん」
蝶子「どんな踊り」
蝶美「私がやってあげるから見てみぃな。♪うっしっし、あそれ、うっしっし…」
と振り付けで見せるものの、あまり受けないと悟った瞬間にぶるうたすのマネをして「ズームイン」とやったところ、大受けになったってアドリブです。
 見ていても上手いと思いましたし、笑いました。
エピソード
 テレビ東京で放送されたパチもん(失礼!)の水泳大会、「水上バトルロイヤル」(プール上にウレタンマットを浮かせてプールに落とし合いをするヤツ)において、やはり添え物で出演したお笑い芸人(日企制作だったので、お笑いスタ誕の出演者が中心。もちろん、とんねるずも出演)のなかで、ミヤ蝶美が既にその常識を打ち破っていたようです。
 当時のアイドルが、美人ボディビルダーが、女子プロレスラーが…「ていっ」「テイッ」とばかりに彼女に髪をつかまれ、水中に次々と投げたばされて行き…その様子をみた司会の故・土居まさる氏が「何やってんだぁ〜」と思わず頭を抱えていたとかいないとか。最近の漫才でその当時の様子をネタにし、さらに「私(蝶美)の自慢は『大阪に帰りの新幹線で(同じ出演者だった西川)のりお兄さんに、お前のことあんまり(芸のうえではまだ)認めてないけど、根性は見直したわ』と誉められたこと」、とも語っていました。
(蝶美がマジになった理由)
 「水上バトルロイヤル」でミヤ蝶美も一応は、お笑いらしく“添え物”に徹しようとしたんですって。だけど、あるタレントが、ほかのアイドルや美人ボディビルダー(西脇美智子!)らを集めて「誰か一人を狙わない?」「狙うって、誰を?」みたいな結託があって、そのタレントが言うには「あの、関西の漫才はどう?」と提案。
 しかし、そのヒソヒソを蝶美さんは聞いてしまっていて、要するに関西芸人の魂に火が点いたということ。
 「(結託のリーダーだった)アイツのことは二度と忘れない」と蝶美の口から発せられたそのタレントとは…

 岩城徳栄(ピーコ)ですと…。

 世間では忘れられた人も、関西芸人には20年来の怨念、忘れることのできない名前となったのでした。…それにしても、ピーコってねぇ…。
 「ていっ」と共にムリヤリ流行らそうとしたのが「おっさん!」。しまいには手作りで「おっさんバッチ」をつくって会場で披露していた。
 蝶美さんの日記に、お笑いスタ誕当時の面白いエピソードが載っています。
 たまたま出演が同時期になり、一緒のホテルに泊まっていたミヤ蝶美・蝶子ミヤ鈴丸・花丸。そして翌日、なんと鈴丸が朝、蝶美・蝶子の部屋からフラフラになって出てきたところを、ザ・バッテリーが目撃してしまった。はたしてその真実は……日記の方を見てください。
感 想
 切れのいい正統派女性漫才でしたね。ツッコミとぼけの役割もしっかりしていたし、結構いいところまで行くかと思いました。
受賞歴
 1981年 第2回ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞(漫才の部)
 1982年 第12回NHK上方漫才コンテスト最優秀賞受賞
 1983年 第18回上方漫才大賞新人賞受賞
その後・現在
 春やすこ・けいこ、ミヤ蝶美・蝶子、ミヤ蝶代・花代、Wさくらんぼ、この4組の面々で1980年ころ、「ギャルズクラブ」と称して、当時なんばCITYにあった小ホールで定期的に公演を行なっておりました。後にやすこけいこさんが大変忙しくなった為でしょうか、参加されなくなり、残りの3組プラス「じゃんけんぽん」の柴洋子さんを加えた7人で、漫才ありコントありといった感じのライブを1981年半ばまで行なっておりましたね。お笑いスタ誕の影響もあって、蝶美・蝶子さんが大変な人気だったような記憶があります。
 ミヤ蝶代さん(後の町野あかりさん)のギャグ「うとうとーとしてた」もここでは浸透してたような気が……。

 ギャルズクラブ、下北沢でもライブやったんですよ。スーパーマーケットというライブハウスで。
 やすけいはGOROでヌード披露したばかりで大人気。2曲をうたってさっさと帰りました。あとは6人でコントやったりトークやったり。仕切りは蝶美でした。ちなみにゲストがブレイク前のコサキン。当時同じ場所でミッドナイトコントをやってた関係からだったんでしょうね。
 1983年7月、蝶美が結婚して子供が出来たため引退、解散しました。
 当時松竹芸能が新人漫才を売り出すために、金太・紋太の和光プロ、蝶美・蝶子の日向企画などにかなり強い圧力をかけて、自社タレントにしようとしてました。
 その蝶美・蝶子は松竹の所属にならなかった為に、角座、新花月共に舞台ローテーションから外され、それに伴い当時角座からの舞台中継していた道頓堀アワーにも出演することなく、最期は寂しくひっそりと解散、引退しました。
 その後は、あっちこっち丁稚などの吉本純度100%番組にもゲストで出してもらってましたが、存在感あり!と認識させるまでにはいかなかったようです。
 蝶美・蝶子とビビデバビデブーという、紳助バンド、SSTバンドの向こうを張ってかロックバンドを新芸スクールのメンバーと結成しましたが鳴かず飛ばずで、結局バナナホールでのライブ1度きりに終わったみたいです。
 これは時期同じくして蝶美の結婚等もあり、蝶々先生の考えていた「女は結婚か芸の道の取るかどっちかにせなあかん」という教えもあり(蝶々さんは、ことのほかこの件に着いてはうるさいらしい)諭されてた時期もあったみたいですけど。そのまま続行しても良いという許しをもらったのですがすぐに妊娠してしまい、蝶々さんからは破門をいいわたされたみたいです。
 日向企画の芦屋ボンボンさん他のはからいで結婚引退という発表になりましたが……。
 末期はかなり険悪な仲になっていた相棒の蝶子は、そのままピンでレポーターなどの仕事を経てオーストラリア留学の後蝶々劇団入りして、舞台や2時のワイドショーの鬼嫁役で活躍していました。
 2000年7月、17年ぶりに再結成。
 解散してこのたび17年ぶりに芸能界に復帰しましたが、コンビ復活直前、ほんの数ヶ月ですが、同門のミヤ花代さん(パート2健四郎夫人)とコントユニット「豪華けんらん」として、主に漫才ライブ「笑の会」(藤本義一・村長)に出演していたのを見ました。
「(蝶代・花代として)売れなかった」花代さんが、「売れた」蝶美・蝶子さんを誘って挫折した夢を追い求めたもの。しかしこのユニットは非公式なもので、コンビ解散という形で蝶々さんを「しくじった」蝶美・蝶子さん(のみ)が元々の屋号「ミヤ」を差し押さえられていて使用できず(花代さんもコレにのっとった)、また蝶々さんの所属事務所・松竹芸能にしても劇場出演を差し控えていたためで、ようするにインディーズとして結成されました。したがって正式ユニット名は「豪華けんらん(蝶美・蝶子・花代)」。
「芸能界復帰」に意欲的な花代さん、その割には花代さんの不器用加減に「うんざり気味」の蝶子さん、「コンビ復帰」には意欲的な蝶美さんと、三者三様、複雑な私利私欲の行き交うこのユニットはもちろん空中分解。意見の一致した蝶美・蝶子さんは水面下で蝶々さん(といっても本人は病床にいたので対松竹…)と和解成立、花代さんを捨てて、一気に松竹所属、公式のコンビ復活の運びとなりました。恐ろしいでしょ、芸能界って。
 因みに花代さんは一時期、関西ローカルのCMに出演していましたが松竹にも復帰していません。
 復活は、土木管理関係の資格試験の受験会場で偶然再会したこと。家業(土建屋。後に倒産)の関係で応募した蝶美に対し、解散後にも蝶々芝居に出ていた蝶子は何か資格をと受験に来ていた。解散後は全く連絡を取っておらず、出会いは15年ぶりだったという。蝶美は高校三年を筆頭の女の子三人の母になったものの、離婚していた。自然と話は進み、コンビ復活。現在、「ミヤ」の字と「蝶」の字を継ぐ唯一のコンビとして頑張るとのこと。
 まずはネタ数を増やそうと、今年は新ネタ二本をかけるイベントを四回開く。第一回は「漫才再開宣言」と題し、3月30日午後七時から、ワッハ上方演芸ホールで。(朝日新聞2001年3月24日朝刊より抜粋)
 最近の新聞で、ミヤ蝶美・蝶子の独演会宣伝のニュースがあり、そのなかで、蝶美さんが行方不明の元夫を探していることを発表していました。「漫才でまた有名になれば名乗り出るかも」という希望があるらしく、彼女一人で育てている3人の子供の養育費ぐらいは払って欲しいと言っていました。
 所属する松竹芸能のオフィシャルサイト、松竹芸能 オフィシャルサイト内のタレントプロフィールに名前が載っています。
 ミヤ蝶美・蝶子本人のホームページはこちら。お笑いスタ誕当時の写真もあり。
 蝶美はアマチュア落語家として10年間活動。2018年1月に桂文喬に弟子入りし、「桂喬美」として寄席に出ている。
<登場者リストに戻る>